お姫様は女の子の憧れ実際になるのは、貴族という立場になってみてはじめてわかりましたが、勘弁して欲しいのですお姫様と王子の悲恋お話としてならば、それは美しくも悲しいものとして作れますが、巻き込まれたら大変なのですお姫様抱っこで運ばれる私にもいつかそんな日が来るのでしょうか?ルイズの部屋は私の部屋の4部屋先の場所にあり、階段を下りるには彼女の部屋の前を通り過ぎなくてはいけないのです。ですから時折才人が廊下に敷かれた藁の上で、毛布一枚被って震えながら寝ている風景は何度か目撃しています。何か彼女の気分を害する真似をして叩き出されていたのでしょうね。ですが…今回の格好は、いくら何でもないのですよ。「楽しいですか、才人?」「わん!」全力で頭を横に振る才人の格好は犬耳に犬尻尾で半裸、首に巻かれた首輪には鎖までついていて、壁に繋がれています。それだけならいつもの事が少しエスカレートした程度なのですが、何というかフルボッコ状態です。顔は腫れていますし、体中痣だらけで非常に痛々しいのです。「とても楽しいのですか、それは結構な事なのです。 まあ、人の趣味はそれぞれありますし、私は何も言わないのですよ。」「わん!?わんわんわんわん、わん!」頭を横に振るだけではなく、胸の前で腕をバッテンに組みながら、涙目で才人が睨みつけてきます。「では才人、ごきげんよう。 おほほほほほ…ほ!?」笑顔で立ち去ろうとしたら、才人に足首をがっちりと掴まれました。「わん…って、ええいまだるっこしい! 楽しいわけなんかあるか、むしろ痛いわ寒いわで今にも死んじまいそうだよ。 お、ケティの足首暖かいな。」「足首を離しなさい変態。」手が凄く冷たいのですよ、才人。「俺は変態じゃない!よしんば変態だとしても、変態と言う名の紳士だ!」く○吉君ですか、あなたは。「警備兵に引き渡しますか?」「お願いですから勘弁してください。」ナイス土下座です、才人。「わかりました、話を聞きましょう。 傷の治療のあてはありますし、厚めの毛布を帰り際に貸してあげますから、話している間は私の部屋で少し暖まっていけば良いのですよ。」「おおサンキュー、恩に着るぜ。」見ているこちらが痛寒くなりそうな格好ですからねルイズには後で文句を言われるでしょうが、これは幾らなんでもやり過ぎなのですよ。「さあどうぞ、入ってください。」「おお暖かい…って、本だらけだなこの部屋。」まあ確かに本棚に収まりきらない量の本が、そこらかしこにうず高く積み上げられていますからね。女の子らしさはほとんどゼロの非常になんと言うか、自分で言うのもなんですがヲタな部屋です。「実家の私の部屋に置いてる本の一部を持ってきたら、とんでもない事になりました。 図書館に重複する本がいっぱいあったので、そういうのは殆ど送り返したのですが…。」「いやそれは良いんだが、何でタバサがこの部屋に居るんだ?」私の部屋の隅っこで、タバサが椅子に座って静かに本を読み続けています。この前一度、タバサに本を貸す時に部屋に招待したら、それ以来機会があれば私の部屋に訪れて本を読んでいます。まさに 計 画 通 り。(ニヤリ…いやまあ、偶然なのですけれども。「この部屋にあるのは、図書館には置いていない本ですからね。 タバサは見てのとおり本を読むのが大好きですから、私の部屋によく来るのですよ。 学術書も多々ありますが、タバサが今読んでいるのは一族に疎まれ、様々な試練に陥れられる王女とメイジ殺しの少年の恋を描いた物語なのです。」「ばらしちゃだめ。」タバサの微かに赤くなった頬がラブリーなのです。「タバサ、才人の治療をお願いできませんか?」「ん、わかった。」タバサが《治癒》を使うと、才人の顔の腫れは徐々に引いていき、体中の痣も消え始めました。