ゲルマニア帝国、広大にして強大な国家その割に皇帝の王権は他の国に比べると弱く、貴族は割と好き勝手に色々とやっていますゲルマニア帝国、広大にして強大な国家王権が弱いのは始祖ブリミルの血統が無いため、故に貴族の結束が緩く貴族同士の戦争が絶えませんゲルマニア帝国、広大にして強大な国家とは言え、いつも戦争やっているだけあって軍隊自体はすんごく強いのですよ、これがツェルプストー辺境伯領は西はトリステイン南部に接し、東は未開の大森林地帯に接する東西に長い貴族領です。そしてそのルーツはジュリオ・チェザーレという、かつてハルケギニアを一代で征服し大帝国を築いた皇帝が、新たに開拓した属州に派遣した属州総督(レクトル・プロウィンキアエ)となっております。つまり、キュルケの先祖は実はロマリア人なのです…まあ、既に数十世代前の話になりますが。そしてキュルケは一般的にツェルプストー家と名乗っていますが、正式にはアンハルト=ツェルプストー家と言いまして、ツェルプストーは領地名でアンハルトが家名なのですよ、実は。ただアンハルト家は一番大きなキュルケのアンハルト=ツェルプストー家を筆頭として伯爵やら男爵やらがゾロゾロいる家系なので、それだけだと何処のアンハルト家の人なのかがわかりません。なのでツェルプストー辺境伯領のアンハルト家(アンハルト=ツェルプストー)と名乗り、アンハルトは略してツェルプストー家と呼称しているわけなのです。ちなみにアンハルトというのはゲルマニア語で《停止》という意味…ゲルマニア人の家名につけるセンスは、よくわかりません。「しかしまあ…聞きしに勝る下品な城館ね、ツェルプストー? 古典ロマリア風とロマリア風とトリステイン風とガリア風とがごちゃごちゃ!統一感の欠片も見えないわ。」「この実用的に配置された美が理解出来ないの?可哀想ね、ヴァリエール。」額を突き合わせて、ギリギリとやりあうルイズとキュルケなのです。『貴公の首は、柱に吊るされるのがお似合いだ!』声をハモらせるなんて、この二人は本当に仲が良いですね~。ゲルマニアはジュリオ・チェザーレの帝国が崩壊して以来、数百年延々と戦国時代でした。故に城館の構造は、基本的に戦争が起きた時の実用性重視で建てられています。そしてゲルマニア人は、流行りものが大好きなのです。更に戦時の実用におけるバランスは考えますが、デザイン的なトータルバランスというのをあんまし考慮しません。そんなゲルマニア人が、城館を実用的な配置で建て増しした時の流行に合わせて増築しますと…まあ、何というかシュールな形になります。ゲルマニア人はそれを《実用性の伴う美である》と言い張りますが、やっぱりデザイン的なトータルバランスも大事ですよね。傍から見る分には、これはこれで面白いのですが、実家がこんなんなのは私も嫌です。「全部、同じ感じに見えるけどな…。」「全く違う文化圏から来たら、そうなりますよね。」才人がわからないのは、しょうがありません。アメリカ人が和風と中華風を一緒くたにしているのと似たようなものです。慣れれば差異はわかるようにはなるのですが、才人の滞在期間でそれを会得するのは無理でしょう。「…ケティはわかんの?」才人がボソッと耳元で聞いてきます。「こっちで15年も暮らせば、嫌でもわかるようになりますよ…。」なのでこちらも、耳元でこっそり教えてあげたのでした。「二人で内緒の会話? なになに?私にも教えなさい。」そんな私たちの間に、ルイズがずずいと入り込んできます。「えーと、才人が、この城館の様式をこっそり教えて欲しいと…。」「サイトがそんな事言うわけ無いでしょ。 そんなコト気にするような性格じゃあないもの。 家とでかい家と城の区別しかしないでしょ、こいつ。」…己の使い魔の事をよく理解していますね、ルイズ。しかし、まだまだ甘いのです。「才人だってシュヴァリエにして救国の英雄という事になっているわけですし、貴族としての嗜みを多少は学ぶ気になっているのですよ。」「そうそう、俺だって勉強してんの。」私の言い訳に、才人も合わせてくれます。バレないに越した事は無い事情ですしね。「わ、わたしに聞けば良いじゃない?」「いやだって、ルイズ殴るし。」「う…。」その点は否定出来ないのか、ルイズが少々怯んだ表情になります。「俺だって、殴られたら痛いんだよ。」『ええっ!?』才人の言葉を聞いた一同の声が、驚愕の響きでハモったのでした。私も当然の事ながら、《わざと》びっくりした声を上げています。ここはボケなきゃいけません。ボケとツッコミとノリの良さはトリステイン貴族の嗜みなのです…嘘ですが。「そこで驚くなよ!?」「いや、だって、ねえ?」才人の抗議の声に、モンモランシーがギーシュに視線を送ります。「ここはボケるべきところだろう?」「何時ボケるのか?今でしょ!」平然と答えるギーシュに、同意するのは良いとして何故かドヤ顔のマリコルヌ…嘘の筈なのですが、嘘じゃ無かったような気がしてきました。