1992年9月15日 1130 遼寧省 大連 旧市街地
どうしてこうなったんだっ!?
俺は、今日何度目か忘れた自問を繰り返していた。
場所は、大連の旧市街地。 俺と祥子さん、それにリーザとスヴェータ。彼女達の「両親」の6人。
「直衛君! 右に1人行ったわっ!」
祥子さんの警告。
咄嗟に姿勢を下げ、銃口を向ける。
廃墟の窓口に人影。 1人か。 威嚇射撃を加え、牽制する。 同時に場所を移動。
「駄目ですね。 南側は押えられました。」
コルトM1911のマガジンを交換しつつ、状況を報告する。
彼女はワルサー・モデル・PP(ポリッツァイ・ピストーレ)を構えながら警戒している。
「こうなったら、強引にでも西から突破して、市街地に入り込むしか。
連中も、人出のある場所では流石に、荒事は出来ませんよ。」
帝国でも、娯楽TVでその手の番組が有るが。
ああ言うのは只の作りものだ。 「あの手の」連中は、何より目立つ事を恐れる。
そして直接には手を出さない。 今、襲撃してきている連中にしても、現地雇用の非合法要員(イリーガルズ)だ。
それだけに、黒幣(ヘイパン。犯罪秘密結社)上りがいると、厄介だが。
「・・・それしかない様ね。 先頭は、私が引き受けます。
後ろに、ガスパージン・アルテミエフスキィ。 それから、リーザ、スヴェータ、奥様の順で。
直衛君、殿軍、お願い・・・」
そう言って、祥子さんはワルサーをアルテミエフスキィ氏に渡す。 護身用です、と言って。
その代りに、AKS-74Uクリンコフを手にする。
俺は車の中から、Franchi SPAS12、ルイジ・フランキ社の軍用ショットガンを手にする。
あと、ポーランド製Wz63。最後の近接制圧用だ。
リーザ、スヴェータ、そして母親にも、護身用にPPK(ポリッツァイ・ピストーレ・クルツ)を渡す。 これなら、女性でも何とか撃てる。
「行くわよ・・・ 5、4、3、2、1、GO!」
祥子さんがAKS-74Uの5.56mm NATO弾を吐き出しつつ、前方へ突進する。
俺は最後方から左右のターゲットへ、12番ゲージ弾をお見舞いする。
その間に、護衛対象の4人が祥子さんの居る所まで前進。
さて、次は俺・・・ っとぉ! 至近に7.62mm弾。 くそっ! もう後ろが来やがった。
後方へ1発、お見舞いする。 戦果未確認。 頭を引っ込めさせれば、それで良いのさっ!
前方へダッシュ!
そんなギリギリの攻防をしている最中、1台のワゴンが割って入って来た。
くそっ! 新手か!?
「早く乗れっ! ここは引き受けるっ! さっさとしろっ!」
車内から女性がH&K UMPを乱射しつつ叫ぶ。 車内から飛び出した3人の男たちが、FN FNCを射撃していた。
見事に、無国籍の銃器展覧会だな。 そんな馬鹿な考えが一瞬、脳裏をよぎったが、何はともあれ、車内に乗り来む。
え? 相手の身元? こっちは俺と祥子さん。 向こうは件の女性一人。 場合によっては制圧するさ。
俺達6人を収容した事を確認すると、ワゴンは派手に急発進した。
全く、休暇中だって言うのに、どうしてこんな・・・
「・・・散々な休暇ね・・・」
祥子さんが呟く。 全くだ。 俺はつい30分前の出来事を思い返していた。
≪30分前 大連 旧市街地付近≫
昨日の「埋め合わせ」或いは「汚名返上」の為(ん? 例の『見習い』の件だよ!)、今朝も祥子さんを誘った。
最初は和泉少尉と、どこかへ行く予定立った様だが、 『あ、お邪魔虫はさっさと消えるから。 気にしないでぇ~~』 と、あっさり引いてくれた。
後で何やら、根掘り葉掘り聞かれそうで、一瞬嫌な気がしたが。
それでも、祥子さんも嬉しそうだったから、まぁ、いいか。 と思った。
因みに、後の3人はさっさと外出。 珍しく、3人であちこち回るとか。
どうでもいいけど、俺、聞いてない。 同期で仲間外れは、ちょっと寂しいぞ。
ま、そんな瑣末はどうだって言い。 俺の今日の目的は『汚名返上』だった。
そう言う訳で、一昨日に引き続き、「デート」であった。
ううむ。 新鮮な言葉だ。 何? その年で、って? 五月蠅い。帝国じゃ「男女7歳にして、席を同じうせず。」の遺風?の残滓が強いのだぞ。
そうそう、学生時代に大っぴらな男女交際は、良く思われないんだよっ!
