アイドル、それは万人に愛されるべき能力・技能の持ち主しかしながら、生まれながらのアイドルというのは居るものですアイドル、それは万人に愛されるべき能力・技能の持ち主特にルイズと姫様…いやはや、あの二人は別格なのですよ、美貌とカリスマがアイドル、それは万人に愛されるべき能力・技能の持ち主アイドルの語源は偶像、王は国家の偶像…彼女らがアイドル性を持っているというのは、血の宿命やも知れません「…何を読んでいるの、ケティ?」アーハンブラ近郊まで移動する最中、タバサの家から持ってきた本を読んでいたりする私に、ルイズが声をかけてきました。「これですか?イーヴァルディの物語です。」「イーヴァルディ? また悪趣味なのを…。」ルイズは眉をしかめて私にそう言うのでした。「読まずに言ってますね、ルイズ?」「え?えーと、うん。 でもイーヴァルディを読む貴族は悪趣味だっていうのは、昔から言われているじゃない?」ルイズのいう事は御尤も。確かに昔から、貴族がイーヴァルディを読むのは属っぽ過ぎて悪趣味だというのは、よく言われる事なのです。「ルイズ、貴方はわかっていません…。 ええ、何もわかっていない。 これは嘆くべき事ですよ、実に嘆かわしい事です。」「ん?何がよ?」私の言葉に、ルイズが首を傾げています。「悪趣味っていうのは、楽しいのですよ☆」「そういう台詞を可愛らしい笑顔で言わないで頂戴…。」ルイズは溜息を吐きながら、私をジト目で睨みました。「おほほ…使用人に聞いたのですが、今は心を狂わされてしまったタバサの母君がかなりのイーヴァルディマニアだったらしいのですよ。 おかげで、入手の難しいイーヴァルディのお話も揃っているのですよね。」『これを出版しようと決断した作者の勇気には敬服する』って類いの、しょうもないイーヴァルディ本もいっぱいありましたけどね。しょうもないものも全部集めてこそのマニアといいますか、タバサの母上のコレクター魂には感服です。…正気に戻った時にコレクションが荒らされているのを見て、もう一度発狂しそうなのがアレですが。「た、大公妃ともあろう御方が…。」「人間ひとつくらい悪趣味があった方が、人としての深みも増すというものですよ。」ジョゼフ王のように悪趣味だらけになると、ただの変な人になりますが。「流石、銃マニアは言う事違うわね。」「放って置いて下さい…。」しみじみと言うルイズに、私は肩を落とすのでした。銃もメイジが使う得物としては悪趣味であると言われています。拳銃、便利なのですけれどもね…。「まあ兎に角です。 イーヴァルディは様々な人間が紡いだ物語ですし、物語としての質も裾野が広い分面白いものが沢山あるのですよ。」「ふーん…。」まあ、裾野が広い玉石混淆なので、自動的に全く面白くない物語も無数に紡がれているのですが。そういうのは淘汰されて、面白いものが大体残るのが、こういう時代の良い所です。「何よりルイズ、貴方も将来的にはイーヴァルディの物語の一つになるのですし。 そんなに嫌がらなくても。」「へ? 何でわたしがイーヴァルディの物語になるのよ?」首を傾げるルイズに、私は持っていたペンで才人を差す事でやんわりと伝える事にしました。「才人?」「ええ、左手が光り剣を自由自在に操る英雄。 イーヴァルディの題材としてはぴったり当てはまるキャラ持ちなのです。 そして…。」私はルイズの方に手を置きました。「幾つかのイーヴァルディには、魔法の苦手なメイジが相棒として出てきます。 役に立たないメイジを傍らにおく事で、イーヴァルディの強さを際立たせる演出だという人も居ますが…ルイズならば、これがどういう事か分かるでしょう?」「昔も、わたしみたいな人が結構居たって事ね…しかも、その人達はわたしみたいに運良く始祖の祈祷書などのマジックアイテムと触れ合う機会が無かった。 虚無として目覚めていないから、当然魔法は虚無に目覚める前のわたしみたいに爆発したりしていた…何かがひとつ行き違えば私も同じだったと考えると、ぞっとするわね。」メイジの家に生まれたのに魔法が殆ど使えないと、とことん莫迦にされますからね。才人を召喚して、自分が虚無の系統だという事が知れるまで、その間故郷の屋敷から学院に来て約一年間超。彼女はこの学院において、魔法を使えない貴族の子が偏見から被る地獄の真っ只中に居ました。拾われ子だの父親がメイジじゃない使用人の誰かじゃないかだのと好き勝手言われ、からかわれるのですよ。貴族にとって一番大事な拠り所である誇りと血統を徹底的に莫迦にされる…これは正直な話、貴族としては堪ったものではないのです。よくもまあ気を狂わせずに持たせたものだと、その精神力の強さに私は敬服せざるを得ません。「おまけに召喚した使い魔がいきなり平民じゃあ、予備知識無しの身としては愕然とせざるを得ないし。 訳が分からなさ過ぎて動転して、思わずそのまんまコルベール先生に言われるがままに契約しちゃったのよね…。」