1997年2月20日 0125 遼東半島 旅順 旅順軍港
サーチライトに照らされた夜の軍港。 作業車両が走り廻り、クレーンが忙しく艦上に荷上げを行う。
周囲には乗艦待ちの将兵が多数、鈴なりになって待機していた。 皆、一様に疲れ果てた表情、そして何も感じないかの様な無表情。
最後の脱出艦隊が出港しようとしていた。
本当なら1時間以上前に最終の船が出ていた予定だったが、海軍側が空荷の戦術機揚陸艦を輸送船に仕立て上げて回航して来てくれたのだ。
1隻あたり2000名程度を収容出来るとして、目前には19隻の揚陸艦が収容作業を行っている。
「・・・これで残るのは、本当に俺達戦術機乗りだけですねぇ」
横で摂津が呟く。
つい1時間半前に大連は放棄された。海軍の面制圧砲撃支援と母艦艦載戦術機部隊の支援の元、陸軍戦術機甲部隊が殿軍となって旅順まで撤退してきたのだ。
今は奇妙な小康状態にある。 BETAは旅順から30km程の場所に固まって、一時的に侵攻を停止していた。
恐らく数が有る程度纏まるまでの一時的な停止だろうが、それでも僅かながらに時間が稼げたのは有り難い。 それに海軍の艦砲射撃も今は補給の為に一時止んでいる。
衛星情報とUAV(信じがたいが、墜されていない)の偵察情報を総合すると、あと1時間程は時間稼ぎできるとの予想だった。
今は第6軍の残存部隊―――戦術機甲部隊が旅順を囲む高地の各所に陣取り、最終防衛線を構築している。
防ぐ為ではない、脱出艦隊が安全圏まで達する為の時間を稼ぐ為だ。
そして俺を含む数名の指揮官は、負傷者・後送者の引き継ぎに立ち会っている所だった。
「最初の出港予定は0150。 最後の艦が離岸するのは0220か。
安全圏の30海里(約55.6km)までは1時間半はかかる。 0400までは死守しなきゃならんな」
「あと2時間半ですね・・・ 保つと思いますか? 中隊長」
「保たさなきゃ連中が死ぬ。 俺達も命をかける意味が無くなる。―――例え中隊と言えない戦力しか残っていないとしても。
大丈夫だ、艦砲射撃は継続してくれる。 出来る限りの偵察情報も入手している。 不意打ちは避けられるだろうさ」
摂津と二人、諸々の打ち合わせを海軍側と行いある程度目処がついた時、見知った顔に再開した。―――良かった、彼女達も無事だったか。
「文怜、君等もようやく脱出だな」
中国軍の朱文怜大尉。 そして彼女の後ろに立つ趙美鳳大尉、韓国軍の朴貞姫大尉と李珠蘭大尉も居る。―――何かバツの悪そうな顔だ。
「文怜、美鳳・・・ 貞姫に珠蘭も。 どうした? そんな景気の悪い顔して」
「景気の悪い顔って・・・ そうじゃなくて、なんだか後ろめたくて」
「・・・何が? 美鳳?」
「ここは遼東よ? 中国よ? なのに私達は脱出して、日本軍の貴方達が残って殿軍を務めるなんて・・・
4野軍司令部は既に洋上に脱出しているし・・・」
「私達はさ、国が・・・ 韓国政府の言っている事がね。
まるで、日本軍が遼東半島の早期撤退を実施したから国境線へのBETAの圧力が強まった、何て言っている様に聞こえるし・・・」
―――ああ、そう言う事か。
ここの所、正直戦闘指揮に一杯一杯で、外野の事など気にしている暇も無かったからな。
「4野軍が人的被害は兎も角、装備の殆どを失っている事は事実だよ、美鳳、文怜。 生身でBETAとはやり合えない。
政府同士の思惑は兎も角、純粋に戦略的・戦術的に見れば遼東での抵抗力低下はそのまま中韓国境線への圧力増大に直結するよ、貞姫、珠蘭」
そう言っても、彼女達の顔色は冴えない。
ふむ―――どうしたものか?
「そんな事・・・ 判っている、私達も。 これでも軍人よ、事実は事実、戦況は戦況と割り切ること位・・・
感情が納得しないのよ。 部下達の前では言えないわ、私達だって貴方と同じ事を言うわ。
でも―――判るでしょう? 長年の戦友でしょう? 私達は・・・」
―――成程。
「だったら―――戦友だったら、少しは信用してくれよ、文怜。 美鳳も」
「でも! ・・・日本軍だって、まともな戦力は無い筈よ・・・」
「そうよ。 精々2個連隊程しか残っていない筈よ・・・」
文怜の言葉も、美鳳の指摘もご尤もだ。 貞姫も珠蘭も無言で頷いている。
―――ええと、何だったかな? 確か以前にどこぞで、ガラの悪い陽気なおっさんに言われたセリフが有ったな・・・
「―――まともな戦力は無い、確かにね。 でも、まだ戦う為の牙は残っているよ。
俺は諦めない。 俺達は諦めない。 死ぬ間際まで、いや、死んでも諦めない。
それが、俺達を信頼して送り出した仲間への礼儀だから。 俺達なら何とかしてくれるって、信頼してくれた仲間への礼儀だから。
―――それを無にはしない。 例え死ぬ事になっても。 最後まで心は折らないよ」
「・・・えっ?」
・・・うわ、ちょっと引いたか?
