1992年8月18日 1330 黒竜江省 依安基地南西15km 戦術機演習区域
≪CPより各隊。これより異機種間戦闘模擬戦を行う。
使用区域はエリアD101から、F205。 高度制限は100。 搭乗者保護レベル下限はB+までとする。
補給ユニットの使用は無し。 制限時間は1800秒 勝敗はDEAD OR LIVE方式
各隊4機編成。 装備構成は選択自由。 宜しいか?≫
『フラッグ01。了解。』
「ゲイヴォルグD01、了解。」
≪では。 コンバットオープン、マイナス10・・・5、4、3、2、1、レッツ・ダンス!≫
さぁ、いよいよ開幕だ。
腸が震え、喉が鳴る。 これは恐怖だ。 BETAと対峙した時の。
そして、俺はこの恐怖を楽しむ。 楽しんだ後に訪れる、生還の喜びを貪る為に。
『D03よりD01。さて、どうする?』
圭介が回線通信に入って来た。
『相手は曲がりなりにも、帝国の最精鋭達だ。 尋常の手段では打ち勝てぬぞ?』
神楽。
『ワクワクするよねぇ~~。 さぁて、どうやって、おちょくってやろうかしら?』
愛姫。
「・・・俺達は、連中にとってのBETAだ。 その怖さ、思い知らせてやろうぜ?」
知らず、口の端が吊り上る。
圭介も、神楽も、愛姫も。 こいつらみんな、俺と一緒で『キレて』やがった。
『『『――了解っ!』』』
今回、俺と神楽が突撃強襲装備。 圭介が強襲掃討装備。 愛姫が砲撃支援装備。
つまり、俺と神楽は突撃級。 圭介は戦車級を引き連れた要撃級。 愛姫は光線級だ。
さて。
『D04よりD01。 敵前衛2機、遮蔽物を利用しつつ、間を詰めて来たわ。距離800 座標N-22-38 大通りをゆっくり南下中。
後ろに制圧支援装備と、打撃支援装備がフォロー。』
こちらのJ/APG-3AESAはしっかりと向うを捉えている。 だが、『陽炎』は確か1つ前の世代のAPG-63だったな。
あ、くそ。ECMか。 ジャミング影響下の為、レーダーはノイズで真っ白だ。
即座にECCMがアクティブ。 レーダー機能が回復すると同時に、ECMスタート。
「D02、D03。ノイズメーカー、射出。」
『D02、了解』 『D03、了解した』
これで当分は、レーダーと音響センサーは騙せるはずだ。
静粛待機索敵(サイレント・サーチ)。 主機静粛出力でゆっくりと移動する。
脅威対象想定位置を廃墟市街地内に設定。
『D03よりD01。作戦に変更は無いか?』
「D01よりD03。変更無し。」
広域射撃制圧能力に長けた『陽炎』相手に、開けた場所で戦うなんて、馬鹿げている。
主機出力にモノを言わせて、こちらを圧倒する戦術で来られると厄介だ。
ならどうする?
こちらの土俵に乗せてやるまでだ。
92式はF-16直系のCCV機(Control Configured Vehicle:運動能力向上機)だ。
市街戦に持ち込めば、高速・高機動戦闘で向うを圧倒できる。
逆に『陽炎』は旋回性重視の操縦をすれば、静安定性が低下する。
逆もまた然り。静安定性を重視すれば、旋回機動力が低下する。 言ってみれば、疑似突撃級BETAだ。
俺達は廃墟のビル群の陰に。さらにその裏山(と言うより小高い丘)に伏射姿勢待機のD04・愛姫が。
光学センサーからなら、バックアップまで確認できた。
JTIDS(Joint Tactical Information Distribution System:統合戦術情報伝達システム)で、
各機間の索敵結果情報、俺からの戦術指示情報、及び戦術行動指示情報が、リアルタイムで小隊間を網羅する。
『奴ら、馬鹿か? いきなり姿を捕まえさせるなんて。』
『長門。
彼等は≪誇り高い≫第1連隊だ。 その本分は、武士の果し合いだ。
遠距離や中距離の射撃戦は、外法と言った処であろうよ。』
圭介の疑問に、神楽が珍しく侮蔑気味に答える。
『馬鹿ねぇ~~。 折角の≪陽炎≫のアドヴァンテージ、あっさり放棄しちゃって。
そんなの、大昔の蒙古軍襲来の時の武士団じゃない。
BETA相手に、名乗り上げるの? アホらしぃ~。
鉄砲相手に刀じゃ敵わないって、「長篠」ではっきりしてるじゃない。400年も前にさぁ。』
「だったら。400年間忘れていた大事を、思い出させてやろうぜ?
