道化師、それは笑いを提供する技能の職業ギーシュとマリコルヌの道化っぷりは凄いのです、アレは本職でも難しい才能の類でしょう道化師、それは笑いを提供する技能の職業まあ、私も道化といえば道化でしょうか?ブラックな笑いな感じもしますが道化師、それは笑いを提供する技能の職業まあ何にせよ、生きている間に何度笑ったかは大事ですよ、生きている間に笑わなきゃ損なのです「な…何故このようなことに。」「は、謀ったわねツェルプストー!?」私とルイズは信頼していたものに裏切られた悲しみと恐怖に慄きながら、親友だった筈のキュルケを見ます。「だって…ねえ?」キュルケが困ったような顔でジゼル姉さまとモンモランシーを見ました。「私たちは皆、貴族で仲間じゃない? 平民のなりしているけれども。」「なのに貴方たち二人だけ素肌を曝さないというのは、不公平よ。」ジゼル姉さまとモンモランシーは、私達にそう告げたのでした。そう…キュルケが結んできた契約の中には、歌担当の私たちも踊り子の衣装を着ることという条項があったのです。しかも非常に拙い事に、私たちが着られるサイズの踊り子の衣装というのは存在するのです。「私達みたいな低身長の踊り子とか、どこに需要がっ!?」「そうよそうよ!」私たちの抗議の声に、キュルケはフッと笑い…。「世の中には、そういうのが好みな人は結構居るのよ? 二人とも、小柄ながらスタイルは良いわけだし。」「キュルケに言われても、嫌味にしか聞こえないのですが。」「そうよそうよ!」ルイズもルイズで、交渉を私に丸投げしていませんか…?「そうは言っても…。」キュルケはジゼル姉様とモンモランシーに視線を向けました。「ねえ?」「ねえ?とか言われても、返答に困るのですが。」ジゼル姉さまもモンモランシーも、スラっと背の高いスレンダー体型ですからね。手も足も凄く細くて、とても健康的な色気があり、スタイルは良いのですよ。「まあ言いづらいだろうから言うけど、貴方達のほうが揺れるのよ、色々と。」『ガーン!』ジゼル姉さまとモンモランシーは、抱き合って白くなってしまいました…南無南無。「ゆゆ、揺れるったって、私みたいな貧弱なのが微かに揺れても楽しくないでしょ?」そんなルイズの一言に…。「ルイズ、良い事を教えてあげる…。」「わ、わわ、何!?」ルイズの右腕をジゼル姉さまが掴みます。「世の中にはね、微かにすら揺るがぬものがあるのよ!」「な、何するのよう!?」ルイズの左腕をモンモランシーが掴み、二人はルイズを持ち上げ揺すり始めました。『ほーらほーら、揺れろ揺れろー!』「うにゃあああああ!?」二人とも、結構腕力ありますからね。ジゼル姉さまは何だかんだで小銃を撃つだけの腕力と体力がありますし、モンモランシーは山に分け入って薬草の採集等を行うので、こちらも結構体力があります。…まあ、今持ち上げられて揺すられているルイズが、一番体力も腕力もあるのですけれども。「うわー、きちんと揺れてる!腹立つ! これで胸が小さいとかいうコンプレックスですってよ、モンモランシー!?」「許されざる暴挙だわ、これは有罪だわね。」「うにゃ!?そんな…にゃ!?こと言ったって…にゃ!?ちい姉さまみたいに…にゃ!?なりたいのよ…にゃ!?」揺すられながらも、ルイズは二人に言い返しています。「にゃ!?ええい!いい加減にしなさい!」元々気の短いルイズが、とうとう切れました。持ち上げられた勢いに、自分の脚力をプラスして二人の腕を振り払うと、天井の柱に足を引っ掛けてぶらーんとぶら下がったのです…スカートがひっくり返ってパンツ見えていますが、良いのでしょうか?「きしゃー!」『きしゃー!』地上の貧乳勢と天井の桃色蝙蝠が、互いを威嚇し合っています…ハァ。「いい加減にしなさい。 トリステインに戻ったら、いくらでも争って構いませんから。 三人とも、ここはきちんと仕事をしましょう。」『へーい。』まあ、本番前の緊張ほぐしでしょうしね。私が一喝しただけで、すぐに解散となります。「そんなわけで、ケティも脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」キュルケはニヤリと笑いながら、契約書の条文を指さします。そこには女性団員は全員踊り子の衣装で…という条文。「くっ…まさか貴方にこのような奸計を用いられようとは。」「こういう不公平感に気づいて是正するのは、この面子だと私の役目かなぁ…ってね。」確かに、キュルケ達だけ肌も露わな姿で踊る…というのは、不公平なのかもしれません…ね。いや、確かに私がこうも嫌な事を考えても、明らかに不公平でした。