「くおっ・・・!!」
機体に急制動がかかった。 咄嗟にスラスターを逆噴射でカウンターを入れてバランスを取る―――が、一旦操作ミスしたツケは急激な推力低下として現れる。
急激なスロットル操作を行わず、緩旋回降下で機体を立て直しつつスロットルを注意深く開けて―――ダッシュ。
元々がトルクの太い主機だけあってグイグイ引っ張って行く感覚だ。 さて、今度は失敗しないように・・・
「まだ・・・ まだよ、まだ・・・ よしっ!」
機体を捻ると同時に、右腰部スラスターを0.5秒噴射。 ダミーを長刀で叩き斬ると同時に左腰部スラスターを瞬間噴射し、機体を左横旋回に持ってゆく。
斬り捨てたダミーの背後を取ると同時に水平噴射跳躍。 長刀をパージし、兵装担架から突撃砲を展開さす。
右腕部に保持すると同時に次のターゲットが迫る。 左側は遮蔽物に覆われている、僅かに右側に空間。
「・・・んっ!」
感覚的に僅かにスロットルを絞り、同時に機体を右に流す。
目測位置まで持って行きスロットルを元に戻して―――機体を右急速回転させ、そのまま流しながら36mm砲弾をダミーに叩きこむ。
―――演習弾とはいえ、ボロボロになったダミーターゲットを網膜スクリーンの端に見つつ、ホッと一息つく。
「ブルー04よりCP。 戦闘機動試験終了、これより帰還する」
『CP了解。 どうかな? 周防大尉。 新型の様子は?』
「―――戻ってからたっぷり苦情を言わせて頂きますよ、河惣少佐」
CP―――機動試験監督官の河惣少佐へ少々の嫌味を言いながら、噴射跳躍に持って行きNOEに移る。
乗機は94式『不知火』―――の筈なのだが。 遼東半島で搭乗した時とは随分と勝手が違う。
全く、技術廠(陸軍技術総監部戦術機甲本部・第1技術開発廠)がだんまりで改修機を造るのは相も変わらずだが。
にしてもバランスが悪すぎるんじゃないかな? この機体は・・・
広大な演習エリアから基地への帰還途中、俺はコクピットの中で思わず今日何度目かの溜息をついていた。
1997年5月15日 1425 日本帝国 静岡県駿東郡 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校 富士演習場
「お疲れ様。 で、どうだった? あの機体の機動評価は?」
部屋に入るなり河惣少佐が聞いてくる。
本部棟の会議室。 その1室に陣取った陸軍技術総監部・戦術機甲本部第2部と審査部、そして第1技術開発廠第1開発局の面々。
中佐が2人に少佐が3人、他に技術士官の大尉が5人―――他にメーカーの人間と思しき背広姿の連中が4、5人。
「主機出力と機体挙動制御特性が噛み合わなさ過ぎです、大出力を生かし切れていない。
特に挙動特性がピーキーな機体ですから、推力の細かな微調整が多過ぎになります―――もう少し余裕を持たせた特性にすべきでは?」
「―――それでは『不知火』とは言えんな」
技術廠の少佐―――技術少佐が小馬鹿にしたような言い草で言いやがる。
「不知火―――94式はスピード、パワー、機動性を絶妙のバランスで組み上げた戦術機だ。
余裕を持たせた挙動特性? それではあの機体の近接戦闘能力が損なわれる、まるで米国機だよ、それでは・・・」
―――この、国粋主義の技術馬鹿め!
米国機でも、場合によってはソ連機でも良いんだよ! 兎に角戦場で十分に戦えて、生還出来る機体でさえあればな!
俺達衛士―――戦場帰りの衛士にとって重要なのは、『戦える戦術機』―――この1点だけだ!
「しかし少佐。 本来この改修型の不知火は壱型の問題点―――『重武装化に伴う主機出力の不足』を解消する為のモノなのでは?
