時は少々遡り、ここはアルトーワ伯爵の館にある部屋。「うーん…まさか、あの子狸がトリステインの謎の組織の構成員だったなんてね…。」メイドのベリータがしかめっ面をして何かの書類らしきものを読んでいる。「オレンジ…アンリエッタ女王が、王女の時代に作ったのではないかと言われている謎の組織ですな。 その存在が確認されたのは、アルビオンの罰当たりどもが王家を滅ぼす直前あたりでしたか。 しかし、オーパーツを自在に使いこなす娘だったとは…。」何故かその横でカステルモールが肩をすくめている。「あのお父様の使い魔でもまるでわからない代物を、何であんな風に使えるのかしら…? しかも、あの歳で商会の影の経営者で、その商会が今回の戦争を契機に凄まじい勢いで拡大しているとか、本当に何者なのよ?」本当にね、流石にやり過ぎたかなと作者もおっかなびっくりだよ。「ところで、その変装は解かないのですかな?」「ああ、そうね…よいしょっと。」ベリータは首のチョーカーを外すと、同時に本来の容貌を取り戻した。黒かった髪と瞳の色も青銀色に戻り、そして彼女は前髪をかきあげて髪留めでビシッと纏める。釣り目がかったその容貌はタバサに少々似ており、そしてその上にはおでこ、立派なおでこ。そう、彼女こそがガリアのデコ姫こと、イザベラだったのである。「ふっふっふ、この私の完璧な変装と演技には、あの勘の鋭いロッテですら流石に気付かないわね。 あれなんか、天から複数の『うん、知ってた』とかいう声が聞こえて来たような気が…?」「はっはっは、気のせいですな、気のせい。 いと麗しき殿下の扮装と猿芝居は完璧デスヨー?」髭を鏡で直しながら、カステルモールはイザベラをフォローする。「今、扮装とか猿芝居とか言ったー!?」「ナンノコトヤラデスナ。」異常なくらい爽やかな笑顔を浮かべて、カステルモールは誤魔化した。「まあそんな心底どうでも良い事よりもですな、本当にやられるおつもりか?」「何か今日は妙に辛口ね、私の繊細なハートがズタズタよカステルモール…。 それは兎に角…やるに決まっているでしょ、ロッテに折角できた友人との仲を破壊するような真似は出来ないわ。 それならば、現在ロッテの女官として紛れ込んでいる私がやった方が良い。 王宮女官の服装は、あの子狸も何回も見ているでしょうから、連れ出すくらいは出来る筈よ。 脅して北花壇騎士の仕事に首をつっむのを止めさせるか、場合によってはあの子狸と直接話しても良い。」イザベラはそう言いながら、チョーカーを装着しなおす。顔はベリータと名乗ったメイドのものとなり、髪の色も烏の濡れ羽色に変化した。どうやら、同時期にトリステインで開発していたものよりも性能は若干上のようだった。「…で、《地下水》?」「ははっ…。」机の上に置かれたナイフから、声が聞こえてきた。そう《地下水》は、デルフリンガーと同じインテリジェンス・ウェポンだったのである。「…貴方を持つと、本当に魔法がまともに使えるようになるわけ?」「ええ、それが俺の本来の機能ですから。 持ち手を操る機能が矢鱈強化されているのは、本来の持ち主以外が使用するのを防ぐための防衛機能なんですよ、元々。 とはいえ、俺を作ったマスターはとうの昔に死んじまっているわけで、もうそんな制約も無く好き勝手させて貰っていたわけですがね。」随分と大げさな防衛機能だが、奪われても奪った相手の体を逆に奪って手元に自動的に帰って来てくれる武器と考えると、まああながち変な機能とも言えなかった。「まあそんなわけで俺の本来の能力は、水属性魔法の力の上乗せ。 魔法の腕がからっきしな方でも、そこそこの使い手になれます。」「成程ね…。」昔も自分みたいに魔力がいまいちなメイジが居たのかしらと思いながら、イザベラは《地下水》を手に取った。「…で、貴方を手に取った人間の制御を奪ったら、どうなるの?」「えーと…こんな感じですかね。」地下水がそう言い始めた途端に、イザベラの体がスカートの端をつまみ、ゆっくりとたくし上げ始める。