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No.7678の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 ~第1部 完結~  [samurai](2012/01/15 00:56)
[1] 北満洲編1話[samurai](2009/03/31 02:40)
[2] 北満洲編2話[samurai](2009/04/12 14:43)
[3] 北満洲編‐幕間その1[samurai](2009/04/02 03:33)
[4] 北満洲編‐幕間その2[samurai](2009/04/02 23:49)
[5] 北満洲編-幕間その3[samurai](2009/04/04 02:31)
[6] 北満洲編3話[samurai](2009/04/04 22:33)
[7] 北満洲編4話[samurai](2009/04/05 19:23)
[8] 北満洲編5話[samurai](2009/05/16 17:22)
[9] 北満洲編6話[samurai](2009/04/11 02:17)
[10] 北満洲編7話[samurai](2009/04/12 03:34)
[11] 北満洲編8話[samurai](2009/05/05 23:46)
[12] 北満洲編9話[samurai](2009/04/18 21:28)
[13] 北満洲編10話[samurai](2009/04/18 22:35)
[14] 北満洲編11話[samurai](2009/04/19 01:16)
[15] 北満洲編12話[samurai](2009/04/24 02:55)
[16] 北満洲編13話[samurai](2009/04/25 22:53)
[17] 北満洲編14話[samurai](2009/05/06 00:47)
[18] 北満洲編15話[samurai](2009/05/10 04:08)
[19] 北満洲編16話[samurai](2009/05/10 03:42)
[20] 北満洲編17話―地獄の幕間[samurai](2009/05/13 19:48)
[21] 北満洲編18話[samurai](2009/05/16 03:31)
[22] 北満洲編19話[samurai](2009/05/16 03:59)
[23] ちょっとだけ番外編(バカップル編)[samurai](2009/05/17 03:25)
[24] 北満洲編20話[samurai](2009/05/19 23:48)
[25] 北満洲編21話[samurai](2009/05/20 00:32)
[26] 北満洲編22話[samurai](2009/05/24 02:21)
[27] 北満洲編23話[samurai](2009/05/24 04:25)
[28] 北満洲編最終話[samurai](2009/05/24 03:36)
[29] 設定集(~1993年8月)[samurai](2009/05/24 23:57)
[30] 国連極東編 満州1話[samurai](2009/06/09 02:02)
[31] 国連極東編 番外編・満州夜話[samurai](2009/06/09 02:03)
[32] 国連極東編 満州2話[samurai](2009/06/09 02:03)
[33] 国連極東編 満州3話[samurai](2009/06/09 02:03)
[34] 国連極東編 満州4話[samurai](2009/06/09 02:03)
[35] 国連極東編 満州5話[samurai](2009/06/09 02:04)
[36] 国連極東編 番外編 艦上にて―――或いは、『直衛君、弄られる』[samurai](2009/06/09 02:04)
[37] 国連極東編 満州6話[samurai](2009/06/09 02:04)
[38] 国連極東編 満州7話[samurai](2009/06/09 02:04)
[39] 国連極東編 満州最終話[samurai](2009/06/10 07:33)
[40] けっこう番外編(かなりバカップル編)[samurai](2009/06/12 23:53)
[41] 国連欧州編 英国[samurai](2009/06/14 10:27)
[42] 国連欧州編 イベリア半島1話[samurai](2009/06/17 23:46)
[43] 国連欧州編 イベリア半島2話[samurai](2009/06/18 00:38)
[44] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 1話[samurai](2009/06/20 23:34)
[45] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 2話[samurai](2009/06/21 13:54)
[46] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 3話[samurai](2009/06/26 00:07)
[47] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 4話[samurai](2009/06/28 03:55)
[48] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話[samurai](2009/06/28 10:30)
[49] 国連欧州編 シチリア島1話[samurai](2009/07/01 00:59)
[50] 国連欧州編 シチリア島2話[samurai](2009/07/01 01:28)
[51] 国連欧州編 シチリア島3話[samurai](2009/07/05 00:59)
[52] 国連欧州編 シチリア島4話 ~幕間~[samurai](2009/07/05 22:09)
[53] 国連欧州編 シチリア島5話[samurai](2009/07/10 02:30)
[54] 国連欧州編 シチリア島最終話[samurai](2009/07/11 23:15)
[55] 国連欧州編・設定集(1994年~)[samurai](2009/07/11 23:25)
[56] 外伝 海軍戦術機秘話~序~[samurai](2009/07/13 02:52)
[57] 外伝 海軍戦術機秘話 1話[samurai](2009/07/17 03:06)
[58] 外伝 海軍戦術機秘話 2話[samurai](2009/07/19 18:39)
[59] 外伝 海軍戦術機秘話 3話[samurai](2009/07/21 23:41)
[60] 外伝 海軍戦術機秘話 最終話[samurai](2009/08/13 22:32)
[61] 国連欧州編 北アイルランド[samurai](2009/07/25 17:47)
[62] 国連欧州編 スコットランド1話[samurai](2009/07/27 00:36)
[63] 国連欧州編 スコットランド2話[samurai](2009/07/28 00:28)
[64] 国連米国編 NY1話[samurai](2009/08/01 04:13)
[65] 国連米国編 NY2話[samurai](2009/08/06 00:03)
[66] 祥子編 南満州1話[samurai](2009/08/13 22:31)