プリフライト・ブリーフィングでのレクチャーでは、改修点は主に主機・跳躍ユニット周りの換装のみだとお聞きしました。
その点を考慮して機動試験を行った結果と見解をご報告しておるまでです―――小官は只の一学生に過ぎませんので」
―――この位は言ってやれ。 上位者とは言え、向うは技術屋だ。 戦闘部隊のラインには関係ない奴だ。
俺のセリフに当の技術少佐は一瞬目を剥いたが。 上官や同僚の手前、それ以上は突っかかってこなかった―――残念。
「まあ、なんだ。 実際まだまだ要改修項目は潰し切れていないのが実情でな。
本部としては一刻も早く改修型を実施部隊に送りたい所でな。 その為には大尉、ご苦労だが運用評価を継続して貰いたい所でな」
目前の大福さん―――もとい、第2部の中佐がその福々しい顔に温厚な笑顔を張り付けて言う。
騙されるか。 高級将校の笑顔なんぞ、金を貸す前の高利貸しの営業スマイルも同じじゃないか。
「―――命令ですから。 教育課程の受講科目に運用評価者講習が有る以上、手は抜きません」
―――その代わり、中途半端な機体に仕上げやがったら判っているだろうな? この技術屋連中め・・・
報告を終えて特にここに居座るつもりも無かったので、さっさと会議室を出る事にした。
それでなくとも忙しいのだ。 講義に実習、個人や班での研究レポート、やる事は山ほどある。
本部棟を出て学生棟に向かって歩いていると、ふとハンガーに先程俺が搭乗していた機体が見えた―――あれに乗る事になるのか? 少し憂鬱になった。
「・・・今の男が君の言っていた衛士か? 河惣少佐」
窓辺から外を見ていた1人の中佐が、振り返らずに問う。
精悍な顔立ちに、それ以上に特徴づけるのが左頬に深く刻まれた傷―――戦傷であろう。
「そうです、巌谷中佐。 92式制式採用時、それに92式弐型の戦場運用試験に携わった衛士です。
第3世代機の搭乗経験は少ないですが、帝国製戦術機以外の搭乗経験の豊富さを買っております」
「―――77式、92式壱型と弐型、94式壱型。 F-15CとF-15E。 トーネードIDS-4B、IDS-5A。 そしてトーネードⅡIDS-5B。
F-4系とF-5系、そしてF-16系とF-15系、それに94式。 第1から第3世代機まで、日本、米国、欧州の機体をよく乗っている・・・」
確かにこれだけ様々な戦術機に搭乗経験の有る衛士は、帝国陸軍にも殆ど居ない。
特筆すべきはその様々な機体を戦場で搭乗した経験だろう。 戦場で搭乗し、BETAと戦い戦果を上げ、そして生還し続けた点だ。
純粋に技量の面で言えば、あの大尉を上回る衛士は居る。 だがあの戦場経験は―――典型的な野戦将校としての衛士としての経験は捨てがたい。
自身がかつては大陸で戦った衛士であり、些か有名な『伝説』の持ち主である巌谷中佐にとっても部隊運用試験では確保しておきたい人材ではあった。
「もっとも、開発衛士には向かないだろうがな。 それでも集める声は多いに越したことは無い。 運用評価担当は2個小隊だったな?」
部下の大尉に確認する。
「はっ! 『不知火壱型丙・試01型』、『不知火壱型丙・試02型』、2機種で1個小隊、97式で1個小隊となります」
94式の部隊配備が始まり3年。 現場からは様々に細かい改修要望が戦術機甲本部に上げられている。
しかし元々が突き詰められた設計の94式『不知火』だ、そうそう発展余裕は見込めない。
おまけに開発メーカー、光菱、富嶽、河崎の3社はそれぞれの事情故に大がかりな改修に着手できない―――しかし放置する訳にもいかない。