迷ったら、そのまんま真っ直ぐ突き進む所は、元からなのですね、ルイズ…。「イーヴァルディの中には幾つか、召喚出来なかった故にヤケクソな感じで使用人などの平民とコントラクト・サーヴァントをやってしまった例なのではないかという描写もいくつかあります。 彼らもしくは彼女らは、使い魔召喚すら成功しなかったのですよ。 ルイズみたいに根気よく延々とサモン・サーヴァントを唱え続ける人も、なかなか居なかったのでしょう。」「あそこで召喚出来ないなら、自裁する気だったしね。 使い魔召喚すら出来ない者がヴァリエール家の次期当主とか、私自身許せないから。」ルイズの性格だと、そうなってしまうでしょうね。「わたしの事は過ぎた事だし、苦労した分だけの見返りもあったから、もう良いとして…成程ね。」かなり追い込まれた筈なのですが、まあ才人に出会えたり伝説の系統である事がわかったり友達も出来たりでチャラになったのでしょうか?私なら、半年も耐えられないような境遇なのですが…。「イーヴァルディはガンダールヴ…で、イーヴァルディってどんな意味なの? 響きからしてルーンよね、これ。」「《大力無双なる者》って意味なのです。」 「ティファニアを思い出すわね。 あの巨乳莫迦力娘…凄かったわ、力も胸も。」ルイズがむーんと唸りながら、何やら回想しているようです。「大木を毟り取るとか、生まれて初めて見ましたね…。」「あれは同じ虚無のわたしでも無理だわ…。 コツがあるとか言っていたけど、どう見ても力任せに毟ってたでしょ、あれ。」ティファニアってば『えいっ♪』とか、草むしり感覚で木を根本から引き千切っていたのですよ。お陰様でウエストウッド村を囲む木の城壁は思った以上に早く出来上がったわけなのですが。アレは怪力とか馬鹿力とか、そんなチャチなものでは断じてありません。もっと凄まじいものの片鱗を味わったのです…。「さて、真夜中の降下作戦と洒落込みましょうか?」ここはアーハンブラ城から10km程離れた場所。このフォルヴェルツ号は船尾に扉がついており、縦に開く設計になっています。別に水に浸かる事など無いのに、荷物の出し入れにいちいちクレーンや魔法を使うのは非効率的ですからね。パカッと開けば馬車2台程度は何とか入ります…狭い船倉に閉じ込められた上に、これから馬車ごと空中に放り出される馬にとっては、堪ったものでは無いかもしれませんが。「何で降下作戦…。」「格好良いからです!」「………………。」私は胸を張って堂々と言ってのけましたが、周囲は不満顔です。アレ?私の渾身の冗談が…。「腕極めるわよ豆狸。」それどころか、ルイズが真顔で手を鳴らし始める始末…。「あだだだだだ!?」言った瞬間には、腕を極めているのがルイズでしたー!「そして折るわよ?」「いたたたた、冗談ですから折らないでくださいプリーズ! タバサの実家に降下した時と同じですよ、なるべく人目を避けたいのです。 船の図体だと目立ちますが、丁度良く曇り空なおかげで馬車程度の大きさなら遠くからは殆ど視認出来ません。」「なるほど、そういう事なら納得だわ。」ルイズにとっては冗談でしょうし、痛みが後を引かない事から考えても確実に冗談なのでしょうが、激しい冗談なのですよ。「ルイズ、私は才人ではないのですから、壊れてしまいます。 あまり激しいツッコミは控えてください…。」「大丈夫大丈夫、ルイズが壊しても私が治すわ、有料で。 私は儲かる、ルイズもスッとする、ケティの財布も軽くなる。 まさにWin-Winの関係ね。」「私が一方的に敗者(ルーザー)ではありませんかっ!?」何なのですか、そのモンモランシーが儲かるばかりの関係は。どういう事なのですか、その残酷な搾取のテーゼは。「ま…まあ兎に角、降下しましょう。 夜明けまでにアーハンブラにたどり着いて、一旦休憩の後に町の大広場で簡単な見世物をやります。」「ひ、昼間にあんな格好してダンスするわけ? 嫌よ、太陽さんさんと照る中でキュルケと比べられるなんてぜーったいに、嫌!」踊り子役のモンモランシーが、顔を赤くして首を横に振っています。「私も嫌だからね!」ジゼル姉さまも顔を真っ赤にして首を横に振っています。実は、ジゼル姉さまも踊り子役なのですよね。「ミス・ツェルプストーは兎に角、何で他二人は揃って貧乳なんだね。 ケティにやらせれば良いじゃないか、貧乳の女、略して貧女にやらせるのではな…どわぁ!?」踊り子二人のプロポーションに対して文句を言っていたマリコルヌに、ジゼル姉さまの杖が装着されたモシン・ナガンのレプリカが、問答無用で火を噴きました。銃弾はマリコルヌの髪の毛数本を吹き飛ばした後、船倉の木材を貫通した後、外側に張られている鉄製の装甲板でカンと乾いた音を立てて止まりました。え?何で軍艦でもない船に装甲板があるか、ですか?ホホホ…聞いちゃ駄目なのです。