で、あちこちと、珍しげに2人して散策していた訳だ。
天気も良いし、暑くも寒くも無いし。
俺は麻のシャツとジーンズ、革靴。 祥子さんは淡いブルーのワンピースに、パンプス。
2人とも、一昨日街で買い求めたのだ。 普段着なんて、基地じゃ必要無いし。
暫くして、リーザやスヴェータと出会ったのだ。 彼女の「両親」も一緒に。
車に乗っていたが、驚いた事に、旅行にでも行くのかと思うほど、荷物を持っていた。
挨拶を交わす時、「両親」は、傍目にもそわそわしていた。
訝しげに思っていた、その時だった。 いきなり襲撃されたのは!
訳がわからず、それでも2人とも、訓練通りに体が車の陰に隠れる。
咄嗟に、リーザがドアを開けてくれた。
かなり無理はあったが、2人して後部座席に乗り込む。 と同時に、急発進した。
しかし、ラジエーターかどこか被弾したのだろう。
旧市街地でエンストしてしまったのだ。(民生の車体は、防弾壁になり得ない。簡単に貫通してしまう)
どうするべきか、思案しようとした時、いきなり「父親」アルテミエフスキィ氏が車内からスチェッキン・フル・オートマティック・ピストルを撃ち始めたのだ。
ふと、後部キャビンを見ると・・・・あるわ、あるわ。 自動拳銃から、散弾銃、軍用突撃銃まで。
「正当防衛」の言葉を思い出しながら、とにかく応戦する。
そして射撃しながら、事情を叫びながら聞き出した(射撃音で、大声じゃないと聞きとれない)
相手は、国家保安委員会(KGB)の極東支局、その非合法活動員だと言う事。
自分達は大連から脱出、アメリカへ亡命する予定だったと言う事。
直前に感づかれ、追手を放たれた事。
大連港まで行けば、アメリカ側の「協力者」と合流できる事。
・・・そして、リーザとスヴェータは、実の娘では無く、ダミーである事。
思いがけず、謀略戦に巻き込まれた不運を呪いつつ、兎に角身を守る為に応戦し続けた。
そして今、とあるビルの1室に身を隠している。
大連 旧市街地 雑居ビルの1室 1215時
「はい・・・ はい・・・ 『パッケージ』は確保しました。 『強盗』は排除。 『配達人』を手配しました。
『配送先』へは、2000時頃の予定です。 ・・・はい。 了解しました。」
U&K UMPをぶっ放していた女性が、無線機で誰かと交信している。
祥子さんは、リーザとスヴェータの様子を見ている。 特にスヴェータが怯えているのだ。
「父親役」だったアルテミエフスキィは、頭を抱えてさっきから無言だ。
彼はどうやら、外交官では無く、KGBの海外派遣要員だったようだ。
「古巣」の恐ろしさを知る故か、こちらもひどく怯えている。
「母親役」の女性は、どう見ても投げやりな表情だった。
リーザは心配そうに、スヴェータに話しかけている。
「暫く、ここに身を隠す。 今動き回るのは危険だからな。」
通信を終えた女性が、こちらを振り返って言った。
「ど、どう言う事だっ!? 君達はラングレー(CIA)の人間じゃないのか!?
一体いつまで、ここに居るつもりなのだっ!?」
見苦しい。
どうやら、本当に亡命したいのは、このおっさんだけのようだ。
後は、母親役の女性にしろ、リーザとスヴェータにしろ、眼を眩ます為の「道具」だったのだろう。
吐き気がする。
「こちらが用意したスケジュールに、従ってくれれば良い。 君達は米国に亡命できる。 私達は依頼を完遂できる。
何か問題が?」
「依頼? 君達は、一体・・・」
「強いては事を仕損じる。 私の国の言葉だがな。」
っ! もしかして・・・
「『ミカドのシノビ』か・・・」 「帝国情報省・・・」
アルテミエフスキィと俺が同時に呟く。
「・・・情報省でも何でもいいわ。 陸軍軍人として、説明をして貰いたいのですけど?」
祥子さんが銃口を向けながら、問いかける。
「物騒ね。 最近の陸軍衛士は、BETAだけじゃなくって、同胞にも銃口を向けるの?」
「情報省のスパイを、同胞とは思いたくないわ。」
「あら。 冷たいわね。 相変わらず、陸軍は頭が固いわねぇ。」
「何っ!」
「怒らないでよ。 ま、いいわ。 そっちの少尉さんも、来なさいな。」
・・・俺達の階級まで、ご存じって訳か。
全く。 確かに正規軍人。特に俺達のような野戦将校は、情報関係者とは関係が良くない。
と言うより、得体が知れない。
にしてもだ・・・
「まず。 私の官姓名は、遠慮させて貰うわ。 正直に名乗ってちゃ、明日には死体で転がっているしね。
そうね。 今は『主任』よ。 配送会社の、ね。」
それが所謂、アンダーカヴァー、と言うやつか。
「彼、アルテミエフスキィはKGB極東地区本部の、対日・対中諜報工作担当監督官。
インテリジェンス・ハイ・ケース・オフィサー、ね。 それなりの地位の人間。
『妻』役の女性は、彼の元部下で、愛人。
『娘』役2人は・・・ ま、『訳有り』の元軍人、よ。」
軍人? 2人とも? リーザは判る。 年若い年少兵としてなら、中国軍でも彼女くらいの年齢の将兵は居る。
だが、スヴェータは? まだ13,14歳位だぞ?
