「美味しかったわ、ありがとう。 久々にまともな食事にありついたって感じね。」トリステイン女王アンリエッタは、そう言って満足そうに頷いた。ここはトリステイン南部にあるラ・ヴァリエール公爵の城館である。彼女はルイズ達の出迎えの為に、お忍びでこの地までやってきていた。「ま、まともな食事に久々に、でありますか?」ピエール・ロラン・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵は、久々のちょっとした休暇にご満悦なアンリエッタの言葉に、ぎょっとして声をかける。それはそうだろう。女王ともあろうものが《まともな食事にありついたのが久しぶり》などと言えば、誰だって驚く。「ええ、最近食べたものと言えば、サンドウィッチでしょ、それからサンドウィッチでしょ、そしてサンドウィッチ。 後はお菓子を包んだガレットくらいかしら?」アンリエッタは左手で食べながら、右手で仕事が出来る料理しか食べていなかったようだ。このワーカホリックなジャンクフード女王をまともな食生活に戻そうと、家臣達が強制的に休暇を取らせた事を誰が責められようか。マザリーニ枢機卿以下全員の心は《若いからまだ何とかなっているが、陛下に長期休暇を取らせないといい加減拙い》で一つだった。表向きは戦勝パレードで軍艦を貸してくれた事に対するお礼を述べにという公務だし、ルイズ達をこっそり出迎えて貴族に復帰させるという裏の公務もあるのだが、裏の裏の事情としてはアンリエッタに長期休暇を取らせる事が第一だった。「サンドウィッチで、誰のせいだか大体わかりました。 ・・・マリーの仕業か。」ヴァリエール公爵は、そう言って眉間を押さえ溜め息を吐く。「マリーが作ってくれたのを食べた事があるが、サンドウィッチは確かに美味しいし、仕事をしながらでも食べられるからなぁ・・・。」「サンドウィッチという名前で、特定余裕だったわ。」カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人も、ヴァリエール公爵に続いて大きく溜め息を吐いた。「・・・そういえばあの娘、過去に行って昔の卿達に合った事があるのだったわね。」「はい、色々な冒険をしたものです。 マリーは私が魔法衛士隊に入隊した時には、既に会計士として堂々と入隊済みでした。 しかも会計士なのに、普通に私達衛士と一緒に活動していましたし・・・。」カリーヌは、アンリエッタにそう言いながらふと気づいたような表情になる。「・・・そう言えばマリーって何時頃、魔法衛士隊に入ったのかしら?」「君と出会う前日だよ、カリン。 ヴィヴィアン隊長代理が連れてきたんだ。 そうアレは、妙に霧の濃い朝だった・・・。」ヴァリエール公爵は、そう言って感慨深げに瞼を閉じる。思い出そうと思えば、今もはっきりと思い出せる。その光景に思いを馳せつつ。「ど~も~♪」ヴァリエール公爵がまだ若く、とある理由でサンドリオンと名乗っていた頃に、その子狸みたいな少女は現れた。あまり背は高くないが、顔立ちを見るに17~18歳くらいで、あと胸が結構御立派である・・・じっと胸を見るのも失礼なので、サンドリオンは視線を少女の顔に戻した。「ええとヴィヴィアン殿、このレディは?」魔法衛士隊の事実上の事務所と化しているジェーヴル男爵邸の執務室に登庁したサンドリオンは、魔法衛士隊隊長代理であるヴィヴィアン・ド・ジェーヴル男爵公女に、そのにこやかに手を振る狸娘の説明を求める「お、サンドリオン、朝からきちんと登庁とは結構な事だな? この娘は新しく雇った会計係だ。 父の代わりに様々な調整を行った上に会計までやっていたのでは、私は何時か過労で死んでしまうのではないかと思っていたからな。 住居の紹介と不正に手を染めない程度の給金をくれれば喜んで働くと、酒場で雑談ついでに売り込んできたから拾ってきた。 ゲルマニア人でな、名前は・・・。」「マリア・アントニア・フォン・エステルライヒと申します。 灰被り(サンドリオン)殿でしたか?宜しくお願いいたします。」