「あちゃー、手が滑ったわ。」「おおお、思い切り構えて引き金引いて置いて、手が滑ったも何もあるかぁ!」流石に仰天したのか、マリコルヌが涙目でジゼル姉さまに抗議しています。「眉間狙ったのに外れたわ…あー、手が滑った手が滑った。 ククククククク…。」ジゼル姉さまの笑顔が何時になく怖い!?「残念ねえ、逆回復薬の実験台にしようと思っていたのに…ほほほほほ。」モンモランシーも、そう言いつつ懐から水の秘薬を取り出して暗く笑っています。ええと…逆回復薬の研究は水のトリステインでは御法度なのですが。「いい事を教えておいてあげるわ、疾病のマリコルヌ。 貧乳を莫迦にするものは、貧乳に泣くのよ?」「泣くどころか、僕の後頭部から灰色の脳味噌が極彩色の液体といい感じにブレンドされて飛び散るところだったよ!? 涙どころじゃないよ、もはや死体だよ!? あと僕の通り名は疾病じゃなくて疾風!」「五月蝿い、三大成人病のマリコルヌ!」「し、しどい…。」ううむ、あまりの衝撃に何時もの変態挙動がなりを潜めています。…良い事ですね、放っておきましょう。「そもそも、私とキュルケでは身長に差が有り過ぎるのですよ。 真に遺憾な事ながら、ええ真に遺憾な事ながらっ! 私がちっちゃ過ぎて、遠くの場所からよく見えません。 ルイズでも同様なのです。」「そうそう、背が低い私達は歌い手担当で、背の高い三人は踊り子担当。 ああ、背が低い事に感謝するのも久し振りだわ!」「ちっちゃいって良い事ですねっ!」「ね~。」私はルイズとニッコリ微笑み合って掌を打合せます。 「…あー、ちょっと良いかね?」そんな私達にコルベール先生が遠慮がちに声をかけてきました。「そろそろ降下した方が良いのではないかね? そういう話は移動しながらでも出来るだろうし…。」『あ…。』コルベール先生のツッコミは至極もっともなものなのでした。「それじゃ、扉開けてください。」私がそう言うと、船員がハンドルをくるくると回し始め、それと同時に扉が開き始めました。ここは夜の雲の中。そこで扉を開けるとどうなるかというと、濃い霧がごうっと吹き込んで視界が薄っすらと白く濁ります。私たちの視点だと霧ですが、これは雲なのでしょう。「おおう…これから魔法でゆっくり降りるとは言え、怖いものは怖いな。」才人が少々緊張した声で、そう呟くように言いました。「まあサイトと馬車は、魔法が無いと地面に落ちてぺしゃんこになっちゃうしね。」「ジゼル…余計怖くなるような事を言うんじゃねえよ。」才人が悪戯っ子みたいな笑みを浮かべたジゼル姉さまをジト目で睨んでいます。「大丈夫大丈夫、ここに居るメイジでギーシュとルイズ以外は風系統がそこそこ得意なのが揃ってるし。」「ケティが風のライン相当の魔法が使えるのは知ってたけど、他は初耳だ…ぞって、何しやがる!?」ジゼル姉さまにチョップされた才人は額を押さえて抗議しますが、いやまあ怒りますよね。「私!私は火と風両方のライン! だから二つ名が『熱風』忘れないで。」「お…おう。」得意な系統はメイジにとって己のアイデンティティに関わるものなので、割と親しい中でありながら忘れられていたりするとちょっとしたショックを受けます。才人は才人だから仕方が無いのですが、ジゼル姉さまは矢張り怒りますよね。「モンモランシーはドット相当の風系統使えるし、キュルケは火以外の系統使いたがらないけど、やっぱりドット相当の風系統は使えるわよ。 後、ついでのおまけに変態は風系統が主系統だし。」ジゼル姉さまは嫌そうにマリコルヌと名乗る変態を指差します。「フッ…女子のパンツを見る為だけに修練を重ね、ついにはラインになった僕の力を見せる時が来たようだ…。」『死ね変態。』変態の変態による変態的な変態発言に、私、ジゼル姉さま、ルイズ、キュルケ、モンモランシーの声が思わずハモりました。「あヒん!?ご褒美五重奏(クインテット)! ありがとうございます、ありがとうございます!」「全く持って無敵だね、我が友…とか最近微妙に呼びたくなくなってきたマリコルヌ。」ギーシュもドン引きなのですよ。「僕は土系統だから風系統は殆ど使えないし、ルイズは爆発はしなくなったけど得意とは言い難いしね。 レビテーションは兎に角、フライなら僕もルイズも問題は無いんだが…。」「前なら拗ねてたトコだけど、今は全く気にならないわっ!」ちなみにレビテーションとフライの違いはと言うと、自分が浮いて飛行する魔法か、魔法の対象を浮かせる魔法かという違いなのです。しかしレビテーションの方が難易度は若干上で、ドット相当の風系統魔法が使えないと行使は困難と言われていますし、実際その通りです。何でかって…?知りません。これだからファンタジーは嫌なのです。「取り敢えず、詠唱のタイミングを合わせなきゃね。 色々と重いもの積んである馬車だから、上手くレビテーションをかけないとゆっくり降下してくれないだろうし。」