「相変わらず凄いな、水魔法は。 こんな事、日本でも出来ねえよ。」こんな事が出来るようになったら、医学上の大革命がおきますよね、いやほんと。「タバサ、ありがとうございます。 今度マルトーさんに頼んで厨房を貸してもらいますから、キュルケも呼んで一緒にハシバミ草料理でも食べましょう。」「ん。楽しみにしてる。」そう言って、タバサは再び読書に戻りました。「ホットワインなのです。 これでも飲んで、人心地つけてください。」「おお、暖かい…。 ワイン暖めて飲むなんて初めて聞いたよ。 いやだけど美味いワインだな、これ。」才人は木のカップに入れたホットワインをフーフーしながら呑み始めました。「美味しいに決まっているのです。 それはラ・ロッタのワイナリーで作ったものなのですから。」肥沃な土地と、豊かな水源と、豊富な日照を全て兼ね揃えた土地ですからね。交易路から外れ過ぎて売るに売れませんが。「ケティの家ってワインも作ってんのかよ。」「タルブのように売るほど大量には作っていませんよ、皆の飲む分だけなのです。」取り敢えず才人が一杯飲み切ったら、話を聞くとしますか。「…さて才人、どうしてこんな扮装をしているのか教えてください。」ホットワインを飲み終わった才人に、もう一杯ホットワインを渡しながら尋ねます「実は…。」才人はルイズが自分に惚れているんだと思って、寝込みを襲ったら蹴りまくられた挙句、犬の扮装をさせられて叩き出されたという事の一部始終を語ってくれました。「エロ使い魔、貴方は死んだ方が良いと思うのです。 むしろ死になさい、今すぐここで。」…今すぐ部屋から叩き出しましょうか、このエロ使い魔。「いやだって…一緒に踊った時のルイズさ、頬が赤くて目が潤んでいたんだぜ? っていうか、またエロ使い魔呼ばわり!?」「酒飲んで踊れば、誰だってアルコールが回って顔も赤くなれば目も潤むのですよ。 それはルイズだろうが、酔っぱらったおっさんだろうが同じなのです。 私は現在ワイン3本目ですから、よく見てください。」そう言いながら、才人に顔を近づけます。「私の目は潤んでいますが、才人にはこれが恋の潤みに見えるのですか?」「いいえ。 それは酔っ払いの目の潤みです。」才人は横に首を振ります。「私の頬はほんのり赤くなってきていますが、貴方に惚れているように見えるのでしょうか?」「いいえ、全く。 それは酔っ払いの赤ら顔ですというか、ケティは既にワイン4本目なのでもう止めた方が良いと思います。」失敬な、ワイン4本くらいまだまだ序の口なのですよ。…このままだと、今月送られてきた分を呑み尽してしまいそうなので自重しますが。「ルイズの瞳が潤んでいたのも、頬が赤らんでいたのも、酒飲んで踊ったせいだという事は理解できたのですね? 人は自分の願望に記憶をすり合わせようとする事がよく起こります。 記憶というのはそのくらい曖昧なものなのですからから、気をつけて…ん?」」「……………。」押し黙る才人の視線が何か低いので、辿ってみました。私の寝巻きが捲れて、下着が見えています。「…才人、私の下着がそんなに珍しいのですか?」「い…いやだって、急に捲れたら思わず見ちゃうだろ!? ルイズは履いていなかったし…。」気持ちはわかりますが、生まれ変わってからの15年が貴方を許すなと言っているのですよ、エロ使い魔。「言おうとしたんだ、言おうとしたんだけど、どう言えばケティが怒らないかを考えていたら…。」「足を動かした時に寝巻が捲れて見えた下着を凝視していたわけなのですか。」そういう事なら仕方が無い…のですね。まあ、十分怯えていますし、寝巻も元に戻しましたし、なによりタバサにもう一度治療を頼むのも馬鹿馬鹿しいのでこのくらいで勘弁しておきましょう。