「ちょ!?な!何す…ねぇ、カステルモール、見てぇン。」イザベラは抗議の声を上げようとしたが、すぐに口のコントロールも奪われた。焦りまくるイザベラの表情とは対照的に、どんどんスカートがたくし上げられていく。「いやはや、やはり人妻で無いと色気が足りませんな…はぁ。」…が、カステルモールは残念なものを見るような表情を浮かべ、溜息まで吐いたのだった。それを見て、イザベラの表情がガーンと擬音が響きそうなくらい引きつる。「そんな事いわないで、見てあげてぇン♪ いやマジで、可哀想だから。」「そう言われてもですな、色気の無い小娘のパンツなど見ても楽しくありませぬからなぁ…。」カステルモールが顔色一つ変えずに言い放つのを見て、イザベラの顔が真っ赤になった。紛れも無く激怒している。「このままだと俺がブッ壊されかねないので、形だけでも良いから興奮していただけませんでしょうかね?」「ふむ…イザベラたんハアハア、ペロペロしたいお…これで良いですかな?」カステルモールは興味無さそうにイザベラのパンツを見て、そう言った。「見事に棒読みですな~。」「人妻どころか、未だに恋人の一人も出来ていない小娘のパンツなんか見てもですなぁ…。」この変態、まさに歪み無し。「むがーっ!」「げふぉ!?」顔を真っ赤にしたイザベラがカステルモールの顔を思いきり蹴り飛ばし、不意を突かれたカステルモールは後ろ向きに吹き飛んだ。そのまま数度バウンドして、ピクリとも動かなくなる。「お、俺の支配を解いた!? ぬおっ!な、何をなさいますか!」「何が何をなさいますだコラー!」そして、《地下水》の支配を強引に立ち切ったイザベラは、《地下水》を思いきり床に叩きつけ何度も踏みつけ始める。「砕けろぉ!壊れろぉ!この莫迦ナイフ莫迦ナイフ莫迦ナイフ莫迦ナイフっ!!」「あひぃ!ちょ、やめて!刃がゆが、歪んじゃうッ!らめぇ!?」顔を真っ赤にして、涙を浮かべながら踏んづけるイザベラに、悲鳴を上げる《地下水》。自業自得過ぎて、何も言えん。「乙女の純情をーっ!」「だって、あーた!傍目から見ていてもどかしいじゃない! 乙女の純情とか言っていたら駄目よ~もっと積極的にいかなくちゃ。 …人妻好きなんだし?」「わー!やっかましい!莫迦!死ね!」「ぎにゃー!?」思いきり顔を蹴り飛ばされて、ぴくぴく痙攣しながら気絶しているカステルモールを尻目に、顔を真っ赤にしたイザベラによる《地下水》への御仕置はしばらく続いたのだった。「…さて、取り敢えず先程の事は置いておくわね。」すっかりメイドの出で立ちに戻ったイザベラが、こほんと咳払いをする。「ふぁい…。」「すみましぇん…。」顔に足形の付いたカステルモールと、装飾などが取れて随分とワイルドな姿になった《地下水》が、しおらしい声で返事をする。「それで…ロッテは眠っている?」イザベラが本来は王女を交代で警護する役の女官に尋ねた。彼女らは現在、イザベラに変装しているタバサの警護をしつつ、動向を見守っているのだ。「はい、『姫様』は熟睡しているようです。」「…とはいえ、あの子も北花壇騎士。 しかも今まで命じた仕事は北花壇騎士の悪名に恥じない過酷なものだったにも拘らず、私が最後の最後の切り札としてこっそり用意している助っ人の助けを借りた事が一度も無い。 あの子を生かす為には仕方が無かったとはいえ、騎士としての能力に関しては今や北花壇騎士屈指よ、気を抜かずに見張っていて。」「御意。」女官は一礼するとその場を退出した。「…これ以上恨まれるのは、勘弁と言ったところですかな?」「まあ、そういう気持ちがあるのは否定しないけれどもね。 あの子にとって私は憎き敵の娘とは言え、同時に私はロッテの従姉だもの。 もしもロッテが介入してきたら、私は子狸とまともにやりあう事が出来ないから、例の調子でやるしかなくなるわ。 そうなれば、衝突は避け得なくなる。 私がどうなるにせよ、ロッテがあの子狸と後々気まずい関係になるのは嫌なのよ。」カステルモールの問いに、イザベラはそう答える。