[67] 祥子編 南満州2話[samurai](2009/08/17 21:26)
[68] 祥子編 南満州3話[samurai](2009/08/22 19:19)
[69] 祥子編 南満州4話[samurai](2009/08/30 19:03)
[70] 祥子編 南満州5話[samurai](2009/08/28 07:52)
[71] 祥子編 南満州6話 ―幕間―[samurai](2009/08/30 18:45)
[72] 祥子編 南満州7話[samurai](2009/09/06 00:08)
[73] 祥子編 南満州8話[samurai](2009/09/16 23:35)
[74] 祥子編 南満州9話[samurai](2009/09/19 03:15)
[75] 祥子編 南満州10話[samurai](2009/09/21 22:59)
[76] 祥子編 南満州最終話[samurai](2009/09/22 00:42)
[77] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その1[samurai](2009/10/01 23:43)
[78] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その2[samurai](2009/10/01 22:02)
[79] 国連米国編 NY3話[samurai](2009/10/03 13:42)
[80] 国連米国編 NY4話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/11 12:38)
[81] 国連米国編 NY5話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/14 22:32)
[82] 国連米国編 NY最終話~Amazing grace~[samurai](2009/10/17 03:10)
[83] 国連番外編 アラスカ~ユーコンの苦労~[samurai](2009/10/19 21:28)
[84] 国連欧州編 翠華語り~October~[samurai](2009/10/23 22:58)
[85] 国連欧州編 翠華語り~November~[samurai](2009/10/24 15:34)
[86] 国連欧州編 翠華語り~December~[samurai](2009/11/01 23:21)
[87] 国連欧州編 翠華語り~January~[samurai](2009/11/09 00:17)
[88] 国連欧州編 翠華語り~February~[samurai](2009/11/22 03:05)
[89] 国連欧州編 翠華語り~March~[samurai](2009/11/22 03:38)
[90] 国連欧州編 翠華語り~April~[samurai](2009/11/22 04:13)
[91] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 1話[samurai](2009/11/24 00:29)
[92] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 2話[samurai](2009/11/29 02:20)
[93] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 3話[samurai](2009/12/06 22:19)
[94] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・前篇[samurai](2009/12/11 22:37)
[95] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・後篇[samurai](2009/12/12 21:38)
[96] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 5話[samurai](2009/12/13 20:58)
[97] 国連欧州編 最終話[samurai](2009/12/13 23:06)
[98] 帝国編 ~序~[samurai](2009/12/19 05:05)
[99] 帝国編 1話[samurai](2009/12/20 12:06)
[100] 帝国編 2話[samurai](2009/12/24 00:16)
[101] 帝国編 幕間[samurai](2009/12/25 04:22)
[102] 帝国編 3話[samurai](2009/12/30 05:15)
[103] 帝国編 4話[samurai](2010/02/08 02:09)
[104] 帝国編 5話[samurai](2010/02/22 01:03)
[105] 帝国編 6話[samurai](2010/02/22 01:00)
[106] 帝国編 7話[samurai](2010/03/01 00:28)
[107] 帝国編 8話[samurai](2010/03/13 22:53)
[108] 帝国編 9話[samurai](2010/03/23 23:37)
[109] 帝国編 10話[samurai](2010/03/28 00:51)
[110] 帝国編 11話[samurai](2010/04/10 21:22)
[111] 帝国編 12話[samurai](2010/04/18 10:47)
[112] 帝国編 13話[samurai](2010/04/20 23:21)
[113] 帝国編 14話[samurai](2010/05/08 16:34)
[114] 帝国編 15話[samurai](2010/05/15 01:58)
[115] 帝国編 16話[samurai](2010/05/17 23:38)
[116] 帝国編 17話[samurai](2010/05/23 12:56)
[117] 帝国編 18話[samurai](2010/05/30 02:12)
[118] 帝国編 19話[samurai](2010/06/07 22:54)
[119] 帝国編 20話[samurai](2010/06/15 01:06)
[120] 帝国編 21話[samurai](2010/07/04 00:59)
[121] 帝国編 22話 ~第1部 完結~[samurai](2010/07/04 00:52)
[122] 欧州戦線外伝 『周防大尉の受難』[samurai](2009/09/12 02:35)
[123] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~[samurai](2010/12/20 23:16)
[124] 設定集 メカニック編[samurai](2010/12/20 23:18)
[125] 設定集 陸軍編(各国) 追加更新[samurai](2010/05/15 01:57)
[126] 設定集 海軍編(各国) [samurai](2010/05/08 18:23)
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[7678] 帝国編 20話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/15 01:06
1998年1月19日 0815 朝鮮半島 光陽北15km地点