ここはキュルケに助けられたのですね。「わかったって顔ね?」「ええ、ありがとうございます。キュルケ。」キュルケみたいに視界広めの人間は、近くに居ると本当に助かります。そもそも私は本来集団を引っ張っていくタイプではなく、トップに助言などをして判断を促すタイプの人間だと思っています。だからこそ、パウルに商会を任せて私は裏方に徹していたりするわけですし。「…まあ、それはそれ、これはこれ。 はい、衣装。」「あう…はい。」私は溜息を吐いて、キュルケから水着みたいな踊り子の衣装を受け取ったのでした。ううむ、まさか本当にこれを着る事になるとは…。「じゃーん!」着替えが終わった私達は、男子勢の前に引き摺り出されたのでした。『おおー。』何と言いますが、男子どもの視線が…胸に。「あ、あまり凝視しないように…。」普段からあまり肌を出す装束が得意ではないので、こうも色々と丸出しになると、戸惑ってしまいます。「み、見ないで…。」いつもは堂々としているルイズも、恥ずかしがって腕で何とか肌を隠そうとしています。いやー、ルイズほどの美少女ともなると、恥ずかしがっている姿もまた格別。自分も同じ境遇にあるという事実を見つめなおすと、あまり楽しくはないのが実に残念なのです。「うむ、ルイズもケティも、流石だな。」何が流石なのですか、才人。「ほー…ケティは知っていたが、ルイズも着痩せするタイプなのだね。 このギーシュ・ド・グラモンともあろうものが、よもや見逃していたとは…。」「見逃していなければ、手を出していたとでも言いたげね?」「ブチ殺すわよ、この女たらし。」モンモランシーとジゼル姉さまの物凄く冷たい声。いや実際、ギーシュのこの女癖の悪さはどうにかしないと命に係わると思うのですよね。まあ、グラモン家自体《女に刺されて死ぬは本望!我らは華麗に生きる者なり!》が家訓であり、基本的に美形ばっかという凄い家系なのですが。再来年度にギーシュの妹が入学してくるそうなのですが、どうしてやりましょうか、ケケケ…。「おお、僕の美しき蝶モンモランシー。 こ、これは言葉のアヤ、というものであってだね。 僕がルイズに手を出すなんて有り得ないよ!」「…そう言えば、わたしがからかわれていた頃に、慰める風体で声かけてきた事があったわよね、ギーシュ?」ギーシュがモンモランシーに弁解しようとしますが、ルイズからトドメの一言が。「そ、そそそそそんな事があったかなぁ? 僕ぁとんと記憶に無いよ。」「まあ、肩に手をかけてきた時点で投げ飛ばしたし、あの時頭でも打っていれば記憶が無いかもしれないわね。 あ、そういえば最近力づくで、ああいう人の力を利用する技術を使っていない気がするわ…駄目ね、虚無に頼り過ぎだわ。 もっと、こう、力だけじゃなくて受け流す技術も磨かないと、より大きな力が来た時に受け止められない。」爆弾発言をしたのち、ルイズは全く方向性の違う事を呟きながら考え始めてしまいました。いや貴方、体術じゃなくて、いや体術も大事ですが、その前にメイジ…最近ちょっとかなりマジで自信ありませんけど、メイジですよね?銃使っている私が言うのもなんなのですが。「ギーシュ?」「う、美しい蝶に声をかけるのは、男の義務なのだよ?」微笑みながらギーシュにゆっくりと近づくモンモランシーに、ギーシュは顔を青くしながら弁明のようなものをしています。弁明になっていませんが。「ギルティ。」「くぁwせdrftgyふじこlp!?」モンモランシーはにっこりとそう断罪すると、瞬時に憤怒の表情に変わりギーシュの向こう脛を蹴り飛ばします。勿論ギーシュは人類には発音不可能そうな悲鳴を声を押し殺しながら上げ、その場に転がったのでした。『南無南無。』「な…何で友たる僕を見捨てたのかね?」もがくギーシュに静かに祈りを捧げる才人とマリコルヌに、ギーシュは息も絶え絶えに抗議しています。「ルイズに手ェ出したら、そりゃ助けるわけがねえだろ。」「君の女癖の悪さは、僕も内心忸怩たるものがあったからね。 トリステインの紳士たるもの、目に付く限りの女性に片っ端から声をかけるというのは褒められたものではないよ、ギーシュ。 そういうのはロマリア人の優男の所業だ。」えーと…マリコルヌがまともな事を言っているという、異常事態が発生しているわけですが。「く、狂ったのかね、マリコルヌ!?」「ケティに頭蹴られ過ぎたか? こいつはヤバい、メディーック!メディーック!」ギーシュと才人は混乱状態に陥りました。わかります、わかります。まともな事を言うマリコルヌなんて、マリコルヌじゃありません。