「あれだけ殴られてもルイズと険悪な関係にならないところが、サイトの凄い所よね。 てっきり殴られると快感でも感じるようになっているものとばかり思っていたわ。」ジゼル姉さまは何やら感心したようで、うんうん頷いています。「そういうサラッと酷い事言う所は流石、ケティの姉だな…。」「えへん。」私そんなにサラッと酷い事言って…いますね。でもジゼル姉さま、そんな事で胸を張らないでください。「つか…タバサも何気に驚いていなかったか?」そう、先ほどタバサまでもが割と大きい声を出していました。ちなみにタバサの母君は、まだフォルヴェルツ号の中で眠ったままなのです。「気のせい。」「いや、気のせいじゃ無かったよな?」「気のせい。」「いや、でも…。」「気のせい。」そのまま押し切る気ですね、タバサ。「きゅーい、きゅーい…。」ちなみにシルフィードは、そんなタバサの頭の上で寝ています。完全に青い猫なのですよ、この風韻竜。「ケティ、お父様が会いたいって言ってるんだけど…会う?」わいわいやっていた私たちの所に、親に会いに行っていたキュルケが戻ってきたなり、そう言ったのでした。「辺境伯閣下が?」「ええケティ、貴方には特に一度、是非にと会いたがっていたもの。」クリスティアン・アウグスト・フォン・アンハルト=ツェルプストー辺境伯。キュルケの父親であり、フォルヴェルツ号建造計画における出資者なのです。フォルヴェルツ号以外は研究施設もろとも東トリステインに移しちゃいましたからねぇ…お金は全て返しましたが、ひょっとして恨まれていますか?「…当家ね、お母様が数年前に亡くなって後添えがまだなのよね。」「キュルケに義母様呼ばわりされるのは、真っ平御免なのですが。 コルベール先生を婿養子にして貴方が家を継ぐのですから、貴方が頑張れば良いだけの話でしょう?」アンハルト=ツェルプストー家は意外な事に、凄く意外な事に、キュルケの実家である事を差し引いても貴族の家として非常に意外な事に、キュルケしか生まれていないのですよね、これが。ツェルプストーの家訓通りなら、キュルケに兄弟の1ダースや2ダースいても不思議ではないのですが…。「ジャンが未だにウンと頷かないのよね…。 私の手練手管で何とか振り向かせようと頑張ってはいるのだけれども。」「おおう…キュルケの色気でも未だに落ちないとは、やりますねコルベール先生。」不能…ではありませんよね、ハゲは絶倫とも言いますし。教師と研究者が楽しくて、結婚してツェルプストーに引っ越すのが嫌なのでしょう。あの人は割と人格者ではあるのですが、研究者としては理性と道徳がぶっ飛ぶタイプですからね…その点は、モンモランシーと似ています。「コルベール先生は教師やるのも好きですし、研究も好きですからねぇ…。」「お父様が職務をこなせなくなるまでは、そのままで良いと言っているのだけれどもね。 ツェルプストー家程の家格ならば、そういうわけにも行かないって、頑固なのよ。」そう言って、キュルケは深く溜め息を吐きます。「あー…要するに、フラレそうだと。 いやはや、キュルケの手練手管を持ってしても本気の恋はままならぬも…もがもが!?」「まだよ!まだこれからよ!」「もがもが。」口を思い切り塞がれて、喋れなくなってしまいました。「…何か良い考えはないかしら?」「もが…取り敢えず、卒業してからが本番だと思います。 コルベール先生は教師をやるのも大好きなので、基本的に教師失格な事は出来ないのですよ。」私としては優秀な技術者であるコルベール先生を、出来る限りトリステインから出したくはないのですが。何せ、色々な基幹技術握っているのはコルベール先生ですし、あの人が技術者を辞められる筈も無いので。「そこを何とか乗り越えて、こう…。」「そうなると私にはもう、モンモランシーに依頼するくらいしか思いつかないと言いますか。」キュルケに迫られまくって耐えているものを、よりノウハウの少ない私がどうにか出来るわけが無いではありませんか。私ゃドラえもんではないのですよ。「薬に頼るのは、ツェルプストーの矜持に係わるわ。」「非効率的な発想ですけれども、実にキュルケらしいですね。 謹厳実直な人が多いと言われるゲルマニア人の中では、かなり変わっているのでは?」己の熱情の赴くままに行動するのが、ツェルプストーの家風ですからね。物凄くロマリア的ではあるのですが、古代ロマリア人って今と違って謹厳実直な人が多かったと聞くのですが。丁度、今のゲルマニアみたいな感じだったのでしょうか?なのに古代ロマリアから続くキュルケの家は現代のロマリアみたいな家風…ううむ、謎なのです。「貴方は貴方で、格調と名誉を重んじるトリステイン人なのに、常に効率を考え過ぎな所があるけれどもね。」「一人くらいそういうトリステイン貴族が居ても良いでしょう。 それに私だって、格調と名誉を軽んじているわけではありませんよ?」