「・・・随分、年若い『元軍人』ね。」
祥子さんも同意見だったらしい。
「珍しくない。 ソ連じゃ、10歳から軍事訓練を受けるわよ。」
それも、聞いた記憶が有ったな・・・
国土の大半を、BETAに浸食された国家の、総動員体制の凄まじさを、垣間見たような気分だ。
「私達の『会社』は、米国の『大手』の代行で、『荷物』を『配送』する。 途中、『強盗』が出没すれば、これを排除してね。」
結局、亡命騒ぎに巻き込まれたと言う訳か。 俺達は。
リーザ達の元に戻る。
スヴェータは落ち着いたのか、それでも沈んだ表情だった。
どう声をかければ良いのか判らない。 俺も祥子さんも無言だった。
「あの・・・」
リーザが口を開く。
「あの、私達の事・・・」
「ええ。聞いたわ。 元ソ連軍人だそうね。」
祥子さんの声がきつい。
元軍人。 BETAと戦う戦友を置いて、未だ『安全地帯』に逃げ込もうとする。
亡命が成功すれば、彼女達は暫くは安全。 軽蔑と、羨望。 そんな感情を持った自分への自己嫌悪。
祥子さんの心中は、そんな所だろう。
誰も、人の生き方に対して強制力など持っていない。
彼女達がそう言った決断をしたからには、それなりの事情が有ったのだろう。
俺達の知らない、彼女達の過去が。
「・・・オルタネイティブ。」
ん? 何だ?
「私達・・・ スヴェータと私は・・・ オルタネイティブ・・・」
オルタネイティブ? 確か英語で「代替の」「二者択一の」と言う意味だったな。
一体何の「代わり」だ? それとも、何かの選択肢、か?
「リーザっ!! それ以上しゃべる事は許さんっ!!」
アルテミエフスキィが叫ぶ。 何なんだ、こいつはっ!
「アルテミエフスキィ。あんたは只の亡命希望者だろう? リーザの親でも、上官でもないようだしな。
あんたが、彼女に命令する事は出来ない筈だぞ? それとも、ここはソ連か? アラスカか?」
コルト・カヴァメントM1911の銃口を向ける。
流石に怯んだのか、一瞬口をつぐむ。 しかし。
「ふん。 私の亡命情報には、その2人も含まれている。 その『情報』を詮索する事は、貴様には出来んぞ? 少尉。
貴様の国も、1枚噛んでいるのだからな。 軍人として、国家戦略に齟齬を強いる行為は、戒められているのでは無いのか?」
くそ・・・ チェーカー(ソ連保安機関の蔑称)野郎め・・・
「何をしている? 勝手な真似は許さんぞ?
兎に角、1900時までここで休息をとる。 出発は1915時。 港には2000時予定だ。
両少尉は、済まないがそれまでは、身柄は拘束させてもらう。
仕事が終われば、解放するよ。 心配するな。」
「主任」はそう言うと、さっさとソファに横になった。
ふん。 鼻を鳴らし、アルテミエフスキィも横になる。
「直衛君。 兎に角、今はどうしようもないわ。 彼女の指示に従いましょう。」
「・・・そうですね。 餅は餅屋、ですか。」
「そうよ。」
お互い苦笑して、横になる。
ちらっと、リーザを見る。 彼女は相変わらず、スヴェータに寄り添っていた。
過去の事情は知らないが、少なくともリーザは本気でスヴェータを心配している。
それだけは、事実だ・・・
突然の銃撃音で目が覚める。 1840時。
周囲を見回す。
「母親」役の女性が倒れている。 頭を撃ち抜かれ、脳漿を巻き散らかしていた。 即死だろう。
「主任」が突撃銃を撃ち返す。 階下で2,3人、彼女の部下だろうか、応戦していた。
アルテミエフスキィは腹部銃創を負っていた。 駄目だ。 腹部の傷跡から、糞を漏らしている。 保って後、20分と言うところか。
祥子さんにリーザとスヴェータを頼み、窓際に近寄る。
AKS-74Uを構え、1連射する。 1人、仕留めるが、2,3人が建物内に侵入したようだ。 くそっ!