そう言うと、少女は優雅に一礼をしてみせる。ゲルマニア人だというのにガリア式のとても優雅な礼だったために、サンドリオンは一瞬びっくりし、同時に見惚れてしまった。「え?あ、ああ、よろしく頼むミス・エステルライヒ。」幼い頃に見た聖女の絵程ではないが中々に美しい娘であり、とある事件以降生涯不犯を誓ったサンドリオンでも少々ドキッとするような仕草だったのだ。「ああ、マリーで結構なのですよ。 エステルライヒとか、トリステインの方々には少々呼び難い発音でしょうし。」「それは有難いな。正直な話、君たちの言葉を我々が発音しようとすると、舌がもつれそうになる。 それはそうと、実に優雅な礼だった。教師が良かったのだろうね、一瞬見惚れてしまったよ。」サンドリオンがそう褒めると、マリーは誇らしげな笑顔を浮かべた。「ありがとうございます。この礼は、ガリアの友人から教えて貰ったものなのですよ。 教えは厳しかったですが褒めて戴ける程なら、必死に何度も訓練した甲斐があったというものです。」この時マリーは《見惚れるとか、ヴァリエール公爵がまかり間違えて私とくっついて、私がルイズの母とかになったら、とんでもないタイムパラドクスが起こっちゃいますね・・・》とか、内心少々怯えていた。まあわかっていると思うが、このマリーがケティである。ケティではあるが、ややこしいのでこの時代の表記はマリーとする。「おはよう諸君!今日も元気に・・・お仕えさせて下さいいいいいいぃぃぃぃぃっ!?」「誰の親だか一瞬で判明したわあああああぁぁぁっ!」サンドリオンとマリーが話している間に、いかつい巨漢が執務室に入ってきたなり這いつくばってマリーの足に縋り付くが、マリーも慣れた仕草でそれを素早く振り払って巨漢の頭を踏みつけた。勿論、最後にグリっと踏み躙るのを忘れない。「ウッはアアアァァァァ!踏みつけるだけでなく、踏み躙っていただいた! ありがとうございます!これで俺はあと10年戦える!」「変態!変態!変態!」「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます! 踏み躙りながらなじって戴ける!この至高の幸せ!ああ始祖ブリミルよ、感謝致します!」一瞬で執務室内の空気が面妖なものへと変化していた。ついでに言うと、こんな状況で感謝されてもブリミルも困るだろう。「・・・あの、この変態は何者ですか?」「何か、すっごくあしらい慣れてなかったか? あと、親がどうとか・・・。」巨漢の名を尋ねるマリーに、一部始終を見ていたサンドリオンがおずおずと質問を返した。「気のせいです。」「いやでも・・・。」「気のせいです。エントでもドリアードでも良いですが、気のせいなのです。」マリーが物凄く迫力のある笑顔で言外に聞くなと言ってきたので、サンドリオンは質問を諦めた。「・・・で、この変態の名前は?」「バッカス。見ての通り、高貴なる美少女に誠心誠意仕える事が至上の人生課題でね。 貴族の美少女に出会うと、所構わず仕えようとする奇怪な習性がある。」「本当に奇怪な習性ですね・・・。」マリーはそう言って、額を抑えた。「やあやあ、これは素敵なお嬢さん! バッカスを踏んづけつつ、何の御用かね?」そんな声がしたので、マリーはその方向に振り向く。「うお、眩しっ!?」それを直視してしまったマリーは、思わず変な声を上げてしまう。「眩しいとはまさに僕の為にある言葉! 美しいお嬢さんのお褒めに預かり光栄の至り! ああ、今日は朝から本当に良い日だ。」バッカスが開け放ったままになっていた扉から入ってきた男は、歩くミラーボールみたいな男だった。彼が着ているそれは何というか、常軌を逸した《服のようなもの》なのだ。スパンコールが編み込まれたギンギラギンのマントに、同じく紫のスパンコールとラメが施されたシャツ。そして赤のスパンコールが施されたズボン。それが執務室に入ってきた爽やかな朝の太陽光を目一杯反射して部屋中に白と紫と赤の光を反射させている。歩くミラーボールというか、マツケンサンバというか、兎に角眩し過ぎてひたすら目が眩み、顔もまともに見られない。