今、距離500。 150まで詰まったら、俺とD02は水平噴射跳躍で打撃攻勢(ストライク・ダッシュ)
50まで耐えろよ? 120mmをありったけ、叩き込んで即時反転離脱。
D03は大通り横の川床(日上げってしまっている)を突進。 その直後に噴射跳躍で弾幕射撃。
D04は敵後衛を機動狙撃。 無理に当てなくても良いい。 連中の支援攻撃を邪魔してくれ。
神楽。悪いが今回、切り合いは無しだ。」
『了解だ。 何、射撃も貴様の嫌味に耐えて、修業したのだ。 成果は有るぞ?』
「俺は剣技の修業に付き合わされて、青痣だらけだけど?」
『綾森少尉に玉のお肌、当分見せる予定は無いんだろ? 直衛。 だったら我慢しとけって。』
「・・・・うるせぇ。」
・・・・・・・・・
『距離、200。』
『・・・静かだと思ったら、愛姫。 貴様が一番任務に集中していたとは・・・』
『・・・緋色? どういう意味よ?』
『ぷっ・・』 「くっくっく・・・」
『そこっ! 笑うなっ! 150!』
「よーし。 主機を戦闘出力まで上げろっ!」
『『『了解っ!』』』
・・・距離130。向こうも気づいた。動きが止まる。
もう少し詰めたかったが、これでも十分だ。 そっちが来ないなら、こちらから行ってやる。 派手になぁっ!!
「コンバット・オープン!」
俺とD02・神楽機が主機最大出力で水平噴射跳躍をかける。 F110-GE-129が咆哮を上げる。
前面に92式追加装甲を斜めに傾斜を付けてかざす。 少しは避弾経始にはなるのだ。
一気に距離を詰める。
110 向こうが射撃を開始した。 だが、一瞬の出来事で、照準が甘い。
100 36mmが追加装甲を掠る。 大丈夫、まだ装甲大破判定じゃない。
90 向こうの2番機が120mmをぶっ放した。 神楽の追加装甲が持っていかれる。 向こうも短距離噴射跳躍で位置を変える。
80 短距離噴射跳躍で急速多角移動。 36mmが掠過する。 避弾経始のお陰で、まだぎりぎり持ち堪えている。
向こうはどうやら静安定性重視の為、旋回性が悪い。 こちらの機動についていけてない。
70 俺も神楽も、高速で短距離噴射跳躍を多用する。 ここまで距離が詰まると、IFFを律儀に作動させていると、咄嗟射撃は苦しいぜ?
60、50!
「ファイアッ!!」
120mmを至近で全弾連射。 IFFなど切ってある。 当たるか当たらないかは、弾に聞いてくれっ!!
同時に川床を突進してきた圭介のD03が噴射跳躍。
両手の2門、背後のガンラックの2門、計4門の突撃砲の36mmを乱射して、弾幕を形成する。
「くっ!」 追加装甲がお釈迦だ! 即座に投げ捨てる。
『バンデット02、キル!』
愛姫が確認した。
相手は、俺か神楽か、どちらかの120mmの直撃を2番機が喰らい、ダウン。
残りはっ!? いたっ! 距離40! こっちに水平噴射跳躍で一気に詰めてくる! 近い!!
俺は即座に短距離後進・逆噴射跳躍をかけ、距離を取ったあと、いきなり今度は前方噴射跳躍をかけた。
マイナスGからプラスGへの急激な変動に、搭乗員保護機能の負荷を越える。
「ぐっ・・・!!」
同時に、圭介が短距離噴射跳躍で多角機動しながら、牽制の乱射を続ける。
相手の機体頭上で、噴射降下。 左跳躍ユニットをパワーオフ。 機体を左に捻り、肩部スラスターに推力をトレードする。
機体は空中で左回りにスピンターンしながら相手の背後上方占位。
相手のデッド6、『後方危険円錐域(ヴァリネラブルコーン)』を支配。 獲った!
36mmを連射!
「げっ!?」
その瞬間、相手の『陽炎』が信じられない機動をした。
俺に向かって、急速後進噴射跳躍! ぶつかるっ!!