「捨て身ですな…。」「そりゃ、ロッテの為ですもの。 …まあ一応言っておくけれども、ベリータというメイドが死んだら、私は病気で面会謝絶という事にでもしておいて頂戴。」イザベラは立ち上がり大きく伸びをした。そして、《地下水》を手に取る。「…さて、それじゃあ行ってくる。 ロッテの事、宜しく頼むわよ?」「御意、ご武運を。」こうしてイザベラはベリータというメイドに化け、ケティの部屋へと向かったのであった。さて、とうとう前話の最後に時系列は戻る。「このような時間に、私を王女殿下がお呼びしていると?」「はい…何やら内密なる話があると。」ケティに内密の話をする気であれば、タバサはゴキブリゴーレムを使うだろう。アルトーワ伯の城館に到着してから、既に眠ったふりをしたタバサとケティは何度か連絡と取り合っていたのだから。「成る程、かしこまりました。 それが王女殿下の御意志なれば。 準備しますので、少々お待ちあれ…。」「かしこまりました。」メイドが一礼してドアの前から一歩下がるのを確認して、ケティはドアを閉める。「…予備カートリッジも、取り敢えず持って行きますか。」「シルフィも?」シルフィードはそう訊ねるが、ケティは首を横に振った。「シルフィードはタバサのそばに行ってあげて下さい。 その姿なら、この館の通風口に入り込めるでしょう?」「ちょっとした冒険だったのね! 面白かったです、きゅいきゅい!」シルフィードはそう言って、嬉しそうに鳴いた。「あー…何時の間に?」「くるるるるるるるる! 昼間の間にお姉さまに会って来ました。 抱っこして撫でて貰ったの。 こういうのも素敵ね、きゅいきゅい!」少々呆れたような表情を浮かべて訊ねるケティに、シルフィードは元気いっぱいに答える。とうの昔に試していて、しかもタバサに会って来ていたらしい。「成程…まあ、道理っちゃ道理なのですね。」近くに主人が居るという状況に、シルフィードは居ても立ってもいられなかったようだ。それは使い魔としては、ごく当たり前の行為なので、ケティも即納得した。「タバサは長旅で疲れてはいませんでしたか?」「むしろ、ちょっとふっくらしていたのね。」魔法も全然使わず、ひたすらいつもの調子で食べ続けたら、いくら燃費の悪いタバサとは言え…という事らしい。タバサがイザベラのせいで、全然方向性の違う危機に陥りはじめていた。矢張りイザベラは、タバサの敵かも知れない「そ…そうですか。 仕方がありませんね、任務が終わったら盗賊団でも襲撃しましょう。」ケティは混乱して、どこかのドラまた娘みたいな事を言い始めた。トライアングル級のメイジ二人の攻撃に晒されたら、魔法の使えない平民の盗賊団は瞬時に殲滅されることになるだろう。本当にやるかは知らないが…。「きゅい! 盗賊食べても良い?」「駄目に決まっているでしょう…。」いくら盗賊とは言え、自分の目の前で同じ種族である人間を食べられるのはあまり良い気がしない。ではジャイアントホーネットが領地に侵入してくる異端審問官を餌にしてしまうのはどうかというと…それに関しては気の毒にと思うだけで、まったく抵抗感が無いのを少々不思議に思うケティである。「ふむ…? ひょっとして今、考えてはいけない事を考えてしまったような?」そんなケティの思考は、シルフィードの更なる一言で妨害された。「きゅい…ひと口くらいなら、誤食かも知れないのね?」「駄目なものは駄目なのです。 まったく…悪知恵ばかりついて。」ケティは困ったといった表情を浮かべて、額を押さえる。「シルフィは育ち盛りだから、腹黒娘のやり方を学習しているだけです、きゅい。」「…いや、私のやり方は風韻竜としては真似しない方が良いような気が。 タバサの方が良いと思うのですが。」テイザーガンの予備カートリッジを上着の裏ポケットに仕舞いこみながら、ケティはシルフィードに忠告した。「お姉さまのやり方は真似できないのね。 シルフィはあんなに口数少なくはなれません、きゅい。」「それは見ていればわかります、おしゃべりシルフィード。 