居るとすれば、たぶんアリユノレスとかいう名前の別人です。「ハッ!さてはマリコルヌの偽者!?」「ケティは完全にわかった上でやっているだろう!?」事態を更に煽ろうとした私に、マリコルヌは涙目でツッコミを入れてきました。「僕だって極々稀に、まともな事を言う時だってあるのだよ! 四六時中変態発言だけを繰り返していたら、それは変態じゃなくてただの頭のおかしな人だろうっ!?」「ただの頭のおかしな人だと思っていましたよ。」『うんうん。』マリコルヌの言葉に対する私の返答に、才人とギーシュは深く頷きます。「失敬だな君たちは。 変態と頭のおかしな人の間には、深くて暗い河があるのだよ…。 頭のおかしな人はすべてが狂っているが、変態は性的嗜好だけが狂っているのだ。 性的嗜好以外は紳士たれが、グランドプレ家の人間の矜持だからね。」「性的思考の狂いも止めて欲しいのですがね、出来ればぽっちゃり体系も。」マリコルヌは痩せたらかなり美形であろう目鼻立ちをしています。モテないことを結構気にしていますけど、痩せたらモテますよ、この変態。まあ、美形のド変態とか残念度が更に増し増しにしかならないので、変態やるならぽっちゃりさんのままの方が良いとは思いますが。「重ね重ね酷いッ!ありがとうございます! まあそれは兎に角として、そろそろ本番なのだから、あまりはしゃがないようにしたまえよ?」「何で、こういう時に一番はしゃぎそうなお前が一番冷静なんだよ?」到って常識的に忠告するマリコルヌに、首を傾げて才人が尋ねます。才人が尋ねなければほかの誰かが尋ねていたでしょう。そのくらい妙な状況なのです。「そのような裸同然の装束に、僕は興味が無いのでね。 本来隠れているべき場所が何の苦労も無しに見られるとか、楽しくもなんとも無いのだよ。 隠れた場所を暴く楽しみとか、偶然のチラリズムとか、そういうのでなければ燃えないだろう!?」「しらねーよ。」マリコルヌに同意を求められた才人は、あっさりとそれを却下。才人は到ってノーマルですからね、たぶん。「アーハンブラ駐留部隊の皆様、今宵はお招きいただきありがとうございます。 許可をして頂いたミスコール男爵様に無上の感謝を。」「おー、あの娘が座長なのか…胸でかいな。」私が挨拶していると、何処からともなくそんな声が…ぐぬぬ、恥ずかしい。とは言え恥らったら負けなので、ここは精神力を総動員して恥ずかしがらずに笑顔で挨拶を続けます。笑顔笑顔、笑顔は得意なのですよ。「土下座すればやらせてくれそうだよな、あの娘。」ブチ殺しますよ…顔が引き攣りますが、笑顔笑顔。「我らユーフラジー一座、今宵は精一杯の歌と踊りと笑いを披露させて頂きまする。 今宵はミスコール男爵様による振る舞い酒もございます。 存分にお楽しみなさいませ!」『おおおおおおっ!』軍に於ける貴族の振る舞いの一つとして、『部下に奢らなければならない』という風習があります。地位に人は付いて行きはしますが、地位だけだとなかなか上手くついて来てくれません。では地位の他に何が必要であるかといえば、普段の言動立ち居振る舞いなどの人柄による人望…まあつまり義理人情のしがらみが必要なわけです。ただ、人柄というのは中々上手く理解して貰えません。しかも隊長という地位になると、立場の違いでどんな仕事をしているのか理解して貰えないのです。人間というのは、理解出来なければどんなに頑張っていようが自分よりも働いていないと考えてしまいがちな生き物です。更に《生まれが貴族だったからって、威張りくさりやがって》とか思ってしまうと、いざって時に一緒に戦う気が起きなくなります。故に、人望を得られやすいというのは、それだけで部隊の性能を向上させるひとつの才能となります…が、才能というものが万人が概ね普遍的に持つ能力ではないのは御存知の通りで、才能に欠ける者、才能が無い者は別の手段によってそれを代替せねばなりません。それはつまり、地位の高い貴族の方から歩み寄る努力をしているのだと、態度と行動で示すこと。具体的に何をすべきかといえば、簡単な方法はご飯を一緒に食べる、そして呑む、更に話す。呑みニケーションってやつなのですね。一緒に同じような御飯を食べれば、兵は《あの貴族も俺も食うもんは同じだ》みたいに思う事でちょっとした親近感が湧きますし、お酒によって警戒心も若干溶けます。話す事でお互いの事を、ある程度知る事も出来ます。そうする事で奢ってくれた事への感謝の念とかと一緒に、貴族側から歩み寄ろうとしているという意思を感じ取ってくれるわけなのです。