《ただひたすらきらきらしく派手》としか、言い様のない状態である。マリー・・・ケティは、そういう形容をされた人物評を聞いた事があった。そして大いに納得したのだった。ギーシュはアレでも、一族内では地味な方だったのだなと。「こ、この異常に眩しい御方は?」「こ・・・こいつは、ナルシス。 こういう方向性のお洒落に命すら賭けているアレな男だ。」カーテンを閉めてナルシスに当たる日射量を減らしつつ、サンドリオンはそう言う。サンドリオンも、やはり眩しかったようだ。「ど、どうもはじめまして、ナルシス殿。」「お初にお目にかかる、愛と美の伝道師にして騎士のナルシスと申します。 このような美しい御嬢さんにお目にかかれて光栄の至り。 この後予定が無いのであれば、お茶でもいかがかね?」薄暗くなった部屋の中で、それでもキラキラと輝きつつ、ナルシスは気障っぽく一礼した。そして、ナルシスに当たる光の量が下がった為に、ようやくマリーはナルシスの容貌を確認出来たのだった。輝くような金髪と非常に整った容貌、更に化粧までする事で怪しい美しさを醸し出している・・・のだが、服が煌びやか過ぎて全然目立っていなかった。「あー・・・何というか、色々と残念な男、略して色男といった感じなのですね。」「初対面から酷いな君は!? 僕のこの美を理解しないとは!」マリーの一言に、ナルシスはかなりショックを受けたようだ。よろよろとよろめいて、壁に手をついた。「すいません、どう見ても私の趣味には合わない格好なもので。」「ふ・・・ふふふ、地味なゲルマニア人には、僕の美的センスはわからないか。」地味なゲルマニア人とか言われても、マリーはゲルマニア人では無いし、そもそも自身が一見地味なキャラである事をあまり気にしていない。むしろ地味な事を利用して、隠密行動とかをしようとするタイプの人間である。故にダメージゼロであった。「はい、すいません。何分田舎者でして。」「い、田舎者では仕方が無いね。」「はい、仕方がありません。 ナルシス殿の服装が眩し過ぎて不快なのは、私が垢抜けない田舎者故なのです。」「ならば良し、はっはっはっはっは!」能天気に笑い始めるナルシスと、のほほんと微笑むマリーを見て、サンドリオンは《ああ、我が友ナルシスよ。君は今、完全に彼女の玩具になっているぞ》と思いつつ、心の中でひっそりと泣く。「彼女は暫く私の家に住み込みで働いて貰う事になっている。 後からやってきた二人にも話しておくと、彼女は魔法衛士隊の会計係だ。 算術の腕は私も確認したが、かなりのものだった。」「しかし、いきなり雇った人物に、隊の財布を預けるんですか?」魔法衛士隊きっての実力者にして問題児の3人が揃ったのを確認してマリーに関する説明を再開したヴィヴィアンに、サンドリオンは当初から感じていたそんな疑問をぶつける。「まさか!いくら私でもそんな事はせんよ。 信頼出来ると判断するまでは、隊の金は今まで通り私が管理する。 彼女が先ずするのは、帳簿上の数字の管理だけだ。」「それを聞いて安心しました。 ヴィヴィアン殿は時々直感でとんでもない決定をするか・・・ら。 ああ、いや、失礼・・・ゲフンゲフン。」サンドリオンは時折とんでもなく気紛れな人事を行うヴィヴィアンの行動について話をしようとしたが、言い始めた途端に彼女の目が攻撃的に細められていったので、途中で咳払いして無かったことにした。傾いている魔法衛士隊を何とか束ねる女傑という事もあり、彼女は中々おっかないのである。そしてその夜、仕事が終わった後に3人は、同じく仕事が終わったのか大きく背伸びをしているマリーを見つけて声をかけた。「マリー殿!」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」声をかけたが、返事がない。「マリー殿!マリー殿!」「ほへ?あ、ああ、サンドリオン殿達でしたか。」何度か呼ぶと、マリーはようやく自分の事だと気づいたのか振り返り、笑顔を浮かべる。「何の用なのですか?」