「まあ良いのです、このくらいでいちいち制裁されていたらサイトも身が持たないでしょうし。 いま毛布を出しますから、それを飲み終わったら帰るのですよ。」「わかった、あまり長居するとルイズが騒ぎ出すかも知れないしな。 サンキュー、ケティ。」そう言ってから、ホットワインを飲む事に集中し始めたサイトをぼんやり眺めます。そういえば、フリッグの舞踏会の晩、才人がニューヨークでのあの事件を知っていたという事は、ちょっとした驚きでした。私はてっきり「なんだそりゃ!?」と、驚くと思っていたのですから。勿論、才人の世界に「ゼロの使い魔」は無いでしょうし、それを思いつくヤマグチノボル氏も居ないでしょう。ただ、才人の世界でも私の世界と同じくニューヨークで怪物が暴れまわる事件が起きた…という事は、おそらく私と才人の世界は並行世界としてはかなり近い世界な筈なのです。ひょっとすると、前世の私の両親が実在しているかもしれませんし、もしかしたら前世の私も怪物に喰われずに生き残っているかもしれません。ですから才人が向こうの世界に戻れる日が来たら、一緒に戻ってみるのも面白いかなと思っているのです。…取り敢えず、男言葉の日本語を何とかしましょう。元はとにかく今は淑女なのですから。「よし、温まった。 じゃあ帰るよ、タバサも傷治してくれてありがとうな。」「ん。」才人の謝辞に、タバサがコクリと肯いています。「風邪を引かないように、毛布にしっかり包まって寝るのですよ?」「ハハッ、ケティって母さんみたいな事を言うのな。 じゃあな。」そう言って、才人はドアを閉めました。年下の乙女に向かって《母さん》は無いと思うのです。まあ、転生した分精神的に老けているというのは確かに否めないものがありますけれども。「さて、私もそろそろ寝るのですよ。 タバサ、帰る時に明かりを消して行って下さいね。」「ん。 おやすみ。」私はベッドに入るとタバサのところ以外の灯りを消して、目を閉じるのでした。翌日、授業中にめかし込んだミスタ・コルベールが入ってきました。鬘が無い…滑り落ちるから乗せるのを諦めたのですね、わかります。「突然ですが、フーケ捕縛の件で何と王女殿下が御行幸なさる事になりました。 ミス・ロッタは殿下の謁見が許されましたので、後で校長室に来るように。 他の皆さんは王女殿下の出迎えの為に正装の準備に取り掛かってください。」「ミスタ・コルベール、それは良いのですが、授業はどうなるのですか?」折角、授業をしているドートヴィエイユ先生の脱線話が架橋に入ってきたところでしたのに。「今日の授業は午後を含めて全て中止となりました。 総出でこれより式典の準備にかかるのです! 殿下にくれぐれも粗相の無いように、立派な貴族として振る舞ってください。」ああ…友人と旅に出て、路銀をすられたドートヴィエイユ先生がどうやってその窮地を切り抜けられたのか、もう少しで聞けたのに残念なのです。『トリステイン万歳!アンリエッタ王女万歳!』数時間後、大喝采の中、20頭のユニコーンに引かれた豪奢な馬車が、学院の中に入ってきました。ユニコーンは純潔の象徴として神聖視される生き物ですが、処女しかその背に乗せないという困った習性があります。私は大丈夫ですが、学院の中には近寄る事をためらう女子も結構いるのではないかと思うのです。ほら、通りの表にいた何人かの女生徒が、慌てて奥に引っ込み始めています。レディの秘密をその習性で暴いてしまうとは、なんて下品な生き物なのでしょうか。まあなんにせよ純潔の象徴なので、清純無垢なる王女を運ぶにはまさにうってつけの馬です。王女の向かい側に、痩せこけたおっさんが乗っていて台無しですが。「はいはい、ちょっとどいたどいた。」 そんな声がしたあと、ぐいっと押し退けられました。