では、タバサのそばにいてあげて下さい。 私が居なくても、莫迦な事をしないように、良いですね?」ケティは言い聞かせるように、シルフィードにそう言う。ガリア貴族に身分を偽装している以上、呼び出しには応ぜねばならない。…が、かといって、友人とは言え他人の使い魔を自分と一緒に危機に曝すわけにはいかないのだ。「わかったのね、きゅい!」シルフィードは返事をすると、部屋の隅にあった通風孔へと滑り込むように入って行った。ケティとしてはタバサに助けを求める気も無い。彼女の目的は母の魂の救出と父の仇を取る事であり、ケティがここで助けを求めてしまえば彼女の悲願が道半ばで潰えてしまいかねないからである。「やれやれ、孤立無援なのですねぇ、これは。 ひょっとして、今度こそ命の危機ですかね…と。」呟くようにそう言ってから、ケティはドアを開ける。「さて、それでは参りましょう。 案内、宜しくお願いしますね。」「はい、かしこまりました。 ロシュシュアール嬢…。」ケティはこうして、ベリータと名乗るイザベラについて行く事になったのであった。「…で、いったい何処に行くのでしょうか?」ケティは何時の間にやら連れて来られた前庭を歩きながら、目の前にいるメイドに尋ねる。西に赤薔薇、東に白薔薇の咲き誇るその庭で、メイドは振り返った。「このあたりで良いでしょう。」「成る程、ここが終着点ですか。」そう言って、ケティはあたりを見回す。「伏兵は?」「居ないわよ。」ケティの問いに、メイドはナイフを懐から取り出しながらそう言う。「やれやれ、また貴方ですか《地下水》?」「いや、今回は『俺』ではありませんよ、お嬢様?」メイドとは違う中性的な声がしたかと思うと、その周りに氷の刃が形成され始める。「おやまあ。」ケティも間の抜けた声とともに呪文を唱え始め、1つの炎が渦巻き状に盾のようなものを形成していく。「ウインディ・アイシクル!」「炎の盾よ!」メイドの放った氷の刃を、ケティの渦巻く炎の壁があらぬ方向へと弾き飛ばした。「へぇ…いきなりとは卑怯なりとか、言わないのね?」「勝負に於いて『卑怯・卑劣』は、負け犬の遠吠え。 敗者が己の間抜けさを糊塗する為の言い訳に過ぎません。 ですから、成るべくならば使いたくない言葉ですね。」ケティはそう言ってから呪文を唱え始める。「あ、あれ?銃じゃないの?」「屋内で火の魔法を使うわけには、いかないでしょう?」ケティの周辺に数個の巨大な火球が出現する。そしてそれらは大きくなり、分裂して増え、また大きくなり…を、繰り返していく。「系統魔法概論1の1と行きましょうか? 火の系統は、基本的に破壊に特化した系統です。 だから、破壊してはいけないものが多過ぎる場所では、非常に使いにくい系統でもあります。 逆に言うなら、破壊しても大丈夫な場所に於いては、火の系統は他の系統よりも一歩抜きん出た系統なのですよ。 風系統ではスクウェアクラスでもないと使えない範囲攻撃系魔法も、火の系統であればラインクラスから使用出来ます…まあ要するに、使いようという事でしょうか?」ケティがそう言う間にも、火球はどんどん分裂して増えていく。ちょっとした悪夢みたいな風景だった。「花壇を破壊する…というのは、悲しい事ですね。 領主にとって花壇とはすなわち、領主の領民への接し方を表現するもの。 それを破壊するのは、心が痛むのですよ?」柔らかい光を放つ火球の下で、申し訳無さそうな表情を浮かべるケティ。余談だがラ・ロッタ家の花壇に於いては、葡萄が収穫される。花壇というか、花壇(笑)というか、まあぶっちゃけ畑と言った方が良い代物だが、ラ・ロッタ家らしいと言えるだろう。「わざわざ人気の無い火の系統が得意とする戦場を用意して戴き、ありがとうございます。」「貴方は銃に拘りがあると思って居たのだけれども?」メイド…イザベラ的には銃にすりすり頬ずりしたりする、ちょいキモなケティを何度も見ているのである。