「・・・フラガラッハ・リーダーよりCP、光陽北15km、エリアG6SにBETA群約3800。 西から東へ移動中」

≪CP、フラガラッハ・マム了解。 フラガラッハ・リーダー、くどいようですが・・・≫

「渡会、心配するな。 この程度の戦力で突っかかる気はない。 他の地区の状況は?」

≪変化無しです。 30分前にF7Dで東から西へ移動する個体群、約4000を確認した以外は動き無し。
フラガラッハ・リーダー、0900まで定点監視を続行して下さい≫

「フラガラッハ・リーダー了解。―――リーダーよりフラガラッハ全機、聞いての通りだ。 美味しそうな獲物が通り過ぎても手を出すなよ?」

―――『了解』

半島の西部と東部でBETA群の動きが非常に活発化している。 しかしその間に挟まれた中南部は奇妙な静寂状態に有った。
もっけの幸いでは有る。 民間避難民の脱出船団は30分前に最後の船が港を出港した。 あと1時間半もすれば光線級の照射危険水域から脱出できるだろう。

(―――その前に第3護衛戦隊に護られた俺達自身の脱出艦隊の到着が約3時間後。 
そこから脱出作業完了が4時間後で危険水域脱出は5時間後。 1330までは何事も無く終わって欲しいものだ・・・)

目前の山岳地帯、その山肌を埋める様に蠢くBETA群を網膜スクリーンの望遠ズームモードで映し出す。
あの群れの蠢く先では友軍が苦戦している。 しかし自分達はその戦いに参戦する事は許されていない。

コクピットのシートに深く持たれかけた姿勢で軽く嘆息した周防直衛帝国陸軍大尉は、再び投影モードに戦略MAPを呼び出した。
東部も西部も、随分と戦線が縮小されている。 東部は既に釜山前面、西部も木浦の直ぐ先まで後退していた。

(―――ここまで来たら、もう増援がどうのと言う場合じゃない。 何とかしてここを無事に脱出するしかない、部下達を全員連れだして・・・)

BETAがここを無視するならそれで良い。
自分は中隊指揮官で有り、師団や軍団と言った戦略単位を指揮する身ではない。 なら中隊に対しての責任を果たすまでだ。 そして大隊長を補佐する責任も。

半島脱出作戦はその最終段階を迎えつつあった。









1月19日 0850 朝鮮半島 臨時首都・釜山 釜山港


「どけ! どけ!」

「乗るんだ、あの船に乗るんだ・・・!」

「邪魔だ! どけ! この老いぼれ!」

「待ってくれぇ! 俺も乗るんだよ、その船に!!」

「お、押さないで! 押さないで下さい、私の子供が・・・ 赤ちゃんがいるんです、押さないでッ・・・」

「俺だ、俺が乗るんだ! てめぇらはどきやがれ!!」


恐怖にひきつった顔、顔、顔・・・
焦燥感が滲んだ顔、顔、顔・・・
そして何より、人の中の動物的な部分が露わに、剥き出しになった顔、顔、顔・・・

―――何が何でも、あの船に乗ってやるのだ。 生き残りたいのだ。 例え他の連中がくたばっても、自分だけは!!

誰もが目を血走らせ、恐怖の裏返しである暴力性を撒き散らせ、我先へと乗船口に殺到する。
BETAは釜山市中心部からから20kmの位置にまで接近していた。 防衛部隊である米軍(海兵隊、第8軍団)は第7艦隊(第76、第79任務部隊)が次々に収容している。
防衛線は今では韓国軍第1、第2軍団と首都防衛軍団が必死の抵抗を示しているが、破られるのは時間の問題だった―――BETA群、約6万。


「・・・残りの未収容民間人数はどの位だね?」

岸壁を見つめていた帝国海軍海上護衛総隊・第1護衛艦隊司令長官の大森綸太郎海軍中将が、参謀長の後藤光次郎海軍少将、先任参謀の大井篤史海軍大佐に振り向かず尋ねる。

「はっ、想定で約13万人。 現在までで米海軍、韓国海軍残余と共同で約37万人を収容完了しました」

後藤参謀長の報告に、大森中将が表情を曇らせる。 無理も無い、あと13万人―――そんな数を収容できる船舶も、時間的な余裕も無いのは自明なのだ。

「・・・実質的に、あとどの位の人数を収容可能かね?」

後藤参謀長も、大井先任参謀も揃って押し黙る。 その余りに残酷な数字を口に出す事が恐ろしい―――いや、己が罪悪の様な気がしたからだった。

「・・・どの位かね?」

大森司令長官が再度、同じ質問を発する。
参謀長と視線を合わせた大井篤史大佐が、意を決した表情で司令長官を見据えて報告した。

「米海軍で1万2000、我が護衛総隊で6000、韓国海軍が2000―――合計、2万が限界です、長官」

釜山と北九州の各港をピストン輸送しているものの、船舶数の限界、収容港湾の限界、そして何よりも時間的余裕の限界。 全てを得る事は不可能だった。

「せめて・・・ せめてあと2日の時間があれば。 いや、せめて1日、出動命令が早ければこんな事には・・・」

「それは無理です、参謀長。 誰もこんなに早く半島の防衛線が崩壊するとは予想もしていなかった。
少なくともあと2日か3日は余裕があるものと・・・ 帝国だけではありません、韓国政府も、日中韓統合軍事機構代表部も、そして国連―――米軍もです」

そう言って大井先任参謀は忌々しげに振り返り、朝日が昇った西の空を見つめた。
それも束の間、直ぐに如何にもキレ者の実務担当者の顔に戻り上官に進言する。

「問題は、その事実を港の群衆に気取られないようにする事です、陸戦隊を港に派遣して誘導整理に当らせておりますが。
国連太平洋方面総軍、本国の軍令部、そして韓国軍司令部の了解は取っております、いざという時は・・・」

いざという時は、実力で暴発する群衆を「整理する」事も想定しておかねばならない。

その時、司令部付き通信士官が1枚の電報文を大井大佐に手渡した。 それを読んで、大井大佐の表情が失われる。
全く感情と言うものを感じさせなくなった部下を見て、大森中将は粗方の予想が出来たのだろう。 確認の様に聞いた。

