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No.7678の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 ~第1部 完結~  [samurai](2012/01/15 00:56)
[1] 北満洲編1話[samurai](2009/03/31 02:40)
[2] 北満洲編2話[samurai](2009/04/12 14:43)
[3] 北満洲編‐幕間その1[samurai](2009/04/02 03:33)
[4] 北満洲編‐幕間その2[samurai](2009/04/02 23:49)
[5] 北満洲編-幕間その3[samurai](2009/04/04 02:31)
[6] 北満洲編3話[samurai](2009/04/04 22:33)
[7] 北満洲編4話[samurai](2009/04/05 19:23)
[8] 北満洲編5話[samurai](2009/05/16 17:22)
[9] 北満洲編6話[samurai](2009/04/11 02:17)
[10] 北満洲編7話[samurai](2009/04/12 03:34)
[11] 北満洲編8話[samurai](2009/05/05 23:46)
[12] 北満洲編9話[samurai](2009/04/18 21:28)
[13] 北満洲編10話[samurai](2009/04/18 22:35)
[14] 北満洲編11話[samurai](2009/04/19 01:16)
[15] 北満洲編12話[samurai](2009/04/24 02:55)
[16] 北満洲編13話[samurai](2009/04/25 22:53)
[17] 北満洲編14話[samurai](2009/05/06 00:47)
[18] 北満洲編15話[samurai](2009/05/10 04:08)
[19] 北満洲編16話[samurai](2009/05/10 03:42)
[20] 北満洲編17話―地獄の幕間[samurai](2009/05/13 19:48)
[21] 北満洲編18話[samurai](2009/05/16 03:31)
[22] 北満洲編19話[samurai](2009/05/16 03:59)
[23] ちょっとだけ番外編(バカップル編)[samurai](2009/05/17 03:25)
[24] 北満洲編20話[samurai](2009/05/19 23:48)
[25] 北満洲編21話[samurai](2009/05/20 00:32)
[26] 北満洲編22話[samurai](2009/05/24 02:21)
[27] 北満洲編23話[samurai](2009/05/24 04:25)
[28] 北満洲編最終話[samurai](2009/05/24 03:36)
[29] 設定集(~1993年8月)[samurai](2009/05/24 23:57)
[30] 国連極東編 満州1話[samurai](2009/06/09 02:02)
[31] 国連極東編 番外編・満州夜話[samurai](2009/06/09 02:03)
[32] 国連極東編 満州2話[samurai](2009/06/09 02:03)
[33] 国連極東編 満州3話[samurai](2009/06/09 02:03)
[34] 国連極東編 満州4話[samurai](2009/06/09 02:03)
[35] 国連極東編 満州5話[samurai](2009/06/09 02:04)
[36] 国連極東編 番外編 艦上にて―――或いは、『直衛君、弄られる』[samurai](2009/06/09 02:04)
[37] 国連極東編 満州6話[samurai](2009/06/09 02:04)
[38] 国連極東編 満州7話[samurai](2009/06/09 02:04)
[39] 国連極東編 満州最終話[samurai](2009/06/10 07:33)
[40] けっこう番外編(かなりバカップル編)[samurai](2009/06/12 23:53)
[41] 国連欧州編 英国[samurai](2009/06/14 10:27)
[42] 国連欧州編 イベリア半島1話[samurai](2009/06/17 23:46)
[43] 国連欧州編 イベリア半島2話[samurai](2009/06/18 00:38)
[44] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 1話[samurai](2009/06/20 23:34)
[45] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 2話[samurai](2009/06/21 13:54)
[46] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 3話[samurai](2009/06/26 00:07)
[47] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 4話[samurai](2009/06/28 03:55)
[48] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話[samurai](2009/06/28 10:30)
[49] 国連欧州編 シチリア島1話[samurai](2009/07/01 00:59)
[50] 国連欧州編 シチリア島2話[samurai](2009/07/01 01:28)
[51] 国連欧州編 シチリア島3話[samurai](2009/07/05 00:59)
[52] 国連欧州編 シチリア島4話 ~幕間~[samurai](2009/07/05 22:09)
[53] 国連欧州編 シチリア島5話[samurai](2009/07/10 02:30)
[54] 国連欧州編 シチリア島最終話[samurai](2009/07/11 23:15)
[55] 国連欧州編・設定集(1994年~)[samurai](2009/07/11 23:25)
[56] 外伝 海軍戦術機秘話~序~[samurai](2009/07/13 02:52)
[57] 外伝 海軍戦術機秘話 1話[samurai](2009/07/17 03:06)
[58] 外伝 海軍戦術機秘話 2話[samurai](2009/07/19 18:39)
[59] 外伝 海軍戦術機秘話 3話[samurai](2009/07/21 23:41)
[60] 外伝 海軍戦術機秘話 最終話[samurai](2009/08/13 22:32)
[61] 国連欧州編 北アイルランド[samurai](2009/07/25 17:47)
[62] 国連欧州編 スコットランド1話[samurai](2009/07/27 00:36)
[63] 国連欧州編 スコットランド2話[samurai](2009/07/28 00:28)
[64] 国連米国編 NY1話[samurai](2009/08/01 04:13)
[65] 国連米国編 NY2話[samurai](2009/08/06 00:03)
[66] 祥子編 南満州1話[samurai](2009/08/13 22:31)