「いた、痛い、何をするのですか!?」「およ、ケティ?」そこに居たのは才人です。相変わらず犬耳ですか、そしてまたフルボッコになっています。「いたた…昨日の恩を忘れて私を押し退けるとはいい度胸なのですね、才人?」「しっかり人を掻き分けたわね、褒めてあげるわ駄犬。」その才人の横からルイズがニュッと首を出しました。「ルイズ、貴方の仕業ですか。」「ケティ、ちょうど会いたいと思っていたのよ。 うちの駄犬に勝手に施しをしてくださったんですって? 私の使い魔が何をされどうするかは私の自由ですのよ、勝手に餌や毛布を与えないで戴けるかしら?」」ルイズが私を睨みつけます。ああ、やっぱり怒られましたか…。「ルイズ、貴方のされそうになった行為には同情を禁じえません。 恐らく怒りで脳味噌が沸騰しているのでしょうが、落ち着いて考えた方が良いのです。」「何がよ。」ルイズは私を剣呑な光に満ちた瞳で見つめます。「年頃の乙女である貴方が、同じくらいの年頃の男に犬の扮装をさせて首輪をつけて、鎖で繋いで歩いているのです。 しかもそれを公衆の面前で。 想像してみてください、貴方はそういう人間を見て、どういう感想を抱くのでしょう?」「え!?うーん…えーと…あー…うー…ぎゃー!」ルイズは客観的に光景を想像したのでしょう。赤くなって、青くなって、真っ赤になってから、蒼白になって絶叫しました。「へへへ変態、わわわたし今、わたし今、物凄い変態だわ。 きゃ客観的に見ると、サイトを通り越してこの国最高峰の変態に輝いているわ、私。」「俺を通り越した変態…って、俺は変態なのかよ!?」やっと気付きましたか変態娘。そして黙りなさい真の変態、強姦未遂犯が変態でなくて誰が変態だというのですか?才人に兎に角罰をって事で頭がいっぱいになっていたのでしょうけれども、今のルイズと才人の状態はどう見てもSM変態カップルなのです。「サ、サイト! もうその格好いいから、部屋の鍵貸してあげるから、いつもの格好に着替えてきなさい、可及的速やかにっ!」「お、おう、わかった。」ルイズから部屋の鍵を渡された才人が、走り去っていきました。「一つ聞きますがルイズ、サイトにあの格好をさせて学院中を練り歩いたのですか?」「ああでも、何もかもが遅いのよ、もう…。 ああ…これで普通の思春期女子として終わったんだわ、私。 さよなら清純可憐な私、こんにちわドS女ルイズ…。」ルイズが真っ白に燃え尽きているのです。これは、何を言っても最早聞こえないでしょうね。「ふふ…終わったわ、何もかも。」何か、後ろからも同じような台詞が聞こえてきたので振り向いたら、真っ白になったキュルケが居ました。「キュ、キュルケどうしたのですか!?」「私の火魔法が、ケティから教えてもらったアレンジも加えてみたのに、駄目だったなんて…私の渾身の火魔法が…。」こんな魂の抜けたキュルケを見るのは始めてです。「タバサ、いったい何が起こったというのですか?」「ミスタ・ギトーの授業。 キュルケが魔法を全て弾き返された挙句、その炎で滅多打ちにされた。」あのおっさん、キュルケがこんなになるまでいたぶるとは…。「わかりました。 キュルケのこの落とし前は同じ火メイジである私が、責任を持ってきっちりとつけます。」「お願い。」タバサは基本的に風メイジなので、ギトー先生を倒しても風最強理論を崩せませんからね。しかし、それぞれの属性に強弱の差なんてのは無く、基本的にどう工夫するかにかかっているのに、何で風最強に拘るのでしょうか、あの人は。「キュルケ、キュルケ、コルベール先生に頼んで一緒に魔法の練習をしましょう。 あなたは天才肌ですが、それ故に力任せ過ぎな所がありますから、そこを直せばギトー先生にだって勝てるかもしれません。」