「マリー殿は会計とはいえ我が隊の新入りだから、我々で歓迎会をしようと思ってね。」《歓迎会⇒だぶるぴーす展開》などという不埒な思考が一瞬マリーの脳内を過ぎったが、いやいや流石にこの三人はそんな事はしないと思い直して首を思い切り何度も横に振る。「あ、駄目か・・・。」首を思い切り横に振ったのを思い切り拒絶されたと勘違いして、3人は肩を落とした。「ま、まあ、僕たち3人とも男だしな、警戒するよな、年頃の娘としては。」「仕方が無い、男3人で寂しく呑みに行くか・・・。」「え?あ、いや、違いますっ! ちょっと考え事をしていたのですよ。」マリーは気を落として背を丸くしている3人を慌てて引き留める。「新入りをいきなり歓迎してくれるとか、こっちからお願いしたいくらいなのです!」「おお!それは良かった!」バッカスはそう言うと、満面の笑みを浮かべる。そして徐ろに乗馬鞭をマリーに手渡す。「俺は椅子になるんで、存分にお座りください。 そして座り心地が悪ければ、出来の悪い椅子にお仕置きを!」「絶対に座りません。」バッカスの満面の笑みと変態発言を、マリーは笑顔で拒否したのだった。「では・・・マリーの仲間入りを祝して・・・。」『かんぱーい!』4人は《洞窟の松明亭》という酒場にて、ささやかな歓迎会を開いていた。「あらサンドリオン、今日は奮発してるわねー。」酒場の給仕娘が、親しげな様子でサンドリオンに話しかけてくる。歓迎会を咄嗟に開くくらいなので、そこそこ通い慣れた店らしい。「ああティルデ、今日は彼女の歓迎会でね。 彼女はマリア・アントニア・フォン・エステルライヒ、君と同じくゲルマニア人だ。」「あはははは!ゲルマニア人たって、私はゲルマニア語苦手だけどね! お父ちゃんがゲルマニアから来たってだけで、私は生まれも育ちもこのトリスタニアだし。」サンドリオンの返答に、ティルデと呼ばれた娘が快活な笑顔で応じた。歳は16歳くらいで顔はなかなか可愛らしい、看板娘といった感じの少女である。先ほどティルデが言った通り、この店の店主はゲルマニア人であり、ゲルマニアの郷土料理がメニューに並ぶ。そのせいか、客にもゲルマニア人が結構多い。勿論、トリステイン人の客も、サンドリオン達のように結構来るのだが。「こんにちはミス・エステルライヒ。 今後ともご贔屓に。」「こんにちはティルデ。そんな畏まらなくても、マリーで良いですよ。」初対面の貴族という事で丁寧に挨拶してきたティルデに、マリーはにこやかにそう告げた。「あら、ありがとうマリー!ゲルマニア語って発音しづらくて。 それにしてもマリーはゲルマニア人なのに、物凄くトリステイン語の発音が良いのね。」「ありがとう、知り合いのトリステイン人から教わったのですよ。」教わるも何も、めっちゃネイティブなのだが、マリーは笑顔でさらっと嘘を吐く。【それじゃあゲルマニア語は?】【そりゃもうゲルマニア人ですから、普通に喋れますけれども・・・?】咄嗟にゲルマニア語で話しかけてきたティルデに、マリーも流暢なゲルマニア語で返す。「んー・・・訛りから察するに、ゲルマニアのかなり南の方の人と見た。」「ええ、我が故郷エステルライヒは、ゲルマニア南部にあります。」「やった!大当たり!」カバーストーリーはマリーが昔作ったものの一つで、余程南部ゲルマニアに詳しくないと見ぬくのは難しいだろう。・・・とはいえ、時代が《新し過ぎる》のが、少々の不安材料ではあったが。「な・・・何でゲルマニア語まで駆使した高度な探りあいになっているんだ・・・?」サンドリオンが、不思議そうにマリーに尋ねてきた。「それはもう何と言いますか・・・ゲルマニアの乙女の嗜みですかね?」「そうね、生まれ当てはゲルマニア女の嗜み・・・ま、お母ちゃんがよくやっているのを真似てみただけだけど。」「妙な風習だな・・・。」2人の言葉に、サンドリオンは呆れた声でそう言った。「・・・おかしい。僕のように美しい男がこの老け顔の男と一緒に寂しく酒を飲んでいるのに、何故サンドリオンが女に挟まれて楽しそうにキャッキャウフフと会話しているのか・・・。」?」