「先任参謀、時間的余裕は残っているかね?」

答える大井大佐の声は、腹の底から、腸が捩れる様な恐怖を滲ませた声だった。

「・・・ありません、長官。 韓国軍が破られました、BETA群は10km地点まで接近中―――30分も有りません」








1月19日 0910 朝鮮半島 釜山港


「第2中隊! 射撃用意! 目標―――バリケードを越えてくる暴徒! 撃てッ!!」

混成陸戦団(大隊規模)第2中隊指揮官・藤崎省吾海軍中尉は、未だ自分が下す命令が信じられなかった。
目前でバタバタと倒れて行く相手はBETAではなく、釜山から脱出しようと必死になっている避難民達―――男も、女も、老いも、幼きも。 皆が銃弾によって倒れてゆく。

帝国の海の防人たらんと志して、海軍兵学校の門を叩いたのはもう6年も前。 あの時は前途に希望を膨らませていた。
卒業して少尉に任官した時も、今の乗艦で中尉ながら分隊長(陸軍の中隊長職に相当)に抜擢された時も。
それがどうした。 今の自分は無抵抗の、丸腰の避難民相手に射撃命令を出している。

「崔中尉! これ以上は保たんぞ! ゲートも、群衆も!―――そろそろ引き上げ時だ!」

「チュキゲッタ! 勝手に行け! クソ、なんでこんな事に・・・!!」

隣接区ではつい先ほど顔見せしたばかりの韓国海軍海兵隊の若い将校、崔鳳錫(チェ・ボンソク)韓国海軍中尉が、涙を流し絶叫しながら射撃命令を出している。
当然か、本来なら彼が命がけで守るべき同胞に対して銃口を向け撃っているのだから。

ホンの先程の事だ、何処からともなく『防衛線が崩れた! BETAがやってくる!』と言う絶叫があちこちで響いた。
途端にそれまで不安顔ながらも、順番を守って乗船待ちをしていた群衆にパニックが生じた。 それは瞬く間に埠頭全体に広がったのだ。


「中隊長! 収容余裕残は300名!」

後ろで有線電話を使って艦上とやり取りをしていた中隊付き下士官の上等兵曹(陸軍の曹長に相当)が、自分より余程腹の据わった声で報告する。
軍歴の長いこう言った連中には、今のこの状況も何かの意味があり、世界の真理を知り尽したかのような雰囲気があった―――羨ましい。
中隊を入れて300名―――中隊員を除けば、そんなに多くは無理だ。 ここが決断のし時か。

「崔中尉! もうこれ以上は無理だ! 本気で突破されるぞ! これまで収容した避難民の命さえ危うくなる!」

「・・・哀号(アイゴー)!! 許して下さい、皆さん・・・! 許して下さい、祖国よ・・・! ―――第212海兵中隊、乗艦せよ! 撤収だ!!」

韓国海兵隊中隊が残り僅かな収容可能人数の避難民を守る様に、銃口を港の群衆に向けつつ艦上へと続くタラップを駆け上げってゆく。
韓国海軍に残された僅かな大型艦―――独島級戦術機揚陸艦のネームシップ『独島』 戦術機を全て降ろし、中に避難民を満載した『主力艦』


(―――何とね、この名前をね・・・)

その艦名の由来にいささか複雑な気分になりつつも、藤崎中尉は自分の指揮中隊に命令を下す。

「よし、ゲートを封鎖しろ! これ以上の乗艦は無理だ! 荷役人達も艦上へ!」

ゲートの外で罵声を浴びせかける群衆に銃口を向けつつ、急ぎ艦上へと移動する。

「おい、そこの連中! お前達も急げ! あと数分で出港するぞ!」

妙に小柄で華奢な荷役人達をどやしつけながら艦上に戻ろうとした藤崎中尉は、ふと或る事に気付いた。
―――こいつら、港人足の癖に香水なんかつけていやがるのか?
妙に良い香りがしたのだ。

「おい、お前ら・・・」

そう呼びかけた時、一段の中から一人が振り返って彼に言った。

「乗船させて頂ける事は感謝致します。 ですけど、私達は『お前達』などと言う名ではございませんわ」

「WAVES(海軍女性将兵)か・・・?」

作業帽の下から、艶やかな束ねた黒髪が見えた―――今まで気づかなかったとは。

「正式にはそうではありませんわ。
徴用されて港湾業務に就いておりましたけれど、私は釜山のある女学校の教師です。 
この娘達は皆、私の教え子達ですわ」

よく見ると港湾人足と思っていた者達は皆、軍の作業服を着せられた年端もいかぬ少女達ばかりだった。
皆一様に疲れ、そして怯えた表情をしていた。 無理も無いかもしれない。 祖国は崩壊し、恐らく親兄弟とも別れた娘達も多いだろう。
何よりこれから向かう帝国は、彼女達にとっては『近くて遠い』隣国―――外国だ。

「それは失礼した、先生。 私は日本帝国海軍中尉、藤崎省吾。 何か要望があれば出来る範囲で融通はつけましょう」

「まあ、こんな場所で仏様に出会ったようです。 白愛羅(ペク・エラ)ですわ、藤崎中尉」

「白先生。 では、貴女と貴女の大切な娘さん達は艦内に入るべきだ、ここは些か似つかわしくない」

その時、部下の上等兵曹がこっそりと耳打ちする。

「・・・分隊長(彼は藤崎中尉の分隊員だった)、全員を収容は出来ません。 艦橋から数を選抜せよと」

その声に改めて少女達を見る。 
引率の白教諭の他に、大体100人以上―――3クラス分程の女子生徒達が疲れ果てて蹲り始めている。

「収容余裕は?」

「我々を抜いて、大方70名。 艦内は飽和状態です」

「・・・隣の『独島』は?」

「既に収容限界を20%越しておると。 これ以上無理に収容すれば、圧迫死する可能性があると」

思わず目を瞑る。 人生はままならないものだ、しかし目前の少女達にそれを判らせろと? 人生と言う程の時間を未だ生きてきていないこの少女達に?
暫く目を瞑って絶句し、やおら目を開けて目前の女性教師に告げる事にした。