キュルケがそう言って、馬車に乗り込みます。「あり?乗ってかけんの?」先に馬車に乗っていた才人が、そう言って首を傾げました。「魔法の複数同時行使は出来ないのに、馬車の外で馬車浮かせたら私達はどうやって降りればいいのよ?」「飛び降りたら、ただの墜落死体と化すな、確かに。」キュルケのツッコミに、才人はなるほどと頷きました。どっかのミッドチルダみたいに、魔法の複数同時行使技術が出来れば良いのですけれどもね。中々どうして、そう上手くは行かないのですよ。「はーい、とうちゃ~く。」数時間後、私達はアーハンブラ城の城下町アーハンブラ市へと到着しました。星も月も無い夜に降下しただけあって、誰にも見つからなかったようなのです。「到着つっても、夜中だけどな。 最前線の城塞都市だから、門も完全に閉まってるけどな。 つまり、街の中に入れねー!」才人が頭を抱えながら叫びました。目の前にはデーンと広がるゴッツイ城門と、その横に緩い曲線を描きながら広がる城壁。はっきり言いますが、トリスタニアの城壁と城門よりも高くて分厚そうなのです。エルフに攻撃されても、篭城出来るように設計されているのですね。「やあ、参ったね。 街に入れないや、あっはっはっはっは!」そんな才人の隣で、ギーシュが暢気に笑っています。「…巨人がやってきて、門蹴っ飛ばせば良いのになぁ。」マリコルヌ、それやると巨人が進撃してしまうので、駄目です。「駄目、勝手口にも守衛が居ないわ。」門の周辺を探ってきたキュルケが、肩をすくめて困った表情を浮かべています。「警備が厳重なのかそうでないのか、よくわからない体制ね…。」「警備体制が形骸化しているのでしょう。 …まあ、守衛なんか置いても、どのみちエルフには対抗出来ませんから。」警備上の問題と言うべきか、夜警備するのがめんどいからというか、どうにも門は開きそうにありません。「仕方が無いですね。 朝まで馬車の中で眠って…ってルイズ、腕振り回して何やってますか?」「城壁が相手なら、覇王翔吼拳(エクスプロージョン)を使わざるを得ない。」ルイズはそう言いながら、ヨイショヨイショと屈伸運動をはじめました。使えるのですか、覇王翔吼拳…って、そうではなく!「隠密行動です!隠密行動ってのは深く静かに行動する事です! 城壁ふっ飛ばしたら大騒ぎになるではありませんかっ!」「ほ、本気にしないでよ。 今のはジョークよ、キュートでプリティなラブリージョーク! いくら私でも、隠密行動中に城門をふっ飛ばしたりはしないわ。 ええ、決して宿屋のベッドで眠れないのが不満というわけではないわ、ええ、ええ。」ああ、馬車が男子組と女子組に分かれているせいで、馬車の中で寝るなら抱き枕(サイト)に抱きつけませんからね。ルイズは最早抱き枕(サイト)無しでは眠れない体になっているようですし。いやまあ、別に才人でなくても誰か抱きつける対象が居れば良いみたいではあるのですが。「今夜は取り敢えず、モンモランシーにでも抱きついて眠って下さい。」「モンモランシーは細過ぎて抱き心地が悪いわ。 同じ理由でジゼルも却下。」野郎の体も似たようなものだと思うのですが…。むしろ、モンモランシーとジゼル姉様の方が柔らかさでは勝つ筈。「では、キュルケで。」「キュルケに抱きついて眠るのは嫌。 却下よ、却下。」ふっかふかですよ、胸とか!「そうですか。 では残念ですが、一人で眠るしか無いのですね…。」私がクルリと踵を返して立ち去ろうとすると、腕をガッと掴まれたのでした。「一人、残っているわよね?」「ナンノコトヤラ。」ルイズの視線を、私は空々しくかわします。何故ならば!季節はもう秋なれど、ガリアのほぼ南端にあるアーハンブラはまだまだ暑いのです。隣に寝られるくらいなら兎に角、人に抱き着かれると暑くてしょうがありません。夏に入ってからもタバサの抱き枕にされたことが何度かありますが、いずれも熱くて目が覚めました。私は基本的に、冷たい布団が好きな人なのですよ。「抱き枕といえばケティ、ケティといえば抱き枕。」「そんな話は初めて聞きました。」抱き枕になっているのはルイズとタバサと姫様とティファニアとシエスタとキュルケであって、私の抱き枕などありません。モンモランシーのすらも無いのに、ましてや名前付きモブの私に至っては…なのですよ。だからと言って、抱き枕にされても困りますが。「ふかふか、丁度良い、暖かい。 ケティ、わたしと寝る、いい。」「なんで急にカタコト臭い言葉遣いになるのですか…。」急に言葉が不自由な感じになったルイズに、思わずツッコミを入れてしまいました。ルイズをよく見てみると、なんだか目が虚ろなのですが…。「ああ…ルイズってさ、眠気が限界突破すると喋るのが面倒臭くなるのか、妙にカタコト臭い喋り方になるんだよ。」「眠い…。」才人の状況説明…驚愕の事実なのです。