「…そうね、ツェルプストーの火を馬鹿にされたままじゃいけないものね。」真っ白になっているキュルケを軽く揺さぶりながら励ましたら、何とか復活してくれました。「さあ私の手を取って、立ち上がるのです。 私はいつもキュルケと一緒なのです。 私達火メイジの輝かしい未来がそこにあるのですよ。」「ケティと一緒に…火メイジの輝かしい未来を…。」ついでにマインドコントロールも施すのですよ、精神的なショックを受けている時は暗示がかかり易いのです。「そうです、共に行きましょう。 そして、強く、強く、強く、強く、強く、強くなるのです…。」「強く、強く、強く…。」ぐるぐるぐるぐるぐる~。「駄目。」「いたっ!?」「あいたっ!?」タバサに杖で叩かれました。「暗示で洗脳したら、駄目。」「駄目なのですか? いやまあ、半分冗談でしたけれども。」タバサなら、タバサならきっとツッコんでくれると信じていました、本当ですよ?「トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下のおなーりー!」おお、そういえば姫殿下の出迎え式でしたね、すっかり忘れていたのです。レッドカーペットが敷かれ、皆が固唾を呑む中ドアがかちゃりと開き、出て来たのは…「皆のもの、出迎えご苦労である!」もう少し空気を読めないものですか、この鳥の骨は?周囲のげんなりとした視線を少しは気にしてください。そういう事をやっているから、王権の奪取を企んでいるとか、反対派にいいように悪い噂を流されるのですよ。「お、間に合ったか。」「あ、ダーリン、元の格好に戻ったのね。」サイトが元のパーカー姿に戻って、帰って来ました。…デルフリンガーを片手に握っているという事は、ガンダールヴの力を使ったのですね。間に合わせる為とはいえ、しょうも無い事に伝説の力を…。「ちょうど間に合いましたね、才人。 姫様がちょうど出てくるところなのですよ。」「あ、姫様来たの? ちょっとサイト、どけなさ…あ…。」ルイズがサイトを押しのけて、姫様の方を見た途端に動きが止まりました。目がキラキラ頬がほんのり赤くなっています。「どうしたのルイズ…あら、いい男。」ルイズの視線を追ったキュルケも、ちょっぴり頬が赤いのです。「いい男なのですか、どれどれ? ああ成る程…。」へえ、アレがジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドなのですね。「いい男よねえ…ねえ、ケティ?」「髭面の男はインチキ臭そうなので、好みでは無いのですよ。」まあワルドですし、髭面が駄目な以上にワルドってだけでアウトなのですよ。「タバサはどうです、ああいうのは?」「興味無い。」ですよねー。「…ふ、所詮は淡い夢だったか。」私達女性陣に空気扱いされて才人がいじけていましたが、相手にしない事にしておくのです。「な…シュヴァリエ叙勲は無しなのですか…?」校長室に入っていきなりシュヴァリエ叙勲は無しになった事を告げられました。姫様と枢機卿引っ張り出してきてそれですか…というか、それ誤魔化す為に姫様と枢機卿引っ張り出してきたのですね?「はい…申し訳ございません。 先月、わが国のシュヴァリエの爵位には非常時動員の義務が付与されていたようなのです。 なので、学生にシュヴァリエ叙勲はふさわしく無いという事になりました。 なので、ミス・タバサと同じく、皆様にも精霊勲章を授与する事になりましたの。」そういって、姫様は深々と頭を下げられました。精霊勲章にも年金はつきますが、シュヴァリエに比べると見劣りするのです。…まあ、学生のお小遣いとしては過分なので良しとしますか。「ルイズ、ああルイズ、久しぶりね。」「アンリエッタ姫様、お久しぶりでございます。 はい?何でしょうか姫様?」