マリーとティルデとサンドリオンが話す一方で、ナルシスが首を傾げていた。その服は相も変わらず店の蝋燭の光をあちこちに乱反射して、酒場をムード歌謡ショーみたいな空間に変えていた。「うーん・・・そうですねえ。」「うおっ!?マリー、いつの間に?」ナルシスが考え込んでいる間に、マリーがあちらから抜けてきたようだ。今はサンドリオンとティルデが、何かを話している状況である。「やっぱり、その美的センスのボタンを数個掛け違えたような、ぶっちゃけ有り得な~い・・・な服が悪いような気がするのですが?」「ま~だ言うのかねマリー、このゲルマニアの田舎者!」その言葉に、店のあちこちから冷たい視線が突き刺さる。先程も書いた通り、この店はトリスタニアのゲルマニア人が、故郷の味を食いに来る店なのだ。「はいはい、田舎者ですよ~。」「君には誇りというものが無いのかね? 僕は罵倒したのだがね・・・。」「田舎者である事に、特に負い目や引け目を感じていないので。 田舎者と言われても、それは私にとって事実の指摘に過ぎないのですよ・・・あ、この酢キャベツ美味しい。」そしてゲルマニアはその土地の大半が、凄く田舎である。何せ、元々はハルケギニアでは無かった地域であり、征服され開拓されてハルケギニアになった土地なのだ。故に、しょっちゅう田舎者呼ばわりされるのが、ゲルマニア人だったりする。ちなみに彼女はゲルマニア出身ではないがド田舎生まれであり、そんなド田舎な故郷を愛している。故に田舎者呼ばわりされても怒らない・・・謎の大魔境呼ばわりされると、少々落ち込むが。「マリー殿の言う通りだな。お前の美的センスはおかしいぞ、ナルシス。」「君はマリーがそう言っているから、追随しているだけだろう?」「全くもってその通りだが、それがどうかしたか?」「常々思っていた事だが、君は発想や発言が全く揺るがないね・・・。」全く気にしないマリーと脊椎反射的にマリーに追随するバッカスの言動に、ナルシスは負けたというように突っ伏した。「・・・それはそれとして、不犯の誓いをしているサンドリオンが一番女の子にモテるというのは、気に食わないわけだが。」「それには俺も同意する。」ナルシスの言葉に、バッカスも頷いている。「おいおい、俺は別にモテているわけじゃあないぞ、アレはだな・・・。」「サンドリオン殿は無害だから、女性に安全な生き物として扱われているのですよね?」 ティルデと話し終えたサンドリオンが弁明するのを遮って、マリーが説明する。「ちょっと遺憾な話だが、その通りだ。 不犯の誓いをしているからと言って、男としての私はまた別なんだが。」「サンドリオン殿はモテるのに、不犯の誓いがあるから手を出せない。 サンドリオン殿と親しくしている女性は、男女のやり取りをしても最終的に手を出してこないから、安心してやり取りだけが出来る。 ・・・ま、もっとも、そういうやり取りをしているうちに、何とかサンドリオン殿を落としたくなる女性も居るのではないかとは思いますが。 例えば、ヴィヴィアン殿が時折色仕掛けじみた事をしてくるとか・・・そういう素振りはありませんか?」のんびりとコップでタルブ産のワインを飲みつつ、マリーはサンドリオンに微笑みかけた。「ぶほっ!?げほ・・・げほっ・・・!」」サンドリオンはそれを聞いて動揺し、軽くワインを噴いてしまった。ヴィヴィアンの彼に対する態度には、少々心当たりがあったのである。『あるのか!?』「い、いやいや、アレはたぶん俺をからかっているんだと思うぞ、うん。」ヴィヴィアンがサンドリオンに色仕掛けっぽい事をしてくる時は、大抵サンドリオンを何か油断させようと画策している時だった。それ以上の揺さぶりは一切無い・・・とサンドリオンは思っているので、彼はマリーの指摘を否定した。「あらあら~・・・結論としては、サンドリオン殿はやっぱりモテるという事になりますね。 しかもモテるのに、恐らく意識的無意識的に係わらず、片っ端からフッているという・・・。」「なんかより酷い分析になっているんだが!?」納得いかないという表情を浮かべて、サンドリオンがマリーに抗議する。