咄嗟に機体を更に左に捻りつつ、肩部右スラスターに推力を30%トレード。
上下に向かい合いながら、俺の『疾風』は旋回下降、相手の『陽炎』は急上昇。
相手を視認すると同時に、咄嗟射撃!
「D01! バンデット01キル!」
墜落危険アラートがさっきから、けたたましく鳴っている!
解ってるよっ! 左右跳躍ユニットと、腰部スラスターを全開!
・・・・間に合わなかった。 次の瞬間、俺の『疾風』は着地に失敗。
派手に跳躍ユニットを破損してしまった。
≪CPより、フラッグ01、02、キル。 ゲイヴォルグD01、跳躍ユニット大破。≫
俺が≪フラッグ01≫と、ギリギリの格闘戦をしていた最中、神楽が猛然とダッシュをかける。
今の咄嗟交戦で、神楽機は追加装甲と左腕を持っていかれている。
前方200、敵の打撃支援機。 支援突撃砲の120mmが降り注ぐ。 『陽炎』は言わば射撃制圧に長けた機体だ。
が、神楽は近距離噴射跳躍と、噴射跳躍とを織り交ぜた機動で的を絞らせない。
圭介も最大出力で追随する。
敵が回避機動をとる。 愛姫が機動砲撃をしているのだ。
腰を落ち着けた砲撃支援では無いから、照準は荒い。
「戦場」なら、気にする程の事も無い「嫌がらせ」だ。
命中率は悪いのだから、腰を落ちつければ、吶喊する神楽と圭介の内、どちらかは狙撃できただろう。
だが、良くも悪くも「模範」衛士達にとって、「狙撃される」事は、即座に位置を変える事が「常識」だった。
お陰で、2機は本来なら、キルされているだろう状況下で、両方とも生き残っている。
最奥の制圧支援機から、ALMが降り注ぐ。 最早RUNでしか追随できなくなった俺が、120mmでチャフ弾を放つ。 大して引っ掛からない!
2機がALMの雨の中を突進する。圭介の機体も、右腕を突撃砲ごと持っていかれた。
3機目まで、距離40 左右から挟み込むように、短距離噴射跳躍で位置を変える。
距離20
『D03 ファイア!』 『D02、ファイア!』
2機で残り4門の突撃砲から、36mmの集中砲火を一気に浴びせかける。
『バンデット03、キル!』
神楽がコールする。
次の瞬間、勝負が決まった。
『D04! バンデット04、キル!』
ようやく腰を落ち着けた愛姫が、狙撃を成功させ、制圧支援機を撃破したのだ。
≪CPより各隊。 「フラッグ」全機キル。 「ゲイヴォルグD」D01中破。D02中破、D03中破、D04損傷無し。
状況終了。 「フラッグ」「ゲイヴォルグ」、RTB≫
『・・・フラッグ、了解。RTB』
「ゲイヴォルグD、RTB!」
1500時 ブリーフィングルームで、件の参謀将校が苦虫を潰している。
河惣少佐は、さっぱりした表情だ。
広江大尉は、にやにやしている。
「フラッグ」の連中は、憮然としている。
俺は、隊の「指揮官」として、参謀将校の愚問の矢面に晒されていた。
「・・・・・結果は、ゲイヴォルグ、92式の勝利だ。それは間違いない。
だが、あの戦闘機動は何だったのだ?
ギリギリまで存在を隠し、いきなり飛びかかって、突撃砲を乱射。 その後すぐに離脱
まるで通り魔では無いか? 砲撃支援にしても、飛び跳ねながら撃つから、まともに当たらない。
最後の1発だけだ、まともな狙撃支援は。
あんな戦闘機動で、まともな評価など、下しようはないでは無いかっ!」
参謀将校殿、段々興奮してきたな・・・ しょうが無い。
「はっ! あれは『戦闘』であります!少佐殿!」
「戦闘!?」
「はっ! 対BETA戦闘、特に対人探知能力の低い突撃級を撃破する場合、ギリギリまで主機を落とし、
連中の直近、または背後を取った時点で戦闘出力、攻撃開始、といった戦術を行った事例もあります!」
「むっ・・・」
「また、BETAは必ず突撃級が戦闘で突貫を仕掛けてきます。
その背後の要撃級の周りには、無数の戦車級が存在しており、多角機動で回避しつつ射撃を行う事は、『常識』であります!」
「むぅっ・・・」
「更に! 光線級が存在する場合! 戦闘機動は著しく制限され、支援攻撃も輻射警報で中断、
速やかな位置変更を余議される事は、様々な戦闘事例より明らかであります!」
「くっ!」
「よって。小官は『対BETA』戦闘主力兵器たる、戦術機戦闘模擬戦に於いて!