「・・・ふふふ、これまで、か・・・」
アルテミエフスキィが苦しそうに声を出す。
「小僧・・・ 貴様、あの娘達の事、知りたかったのでは無いのか?」
「うるさいっ! 今、それどころじゃ無ぇ!」
撃ち返しながら、叫ぶ。 兎に角、後続をこれ以上侵入させるのはまずい。
「主任」達も応戦に苦労する。
「なら・・・ 私の独り言だ・・・
あの二人は、サーシャ・・・ あそこで死んだ、私の『妻』の産んだ娘達だ・・・」
? 妻? 愛人じゃなかったのか?
「正式に結婚はしていない・・・ 党の許可が下りないのは、明白だからな・・・
私はロシア人。 サーシャはグルジア人だ。 党員でもなかった・・・
そして、彼女は・・・ 『有る計画』の下級要員でもあったのだ。」
・・・何の話だ? くそっ! 壁が邪魔で、射弾が阻止される!
「・・・対BETA情報戦・・・ 祖国は68年。 24年前から、その研究をし続けていた。」
対BETA情報戦っ!? そんな事をっ!?
「ESPによる、BETAの思考の読み取り・・・ その能力を得る為に、国中から能力のある男女が選ばれ・・・ その精子と卵子を提供させられた・・・」
なんだ・・・?
「より強力な能力を、人工的に作る為・・・ 人工授精が行われた・・・ 世代を繰り返し、繰り返し、な・・・」
人工授精・・・・ っ!! また来たっ!! 弾切れ! 45連マガジンを交換する。 連射!
いつの間にか、隣に祥子さんが加わっている。 彼女はH&K G3を連射している。
「だが・・・ 人工子宮だけは、作れなかった・・・ そこで、仮腹が用意された・・・
ロシア人以外から、まだ若い、健康な女たちが・・・ 兵役免除の特権で釣って、な。
サーシャも、その一人だ・・・ そして、17年前にリーザを、13年前にスヴェータを、その子宮で育て、産んだ・・・」
畜生っ! 何て事・・・ なんて話をしやがるっ!!
「私とサーシャは、幼馴染だった・・・ KGBに入ってから、音信は途絶えていたが・・・
『計画』に参画するようになって、再会した。
酷く驚いたよ・・・ ショックだった・・・ まぁ、そんな事はどうでもいいか・・・」
建物直下に3人。 手榴弾をプレゼントする。 爆発、悲鳴。
「窓際っ! 先に警告してくれっ!」
「了解っ!」
主任からクレームが付く。 ふん。 サービスしてやっているのに。
アルテミエフスキィの話が続く。
「・・・スヴェータは・・・『第5世代』では、高い能力が認められた・・・
だが、非常に不安定だったのだ。 そしてリーザは、『第4世代』中、能力は最低・・・
『廃棄処分』が確定していた・・・
私は提案した。 『同腹』ならば、リーザをスヴェータの『安定装置』として使えないか、と・・・
結果は良好だった。 そして・・・ 『あの作戦』に投入されたのだ・・・」
・・・あの作戦?
階下が騒がしい。 どうやら、屋内に侵攻した敵を、いよいよ裁き切れなくなったか?
しかし、外にもまだ居る。
「今年の7月、インド・・・ 数多くの、あの娘達の『姉妹』が投入された・・・
帰ってきたのは、たったの6%だった・・・
2人もその中に居た・・・ だが、最早使い物にはならなかった・・・
スヴェータは、精神に異常が認められた・・・ リーザは、スヴェータの『維持』が困難になったと言う・・・」
もしかして・・・ 7月、あの作戦か? 大失敗に終わった、あの・・・
「早速、改良が・・・ 『第6世代』への移行が、為された・・・
リーザとスヴェータは・・・ 今度こそ、『廃棄処分』になる・・・
その頃、私は・・・ 祖国の『計画』が行き詰った事を知った。 もう無理なのだ。
そして、そんな祖国に嫌気もさした・・・
サーシャは・・・ 11人目を3年前に産んで以来、体を壊した。 当たり前だ。14年間に11人も、産ませられたからな・・・
私は、亡命を決意した。 もう、沢山だった・・・」
・・・・
「リーザとスヴェータは、対BETA探知能力は低下したが・・・ 対人能力で言えば、未だ有効だ・・・
そんな報告をでっち上げ、検証実験と称して、大連にやって来た。
サーシャは強引に、部下として、な・・・
そして、CIAに渡りを付け・・・た・・・」
急にアルテミエフスキィの声が弱々しくなる。 駄目か。 顔が土色だった。
「連絡員・・・からの、指示は・・・ お前達と・・・ 接触しろ、だった・・・
正直・・・訳は解らなかった。
しかし・・・ 他に・・・ 術が、なかった。」
!? 俺達に? どう言う事だ!?