俺的にはあの時、あのおっさんの言った、あのセリフは結構効いたんだがな・・・
「・・・何だか、随分先に行かれた気分。 ちょっと悔しいな」
「そうね・・・ 悔しいから、追い越してあげるわ。 だから生きて戻って来なさいな、直衛」
文怜と美鳳がそう言い残して艦へと向かって去って行った。
「政府は政府、戦友は戦友。 そう言う事よね」
「実際の話、遼東と山東の韓国軍将兵は感謝しているわ。 その家族もね」
貞姫と珠蘭も最後は笑ってくれた。
―――いや、良かった。
彼女達の後姿を見ながら、そう思った。 本当に。
「・・・で、一部始終を見ていた部外者としては、どんなコメントを言えばいいッスか? 中隊長?」
「的確なコメントを望む」
「思いっきり意訳すればですけど。 『男は何時でも、女の前では見栄を張れ』って事で?」
「良い女に巡り会えよ? 摂津」
「このコメント、綾森大尉には?」
「・・・却下する」
1997年2月20日 0150 遼東半島 旅順市街 第141戦術機甲連隊
廃墟になった民家を勝手に使っている旅団の衛士詰め所。 その中でも中隊長クラス(つまり俺達)が溜まっている部屋が有る。
部屋の空気は些か悪い。 それはそうだろう、これからの激戦を前に陽気で楽しげな雰囲気だったら、その連中は只の気狂いだ。
にしても、しかし・・・
「・・・全く、冗談じゃないよね」
もう何度目かのボヤキが聞こえる。
「・・・何度目? 沙雪。 いい加減にしたら?」
応える声にもやや棘が有る。
「何よ、麻衣子。 だってそうでしょう、私ら、戦力半減になってまで戦ったんだよ。 なのに止めの殿軍? 何? ここで死ねって言うの?」
「仕方無いでしょう!? 中国軍も韓国軍も、もう殆どの装備を喪ったのだもの、生身じゃ戦えない。
機甲も砲兵も半分はやられたわ、ここで脱出しないと本当に『全滅』よ!」
「私らだって、似たようなモンじゃないさ!」
「イライラの八つ当たりしないでよッ! 命令なんだからッ!―――私だって、言いたい事のひとつやふたつ、有るわよッ!!」
・・・珍しい。 和泉さんは兎も角、三瀬さんがここまでイラつくとは。
今は師団本部で最後の作戦会議中。 旅団長以下、大隊長達はその会議に参加している。 もうじき作戦決定だろう。
その間、俺達中隊長クラスはこの旅団詰め所に控えている訳だが。―――空気が悪いの何の。
いつの間にか和泉さんと三瀬さんが言い争いを始めているし・・・
「・・・沙雪! 麻衣子も! いい加減にしなさいよッ!」
―――祥子さん、貴女もですか・・・
「言い合いした所で、状況が変わる訳じゃないでしょ! それよりこんな空気、部下の前に持ち込まないでよねッ!?」
「はンッ! ご立派!―――祥子、アンタ納得してンの!?」
「・・・何をよ!?」
―――怖い・・・
「下手すりゃ、私ら全滅よ!? そこまでして―――命張れるかって聞いてんのよッ! 何の為にッ!?」
―――珍しいな、この3人は昔から仲の良い同期生同士だったけど・・・ ここまでの言い合いは初めて見る。
「・・・じゃ、沙雪さんは戦えないんだ、友軍の為には」
「・・・言うじゃないさ、愛姫?」
―――こら待て、この暴食王。 何故そこで火に油を注ぐ?
「ンじゃ聞くよ・・・ 愛姫、あんたこの数日で何人の部下を喪ったのよ?」
「それがどうかしたんですか・・・?」
「何人!?」
「・・・戦死3名、負傷後送1名」
プイッと顔をそむけて、愛姫が投げやり気味に答える。
「そうよね、私だって2人死なせて、2人負傷させたよ。 私らだけじゃない、ここにいる皆、部下を死なせて、負傷させた!
機体なんて多い中隊で2個小隊、少ない所は5機か6機しかないよッ!―――愛姫、あんた、まだ死なせたい!?」
「―――何言ってんだッ! そんな訳ないじゃんかッ!! 沙雪さん、アンタッ・・・!!」
椅子を蹴って掴みかかろうとする愛姫を、緋色が押し止める。 そしてやや冷たい口調で和泉大尉にむかって言った。
「その言い種は余りに過ぎる、沙雪さん。 愛姫がそんな風に思っているとでも!?
いくら先任でも、言って良い事と悪い事はある! 謝罪して頂きたいッ!」
「・・・沙雪の言い草はあんまりだけど、言いたい気持ちは判る・・・」
「内心は、皆同じでしょうしね・・・」
「麻衣子さん!?―――祥子さんまでッ!!」
―――おいおい、更に雲行きが怪しくなってきたぞ?
「沙雪の言い草は流石に酷かったけど・・・ 愛姫ちゃん、緋色も。 納得できないわよね? どうして私達日本軍が最後まで出血するのか。
どうして増援も無いのか。 せめて海上からの支援くらい増えても良さそうなのに―――黄海には米第7艦隊が展開しているのよ?」
「納得いかない・・・ それを部下に納得さすのは、確かに無理があるわね。 沙雪が言いたいのは、こう言う事でしょ?」
「・・・だったら。 だったら! 今すぐケツまくって逃げ出しなよッ! 沙雪さんも、麻衣子さんも!―――祥子さんもねッ!!」
「―――何ですってぇ!?」
「・・・ッ!!」
「愛姫ちゃんッ・・・!!」
「逃げ出しなよッ! そしたら笑ってやる!―――あの世からでも、笑ってやるッ!!」
「まて! またんか、愛姫! そこまでだ!―――先任達も! 落ち着いて下さい!」
「カッコつけんな、緋色! アンタだって言いたい事のひとつやふたつ、有るでしょうが!」
「ッ・・・! 愛姫、貴様ッ・・・!!」
―――女5人の言い争い。 最早、誰と誰がって訳じゃないな、カオスだ。
と、それまで不思議とその争いに加わっていなかった水嶋大尉が徐に立ち上がって・・・
「・・・ピーチク、パーチク。 小煩いねぇ、この小娘どもは・・・」
―――似つかわしくない程迫力のある、ドスの利いた声と座った目で5人を睨みまわした。
「増援が来ない? 何時もの事だよ。 支援が少ない? 有るだけマシでしょうが。 部下を説得できない? 騙してでもやりな。