ルイズをよく見ると、目が虚ろで時折目を閉じては開いています。「そうなのですか…で、どうしましょう?」「抱きつかせてやってくれ。 そしたら朝までぐっすり眠るから。」何と言うか、面白い関係になっていますよね、この二人も。仕方がありませんね…何かあった時の為に、服は来たまま寝ようと思ったのですが。抱きつかれたら皺になってしまいますし、脱ぎますか。「言っておきますが、寝巻きで寝るって意味ですからね?」「…けてぃ?」ルイズが首を傾げていますが、それは秘密なのです。翌日、町の中に入った私達は宿をジゼル姉さまとモンモランシーとルイズに探してもらいつつ、早速カモフラージュとしての芸人活動を始めたのでした。何故にジゼル姉さまモンモランシーとルイズか?マントを外して見得リミッターも同時に外れたモンモランシーだけだと死ぬ程みみっちい宿にされそうですし、ルイズだけだと会計不能なレベルの高級宿の最高級な部屋とか借りてしまいそうなのですよね。だから一緒に行ってもらって、お互いの行き過ぎへのリミッターとしてもらおうというわけなのです。ジゼル姉さまの役目はその調整役。同級生の世話は同級生で頑張って下さいというわけなのですよ。「何でだろー?何でだろー?何でだ何でだろー?」テントと木の台を組み合わせ即席で拵えた舞台でギーシュが歌いながら『じゃじゃじゃじゃん!』と、激しくリュートをかき鳴らしていますが…リュートってあんなふうに激しく演奏するものでしたか?そして隣でマリコルヌが気持ち悪い踊りをしています。「ガリアの王様が良くコケるの何でだろー?」「何でだろー?」「デコ姫のデコがあんなに広いの何でだろー?」「何でだろー?」しかしネタが矢鱈懐かしいですねっ!?誰ですかアレ教えたの…って、私じゃないとなると、他には一人しかいませんよね。「…才人ですか、アレ教えたのは?」「あいつらが赤と青の道化師の衣装をそれぞれ着ていて、ギーシュがリュート持っていたから思わず教えた。 ついカッとなってやった、反省はしていない。」テツ&トモとか、懐かし過ぎるのですよ。まあ、こっちの世界では初めてのネタでしょうし、こういう辺境の町の人間は娯楽に飢えているから、ドッカンドッカン受けていますが、なんともはや。しかし、本当にああいう音楽使ったネタは大体何処の文化圏でもウケるのですね。「しかし、次から次へと御捻りが飛んできているな…。」「あの2人、あのまま芸人やった方がひと財産築けるのではないでしょうか?」芸人の扮装はしてみたものの、芸人の収支そのものは良くわからないのでなんともいえませんが。「ケティは歌うのか?」「いえ、今は歌いません。 あの2人の芸が取り敢えずのお披露目。 この中央広場でこれだけ盛り上がれば、どこかの酒場の主人とかも見ている者が居る筈ですから、出演交渉に行きます。 ああそうそう、私が今回準備してきた歌は…アデッソ・エ・フォルトゥナ、風のファンタジア、などなどです。」アデッソ・エ・フォルトゥナとか、真昼間から歌う曲じゃありませんけれどもね、アレ。「どっかで聞いたことのあるような…。」「OVA版ロードス島戦記の曲ですよ。 和製ファンタジーを切り拓いた名作なのです。」あの世界に生まれ変わっていたら、それはそれで面白かったでしょうね。マイリー神官になって勇者の資質があるものを見出し、適当に導いてみるとか。おや、お前ならファラリスだとかいう幻聴が…失礼ですね、私はどちらかというとチャ・ザでしょうチャ・ザ。「どうりで聞いた事があると思った。 つー事は、他は奇跡の海と、光のすあしか? アレをこんなリアルファンタジー世界で歌うのか…。」「ふっふっふ~、せっかくファンタジー世界に居るのですから、1回は歌ってみたかったのですよね。」ロードス島戦記な世界とは少しばかり違いますけど。違うというか、こちらはどちらかというと古代魔法(カストゥール)王国に近いものがありますけどね。私達の末路があんな感じになるのは嫌ですが…。「お…あいつらの出番が終わったみたいだぜ。」才人がそう言うと同時に、2人がテントの中に入ってきました。「お疲れ様ですギーシュ様。 はい、これで汗を拭って下さい。」「ありがとうケティ。 いやー、バカウケだったよ、はっはっは!」タオルを手渡すと汗を拭いながらギーシュは朗らかに笑って見せます。いやー、何時如何なる時も人生楽しんでいますよね、ギーシュ。「全身を視線責めされるあの感触…癖になりそうだよ。」「死になさい、変態。 後、顔中に浮いた汗が気持ち悪いので、これで拭き取って下さい。」「酷い!?でも感じちゃうビクンビクン!」「本当に全身をビクビク震わせるの止めて下さいマリコルヌ、本気で気持ちが悪いので…。」「ありがとうございます、ありがとうございます!」ああもう、ノリがいいのだか、本当に変態なのだか…。「さて、私の出番ですね。」「あり?歌わないんじゃあ?」