「・・・あと・・・すこ・・し・・・ だった・・・の・・に・・・」
途方に暮れたような眼を開きながら、祖国と、任務と、実際の恋情とに、挟まれ続けた男の亡骸だけが、残った。
「上っ!どうだ!?」
主任が喚く。
「外からの『増援』は、これ以上無いらしい。 『両親』は、くたばった! そっちは!?」
武器庫から、弾倉を6本ほど引っ掴む。 コルトM1911のマガジンも3本。 アーマーベストを着こみ、突っ込む。
祥子さんも同様に、弾倉を4本。 あと、手榴弾を4発。
「だったら! 応援にこい! 手が足りん!!」
「了解!」
部屋の隅で抱き合っているリーザとスヴェータに、動かないように指示して、廊下に出る。
階段を中ほどまで下って、主任と合流する。
どうやら、階段の下半分を挟んでの銃撃戦のようだ。
「反対側は?」
AKS-74Uを撃ちながら聞く。
「回り込まれると厄介だ。 最初に吹き飛ばした。」
主任がH&K UMPを撃ちつつ、叫び返す。
「あと、どの位いるのっ!?」
H&K G3を単射で狙いながら、祥子さんが聞き返す。
「こっちはここの3人と、左手に1人! 2人殺られたわっ! 向こうは多分、あと3人!」
銃撃音が鳴り響く。 それにしても。 よくこの騒ぎで周りが放っておかないな?
「触らぬ神に祟りなし、よっ! それより、手榴弾、持ってきたっ!?」
祥子さんがM67を見せる。
「OK! 合図したら、投げて! 大体、あの窓の下辺りにっ!
・・・03、いいかっ? 『熱いヤツ』をくれてやるっ! 同時に制圧しろっ!」
『了解っ!』
階下のバリケードに陣取った男が応答する。
「いくぞっ! 3、2、1、今っ!」
祥子さんがM67破片手榴弾を投擲する。 咄嗟に、物陰に隠れる。
大音響。 ひと呼吸置いて、4人で突入した。
・・・敵は3人。 全て即死していた。 15mの殺傷圏にうまく嵌ったのだろう。
鋭い破片で切り刻まれていた。
祥子さんが、口に手を当て、顔をしかめる。 自分の投擲した手榴弾が、『人間』を殺したんだ。
肩に手をやり、抱き寄せる。
「・・・・人間相手は、初めてか?」
主任が死体を調べながら、問いかけてきた。
「・・・ああ。 BETAとなら、5カ月ばかり、殺り合ってたけどな。」
正直、俺も胃がむかむかする。
「ま、お互い様だ。 それより脱出する。 早々、のんびりしてられん。 タイムリミット、ぎりぎりだ。」
「・・・上の死体はどうする?」
「後で、『専門業者』が処分する。 心配するな。」
主任と、その部下。 俺と祥子さん。 そしてリーザにスヴェータの6人は、止めてあったワゴンに乗り込み、ビルを後にした。
1992年9月15日 1130 遼寧省 大連 大連港付近
ワゴンは、港近くに停車。 そこで様子を窺っていた。
何でも、ピックアップの連中待ちらしい。
主任と部下が車外で警戒。 俺達4人は車内待機。
「・・・・そう言えば、リーザ。」
「えっ・・・?」
「さっき、言いかけてた事。 『オルタネイティブ』 一体、何の事だ?」
「オルタネイティブ? 何の代わり?」
今まで終始無言だったリーザが、ぽつりと呟く。
「・・・『オルタネイティブ』は・・・ 私達は・・・
人類の 『代わりに』 BETAを覗く者・・・
人類の 『代わりに』 BETAに問いかける者・・・
人類の 『代わりに』 死すべき者・・・
その選択は 『成功か、死か』 しかない者・・・
・・・人類の 『代わりに』 造られ、死んでいく者・・・
『代わり』 が出来なければ、存在意義の無い 『モノ』 ・・・」
「「 っ!! 」」
思わず、アルテミエフスキィの話を思い出す。
対BETA情報戦。 人工授精。 代理出産。 壊された体。 亡命の決意。
彼女達は、本当に・・・
「駄目よっ!!」
いきなり、祥子さんがリーザに向かって叫んだ。
「オルタネイティブ? 代替え? 二者択一? そんなのって、関係ないわっ!