―――沙雪、麻衣子、祥子。 アンタら、一体何年指揮官やってんのよ?」
「・・・うっ」
「・・・」
「はあ・・・」
「そっちもだよ。 いちいちガキみたいに盛るんじゃないよ、愛姫。 制止役やるんなら、瞬間沸騰する癖は直すんだね、緋色?」
「ぐ・・・」
「むっ・・・」
―――何だかな。 水嶋大尉が往年の『広江大尉』に見えてきた・・・
「いい加減黙って聞いてりゃ、よくもまぁ・・・ アンタらの部下に同情するよ、こんな情けない上官持ってさ。
―――どの面下げて、先に逝った連中に顔合わす気!? ええ!?」
―――すげ、5人とも一瞬で黙りこくった・・・
「ったく。 少し頭冷やしな・・・ おいこら、男連中。 アンタら何を傍観してんのよ?―――源?」
「―――いえ、十分議論はし尽くしたかと」
「この、ぬらりひょんめ・・・ 長門?」
「君子危うきに近寄らず」
「阿呆。―――周防?」
「水嶋さんは、代弁者です」
「ったく、情けない・・・ こら、木伏ッ!!」
「な、何やッ!? 何でワシなんや!?」
「アンタが面倒見てきた後任連中でしょうが! この情けない男どもはッ! って事は、全部アンタの責任だよッ!!」
「り、理不尽やッ!!」
―――結局、皆同じ事を思っている。 それでも何とか任務を遂行しようとしている。
それでも遣り切れない、でも部下の前ではそんな事はおくびにも出せない。
で、昔からの仲間内で腹の中を吐き出すしかなかったと。
「しかし、ポーカーフェイスの源は兎も角。 周防に長門、お前らえらい落ちついとるのぉ?」
「自分は別に、ポーカーフェイスでは・・・」 「黙れや」
さりげなく文句を言おうとした源さんを、一言で木伏さんが斬り伏せる。
しかし、そう言われてもなぁ・・・ 思わず圭介と顔を見合わせてしまう。
「そう言や、そうだねぇ・・・ 長門は兎も角、周防は何時もなら騒ぎの中心でしょうに・・・」
―――水嶋さん、何気に酷い・・・
「落ち着いているって言うか・・・ まあ、それこそ『何時もの事』かなって」
「ああ、そうだな。 そう言えば、去年の4月より状況はマシかもしれんな。 どうだ、直衛?」
圭介が話を振ってくる。
去年の4月・・・ まだ国連軍で欧州に居た頃か。 4月と言えば・・・ ああ、あれは酷かった。
「・・・ドーヴァー防衛戦か、確かにな。 600機そこそこの戦力で、6万からのBETAの相手を半日やらされた時があったな。
今回は300機弱程度の戦力で、実質2時間程保たせれば良い。 BETAは約3万弱。―――何とかなるんじゃないか?」
戦場で得た教訓―――悲観するより、能天気さの方がマシ。 生き残るにせよ、くたばるにせよ。
絶望するより、石ころ程の小さな希望でも良いからでっち上げてでも喜べ―――つまり、足掻け。
「―――何か、激昂した自分が情けなくなってきたぞ・・・」
「・・・はあ、ヤメ、ヤメ。 なぁ~んか、美味しい所だけ持って行かれちゃったよ」
「確かに、大人気なかったわ・・・」
「そうね、どうかしていたわね―――美弥さんの言う通りかも」
緋色、和泉さん、三瀬さん、祥子もどうやら頭が冷えたか。
―――で、暴食王は?
「・・・直衛のクセに、生意気・・・」
―――すっぱぁーんッ!!
おお! 久々に良い音だ。
「・・・痛ったぁ~ッ!! だから! ポンポン叩くなぁ!!」
「バカを直すショック療法だ。 愛の鞭だと思ってくれ」
「この馬鹿! むかつくぅ~!!」
1997年2月20日 0215 遼東半島 旅順市街 141戦術機甲旅団 第3大隊陣地
「随分騒いでいたようだな。 少し漏れ聞こえていたぞ?」
「若人の切磋琢磨です、大隊長」
「・・・悪かったな、おばさんで」
「・・・ああ、言ってはいけない一言を・・・」
俺で、広江少佐で、源大尉だ。
場所は野外の簡易ハンガー。 見渡せば満身創痍、所々パーツの欠けた戦術機が乱立している。 まともに稼働する機体が兎に角少ないのだ・・・
「広江少佐、機体の保守状況纏まりました」
大隊整備主任の草場信一郎大尉。
俺の昔の兄貴分で、以前にも小隊の整備主任をしていた先任整備下士官だった人だ。
相次ぐ支援部隊の損失、そして規模の拡張を繰り返し整備科将校の数も不足し続けた結果、とうとう大尉にまでなっていやがった・・・
報告書の束を広江少佐に手渡している。 2~3cmは厚みが有るんじゃないか? 目を通すのも嫌になる、それだけ要整備項目が多いと言う事か。
「・・・結論は? 整備主任」
少佐も同じ心境だったか。 詳細をすっ飛ばして結論だけを聞きたがった。
「損傷機は駄目ですな、予備パーツは残っちゃいません。 共食い整備の時間も有りませんし。
92式の予備機は無し、使える機体は金州で使い果たしました。 現在の旅団保有戦術機総数は94機、定数の約半数です」
「・・・損耗率50%か、景気良く失ったモノだな。 そう言えば総予備はどうした? 師団じゃなく、軍団の方のは?」
「軍団が総予備で抱えていた虎の子の94式―――『不知火』は32機しか有りません。 取りあえずウチの師団には12機が配備されます」
「むっ・・・ 『不知火』か。 最新鋭は有り難いが、機種転換訓練も無しか・・・」
「第1、第5、そしてウチの大隊に4機ずつ配備されるそうです」
つまり、来るべき最後の防衛戦では第1大隊と第3大隊、そして第5大隊が主力防衛部隊と言う事か。
「・・・残りの大隊は? 第2と第4は半分ほどしか残っていないぞ?」
重光線級狩りに突入した第2大隊、金州方面で前面に立って戦った第4大隊は酷使で作動不能状態になった機体の比率が高い。
第2大隊の増援に合流した俺と圭介、愛姫の中隊もご同様だ。
最も、話を聞く限りじゃ最新鋭の『不知火』を回して貰えるらしいが―――チクショウ、これから機体データの換装作業か! 時間が有るのか?