対BETA戦闘、又はBETAが取りうる戦闘行動を行う様、指示致しました!」
「・・・・解った。もういい!!」
「はっ!」
心の中で舌を出して見せて、席に戻る。
圭介や愛姫、神楽がチラッとこっちを見る。
3人とも、してやったり、と言った表情だ。 勿論、俺もそうだが?
「ふむ。今、いみじくも周防少尉が話したように。戦術機は『対BETA戦闘』の主力兵器だ。
であるなら、その対処機動、BETAの戦闘行動、それを意識しての戦闘機動は、もっともな話だ。
そして、その事を実証した今回の模擬戦は見事、といか言いようがない。
どうかな? 『フラッグ』としては?」
河惣少佐が、ちらりと参謀将校を見やって、「フラッグ」に問いかける。
「今回の模擬戦については、結果が全てを物語っております、少佐殿。
自分達は、近接戦闘、及び、それに先立つ制圧支援。 その手法で挑みました。
対BETA戦に於いて、誤った戦術では無いと考えますし、対戦術機戦闘でも誤判断だとは考えておりません。」
「ん・・」
「・・・しかしながら。 結果はご承知の通り、完敗です。
我々は、状況想定判断を 『訓練通り』 にやり過ぎました。
対して、彼等は実戦から得た経験を基に、柔軟に対応して見せました。」
「ほう。で?」
「また、戦術機の戦闘機動でも大きく違いが有った。
我々は、基本的に水平面機動を主に行いました。 が、彼等は違った。
噴射跳躍、噴射降下。 地形を足場に利用しての多角空間機動。
『陽炎』でも、あそこまでの高機動は実現できませんな。
同じ第2世代機とは言え、機体の設計思想が異なります故。」
「同じ世代機でも、任務・用途が異なるのは、無論だな。」
「それと、戦場での『空間利用』。
成程、確かに光線級は照射のインターバルが12秒。重光線級で24秒。
その間ならば、跳躍空間は『支配』できる。
・・・・我々には、その発想が無かった。」
「では?」
「如何に実戦で揉まれた衛士相手とは言え。
例えば同じ機体に搭乗していたのなら、あそこまでの醜態は晒さなかった、と言っておきます。」
へぇへぇ、俺達は未だヒヨっ子ですよ。
確かに、同じ「疾風」同士だったら、あそこまで機動で引っ掻き回すのは、無理だっただろうな。
まぁ、4対6、いや、3対7位で負けていたかも。
機体性能特性に助けられた部分は大きいよな。
「では。結論として、92式戦術歩行戦闘機『疾風』は、現行で77式『撃震』より各検討事項において優れている、と判断する。
宜しいな? 高宮少佐?」
「・・・・宜しいでしょう。」
(「うっわぁ~~、すっごい不承不承!」)
(「仕方有るまい? ああも気嫌いしていた米国製ベースの機体に、ここまでやられてはな。」)
(「まぁ、スカっとしたよ。これで。」)
3人がひそひそ、と。 ま、俺も同感だ。
やがて検討会は解散。 参謀将校はさっさと退出して行っちまいやがった。
「皆、良く頑張ってくれた。
正直、第1連隊の精鋭相手にあそこまでやれるとは、思ってもみなかったよ。」
河惣少佐が正直な感想を言った。
ま、普通はそうだよな。
「は。今回は奇手が上手く嵌りましたから。」
俺も正直に言う。
「2度目は通じない?」
「今回は相手が全滅ですから、戦訓は持ち帰れません。 だから次も使います。」
「うん。道理だ。」
「言っただろう? 巽。こいつらとて、私が手塩にかけて『扱き抜いて』来た連中だ、とな。」
「・・・・周防少尉、長門少尉、神楽少尉、伊達少尉・・・ 気持は解るが、挫けずに頑張れ、な?」
「「「「・・・・はい・・・・」」」」
「っ!? 貴様ら!!」
広江大尉が憤慨する中、少佐と俺達はお互い顔を見合せて笑った。
正直、後が怖かったけど・・・
その時だった。
『フラッグ』の隊長――大尉だった。が、俺に話しかけてきた。
「君は確か、D01の衛士だったな?」
「はっ。ゲイヴォルグD01、周防直衛少尉で有ります。大尉殿。」
「ん。 私は帝都防衛第1連隊、第1大隊第2中隊長・早坂憲二郎大尉だ。 今日の模擬戦闘、見事だったよ。」
河惣少佐と、広江大尉が面白そうな目で見ている。
「時に。 君が私を撃墜した時の機動だが・・・」
そうか。01、って事は。あの時信じられない機動やらかしたのは、この大尉だったのか。
「何故、機体硬直が発生しなかった?