そんなわけで、ちょっとでも《この貴族は俺達の事を部下として大事にしてくれている》と思ってくれたなら御の字だと思って、貴族は部下に定期的か不定期に、貴族の懐具合にもよりますが任期につき最低一回程度は奢ります。時には、こんな風に大規模に。「それでは先ず、前座の芸人二人による音楽芸から始めますので、少々お待ちを…。」私はそう言ってから舞台袖に引っ込み、ギーシュたちに声をかけます。「二人共準備は出来ましたか?」「バッチリだよ、任せておきたまえ!」「客席をドッカンドッカンわかせてやるさ。」そう言って二人は舞台に飛び出して行き、『なんでだろ~なんでだろ~』と歌い始めたのでした。マリコルヌが言ったとおり、奇妙な調子の歌とマリコルヌの奇怪な踊りが合わさった結果、客席は大爆笑。娯楽に飢えていたある兵士は酒を口から吹き出し、またある兵士は食べかけのつまみを正面の兵士に吹きかけてしまうなど、付随的な被害を引き起こしつつ大盛況に進んでいます。「何であいつら、こういう時は水を得た魚のようなんだ…?」「さあ…?」才人の疑念はよーくわかります。私も何がなにやら、わけがわからないのですよ。何であんなにあの二人が芸人向けの才能と性格持ちなのかさっぱりですが、役に立っているので不問なのです。「…で、モンモランシー。」「うん、大丈夫よ。 水の精霊たちは静かなのも好きだけど、楽しいのも好きだから。 ラグドリアン湖の水の精霊よりもわかりにくいけれども、元気に働いていてくれているみたい。 ざっと30分といった所ね。」効果が出るまでに30分ですか。「個体差は?」「今回のは水の秘薬による眠りというよりは、秘薬を媒介した広域魔法による眠りなの。 全員に浸透し切るまでにざっと30分で、発動の為の呪文を唱えれば一斉に、皆揃って夢の世界へご招待♪ 一人ずつ気を失うよりも、全員一緒の方が発覚しにくいでしょう?」このような具合にモンモランシーって、効果を絞って真面目に薬を作れば非常に優秀なのですよ。さすがは『水のモンモランシ家』の次期当主といいますか。実際、売り物にするような秘薬や香水等では、学内外を問わず評判も非常に高いですしね。ただ彼女が『実験』で作った各種の怪しい秘薬は、その予想もつかない効果で学内外を問わず多大な被害を出していますけれども。やっている事はまるっきりマッドサイエンティストながら、普段の言動は常識的で知的でかつ親しみやすいという…そこが更に何とも困った感じではあります。まあ私自身も、全くもって人の事は言えないのですけれどもね。まあそんな感じでざっと30分。私が歌い、ルイズが歌い、そしてそのままキュルケたちと一緒に踊らされるという微妙な体験をしつつ、何とか30分。才人までギーシュのかき鳴らすリュートに合わせ『情熱の律動』を歌うというか唸るというかやらされました。そして舞台で激しく踊り終わったモンモランシーが一言。「皆さん、どうも有り難う…。」そう言った途端に、一斉に眠りに落ちました。これがどうも呪文の発動条件だったようで、酒を手に持つ者も、立ち上がって一緒に踊り出していた者も、肩を組んで笑っていたものも、一斉に力を失い倒れ付したのです。「…一丁上がり。」「み、水系統恐るべし…。」アーハンブラの警備部隊、完全沈黙。水系統は戦場向きではない系統であるとよく言われますが、逆に言えば戦場で無い場合…つまり直接殴りあったりしない場合に於いては、こんな感じで他の系統には困難な芸当をやってのけてしまいます。先住魔法と複合させているとはいえ、いやはや凄いものです。「…で、この後はどうするの?」「使い魔と主人の絆に任せます。」私の言葉に、一同の頭上にはてなマークが…あれ~?「踊り疲れて脳味噌がちょっと茹っているから、比喩的表現やめて。」「まあつまり、シルフィードに先行偵察させていたのですよ。」そう言いながら、私は物陰にひっそりと隠れていた青い猫の姿のシルフィードを持ち上げました。「きゅい、そういう事なのね。」ぶらーんと持ち上げられながら、シルフィードは胸を張るような仕草をします。しかし、どう見ても持ち上げられて伸びた猫でしかありません。「相変わらず生意気な猫ね…ぷにぷに。」「くすぐったい、きゅいきゅい! あとシルフィは竜!最近猫の姿ばかりだけど、真の姿は風の申し子、大空の支配者である風韻竜なのね。」問答無用でシルフィードの肉球をプニり始めたルイズに、シルフィードが怒って反論しています。でもシルフィード最近猫ですよね、大体。人の姿にも殆どなりませんし。「…そういえば、竜だったな。 