ハルケギニアの常識に照らし合わせるとケティのあの手の行為は、あんまし魔法の使えない人だと勘違いされても仕方が無い行いであった。「立っているものは始祖でも使えが、私のモットーですから。」「うげ…。」…が、それがケティという少女の一部に過ぎないというのが判明していないという事は、まだ情報が足りないという事でもある。「何処の何方か知りませんが、問答無用で襲いかかって来たのですから、問答無用の反撃を受ける事は織り込み済みですよね?」そう言ったケティの杖が、メイドに化けているイザベラの方を向いた。「カーペット・ボミング!」ケティがそう言う間に、何時の間にやら数十個まで増殖していた火球が、一斉にイザベラの方に向かって飛んできた。「っ!?《地下水》!」「あらほらさっさー!」地下水がとっさに水の壁を作って凄まじい数の火球を防ぐが、イザベラよりもむしろその周辺に落下した落下する火球が地面に落ちた途端に爆発した為に、衝撃波で彼女の体が宙を舞う。「なにくそーっ!」イザベラは空中で一回転して体勢を立て直し、土煙の中をケティが居た方向に向かって走る。「覚悟ーっ!」《地下水》の刃から生じた水が長く伸びて刃を成す。それは水系統に於けるブレイドであった。「にょわっ!?」ケティも慌てて杖から火を伸ばして刃を成し、イザベラのそれを受け止める。双方ともにブレイドになりきっていなかった為か、ぶつかった刃同士が触れ合ってジューッという音を出しつつ、水蒸気を発した。「あら、意外と運動神経あるのね?」「そちらこそ空中で体勢立て直して反撃とかっ!?」鍔迫り合いながら、にんまり笑うメイドと焦るケティ。「何処のメイジ殺しですか!?」「失礼ね、私も一応メイジよ。」ケティの問いに、イザベラは不満そうに口を尖らせた。「魔法があまり得意ではないから、体術を磨いたってだけの話よ。」「…どっかで聞いたような話なのですね。」ケティはピンク色の娘を思い浮かべながら、イザベラに向かってそう言った。そしてそのままスッと懐からテイザーガンを取り出そうとする仕草を見せる。「おおっと、そうはいかないわよ!」イザベラはそれを見て後ろに跳び、あっという間に間合いを空ける。「素早い…ですが、それを待っていました!」ケティは呪文を唱え始める。途端に渦巻く炎が凄まじい勢いで高速回転を始め、球状に纏まり白い光を発し始めた。「おほほほほ、ファイヤー・ボール!」「何その白いファイヤーボール!? 水の壁!」イザベラの張った水の壁にファイヤボールが衝突、同時に轟音と共に大爆発を起こした。「うきゃあああああ!」「にょわ~!?」両者とも爆発の衝撃波で、ほぼ正対象の方向に吹き飛ばされる。二人ともゴロゴロと転がって、薔薇の木に引っかかった。「痛!痛い!」「薔薇の棘、棘が刺さる!?」そして、慌てて薔薇の木から離れる。直前の状態と比べると、かなりボロボロである。「な、何?今の何?」「水蒸気爆発ですか、火傷しなくてよかった…。」そんな事を言いながら、両者とも杖を構えて起き上がる。そしてケティは館の方にチラリと視線を送った。「…音が大き過ぎましたか、家人が起きますね。」「そうね…。」イザベラが頷く…と、同時にチョーカーが落ちた。どうやら爆発の衝撃と、薔薇の木に突っ込んだ事で緩んだらしい。「あ…。」「をぅ?」瞬時にイザベラの変身が解けた。青銀髪の髪の毛に、釣り目がちの目の中には空色の瞳。何時もは額をこれでもかと見せつける髪型だが、髪の毛を下していると何となくタバサの面影もある少女の顔があらわになる。「…イザベラ王女?」そう言いながら、ケティは動きが止まったイザベラに向かって、無造作にテイザーガンを抜き放った。「あばばばばっ!?」テイザーガンから放たれた針状の端子がイザベラに突き刺さり、全身を麻痺させる電流を放つ。瞬時に感電して全身が麻痺し、瞬時に崩れ落ちるイザベラであった。「そ、それはいくらなんでも卑怯じゃない…?」「兎に角勝てれば、それまでの過程なんかどーでも良いのですよ。」ケティはにっこり笑いながら、呪文を唱え始める。「そーれ、飛んでけ~。 