私は『後方危険円錐域』を支配されたと直感した瞬間に、あの後進噴射跳躍をかけて、君の攻撃を振り切った。
普通なら、あのまま今度はこちらが上方から、機体硬直の起こった君の機体を、存分に蜂の巣に出来た筈なのだが。」
蜂の巣、かよ。 物騒な言い回しだな。
それに、俺が咄嗟によけなかったら、下手したら両機激突だったぞ? ホント・・・
ま、確かに不思議がるよな。 普通なら、機体硬直が発生してしまう。 俺がやったような機動は無理だ。
「挙動制御プログラムを、少々いじってあります。大尉殿。」
「うん?」
「確かに、本来であれば仰る通り、機体硬直が発生して、自分は撃墜されておりました。
実は少し前に、自分の機体の機付き長と相談し、オフセットの変更と、少々手の込んだインターロック・プログラムを追加しました。」
俺は、大尉に修さんに設定して貰った処置の事を説明した。
「・・・・成程な。 確かにそれならば、機体の挙動制御強制イベントは働かない。
演算量増加で、応答性が遅れると言っても、感覚誤差程度だろう。 機体硬直が発生するより、余程実戦向きか。」
「はい。 ですので、今回自分が大尉を撃墜できたのも、最初からアドヴァンテージが有っての事です。」
「謙遜するな。 過ぎれば嫌味だぞ? 少なくとも、『それ』は君が実戦の中で感じ取り、周りと協力して改善した結果だろう?
それは立派に君の『実力』だ。 その結果、私が撃墜されたのならば、それが私と君との差だよ。」
「はっ! 有難うございます!」
「ま、最後は派手に転倒していたようだがな。 はははっ」
「うっ・・・」
ああ、整備の連中の、恨めしい視線を思い出す。
修さんにはこっぴどく、どやされたしな・・・
「その挙動制御改善プログラム、他の機体も装備しているのか?」
河惣少佐が、広江大尉に興味深そうに聞いてきた。
「ああ。最初はウチの中隊で試験搭載していたが。 先週から大隊全機に搭載している。
大隊長に見つかってしまってなぁ。 面白そうだから、大隊で実績検証する、とな。
良好なら、旅団全機に装備する予定だ。」
「河惣少佐。部外者の立場は重々承知の上で、意見具申、させて頂きたいのですが。」
早坂大尉が、畏まって言う。
「ん。どうぞ、大尉。」
「は、有難うご座います。 今回の評価検証対象に、周防少尉考案の改善プログラムも追加すべき、と小官は判断いたします。」
「・・・どのような判断で、ですか? 早坂大尉。」
少佐と大尉。階級は河惣少佐が上だが。 早坂大尉は30代半ばくらいだろう。
俺達とおなじ、訓練校出身者と思える。
流石に年長者、そしてその道の練達者に対する口調は、上官でも丁寧だった。
「まがりなりにも。小官は戦術機に乗り組んで15年です。 技量と経験も、それなりの自負はあります。
部下達も同様。 2人は10年の衛士歴。 最も少ない者でも、8年です。
普通なら、こちらが「撃震」、向こうが「疾風」であったとしても。 100戦して負ける事は有りませんよ。」
うげっ、そこまで言われるかぁ・・・?