結果として山間部のBETA掃討戦に従事していた第1大隊と、拠点防衛に徹した第3、第5大隊の損失が僅かにマシだったと言う事だ。
「脱出用に海軍から回航して貰った戦術機揚陸艦が機体を持ち込んでいましたよ。―――何でかは知りませんがね。
補給本部が気を回したか、それとも何かの手違いか―――持ち込まれた機体は77式ですから」
―――77式。 撃震か。
「・・・何だか、随分と懐かしい気がするね」
横から源さんが小さく呟く。
同感だ、77式―――撃震とは。 92年の・・・6月以来じゃないか? 5年近く搭乗していない機体だ。
「撃震でも何でも構わん。 動いて、BETA共を始末できるのであればな。―――源! 周防! 何を呆けている? 衛士が機体を選り好みできるとでも!?」
「・・・了解です、大隊長」
「撃震も歴とした戦術機ですよね・・・ で、それを第2と第4に?」
源さんと2人して、大隊長のお小言に首をすくめる。
こっちには94式『不知火』。 むこうは77式『撃震』。 随分と性能に差が出たモノだが、逆にこちらは初乗りの機体だ。
『撃震』なら少なくとも訓練課程で練習型には全員が搭乗した経験がある。 指揮官クラスなら1度は『撃震』で戦った事も。
「撃震の揚陸総数は80機。 その内18師団へは14機を廻して貰ったと。―――第2と第4大隊で、機体がオシャカになって遊んでいる衛士の数だけです」
「不知火と併せて、戦える衛士の数だけは何とか都合がついたと言う事か」
「はい。 他は32機を18師団に。 17師団が34機。―――第11軍団は予備の不知火も疾風弐型も使い果たしたそうです。
因みに第2師団は、第6軍の総予備と軍団の総予備、両方から20機の不知火と16機の疾風弐型を廻して貰ったと。
修理完了分込みだそうですが、撃震は無しだそうで。 流石にナンバー師団(1桁番号師団)は・・・」
―――羨ましい。
そんな言葉が出かかった。 流石は帝国陸軍の建軍以来の歴史を誇るエリート師団。
統廃合を繰り返してきた14師団や、独立混成旅団の寄せ集めで再編成された17師団、18師団とは扱いが違う。
しかしながら愚痴を言っても現実は覆らないな。 初乗りの94式でも、古参の撃震でもいい。
何とか補充がついた第14師団戦術機甲部隊―――第141戦術機甲旅団の残存戦力と言うと・・・
「第1大隊が24機、第2大隊22機、第3大隊が24機。 第4と第5も25機・・・ 都合、120機」
広江少佐が各大隊の現状戦力を羅列する。 数だけはそれなりに残っている、だけど・・・
「・・・そのうち、94式が予備から12機、92式は94機、77式が14機。―――バランス悪いですね。
大隊長、これで防衛線中央部を担当ですか?」
「元々の旅団定数は180機です。 損失60機、損耗率33.3%―――戦死傷者の数でもあります。
戦力半減からすれば随分な回復は有り難いですが・・・ それでも損失は3割を超しました。
最も18師団も似たようなもの―――残存115機ですが」
源さんの呆れたような声に、俺も思わず愚痴ってしまう。 まったく、景気良くやられたものだ。
流石に広江少佐も渋い顔だ。 正味4日ほどの戦闘で一時は戦力半減、補充がついた所で30%以上の損失は変わらない。
帝国軍が極東戦線でこれだけの損害を被ったのは、92年の5月以来じゃないか? 『九-六作戦』の時でも、実際の損失はもっと少なかった筈だ。
ああ、93年初頭の『双極作戦』 あれも酷かったが、まだ『撃退した』と言う結果だけは得られた。―――今回は完全に負け戦だ。
「・・・再建が思いやられる。 100機以上の戦力を残しているのは14師団と18師団だけだ。
補充がついたとは言え、2師団は65機、17師団は63機―――乙編成師団だから元々の定数は108機だが、それでも40%前後の損耗率だ、酷い。
第6軍の元々の戦術機定数は792機だぞ?(※第3師団、そして全滅した第11師団は機械化歩兵師団で戦術機部隊を保有しない)
それが残存戦術機は363機、損耗率51.2%―――これで旅順を取り囲む高地群を防衛せねばならんのか・・・」
94式が32機、92式が251機、残る80機が77式。
広江少佐の愚痴も判る。 都市の防衛戦力としては余りに少なすぎる、せめてこの倍は欲しい所だ。
しかも支援攻撃部隊である機甲部隊、砲兵部隊、機械化歩兵部隊は既に洋上へ脱出し始めている。
戦術機と違い、いざという時は飛んで逃げる事も出来ない。 それにこれらの部隊の損害は50%に達した。
しかし少しは慰めも有る。 旅順の周囲の地形は山がちだと言う事だ。 少なくとも防衛戦の初戦では有利に働くだろう。
こちらは山腹を盾に出来るし、戦力配置も平坦地に即応できるよう集中して配置できる。 側面や背面からの逆撃も可能だろう。
問題はどこに防衛の中心を置くかだが・・・
「やはり、軍司令部では北方の水師営からの南下を危惧しているでしょうね」
「だろうな、金州から続く平坦地の終点だからな、水師営は。
でなくば最大戦力の我々14師団を東の二龍山に、次いで戦力の多い18師団を西の椅子山に配備せんよ。
水師営から旅順に向けて南下する街道を、東西の高地から挟撃出来る布陣だ」
源さんが脳裏に戦術地図を開いて戦力配置を確認する。
大隊長も同じく、軍司令部の防衛方針を再確認しているようだ。
俺がそこに他の情報を付け足す。
「それに椅子山への防衛に17師団を北の猿石山―――より標高の高い203高地に。
東の守りの為に2師団を二龍山南部の東鶏冠山に配備―――日露戦争のロシア軍ですか? 我々は・・・」
無意識に左右の暗闇の中で朧気に見える高地を見つめる。
見る程に90.年以上前、この旅順に難攻不落と言わしめた要塞群を築き上げた帝政ロシア軍の防衛構想と似通っている事に気付く。
当時と異なるのは、帝政ロシア軍と違って今の日本帝国軍には満足な防衛戦力が無い事。
そして当時の日本陸軍第3軍と異なり、BETAの大群は損失を無視できるほどの数である事くらいか。
―――ははっ! 何てこった。
今の俺達は明治の歩兵以上の不利な状況下で、時間限定ながら『絶対死守』をしなければならない。
いや、例えが悪いか? さりながら半世紀前の戦争で、太平洋の孤島に潰えて行った昭和の陸軍部隊か?
だけど前者は兎も角、後者と比べると少なくとも救いはある。
弱々しい祖国と同盟国。 絶対絶望的な状況の同砲達。 強大な敵。 そして―――生死を共にした仲間。 愛する、守りたい存在。
俺達は人類の剣と楯として戦える。 そして―――死ねるだろう。
安っぽいヒロイズムだ、冗談じゃない。 しかし戦う者にとってそれ以上に純粋な気分は無いだろう。
「―――中隊を再編成する。 各中隊、5分やる。 10分後に搭乗開始―――整備主任、機体の準備は?」
「―――いつでも」
「―――よし、かかれ!」
「俺に! 中隊長、俺に!」
「お前らじゃ足手まといだろ! 中隊長! 是非、自分に!」
「みんな、何を言っているの!? 私でしょう!?」
―――お前らは、どこぞの欠食児童か何かか?