才人が私の言葉に首を傾げています。「歌いませんけど、これで終わったら何が何だかわからないでしょう? 取り敢えず酒場で芸を披露して、そこから更に伝を辿って城に潜り込む。 そして酒宴に使うワインを眠り薬に変えて眠ってもらう。 それには芸を披露させてくれる酒場を見つけなければいけませんからね。 だからこの酒場が何件か集まった広場でのデモンストレーションという事なのです。」「成る程、これは売り込みなのか。」「そういう事です。 では、行って来ます。」私はテントから出て即席演台の上に立ちます。「アーハンブラの紳士淑女の皆々様、こんにちは!そして御機嫌よう! 私達はさすらいの旅芸人一座にございます! そして私は座長のユーフラジー! ぜひお見知りおきの程を!」テントから出る直前に『拡声』の魔法をかけてあったので、声は広場全体に届くでしょう。しかしアレですね、何処まで増えるのでしょうか、私の偽名…。「さてここにお集まりの皆様の中に酒場の店主の方などがいらっしゃりましたら、ご相談! 現在、我々一座は芸を披露する場を欲しております! 店に我々一座が芸を披露できる余裕のあるお方がいらっしゃいますれば、何卒我々の芸を商いにご活用戴きたい! 先ほどの歌を用いた芸の他にも、歌と踊りも用意できまする! 是非ともご検討あれ、不幸にも何処からもお呼びがかからぬ場合は、同じ場所にて笑と歌と踊り、そして若干の酒と料理を披露してしまう事になりますが故に!」最後に少しばかりの脅しを入れて、私は深々と礼をしたのでした。何処が脅しかですって?こういう辺境の町の人は娯楽に飢えていますからね。私たちが娯楽と酒と料理を提供してしまうと、そちらに客を持っていかれる可能性があるのです。現実として、ギーシュとマリコルヌが笑いで客を惹き付けるのに成功しました。私たちを雇い入れればその客は私たちを雇い入れた酒場のものですが、雇い入れなければ別の酒場に持っていかれるか、それとも私たち自身にもって行かれるか。…であれば、選択肢は自ずと限られるというわけなのです。「んでケティ、連中が第三の道を選択したらどーすんの?」舞台からテントに戻ってきた私に、才人がそう声をかけました。ちなみに才人がいう第三の道とは、すなわち暴力による私達の排除です。「才人とルイズに頑張って貰うしかないのですね、その場合は。」「えらい人頼みな…。」「おほほほ…。」折角メイジであるのを隠しているのに、魔法をホイホイ披露したら元も子もありませんからね。まあジゼル姉さまと私が銃を扱う事も出来ますし、何とかなるでしょう。そして数時間後、酒場との交渉を終えて芸を披露しているわけですが…。「娯楽に飢えていたのですねぇ…。」酒場は町で一番大きな場所にも拘らず満員御礼状態。席が無くて立呑みしている人まで居るのです。「AFBLEXOAFQPDNVPHBX! AMEZ、AHWSEHAARSNLARXUBFA?」現在ルイズが舞台で歌っています。曲名は『私○アイドル』という曲なのです。え?歌詞がわからない?気のせい、気のせい。まさかまさか、エニグマ暗号化されている…なんて事は無いのですよ?「VTBSADMBTUJHWPPDXEO、VXYEEUMUTJNHDOWEBHIL…。」元々運動神経のえらく良い娘なせいなのか何なのか即興でフリまでつけて、元気全開なのです。…いや~、流石は水○伊織の持ち歌なだけあって、トリステイン語で歌っても合いますね~。「ノリノリだな、あいつ。」「良い意味でも悪い意味でも、注目され慣れていますからね。 この規模の酒場の客から来る視線なんて平気へいちゃら屁の河童でしょう。」私は才人の言葉に頷きながら、喉の渇きを潤すのにワインを一口。いやー、アーハンブラ産の上物ワインは美味しいですね。「何だかんだで大貴族の跡継ぎ娘ですよ、ルイズは。 己の魅せ方ってのを判っています。」「なるほどな…で、ケティも歌うんだろ? 酒なんか呑んでいて大丈夫なのかぁ?」ああっ、才人からのじとーっとした視線が、視線ががが。「これは試飲です。 呑んだといっても喉を潤す程度ですよ、大丈夫大丈夫。」「…ワインボトル一本丸ごと開けておいて試飲とか。」才人のじとーっとした視線の解除は出来ませんでした…。「そ…そもそもハルケギニア人の体は、日本人ほど酒に弱くありません。 ワインボトル一本程度、葡萄ジュースと然程変わりはないのです。」「そこが狡いよなぁ。 皆、何で酔っても翌日ケロッとしてるんだよ。 ルイズもケティもギーシュも皆、すげえ酒豪。 俺だけ弱くて翌朝フラフラしてると、商人スマイルのモンモンが『まいどあり』とか言いながら酔い覚ましの薬を売りに来やがる。 …酷い搾取だ、改善を要求する。」ホホホ、弥生時代に突然変異して下戸の遺伝子を日本人全体に拡める原因を作った、下戸アダムだか下戸イブだかを恨みなさい才人。