[67] 祥子編 南満州2話[samurai](2009/08/17 21:26)
[68] 祥子編 南満州3話[samurai](2009/08/22 19:19)
[69] 祥子編 南満州4話[samurai](2009/08/30 19:03)
[70] 祥子編 南満州5話[samurai](2009/08/28 07:52)
[71] 祥子編 南満州6話 ―幕間―[samurai](2009/08/30 18:45)
[72] 祥子編 南満州7話[samurai](2009/09/06 00:08)
[73] 祥子編 南満州8話[samurai](2009/09/16 23:35)
[74] 祥子編 南満州9話[samurai](2009/09/19 03:15)
[75] 祥子編 南満州10話[samurai](2009/09/21 22:59)
[76] 祥子編 南満州最終話[samurai](2009/09/22 00:42)
[77] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その1[samurai](2009/10/01 23:43)
[78] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その2[samurai](2009/10/01 22:02)
[79] 国連米国編 NY3話[samurai](2009/10/03 13:42)
[80] 国連米国編 NY4話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/11 12:38)
[81] 国連米国編 NY5話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/14 22:32)
[82] 国連米国編 NY最終話~Amazing grace~[samurai](2009/10/17 03:10)
[83] 国連番外編 アラスカ~ユーコンの苦労~[samurai](2009/10/19 21:28)
[84] 国連欧州編 翠華語り~October~[samurai](2009/10/23 22:58)
[85] 国連欧州編 翠華語り~November~[samurai](2009/10/24 15:34)
[86] 国連欧州編 翠華語り~December~[samurai](2009/11/01 23:21)
[87] 国連欧州編 翠華語り~January~[samurai](2009/11/09 00:17)
[88] 国連欧州編 翠華語り~February~[samurai](2009/11/22 03:05)
[89] 国連欧州編 翠華語り~March~[samurai](2009/11/22 03:38)
[90] 国連欧州編 翠華語り~April~[samurai](2009/11/22 04:13)
[91] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 1話[samurai](2009/11/24 00:29)
[92] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 2話[samurai](2009/11/29 02:20)
[93] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 3話[samurai](2009/12/06 22:19)
[94] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・前篇[samurai](2009/12/11 22:37)
[95] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・後篇[samurai](2009/12/12 21:38)
[96] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 5話[samurai](2009/12/13 20:58)
[97] 国連欧州編 最終話[samurai](2009/12/13 23:06)
[98] 帝国編 ~序~[samurai](2009/12/19 05:05)
[99] 帝国編 1話[samurai](2009/12/20 12:06)
[100] 帝国編 2話[samurai](2009/12/24 00:16)
[101] 帝国編 幕間[samurai](2009/12/25 04:22)
[102] 帝国編 3話[samurai](2009/12/30 05:15)
[103] 帝国編 4話[samurai](2010/02/08 02:09)
[104] 帝国編 5話[samurai](2010/02/22 01:03)
[105] 帝国編 6話[samurai](2010/02/22 01:00)
[106] 帝国編 7話[samurai](2010/03/01 00:28)
[107] 帝国編 8話[samurai](2010/03/13 22:53)
[108] 帝国編 9話[samurai](2010/03/23 23:37)
[109] 帝国編 10話[samurai](2010/03/28 00:51)
[110] 帝国編 11話[samurai](2010/04/10 21:22)
[111] 帝国編 12話[samurai](2010/04/18 10:47)
[112] 帝国編 13話[samurai](2010/04/20 23:21)
[113] 帝国編 14話[samurai](2010/05/08 16:34)
[114] 帝国編 15話[samurai](2010/05/15 01:58)
[115] 帝国編 16話[samurai](2010/05/17 23:38)
[116] 帝国編 17話[samurai](2010/05/23 12:56)
[117] 帝国編 18話[samurai](2010/05/30 02:12)
[118] 帝国編 19話[samurai](2010/06/07 22:54)
[119] 帝国編 20話[samurai](2010/06/15 01:06)
[120] 帝国編 21話[samurai](2010/07/04 00:59)
[121] 帝国編 22話 ~第1部 完結~[samurai](2010/07/04 00:52)
[122] 欧州戦線外伝 『周防大尉の受難』[samurai](2009/09/12 02:35)
[123] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~[samurai](2010/12/20 23:16)
[124] 設定集 メカニック編[samurai](2010/12/20 23:18)
[125] 設定集 陸軍編(各国) 追加更新[samurai](2010/05/15 01:57)
[126] 設定集 海軍編(各国) [samurai](2010/05/08 18:23)
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[7678] 帝国編 7話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/01 00:28
1997年2月18日 1400 日本帝国 帝都・京都 内閣総理大臣官邸