ファイヤーワークス。」ケティの放った魔法はぐんぐんと高度を上げて行き、裏庭上空で分裂すると炸裂して花火となった。爆発して夜空に大輪を咲かせては分裂して、また炸裂している。「流石に、様々な色にする余裕はありませんでしたが、これで目くらましにはなるでしょう…バインド。」地面から紐が形成され、それがイザベラをぐるぐる巻きに拘束した。「な、なにをするの?」「…ふむ? 何しましょうかね?」そう言いながら、ケティは更に呪文を唱える。「レビテーション。」ケティが唱えた発動の言葉と同時に、《地下水》は宙に浮いた。「貴方、要するに直接握ると相手を支配するタイプのインテリジェンス・ウェポンですね? イザベラ王女の事は何故か支配していなかったみたいですが…。」「そりゃまあ、依頼人ですからねぇ。」その言葉を聞いて、ケティの視線が一瞬イザベラに移る。「…成程。それで、もう一度聞きますが、貴方は直接手で握っちゃ駄目なわけですね? 時々喋る説明書どころではないインテリジェンス・ウェポンがあるとは聞いていましたが…まさか、使い手の体を問答無用で支配してしまうとは。」「答えたくない…と、言ったら?」そう言って探りを入れた《地下水》だったが…。「私、最近金属加工に凝っておりまして…インテリジェンス・ウェポンが、いったいどのくらいの温度で溶け始めるのか、興味がありますね。 ゆっくりとろ火で加熱してみるのも良いかも知れませんねぇ…ククク。」「鬼っ!あんた鬼だよ!?」見た目の少女っぷりに反してケティが凄まじい答えを返してきたので、思わず悲鳴のような声を上げる。「これが最後の問いになりますが、生きたいですか?」「命だけは、命だけはお助けくだされ! そうです、その通りでございます。」地下水の言葉に、ケティはにっこりと満足したように頷いた。「宜しい、では此処に入っていてくださいね。」「な、何をす…。」《地下水》は、ケティが取り出した鎖で編まれた袋の中に放り込まれる。「要するに、手で握らなければ良いのですよね。 こういうものは発動条件が非常に限定されていますから。 お土産、ゲットだぜ。」こうしてゲルマニアを震撼させた《地下水》は、武器マニアのお土産となってしまった。これから後しばらく『彼』は、武器マニアに収集されるというのがどういう事なのか、散々に思い知る破目になるが、それはまた別の話。「…さて、イザベラ王女殿下、少々ご同道ねがいま…ええと?」「友好国の諜報機関の者なら殺しはしない、そんな甘ちょろい事を考えていた時期が、私にもありました…。」イザベラが、ケティと《地下水》のやり取りを見て白くなっていた。「ごめんねロッテ、少し覚悟はしていたけれども、お姉ちゃん此処までみたい…しくしく。」「失敬な、いきなり襲いかかてきたとはいえ友好国なのですから、その王女を害するわけが無いでしょう。」しくしくと泣き出したイザベラに、ケティは冷めた視線を送る。「しかし…ロッテ、ねえ? それ、シャルロットの愛称ですよね?」「うっ…き、聞いちゃった?」指摘に縮こまったイザベラに、ケティはクスリと笑いをもらす。「まあ良いです…レビテーション。」イザベラの体が、レビテーションによってふわりと浮かんだ。「私をどうするの?」「いやなに、お話しするだけなのです。 そう、お話ししましょう…じっくりとね、おほほほ。」後にイザベラは語る。丁度満月となっていた大きい方の月を背に逆光を浴びて笑うケティの姿は、どう見ても悪役であったと…。「…と、いう訳よ。」「ふむん?成程成程。」1時間ほどゆっくりとかけて、ケティはイザベラからタバサに関するアレコレを聞き出していた。「愛…なのですねぇ。 いやまあ、タバサの生き様の一途さ、可憐さは、まさしくその愛に値するものですが。」「でしょう、でしょう☆ はい、これ。」イザベラは顔を輝かせると、ケティに何かを手渡した。カード上のそれに書かれた文字を読んで、ケティはどんどん怪訝な表情になっていく。「シャルロットたんを愛でる会…?」