ついこないだ元の姿に戻ったのに、すっかり忘れてた。」と、才人。忘れないであげて下さい。「猫の印象がすっかり染み着いていたよ。」ギーシュまで忘れていましたか。「忘れてたわ~、すっかり忘れてたわ~。」まあ、マリコルヌは変態ですしね。「むしろその猫の姿が正体で良いわよね。」ジゼル姉さまは、むしろ猫の方が良いのですか。「もう猫で良いんじゃあ無いかしら?」キュルケも賛成みたいですね。「うん、可愛いから猫で良いわよ。」モンモランシーも笑顔で賛成。女性陣は猫で良いようなのです。「はいはい!私も猫に一票!」そしてルイズの追撃の一票。「皆の意見としては、猫という事になりましたね…。」「ふぎゃー!酷いのね!」私の結論に、怒って尻尾と毛を逆立てて《フーッ!》と唸りだすシルフィード。うーん、モフモフ度上昇なのです。「…と、戯れはこのくらいにして、仕事と行きましょう。 シルフィード、タバサの居場所は見つけたのですよね?」「急に真面目に戻られると、感情の行き場所に困るのね…。」ですよねー。でも、時間が潤沢にあるわけではありませんからね、ビダーシャルも居るでしょうし。「この仕事が終わってからならば、幾らでも時間はありますから、後にしなさい。」「きゅい、わかったのね。 こっちよ、着いて来て。」シルフィードはテクテクと歩いて、こちらを先導。私たちはシルフィードの後についていきます。「あの塔か…。」「流石エルフが建てた城というか、これまた随分と高い塔だねぇ。 しかも、あの先端はちょっとした家みたいだ。」才人とギーシュの感想が聞こえてきます。この城にはいくつかの塔がありますが、その中で一番高い塔に向かっているようです。「やっぱり塔か…厄介ね。」「ええ、塔というのは、構造上逃亡阻止にはうってつけですからね。 メイジも杖を取り上げれば、ただの人なのです。 逆に言うと、タバサは現状杖を破壊されているか取り上げられている筈。」キュルケの言葉に頷きつつ、塔の構造と予想されるタバサの現状説明を皆にします。あの長杖はとても立派なものですし、何より珍しいので取り戻したい所ですが、多分リュティスの何処かに仕舞われているでしょう。タバサを取り戻したら、同じような長杖を一本拵えなければいけませんかね、これは。「そういえば杖を取り上げられたタバサって、どのくらいの実力なのかしら?」「前に銃士隊の訓練に付き合って貰った事あるんだけどね。 あの子、杖無しでも体術使えるわよ、しかもかなりの腕前。 同じく素手の銃士だったけど、あの小さい体格を生かして素早く動きまわって翻弄してから投げ飛ばしていたもの。」ジゼル姉さまがキュルケの問いに答えています。流石我が姉というか、我が家の血筋には質問に必ず答えたくなる性質か何かがあるのでしょうか。「ジゼル姉さま、何時の間にタバサとそのような訓練を?」「才人とタバサがお互いに長杖でかなり激しく練習しているのを見たからね。 銃士隊にも何か取り入れられないかなと思って、一緒に練習しないかって誘ってみたのよ。 そしたら、魔法無しでも強い事強い事。 銃士隊のお姉さま方をアッと言う間に倒しちゃうし、私も抵抗の甲斐無くスッテーンと転かされたわ。 しかもあのアニエス殿と魔法無しの接近戦で、互角以上とか凄まじいわよね。」元親衛隊のワルドを、杖であっという間に転けさせたらしいですしね。ガンダールヴである才人ともかなり良い勝負しますし、何と言うか死ぬ気で努力する天才は怖いな…と。私みたいな鍍金の才の人間としては、特にそう思います。「開放すれば一応戦力には出来るって事か。 良く考えたら、杖で無くても長物である程度は代用できるよな…と。」そう言いながら、才人は通りがけに放置してあったハルバードを手に取りました。廃棄する予定のものだったのか、あちこち錆びていて正直ばっちいのですが、ソレ。「ちょっと重いかな…でもまあ、無いよりはマシだな。 これを土産にするか。」「レディ相手に、随分と無粋な土産だね? やれやれ仕方が無い、僕が少し優雅にしてあげよう。」ギーシュは軽く溜め息を吐いた後に呪文を唱え、ハルバードに魔法をかけました。「おお、なんという事でしょう。 あんなに錆びていた鉄の部分から錆が取れるどころか、ピカピカと金属の光沢を放つ姿に…って、オイィ!? ピカピカの青銅になってるじゃねえか。」「表面だけだから安心したまえ。 僕の錬金だと、基本的に金属は青銅にしかならないからね。 表面を薄く青銅に変えた上で、ピカピカに均したのだよ。 自慢じゃないが、こういう器用さの必要な小細工は得意なんだ。」