「白教諭、私は貴女に事実を伝える義務がある」

「藤崎中尉? 何事ですの?」

「貴女の教え子、その全員を収容する余裕はありません。 7割―――それが限界なのです」

「ッ・・・! では、残りの生徒達は・・・!?」

「次の便で・・・」

「次の便!? 有るのですか!? ならばどうして先程から皆が騒いでいるのです!? どうして発砲を!?」

―――本当に人生はままならない。 こんな言葉を口にする予定じゃ無かったのにな。

「・・・有りませんな、次の便は。 それが事実です」

沈黙が降りる。
教師と軍人の会話を耳にしたのだろう、語学が出来る女生徒達が騒ぎ始めた。(会話は英語だったのだ)

『ねえ、どうなるの!? 私達、ここで死ぬの!?』

『いやだ! 死にたくないよぉ・・・』

『日本の軍人さん、お願い、助けて! 助けて下さい!!』

『オンマ(お母さぁん)・・・』

思わず藤崎中尉はその場に立ち尽くした。 
帝国海軍軍人、海軍中尉、そんな彼の素顔は未だ20代前半の多感な青年だったのだ。
気付くと部下の視線が己の背に刺さっている。 指揮官としての己が姿を見られている―――畜生、本当に人生はままならない。

「申し訳ないが、例外は有りません。 埠頭に残る人々は・・・」

―――BETAの腹の中に収まる。

そう言っているものだ。 俺がそう宣告したのだ、今まさに。


『白先生・・・ 私達、残ります』

『先生、下級生の子達、乗せてあげて』

『あ・・・ 貴女達・・・!』

見れば幾らか年嵩の少女達が、如何にも無理な笑みを顔に貼りつかせてそう言っている。

『私達、上級生だから・・・ オンマに言われたから、あの子達のオモニ(お母さん)からも頼まれたから・・・』

『大丈夫です、白先生。 私達、大丈夫・・・』

あちこちで泣き声がし始めた。
そんな上級生を見て泣く少女がいる。 姉妹だろうか?『オンニ(お姉さん)、オンニ!』と言って年かさの少女に縋りつく幼い少女がいた。
唐突に1人の少女が藤崎中尉の前に立って、行儀良く頭を垂れてお願いをする。 たどたどしい英語―――国際共通語で。

「日本の軍人さん、小さい子達をお願いします―――私達の妹達を、お願いします」

血管が切れそうなほど、頭に血が上っていた。 目が飛び出しそうな気がする。
気がつくと口の中が鉄臭い、知らず唇を噛んでいたか。

一体何が、一体誰が、この少女達に死を覚悟させたのだ! 未だ15、6年位しか人生を送ってきていないと見えるこの少女達に!
何が?―――家族の死、友人の死、様々な死。 畜生、そんな事判るものか!
誰が?―――俺の言葉だ、直接的には! 俺が最後の引き金を引いたのだ!
畜生! 腹を据えろ。 忘れるな、この顔を。 この命を。

「―――兵曹、乗艦開始。 70名だ!」

「はっ!―――おい、貴様等! ボケっとするな! タラップでは手を貸してやるんだ! 1人も傷つけるんじゃないぞ! いいか、かかれっ!」

あちこちですすり泣く声と共に乗船が開始される。
やがて粗方乗船し終わった後、藤崎中尉はその中に白教諭の姿が無い事に気付いた。

「・・・白先生、生徒の引率者は必要だ」

「藤崎中尉、大変心苦しいのですが、私の生徒達をお願いします―――ここに残る30人は、私の担任クラスの女生徒たちなのです」

既に白教諭の周りには残る女生徒達が集まって艦上を見上げている。
笑っている。 泣きながら笑っている。 女生徒達も、白教諭も―――畜生! 畜生! 畜生!

(―――畜生! 直衛兄貴、今ならアンタの気持ちが判るぜ・・・)

藤崎海軍中尉の母方の従兄、周防直衛陸軍大尉は以前に前線で民間人を見捨てなければならない選択をした事があった、そう聞いていた。 その心境も。
藤崎中尉は腹の底から声を絞り出す様に、そして直立不動の敬礼で持って白教諭に相対して言った。

「私は日本帝国海軍中尉、藤崎省吾。 白愛羅先生、貴女の名は忘れない。 貴女の教え子達の事も忘れない。
日本帝国海軍軍人の矜持にかけて―――私を世に送り出してくれた両親の名にかけて」