「それとだな…何でルイズがアイ○スの曲歌ってんだ? なんか妙にしっくり来ている気がするんだが…。」「妙にしっくり来ているなら、それで良いではありませんか、オホホ。」流石に私が、才人たちの冒険が物語として読まれていた世界からの来訪者の砕けた魂が元に出来た人格だとは言えませんしね。こればかりは才人にも言えません。死ぬまで私の胸の内に仕舞っておくしか無いのです。「それじゃあ最後に『フタリの○憶』、聞いてください…。」ルイズの可愛らしくも優しい歌声が、酒場に響き始めました。さて、そろそろ私の出番ですかね?「ケティ、軍人との接触に成功したわよ。」舞台袖に居た私に、キュルケが声をかけてきました。「おお、やりましたね。 …で、私達の芸への評価は何と?」「…私達が何をしにきたか忘れていないかしら?」キュルケが私に訝しげな視線を送ります。「いやいや、芸の評価が高くないと、呼んで貰えないではありませんか。」「成る程ね…評価に関してはあんな感じよ。」キュルケが視線を送った方向を見ると…。「カリーヌちゃ~ん!」「ええ歌や…。」髭に帽子というお決まりな格好の士官達が、ルイズに声援を送ったり歌に聞き惚れていたりしました。ああちなみにカリーヌはルイズの偽名で、ルイズの母親の名前からとったものなのです。ルイズ曰く『旅芸人用の偽名に自分の名前使ったとバレたら大変なので、決して口外せぬように』との事ですが、それならカトレアあたりの名前でも良かったのでは?「ギーシュとマリコルヌの芸も結構ウケていたけど、ここの軍人達はルイズを大層気に入っちゃったみたいね。 ああいう風に歌っている限りは、10人の男が通りすがったら9人は振り返る美少女であるのは間違いないしね。」「普段の言動さえなければ、物凄い美少女ですからねえ、あの娘。 普段の言動さえなければ…。」慣れるとそれすらも可愛らしいのですが、慣れるまでが結構大変なのですよね。上級者向け武闘派美少女、それがルイズです。「…でね、あの士官達の真ん中でルイズの歌で咽び泣いているのが、ここの基地指令のミスコール男爵。」士官達の集まっている場所の中心近くを見ると、感極まって泣いているおっさんが1人。「くううぅぅぅぅっ…カリーヌちゃんを見ると、娘を思い出すのぉ、我が娘達は元気かのぉ、エグ…エグ…。」泣き上戸なのか、それともこんな僻地に単身赴任してきたのが余程寂しかったのか、ミスコール男爵はめっちゃ泣いています。「隊長、わかります、わかります。 家族に会えないって寂しいですよな…グス。」「おお、わかるか、君もわかるか…心の友よ。」そして泣きながら抱き合うおっさん同士。うわぁ…気持ちは何となくわからないでもないですが、話しかけたくない酔い方なのです。「まあでも、あんな感じな御蔭でね。 ルイズをすっかり気に入ってくれたのよ。 急に隊ごとこの地に召集され、留め置かれてはや数年っていう部隊みたい。 他の士官にこっそり聞いたら、反ジョゼフ王気味な中立派なのがバレたんですって。」「それで左遷ですか…。」中立派とは言っても単に態度を決めかねている人も居れば、ジョゼフ王は嫌いだが負け組のシャルル派につくのは真っ平御免という人も居て複雑なのですよ。ガリアは広いな大きいな、中立派も千差万別なのです。「ええ、兵や士官の士気もガタガタで、ここらで一度ガス抜きになる娯楽が欲しいって言うのもあるみたい。 私が提案したら逆に『むしろ大歓迎だ、是非とも来てくれ!』って、感謝されちゃったわ。」「騙すのがちと可哀相になる部隊ですが…まあ、仕方が無いでしょうね。 デコ姫に処分を何とか有耶無耶にするよう、一筆送っておきますか…モンモランシー、首尾は?」私は舞台裏でワインを喇叭飲みしながら上物のワインが入った瓶に纏めて魔法をかけているモンモランシーに声をかけました。彼女は今、昼に街中の酒屋と酒場から買い占めた上物のワインを眠り薬に変えています。高い酒飲み放題とか、皆喜び勇んで飲みまくってくれる事間違い無しなのです。実際飲んでみると、かなり美味しいワインですし、これはいけます。「ひっく、ワインを一日中爆睡する程度の遅効性のポーションにするくらい、モンモランシ家の私にかかればチョロいチョロい。 うははははは、まっかせなさ~い。」酔っては居ますが、モンモランシーのポーション量産能力はかなりのものです。伊達にポーション作りで他の貴族の娘と同じ水準の生活が可能な額の生活費を稼いじゃいません。『やろうと思えば1日1000本は軽い』とか、流石は『水のトリステイン』で『水のモンモランシ』と呼ばれる家なのです。何でお酒を飲んでいるかというと、酔っている方が体内を流れる水の精霊が喜ぶからだそうで…って、それって、ひょっとして:先住魔法。彼女自身もまさかモンモランシ家の秘伝が、先住魔法の一種だとは思っても居なかったようですが。「何だか、トントン拍子に事が運び過ぎたような気がします…。」