貴女達は生きているっ! 生きているのよっ! ほらっ! こんなに暖かい。
リーザ、スヴェータ。 貴女達、私の体温を感じる事が出来て?」
祥子さんがそう言って、リーザとスヴェータを抱きしめる。
「・・・うん。 サチコ、あったかいね。」
「はい・・・ 暖かいです。」
「私も、暖かいわ。 貴女達の、温もりが・・・
いいこと? 貴女達は生きているのよ。 今もこうして。
・・・貴女達の生まれの苦悩は、私には判ってやれないかもしれない。
どんな深い苦悩を持っているかも。
でもね、リーザ、スヴェータ。
貴女達は今、こうして生きている。 私に温もりを感じさせてくれているわ。
決して、代わりなんかじゃないの。 この温もりは、貴女達の温もりなの。 代わりなんかじゃ無いのよ・・・」
涙ぐんでいる。
生きて。 生きて。 生きて頂戴。
そう、言っている。
そうだ。 リーザ、スヴェータ。 君達は生きている。
生きて、笑って、悲しんで、怒って、泣いて・・・ そして、喜ぶべきなんだ。
新しい大地で。 姉妹揃って。 お願いだ。
「・・・・サチコ、あったかい・・・ だいすきだよ、サチコのこころ、あったかい。」
「・・・・姉さまみたい・・・」
「・・・なら。 貴女達の姉として言うわ。 生きなさい。 決して、代わりなんて思っちゃ駄目。
貴女達の生は・・・ 貴女達が主人公よ。 代わりじゃ無い・・・
私は・・・ 私達は・・・ 貴女達が、笑って、喜んで、生きていく事が望みなの・・・」
そうだ。 リーザ、スヴェータ。 君達の生を、俺達は何より望む。
「父親」の、アルテミエフスキィがどう思ったのか知らない。
「産みの母親」の、あの女性がどう思っていたのかも判らない。
この狂った時代に、狂った計画が生み出した君達かもしれない。
でも。 「生きて」いる。 「生きて」いるんだ、君達は。
それは、この時代で、君達や俺達 『人類』 が為すべき、最も崇高な行為なんだ。
だから、お願いだ。 生き抜いてくれ・・・
「ピックアップが来たようだ。
ここで車両を変える。 悪いが君達2人は、ここで待機していてくれ。」
主任が戻ってきて言う。
向うから別の車が来る。
部下の男がハンドシグナルで合図している。
「リーザ、スヴェータ。 ここでお別れ。 でも、いいこと? 貴女達は、貴女達よ。 誰の代わりでもない。
この世界で、リーザ、スヴェータ、生きて。 生き抜いてね。」
祥子さんが別れの言葉をかける。
スヴェータは難しいのか、首を傾げていたが、「サチコの色、キレイ。」と言って微笑んだ。
『色』、と言うのが何なのか、最後まで分からなかったが。
リーザは祥子さんに抱きついて泣いている。
そんな彼女をあやしながら、送り出す。
「「До свидания.(ダ・スヴィダーニャ=また会う時まで)」」
2人とも、そう言って車に乗り込んだ。
これで良いんだ。
彼女達は「オルタネイティブ」なんかじゃ無い。
リーザとスヴェータ。 2人の仲の良い姉妹。 そうして生きていくべきだ。
車が発車する。
ランデブーポイントまで、10分程だそうだ。
車内で、スヴェータが振り返って手を振っている。
リーザも、こちらを見て何か言っている。
俺も、祥子さんも。 小さく手を振った。
そして。 2人の乗った車が。 ――――――爆発した。
「っ! リーザっ! スヴェータぁ!!」
「な・・・・なんて・・・こと・・・」
轟音を残して吹き飛ぶ車体。
炎に包まれる。
俺達はただ茫然と、見ているしか出来なかった。
≪埠頭近辺 2033時≫
目標が、轟音と共に吹き飛んだ。
あれでは、消し炭も残るまい。 高性能軍用爆薬だったのだから。
「良い仕事だった。 鎧衣。 これで貴国は依頼を全て、全うしたな。」
「何。 早い、確実、がモットーですので。」
「ふん。 で? 『小道具』に使ったあの二人、どう処分する気だ?」
「おお、物騒な。 そんな気は有りませんよ。」
「何?」
「所詮、『Need to know』 彼等にとっては、亡命騒ぎに巻き込まれた。 その1点のみですよ。