ラッタルを登り切り、振り向いた藤崎中尉の視線の先に、透き通った様な笑みを浮かべる白愛羅教諭の姿があった。









1月19日 0920 釜山港沖合


『第115輸送艦、離岸します!』

『第221輸送艦、第223輸送艦、沖合に出ました!』

第1護衛艦隊・第15護衛戦隊に所属する『松』級駆逐艦の『萩』、その艦橋に様々な情報が飛び込んで来る。

『釜山後方、丘陵地帯に光線級確認! 約60体、距離12海里(約22.2km)!』

『旗艦『夏月』、第11護衛戦隊『天津風』、『浦風』砲撃開始! 『松』、『藤』、『橘』、続航します!』

『第12護衛戦隊、『睦月』以下4隻、砲撃開始しました! 続いて『楓』、『桜』、『桃』、『樅』砲撃開始!』

『韓国海軍駆逐艦、『大祚栄(デ・ジョヨン)』、『乙支文徳(ウルチムンドク)』、砲撃開始! フリゲート『全南(チョンナム)』、『済州(チェジュ)』、『全州(チョンジュ)』、続きます!』


イージス駆逐艦1隻に打撃駆逐艦4隻、そして汎用駆逐艦11隻とミサイルフリゲート艦3隻。
誠にうすら寒い砲撃支援の陣容。 しかしこれが第1護衛艦隊と韓国海軍第2艦隊の持てる全てだった。
日韓5隻の護衛戦術機母艦と戦術機揚陸艦は、全艦が戦術機を降ろして避難民を詰め込み、脱出しようとしている。
『松』級汎用駆逐艦の残る5隻と『浦項(ポハン)』級コルベット6隻もまた、避難民を満載して輸送艦に混じり出港したばかりだ。

その内の1隻で有る『萩』もまた、つい先ほど最後の避難民―――報告によれば女学校の女生徒達が70人程―――を乗せて出港したばかり。
そんな事情はお構いなしの凶報だった、光線級が出現したのだ。 こんな小さな駆逐艦などレーザー照射を受けたが最後、あっという間に誘爆・爆沈してしまうだろう。

「ブリッジ(艦橋)よりエンジン(機関室)! 最大戦速だ!」

『エンジンよりブリッジ! 艦長、無茶言わんで下さい! こいつはオーバーホール寸前なんですよ!?』

「機関長、そんな場合じゃないんだ! 光線級だ、光線級! 出やがった!」

『何ですって!?―――了解、最大戦速!』

グッと艦自体が加速するのが判る。
見る見る艦首に被る波が大きくなり―――高速で荒い玄界灘を突っ切る様に南下してゆく。

『―――ッ! 『藤』、『桃』、レーザー照射被弾!』

『左舷、『睦月』、爆沈します!』

『全南(チョンナム)、轟沈!』

防御力など無きに等しい駆逐艦で光線級との叩き合いは端っから絶対不利なのだ、判っている。
判っているが、彼等は最後まで盾になる。 避難民を乗せた艦がせめて対馬の島陰に隠れるまでは。

『2、いや、3隻沈没! 旗艦『夏月』中破! 『天津風』、沈みます!』

『韓国艦隊旗艦『大祚栄(デ・ジョヨン)』、大破停止! フリゲート『全州(チョンジュ)』、レーザー被弾!』

『米第7艦隊から第71-2任務隊、第73-2任務隊、来ました!』

悲痛と同時に歓声が上がる。
蔚山沖の米第7艦隊から分派された第71-2任務隊、戦艦『イリノイ』、『ケンタッキー』 
そして第73-2任務隊のイージス巡洋艦『アンツィオ』、『ヴェラ・ガルフ』 それとアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦が6隻。
16インチ、8インチの大中口径砲が唸りを上げて飛来する。 そしてミサイル駆逐艦が日韓両艦隊の抜けた穴を塞ぎにかかった。

釜山港湾上空で盛大な重金属雲が発生する。
『萩』乗組員はその光景を見て思わずゾッとした―――あの下にはまだ、残してきた避難民がいる・・・

その時、迎撃照射に向かわなかった1筋のレーザーが1隻の米駆逐艦の艦橋をまともに貫いた。

『ッ!! 『ファラガット』、レーザーが艦橋を直撃!』

米ミサイル駆逐艦『ファラガット』は、完全に艦橋上部構造物が蒸発していた。

『た、大変です! 『ファラガット』、本艦に突っ込んできます!』

「通信送れ!」

『ダメです! 『ファラガット』、通信途絶!』

艦橋は全滅したが、機関は健在なのだろう。 
被弾前の戦闘速力を維持したまま、頭脳を喪った『ファラガット』が『萩』の左舷に向けて突っ込んで来る。

「くっ! 右舷全速、左舷後進一杯! 面舵一杯!!」

間に合うか? 間に合うのか、回避は!?―――くそ、ダメだ、このままでは・・・! こっちは避難民を満載していると言うのに!

『ッ! 『ファラガット』の後方より戦艦『ケンタッキー』! 発光信号、『主よ、許し給え』―――『ケンタッキー』、主砲、発砲!!』

前部3連装2基・6門搭載された主砲塔から、米戦艦『ケンタッキー』の高初速16インチ砲弾が一斉に吐き出され、至近距離の『ファラガット』の後部に吸い込まれた。
『ファラガット』は後ろから思い切り蹴り付けられた様に艦体を艦尾から持ち上げ、次の瞬間海面に叩きつけられると同時に爆沈した。

「―――ッ!! 艦橋より機関室! 『機械全力』だ!!」

何ものかを耐えるかのように、艦長が機関室に怒鳴りながら指示を出した。

『こちら機関長! 艦長、正気ですかアンタ! 『機械全力』ですって!? 艦を壊す気ですか!?』

『機械全力』―――『最大戦速』でも、『全速』でも無い。 それ以上、つまり『機関が壊れても良いから、とにかく持てる全力でエンジンを回せ』と言う意味だ。
当然そんな事をすれば、エンジンはまず無事では済まない。 良くてオーバーホール、悪ければ機関の乗せ換えだ。