「シャルロット派トリステイン支部長に貴方を任命するわ!」ケティに全部話して吹っ切れたのか、イザベラは妙なテンションでそう言い切った。「こんなアホな名称なのですか、シャルロット派…。」思わず突っ込んでしまうケティを、誰も責められないだろう。「何時の間にかね、こんなアホな名前に…。」イザベラは肩を落とす…が、すぐに元に戻った。「まあ兎に角よ、貴方はトリステインの女王直属の組織の人間なんでしょう? であれば、ロッテの政治的重要性は理解出来る筈よ。 …御父様は叔父様を暗殺してからというもの、どんどん心が壊れて行っているわ。 妻だろうが使い魔だろうが愛人だろうが部下だろうが、ちょっとした気まぐれで処刑とか正気の沙汰ではないもの。 シャルル叔父様とダルタニャンの小父様との3人で笑い合っていたあの頃の御父様には、もう2度と戻らない…。 私は御父様の娘である前にガリアの王族だから、ガリアに対する王家の義務は果たさなければいけないの。」「つまり、もしもの事が起きそうな場合は、トリステインでタバサを保護せよと?」ケティの問いに、イザベラは頷く。「トリステインにも、悪い話では無い筈よ。 あなたのラ・ロッタにもね…でしょう?」「ここまで徹底的に狙われるのであれば、名前はばれているのだろうとは思って居ましたが、矢張りばれていましたか。」苦笑を浮かべながら、ケティは頬を掻く。「それは流石にね…うちに来ている情報は止めておくけれども、グラン・トロワにも王直属の諜報組織があるから、あまり期待されても困るわよ? ロッテと仲がいい上に北花壇騎士の任務にまで着いてくる貴方は、必ずや御父様の目に留まるわ。 だからこそ止めたかったのだけれども、貴方は私の予想以上にとんでもなかったし、止める意思も無いみたいだし、後の責任は自己責任でやってもらうわ。」「ええ、それは勿論なのですが…取り敢えずその話は置いておいて、ずーっと悪役でいる気なのですか?」ケティはイザベラにどうしても訪ねたかった事を訊ねると、イザベラは顔を伏せる。「全部がぶち壊しになったのだもの、それはもはやどうにもならないわ。 叔母様がああなってしまっている以上、ロッテの復讐心を鈍らせるわけにもいかないし…ね。」「そうでしょうか?」ケティはそう言ってから更に何か言おうとしたが、イザベラに手で制される。「そういう機会があれば、そうするかもね…それで良いでしょう?」寂しそうにそう言うイザベラに、ケティはそう言うしかないのだった。「それじゃ…。」イザベラはそう言って、首にチョーカーを装着し直した。途端に、メイドのベリータの容貌に戻る。「ええ、貴方はベリータというメイドで、謎の暗殺者に一旦精神を操られていたけれども、戻った。」「王女の命令で雇われた暗殺者が私にかけた精神操作の魔法を何とか解除して、貴方は私を屋敷に連れて行く…で、良いのかしら?」ケティの語るカバーストーリーに、イザベラがエピソードを追加する。「飽く迄も自分自身に罪を被せますか?」「これぞ自業自得って奴よ、「それでは行きましょう。」「全てはガリアとトリステインの友好と繁栄の為に。」この後、ケティ達は屋敷に戻り、事の顛末を説明する事になる。ちなみに前庭を木端微塵に吹っ飛ばした事がバレて、鬼のような形相を浮かべたアルトーワ伯にケティが館の中を追いまわされる羽目になったのは言うまでもない。アルトーワ伯はアドレナリンが分泌されまくったのか、すっかり元気になったという…。数時間後、王女の行啓最終日の宴が開かれた。「何という事を、まったく、何という事を…。」仕方が無かったとはいえ、庭を吹き飛ばされたアルトーワ伯が怒り未だに収まらずといった表情で愚痴っている。ケティは何処かに逃げおおせる事に成功したらしく、この場にはいなかった。追いかけるアルトーワ伯と使用人にスタン・グレネードを放り投げて『あーばよぅ!とっつぁ~ん!』とか、わけのわからない台詞を吐いて逃げたらしい。逃げたとはいえ、部屋に謎のガラクタを大量に置いてあるままなので、しばらくしたら戻ってくるだろう。