時はケティが馬車の中で軽機関銃を引っ張り出すちょっと前に遡る。「突入して門を開ける際に見張りの兵士を気絶させなきゃいけないんだが、強くぶん殴ると死ぬ可能性がある。」「え?死ぬの!?」才人の一言に、ルイズが吃驚した声を上げた。「おお、我がご主人様よ。世の中の人間は俺やマリコルヌみたいに頑丈じゃないんだ。 ガンダールヴである俺は兎に角として、マリコルヌが何故頑丈なのかは、それどころか喜んですらいるのは、どういう原理なのかさっぱりわからないが…それ以外の人は結構簡単に死ぬ、マジで。」今回のタバサ奪回作戦はタバサの母国で行うわけであるし、何よりもトリステインとガリアは敵対している国ではない為、犠牲者は出来うる限り出さないという事になっている。「そうなの!?」「フッ…俺の存在は、ルイズの常識を捻じ曲げてしまったのかもしれないな…。」本気で吃驚しているルイズに、才人はホロリと涙を流しつつ、少々煤けた表情でそう言う。本来ルイズはそこそこ常識はある筈なのだが、暴力関連は麻痺しているようだ。「まあ、普通なら百回は死んでるわよね、サイトは。」「ん。」ジゼルの言葉に、タバサはコクコクと何度も強く頷く。「サイトは、吸血鬼(ヴァンピール)よりもしぶとい。」「そ…そうだったのね。 一つ勉強になったわ。」ルイズは納得したように頷いてから、はたと動きを止める。「…まさか吸血鬼(ヴァンピール)と戦った事があるの?」「ん。ケティが倒した。」ルイズの問いに、タバサはそう言ってコックリと頷く。「何でタバサと戦った吸血鬼を、ケティが倒しているのよ…?」「私の任務に、勝手についてくる。」タバサはそう言うと、軽く煤けた。「やり方が容赦無い。」「容赦無いんだ…。」「ん…。」ルイズとタバサは視線を幌馬車に向けた。『はぁ…。』そして二人で溜め息を吐く。「二人共、まだまだね。」そして、そんな二人を見て、ジゼルは胸を張って自慢げに言った。「何で優越感に浸ってんだ?」「ま、あの子に付いて行くと、だいたい振り回されるからね。 私は慣れっこというわけ。」才人の質問に、ジゼルはドヤ顔で答える。「そうか…で、そろそろ本題に戻ってもいいか?」『は~い。』才人の言葉に、残り三人が返事をする。「俺やルイズがいくら優しく殴っても、人は殴られると死ぬ可能性がある。 タバサの持ってるより凶暴になった鈍器で気絶するほど殴られたらやっぱし同じだし、ジゼルの持ってるAK-47とかになると、完全に論外。 撃っても死ぬし、刺しても死ぬ。」「ストックで殴るって手もあるわよ?」「やっぱし殴るんだから、似たようなことになるだろ。 まあ兎に角だ、あまり怪我をさせたくはない。 甘いかもしれんが…ケティ曰く、《まだ友好国》だしな。」ケティが言葉に含みを持たせる時は大体なんか知っているというのを、才人も経験則で学習しつつあった。とは言え、どうせ碌でも無い話なので、精神衛生上よろしく無さそうで聞いていない。「じゃあ、どうするわけ?」ルイズが不思議そうに首を傾げる。「こういう時はアレだ。クスリに頼るに限る。」「なんか不穏な雰囲気の篭った薬の言い方ね?」ジゼルは怪訝な表情を浮かべた「何か、秘密にしていた事をばらす時のケティみたい。」「ケティのバラす秘密ほどヤバいもんじゃないよ。 ヘイ!モンモン、カモン!」才人がそう言って指をぱちんと鳴らすと、モンモランシーがテクテクとやってきた。「モンモン言うな!前振りが長過ぎて、馬車に戻ろうかと思ったわよ。 ギーシュがタバサの母上を口説きにかからないうちに戻りたいんだけど。」「いくら美人とはいえ、意識が混濁している女性まで口説くのか、あいつは…。」ギーシュの気合の入り過ぎた女ったらしっぷりに、才人は感心の声を上げた。「莫迦だな。」「莫迦ね。」「莫迦よね。」「莫迦。」「同感ね、莫迦だわ。」皆の心が一つにまとまった瞬間である。「へーくち!」そしてギーシュは馬車の中で、大きく一回くしゃみをした。