「機関長、『機械全力』だ! 責任は俺が負う! これ以上友軍同士での始末のつけ合いを見る気は無い!
対馬だ! 対馬の島陰まで持てばいい!―――何とかしてくれっ!!」

『・・・了解! 『機械全力』、了解!!』

(―――これで、俺も当分海に出して貰えないだろうな・・・)

振り返れば、戦艦『イリノイ』、『ケンタッキー』 そして巡洋艦『アンツィオ』、『ヴェラ・ガルフ』の4隻が最も海岸線に近い場所に位置して脱出船団の盾となっている。
それだけではない、『ファラガット』以外の米駆逐艦群、そして第1護衛艦隊と韓国第2艦隊の残存艦艇全ても。

レーザー照射を受けて酷く速力を落としている艦がある。 既にその場で停止してしまった艦がある。
それでも艦砲射撃とVLSからスタンダード・ミサイルを発射する事だけは、止めてはいなかった。


1月19日 1005 朝鮮半島東南部方面、釜山からの避難民脱出は終了した―――脱出収容人数、約39万人。 犠牲者約11万人。












1月19日 1040 朝鮮半島 光陽北15km地点


「セラフィム・リーダーよりCP、BETA群約1万3000が東部より西部方面へ移動中。 光線級、要塞級、重光線級を確認。 西部防衛司令部への警告は?」

≪CPよりセラフィム・リーダー、西部方面司令部へはリアルタイムで状況報告中です≫

「セラフィム・リーダー、了解。 このまま1100まで定点哨戒を行います」

≪CP了解。 現在第4直の韓国軍『ブルーバード』(李珠蘭大尉指揮)が発進準備中。 1105には脱出船団を引き連れた第3護衛戦隊が入港します≫

「そう。 脱出手順は?」

≪1115から支援部隊の乗艦が開始されます。 1220に完了予定、出港は1230。 戦術機甲部隊は麗水(ヨス)先端からNOEで脱出。
洋上70km地点に中継の護衛戦術機母艦と戦術機揚陸艦がオン・ステージ、16隻です≫

「16隻? 戦術機中隊は帝国・統一中華・韓国軍合わせて28個中隊よ、一度には無理の様ね・・・」

≪艦上で推進剤の補給を行って、そこから再出撃で対馬までNOE。 それを2回で全戦術機甲中隊の脱出を行います。 脱出開始は支援艦隊がレーザー照射危険水域を脱する1330≫

あと約3時間。 何も無ければそのまま脱出出来る。

(・・・脱出できたとして、その先に有る次の戦場は・・・? ダメダメ、そんな事考えていては。 今はこの任務に集中よ、祥子・・・)

任務に集中する事、それが今生き残る最短の道なのだ。 ここで死んでは今までが何だったのだ、と言う事になってしまう。
何としても生き抜いて見せる。 自分も、部下達も。 何より自らの生きる目的の為に。
綾森祥子帝国陸軍大尉のスケジュールには、ここで死ぬ予定は入っていないのだから。











1月19日 1230 朝鮮半島西南部 木浦 帝国軍第8軍団司令部


どうやら西部方面の避難民脱出作戦は完全には成功しなかったが、それでも90%以上の目的は達成された。
民間避難民の脱出スケジュールは、関係各部署の懸命の努力によって大幅に前倒しされ、一応の完了を見た。
それと相前後して木浦の目前にはBETAの大群、約4万7000が殺到していた。 阻止戦力は帝国軍第8軍団、韓国軍第6軍団、大東亜連合軍2個師団と帝国海軍第2艦隊。

既に後方支援部隊に重砲部隊、MLRS部隊は撤退用の輸送船に搭乗させた。 機動歩兵、機械化歩兵装甲部隊の退避も開始されている。
残っているのは直接打撃戦力の機甲部隊と自走高射砲部隊、それに最後の砦としての戦術機甲部隊。

唯一の救いは、中南部の光陽からの報告で避難民の完全脱出に成功したと報告があった事だ。
光陽には碌に支援も送らず、戦闘許可も出さず、かなり戦術的自由度を奪ったにもかかわらず良く耐えてくれたと思う。
そして直接指揮下の第8軍団。 本当によく耐えてくれた。 未だ戦力を保って最後の防衛線を維持している事は驚愕に値する。
その苦労もここまでだ。 第8軍団、そして韓国軍第6軍団、大東亜連合軍2個師団、その脱出準備は整った。

「閣下、海軍第2艦隊より入電、『撤退支援攻撃を開始する』です。 どうぞ脱出用ヘリまでお急ぎ下さい」

海軍が持てる砲撃力全てを叩きこんで重金属雲を形成させる。
その隙に最後まで残った戦術機甲部隊は一斉に沖合の戦術機母艦・戦術機揚陸艦までNOEで脱出するのだ。

「・・・了解した。 参謀長、5分で良い、一人にさせてくれ。 色々と整理したい」

「は? はっ! 了解しました」

参謀長が退出していった司令官室。 仮設の指揮卓から私物の拳銃を取り出す。 9mmパラ、脳幹を吹き飛ばすには十分だろう・・・
暫く黒光りする銃身を見つめ、ふと周りに何も無い事に気付く。 このままでは辺り一面を酷く汚してしまうな、と。