私としては個人的には格調や名誉より効率優先なのですが、対外的にそれが大事なのも同時に理解していますからね。面倒でもそれが有効ならば、利用する方が効率が良いですし…まあ結局、効率上そう判断しているだけとも言います。「その話はこのくらいにして、辺境伯閣下には直接会っての挨拶も出来ずに心苦しく思っていましたから、是非ともお会いしたいです。 ルイズも近くて遠いお隣の親戚として一回会っておいた方が良いと思いますし…皆で行きましょうか?」…というか、ですね。アンハルト=ツェルプストー辺境伯家の当主と1対1とか、正直怖いのですよ。キュルケのお父上って性豪としても有名で、正妻は数年前に亡くなったものの、他にも何人もお妾さんを囲っている方なのですよね。その上、同じ女好きでもモット伯と違って、恐妻家ではないという…。それどころか、趣味が略奪愛とかそういう傾向という噂も…。私の恐怖が何となくわかっていただけたでしょうか?そう、これから会うのは性的に非常に怖いオッサンなので、二人っきりとか絶対に勘弁なのです。不用意に会ったら、だぶるぴーすとかになっちゃいますよ、だぶるぴーすとかに。「あら残念、ケティをお義母様と呼べるかと思ったのに。」「じ、冗談きついですね、キュルケは。 お…おほほほほほほほ…。」何か残念そうな表情を浮かべるキュルケの態度は、社交上の冗談という事にしておきましょう…。「お父様、ケティたちを連れてきましたわ。 さあ、遠慮なく入って。」キュルケに連れられて、ツェルプストー家の城館内にある謁見の間に私達は通されたのでした。謁見の間という事は、この会見は儀式的意味合いもあるということなのでしょう。「良くぞ無事に参られた。」おそらくこの方がクリスティアン・アウグスト・フォン・アンハルト=ツェルプストー辺境伯。燃えるような赤髪に、背が高くガッチリした体型に、浅黒い肌…うん、これは間違いなくキュルケのお父上なのですね。ちなみに座っているのは玉座ではなく、その下に用意された円卓の椅子。これはおそらく、目下に見るつもりは無いという意思表示なのでしょうが…その配慮に遠慮なく乗ってしまうのも無作法なのです。いちいち用意してあるものに目を配らないといけないのが面倒臭いといえば面倒臭いですが、逆に言うとしっかりと周辺を確認すればヒントを置いてくれているのと一緒なので、慣れれば楽だったりします。「はじめまして、ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢で御座います。 アンハルト=ツェルプストー辺境伯閣下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。」取り敢えず、相手は辺境伯であり私は一介の男爵令嬢に過ぎないので、腰を低くし一礼。「ラ・ロッタ男爵令嬢、私はあまり儀式ぶったのが得意では無くてな。 楽にして貰って良い、勿論、後ろの方々もだ。 改めて、ようこそツェルプストー辺境伯領へ、貴公らを歓迎する。」「ありがとうございます…と、言う事で、楽にして良いですよ、皆。」そう言いながら私が振り返ると、皆がほっとした表情をしています。「では、先ずこちらがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢です。 こちらの家とは因縁浅からぬ仲ですが…。」「御機嫌よう、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールにございます。」ルイズは優雅かつ可憐に一礼して見せたのでした。流石は大貴族といいますか、お母上が余程おっかなかったのでしょうといいますか、一連の動きに一分のブレも隙も無い見事な挨拶。森の中を歩く時に、大木を薙ぎ倒しながら進む人物と一緒だとは思えません。いつもこのくらい御淑やかだったら、色々と楽なのですが…。「おお、そなたがヴァリエールのご息女か。 よく御出でになられた、歓迎しますぞ。」「ありがとうございます、辺境伯閣下。 此の度はわたしの学友の母君を保護していただけると伺い、大変感謝しております。」因縁浅からぬ仲の家同士とは言え、初対面の人物への礼儀は忘れないあたり、やはりルイズもきちんと貴族なのです。いきなり喧嘩売ったりしたら、ヴァリエールの家名にまで傷がつきますからね。「おお、何かスゲエお嬢様みたいだぞ、ルイズ。」「いや実際、スゲエお嬢様でしょう、ルイズは。」ツェルプストー辺境伯と優雅に言葉を交わしているルイズを見てぼそっとつぶやいた才人に、私はそうツッコミを入れたのでした。「ルイズの実家行ったでしょう、凄かったでしょう? お嬢様なのですよ、実際。」「鉄扉蹴り飛ばして砕くようなのがお嬢様かぁ、お嬢様のイメージが砕けるなぁ…あだっ!?」ボヤいていた才人の脳天に、思い切りチョップが入ったのでした。もちろん、その主はピンク色の藻類…もとい、ルイズです。「誰が何時、鉄扉蹴り飛ばして砕いたってのよ!」