圭介、愛姫、神楽も、心外だっ! とばかりに膨れている。
「・・・それが、負けました。 完敗です。
多少の慢心が無かったかと申せば、嘘になりますが。
それを差し引いても、正式任官4か月の新任が打ち勝つと言う事は、異常です。
我々とて、昨年4ヶ月間とは言え、大陸で実戦を経験しておりますので。」
・・・えっ!? 実戦経験者? よく勝てたな、俺達・・・
他の3人も、眼を剝いている。
「まぁ、そうですな。 ウチのヒヨコ共が勝てたのは、一生分の幸運を使い切った為かもしれん。
それに、機体の基本性能の高さと、改善プログラム。そしてこの2つに対する習熟。これは大きい。」
「広江・・・ 貴様、演習前の壮語は何だったのだ?」
「ただの発破だ。」
「なっ!?」
「「「「 はぁ・・・ 」」」」
こう言う人だよ、ウチの中隊長って・・・
話についていけなくて、首を傾げていた早坂大尉が、気を取り直して話し始める。
「改良の余地は、未だ有るようですが。 少なくともコンバット・プルーフされ続けております。
一からOSを開発する訳では無く、現場の部隊対応で即応できるとなれば。
これは是非、ご一考下さいませんか。」
「・・・解りました。私の権限では、正式決定はできませんが。
資料等一式、本土に持ちかえって、包括会議の議題に乗せてみましょう。 そこまでは保証します。」
「「「「「 有難うございますっ 」」」」」
ん? 俺達と早坂大尉、5人同時にユニゾンしてしまった。
思わずお互い顔を見合せ、笑い合う。
現場を知る、叩き上げって人は。
何時になっても向上する事を忘れないんだな。
俺は早坂大尉を見て、「本土の甘ちゃん」等と広江大尉が言っていた言葉じゃない、本物の『凄味』を感じた。
同時に、大尉の竹を割ったような、きっぱりした人柄も好感が持てた。
広江大尉も、指揮官として凄く信頼できる上官だけど、この早坂大尉も戦場では付いて行ける指揮官なのだろうな。
今はまだまだ、「ヒヨコ」な俺だけど。
生き残ったら、この人達みたいになれれば良いな。
そんな事を考えていた。
≪HQよりALL・STATION! コード991発令! 繰り返す、コード991発令!
デフコン1-B! ALL・STATION、エマージェンシー・スタンバイ!≫
唐突に、エマージェンシーアラートが響き渡った。
「コード991!? BETA分布の最新衛星情報では、奴ら当分侵攻は無い予想だったのではないのか!?」
廊下から、参謀将校の間抜けな悲鳴が聞こえる。 まだ居たのか・・・
「・・・・また、地中侵攻かぁ?」
「そうだな。 センサー設置個所によっては、死角もできるし。」
「うむ。 何分、予算不足でもあるしな・・・」
「金の切れ目が、命の切れ目、っての、ヤダなぁ・・・」
俺に圭介、神楽に愛姫だった。
「貴様ら。 くっちゃべってないで、さっさとハンガーに集合だ!」
「「「「 了解っ! 」」」」
俺達は脱兎の如く、ハンガーへ向かった。
「巽。貴様はHQへ詰めていた方が良いだろう。 状況も把握しやすい。」
「・・・・そうだな。そうさせて貰う。」
「勘違いするなよ? 今の貴様の責務は、ウチの連中が残したデータを無事、本土に持ちかえる事だ。」
「解っている。 あの時のような腑抜けにはならんよ。」
「・・・・ふん。ならば、何も言うまい。」
私の期友はそう言い残すと、自分も戦術機ハンガーへ大急ぎで向かって行った。
「我々も、実戦装備に至急換装。 出撃します。」
「早坂大尉? 何も試験小隊まで。」
「実戦でないと、本当に欲しいデータは取れないものですよ。少佐殿。」
「解りました。 高宮少佐へは、私から連絡しておきましょう。」
「は。 お願いします。」
古強者もまた、ハンガーデッキへ向かった。
その姿を見て、私は頼もしさと、一抹の寂寥を感じていた。
1992年8月18日 1520 黒竜江省 依安基地北方 10km 第2防衛ライン付近
既に、北安の第1防衛ラインは突破された。
と言っても、第1防衛ラインには今回は哨戒部隊のみの配置だった為、BETA襲撃の1報を出した後は、尻に帆をかけて戻ってきているが。
南下してきたBETA群は、中央と西方が旅団規模、東方が2個連隊規模。 さして多数では無い。
厄介な光線級が居るが、それでも各戦区に20~30体ほど。重光線級は確認されていない。
これは、少しは楽な戦いができるかな?