今回、帝国技術廠―――戦術機開発行政を担当する技術総監部の戦術機甲本部第1技術開発廠がその改修に動いている理由だった。
「・・・何とか今年中に目処を立てねばな」
巌谷中佐の呟きに、河惣少佐が頷く。 そして遠くを見る様な、険しい表情で言った。
「半島は今年一杯保てば上出来、と言う戦況です。 本年度防衛大綱で明記された『次期主力戦術機』 その実現まで何とか保たさねば・・・」
予定では2003年度か2004年度になる次期主力戦術機配備。
帝国軍の戦略構想、それに伴う戦術機運用構想。 その結果示される要求仕様、そしてその検討と基本設計開発。
そこまでで3年かそこらはかかるだろう。 その後の実施設計、原型機の製造・各種試験・改良を経て部隊試験運用の結果、良好であれば初めて制式採用に至る。
長い道のりだ。 それまでは現行機の性能向上で支えなければならない。
「時間は無いな」
巌谷中佐の言葉は、そのまま帝国の全般状況そのものでもあった。
1997年6月20日 1705 日本帝国 静岡県駿東郡 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校
今日の実機評価演習はなかなか上手くいった。
もう1カ月以上乗りまわしているのだから、いい加減手の内に入れない事には実戦帰りの名が泣くと言うモノ。
「そうは言いつつ、なかなか手古摺っていたのはどこのどいつだ?」
「喧しい。 お前だって手古摺っていただろうが」
すれ違う整備兵の敬礼に答礼で答え、ハンガー脇のブリーフィングルームに向かう道すがら圭介と他愛無い言い合いをしている。
整備主任や開発廠の技術将校らと、今日の運用試験結果の報告・検討を行う為だ。
衛士科の学生に対して、教育期間中6カ月の間に技量が落ちないようにする為の戦術機戦闘指揮訓練。
帝国陸軍の戦術機搭乗時間規定は、国内の1線級部隊配属衛士で年間220時間。 海軍戦術機甲部隊が240時間とされる。
一般に年間100時間を切れば技量は落ちる。 そして後方の余裕が有る国家―――米国や豪州など―――では、年間190時間から200時間。
欧州連合やアフリカ連合、南米諸国で年間160から170時間、大東亜連合や中東連合は150時間、ソ連は130時間を何とか維持している状況だ。
それでも技量低下が問題になってこないのは、何処の国でもシュミレーターを標準採用しているからだ。 JIVESもかなり役立っている。
そんな中で、準前線国家としての日本帝国陸海軍の搭乗時間は異例と言って良い程に多い。
全体の数が米軍や欧州連合軍に比べて少ない事も有る。 だが、中国北部が完全に陥落し、今や朝鮮半島北中部までが戦場と化してきた現在。
いよいよ本土防衛戦近し、の空気が濃厚になってきている事も理由の一つだ。
そして今、受講している『幹部上級課程』教育でもそれは適用される。 教育期間中、月15時間の戦術機搭乗訓練が組まれていた。
本来、1カ月15時間じゃ足りない計算だが―――不足分は部隊に帰ってから猛訓練で稼げ、と言う事らしい。
『訓練には比率も制限もない』、とは昔々、帝国海軍のあるおエライさんが吐いた言葉だが、今となっては海軍のみならず、陸軍でもまるで合言葉の様に聞こえて来る。
『訓練に制限無し!』―――限度がある事だけは、理解して欲しいものだ。
使用機体は一般的には77式『撃震』を使用している。
94式や92式は最優先で実戦部隊―――陸軍や本土防衛軍の西部軍管区に優先配備される。 87式『陽炎』はそもそも生産数が少ない。
今年に入ってから最新の準第3世代機の高等練習機、97式『吹雪』と言う機体の配備が始まった。