まぁ、軍歴に少々、染みを付けさせて貰いましたが。」
「・・・ふん。 甘いものだな?」
「彼等は、有能で優秀な衛士です。 正直、ここで使い潰すより、BETAとの殺戮の場こそが、相応しい。」
「まあ、いい。 貴様が。 帝国がそう言っているのなら。 国連は何も言わんよ。」
「はは。 ご理解頂けたようで。」
(結局は、帝国の戦術機売込が、発端だったのだ)
未だ炎上する炎を見つめながら、ラハト大佐はひとりごちた。
事の経緯はこうだった。
帝国が正式採用した戦術機、F-92J。 F-16をベースにした、優れた性能の戦術機。
だが、本国配備分のみでは、コストダウンにならない。
メーカー、帝国国防省、商工省が輸出枠拡大に乗り出した。
その矢先、米議会とGD社が圧力をかけてきたのだ。
相対的に見て、F-92Jは、F-16を上回るスペックを持つ。
そんな機体が、安価に輸出され続ければ。 拡大輸出されれば。 アメリカの戦術機輸出に大きな影を落とす。
帝国は、密かに国連に打診した。 米議会の牽制を。
国連も、二つ返事で答える訳にはいかない。
米議会と事を構えるには、相応の見返りは必要だった。
≪帝国≫
・何としても、米議会の矛先を逸らし、拡大輸出を実現させたい。
≪アメリカ≫
・日本の拡大輸出には反対。
・現オルタネイティブ3計画の、早期破綻、次期オルタネイティブ計画の自国誘致を画策。
≪ソ連≫
・何としても、オルタネイティブ3計画の実績を挙げたい。
そんな中、米国が密かにオルタネイティブ3の早期破綻を画策して、『スワラージ作戦』を、「唆した」
実行された作戦は、大失敗に終わる。
参加したASEAN軍、インド軍、中東・アフリカ連合軍が大打撃を受ける。
そして、その作戦に投入された、オルタネイティブ3実行部隊は、ボパールハイブに突入するも、さしたる成果を上げる事は出来ず、
生還率6%という、うすら寒い数字のみを残した。
オルタネイティブ3は。 ソ連は、そのベストにあまりに大きな染みを付けたのだった。
そんな時、オルタネイティブ3に参画する人物の、亡命話が浮上した。
米国は飛びついた。 ここで更に、「失敗作」の実例を入手できれば。
確実にソ連を叩く事が出来る。
国連は焦った。
今ここで、オルタネイティブ3が早期瓦解する事は、米国主導のG弾の集中使用に傾く。
それは阻止する必要が有った。
日本は密かに、ソ連と国連に打診した。
亡命阻止を行う。 代わりに、国連常任理事会で米国に、戦術機拡大枠の圧力をかける様に。
ソ連が乗って来た。
このままでは、オルタネイティブ計画は手を離れ、米国の手に移る。
そして、昔はいざ知らず、今では極東の地での非合法工作は、かなり無理が有る。
日本なら、以前ほどではないが、未だに影響力を持っている。
国連で日本支持に回る事は、別段、痛くも痒くもない。
国連は決断した。
汚れ役は日本帝国。
期待する次期オルタネイティブ計画案での、日本支持も視野に入れる。
しかし、その為には、あと数年は必要だった。
今ここで、オルタネイティブ3計画が一気に崩壊する事は、非常に望ましくない。
同時に、米国内のG弾脅威論者にも、意図的に情報をリークした。
彼等も困惑した。 今の時期、そんな厄介な『爆弾』を抱え込むことは、得策では無い。
一気にG弾推進派が勢いづく。
彼等は密かに、次期オルタネイティブ計画・日本案に期待していた。
そして、哀れな生贄の子羊達の運命は決した。
シナリオは、帝国情報省。
輸出枠拡大の暁には、優先輸入権を付与することを条件に、中国には見て見ぬふりを求めた。
「目標」の不審を反らす為、イレギュラーな『小道具』の存在は、良い駒だった。
訓練を受けた正規軍人たちだ。 最終場面までの 『護衛』 にも使えると踏んだのは、正解だった。
これで、帝国、国連、ソ連、米国内G弾脅威派、全てが満足のいく結果となった。
「それにしても、鎧衣。 君は案外あっさりと、部下を使い潰したな。」
確か、あの炎上する車内には、この男の部下もいた筈だ。
「何、『モグラ』(ダブルスパイ)と言うものは、定期的に駆除していきませんと。」