俺、周防直衛少尉は、戦闘前の 『幕間』 を紛らわすために、そんな事を考えていた。
≪CPよりゲイヴォルグ。間もなく面制圧砲撃開始します。 進撃BETA数、約6500 突撃級・要撃級の大型種、約700 光線級は24体を確認。
敵前衛は突撃級300 前進速度150km/h 距離15km 本体は前進速度60km/h 距離20km
接敵予定時時刻、前衛とは1526 本隊とは1540
正面に第52師団入ります。 両翼、第108、第119旅団。 制圧砲撃は軍砲撃任務群第1群≫
『思ったより、少ないね。』
美濃少尉が意外そうに呟く。
『何? 楓ぇ。 随分と余裕じゃなぁい? 愛しのBEAT君が少ないの、そんなに寂しいんだぁ?』
愛姫が茶化す。
『なっ。そ、そんなんじゃないよ、愛姫ちゃん!』
『ふんふ~ん? ですとろいやークンの、堅~い突っ込みとか? めでゅーむクンの、荒々しい2本攻めとか?
燃えるんだ? 楓チャン?』
水嶋中尉のお下品攻撃・・・ あ。美濃のやつ、顔が真っ赤だ。
『たんくクンの、マメな愛撫とかもねぇ?』
和泉少尉が悪乗りしてくる。
『あ、るくすクン、明る過ぎよぉ 電気、消して、ね?』
愛姫、お前も染まったなぁ・・・
ほかの女性陣は・・・ 大尉以外は、顔を真っ赤にしている。
『あ~あ~、ほんま、ウチの女どもは。 皆してゲテモノ好きやから・・・』
『木伏中尉! 一緒にしないで頂きたい!』
『水嶋中尉! 品が無さ過ぎです! 紗雪に愛姫ちゃんも!!』
『もう、いや・・・』
あ、神楽と祥子さんがキレた。 三瀬少尉、泣かなくても・・・
でも、いつもと違って、顔を真っ赤にして焦っている辺り、可愛いなぁ・・・ 神楽も何やら、新鮮だ。
≪え、え~と。CPよりゲイヴォルグ? 面制圧開始、3分前です。 それと、今の通信、オープン回線ですから。
大隊だけじゃなくって、旅団司令部まで、流れちゃったわ、よ・・・?≫
『『『 ・・・えっ?・・・』』』
CP・柏崎中尉の言葉に、問題発言3人組が絶句する。 自業自得だ。 これであの3人は、「ゲテモノ好き」決定だな。
にしても、中尉? どうして中隊通信系が、旅団本部にまで?
≪ご、ごめんねぇ? 通信系の切替え、忘れてたのぉ。≫
『・・・柏崎。 CPがそれでどうする、全く・・・
ええいっ! 貴様ら! そのピンクのお脳、とっとと戦場モードに切り替えろっ!』
『『『 イエスッ! マムッ! 』』』
『・・・緊張感が盛り下がるな。』
『・・・同意しますよ、源少尉。』
「・・・あの3人でハイブに放り込んだら。 一晩でBETA共、腹上死するんじゃないか?」
『『・・・有り得る。』』
ウチの中隊、男の影が薄いなぁ・・・
≪・・・こほん。 CPより、ゲイヴォルグ。面制圧砲撃開始、10秒前・・・ 5、4、3、2、1、ナウッ!!≫
一斉に、轟音が生まれた。 空気を切り裂く、狂神の雄叫び。
203mm、155mm、127mm、105mm砲弾、MLRSのロケット弾。
数百門、数百基の火力プラットフォームから弾き出された、死の小道具。
後方から、光線級の迎撃照射が発生する。 だが、数が少ない。 重金属雲が発生する濃度にすら達せず、大半が着弾する。
≪CPよりゲイヴィルグ。面制圧砲撃、威力射撃第2射開始。以降、第5射まで実施。
以後、機甲部隊・第2213機甲中隊と連携せよ。 フレンドリー・コード『ブラックハウンド』
編成は74式3個小隊15両、87式自走高射機関砲1個小隊4両。≫
『ゲイヴォルグリーダー、了解。 ゲイヴォルグ各機、聞いての通りだ。 <お客さん>を上手く客間までお通ししろよ?』
『『『『 了解っ! 』』』』
さぁて。 開幕だ。 どれだけ途中で削れたか解らないけど。
俺達の仕事は、無粋な客はお引き取り願って、「美味しい」客は客間にご案内。
身ぐるみ剥ぎ取るだけだ。 ぼったくりだね。
相変わらず、腸が震える。 喉が引き攣るようだ。 この恐怖は消えないだろうな。
けど、今はその恐怖が待ち遠しい。 さぁ、今日も楽しもうぜっ!!