「え?砕けないか?」「いや…どうだろ、砕けるような気はするけど…。」出来るのですか。貴方はどうなっちゃっているのですか、ルイズ?つ、次行きましょう、次!「そ…それでは次は、こちらのギーシュ・ド・グラモン伯爵公子。 あのグラモン元帥の四男です。」「お初にお目にかかり光栄の至り、ギーシュ・ド・グラモンにございます、辺境伯閣下。」ギーシュもそれなりに優雅に一礼。私みたいな田舎貴族と違って、社交界にも子供の頃からデビューしている人達は一味違います。「グラモン元帥の御子息か、何度かお会いした事があるが、ただひたすらきらきらしく派手な方であった。」「そうでいらっしゃいましたか!父を評してただひたすらきらきらしく派手とは、なんと言うこの上なき賛辞!父もたいそう喜ぶ事でしょう!」えーと、遠まわしどころか直に莫迦にされているような気がするのですが、それで良いのですかギーシュ?それが正解なのですかグラモン家!?そしてそれを知っているとはツェルプストー辺境伯、恐ろしい子ッ!?ええい、次です次っ!モンモランシーならば、いつもは常識人ですし大丈夫でしょう。「次にこちらが、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ伯爵令嬢。 かの《水のモンモランシ》の本家の御息女です。」「御機嫌よう、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシでございますわ、辺境伯閣下。 …で、早速なんですけど、こんな秘薬が御座いますの。お近づきにどうぞ。」モンモランシーは挨拶もそこそこに、辺境伯に丸薬を手渡したのでした。「ふむ…これは?」「辺境伯閣下の健康の為にと思いまして、強壮剤を。 少々の疲れであれば、それを飲んで数分でたちどころに回復いたします。」何で商売モードに入っているのですか、モンモランシー!?そして何なのですか、その商品内容は。辺境伯閣下の趣味をリサーチしてきた、そのぴったりな商品内容はっ!「ほほう…試したのかね?」「はい、おはずかしながら…効果は覿面で御座いましたわ。」何ノリノリになっていやがりますか、このエロ辺境伯は!?そして、恥じらいながらも効果の程を説明するんじゃありませんよモンモランシー!あああああ、何か嫌な汗が出て来ました…良い予感がまるでしないのです。「それはそれは…早速、今晩試してみよう。」「はい、お気に入り頂けたならば、トリステイン魔法学院のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ宛に…え?」辺境伯閣下に腕を捕まれて、びっくりしているモンモランシー。ほら、早速試す気になっているではありませんか、モンモランシーで。「あら、モンモランシーがお義母様になってしまうのかしら? ま、それもありよね。」「えええええええええ!?そそそ、それは困りますわ辺境伯閣下!」キュルケの言葉に、モンモランシーが真っ赤になって何度も首を横に振っています。「ちょちょ、ちょっと待っていただきたい辺境伯閣下!」ギーシュも慌てて乱入。キュルケは面白がりつつも、私にそろそろ止めてやれと視線で送ってきています。…仕方がありません、キュルケのフォローを期待して流れをぶった切りましょう。「辺境伯閣下、モンモランシ伯爵令嬢が無礼を働き大変申し訳ありませんが、お戯れも程々にしていただけないでしょうか? 彼女には既に、そこのグラモン伯爵公子という婚約者がおりますので…。」「うむ!?」まだ婚約はしていませんが、嘘も方便。どーせ結婚するでしょうし、これで押し切っちゃいましょう。私が笑顔で話しかけているのに、辺境伯が何かビビッた表情になっていますが押し切りましょう。「お父様、アマーリエが先程、最近お父様の寵愛が薄れているようで悲しいと言っておりましたわよ? これは愛するものを遍く暖めるツェルプストーの愛に反するのではないでしょうか?」「なんと、そうであったか! ふむ…それはアマーリエにすまない事をした。」これで一瞬にして判断が翻ってしまうのですから、凄いですねツェルプストーの愛。イスラム教の一夫多妻制並みに平等な愛情を要求されるのですか。「それでは、今夜はアマーリエの元に行くとしよう。 フロイライン・モンモランシ…この薬は本当に効くのかね?」「は、はは、はい!そ、それはもちろんで御座います! モンモランシの家名に賭けて、効果を保障いたしますわ!」そんなえっちい薬に、超名門の家名を賭けないで下さいモンモランシー。まあ何にせよ、だぶるぴーすな事態にならなくて一安心ですが。「そそ、それで、効果の程にお気に入りなされましたら、私宛に是非とも注文の手紙を! 何時いかなる場合でも、最高品質の秘薬をお送りいたしますので!」「うむ、わかった。心に留めておこう。」「ああ、ありがとう御座います、辺境伯閣下!」