口々に希望する部下達を見ながら、些か呆れた気分になった事は伏せておこう。
中隊を再編成する為に中隊陣地―――実際は半壊した港付近の民家に辿り着き、部下に内容を告げた途端にこれだった。
現在中隊は、無傷で戦闘可能な衛士を8名抱えている―――俺を含めて。
このなかから2名が不知火に乗り替わる。 1名は既に決まっている、俺自身だ。 あとは・・・
「少し静かにしろ、この中から乗り替わるのは1名だけだ。 1名は既に決定している、俺だ。 さて、残る1名は・・・」
「俺です! 俺、俺!」
「八神! 抜け駆けするな! 自分を! 中隊長!」
「中隊長、私はエレメントですから!」
八神涼平少尉に相田賢吾少尉、そして四宮杏子少尉。 案の定、先任少尉の3名が口々に自薦してきやがった。
「・・・どうするの? 周防少尉は?」
「・・・自選したいですけど、さっき先任達に怒鳴られました」
「・・・何て?」
「・・・『ヒヨっ子の小僧に、機種転換訓練なしでは無理!』って・・・」
ちょっと後ろでC小隊の瀬間薫少尉と、B小隊の周防直秋少尉―――従弟だ―――の2人が小声で話している。
この二人は半期違いの新米同然。 瀬間は昨年4月、直秋は昨年10月の任官―――22期のA卒とB卒だから、最初から除外だけどな。
さて、何時までも自選連中を騒がせておくわけにもいかない。 残された時間は少ない。
「―――だから静かにしろと・・・ 乗り替わりは摂津中尉だ。 それに伴って改めて中隊を再編成する。
前衛小隊と後衛小隊に振り分ける。 前衛は俺の直率とする。 摂津中尉、四宮少尉、周防少尉、この4名だ。
後衛小隊は最上中尉が指揮。 相田少尉、八神少尉、瀬間少尉の4名―――制圧支援は無しだ、強襲重視で編成する。
俺と摂津の乗っていた機体は瀬間少尉と周防少尉が乗れ、今整備班が大急ぎで挙動制御データの換装を行っている。
―――恨めしい顔しても決定は覆らんぞ?」
俺と摂津で突撃前衛エレメントを。 本職の摂津に、俺も元々は突撃前衛上がりだ。
前衛経験の有る四宮と、元から前衛小隊の直秋のエレメントはそれをフォローする強襲前衛。
本来なら中隊長が突撃前衛も如何なものか、とは思ったが。 いかんせんB小隊は摂津と直秋しか残っていない―――1名戦死、1名負傷。
本音を言えば、久々に突撃前衛に復帰したかったのだ。 それを別にしてもまだ数カ月のキャリアしかない新米の直秋に、この状況下では突撃前衛は厳しい。
四宮に子守りを押し付けて―――恨めしそうに睨まれたが―――でも、現状ではこれがベターな編成だと思う。
広江少佐と源さんの中隊が支援重視の編成をやってくれる手筈になっていた。 おのずと俺の中隊は前衛重視の編成になる。
文句を垂れる先任少尉3名を無視して、一旦その場を後にする。
ちょっと離れた場所に野戦病院のテントが有る。 負傷した支倉志乃少尉と松任谷佳奈美少尉が担架に横たわっていた。
―――付き添いの渡会も居る。
「・・・支倉、松任谷、気分が悪くなったりはしていないか?」
外傷や薬物投与だけでなく、精神的なショックででも起こり得る。 しゃがみ込んで松任谷にゆっくり話しかける。
「なんとか・・・ 骨折で済みましたし」
「―――平気、だと思います。 多分・・・」
―――ん、松任谷はちょっと精神的なショックは有るか。
支倉は要撃級の前腕の一撃を機体に喰らった。その為に管制ユニットが変形して、彼女の片脚を押し潰したのだ。
松任谷は集ってきた戦車級を排除している最中に突撃級を避け損ねて接触した。
八神が素早く突撃級を片付け、四宮が戦車級を排除したが、松任谷の機体は跳躍ユニットから火災を起こし、彼女は中度の火傷を負った。
今は2人とも応急処置とモルヒネを投与してある。 少しボーっとしているのはモルヒネの効果だろう。
「志乃さん、佳奈美ちゃん、大丈夫だよ。 きっとすぐ治るよ、ね?」
渡会が必死に明るく励ましている。 子供っぽい所を多分に残す彼女だが、こう言う素直さが今は助かる。
事の真偽は兎も角としてだ。 精神的に参っている連中にとっては、何より素で受け止めて話してくれる相手は貴重なのだ。
「・・・大丈夫だ。 お前達自身が頑張れば、それはどんな形でも良いんだ。 お前達は良く戦った、胸を張れ」
「ちゃんと・・・ 戦えたのでしょうか、私は・・・」
「―――胸を張って・・・ 良いのでしょうか・・・?」
「良いさ、俺が認める。 お前達は良く戦った。
支倉は新任のフォローもしっかりやった。 松任谷は初陣の『死の8分』も乗り越えた。 その後の戦いも立派に戦った。
良いんだ―――胸を張って良いんだ、支倉、松任谷。 良く頑張った」
松任谷が俯いた。 微かに肩が震えている。
支倉も張りつめていたモノが解れたか、少しだけ笑みが戻った。
2、3度、松任谷の肩を軽く叩いて、支倉にも無言で頷いてやる。
それから、渡会に目配せした―――どうやら判った様だ、渡会が松任谷の肩を抱いて、何やら励ましている。
その時俺を呼ぶ声が聞こえた。 中隊の整備指揮官―――児玉修平少尉が呼んでいる。
恐らく機体の出撃態勢が整ったのだろう。 北満州以来のもう一人の兄貴分、整備の『修さん』の腕は確かだ。
初乗りの不知火でも、間借りの疾風でも心配はあるまい。
その場を渡会に任せて立ち去る事にした。 今回、CPは艦上でオペレートして貰う事になっている。
さて、戦いだ。 彼女等を―――部下達を脱出させる為に。 自分自身が生き残る為に。
1997年2月20日 0415 遼東半島 旅順市街
『フラガラッハ! そっちに抜けた! 要撃級10体!』
「了解した。―――A小隊、頭を押さえるぞ! 最上! B小隊で側面を突け!』
『ラジャ。―――B小隊! AがBETAを北に誘導する、距離150で続行しろ!」
旅順市街地の主戦場。 先鋒の第1大隊と第5大隊との間隙を抜けて10体の要撃級が突っ込んで来た。―――50体程の戦車級を同伴して。
俺の駆る不知火が突撃砲を放ちながらそのまま突っ込む。
直前で小さく噴射跳躍をかけ、要撃級の頭上を飛び越しざまに36mm砲弾を浴びさて2体を始末した。
そのままサーフェイシングに移行―――流石最新型、第3世代機。 機動性も即応性も疾風より上手だった。
案の定、と言うか、習性と言うか。
要撃級の小さな群れは急速接地旋回をかけて、そのまま俺の機体を追いかけて来る―――背後から摂津と直秋のBエレメントの2機が120mm砲弾を浴びせかける。
1発、2発―――気付きやがった、残り4体の要撃級が急速反転してBエレメントに向く。
機体に急制動をかけて停止、そして即座に反転噴射跳躍で距離を詰める―――向うで摂津と直秋が機体を跳躍させたのが見えた。 こちら側に着地する。
要撃級の後背に36mm砲弾を叩きこむ、1体が体液を撒き散らしながら転倒した。 その直後に摂津が別の個体に36mm砲弾をしこたま叩き込む。
残る2体はB小隊の最上と八神が120mmの速射で片付けた―――その間に一斉に群がってくる戦車級!