だがこれまた生産数が少ない上に、今まで訓練用に使用してきたT-4改(77式の練習機型)よりコストが高く、なかなか配備が進まない。
個人的には訓練生時代に準第3世代機で訓練しながら、実戦部隊に配属後に77式や87式と言うのは面白くないだろうな、とは思う。
第3世代機の94式、改修を重ね準第3世代機となった92式と言えども、どの部隊にも配備されている訳じゃないから。
「どうして俺達だけ、あの機体なのかね・・・」
「河惣少佐が居た事を、不運と諦めるしかないだろうな」
報告と打ち合わせが終わりドレスルームへ向かう道すがら、思わず出た愚痴に圭介も諦めの口調で答えるしかないようだ。
学生班24個班(96名)の内、77式使用が実に22個班(小隊) 残りの内、1個班(1個小隊)が97式の運用評価指定班で1個班が94式『改』の運用評価指定班。
俺の班は94式評価指定の班。 国内最新型の第3世代機に搭乗できると喜んだのも束の間、これがトンでもないクセ者だったとは・・・
「・・・兎に角、さっさと着替えようぜ。 飯食って、風呂入って。 さっぱりしたい」
「同感。 ただ実機指揮訓練している連中が羨ましい・・・」
同日 2210 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校 将校集会所(サロン)
今日1日のカリキュラムが終わり、日夕点呼も終わった後の息を抜けるひと時。
将集(将校集会所)には色々な兵科の将校が集っていた。 酒を飲む者、将棋や囲碁を楽しむ者、TVを見る者、新聞を眺め読みする者。
兵科も戦術機甲科、機甲科、機械化歩兵科、機甲砲兵科と言った所だ。―――富士学校は機甲戦全般の戦術研究・訓練センターだから。
「あの機体もなぁ・・・ どうもアンバランスなんだな、機体と主機・跳躍ユニットがマッチしていないんだ」
「試02型もそうだろうが、試01型はもっと苦労するぞ。 稼働時間低下を補うために増設された機内タンクがバランスを崩している」
ウィスキーを飲みながら愚痴る俺の目前で、これまた憮然とした表情なのは同期の神楽緋色大尉。
こちらは日本酒を冷やで飲んでいる。 何処から仕入れたのか、大吟醸の逸品だ。
大方、実家から送ってきたのだろう。 彼女はこう見えて山吹の家格の武家の娘だ。
「試02型も苦労しているさ、大出力に機体がついて行っていない。 おまけに機体の挙動制御シーケンスがピーキー過ぎるから、唐突にストールを起こしかねないし」
「ふむ・・・ 実戦の最中でストールを起こされたら命取りになるな。 今日の模擬戦闘で、らしくない被弾をしたのはそれか?」
「ああ、油断した。 92式とは言わないが、それでも94式壱型のつもりでスロットル操作してしまってな、やっちまった・・・」
「あの時は周防、貴様の機体が一瞬棒立ちになっていた。 お陰で一気に距離を詰めて打撃戦に持ち込んで勝てた。
咄嗟戦闘の高機動近接砲戦は貴様の土俵だ、正直しくじったと諦めかけたのだがな」
緋色が愉快そうに笑う。 今日の午後に行った模擬戦闘訓練の事だ。
不知火壱型丙の運用評価を行っている俺達の班で、2手に分かれて模擬戦闘を行ったのだ。
Aチームは俺と久賀、Bチームは緋色と圭介。 結果は1敗1分け―――負けは俺。
2人でそんな話をしていたら、他の連中も合流してきた。
「なんだ、周防。 負け試合の講評でも頂いているのか?」
「喧しい、久賀。 お前こそ、そろそろ勝ちをおさめろ。 未だ勝ちが無いのはお前だけだぞ」
「運用評価だぜ? 拙い操縦をした結果がどうなるかを洗い出すのも仕事の内さ。
勝ち負けに拘るのは実戦馬鹿。 評価部隊は悪い例も洗い出すのがお仕事―――お解りかな?」