「おっと、これはすいませんミズ・オルレアン。 ふふふ…この美しき薔薇たる僕の事を、何処かの可憐な蝶が噂にでもしたかな?」「…………。」タバサの母の茫洋とした表情が、何となく呆れた顔のように見えたのは、たぶん気のせいだ。「…莫迦ね。」それを馬車の中で色々と準備している最中に目撃してしまったキュルケも、一言呟いた。そんなしょうもない一幕はこのくらいにして、話は元の場所に戻る。「ギーシュが莫迦なのは、生来からの特性で仕方が無いとしてだ。 そんな些細かつどうにもならん事よりも、今回の任務で敵を無力化するのにモンモンの力を借りる。」「モンモン言うな!で、どんな薬が欲しいの?」モンモランシーはそう言いながら、マントをばさぁっと広げる。内側にはびっしりと薬の入った硝子瓶が、マント内側に沢山あるポケットに入っていて重そうだが…どうやら何らかの魔法的処理が施されているらしく、重くはないようだ。「ううむ、魔法って便利だよなぁ…。」才人はその光景に、思わず唸った。「え?なに?私の顔に虫でもついてる?」不思議そうに自分を見る才人に、モンモランシーは首を傾げる。「いや、ちょっと感心しただけだ。 で、欲しいのは即効性の吸引型睡眠薬なんだが、あるか?」「勿論、睡眠効果のある水の秘薬は水系統のメイジの初歩中の初歩だもの。 遅効性から即効性まで、時間に応じて取り揃えてあるわよ…ま、流石に殆どは部屋においてきたけど。」そう言いながら、モンモランシーはマントの中にあった硝子瓶を一つ取り出す。「即効性で吸引型といえばこれね。 布か何かに染み込ませて、背後からこれで口と鼻を押さえてやれば、1秒程度で睡眠というか気絶するわ。 お代は王宮に請求で、良いわね?」そしてモンモランシーは、才人にその硝子瓶を手渡した。受け取った才人は、それの中身を確認する。モンモランシーが香水などを入れるのにも使用するその硝子瓶の中の液体は、無色透明のようだった。「ああ、効果は実証済み?」「ええ、ギーシュで。」ギーシュがすんごく不憫な感じだった。さすがに不憫過ぎて、皆がホロリと涙を流す。「モンモランシー、恋人で薬の実験は、流石に可哀想だと思うの。」ルイズは思わず、モンモランシーにそう言った。「恋人を四六時中ぶん殴っているよりは、遥かに健全だと思うのだけれども?」「殴ってない時もあるわよ! あ、あああああああ、あと、ここ、こここいびと、とか、ここここ恋人とか! 違うもん!サイトはわたしの使い魔だもん! ふわ!?ふわっ!?何するのよ!?」 「ああもう、可愛いわね。」顔を真赤にして抗議するルイズの頭を、モンモランシーはポフポフと撫でる。「まあ、それはそれとして、その薬を布に染み込ませる時は《湿らせる》程度でね。 直接呑んでしまったら、たぶん死ぬから。」「あうー、あうー。」「諒解、吸引しただけで気絶するなら、強い薬だろうしな。」なんかあうあう言っているルイズに対して、《昔よりははるかにましになったとはいえ、俺はやっぱし使い魔かぁ》とか思いつつ、才人はモンモランシーの言葉に頷いた。「わかってないわねー、お互いに。」「ん。」しみじみとそんな事を呟いたジゼルに、タバサがコックリと頷く。「発展途上って感じよね、羨ましいわ。 それじゃ、頑張ってね。」モンモランシーはそう言うと、手を振りながら馬車に戻っていった。「じゃあ、取り敢えず突入する組み合わせは俺とタバサ、ルイズとジゼルという組み合わせで行くぞ。」「諒解。」「ん。」「あれ?わたしとサイトが一緒じゃあないの?」才人の言葉に、ルイズが首を傾げる。「ルイズ…俺とお前は取り敢えず接近戦では、普通の兵隊程度ならほぼ無敵だ。 タバサも普段ならかなり強いけど、今は杖の契約をのんびりやってる状況に無いから魔法が使えない。 ジゼルも本分は遠距離射撃であって、接近戦は得意っていうわけじゃあない。 それなら、俺とルイズをバラして、タバサとジゼルをそれぞれの補佐につけた方が、効率的に動ける…違うか?」