「酷い男だな、女の敵だな、サンドリオン。」「サンドリオンに、僕も女にモテる秘訣とかを学びたいものだよ。」しかし、バッカスとナルシスはマリーの側についてしまった。そんな薄情な親友に、サンドリオンは更に抗議の声を上げる。「お前は十分女にモテるだろうナルシス! あとバッカスは、マリーの言う事に追随しているだけだな?」「モテる事に限度は要らないのさ、何せ僕は美の探究者だからね。」ナルシスは気障っぽくポーズをとりながら、迷う事無くそう告げる。勿論、動くたびに服が光を乱反射して眩しい。「勿論その通りだ!俺は全ての高貴な美少女の下僕だからな! わっはっはっはっは!」バッカスはそう言って笑う。その様は豪快だが、言っている事はまるっきり変態だった。「おほほほほ、これで上がりですね・・・。」「んごぁっ・・・!?」1時間程が経った頃、店に来ていたゲルマニア人に誘われてカード博打を始めた4人。最初の頃はマリーたちが優勢だったが、途中からゲルマニア人が優勢・・・になったのも束の間、マリーが『倍プッシュルールにしましょう』と言い出した途端に、凄まじい勢いでゲルマニア人達が負けていた。「さて次も、倍プッシュで行きましょう。 次勝てば、20万エキューになりますね。」マリーはニタリと、悪魔も泣きながら逃げ出しそうな笑顔で、ゲルマニア人たちを誘う。「お・・・おいおいマリー・・・これはもう払える金額では無いぞ?」「そろそろ解放してあげようではないかね?「大丈夫なのです。町中の金融業者から借りれば、私達に払う事だけは出来ますよ。 まあもっとも、その後どうなるかは知りませんが。」ゲルマニア人たちの負け金額は膨らみに膨らみ、既に裕福な大貴族の総資産をもとっくに越していて、どう考えても野良メイジな彼らに支払える額ではない。そんな返せる筈の無い金額を町中の金融業者からかき集めたと知れたら、彼らは金貸しによって集って八つ裂きにされるだろう。「そうそう、マリー殿の言う通り。 というわけで・・・町中の金融業者から借りてでも払えやゴルアァァァ!」「ややこしくなるから追随するな、バッカスゥゥゥゥゥッ!」バッカスは考えるのを既に放棄していたが、まあこれは放置である。「ま・・・待てや姉ちゃん。あんた・・・イカサマやってるだろ!?」「・・・イカサマだと証明する方法が、一体何処に?」実は、最初にイカサマを仕掛けたのはゲルマニア人たちだったりする。彼らは細工を施したカードで最初はサンドリオン達を乗せ、乗った所で一気に引っ繰り返して根こそぎふんだくろうとしたのである・・・結果は、マリー達に再逆転されてコテンパンにされているが。「例えば・・・。」マリーはそう言うと短い呪文を呟く。「エア・カッター。」その言葉と同時に放たれた風の刃が、ゲルマニア人たちの上着の裾を切り裂く。それと同時に、細工されたカードがはらはらと舞い降りた。「な、何しやがる!?」「貴方たちがイカサマを仕掛けてきた・・・という証拠であれば、このように存在しますが?」その様子を見て、店中の客の視線がゲルマニア人たちに突き刺さった。何せ、今までもこの店で彼らにカード博打で負けた者が結構居たのである。イカサマをやったとすれば一回では無い・・・つまり、他の客も騙されたと考えるのが普通である。「なっ・・・こ、これは罠だ! だって先程まで出せなかった・・・ハッ!?」「何で喋ってやがる!?」「バカかお前・・・っ!?」「あはー・・・語るに落ちる。ご苦労様でした♪」マリーはそう言って、優雅に一礼した。そして、サンドリオン達3人の方を向く。「さて、ここに魔法衛士隊の正規隊員が3人います。 そしてここに、イカサマ賭博をした犯罪者が3人います・・・つまり、逮捕ー!」『合点承知!』マリーの号令にサンドリオン達は杖を抜くと、素早くブレイドを唱えて構えた。「魔法衛士隊にイカサマ賭博を仕掛けるとは、随分と舐めた真似をしてくれたな?」「御上にも慈悲はあるのだ・・・神妙にお縄につき給えよ?」「細かい理由はどうでも良い!マリー殿が犯罪者だと言うなら、お前らは犯罪者だ!