姫様がルイズに勲章を着けながら、何か耳打ちしています。「ねえケティ、ルイズとあのお姫様知り合いなの?」「一応、親戚ですから交流はあるのではないのでしょうか? よくは知りませんが…。」たぶん、今夜ルイズの部屋に行く事を告げているのでしょうね。ルイズの顔が徐々に硬直していくのがよくわかるのです。…さて、今夜寄らせて貰うとしますか。「…で、女子寮で何をなさっているのですか、ギーシュ様?」「け、ケティ!?」そろそろかなと思って部屋から出たら、ルイズの部屋の扉にぴったりと耳をつけているギーシュを発見しました。「や、やあ、奇遇だね、ケティ。 今日も蝶のごとき可憐さだよ。」「わざわざ女子寮に来ておいて奇遇も無いのですよ。 ミス・ヴァリエールに夜這いなのですか?」ルイズのところは無いにしても、おおかたモンモランシーの所に行こうとしていたところで偶然姫様を発見したのでしょう?でないとギーシュがわざわざ女子寮の近くを通りかかる理由もありませんし…。「そんなわけ無いじゃないか、僕が夜這いだなんて。 …な、何か目が怖いけれども、どうかしたのかね?」「何でもないのです。 …で、ミス・ヴァリエールの部屋のドアに耳をつけて何をなさっているのですか?」私の目が怖くなったりはしていないのですよ。ギーシュの気のせいなのです。「姫様がアンリエッタ姫様がミス・ヴァリエールの部屋に来ているのだよ。 姫様が出てきたら、是非とも僕の事を覚えてもらいたいのだ。 あの白く美しい百合のような方に僕の事を覚えていただけたら、それだけで僕は、僕は…。」「…僕はなんでしょうか? そもそも何故私の前で、そういう事を言うのですか?」なんだかよくわかりませんが、ひどく不機嫌になって来たのですよ。「え…?ええと、ケティ、ひょっとして怒っている?」「ギーシュ様、何を怯えているのか知りませんが、私は怒ってなどいないのですよ?」ギーシュは何故じりじりと下がっていくのでしょうか?そのままだとルイズの部屋のドアを開けてしまいそうなのですが。「ケティ、ケティ、落ち着くんだ。 君が僕みたいなフラフラした男がどうしても許せないのは知っているけど、落ち着いてく…ヒィ!?」「私は十分落ち着いているのです。 何を仰るのやらなのですよ?」ギーシュを落ち着かせようと笑顔を浮かべてみたのですが、「ヒィ」とか、悲鳴まで上げられてしまったのですよ。ああ何か、怒り倍増なのです。「落ち着くんだ、落ち着きたまえ、兎に角落ち着いてくれ、話せばわかる!」「問答無用、なのですよ。」ギーシュは限界までドアに張り付き…ドアがとうとう負荷に耐え切れなくなって開いてしまいました。ギーシュはバランスを崩して、ルイズの部屋の中に転がり込んでいきます。「うわあぁぁぁっ!?」「きゃっ、何者ですか!?」ああ…つい、やっちまったのですよ。「アンリエッタ姫様、先ほどは精霊勲章を御身自ら賜り、まことに有難うございました。 校長室でお会いしたケティ・ド・ラ・ロッタでございます。 此方で仰向けに引っ繰り返っている者はギーシュ・ド・グラモン、まあ特に気にしないでいただけると助かります。」「ひ、姫様お初にお目にかかれた事、このギーシュ・ド・グラモン感激の至りでございます!」後ろ手でドアを閉めてから、姫様に跪き恭しく頭を下げました。ギーシュは早く引っ繰り返った状態から戻った方がいいと思うのですよ。姫様は才人に御手を許されている最中だったみたいで、才人に左手を出したまま固まっています。「才人、御手を許されたのでしょう? 早くキスをするのです。 …唇ではありませんよ、その左手の甲に、なのです。」「ああ、手の甲にキスすれば良いのか。 どうしたらいいか、わからなくて困ってたんだ。 ケティ、サンキュー。」