「おお…なんか戦闘のプロっぽいわね、サイト。」ルイズが感心したように頷く。「あんがと…兎に角そういうわけだ。 門番たちに密かに忍び寄って気絶させ、門を操作する施設を一時的に占拠。 開門して馬車を通し、そのまま馬車に乗って脱出する。 至ってシンプルな作戦だな…質問は?」才人のその言葉に、タバサが手を挙げる。「見つかって気絶させられなかった場合は?」「タバサにはあんましこんな事は言いたくないが、敵を傷つけないようにする事を基本方針にしているとはいえ、飽く迄も俺達の身の安全が最優先だよ。 つまりそういう事だ。」他に手段がなかった場合は、殺す事も覚悟してくれという意味を匂わせて、才人はそう言った。彼が殺人も滅多に起きない国で生まれた人間であるのに、その辺りがかなり麻痺してきているのは、おそらくルーンによる精神調整の影響である。ガンダールヴであり戦士として戦う以上は、その辺りを調整しないと変になってしまう可能性すらあるのだ。才人が平和な国で生まれた感受性豊かな少年であるが故に、このある種のマインドコントロールは、この少年のまだ未熟な精神を守り救っていた。「ん。仕方ない。」タバサとしても母の身柄が最優先であり、その為に手を汚す覚悟は出来ている。元々は恵まれた環境で生まれ育った思春期の少女であるのに、その境遇は過酷であった。「良し、じゃあ、そーっと行くぞ、そーっと。 …わかってんだろうな、デル公?」そう言いながら、才人はそーっとデルフリンガーを鞘から抜き放つ。「…わーってるよ、相棒。 ここで煩くしたら、あの腹黒い娘っ子に溶鉱炉か何かに叩きこまれっちまう。 そういうこったろ?」「よーくわかっているようで何よりだぜ、相棒。」そう答えたものの、才人はケティがそこまでおっかない人間だとは思っていない。実際、身内と思っている人間には優しいのだ、彼女は。そして割と親しげに話しをする所から見ても、ケティはデルフリンガーも《身内》として扱っているようにみえる。ならば彼女は最大限の優しさを見せるだろうと才人は判断していた…取り敢えず、溶鉱炉に叩き込む寸前くらいで止めてくれるだろうと。「よし、じゃあ、まずあの門番はわたしが倒すわね。」そう言って、ルイズはとてとてと門番の方に向かって歩き出した。「ちょっと待て、睡眠薬は…。」「それは中に入ってから。 慣れてる方法思い出したから、まずそれで行くわ。」そう言って才人の差し出した布切れを断ると、ルイズは歩いて行った。「こんばんわ、良い月ね。」門番の前に立つと、ルイズはそう言って可愛らしい笑顔を浮かべる。「誰かと思ったら、先ほどの旅芸人の娘か…何よ…う…だ…?」ルイズの右手が握りこぶしの形になった後に腕ごと一瞬消え失せ、次の瞬間に門番がドサリと崩れ落ちた。「ふう…一丁上がり。 忘れてたけど殴って気絶させる方が、実は慣れてるのよね、わたし。」ルイズはそう言って、微かに光る拳をぷらぷらさせる。夏季休暇中に働いた《魅惑の妖精亭》にて、ルイズはこの目にも止まらないパンチで一瞬で相手の意識を刈り取るというテクニックを会得していた。何で男を誘惑して貢がせるべき店で、こんな技を会得してしまったのだろうか、本当に。「久々に思い出して使ってみたけど、まだ問題ないわね。」「そういや、そんな技持ってたな。」門番を居眠りしているかのように壁に立てかけつつ、才人はルイズに声をかける。「…って事は、これいらない?」「うーん、一応貰っとく。」ルイズは才人が差し出した布切れを、受け取った。「他の門番は?」「人少ないせいか、まだこっちには気づいていないみたい。」ジゼルがあたりの様子を伺いつつ、そう言う。何でジゼルが着いて来たかといえば、やはりバグベアの使い魔がいる御蔭だろう。今、ジゼルの使い魔は、上空から闇に紛れて門を見張っている。「よし…じゃあ、突入だ。」才人の背後にタバサ、ルイズの背後にジゼルがそれぞれサポートに付き、門番の詰所へと侵入する。