―――くそ。 そう言えばこいつは国連軍時代の一時期、アイスランドの技術廠で試験運用実証団に居たっけな。 こう言った事は手慣れている訳か。
後ろでニヤニヤしているのは圭介の野郎。 後から97式を担当する班の4人―――祥子と和泉さん、市川さんともう一人、久賀と同じ師団の奥瀬大尉もやってきた。
「何? どうしたの?―――戦術機談義?」
「佳い女を前に、色気のない話ねぇ。 ねえ? 祥子ぉ?」
「・・・何か、すっごーく棘を感じるんだけど? 沙雪?」
和泉さんの相変わらずのちょっかいに、祥子が相変わらず反応する。 いい加減慣れれば良いのにね・・・
「やあ、壱型丙の話かい? ちょっと関心あるなぁ」
「そうですね、どんな感じなのか気になりますね」
市川大尉と奥瀬大尉が傍らのソファに座って聞いてくる。
市川さんは同室だから話す機会も多いが、奥瀬大尉―――奥瀬静香大尉は余りないな。
俺の1期上、祥子とは同期になるらしいけど、訓練校が違っていて初対面だと言う。 同じ師団の久賀とは良く話しているが―――物静かな大和撫子、って感じの人だ。
「・・・壱型丙って言っても、2種類ありますからね」
「私と長門が担当するのは試01型、周防と久賀が担当するのが試02型です」
「―――どう違うの?」
「そうね、出来れば教えて欲しいわ」
珍しいな、真っ先に祥子と奥瀬さんが聞いてきた。 こんな場合は和泉さんが先陣切る筈―――って、カウンターで水割り作ってるよ、それでか。
俺と圭介、緋色と久賀で顔を見合わせる。―――1番手は緋色に決定。
「そうですね・・・ 試01型は大容量ジェネレータに換装したFE108-FHI-225を搭載していますが。
いかんせん燃費が悪すぎる、壱型の70%にまで落ち込んでいます。 次善策として機内タンクの増設をやっていますが、それが機体バランスを崩している」
「それにFE108-FHI-225が大出力過ぎる、従来の壱型と比べると推進出力は35%増し、駆動系出力でも15%増しです。
出力に対して燃料消費制御が追いついていない。 専用の制御OSでも作れば話は別ですが、神楽が言うように今やっている機内タンク増設、あれは駄目ですね」
緋色の説明に、同じ試01型に搭乗している圭介が補足説明を入れる。
近接格闘能力や生存性は格段に向上しているが、継戦能力が低すぎる。 それを補おうとすれば今度は機体バランスを崩す。
それが試01型の現状だった。
「かなり癖が有りそうね。 ベテランは兎も角、ヒヨ子たちにはとても扱えないんじゃないかしら?」
「その通りです、祥子さん。 私も実際に搭乗して実感しましたが、兎に角癖が有る。 新米はまともに動かせません。
燃費なんです、燃費問題がクリアになればもっと良い機体になる筈です。
燃料制御を改良した専用OSか、そもそも燃費の良い別の跳躍ユニット主機か。 いずれかでしょう」
緋色は基本的に気に入ったようだ。 当然か、彼女の戦闘スタイルは『ソードダンサー』スタイルだしな。
「なら、試02型はどうなのかしら? 確か異なる跳躍ユニット主機を搭載していたのではなかったかしら? そうよね、周防大尉?」
奥瀬大尉が柔らかな口調で聞いてくる。
何だか祥子や、今ここには居ない三瀬さんとは違った意味でお嬢さんっぽい人だ。
久賀と2人、無言で押し付け合う―――負けた、くそ。
「え~・・・ 試02型は01型と違い、FJ111-IHI-132CⅡを搭載しています。 これは現行の帝国軍戦術機には搭載されていない奴です」
「確か、海軍機用に石河嶋が開発したものよね?」
祥子が横から口を挟む。―――良く知っているね?