そういって、手の甲にブッチュウと思いっきり才人がキスしました。「きゃっ!?」「…才人、そういう時は軽くキスするものでしょう、常識的に考えて。」姫様は確かに可愛いですが、浮気フラグ立てるのはもっと先なのですから、あまりがっつかないで欲しいのです。「う、いや、なんか、緊張しちゃって勢い余ったというか…。」才人はかなり無礼な事をしたという事に気付いたけれども実感は無い様子で、頬をポリポリ掻いています。「はぁ…全くあなたという人は。 姫様、才人は貴族の風習を知らぬ平民の身、どうか御慈悲を賜りますよう。」「あ…はい、平民で貴族の風習になれていないという事であれば仕方がありませんよね、許します。」私が姫様に頭を下げると、姫様はあっさりと才人を許しました。いや、何と言うかこの身分に生まれておきながら、奇跡的なほど《普通の人》なのですよね、この姫様は。世間知らずではあるのですが、傅かれてきた者特有のオーラがあまり無いと言いますか。このままドレスを脱いで平民の服を着て城下に繰り出しても、誰も気付かないでしょう。上手く教育を施せば、自らの権力に奢る事の無い名君に化けさせる事も出来ると思うのですが、教育方針が彼女の性質に全然マッチしていないのでしょうね、これは。「ひ、姫様に平民が御手を許されるとは、僕でさえそんな光栄に預かっていないというのに…。」…あ、ギーシュがショック受けているのです。「くっそう、なんだか腹立つから決闘だ平民!」「アホなのですか、貴方は?」炎の矢を一本生成してギーシュに放ちました。「あち!?あちっ!!ちょ、ケティ、燃えてる!燃えてる!!」ギーシュがのた打ち回っていますが、自業自得ですから放って置きます。「あつっ!ひ、姫様、あちちちっ! 実はこのギーシュ・ド・グラモン、先ほどの話の一部始終を聞かせていただいており…熱い熱い燃えてる! 聞かせていただいておりました! 私めにも、是非、是非、なにと…あつっ!なにとぞ、その任務をあちちちっ!賜りますよう!」まさかこのタイミングで言い出すとは完全に予想GUYだったのです。人と話す時は時と場合を考えて欲しいのですよギーシュ。どこの世界に燃えて転がりながら、任務を此方にも下さいなどと言う人がいるのですかっ!姫様の目がすっかり点じゃないですか、どーすんですかこの状況!?…私のせいですけれどもね、いやどうしましょう?「スノー・ブリッド。」「ぎゃあ!今度は冷たい!」雪の弾丸が、のた打ち回るギーシュを直撃して消火しました。「そ、そこの使い魔なんかよりも、余程役に立ってみせます…。 …お願いします、なにとぞこのギーシュめをお使いいただきますよう。」「は…はあ。」横たわるギーシュから妙な威圧感を感じたのか、姫様は顔を引きつらせながら恐る恐る頷きます。ところどころ焦げて力なく横たわる様は、どう見ても才人より使えるようには見えないのですよ、ギーシュ。そんな事よりも…。「タバサ?キュルケも?」今のスノー・ブリッドはタバサが放ったものですか。しっかり気付いてすかさず消火してくれるとは流石タバサ、抜かりが無いのです。しかし、どうしてこの事態に気付いたのでしょうか?「私の部屋はこの部屋の隣よ。」 煩くて目が覚めちゃったじゃない?」「いつまでも部屋に帰って来なかった。」ああ、そういえばそうでしたか。キュルケは今の騒ぎで目が覚めて、駆けつけてくれたのですね。タバサは部屋を出て行ったきり、帰って来なかった私を心配してくれたのですね。「姫様、話を聞かせていただけませんか? 私達三人ははいずれもトライアングルクラスのメイジですから、お助けできる事があるかもしれないのですよ?」姫様を安心させるために、私は笑顔で姫様に訪ねたのでした。事情は知っていますが、聞いてはいないのですからね、私。