「首相閣下、本日は急な面談に関わらず御諒解頂き、感謝の念に堪えません」

一同を代表し、大東亜連合大使であるユディスティラ・マサルディ大使(インドネシア)が笑顔を浮かべ挨拶を行った。
同時に、マサルディ大使と同様の雰囲気を纏った他の壮年の者達も、比較的好意的な雰囲気の笑顔を浮かべている。

「大使閣下、貴方がたとの対談の場を得る事は、日本帝国総理として無上の喜びと致すところであります」

内閣総理大臣・榊是清もまた、目前の男達と同様の表情を浮かべていた。

例え世界が死の滅亡の淵にあって尚、政治と国家外交を司る者は、安易に喜怒哀楽など表わすべきではない。
一見友好的な表情の下に如何様な思惑が有れど、それを悟られるようでは己が責務は果たせないのだ。

今日この日、内閣総理大臣官邸を訪問した海外要人は4名。

大東亜連合大使・ユディスティラ・マサルディ
在日本韓国大使・権慶賢
在日本中国大使・劉永華
在日本台湾大使・馮世楷

昨年成立した大東亜連合にとっては、在日本大使館を今年初めに設立し、その初代大使として着任の挨拶も兼ねる。(外交儀礼上は既に済ませていた)
そして今年早々に総督府が中国共産党政府の受け入れを表明した台湾は、その代償として世界各国との領事業務を行う事を共産党に了解させた。
その海外公館の第1弾として、在米国、在英国台湾大使館と共に、在日本台湾大使館を設立させたのだ。 
中国は在日本中国大使の新任交替が有り、韓国も昨年末に在日本韓国大使の交替が有った。

表向きは、アジア主要各国、地域連合の大使による親善訪問である。 
が、首相官邸付近に張り付いている各国情報機関の人間にとって、そんな表向きの理由など愚者の戯言である。
実際、明治の時代を思わせる重厚な雰囲気を醸し出す官邸応接室に居座る各要人達の口から出る言葉は、特に海の向こうの、とある国家からすれば看過できない内容ばかりであった。

「・・・では、大使閣下方に再度ご確認させて頂く事になりますが、『汎アジア協力機構』 この構想については、各国政府も御諒解、御賛同頂けたと判断して宜しいか?」

「大東亜連合につきましては、その通りとお考え下さい」
「台湾政府、及び台湾総統は、貴国、及び貴国政府の提案する構想に、全面的に賛同するものであります」
「中国共産党、及び政府、そして人民。 貴国の提案に心より賛同する次第」
「韓国政府は、日本政府の提案に基本合意するものであります」

外相・杉原畝慈の確認の言葉に、4人の大使が頷く。 昨年より秘密裏に行われてきた国際共同構想が、1歩前進した瞬間であった。
現在の国連主導で推し進められる国際政治。 その実態は完全なる米国の思惑が優先される。
この事に、特にBETA大戦における前線諸国は深い憂慮を示し続けてきた。
その答えが、欧州のおける『欧州連合』であり、東南アジア諸国が昨年成立させた『大東亜連合』であり、中東諸国の『中東連合』である。

そしてアジアにおいては、中国共産党政府と台湾の国民党政府が統一中華と言う名において、半世紀ぶりに『第3次国共合作』を成立させた。
これは直接的にはBETA侵攻によって国土のほぼ全てを喪失した(僅かに華中・華南に軍事拠点を維持している)中国共産党が、台湾の国民党へ協力を打診した事による。
難民の受け入れ、産業界全般の生産設備の移転、統一軍事組織の再編成、その他社会、軍事全般に渡る協力体制の設立。 但し政治面での完全な融合は為し得ていない。
そして以前より親日的であった台湾を介在しての、日本への難民受け入れ要請。 そして各種援助要請。 日本からも様々に要求が出された。

そして大東亜連合がこの動きに関心を持った。 何故とならば、以前より台湾をその協力圏に引き込もうと交渉していたのだ。
連合の持つ域内人口(4億人を超す)とその労働力。 そこに台湾の持つ産業技術力が加わる事は大きな意味を持つ。

そしてその台湾が正式に日本帝国と国交を樹立したのだ。 日本の持つ技術力、生産力、そして軍事力。
BETA大戦における東南アジア最前線を戦う大東亜連合にとって、台湾、そして日本。 更には日本と協力関係にある韓国。 
この3ヶ国を、『国連主導の枠外』で味方に引き入れる事が出来ると言う事は、望外の成果である。
(共産中国については慎重論も有ったが、昨今の状態を考慮すれば脅威とならないと判断された)


「経済、貿易、産業、流通全般の相互協力。 そして域内関税の完全撤廃」

蔵相・高橋是明が、その福々しい顔に如何にもの笑みを浮かべる。―――内心の、成立後に発生するだろう諸問題はおくびにも出さず。

「更には全面的な軍事同盟。 それを実現する為の統括組織の早期設立・・・ 
まずは、日中韓統合軍事機構と、大東亜連合軍統合作戦本部との連絡会議。 これは半年後を目処で立ち上げる事で、各国軍部は了解としております」