『ちっ! お前らなんかに、もてたくないねっ!』
最上と八神の2機が肉薄してきた20体程の戦車級に、左右2門の突撃砲から36mm砲弾をシャワーの様に浴びせかける。
同時に俺達A小隊もまだ距離の有る集団に36mm砲弾をお見舞いする―――突撃砲は2門装備だ、追加装甲は折角の機動性を損なう。
―――小型種への近接制圧力は十分。
既に防衛線は崩壊している、戦場は旅順市内に突入していた。
戦闘再開は0235。
脱出艦隊最後の艦が旅順港を出港した直後、水師営にBETA群の先頭集団約1500の突撃級BETAが殺到してきた。
真っ暗な夜の闇の中、地響きを上げて迫りくる死の異形集団は何度見ても慣れるモノじゃない。
同時に海上から海軍の面制圧支援砲撃が開始された。
460mm、406mm、305mm、203mm。 陸軍の野戦重砲と同口径、そしてそれを遥かに上回る巨砲が轟音と発砲炎で夜の闇を切り裂き、その巨弾をBETA群に叩きつけた。
光線属種のレーザー迎撃能力は決して万能では無い。
例えそれが高速飛翔体であっても、遠距離であればある程連中の照準能力は発揮される。
しかしそれが近距離で有ればある程、その照準を外す事は可能なのだ。
―――照準スコープを覗いている狙撃手に、ほんの数m先で遭遇した動いている敵をそのまま狙撃できるだろうか? そう言う事だ。
今回の艦隊支援砲撃は旅順の沖合5km地点、かなり接近している。 主戦場との距離は10kmと無い。
射撃距離1万m―――戦艦や重巡にとっては至近距離だ。
主砲発射とほぼ同じくして―――感覚的には3~4秒―――BETA群の後方から一斉にレーザー照射が発生した。
夜の闇夜を照らしだす、200本以上の死の光。 瞬時に砲弾が絡め取られ、大半は2~3秒後に蒸発する。 残った少数も僅かな時間差で蒸発した。
―――そして発生する重金属雲。
艦隊は最初の数斉射を最初から当てにはしていなかったのだろう。
駆逐艦の小口径―――と言っても、127mmは陸軍では重砲だ―――速射砲まで動員したAL砲弾とALMの飽和砲撃を行った。
お陰で素早く分厚い重金属雲を形成でき、その後の支援砲撃は有効に行われたのだが・・・ 勘弁して欲しい、その重金属雲の真下で戦うのは俺達だ。
粉塵爆発に怯えながら―――実際に18師団で何機か巻き添えを喰らった―――力戦敢闘する事約1時間半。
30分前に17師団が守備していた最北の203高地をBETAに取られ、それより標高が低い椅子山の18師団や東鶏冠山の14師団が急に苦戦となった。
―――光線級が203高地に陣取ったのだ。
明治の時代の様に吶喊など掛けられない。 そんな戦力は無い。
14師団にせよ、18師団にせよ、それまでの1時間半の戦闘で少なからず戦力を消耗している。
この時点で北部の東鶏冠山-椅子山防衛線は崩壊した。 何せ頭上を護っていた203高地に光線級が陣取ってしまっては、頭を上げられない。
両拠点の間隙の平坦地を突進してくるBETA群を迎え撃つのに、平坦地に降りるしかない―――高地の北では無く、市街地側の南に。
それ以来30分、じりじりと押し戻されて今は市街の中心部を南北に流れる川、その両側にある小高い丘陵部に最後の防衛陣地を敷いている。
既に市街の北部と東部はBETAの浸食が始まった。 市街西部を―――と言うより、旅順湾を形成する南部の小さな半島部分への脱出経路を死守する戦い。
残存22機に減った17師団は後方に下がり、今は2師団に合流している。
第2師団が籠る南岸の黄金山砲台陣地―――半島部分先端の対岸、旅順港の入口東岸の丘―――前面でも、凄惨な防衛戦闘が展開されているのだ。
艦隊は既に光線級の見越し範囲外―――30km以上離れた沖合から、遠距離砲撃を行っている。 闇夜の海の中で発砲炎だけが朧気に見えていた。
第6軍司令官・梅津大将が、海軍第2艦隊司令長官・賀来中将へ『要請』したのだ。
(『これ以上、艦隊戦力を摩耗して下さるな。 もう十分です』)
母艦艦載戦術機部隊も、すっかりお見限りだった。
『中隊長! いよいよヤバいですよ!』
摂津の不知火がスピンターンで要撃級を交わして、ほぼ零距離射撃で120mm砲弾をブチ当てながら叫ぶ。
即座に後方へ下がって補給コンテナから兵装を補充している―――今度は長刀か。
「そんな事は先刻承知だ!―――くそっ! 邪魔だ、散れ!」
俺の操る不知火に群がり始めた戦車級の群れに、2門の突撃砲から120mmキャニスター弾をお見舞いして片付ける。 残り―――2発と1発。
旅団はボロボロだ。 元々6割強しか戦力は残っていなかった。 中隊も2個小隊を何とかでっち上げる程度しか。
203高地が取られた直後のレーザー照射で、臨編の左翼後衛支援をやっていた源大尉の中隊が集中照射を喰らった。
次いで第4大隊の三瀬麻衣子大尉の中隊も。
両大尉は何とか戦死せずに済んだものの、蒸発させられた機体は6機。 源大尉の機体は両脚を喪い大破。 源大尉自身は意識不明。
奇跡的に機体の片腕だけを持って行かれただけで済んだ三瀬大尉が、源大尉機の自律制御を奪って他の損傷機2機を連れて後方に―――海上に脱出したのが25分前。
(『死なさない! 死なさない!―――絶対に、死なさないから!!』)
必死になって源大尉に呼びかけながら、三瀬大尉が半ば絶叫していた。
両大尉の中隊の生き残り6機は、それぞれの大隊長―――広江少佐と岩橋少佐―――の中隊に急ぎ編入された。
それから僅か5分後には第2大隊の宇賀神少佐、第4大隊の岩橋少佐の中隊が撤退する。