取り敢えずモンモランシーの商魂逞しさだけは、見習わなくてはいけませんね…。「さて、次は…変態ですので、パス。 ではその次…。」「うおおおおおおい!その放置っぷりはどういうことだい!? 実にご馳走様と言わざるを得ないよ、ありがとう!本当に有難う御座います!」金髪のぽっちゃりさんが、土下座する振りして私のスカートの下に入り込もうとしたので、問答無用で蹴り飛ばして頭を踏みつけます。もちろん体重をかけつつ、グリッと踏み躙るのも忘れずに。「…という具合に変態な、マリコルヌ・ド・グランドプレ伯爵公子。 ま、これ以上の説明は要らないですよね。」「ぐふ…無様な姿でお初にお目にかかります。マリコルヌ・ド・グランドプレに御座います…げぼぁ…。」踏みつけられたままで恍惚の表情を浮かべつつ、何かジタバタしながらマリコルヌが挨拶をしています。足を外すとパンツ見られてしまいますし、どうすれば良いのでしょうね、コレ?「これが、かのグランドプレ家か。始めて見たが、なんという清々しいまでの変態っぷり! しかもこの、どんな女性であろうともたちどころに女王様にしてしまうこのテクニック! 流石は次期当主候補と言われるマリコルヌ・ド・グランドプレ伯爵公子である、天晴れ!」ええと、頭の螺子ブッ壊れやがりましたか、この辺境伯?しかも何ですかこの、マリコルヌの事は噂で聞き知っていた的な台詞は?御前は何を言っているのですかと突っ込み入れたいですが、辺境伯ともあろう御方に気安く突っ込むわけにも行かず…ううむ、ジレンマが。「お褒めに預かり光栄の至り…しかし、乙女に冷たくあしらわれつつ踏みつけられるこの立場は、渡しませぬよ?」「ぐぬぬ…なんと羨ましい。」何がぐぬぬですか、何が。しかもあんたも変態かー!?「シャイイイイイン!スパアアアアアアアアアアアアァァァァクゥ!」『ギニャアアアアアアアアアアア!?』私がとうとう我慢の限界に来て発した火と風の複合魔法、雷撃と熱波がマリコルヌともども辺境伯を打ちのめしたのでした。新魔法のお披露目がこんなくだらない場とか、トホホなのですよ。たいむごーずばい。「次は…我が姉、ジゼル・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢に御座います。 一見おっとこまえですが、根は基本的に乙女です。」「誰が男前よ、誰が。 お初にお目にかかります辺境伯閣下、ジゼル・ド・ラ・ロッタで御座います。」ジゼル姉さまが、少し焦げた辺境伯に、優雅に礼をします。「ふぅ…甘美なるひと時。」何で焦げながら賢者モードになっていますかね、この辺境伯?「おっと、済まぬ。 ケティ様の姉であらせられるか。」そして何で、私の呼び方が様付けに…。「は、はい、私は田舎者故にあまり華のある話は出来ませんが、この城館の構造には感動いたしました。 こんな見事な星形城館、初めて見ましたもの。」「ほほう、この城館が星形城館であることに気づきなされたか!」おおう、ジゼル姉さまは城館を褒めるのですか。「はい、上空から見た限りでは見事な左右対称の五角形星形城郭を基本に、半月堡と角堡を組み合わせ魔法や銃弾の射線が効果的に集中するように作られているのが見えました。 武と美を兼ね揃えた、素晴らしい城館だと思います。」ううむ、この世界では最新技術である星形要塞をしっかりと理解しているとは、ジゼル姉さま凄いのです。銃士隊の座学か何かで勉強したのでしょうかね?私も上空から見ましたが、このツェルプストー城館はたっぷりと金をかけて作られたであろう事がわかる見事な星形要塞構造なのです。星形要塞として有名な函館の五稜郭よりも、かなり大規模で立派なものです。星形要塞の最大の特徴は、攻勢側の火砲に耐えつつ、守備側の火砲の威力を最大化するように作られた構造にあります。航空戦力を用いずにこの城館を攻略するのは、困難極まりないでしょうね。「君はとても良く勉強しているようだ。 ふむ…後で、この城館を大改装した時の設計図を幾つか見せてあげよう。」「わあ、本当ですか?ありが…。」「いえいえいえ、それはツェルプストー家の機密ではありませんか。 そのようなものをトリステイン人の我々が見せて貰うわけには行きません。」ジゼル姉さまの言葉を、途中で思い切りぶった切ることにしました。要塞の設計図なんて代物は、本来他国人どころか同国人にだって、それどころか同族にだって秘するべきものです。気安くホイホイ見せて貰えるようなものではありません。「え?だ、だって、辺境伯閣下が…。」「ジゼル姉さま、当家の城館の構造図を把握しているのは誰と誰でしょう?」「勿論それは、お父様とお母様…あっ。」それに気づいて顔を真赤にするジゼル姉様と、急に口笛を吹き始める辺境伯。やっぱりだぶるぴーす的なアレですか。ゆ、油断ならない…ッ!?アーハンブラにて陥ったのとは全く別種の危機に私たちは今襲われています。何と言いますか、下半身的な危機に。「あら?