つまりギーシュは、ハルバードを魔法で青銅の鍍金を施した状態にしたという事なのですね。杖を青銅の薔薇にしたり、あと戦乙女とギーシュが呼んでいるゴーレムも、実は無駄に細かい薔薇のレリーフが入っていますからね。それに比べれば、今の程度であれば軽いものなのでしょう。「出来れば僕の手がかかったものでかつレディが使うのであれば、薔薇か蝶ののレリーフなども施したいところだが、まだタバサが使うと限ったわけでもないしね。」「使うならやるのか?」「勿論さ。レディが使う道具であれば、それは例え武器であろうが優雅優美であるべきだ。 実は、ケティの拳銃にも装飾を施したくて仕方が無い。 あんな艶の無い黒色なんて、無粋の極みだよ。」装飾拳銃とか、本気で勘弁してください…。拳銃は無骨な物体であるからこそ美しいのですよ。「成程…で、だ。」才人の歩みが止まりました。「俺の目が確かなら、塔の入り口に立ってるあのオッサンな、耳が長い。」「わたしも確認、確かに耳長いわね。 テファよりも耳長いわ、胸は大きくないけど。」才人とルイズの前衛組二人が、塔の入り口に立っている人影を見て、そう教えてくれました。今は夜で月明かりの下とはいえ、視界は十分とは言い難いのですが。私にはまだ人影だという事くらいしかわからないのに、目が良いですね二人共。「巨乳のオッサンとか、そこの変態よりもキモい生き物がそうそう居てたまるか」「僕もそれなりの巨乳だよ…フッ。」その情報は要りませんでしたよ、マリコルヌ。「で、どうするケティ? 攻撃してみるか?」「そういうのもアリと言えばアリではありますが、取り敢えず…さり気なく通り過ぎるという事で。」こちらが攻撃出来る距離という事は、あちらも攻撃できる距離という事ですからね。あちらも恐らくは、私達が何者か考えている筈なのです。「なんでよ?」ルイズが首を傾げて尋ねてきました。私は、飛び道具をあんまし使わないルイズが聞いてきた事の方が、若干不思議なのですが。「タバサの屋敷で使用人がした証言を忘れたのですか? タバサと戦ったエルフは、タバサの魔法をそっくりそのまま、タバサにぶつけたと言っていたでしょう。」「おお。」ルイズが納得したといった表情で、ポンと一回相槌を打ったのでした。「遠くから撃って撃ち返されたら面倒よね、確かに。 やっぱり、真正面から近づいて右ストレート…。」「やめなさい。」思わず持っていた扇でツッコミ入れてしまいましたよ。気づいたまでは良かったものの、そこから先がグラップラー。どうしてこうなりましたかね、ルイズ。「わぷ…じゃ、じゃあどうしろって言うのよう?」「友好的に接しましょう、異文化交流って奴です。 相手は圧倒的にこちらより自分が強い…と思っていますし、言葉が通じないわけでもない。 であれば、まずは話しましょうという事です。」私がいつもと同じように笑顔で言ったのに、ルイズの表情は訝しげ。私の瞳の奥を探るような視線を送ってきます。疑い深くなりましたねぇ、重畳重畳。「その顔は、騙そうとしている顔ね?」「上手く行く可能性は低いですけれどもね。 まあ、調子くらいは狂わせられるでしょう。」ビダーシャルがそんなチョロいオッサンだったなら、タバサは既に脱走している筈ですしね。あの子も何だかんだでイイ性格ですし…私のせいじゃありませんよ、多分、きっと。「あ、どうもお疲れ様です。」私は、塔の入り口の前に立っていたビダーシャル(暫定)に、そう話しかけました。「そなたたちは誰だ?」「まいど~、旅芸人一座です。」無表情で尋ねてくるビダーシャル(暫定)に、私はそう返答しました。いやまあだってビキニみたいな衣装着てますし、どう見ても格好的に旅芸人ですしね。「そなたらが旅芸人か、しかしどういう事だ? そなたらは今、ここの守備隊に芸を披露している筈。」「ああ、その件なら終わりました。 皆さん楽しんでくださいましたよ。」ここまで嘘は一切無しです。やっぱり人と話す時は本当の事を話さなくてはいけませんね。「…そうか、で、仕事が終わったそなたらが、何故ここに?」「ここにも人が居ると聞きまして。」聞いたのはシルフィードからですけれどもね。「ここは立ち入り禁止だ。」「そんな事言わず通してくれませんか?」私はそう言いましたが、ビダーシャル(暫定)は無表情に首を振ります。「我はここにいる者を刑の執行まで守れと言われていてな、そういうわけにはいかん。」「…つまり、通りたければ貴方を倒さねば駄目だ…と、そういう事ですか?」私が杖を抜くと同時に、後ろでも剣を抜く音が。恐らく才人達も剣や杖を抜いたのでしょう。