「ふふ、以前に仲良くなった海軍の衛士から聞いた事が有るのよ。 彼女、海軍の『流星』の制式採用試験時に搭乗した経験が有るのね」
ああ、確か―――海軍の鴛淵大尉、とか言ったかな? うん、そうだ、鴛淵貴那大尉。 兄貴の同期生の長嶺海軍少佐の部下だった人だ。
「そう。 惜しくも制式採用は逃したけど、その大出力は折り紙つき。 原型になったGE社のF110-GE-129は、『疾風』の壱型で搭載されていたヤツだね」
それに石河嶋が手を加えたのがFJ111-IHI-132B、米海軍のF/A-18用のGE-F414と並ぶモンスター・パワーユニットで『疾風弐型』にも一時期搭載されていた。
FE108-FHI-225と比較しても、若干だが出力が大きい。 そのパワーユニットを改良したのがFJ111-IHI-132CⅡだ。
惜しくも採用競争には敗れたが、弱点だった燃費の悪さをかなり改善した型だ。
「燃費は77式・・・ 『撃震』や海軍の『翔鶴』の85%位。 元々F-4系の燃費は良くて、94式の10%増し位かな?」
「そうだ。 相対比較で壱型丙試02型の継戦時間は、壱型の94か95%程度に収まっているな」
俺と久賀が試02型の説明をする。―――と、同じ班の2人以外が首をひねる。
祥子が代表で聞いてきた。
「それで何か問題が? 推進系も、駆動系も、全く問題ないのでしょう? 確かジェネレーターはCOGLAG-1100-IHI-300のよね?
あれもかなりの大容量だし、FE108-FHI-225で使用しているものより小型ではなかった?」
「継戦時間も問題無いわね・・・ 何か決定的な不具合でも?」
確かに、一見問題が無いように思えるよな。 祥子と奥瀬さんが2人して首を傾げる。 印象の似た二人だから、そうしていると何か不思議だ。
いつの間にか座に加わっている和泉さんと市川さんも不思議そうにしている。
その時、唐突に緋色が口を挟んで来た。
「確かに、一見すれば問題ありません。 出力も良いし、燃費も問題なし。
こちらがバランスを苦労してとりながら、腕で燃費の悪さをカヴァーしている最中に小憎たらしい程に小気味良い近接機動を仕掛けてきますから」
「あら? 緋色がそこまで言うなんて。―――合格点もらえた様ね、直衛? 近接機動で彼女にここまで言わすなんてね」
面白そうに祥子が笑う。―――何か面白くないなぁ、俺だって近接格闘戦じゃ緋色には及ばないが、近接砲戦なら負けはしないんだけど。
「まぁ、まぁ、祥子、虐めなさんなって。 周防だってこれでも一応はあちこちで揉まれてきたんだしさ! ま、『一応は』だけどね!」
―――アンタに言われると、余計にムカつくんですが。 和泉大尉?
「あー、コホン。 話がズレそうなんで戻すけど。 試02型は機体の挙動制御と主機出力特性がマッチしていないんですよ」
久賀がわざとらしく咳払いしながら説明を再開する。
「特性?」
「はい、FJ111-IHI-132CⅡはトルクも太いし、パワーバンドも広い良いパワーユニットなんですが。
試02型―――いや、壱型丙の機動特性にマッチしていませんで。 時々、大雑把な操作をするとストールを起こすんです。
今日の実機戦闘訓練で周防が神楽に袈裟がけでバッサリやられたのも、そのストールが発生してリカバリーが間に合わなかった為なんですよ」
久賀の説明に、今日の訓練機動を思い出した。 急にすとーん、って感じに推力が抜けて。 機体が空回りしたような感じ。
主機がパワーバンドを再び噛むまでのほんの僅かの時間、冷や汗をかきながらスロットルを戻して再び慎重に上げて行ったが間に合わなかった。
「試01型は燃費と機体バランス問題。 試02型は挙動特性と出力特性のアンマッチ問題。 これじゃ、部隊配備はまだまだ先ですよ・・・」
「個人的には、試02型のアンマッチ問題を解決出来れば、そっちの方が良いと思う」
試01型に搭乗する圭介が、俺の愚痴の後に自分の感想を言う。