ジゼルをお義母様とお呼びするのも楽しいかなと思ったのだけれども?」キュルケはやはり気づいていましたか。そして、何で止めなかったかといえば、私が止めるのがわかっているからなのですね。私で遊んでいますね、キュルケ…。「申し訳ありませんが、当家は今のところツェルプストー辺境伯家と縁組する予定は御座いません。」「そうか…同じ火系統の家系同士であるし、良い縁組ではないかなと思っていたんだが。」それはそんな気がしますが、だぶるぴーす的展開は駄目なのです。ジゼル姉さまって、好きな人が居るらしいのですよね。あー…男装した私じゃありませんよ、私以外の誰からしいのです。誰なのでしょうね?ギーシュのわけはありませんし、才人にそういう視線を向けている感じもありませんし。マリコルヌという展開は…想像したくないので脳内却下です。本当に、誰なのやら?兎に角、好きな人が居る以上は、その人とくっつけてあげたいではありませんか。結婚云々は、さておくとしても。「さて次は…あれ?才人?」「サイトなら、俺は平民~とか言いながら、逃げて行ったわよ。 自己紹介とか、苦手なんですって!」才人が居ないのでキョロキョロしていると、ルイズにそう言われたのでした。「おにょれ、あの偽平民…。 逃げてしまったようですが、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガというものが居りまして…彼に関してはご存知でしょう?」「おお、あの黒髪の少年が4万殺しのヒラガーなのかね!?」ゲルマニア訛りだと、平賀はヒラガーと発音されるのですね。何か全長999m、全幅8500mの横向きに進む宇宙戦艦作りそうな感じなのです。「はあ…ええっと、まあ、そんなに殺してはいませんが、そのヒラガーで間違いありません。」「しかし、あの軍勢を独りで瓦解させたのであろう? 是非とも、その時の武勇伝を聞かせて欲しかったのだが…。」ああ、あれ以降、才人が良く聞かれる話ですね。「それでしたら私も隣で散々聞いた上に短いので、話せます。」「ほほう…では聞かせてくれ。」「ひとつ言っておくと、才人は吟遊詩人でもなければ己の武を誇るタイプでもありません。 彼があの場所で経験した事柄は《敵を切りながら前進していたら、派手な服装をしている上級指揮官の群れに出くわしたので、全員切ったら敵が逃げ散った》という事だけだそうでして。」才人が言うには《まるで人間を斬っている気がしなかった》のだそうです。土の人形か、はたまたポリゴンで出来たゲームの敵キャラを斬ってるみたいだったとか、そんな事を言っていました。禁忌を犯させる為に、あのガンダールヴのルーンは才人の心に細工をしているようなのです。勿論それは、才人の心を守る為の処置なのですが。「それだけか…強敵との邂逅などは?」「一切無かったそうです。 皆等しく案山子か土くれの人形か、総じてただの的に過ぎなかったと。」勿論、集団対個ですから才人は傷を負っていたらしいのです。デルフリンガーの言う事には、才人は実際一度完全に死んだらしいですし。ですがそれまでの間は、あっという間に傷が塞がり、しかも痛みを感じ難い体質になって、更に心には勇気だけが湧き出で一切の怯懦の入る余地も無い。ガンダールヴのルーンが極限まで発動した結果、生まれた人に死を与える為だけに作られた機械(キリングマシーン)。才人はそんな状態になっていたのだと、デルフリンガーから聞かされています。「強過ぎるではないか…それは。」「強過ぎでもしない限り、あの数を瓦解させるのは無理でしょう。」実際、無茶苦茶です。流石は伝説の使い魔といった所ですが、彼自身は飽く迄も日本で生まれ育った普通の少年なのですよ…。「…才人の話はこれくらいにして、最後の紹介をさせて戴いても宜しいでしょうか?」「あ…ああ、頼む。」最後は勿論、タバサです。「最後に、こちらにおわす御方がシャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公爵令嬢にあらせられます。」「はじめまして辺境伯閣下、シャルロット・エレーヌ・ドルレアンと申します。」タバサが本格的に挨拶するのは初めて見ましたが…ううむ、流石はガリア王家というか、ルイズに負けず劣らぬ優雅な挨拶。今度タバサに、私の挨拶も矯正して貰いましょう。多分、私が一番下手だったでしょうし。「大公爵令嬢、そのような華奢な体で、よくぞ困難を乗り越えてここまでいらして下された。 ここで母君ともども、ゆるりとされるが良かろう。」「はい、ありがとうございます、辺境伯閣下。」タバサは物凄く華奢なので、体が弱いと勘違いされる事が多いのですよね。イヤホント、あの体の何処にあれだけ食べ物が入って、何処からあれだけの筋力を叩き出しているのやら…。「ですが、私はここで友と一休みした後に、トリステインに戻ろうと思っています。」「なんと、母君を残されてか?」