「ほう、我を倒す気か?」「倒すかどうかは兎に角として、そこを通る気ではありますね。」ビダーシャル(暫定)の言葉に、私は笑顔のまま答えました。武器を抜いてはいますが、まだ交渉中ですからね。「炎の矢。」取り敢えず、あんまり熱くないけど見た目だけ立派な炎の矢。通称見かけ倒し君1号をビダーシャルに向かって撃ってみます。「無駄だ。」案の定《反射》を使っているのか、炎の矢がそのまま跳ね返ってきました。「マリコルヌの盾!」なので、レビテーションでマリコルヌを引っ掛けて私の前まで持ってきて、すかさずガード。あ、『マリコルヌの盾』っていうのが発動ワードなのです。本当に何でも良いのですよね、魔法を発動させる最後の一言は。「アバーッ!?」ああ勿論、マリコルヌはちょっぴり焦げました。本当にちょっとだけですよ、髪がボンバーになっただけです。「味方を盾にするとは…なんと外道な。」「大丈夫です、マリコルヌですし。」私の所業に何故か恐れおののくビダーシャル(暫定)に向けて返答します。何でこんな事に吃驚しているのでしょうか…?「ご心配なさらず、マリコルヌですから。」「マリコルヌだしね。」絶対的な信頼と安心のマリコルヌの盾。金髪が煤けてボンバーになっていますが、流石です。「お…女の子に物みたいに扱われるとは、僕ぁなんという幸せ者なんだ…フヒヒヒヒ。」「こんな感じで喜んでいますし、むしろキモいですがどうぞお構いなく。」「蛮人の風習というものが、本気で分からなくなってきた…。」何やらカルチャーショックを受けたらしく、ビダーシャル(暫定)が頭を抱えています。いやー、こっちのことを何も知らない人に、出鱈目を吹き込みまくる異文化交流は楽しいですね!「ああ、そういえばお名前を聞いていませんでしたね? 私の名はファンティーヌ。貴殿のお名前は?」「我はネフテスのビダーシャル。」私の名乗りに、ビダーシャルが答えます。やれやれ、多分そうだろうと思ってはいましたが、これでようやく(暫定)が外せましたよ。「おめでとう、おめでとう。」「何故祝われるのか、蛮人の思考は不可解だ…。」祝いの言葉と拍手を送る私に、ビダーシャルは怪訝な表情を向けます。まあ当たり前ですが、これでビダーシャルの人類への常識が、また一つ書き換えられたでしょう。「また偽名だ…。」「また偽名だわ…。」後ろからボソッとそんな声が。もうアレです、百の偽名を持つ女とでも呼んでください。「…と、名乗りあっておいてなんですが、こちらが攻撃したのに何故反撃して来ないのですか?」「蛮人と違って、我らは殺し合いを好まぬ。」私達だって無暗矢鱈と殺し合いを仕掛けてくるのは、一部の変な人だけなのですがね。白…何でしたっけ?ああ、白い謎の液体のメンヌヴィルとか。「つまり、そちらからは一切攻撃をしないと?」「攻撃するまでも無いからな。」そうでしょうね、タバサの魔法を弾き返してしまったとなると、普通の魔法では対処不能と言って差し支えないでしょうし。「本当ですか?そんな事言って、こちらが背を見せでもすれば攻撃したり移動を邪魔したりしてくるのでは?」「くどいな、こちらからは一切攻撃しないし、移動を邪魔することも無い。」「エルフとしての誇りにかけて?」「無論だ。」「そうですか。」言質は取れましたね。「では皆さん、塔に登りましょう。」『えっ!?』私以外の全員が、びっくりした声を上げました。「戦わないの?」「ビダーシャル殿から、こちらから攻撃を仕掛けない限り、一切何もしないという言質は取れましたし。」不思議そうに尋ねるルイズに、私はそう説明しました。「えっ?」ビダーシャルが吃驚した声を上げていますけど、言いましたしね。ええもう、言っちゃいましたしね、私が誘導したんですけど。「えっ?あ、いや…。」「攻撃しなければ何もしないと本人がエルフの誇りにかけて断言してくれたわけですし、一体何処に戦う意味があると?」「おお、そう言われればそうだわ。 戦うかと思っていたけど、何もしてこないならわざわざ戦う必要は無いわね。」ルイズも納得といった感じでうんうん頷いています。「あ、ちょ、ええ?戦わないのか? この展開だったら当然戦うと思うであろう?ちょ、ちょっと、ねえ、ちょっと!?」ビダーシャルが焦っていますけど、無視で。「なんか焦ってるぞ、あのエルフのオッサン。」「いやいや、まさか、私達を蛮人と呼ぶ高貴なるエルフ様が、約束を違えるなんて事はしない筈ですよ。 強い相手がわざわざ反撃以外の一切をしないと断言してくれたわけですし、ご厚意に甘えさせて頂きましょう。」