そんな事を考えている事自体、可笑しくなってくる。 木浦郊外では避難できなかった最後の避難民達の死骸が散乱していると言うのに。
港湾を死守する為に、最後の避難民約6000人を見殺しにせざるを得なかった。 そうでなければ港湾へのBETA群侵入を防ぎきれなかったのだ。

常に全てを完全に成せるなどと自惚れてもいない、そこまで自分は有能では無かろう。
銃口を咥えようとしたその瞬間、唐突に部屋のドアが開いた。 そして戸口から入室してきた人物を驚きの表情で見る。

「なっ・・・! 梅津閣下!?」

梅津芳次郎大将―――遼東半島撤退戦を第6軍司令官として指揮した後、彩峰中将同様に半島に残り、日中韓統合軍事機構日本代表部代表に横滑りしていた人物。
第8軍団長拝命以降は、半島に於いて国連軍の指揮下で何かと自分の盾となってくれた上官。
そして今回の『独断専行』を恐らくは知っていて尚、見逃してくれた上官。

「彩峰君、ここで死んではならんぞ」

梅津大将がゆっくり諭す様に言って、歩み寄ってくる。
しかしどうして梅津大将がここに? 統合軍事機構代表部は既に済州島に避難した筈だ。

「君の事だ、こんな事だろうと思ってな。 孫さん(孫栄達韓国軍大将・西部防衛司令官)からも話を伺って済州島から飛んできた。
ここで死んではならんぞ、彩峰君。 ここが死に場所ではないぞ」

「・・・しかし閣下、小官がここでけじめをつけねば、帝国は・・・ 陛下や殿下、それに帝国の民に多大な災いが降りかかります」

恐らく米国は怒り心頭であろう。
自分はこうするしかなかった。 こうする道しか選ぶ事が出来なかった。 こうするしか考えられなかった。
その結果は、帝国の外交上非常な不利を与える事になってしまうだろう。 せめて自分がここでけじめをつけねば。

「いかんぞ、彩峰君。 死に場所はここではないぞ」

「・・・梅津閣下、ではどこで死ねと?」

「帝都だよ。 陛下の、殿下のお膝元でだ。 ここで死んではな、帝都に戻ってからその責を部下達に負わす事になってしまうからな」

「・・・」

「彩峰君よ、暫く生き恥を晒してくれんか?―――帝都でな、この爺と2人で全ての責を負ってな、皺腹かっ切ろうじゃないか・・・」

「閣下・・・」

帝都にこのまま帰還する―――どの面下げて陛下に、そして殿下にご報告申し上げるのだ。
しかし梅津大将の言う通りだろう。 もしここで自分が、梅津大将がその腹を切ったとしても、事後の責任追及は全て部下達に及んでしまうだろう。 
全てを飲み込んで、黙って自分の方針に従ってくれた部下達を死なす訳にはいかない。

「・・・判りました、暫く生き恥を晒してご覧に入れましょう。 しかし閣下、本国は・・・」

「僕にもまだ人脈は有るよ。 軍内の国粋派が暴発しないように出来る限りの手は打つつもりだ、それが最後のご奉公だね」

悟りきった僧の様な表情でそういった梅津大将の顔を見ながら、彩峰中将は今までを振り返ってみた。

戦略的に見て、何と言う拙い動きをしたものか。 確かに戦死したバークス大将の方針は戦略上理にかなっていた。
だが結果に全ての重きを置く欧米人と違い、アジア系、いや東洋系は課程に置く比重が大きい。
もし自分があの時、あっさり東部防衛線へ移動していたら・・・ 韓国は、統一中華は、大東亜連合は、帝国に対して非常な不信感を抱いた事だろう。

それは91年の初期大陸派兵以来、何万、何十万の将兵を喪ってきた帝国にとって許容できる事ではなかった。
彼等の死は一体何だったのか。 同じく極東アジアの友邦として、同胞として戦場で共に血を流して戦い、BETAの侵攻を必死になって阻止してきた。
そうした戦いの中で散って行った数多の英霊たちは一体何だったのか、その死の意味は何だったのか。
自分には―――出来なかった。 正にその事を否定するが如き『戦略的行動』を許容する事が。


「・・・帝都にて」

「うん、帝都にて、だ」




梅津大将が退室した後、ふと私物が目に入った。
久しく構ってやっていなかった愛娘の写真だった。 彼女は写真の中で無邪気に、嬉しそうに笑っている。
自分と、自分を慕ってくれている1人の青年に囲まれながら。

「慧・・・ 許せよ・・・」











1月19日 1250 朝鮮半島 光陽北15km地点


「レッドハート・リーダーよりCP、とうとう来たわ。 腹ペコのBETA群約6000、南下中!」

≪CPよりレッドハート・リーダー! BETA群の進路と速度は!?≫

「真っすぐ南へ光陽に向かってくる。 速度は・・・ 約50km/h、中規模ながら要塞級も確認出来るわ。 いるわね、光線級も・・・」

≪CPよりレッドハート・リーダー! 至急防衛ラインまで後退して下さい!≫

「了解、あと40分で脱出開始だって言うのにね・・・ リーダーよりレッドハート全機、防衛ラインの内側まで後退する。
光線級に悟られないように噴射跳躍は禁止、サーフェイシングで行くぞ!」

―――『ラジャ』

8機に減った中隊の部下達の声を聞きつつ、朴貞姫韓国陸軍大尉は滅びゆく故国の山野を愛しそうに見つめ―――覚悟を決めた。


―――最後まで残るのは自分達だ。



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