タバサが謝辞を述べた後に続けた言葉に、辺境伯がびっくりしています。「え?タバサって、わたし達と一緒にトリステインに戻るの?」ルイズが早速タバサに尋ねています。「ん、お母様の身柄は確保できたから、次は心を奪還する術を探す。」「うーん、そうか、それもそうね。 おし、私も手伝うわ!」タバサの言葉を聞いたルイズは、そう言いながらガッツポーズを作りました。「ガリアの王様殴ればいいんでしょ、何とか成るわよ!」そうなような、何となく違うような、果てしなく違うような。ひとつ言えることは、どうしてそうなった。「えっ!?ええと…。」「私の方に心配そうな視線を向けられても困ります、タバサ。 私もルイズの言動には、果てしない不安を感じています。 こんなんが次期国王でいいのかとか、そんな事を。」「なんでよう!」ルイズがなんでその言葉で安心できると思ったのか、後で小一時間くらい問い詰めてみましょうか…。「まあ兎に角、タバサがその気ならば、私たちは協力を惜しまないという事です。」「そうそう、私の秘薬の知識が必要なら幾らでも貸してあげるから…出世払いでね。」モンモランシーは、欲望丸出しですね。「レディが、しかも姫君が困っているのに、それを見逃したとあってはグラモン家の名折れだからね。 勿論、僕も手を貸すよ!」ギーシュは何が出来るのかわかりませんが、兎に角凄い自信なのです。「取り敢えず踏んづけてください、その小さな足で!」「ん。」タバサは躊躇なく、這いつくばったマリコルヌの頭を踏みつけたのでした。素直なのは良いですが、やらなくて良いですから、そういう事は…。「ありがとうございます、ありがとうございます!何処までも誠心誠意!忠誠込めてお仕えいたします!」そして毎度毎度の事ながらわけがわかりません、この変態は。「才人は…まあ、タバサが困っているなら手助けしてくれるでしょうね。 何と言っても底抜けのお人好しですから。」「ん。サイトは、イーヴァルディだから。」「え、ええ確かに、才人はイーヴァルディになるでしょうね。」むう…才人が何だか何時の間にやら、タバサに全幅の信頼を得ている感が。ええと、タバサにとってイーヴァルディって凄いフラグなのでしょうか、ひょっとして?「辺境伯閣下、シャルロット公女殿下の申し出ですが、受けて頂けるでしょうか?」「ふむ?公女と大公妃をお預かりするという話であったが…。」タバサと母上がセットであればこそというか、政治的価値は主にタバサにありますしね。こう言っちゃなんですが、タバサの母上はガリア王家ではない上に心身喪失状態で、政治的価値は殆ど無いのです。無いのですが…まあ、価値を生み出す事は可能です。「辺境伯閣下、シャルロット殿下はガリア王となられる御方です。」ズバッと確定した形で、言い切ってしまいます。そして私は辺境伯の目を正面からじっと見据えました。「ほう…このゲルマニアまで落ち伸びて来なければならなかった小さな殿下が、かね?」私の言葉に、表情を固くした辺境伯が睨み返してきます。「はい、ガリアは今後間違い無く軍事的に動きます。 そうなれば、ガリアを分断させる為にシャルロット殿下を利用させて頂きます。」タバサの前で、こういう真っ黒な事を言うの正直死ぬ程嫌なのです。とは言え、どう言い繕おうがタバサを今後利用する路線は変わりません。無能王だ何だと言われていますが、ここ数年のガリアの国力は上がりこそすれ下がってはいないのですよ。まともに戦っても勝てるかもしれませんが、それは同時にゲルマニアとガリアに挟まれていて、かつどちらの国の領土でも無い《丁度通りやすい道路》となっているトリステインが、焼け野原になってしまう事を指します。故にトリステインの国土になるべく被害を出さずに勝つ為には、ガリアを一時的に機能不全にする必要があるのです。「君は《友》すら利用するのかね?」「この身は貴族です。 貴族は平時に於いては国を育て、戦時に於いては国を守るべきもの。 それによって日々の糧を得ているのですから、それらは《しなくてはいけない事》です。 その最も《しなくてはいけない事》こそが至上であり、他はその次となります。 《地位の対価は血で贖え》と、私は貴族に説きました。 ならばそれを説いた張本人として、例え支払うべき対価が《友情》であったとしても、《肉親》であったとしても、私が貴族で在り続ける限りは《それ》を何時か己の血で贖う覚悟をして差し出してみせましょう。」本当に出来るかどうかは、その時になってみないと己でも確証は持てませんが。それでも、今この時は間違い無く本気でそう言っていますよ、私は。「王座なんて野暮。欲しくない。 でも戦争が防げないのであれば、それが最短の道。 あの男を止める為に已むを得ないというのであれば、その選択を躊躇う気はない。 ケティに私を利用させるなんて選択をさせる気はない。 私は私を利用する。」タバサは私を庇うようにそう言って、手をギュっと握ってくれました。