国防相・米内充正海軍予備役大将が、榊首相へ確認する様に報告する。 同時に各国大使も了解の意を示す様に頷いた。

「―――我が帝国政府は、皇帝陛下、摂政政威大将軍殿下、そして日本帝国全臣民を代表し、各国政府の英断に感謝致します」

榊首相が、決して偽りでは無い安堵の表情を浮かべる。

日本帝国にとっても、これは国際政治における大きなアドヴァンテージになる筈であった。
日米安保体制に組み込まれ、身動きもままならない状態でBETA大戦を戦う事を考えれば、少しでも米国の『紐付き』以外の国際カードを有する必要があった。
国連安保理常任理事国と言えど、拒否権が無い日本は同様の豪州を除く他の常任理事各国からは、『米国のおまけ』と看做される事が多々あったからだ。

この構想は実はまだ第1段階で有った。
最終的には、既に経済協定を締結しているオセアニア諸国、豪州、ニュージーランドと言った環太平洋諸国をも網羅した、『環太平洋条約機構』の設立を目指す。

『NAFTA(ナフタ)』―――所謂、北米自由貿易協定。 
『メルコスール』―――所謂、南米南部共同市場。
この2つの自由経済協力圏を組み込んだ『OPAM』―――汎米州機構と、その軍事同盟組織である『PATO』―――汎米州条約機構。
そして南北アメリカ大陸と同じ、BETA大戦での後方地諸国、『AU』―――アフリカ連合。

協調するこの2大後方国家連合とは、必ずしも国家戦略を同じくしない前線国家諸国にとっては、是が非でも実現せねばならなかった。
今回合意に至ったこの構想。 必ずや実現せねばならない。 何よりも、己が生き残る為に。

「―――では、次回より実務者会議に移る事となります。 予定は来月、詳細は外務省、及び国防省より内々に連絡を」

杉原外相の言葉で、その秘密会合は終了した。








「・・・では、何とか前進。 そう言う事ですな? 首相閣下?」

「はい。 閣下には色々とご助力頂き、感謝しております」

来訪客が帰った後、首相官邸を1人の老人が訪ねてきた。
目立たぬ国産の量産車で、随員は運転手1人だけ。 あまりの無防備さに榊首相が驚いた程だ。

「ですが、閣下。 余りここへ来られるのは考えものですぞ? 何しろ、この官邸の周りは各国諜報員の溜り場の一つですからな」

米内国防相がやんわりと諌める。
しかし、海軍部内のみならず、帝国軍全体にその信望の篤い国防相に対してさえ、心配性の後輩を見る様な眼で笑い飛ばす。

「ははは! 僕の様な、既に現役を離れて久しい老いぼれ爺なぞ、誰が気にかけるものかね。
米内君、普段は一言居士の君も、僕への小言に限っては言葉が多い。 少しは議会でその半分もしゃべらんかね?」

軍内における重鎮中の重鎮、米内国防相でさえ、目前の老人にかかってはまだまだ若造扱いだ。 
首相経験者にして、元老、そして元帥海軍大将。―――岡田啓蔵翁にかかっては。

今回の件、諸外国への根回しはこの老人の人脈がモノを言った。
彼自身の人脈、更にそこから繋がる人脈。 特に政・軍関係のそれは想像を絶する。
そして首相経験者として、更には元老院に名を連ねる元老として国内各方面への複雑極まる人脈。
政財界、そして軍部には『黒幕』と称される人物も多いが、それらの者達でさえこの翁の前では小僧っ子扱いである。

「・・・それとだ。 元枢府が煩く言ってきたが、何とかお引き取り願ったよ。 
当代の摂政殿下は僕とは古い馴染みの間柄だけどね、他の五摂家は若い者もいる。 勢いだけは良いからね、ちょっとホネが折れたけどね」

「恐れ入ります」

法制上、帝国の主権は日本帝国皇帝にあり、その国事全権総代は摂政政威大将軍である。
その摂政政威大将軍を輔弼し、更には帝国2大議会の一つ、貴族院の上位立法府であるのが、五摂家当主衆で構成される元枢府。
本来であれば、行政府である内閣への掣肘は出来ないのであるが(行政府に対する監視・監督権は有する)、世界的にも余り例が無い帝国の重層権力構造故に、口を挟む事も多い。

この元枢府、そして摂政政威大将軍に対し一言を与える事が出来る存在が、皇帝の諮問機関でもある元老院。 そこに属する所謂、元老と呼ばれる人々であった。

「まあ、今回の件に対してはね、国内は安心していいよ。 この間、内府(内大臣)と一緒に参内してね。
お上(当代皇帝)御自ら、協力要請の御親書を認め下さるとも仰せであった。 最も、畏れ多いこと故、御手を煩わすに及びません。 そう奏上致した次第だけどね」