『疾風』や欧米機で戦ってきた俺達にとって、試02型の方が乗り易い事は確かだけどな。
「それより、そっちはどうなんだ? 祥子。 確か練習機だったよな?」
「ええ、そうだけど・・・ 練習機だからって侮れないわよ? 仮にも準第3世代機、腕次第で77式よりも戦闘力は上ね」
―――へえ、そんな高性能な練習機を作ったのか。
「それに、操縦特性が素直で良いわね。 癖が無いから戦術機に乗って間もない訓練生でも安心感が有ると思うの」
「そうだねぇ・・・ ちょっとパワー不足なのがタマに傷だけどさ、練習機にそこまでのパワーは必要ないしね」
「うん、ひな鳥達には丁度いい機体なんじゃないかな?」
訓練生用の機体の運用評価を、わざわざ実戦部隊の大尉クラスにさせる事も無いと思うんだが。
漏れ聞こえてくる話では、77式の代替機に使用する事も視野に入れているとか何とか。
その為に戦闘機動の評価をやっているのかね? 貧乏人の切なさだよ、ホント・・・
「壱型丙も、97式も。 俺達はあくまで数多い運用評価者の一部って訳で。
実際、多摩基地(東京府福生市)の戦術機甲審査部やこの富士の教導隊でも一部で運用評価をしている。
結果はそれ次第って事かな?」
「確かにそうだが。 しかし周防、だからと言って手を抜く訳にはゆかんぞ?」
「緋色、それは当然だな。 是非、実戦派の衛士の声ってヤツを聞いて欲しいものだ」
「エリートさんだけじゃ、判らない事は山ほどあるしな」
俺に緋色に圭介と久賀。 これでも92年から戦場で生き残ってきた衛士と言う自負はある。
―――是非とも、戦える機体にして欲しいものだ。
消灯時間も間近になって、各々が部屋に戻る事になった。
ふと、祥子が近寄って小声で話しかけてきた。
「・・・ねえ、来月には愛姫ちゃんも後期で合流でしょ? 月末には前期・後期合同の野外行軍訓練が有るわよね?」
「ん? ああ、そうだな。 もうそんな時期なんだな」
今月末で丁度半分折り返しだ。
「行軍訓練が終われば、特別休暇を1週間貰えるわよね? 丁度お盆の時期に」
「うん、だから前から何処かに行こうかって話してたじゃないか・・・ もしかして、用事が出来た?」
祥子と旅行したのはもう4年も前の話だ。 だから久々に2人で何処かに行こうかと言っていたんだけど・・・
「あ、ううん、そうじゃないの。 その何処か、なんだけど。 海にしない?―――愛姫ちゃん達と・・・」
海ね―――海、良いね。 夏の海。 思えば祥子とは行った事が無かったな。 でもさ・・・
「なんで、ここであいつが―――愛姫が出て来る訳!?」
「うっ・・・ ごめんなさい、以前に入院中の彼女をお見舞いした時にね、そんな話をしちゃって。
つい昨日、電話で話した時にね、『夏の休暇、楽しみにしてますからっ!』って言われちゃって・・・」
―――いいよ、いいんだよ、こう言う所も祥子の祥子たる所なんです。 彼女の魅力なんです・・・ チクショウ!
「はあ・・・ もしかしてさ、緋色や和泉さんも・・・?」
「うん・・・ あ、麻衣子はね、夏は軍病院でずっと看病するって言っていたわ、源君の」
―――あの2人、とうとう本格的にくっついたか。
はあ、圭介に声をかけるか。 逃げようったって逃がさないけどな。 久賀も捕獲するか、こうなったら市川さんにも犠牲になって頂くとしよう。
「お、大人数ね、今から軍の保養施設、予約しなくちゃ・・・」
焦り、ドモリ、引き攣った笑顔で答える祥子さん。―――いいよ、可愛いから、もう・・・
兎に角、夏の予定を確認してその場を別れた。
あとひと月半で休暇だ。 今こうしている間にも、最前線じゃBETAと死闘が展開されているが・・・
後方の本国に居る時くらいは良いだろう。 俺達だって任官以来、戦場で戦っている時間の方が多かったんだから。
(・・・その前に、あの暴食王め。 絶対、判っていてわざと約束しやがったに違いない)
舌を出して、してやったりとほくそ笑む同期生の顔が見えた気がした。―――ちぇ、二人きりの休暇が消えちまったよ。