BETAに喰われたのは3機だけだが、4機が作動不能。 残る機体も推進剤残量が脱出艦隊が待ち受ける洋上まで、ギリギリの残量まで減少したのだ。
その後も離脱が相次いだ。 10分前に広江少佐の中隊と木伏大尉の中隊が。 5分前には早坂中佐の中隊と愛姫の中隊が相次いで脱落した。
木伏大尉と愛姫は負傷。 しかし2人とも神様と仏様と悪魔を盛大に罵っていたから、死にはしないだろう。
残るは最先任指揮官となった荒蒔少佐の隊と、次席指揮官になってしまった水嶋大尉の隊。
そして先任である祥子と和泉大尉、俺と圭介と緋色の後任3人の隊。―――7個中隊、56機いたのが今は35機。
中隊もA小隊の四宮、B小隊の相田と瀬間の機体が損傷して後方へと下がった。
3名共負傷は無いが、機体が推進剤漏れを起こした。 このままでは脱出艦まで辿り着けなくなってしまう。
戦力低下を承知で後方に下がらせたのが、約20分前の事。
第141戦術機甲旅団、120機で最終防衛戦を開始した陣容が今は35機。 最もお向かいの第181旅団も似たようなものだ―――残存、31機。
「もうこの場所もいくらも保たん! そろそろ本気で撤退するしかないかッ・・・!」
その時、北西の高地―――18師団が陣取る大案子山―――から友軍戦術機部隊が駆け下りてきた。
「―――? 18師団か!? 陣地は!?」
『18師団、市川大尉だ! 駄目だ、BETAに押されて維持出来ない! 大案子陣地は放棄が決定したぞ! 14師団、逃げろッ!』
「何ッ!? 師団壊滅か!?」
『師団司令部はついさっき、軍団司令部と一緒に洋上に脱出した! 彩峰中将は脱出を渋ったけどね! 師団長や他の幕僚に担がれて、ようやくだ!
こっちは実質、3個中隊弱(31機)しか戦力が残っていない! 指揮官は私だ! そっちは!?』
「似たようなもの! 35機! 指揮官は荒蒔少佐!」
―――何てこった。
驚いた。 18師団の残存戦力がじゃない、そんな事は先刻承知だ。
軍団長が―――中将が未だここに陣取っていた事がだ。 こっちの軍団長は、師団長と共にとっくに洋上に脱出して艦上で指揮を取っている。
それが悪いと言っているんじゃない、寧ろ正常だ。 最前線で戦うのは俺の様な下級将校。 将官は将官の戦いと言うモノが有る。―――老体に直接戦闘は無理だろう?
「フラガラッハより14師団各隊! 18師団が崩れた! 荒蒔少佐!」
『―――判った! 各隊、撤退だ! 18師団も続け! 西港は使えん、光線級の『撃ち降ろし』を喰らう!
南岸の黄河路から東に! 黄金山砲台陣地に潜り込め! そこから対岸の半島南部の海岸線へ出ろ!』
右手の高地から荒蒔少佐以下、35機の不知火、疾風弐型、撃震が駆け下り南へと向かう。 緋色と圭介の隊が先鋒を切り、祥子と和泉大尉の隊が続く。
迫りくるBETA群に1連射加えて、水嶋大尉と荒蒔少佐の隊が脱出を開始。 左手の高地から駆け下りてきた18師団残存部隊もそれに続く。
こっちもさっさと移動しないと拙い。
と、そう思い部下に撤退を命令しようとした時、18師団の1個小隊が正反対の北を向いて停止しているのが目に入った―――いや、中隊のなれの果てだ。 撃震が4機。
他の18師団の部隊は脱出に移ったと言うのに!
「―――おい! 何をしている? さっさと脱出しないと拙いぞ!」
『―――先に行って下さい。 殿軍は、我々が』
凛呼―――その言葉が似つかわしい様な、澄んだ覚悟の座った声。
しかし冗談じゃない。 たったの4機の撃震で殿軍だと?
指揮官のコードを確認する。―――第18師団、第181戦術機甲旅団。 沙霧尚哉中尉。
急にむかっ腹が立ってきた。 判っている、こんな馬鹿は放っておいて、さっさと逃げるのが最上の手だ。
判っている、判っている、判っているよ、頭では―――けどなあ!
「―――120mmを斉射3連。 その後で36mmを1斉射。 それ以上は喰い込まれる。 いいか? そこまでだ、中尉」
『・・・先に行って下さいと。 大尉殿』
『言っちまった・・・ 言うと思った・・・』
『ま、中隊長だからな、仕方が無い』
『はあ・・・ 最後まで貧乏籤ですかい・・・』
『・・・昔から、こう言う人ですよ・・・』
沙霧とか言う18師団の中尉の言葉に部下達のボヤキが重なって、余計に腹が立ってきた―――まだまだ若造ですよ、俺も。
「・・・14師団は18師団より歴戦だ、ここで引けると思うか?―――来たぞッ! 撃て!!」
たった9機の不知火と疾風、そして撃震による阻止砲撃。 120mm砲弾を3連射。
突撃級の装甲殻を射貫し、節足部を吹き飛ばし。 要撃級の前腕をすり抜けた砲弾が胴体部に命中して大穴をあける。
しかしそこまで。 突撃級と要撃級、併せて12、13体程を斃しただけ。
が、それで良い。 左右は半壊したビル群、そして道路は停止した突撃級と要撃級が塞いだ。
いずれ他の突撃級がその衝撃力でビルを崩壊さすだろうが、それまで付き合う気は無い。
各機が短く36mmを1連射して、隙間から湧き出てくる小型種を掃討する。―――ほんの一瞬、BETAの勢いが弱まった。
「今度こそ本当に脱出するぞ! 中尉、四の五の言わさんからなッ!!」
既に湾が真後ろに迫る黄河路に達していた。 9機がすぐさま東に向かってサーフェイシングを開始する。
湾を北から見下ろす大案子山の山頂に、いつ光線級が現れてもおかしくない状況だからだ。
先頭を沙霧中尉の撃震。 殿軍を俺の不知火が務めてトレイル陣形で突進する―――普通は不知火と撃震、逆じゃないか?