才人の言葉にも、わざとビダーシャルに聞こえるようにそう返答しておきました。「ぐぬぬ…ば、蛮人め。」何がぐぬぬですか、何が。「じゃ、行きましょうか?」「お、おう…。」そんなわけで私達は突っ立ったままのビダーシャルの隣をすり抜け、扉を開けて階段を上り始めたのでした。「待て…。」ビダーシャルが待って欲しそうにしていますが…ああん?聞こえんなぁ?なのですよ。そんなわけでビダーシャルを華麗にスルーした私達は、最上階の部屋の前に居ます。「鍵がかかっているわね。」 アンロック。」ドアの前に来た私達でしたが、キュルケが問答無用で鍵を開けてしまいました。呪文を唱えるスピードも超高速詠唱の域。こやつ、手馴れておる…なのです。「まったく躊躇いなく即鍵を開けるという所が、普段の行いを示している感じよね、キュルケ?」「うふふふふ、私の歩む先に鍵などという無粋なものは不要なのよ、ルイズ。」皮肉っぽく声をかけてきたルイズにも、余裕の笑みでキュルケが答えていますが…今回役立ったとはいえ、正直あまり褒められたものではありませんからね、キュルケ?「きゅい、良いからさっさとドアを開けるのね。」鞄の中からそんな声が…そういや、私の鞄の中に入っていたのでしたね、シルフィード。「お姉さま!お姉さま!シルフィが来ましたのよ! ほら、さっさと開けるのね!」「はいはい…。」ドアを開けると、そこにはタバサがちょこーんと立っていたのでした。「待ちましたか?」「ぎりぎり。」いつも通りの表情の乏しい顔ですが、安心した様子が伺えます。「きゅいきゅい、お姉さまが無事でよかったのね。」「ん、シルフィードも頑張った。」喜びの声を上げてタバサの肩に飛び乗るシルフィードを、タバサはそっと撫でています。「エルフは?」「スルーして来ました。」「スルー?」私の言葉にタバサは首を傾げます。「あー、わかりやすく言うとだ。 ケティにエルフが騙された。」「ん、納得。」才人の言葉に、タバサは納得行ったという表情でコクリと頷きます。何か酷くありませんか、皆?「納得しないで下さいよ!?」「ケティなら、さもありなん。」タバサはニヤッと口の端を歪ませて、刻々と頷いています。いやー、本当に良い性格になったものです…私のせいだけではありませんよね。少なくとも数割はこの娘の素です、間違いありません。「騙してなんかいませんよ、誘導して言質を取っただけです。 嘘だって吐いてはいませんよ、本当の事を幾つか省いただけで。」後は、変な会話と行動で、事前に軽く相手の脳を混乱させたりもしましたが、断じて騙してはいません。相手が勝手に引っかかっただけなのです…ソレを騙したという?ナンノコトヤラ。 「最初に炎の矢飛ばして相手の動きを探ったら、戦うと思うわよね。 誰だってそう思うわ、私だってそう思ったもの。 私を含めて火の系統は、戦うのが好きな人が多い筈なのだけれどもね。」キュルケがそう言いながら、呆れたような視線を私に送ってきます。最低限の威力に絞っていたとはいえ、攻撃は攻撃ですからね。しかしまあ、『反射』の魔法というのは本当に面倒臭そうで何というか、困ります。「わざわざ自分よりも圧倒的に強い相手と、負けるの覚悟で戦う必要などありませんしね。 昔の偉人も言っています。 常勝の戦力を用いて戦い得る勝利よりも、策を用いて戦わずに得る勝利の方が実入りが大きい…と。 ましてや今回は常勝などとても望めない状況だったわけですし、尚更というわけなのです。」こんな応用の効く教えを考えついちゃうのですから、いや全くもって孫子は偉大ですよねぇ…。「まあ今回は、相手がこちらの知識に疎いエルフで助かったといった感じでしたけれどもね。 妙におちょくりやすい性格の人だというのもありましたが。」「あの人、可哀想に。ひょっとして、うちの遠いご先祖様もケティの先祖みたいなのに騙されて、ラグドリアン湖の守護をするようになったのかしらね? 案外、ケティのご先祖様だったりして。」なかなか酷い事を言いますね、モンモランシー。「酷い事言わないでよモンモランシー、ケティは当家でもかなりの変わり者なんだから。 うちは基本的に皆、田舎者だし。 貴方の先祖を6000年前に騙したりはしていない筈よ、たぶん。 ケティが物凄い先祖帰りとかじゃあなければね。」ジゼル姉さまの弁護が、全く弁護になっていません。うちの初代が私と似たような転生者だったりしたら、目も当てられないですね…。「では帰りましょ…。」「帰らせはせんぞ。」そう言って、ビダーシャルが部屋に入って来たのでした。ああ、怒っていますよね。さて、どうしましょうか?