御用だ!」3人三様に宣言し、ゲルマニア人達に迫って行く。「ぐっ・・・逃げろっ!」ゲルマニア人達は、店から一目散に逃げ出した。そんな彼らの道を塞ごうとした者が居たが・・・。「店の被害を最小限に収めたいので、逃がしてあげて下さい!」というマリーの声に、中断した。「追いかけますよ!ティルデ、請求は魔法衛士隊宛でジェーヴル男爵邸まで持って来てください! 箒も借りますよ!」「わかったわ!」逃げるゲルマニア人達を追いかけ、4人はそれを追いかけている。「フライ!」マリーは女性でかつ足があまり早くないので、箒で飛んで追いかける事にした。「無駄な抵抗はやめなさーい!ただちに逃げるのを止め、地面にうつぶせになって両手を頭の後ろで組みなさーい!」「わ、わけのわからん事を!」「くそっ!あいつら魔法衛士隊だったのか!?」魔法衛士隊は王都トリスタニアの治安維持も任務の一つとなっている。王の警護任務をユニコーン隊に分捕られた為に、別に仕事が無いと何もしない部隊になってしまうからだ。「はい、これまでなのです。」細い路地を逃げまわるゲルマニア人達だったが、そんな彼らの目の前に一人の少女がふわりと箒で降り立った。少々茶色がかった前髪パッツンな長い髪の毛に、ちょっとタレ目がちで眠そうな顔の狸っぽい少女・・・つまりマリーである。「グッ・・・よくも、よくもやってくれたな。 同胞のくせにトリステイン人の男と仲良くしやがって! 一体あいつらの誰の上で腰振ってるんだか知らねえが、この恥知らずめが!」「今日、初めて会ったばかりの職場の同僚とそんな関係になる程、私は貞操観念に欠けてはいません。 まあそれは兎に角として・・・なのです。 こんな種明かしをしてみましょう・・・ぱらぱらー。」マリーはそう言うと同時に、袖からカードを出してばら撒く。そして言葉を続けた。「このカード、《洞窟の松明亭》に行く前に、暇潰し用に1セット買い求めたものです。 これは今、このトリスタニアで一番売れているデザインのカードなのですよね。 だから、複数同じカードを用意して、イカサマ用の小細工するのも容易かった・・・でしょう? お陰様で、私も小細工し返すのが楽でした。」「こ・・・このアマ・・・。」「すいません、ハッタリとイカサマは私の得意分野でして。」そう言いながらマリーが杖を振ると、彼女の頭上に大きな火球が姿を現した。「い、何時呪文をを唱えた!?」「ああ・・・すいません、時間稼ぎも得意分野なのを忘れていたのです。」日も沈み、薄暗い細い通りで、火球の光に照らされながら、少女はにこにこと微笑む。「魔法を使っていながら、メイジは魔法が何であるかをまるで理解していません。 その気になれば、呪文なんて定型通りに唱えなくても魔法は使えるというのに・・・嘆かわしい事だと思いませんか?」「な、何を言っているんだ、お前は?」魔法を使う際に呪文は不可欠であり、これをきちんと唱えられなければ魔法もまたきちんと発動しない・・・という事になっている。何せ、教会の伝えるブリミルの聖書でも、そう書かれている常識なのだ。悪党でも知っている常識の類を・・・それをこのマリーは今サラッと否定したのだった。「何の為にどうして、呪文を唱えねばならないのか? それがわからないのであれば、それはそれで結構。 その間、私はこうやってズルが出来ます・・・ファイアーボール!」飛来する火球を避けようと3人は思い思いに逃げようとしたが。「炸裂!」マリーの言葉に反応して、火球は白い光を放つと同時に炸裂する。『う、うわあああああぁぁぁぁっ!?』ゲルマニア人達は、悲鳴を上げながら熱波と爆風に吹き飛ばされたのだった。「な、なんだぁ!?」「一体なんだね、今の爆発は!?」ゲルマニア人達を追っていた3人は、突如大爆発した路地裏に仰天した。何せ、マリーが先行して向かっていたのである・・・そして魔法衛士隊には、最近不幸が絶えない。ジェーヴル隊長が病に倒れ、隊員が決闘に敗れたり何かの戦いに敗れて死亡し、闇討ちされてけが人や死者を出し、ある隊員などは右足に左足を引っ掛けてこけて頭打って死亡したりと、本当に不幸続きなのだ。