「…まあ落ち着くのだ、アルトーワ伯。」友人のしでかした事なのでフォローしなければと思い、タバサはアルトーワ伯に声をかける。「今回の件は私を守ろうとして、ロシュシュアール嬢が闘ったゆえの被害である。 いわば私のせいだ、許せ。」タバサはそう言ってアルトーワ伯に頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。「滅相も無いお言葉に御座いまする! あ、頭なら醒め申しましたゆえ、私のような田舎貴族に頭を下げるなどという畏れ多き事は勘弁して下され。」ガリアに於いて王族が貴族に頭を下げるなど、まあまず無い事である。その為にアルトーワ伯は仰天して一気に怒りが吹っ飛んだらしく、逆に恐縮し始めた。「今回の件の弁済につきましては、ヴェルサルテイルが責任を持ってとり行います故、御安心召されよ。」カステルモールがそう言って、タバサにウインクする。「…という事である。」イザベラからOKが出たのだと解釈して、タバサも頷いた。「まさか、あんな焼畑みたいになっていただなんて…わざと外したのね。」ベリータに化けているイザベラが、ゴクリと喉を鳴らしながらぼそっとそう呟く。発動までに若干の時間を要するという欠点はあるが、悪夢みたいな魔法だった。「彼女はそなたにかけられた嫌疑を解消する為に、私に働きかけたりもしている。 許してやってはくれまいか?」「確かに彼女には恩も御座りますれば、仕方ありませぬな…。」アルトーワ伯は溜息を軽く吐いてから、そう答える。「アルトーワ伯、そなたに感謝を。」タバサはそう言って、微笑んだのだった。ちなみに、それを見たメイドが一人で悶えていたが、色々とヤバいので皆見なかった事にしたという…。夜中、王女の部屋の通風孔から、人影がモソリと出て来た。「てってっててて、てってっててて♪」…小声で変な鼻歌を歌いながら。ちなみに出で立ちはというと、やけに肌にぴちっとしたデザインの服を着込み顔にはナイト・ヴィジョン・ゴーグルを装着している。この界隈でこんな姿になる人間は一人しかいなかった。すなわち、ケティである。「タバサー、起きていますかー?」「ん。」「…シルフィも起きているのね、感謝しなさい腹黒娘。」タバサはベッドからもそりと起き上がり、青い猫に変化したシルフィードを抱っこして、てくてくとケティの方へと歩いて行く。「変な格好。」「スニークミッションと言えばこれですから、仕方がありません。 段ボールがあれば、完璧なのですが。」ケティがまたわけのわからない事を言っているが、その点はいつも通りスルーする事にするタバサ。「帰るの?」「ええ、一足お先にリュティスに戻ります。 なので、もう一度シルフィードをお貸し願いたいのですが。」「ん。」タバサはケティの言葉に頷くと、シルフィードをグイッと差し出した。「んぁ…仕方が無いのね、腹黒娘。 リュティスについたら、たらふく肉が食べたいです、きゅい。」「はいはい、わかりました。」そんな要求にケティは頷きながら『くぁ…』と、欠伸をするシルフィードをタバサの手から受け取った。「さて…今回の旅行はどうでしたか、タバサ?」「平穏無事。」「平穏無事、ですか?」「ん。ケティが、私が倒すべき相手まで倒してしまったような気がする。」「またまたご冗談を。」ケティは苦笑を浮かべて、タバサの言葉を否定する。「こんなに穏やかな任務もそうそう無い。」「そうですか…まあ、穏やかな日々の方が良いのですよ。」窓を開け、星空を眺めながらケティが言う。そして、おもむろに星空目掛けてシルフィードを放り投げた。「きゅいいいいいいいいっ!」シルフィードは、空中で変身を解いて、窓の下でホバリング飛行を始める。「これ、結構疲れるから、とっとと乗るのね腹黒娘。」「はいはい、それでは行きましょうか? ではまた、リュティスで。」これが数か月前、ケティとイザベラがこっそり邂逅した事件の一部始終である。そして、話は元の時間軸へと戻る。