―――そこまで行けば、問題は無い。

榊首相、米内国防相、そして杉原外相、高橋蔵相、4人の閣僚は内心で胸を撫で下ろした。
官僚、軍部、経済界、関係各国。 いずれも彼等で押さえてあるが、不安定要素は武家筋と、畏れ多い事ながら皇家筋であったのだ。
しかし―――

「お上の御英慮、畏れ多くも忝く。 臣民一同、明日への歩を得る事でしょう」

「・・・うん、内府にはその様に伝えておくよ。―――ところで、戦地の話は出なかったのかね?」

「今頃は、霞ヶ関で最終決定を纏めております。 おっつけ、市ヶ谷に苦情が殺到するでしょうな」

岡田翁の言葉に、米内国防相が返した言葉。
それは暗に遼東半島からの事実上の撤退開始を示唆していた。―――国連軍太平洋方面総軍司令部の決定とは異なる方向で。













同日 1730 霞ヶ関 統合幕僚総監部


「やはり、駄目かね?」

「駄目ですな、普蘭店では支えきれません。 この際、地形の利を生かせる西の金州まで下がるべきでしょう」

「しかし、それでは大連が指呼の間だ。 脱出も適うまい?」

「大連はもう無理だよ。 脱出船団は西の旅順港に向かわせてある。 それに金州なら渤海と黄海に挟まれて南北の幅は10kmも無い。 艦砲射撃での支援も、全艦艇が行える」

「残弾数は? 陸もそうだが、海もだ」

「陸は既に金州まで引いている。 そこから大連の後背へ移動すれば補給は受けられるよ」

「第3次補給船団が黄海に入った。 戦艦3隻、戦術機母艦6隻への補給・・・ ま、4時間ってところか?」

「おいおい、山東半島の支援はまだ終わってないぞ?」

「あそこは既に終わっているよ。 龍口どころか、既にその先の煙台が落ちた。 今は威海防衛に必死だ。 
そんな所へ非武装の船団を突っ込ませられるか? 既に12万を脱出させた、残りは3万だ」

「防衛戦開始以降、4万は死んだからな。 残った3万を救出するには、それなりの損害も覚悟しなければならない。 艦艇もそうだが、民間徴発の商船もな」

「駄目だ、駄目だ! 運輸省が血相変えて捻じ込んで来るぞ! 
それで無くとも半ば強制徴発だ、運輸省と通産省からは連日、罵声の嵐なんだ。 これ以上の損失は無理だよ」

「海岸線から50km。 地形を考慮すれば、重光線級の見越し距離―――照射認識範囲外はギリギリその辺りだ」

「27海里か・・・ 小型の漁船でも辿り着けるか。 戦術機ならNOEで辿り着けるな。 閣下、では?」

「・・・うむ。 脱出船団は、威海の海岸線50kmの海域で待機。 中韓連合軍の脱出部隊は、ありとあらゆる船舶・手段でもって脱出せよ。
その後に洋上で回収する。 装備は全て捨てさせろ、また造れば良い」












同日 1830 市ヶ谷 日中韓統合軍事機構・日本帝国連絡本部


「我が軍将兵を、見捨てると仰るのですか、大神大佐!」

「見捨てると言ってはおりませんぞ、孫上校(上級中佐) 脱出船団は威海衛沖で待機させております。
ただ、接岸は無理と言っておるのですよ。 既に威海西方15kmまで光線級が出現しておる。 入港時を狙い撃ちにされるのだ、非武装・非装甲の『民間商船』がね」

「しかしッ・・・!」

「孫上校、日本の苦衷も理解しようじゃないか。 彼等は、本来は遼東半島支援だった部隊を半数削ってまで、山東半島支援に回してくれた。
山東の韓中連合軍19万将兵の内、12万が脱出できたのだ・・・ 戦死した者達を除く、残り3万名。 彼等の強運を信じようじゃないか」

「金大領(大佐)・・・」

「大神大佐、貴国の今までの支援、誠に感謝する。 残りは戦場の将兵を信じる以外ないでしょう。
しかし、出来れば、出来る事ならば。 洋上からの攻撃支援は続行願いたいのだが・・・」

「金大領、私は陸軍の者だ。 統合幕僚総監部に身を置くとはいえ、GF(連合艦隊)へ指示する権限は無い・・・ 
が、第3部(作戦局第3部=海上作戦指導)へは、しかと伝えおく」

「感謝する・・・」
















1997年2月19日 1900 日本帝国 副帝都・東京 赤坂見附


その店はちょっと気を付けないと判らない、道を入り込んだ場所にあった。
目立たない背広姿は一見、何処か勤め人に見えなくもない。 だが、そのピンと伸びた背筋、その歩調、民間人にはちょっと見えない。

『Bar "Hermitage"』―――木製の扉をゆっくりと開いて店内に入る。 まだ早い時間故か、客は殆どいない。 1人だけだ。
中年のチーフバーテンダーが近寄り、挨拶する。