「操作する場所は、下じゃあ無いのか。」「面倒臭いわね。」そこには上に登る階段があった。4人はソロリソロリと階段を登っていく。「…いた。」階段を上ると兵士が一人いるのを、才人が確認した。「いっちょ行くか。」「ん。」才人は暗がりから素早く兵士に駆け寄る。そして、背後に回りこんで、布で口と鼻を塞いだ。「ん?何…モガ…モ…ガ…。」程なく兵士の体からガクッと力が抜けた。気絶したようだ。「ここが2階ね。」2階はいくつかの部屋がある構造になっていた。「二手に分かれて開閉装置を探そう。 チームは先ほど言った通りで。」『諒解。』才人の言葉に、他の三人は頷く。「一つ目の部屋は…。」タバサがそっとドアを開け、才人がその隙間から中を覗き込む。中には…武装した兵士が5人。「…あららー。」そう言いながら、才人はタバサに手を開いてみせる。5人居るというのを、タバサも察した。そして、そっとドアを閉める。「どうする?」そして、タバサは才人に尋ねる。「侵入がバレた場合、ここを塞がれるのは困るな…何とか気絶させよう。」「ん。」タバサは再びドアをそっと開ける。今度は人一人が滑り込める程度に。「……………………。」そこに才人は無言で滑り込んだ。「な、何だお前…もが!?」「……………………。」才人はまず正面に居た兵士に、問答無用で布切れを押し付ける。その間にタバサは自身もドアの隙間から滑り込み、そっとドアを閉めた。そして一人目は、意識を失ってドサリと崩れ落ちた。「く、癖も…もが!?」「がァッ!?」叫ぼうとした兵士に才人は布を押し付け、同時にもう一人をデルフリンガーの剣の腹の部分で足を払う。「……………………。」「うわ!」「な…もが!?」タバサも素早く駆け寄りハルバードで一人の兵士を引っ掛けて転倒させると、もう一人の兵士に飛び乗って顔に布切れを押し付けた。そして最後に2人は転倒させた兵士2人にそれぞれ布を押し付けて気絶させる。「取り敢えず、つつがなくいっちょ上がり…だな。」「ん。」5人の気絶した兵士を見ながら、二人は満足層に頷いた。剣の腹とはいえ金属の塊で足を払ったり、ハルバードで引っ掛けたりしたので多少怪我をしたかもだが、命に別条はないだろう。「悲鳴、短く抑えはしたが…聞かれたと思うか?」「分からない。けれども、慎重に行けば問題ない。」二人は再びドアをそっと開けた。廊下に人影はなく、ルイズ達も今のところ上手くやっているようだった。「…次の部屋か。」今回もタバサはドアをそっと開ける。「何者だ。」ドアの動きに気づかれたしまったらしく、部屋の中から声がした。タバサは一気にドアの隙間を広げ、才人は問答無用でその隙間に入り込む。タバサも同じく滑りこんで、そっとドアを閉めた。ドアさえ閉じておけば、多少の声は外に漏れないためだ。「曲者だよ。」才人は中に居た人物に一瞬で近づき、デルフリンガーを首に押し当てる。何故そうしたのかといえば、身なりが立派だったためだ。彼はおそらく兵士ではなく士官であり、この門の責任者だろうと考えたのだ。「門の開閉装置は何処だ?」「答えると思うか?」才人の問いに、男はそう言って笑った。「無駄死にしたくなきゃ教えてくれ。 俺は後におわす御方を逃さなきゃいけないもんでな。」才人はそう言って、タバサを見せる。士官であればほぼ間違い無く貴族であり、貴族であればシャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公女の事はある程度把握している可能性があると考えたからだ。「シャルロット様を…そうか。 まあ、明日死ぬも明後日追手に見つかって殺されるも、一緒ではあるか。」士官はそう言って、フッと笑う。「とは言え、その一日は貴重だな…この鍵をくれてやるから、一番奥の部屋に行け。」そして、ポケットから鍵を取り出して差し出した。「どういうことだ…?」「俺はあのジョゼフ王の為に、シャルロット殿下を弑し奉る為に幽閉しておくなどというクソみたいな任務でも、ガリア軍人である以上は全うしようとは思っていた。 