黄河路を東に突進し、黄金山砲台陣地に達する途中で既にBETAと出くわす。
咄嗟戦闘の上、ここに長居する必要も無い。 すれ違いざまに最後の120mm砲弾を突撃級の側面に叩きつける。
『うはっ! 狙う必要無いじゃねぇか!!』
摂津の不知火が密集した小型種の群れに、滑走しながら36mm砲弾を叩きこみ続け。
『最後の出血大サービスだ! 全部喰らえッ!!』
最上の疾風が背部の74式可動兵装担架システムにも搭載した2門の突撃砲も含め、4門の突撃砲から盛大に36mm砲弾をばら撒いている。
『突撃砲、パージするんじゃ無かったッ・・・!!』
八神の疾風は既に突撃砲をパージしている。 右に長刀、左に短刀。 二刀流で斬りつけ、掬い上げ、突き通し、すれ違いざまに葬っている。
『うわっ! このっ!―――いい加減、くたばれよっ!!』
直秋の疾風が俺の目前で突撃砲を要撃級BETAに向けて乱射している―――いや、教えた通りに36mmで牽制してから、120mmで止めを刺していた。 宜しい。
18師団の4機も脚を止める事無く、すれ違いざまの咄嗟戦闘で切り抜けている。
思わず見惚れてしまったのは、その指揮官機の近接格闘戦機動の鮮やかさだった。
最小の機動でギリギリの間合いを確保し、機体挙動の慣性をも利用して長刀の強烈な斬撃を加えた一瞬後には、既に次の機動に入っている。
動作に無駄が無く、一連の機動の繋がりに切れ目が無い―――あの機動性の劣る撃震であの機動。 あれはかなりの『ソードダンサー』だ。
ウチで言えば緋色に匹敵する腕前だ。 木伏さんでさえ僅かに譲るだろう―――もっとも、兵装担架に突撃砲が1門残っているのはご愛敬だな。
『ソードダンサー』の性と言うやつか。
「―――お見事。 長刀がお好きなようだな、沙霧中尉?」
目前の要撃級をサイドステップでギリギリ交わし、側面に36mmを叩きこむ。―――残弾無し。 突撃砲をパージして長刀を取り出す。
『―――突撃砲も使います。 が、武人の戦いに通ずる所も有る故、多用する癖は認めます、大尉殿』
そう言う間に沙霧中尉の撃震がまた1体、要撃級の側面を素早く取って斬撃をお見舞いして始末する。
あと50m。 あと50mで黄金山の裏に潜り込める。 だが、その50mが遠い! BETAが密集してきた!
『直衛! 脚を止めないで! そのまま!!』
『沙霧中尉! 支援する、突っ込んで来い!!』
祥子の声と・・・ 確か市川大尉だったか?
声と同時に黄金山方面から36mmと120mm砲弾の支援攻撃が始まった。
裏をかく形になって、BETAの動きに変化が現れる。―――隙が出来た! 一瞬の隙が!
「全機! 今だ、突っ込めッ!!」
―――おお!!
どれが誰の声か咄嗟に判らない、兎に角夢中で突っ込む。
沙霧機を先頭に、次々に黄金山陣地に飛び込んで行く戦術機。 それを確認してから、殿軍の俺も機体を―――不知火を操り突破する。
突撃級の突進をギリギリで交わして長刀の斬撃をお見舞いする。 要撃級の前腕の打撃は片腕を犠牲にして凌いだ。
戦車級を数体長刀で薙ぎ払い、他の小型種は最後の噴射跳躍のジェット後流で吹き飛ばす。
―――ギリギリ、友軍に合流できた。
「はあ・・・ はあ・・・ もう2度は付き合わないからな、沙霧中尉・・・」
『・・・助力、感謝します。 周防大尉殿・・・』
向うも息が荒い。 にしても、もう少し素直になれんかな? 可愛くないな、ホントに・・・
だがそれでいて、妙に憎めない。 人を死地に付き合わせた奴なのに(俺が勝手に付き合っただけだが)
同じ18師団の市川大尉がその無事を喜んでいる。―――ああ、若手の人望株って奴かな?
何にせよ、これで脱出できる。 海軍にも連絡がついた、あと1分後に艦隊全力での支援砲撃が開始される。
光線級がレーザー照射での迎撃を開始したその後。 インターバルの時間で湾の狭い幅を飛び越せば、湾の南部に突き出た半島の起伏を利用できる。
後は海面ギリギリを、海軍戦術機並みの超低空飛行で逃げ出せれば。 艦隊からの支援砲撃はしばらく続く。
14師団と18師団の生き残り66機。 他にこの陣地を最後まで死守し通した第2、第17師団の生き残り35機―――最上位者は何と先任の中尉だった。
たった101機―――1個連隊に満たぬ戦術機に対する支援砲撃としては破格の規模だが、許して欲しいものだ。
俺達は今日、この瞬間まで、最後まで大陸の地に残って戦い続けた、最後の『日本帝国大陸派遣軍』なのだから。
『艦隊の支援砲撃が始まった! ・・・レーザー照射、確認した! 終わると同時に離脱する!
―――行くぞ! 『大陸派遣軍』! 撤退!!』
各機が跳躍ユニットから夜目にも鮮やかな噴射炎を吐き出して、全速NOEに入った。
目指すは洋上彼方の戦術機揚陸艦。 そこが脱出部隊が指定された『生還地』だった。
ふと、背後を振り返る。
艦砲射撃の花火と、それを迎撃するレーザー照射。―――あの場所にはもう、帰れないかもしれないな、そんな気がした。
1997年2月20日 0435―――1991年より始まった日本帝国大陸派遣軍。 その最後の1機が大陸から離脱した。