「いらっしゃいませ。―――4カ月と10日振りでございます」

「―――そんなになるかい?」

「はい。 ご入院される前の御来店が直近だと。―――ご快復、おめでとうございます」

流石に良い店はスタッフも違う。―――まるで名家の執事を思わせる雰囲気を持つチーフバーテンダーに無言で礼を言い、店内を見渡す。
木目基調の店内装飾と間接照明が合さり、一種幽玄な雰囲気を醸し出している。 
そして磨き上げられた―――アルコールでも―――鈍く輝くカウンターに、探す相手を見つける。

「―――私のカクスは、まだ残っていたね?」

「左様でございます。 山崎蒸留所の18年、お出し致しますか?」

「頼む」

カウンターに近づく。
1人飲んでいる先客は、淡い金髪が照明に照らされプラチナ・ブロンドの様にも見える。―――日本人では無かった。 葉巻を咥えている。

「・・・良い御身分だ。 こんな時間から、清浄さを汚す贅沢を楽しめるとは」

「そう言う君もね。 以前の激務ならば、こんな時間に誘いはしなかった」

二人の男がカウンターに並び座る。 

―――とくとくとく・・・

チーフバーテンダーが、目の前で深い琥珀色の液体をまず銀の計量器へ注ぎ、そしてテイスティンググラスへと注ぐ。

「贅沢なものだ。 オーナーズカクス―――それも昨今貴重な山崎蒸留所の18年。 JIN(日本帝国海軍)は余程の高給取りだね」

「―――ハイランド。 グレン・エルギンの22年。 そんな逸品を飲んでいる奴に言われる筋合いはないな」

グラスを手にし、その鼻腔をくすぐる豊かな芳香を楽しみ―――そっと口を付ける。 たちまち、素晴らしく豊かな味が口の中に広がり、心地よく刺激する。
暫く香りの残滓を楽しみ、そして取り出したシガリロを咥え、火を点ける。

「・・・『キング・エドワード・パナテラ』 珍しいな、君が合衆国産のシガリロを吸うとは。 愛用していたのはオランダの、『ヘンリー・ウィンターマンズ』ではなかったかい?」

「欧州陥落の余波だな、味が落ちた。 それになかなか出回らなくなってね。 致し方なく、さ」

暫くは2人とも無言で、酒とシガーを思う存分、堪能していた。


「・・・で? 今夜呼び付けたのは、まさか単に酒の相手と言う訳ではあるまい?」

「そうだと良かったのにと、心から思っているよ。―――君がアナポリスに留学しに来て以来の付き合いだ。
古い友人と楽しいひと時。 こんなご時世だ、なかなか望めるものじゃないしね」

明らかに欧米系と見えるその白人男性が、ちょっとした含みを持った言い方で用件を切り出す。

「昨日だよ。 大東亜連合、中国、韓国、そして台湾。 これらの大使が首相官邸を訪問したと報告が有った」

「―――それがどうかしたか? 各国大使が我が国の首相官邸を訪問。 外交儀礼的におかしいとは思えないが?」

「単に、彼らだけならね。 その場には他に、この国の杉原外相―――ああ、彼は問題ない。 しかし、あと2人の閣僚が同席していた」

「・・・」

「高橋是明蔵相。 そして、米内充正国防相。 極めつけは、その後に到着した元老の岡田啓蔵翁。―――日本は、安保の枠をはみ出す気なのだろうか?」

微妙な話だった。
少なくとも、言質を取らせる発言は出来ない。―――例え、古くからの友人であろうと。

「―――初耳だな。 知っての通り、僕は最近まで病院でリハビリ中だった身だ。 退院して半月、未だ待命中だ。 復帰はもう半月は後でね。
それにした所で今度は現場の艦隊勤務。 そんな枢機に関わる事など、与り知らぬ事だね」

―――半ば嘘で、半ば本当。

リハビリ中だった事は確かだ。 艦隊勤務も本当の事。
しかし、友人の言った事は前職に有った頃より把握していた。 彼は国防省内の要職にあったのだから。

「僕は何も言わない、これは古い友人としての独り言さ。 詳細については定かではない。 でも、武官室内じゃもっぱらの噂だ。 京都の大使館の方も同じらしい」

東京にある米国大使館付き武官室、その中のNSA分室。 そして京都にある米国大使館内のCIA分室。 それらがやはり嗅ぎつけたと示唆していた。

「・・・僕の独り言はここまでさ、周防直邦帝国海軍大佐。 これ以上は僕の立場が独り言を許さない」

「・・・判っている、ロバート・クナイセン合衆国海軍大佐。 それで充分だ」


ややあって、再びクナイセン大佐が口を開いた。
今度は明確に、合衆国軍人としての声色・口調だった。

「ところで・・・ 日本軍は早々に遼東半島を放棄するようだね?」

「・・・戦況を聞く限り、そうらしいな」

ここからが任務か、そう感じた。 駐在武官―――ミリタリー・アタッシュ。 クナイセン大佐は駐在武官なのだ。
駐在国の軍事戦略・戦術情報の収集は最大の任務であるのだから。