だが、俺が死ぬか気絶してしまっては軍人としてそれを守る事は出来んなぁ…という事だ。 それは…そうだな、手間を省いてやっただけだな。」そう言って、士官はニヤリと笑う。そして、タバサの方を向いた。「シャルロット殿下、今の貴方には絶対に味方であってくれる者は少ないかも知れませぬ。 ですが、小官のように決して敵ではないものが、少なからずこの国には居るという事を知っておいて頂きたい。」「ん。そなたの取り計らいに感謝を。」タバサは士官の言葉に、コクリと頷いた。「じゃあ気絶してくれ。」「ありがとう、貴公が誰だかは知らないが、シャルロット殿下を頼む…。」士官はそう言って、息を吸い込み気絶した。「…ああ、タバサは俺が守るよ。 味方、探せば意外と居るもんだな、タバサ。」「ん…。」気絶した士官を見ながら、タバサは静かに頷く。その後、4人は合流し奥の部屋にて門の開閉装置を稼働させた後に脱出。その後の顛末は、本編のとおりである。今度は、本編の数日後。ジョゼフはくいっと紐を引いた。「あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」ミョズニトニルンこと高凪千秋は、自分の足元に突如開いた穴に落下して、とっさにレビテーションの効果がある魔道具で難を逃れる。何度も落とされるので、彼女も学習しているのだ。「な、ななななななななん、なんばしよっとですかァ~!? 何で私が落とされるんですか、陛下ァ!」「ハハハハハハハハハ。なに、ビダーシャルが失敗したのでな。」涙目で抗議する千秋に、快活な笑い声と共にジョゼフが答える。「ビダーシャルさんが失敗したなら、ビダーシャルさんを落としてくださいっス! 私今回何も悪い事していませんよ! 急に気まぐれかつこんなギャグみたいな方法で殺されたりしたら、全国4千万の千秋ちゃんファンが泣きますよ、マジで! 陛下は黙って立っていれば美中年なんですからこう、気まぐれに殺すにしても私を優しく抱きしめるフリしてグッサリとか、殺すにしてももう少し格好良く…。」「落ちるのは、そなたの仕事だ。」千秋の抗議を無視して、ジョゼフは無慈悲にそう告げた。「え?初耳。これ仕事っ!? 給料のうちなんスか、これ!?」「ハハハハハ。そうだぞ、ミョズニトニルンよ。 …しかし、そうだな。お望みとあらばバッサリ行くか。」そう良いながらジョゼフが呪文を唱えると、白く光る魔法の刃が杖に形成された。「そーれいくぞー!」「アイエエエエ!違う、ちがうっス! 何かやっぱりギャグめいたアトモスフィアじゃないですかーやだー!」めっちゃ良い笑顔で魔法の刃をぶんぶん振り回して千秋に切りかかるジョゼフと、必死の形相でそれから逃げ回る千秋。何となくだが、ジョゼフの顔が普段にない精気を放っている。楽しいのかもしれない。「ハハハハハハハハ…はうっ!?」ジョゼフは右足に左足を引っ掛けて、そのまま顔から凄まじい勢いで床に顔を叩き付ける形でこけ、動かなくなった。ガリアのズッコケ王の面目躍如である。「た、助かった…。 へ、陛下、大丈夫ですか?」「………………………。」「おーい、陛下ー…?」「………………………。」へんじがない、ただのしかばねのようだ。「へ、陛下あああぁぁぁぁぁぁ!?」無反応なジョゼフの姿に慌てて、千秋がジョゼフの元へと駆け寄った。ジョゼフが死んでしまったら、千秋はこの世界で孤立無援の存在と化してしまう。おまけにミョズニトニルンとしての能力も失われるのだから、生きていける自信がない。ジョゼフに殺されるのも一大事だが、ジョゼフが死んでしまうのも、彼女にとっては一大事なのだ。「ハハハハハハハハハハ!」しかし駆け寄った千秋の前で、ジョゼフがガバッと立ち上がり、笑顔とともに斬りかかってきた。まあブレイドが解除されていない時点で気絶すらしていないのだが、気が動転していて気づかなかったようだ。