どうしましょう、感動して何か泣きそうなのです。「成程、公女殿下と男爵令嬢の覚悟の程は理解した…して、確証は?」はい、言われると思っていましたよそれ。「それに関してはこちらの書類を…ここ数年のリュティスの物流に関するざっとした情報を示したものです。」「そ、そんなものを作れるのか!?」この時代の物流量って、正確に把握するの大変ですからね。何せ、商会ごとに単位あたりの量が違いますし。「ざっとした情報であれば、まあ何とかなるものです。 多くなっているのか少なくなっているのかくらいは、調べ上げればわかるものですよ。 そして、ここを見ていただければわかりますが、この数ヶ月で小麦粉、干し肉、火薬、木材といった物資が急激にリュティスに集中し始めています。 別にリュティスの人口が急激に増えたわけでもないのに、流入量だけがひたすら増えています。 また、こちらをご覧ください。」私はもうひとつの書類を辺境伯に手渡しました。「これは、ガリアの大型ドックを持つ造船所の稼働率を示したものですが…去年辺りから新造艦が続々と出来上がっており、空軍が大幅増強中です。 ただでさえ強大なガリアの両用艦隊が、更に強大になりつつあります。 銃や火砲も各鍛冶場にて急激に量産中であり、陸軍も間違い無く増強されています。 これらはアルビオンの革命に対応するためという大義名分の元に行われていましたが、これが今も続いているのです。 アルビオンの革命騒ぎは疾うの昔に終わったというのに…です。」「ムウ…これが本当ならば…。」私の説明を聞いて、辺境伯は緊張した面持ちで唸るように一言、そう言ったのでした。これだけの情報を渡せば、誰だって戦争の準備であると気づきます。「はい、ガリアは何処かと戦争をする準備をしているという事です。 では何処と?ということなのですが、ガリアはかなり前からエルフと何らかの協定を結んでいるようなのです。 その証がシャルロット殿下の母上を狂わせた水の秘薬…あれは、間違いなくエルフの手によるもの。 そうでしたね、モンモランシー?」私はそう言って、モンモランシーに話を振りました。ここに戻ってくるまでに、モンモランシーにタバサの母上がどういう状態で心を狂わされているのか調べて貰ったのですよね。「あ、はい。シャルロット殿下の母君から血を取らせていただいて、そこから強い水の精霊の力を検出いたしました。 水の精霊の何らかの働きによって、心を狂わせているようです。 しかもその方法はとても高度なもので、このハルキゲニアのどの水メイジであっても解除不可能である事くらいしかわかりませんでした。 どのような水の秘薬であっても、同じ水メイジならば時間をかければその効果を解くことができます。 これはどの水メイジに聞いても10人が10人、胸を張ってそう答えるでしょう。 しかしコレは、それが出来ないのです。 そしてエルフが作ったとされる秘薬の類は、同じく効果が解けない事が過去の資料や伝承で知られています。 故に、シャルロット殿下の母君の心を狂わせたのは、エルフの秘薬であると断定してほぼ間違いないと考えます。」「そしてそれをジョゼフ王が使ったこと、更にシャルロット殿下救出の際にエルフが出現して妨害した事などから考えるに、ガリアはエルフと協定を結んでいる事はほぼ間違いないと言えます。 恐らく、相互不可侵の協定程度は結ばれているのではないかと、そう考えられます。 アルビオンでもなければエルフ相手でもない…ではガリアの戦力は何処に差し向けられるのか、ということなのです。」ハルケギニアの国で、ガリアがあらん限りの大兵力を用意して戦わねばならない国などありません。ただし、複数の国を同時に相手にする場合は、話が別となります。「トリステインと、ゲルマニアが相手…と言いたいのか?」「恐らく、ロマリアも。」辺境伯の言葉に、私はそう補足を入れました。「…ジュリオ・チェザーレにでもなるつもりか、あの無能王は? 征服したとしても、叛乱が頻発して収める事など出来ぬぞ。」「意図はわかりませんが、能力的にはそれを目指しているという風に見えます。」まあこれらは私が知っている知識から逆算して、情報を調べあげさせた結果なのですが。ちなみに、ジョゼフ王は全然後先考えていません。これから行われるであろうガリア軍への動員体制をずっと続けたら、さしもの大国ガリアでも数年で財政が完全に干上がってしまうでしょう。まあ数年持つのが、既にとんでもないのですが。「分かった…この件は皇帝閣下にもお伝え申し上げる。 正直な話この情報だけでも、公女殿下の母君の身をお預かりするには十分な対価だ。」辺境伯はそう言うと、額を抑えて座り込んでしまいました。「ありがとうございます、辺境伯閣下。」「うむ、兎に角今日から数日間は、皆疲れをとるためにここで休んで行かれるが宜しい。」これでゲルマニアとタバサの母君の身柄の安全は何とかなりましたかね…。私は大きく溜息を吐いて、胸を撫で下ろしたのでした。