「本日の正午前、山東半島から最後の兵力脱出が完了したと聞いたよ。 残存約3万名。 脱出成功は5056名。 
2万5000名が殿軍となって死んだ。 脱出出来た5056名は、野戦病院の看護婦・・・ 看護兵や整備、補給、通信部隊の少年少女兵達だったそうだ」

「・・・勇者達の魂に、救いあらん事を。 どこでもそうだ、どこでもな。―――で? 本題は何だ?」

会話が途切れる。
暫く、静かにBGMが流れ、アルコールの芳香が漂い、紫煙がたなびく―――

「合衆国の極東防衛戦略は、一気に台湾から対馬海峡のラインに下がったよ」

暗に、大韓民国の陥落を想定した防衛線構築を示唆していた。
本来、合衆国の極東防衛線構想は、台湾から山東半島、黄海を経て遼東半島、そして中韓国境線―――出来れば中国領側―――であった筈なのだ。

しかし山東半島が陥落した。 遼東半島も死守する意思が、当地防衛戦力主力の日本帝国軍には無い。 遼東半島は陥落する。
そうなると、中韓国境線の戦場は朝鮮半島北部4道を主戦場として、韓国の首都・ソウルを含む中部の京畿道までを後背地に含む事となってしまうだろう。

安定した戦略防衛線の構築に為には、どうしても対馬海峡まで下がらざるを得ない。

「判っているのかい? 日本帝国は・・・ そうなれば最早、『対岸の火事』では済まなくなる。 日本本国をも戦場として考えねばならないのだぞ?」

「2年ほど、予想が前倒しになるが。 我々とて、僅かに残った大陸の拠点や半島が永遠に防波堤とはなり得ない事は承知している。
既に本土防衛戦の研究は行われているさ。 ・・・NSAは把握しているだろう?」

「―――必敗。 そういう予想を弾き出している。 合衆国戦力の半数近くを極東で失う訳にはいかない」

「・・・つまり、安保破棄かな?」

知らず、周囲の温度が下がった様な気がした。
微妙と言えば、微妙過ぎる内容。 反対に、この様なオフレコの場でしか話せない内容。

「・・・『Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan』
合衆国と日本帝国との相互協力及び安全保障条約。 その第5条、言えるか? 直邦?」

「・・・『ARTICLE NO.5
Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan
would be dangerous to its own peace and security and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.』―――間違ってはいないな?」

―――翻訳するとこうなる。 
『各締約国は、日本帝国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、
自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危機に対処するよう、行動することを宣言する』


「そうだよ。 『either Party in the territories under the administration of Japan』 これは日本帝国の行政管理下での『両国共』では無いよ。
いずれかの国、すなわち日本帝国の主権に対し治外法権を持つ合衆国の大使館、領事館、それに合衆国軍基地。
そのどれかが一方の『Party』であり、合衆国の治外法権の施設を除いた部分の日本帝国の地区がもう一つの『Party』である、そう定義する事が出来る」

「だとすれば、それらのいずれか一方が自分にとって危険であると認識、『recognizes』した時。 共通の危機、『common danger』に対処する。 そうなるな」

「直邦、そこを勘違いすると拙いぞ。 合衆国の行動は、『common danger』が対象なのだ。
『common danger』 とは、日本帝国内の合衆国の施設と、その他の部分の日本に共通の危機の事だよ」

「・・・つまり、帝国内の合衆国の施設、在日公館や軍事基地とその周辺の帝国の一部地区に対する危機に限定される。 ロバート、意味する所はそうだと?」

合衆国軍が行動する場合は、合衆国憲法に従わねばならないとこの条文では規定されている。
そして合衆国憲法では、在外の合衆国資産―――公館や軍基地が攻撃を受けた時は、自国が攻撃を受けたと看做され自衛行動を許すが、駐留国の防衛まで行う規定はないのだ。

「・・・日米安保は、帝国内における合衆国―――在日米国資産―――の防衛を宣言している。 
それは昔から言われているな。 少なくとも合衆国は、その為に帝国内で軍事行動を取る事が出来る」

「でもね、日本に合衆国軍基地があるために、日本を敵としない合衆国の敵から、日本の一部地区に攻撃を受ける危険が生じる事も考えられる。
批判的な見方をすればこの条約の性質は、対日危機保障条約であるという見方も出来る。―――ああ、判っている、判っているよ、BETAは国で区別なんてしやしない」

詰まる所、合衆国がその防衛戦略の見直し―――戦略的防衛ラインの引き直し―――を行えば、在日米軍の必要性は必ずしもMUST条件では無くなるのだ。
最悪の場合、台湾、南西諸島から小笠原諸島の、『海洋防衛ライン』を引く事も可能だ。