「ぎにゃー!? 騙すとは卑怯なり!汚い、さすが忍者汚い!」「ハハハハハハハハハ!相変わらず何を言っているのか良くわからないが、取り敢えず褒め言葉として受け取っておこう!」「褒めてないっス!」二人はそんな感じで、再び追いかけっこを始めようとしていたのだが…。「それくらいにしていただけないであろうか?」そんな声で、二人の動きは止まった。「あ、騙されエルフ。」「ぐっ…。」千秋の言葉がグサッと刺さったらしく、声の主はよろめいた。もちろん声の主は、ビダーシャルである。「いやいや、ビダーシャルさん。落ち込まなくても良いですよ。 あいつ鬼ですよね~。」千秋はビダーシャルに慰めの言葉をかける。落ち込むような事を言った本人が慰めるというのもアレだが。「まさか最初にした約束で、我の選択肢の殆どが封じられるとは…。」「まあ良い、これもまた一興よ。 こちらは飽く迄も力を借りている身なのだしな。」あの後、アーハンブラは大騒ぎとなった。何せ、幽閉していた貴人を奪われた上に、主力の殆どが騙され熟睡状態だったからである。隊長のミスコール男爵以下、全員の処刑という話まで上がったが、イザベラの《エルフにどうにも出来なかった相手が、守備隊の戦力でどうにか出来たとは思わない》という言葉により、処分無しという形になった。ただし現行の守備隊は後任が来たら即解散という事になったが…そもそもアーハンブラにいるのがみんな嫌になっていたので、むしろご褒美っぽい話だった。「そうですそうです。私だってあの豆狸相手には、既に二度も失敗してますしね。 あっはっはっはっは!」「ハハハハハハハハハ!」ジョゼフは紐をクイッと引っ張った。「あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」床がパカッと開いて、少々気を抜いていた千秋がストーンと落ちていく。「びびび、ビダーシャルさんをフォローしていたのに、急に落とさないでください陛下!」「お前は任務失敗をもう少し気に病むが良い。」ジョゼフは紐をクイッと引っ張った。「アバーッ!?」金タライが落ちてきて、よじ登ってきた千秋の頭に《ガイン!》という音とともに直撃する。「タライ!?タライナンデ!あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」衝撃で再び千秋は落とし穴に落下していった。「それで、あの母娘を取り返してくれば良いのか?」「いや…捨て置くがよい。」ビダーシャルの問いに、ジョゼフは首を横に振る。「例の計画も進んでいるしな、いずれトリステインは奴らの安住の地ではなくなるであろうよ。 なあ、ミョズニトニルン?」「う…ううう…うっス。ビダーシャル殿の協力の御蔭で、例の計画は順調に進んでいます。」落とし穴から這い上がりながら、頭にでっかいタンコブを作った千秋が言う。「進んでいるんですけど…強くしたらどうにか出来るんでしょうか、特にあの娘。 何か、妙な方法で無力化されそうな気が…。」「大丈夫だ、アレは喋らない。」千秋の不安そうな言葉に、ビダーシャルはそう言って胸を張った。「いや確かにビダーシャル殿は、舌先三寸で丸め込まれましたけどね…。」「ぐっ…それを言うな。」ビダーシャルの心の傷は深いようだ。「…まあ、いいです。ここは私の得意技で行きます。 それにビダーシャル殿の魔法が合わされば最強に見える!」「見えるだけなのか。」「実質強いです、実質!たぶん!!きっと!!!そうだと良いな!!!!」どんどん千秋の言葉は勢いづくが、言葉の内容から自信が消え失せて行っていた。「ハハハハハ。」ジョゼフがくいっと紐を引いた。「あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」そしてまた、千秋は穴に落ちたのだった。「私が穴に落ちるのがオチとか、そんな安直な!?」君はそう言うキャラだから、仕方無い、仕方無い。