「と、とにかく現場に向かうぞ!」『おう!』サンドリオンの言葉に頷き、慌ててその路地裏に向かった3人だったが・・・。「捕まえちゃいました☆」『待てい。』そこには髪の毛がアフロになったゲルマニア人3人が伸びていた。服はボロボロになり所々煤けているが、命に別状はなさそうだ。「ええと、先程の大爆発は・・・マリーが?」「久々の荒事だったので、ちょっと奮発してみました。」ペロッと舌を出してマリーは照れるが、煙燻り人が倒れる裏路地では逆に怖い。ゲルマニア人も髪の毛がボンバーな感じになって、服がボロボロな以外は問題無さそうなのも不思議である。「先程までの魔法を見て、僕ぁてっきりマリーは風のラインかなぁと思っていたんだが。」「そうですね、風の系統はラインなのです。」恐る恐る聞き返すナルシスに、マリーはそうぼかして答える。「あー・・・マリー殿、火の系統は? ちなみに俺は、火のトライアングルなんだが。」「火の系統はスクウェアですよ。」直球で尋ねたバッカスに、マリーはニッコリと微笑んだまま驚きの答えを返してきた。『な、なんだってー!』3人は驚きの声を上げた。数ある系統の中でも特に広範囲攻撃が得意な属性である火の系統。風の系統のように器用な攻撃は苦手だが、火の系統というだけあって兎に角火力がピカ一なのだ。そのスクウェアといえば、街の一区画を纏めて灰燼へと帰す事が出来るだの何だのと言われている。「んなっ・・・何でそんなとんでもないメイジが、うちで会計士なんかやっているんだよ!?」「そうは言っても、このトリステインでは女性は軍務に就けないではありませんか。 幸い会計の経験がありましたし、日々の糧を得るには最適かなと。」びっくりして尋ねるサンドリオンに、マリーはのほほんと返答する。「ゲルマニアに戻れば、軍務に就けるではないかね?」「私、基本的に荒事向きじゃあ無いのですよ。 軍人なんてまっぴら御免です。」ナルシスの問いに、路地裏ふっ飛ばした娘がワケの分からない返答をした。『嘘つけえええぇぇぇぇぇぇっ!』3人の若者のツッコミが、トリスタニアの路地裏に響き渡る。カリンが魔法衛士隊へと来る前日に入隊した会計士マリーの1日目は、そんな感じに終わったのであった。「・・・とまあ、こんな事があったのだよ。」「ヴィーヴィーが何か疲れた顔をしていたのは、そのせいだったのね…。」カリーヌは、懐かしそうに一部始終を語ったヴァリエール公の話を聞いて、呆れ顔で額を抑えた。自分よりも遥かに上手くやってはいるが、どう聞いてもツッコミどころ満載だったからだ。「私も出会ってから結構振り回されたけれども、貴方達も苦労していたのね、ピエール。」カリーヌも結構色々な目に遭わされたらしい、ご愁傷さまであった。「全く・・・過去で散々貴方達を振り回したのに、お母様には何で全然干渉してくれなかったのよ、あの娘は。」「それは・・・仕方がないと言いますか。」カリーヌはアンリエッタの言葉に、苦笑を浮かべる。「マリアンヌ様は、私が性別を偽るために恋人のフリをしてくれていたマリーの事が大嫌いでしたから・・・。」「ああ・・・そう言えば昔、お母様が初恋の人を性悪で狸みたいなゲルマニア人に取られただの何だの言っていたわね。 あれって、ケティの事だったの・・・そういう点で、干渉はされていたわけね。」アンリエッタはそう言いながら、溜め息を吐いた。「狸みたいって時点で、ケティと気づくべきだったわね。 まあ・・・それは置いておいて、シャルロット殿下を乗せたフォルヴェルツ号が数日中にこの館に来ます。」「我が館の港にて彼らを下ろし、陛下が乗って来られたアステール号にて王都までこっそり連れ帰るわけですな。」ヴァリエール公はそう言って頷いた。「ええ・・・その間は、こちらの館でのんびりさせて貰う事にするわ。 忠臣達の思惑に乗って仕事を休んで、マザリーニ枢機卿にダイエットさせてあげなきゃね。」アンリエッタは思考が鈍るからと呑むのを止めていた食後のワインを久々に楽しみつつ、楽しそうに笑うのだった。