「・・・在日米軍を、引き上げる?」

「昨年だよ、ホワイトハウスの報道官が発表した。 
『米国はどこに居ようと、どこに基地を持とうと、それはそれらの国々から招かれての事だ。
世界のどの米軍基地でも、撤去を求められているとは承知していない。 もし求められれば 恐らく我々は撤退するだろう』―――AFP通信電だね。 建前上はね」

「ふん。 最も、合衆国・・・ いや、米軍自身が戦略的に必要と考える地域で、現地国や現地国民が駐屯に反対した場合には?
駐留と引き換えの経済協力の提案か? あるいはお膝元のパナマやグレナダでやったように、『死の部隊』の投入か?
反対勢力には経済制裁や非公然活動―――スキャンダル暴露や暗殺など―――場合によっては軍事介入か。
そんな妨害をちらつかせて、『アメとムチ』を使って駐留を維持するだろうさ」


結局、話は平行線で終わった。
日本帝国とアメリカ合衆国。 双方は同盟国ではあるが、同盟国だからと言って互いに玉虫色の希望ばかりを妄想出来る訳ではない。
いや、寧ろ互いに身勝手な部分を多く含んだ仮初の協調、それこそが、『同盟』だ。



―――それじゃ、次こそ楽しい酒を飲もう。

そう言って、米国大使館付き武官であるロバート・クナイセン合衆国海軍大佐は店を出て行った。


「・・・なあ、ロバート。 昔の、偉そうな奴が、偉そうに言った言葉が有る。 『戦争は従属ほど負担が重くない』
―――信じられるか? このご時世、この言葉を真に受けている大馬鹿者達が、この国には大勢いる事実を・・・」

BETA相手の戦争に、出口など未だ見い出せていないと言うのに。

彼は愛国者だった。 家族を、友人や知人を、親しい仲間を、そして彼らが住まうこの国を愛していた。
海軍に身を置く者の通例として、皇帝陛下への忠節も持ち合わせている自負も有った。
同時に海軍軍人の通例として、諸外国にも知己が多かった。 この国の特殊性を外から眺める機会も多かったのだ。

「・・・どうすべきかね? 俺は、この国を愛しているのだよ」



暫く独りで酒を飲んでいた彼が、次なる客に気付くのが遅れたのは、単に酒精の為だけでは無かった。

(―――くそ、嫌な気分の時は、勘も鈍るか・・・)

入口に一人の女性が現れた。
コートを預けたその姿は、ワインレッドのドレス姿も相まって誠に夢幻的である。
出来ればもっと気分の良い時に巡り会いたい、そんな女性だったが―――

「―――もう、随分と宜しい様ね?」

「お陰様でね」

その女性がカウンターの隣に座る。
年の頃は彼よりもいくらか年下だ。 いや、実際は彼の妻よりも年下なのだ。

自分のボトルから1杯ご馳走する。

「有難う。―――紳士ね、相変わらず」

「女性と子供と、人生の先達に対しては。 そうありたいと常々思っている。―――で? 何の用かな?」

「ムードを壊さないで。 日本人の悪い癖だわ。―――さっき出て言った紳士は、武官のクナイセン大佐ね?」

「古い友人と飲んでいた。 若い頃、アナポリスに留学していたのだ。―――青春の日々、というやつだな。 君も知っている筈だが?」

その女性はじっと彼を見つめていた。 深い藍の瞳の、深淵の底に引きずり込まれるようなその深みの藍で。

「どうやら、言う必要はない様ね。―――今夜は完全にプライベートで会いに来たのですけれど。
私からは一言だけ。 直邦、関わらないで」

「・・・心配せずとも、私は当分の間、海の上だよ。 ヴィクトリア」


10分後、再び1人になった店内でシガリロを吹かしながら独りごちた。

「・・・帰らざる日々に、乾杯」

周防直邦帝国海軍大佐、ロバート・クナイセン合衆国海軍大佐。
 
19年前、アナポリスに留学した際に気が合い、友人付き合いを始めた2人。 彼等の若かりし頃、そこには1人の女性が共にいた。
ユダヤ系米国人の女子大学生。 明るく、溌剌とした美貌のその彼女に、今にして思えば2人とも、若かったと苦笑するしかない感情を持った事は事実だった。
故国に妻を残していた帝国海軍大尉、新婚早々の合衆国海軍大尉。 だが分別を持っているべき年齢であった事は、お互いにとって幸いだったと言う事か。

―――ヴィクトリア・シャロン・ゴールドマン。

ある日、突然姿を消した彼女。 10年後、中佐になっていた彼の前に再び現れた彼女は、国連軍情報部のヴィクトリア・ラハト少佐と名乗ったものだった。
恐らく、CIAかどこかのアンダーカヴァーなのだろう。 在米日本大使館付き武官を拝命中だった彼にとって、それ以来気の抜けない相手になったものだった。

思い出は還らず。 しかるに胸中に秘めるばかり。 還らざる若かりし日々に杯を傾ける。


「―――しかし。 古巣に顔を出すのも、考えものだな」

多分、自分は餌だろう。 さて、どうやって交わそうか?







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