「ケティは心配性ねぇ…。」宿屋のロビーでボソッと呟いた私に、キュルケがそう声をかけてきました。「いやしかし、今回は交渉もキュルケに任せっきりで、私はなーんもしていないなと思いまして…。」「本来は年下なんだから、お姉さんたちに任せて置けば良いのよ。 …はい、これが今回借りられた部屋よ、部屋割りお願い。」私の頭をポフポフ叩いて、モンモランシーが私に鍵を渡しました。「部屋割りだけ…。」「ま、時にはこんなのも良いでしょ。 下級生が一番頑張っているってのも、これがなかなか私たちの名誉にかかわる話よ?」そんなキュルケの声を聞きながら私は渡された鍵を見ます。3人部屋が2つに2人部屋が1つですか…。「才人とルイズ、ギーシュ様とモンモランシー、最後に私とキュルケとジゼル姉さまで。」ササッと部屋割り終了。何の問題も無い、まさに完璧で幸福な部屋割りです。「おいィ!?僕が入っていないんだが?」「ああ、わすれていました、てへぺろ。」マリコルヌからの抗議に、私は丁重に謝罪しました。口調が棒読み風なのは、気にしないでください。「僕の部屋、僕の部屋プリーズ! 何ならケティとキュルケの部屋に、巨乳部屋に…デュフフ。」「嫌です。」「嫌よ。」私たちは即座に拒否です。冗談じゃありません、冗談でも冗談じゃありません、はい。「サラッと私の存在を無視したわね…マリコルヌ。」ジゼル姉さまが拳を震わせています。「馬小屋があるではありませんか。 馬小屋でも魔力は回復する筈ですし、私たちメイジですし、マリコルヌも一応回復魔法使えますし、それでオッケーですし。」「何の話!?」迷宮に潜るだけの簡単なお仕事なのです。「今回僕は頑張ったよ、変な踊り踊ったりとか、それから変な踊り踊ったりとか、更に変な踊り踊ったりとか!」変な踊りしかしていないではありませんか。「兎に角ね、僕ぁ待遇改善を要求する!」困りましたね。スペース的には一人分あるっちゃあるのですが。「とは言いましても…モンモランシー、馬小屋以外で泊まれる部屋はありますか?」「…馬車があるわ。」モンモランシーに聞けば無いと応える筈と思って聞いてみたらドンピシャでした。「え?高いけどいちお…もが。」「無いわ、そして馬車があるわ。」そしてルイズなら予算度外視で高い部屋を思いつくと思っていましたが、こちらもドンピシャ。モンモランシーが止めましたが。「では馬車で。」「おいィ!? 今、ルイズが部屋あるとか言おうとしたよね!?」ちっ…聞いていましたか。「…ケティ、仕方が無いわ。 プランBよ。」モンモランシー、そんなものはありませんよ…?「仕方がありませんね。 では部屋割りを改めて…才人とギーシュ様とマリコルヌ、ルイズとモンモランシー、私とキュルケとジゼル姉さまで。」「異議アリ、モンモランシーじゃ抱き心地が良くないわ。」挙手しているルイズは無視で。「では、これで万事解決。」「モンモランシーじゃ抱き心地が…。」ルイズがなおも食い下がってきます。「では、マリコルヌの抱き心地を試しますか?」そう言いながら視線をマリコルヌに移すと…。「カモンカモン。 僕ぁ抱き心地満点だげふぉ…。」「仕方ない…モンモランシーで我慢する。」ルイズはにじり寄って来たマリコルヌに蹴りを入れながら、神妙な面持ちで頷いてくれたのでした。暑いの駄目なのですよ、いや、ホント…。翌日、アーハンブラ城にやってきた私達は《歓迎!ユーフラジー一座様》と書かれた横断幕の翻るファンキーな城の門の前で、ちょっと微妙な表情になっていました。「いやー…本当に、騙すのが心苦しくなるような歓迎っぷりだね、これは。」「夢の世界に行くまでは、せいぜい目一杯楽しんで貰わなきゃだわ。」ギーシュとモンモランシーが、少々引きつった顔になっています。私達、即席工作員ですからね。こういう心からの大歓迎をされると、気も引けるってものなのです。「いやー!よく来て下さった! 歓迎しますぞ!」現れたのはアーハンブラ防衛隊の隊長であるミスコール男爵その人。今は旅芸人に過ぎない私たちの出迎えに来る様な身分の人じゃありません。「こ、これはこれはミスコール男爵様。 わざわざお出迎えとは恐縮の限りでございます。」平民のフリなんかしなくても、十二分に緊張する状況なのですよ。どもったのは芝居ではなく、素です。どんだけ楽しみにされているのですかっ!?「どうしたのケ…じゃなくてユーフラジー?」『うおおおおおおおお!』馬車から降りたルイズが私の所にとてとてとやってくると、城から大歓声が。「可愛い!本当に可愛い!マジで可愛い!やった!これで勝つる!」「カリーヌちゃーん!俺だー!結婚してくれー!」よほど退屈していたのでしょうね…そういう事にしておきましょう。「あはははははは…。」引き攣った表情で手を振るルイズを見ながら、私は別に遠慮しなくてもいいかなと思い直します。うん、滅んだ方が良いかもしれません…。