「成程。道理だ。」
「では、そろそろ次の仕事も有りますので。
これで失礼しますよ。 ヴィクトリア・ラハト国連軍 統合情報部 大佐殿。」
「ああ。 鎧衣左近帝国情報省 外事2課 課長補佐殿。」
二人のインテリジェンス・ハイ・ケース・オフィサーは、表面上にこやかに挨拶し、別れた。
1992年9月20日 1200 黒竜江省 チチハル
俺と祥子さんは、今日ようやく、部隊に合流した。
あの後、俺たち2人は騒ぎに駆けつけた憲兵隊(何故か、なんだが)に拘束された。
身元が判明すると、今度は帝国軍後方兵站司令部へ移され、そこで3日間、執拗なまでに査問(と言うより、尋問)を受けた。
司令部の法務官では無い。
あの雰囲気、態度、質問内容。
あの連中は恐らく、軍の特務憲兵隊、乃至、情報省の外事本部なのだろう。
幸いに、と言うべきか。 拷問の類は受けなかったが、休む間もない尋問には、流石に堪えた。
訓練校の猛訓練を、有難く思った事は初めてだ。 あれが無ければ、肉体的にも、精神的にも、負けていただろう。
俺も祥子さんも、考えは同じだった。
「何も詳しい事は知らない」
リーザとスヴェータは、パーティで知り合った。 ソ連外交官の娘と言っていた。
9月15日、偶々街で再会した。 その時に、トラブルに巻き込まれた。
途中で「逃がし屋」と名乗る連中が一緒だったが、人数が多く、隙を見て脱出は出来なかった。
彼女達の親からは、「亡命する」と聞かされた。
15日の夕刻、再襲撃の最中に、彼女達の両親が死亡した。
知っているのは、それだけだ・・・
最後は朦朧となりながらも、必死に自制した。
18日の夕刻、解放された時には、2人とも、流石にふらふらだった。
ホテルへ戻り(延泊料金は、自腹だった)、死んだように眠った。
翌19日早朝、チチハルに向かう列車に乗り込んだ。 河惣少佐へ挨拶とも思ったが、流石に時間が無かった。
列車の中、俺達は無言だった。
一体、何がどうなったのか。
一体、どうして彼女達が、死なねばならなかったのか。
一体、どこの誰が・・・
解らない事ばかりだった。
だが、それを調べようとは出来なかった。 恐らく、調べようとした矢先、俺達は消されるだろう。
情報省が関わっていた。 それだけで、十分だった。
己の無力さを恨み、不甲斐無さを呪い、事の理不尽さに憤慨し、彼女達の死に落胆した。
1992年9月20日 1200 黒竜江省 チチハル 第119独立混成機甲旅団 駐留地
「二人とも、ご苦労だった。 報告は大連から受けている。
本日は、兎に角休め。」
中隊長室へ報告に出頭した俺達に、広江大尉が発した第一声がそれだった。
「「 ・・・はっ・・・ 」」
「気にするな、とは言わん。 が、気に留めるな。 後4日でまた、最前線だ。
何時までも、切り替えられなければ、貴様等、死ぬぞ。」
「「はっ!」」
よし、さがれ。 そう言って、大尉は背を向けた。
部屋から出ていった部下達の事を思った。
大連にいる巽から、事の報告が来ていた。
彼女も全貌を知っている訳では無い。 寧ろ、ほんの欠片の事情しか知らないだろう。
だが、関係したと思われる人物たちの情報は、正直驚いた。
よくもまぁ、闇に葬られずに、帰ってこれたものだ。
誰かが、仏心を出した、と言う事か・・・
しかし、あの2人。 これで軍歴に染みを付けられたな。
当分、本国帰還は望めそうに無い。
(それまでは、私が出来る限り、見ていてやるしかないか・・・)
窓から空を見上げる。 そろそろ、秋の長雨の季節が近づいていた。
「・・・あの子達の事。 忘れないわ・・・」
途中、祥子さんが呟いた。
「あの子達は、『姉さん』と言ってくれた・・・ 私は、妹達を忘れない。 忘れる事は許されない。
どうして、死ななきゃいけなかったのか・・・ 多分、永遠に判らないでしょうけど。
でも。 あの子達が 『オルタネイティブ』 じゃない、ひとり、ひとりの女の子で。
私の『妹達』だった事は、私の中で、一生忘れない。」
・・・・そうだな。 俺達は何も出来やしない。
恐らくは、国家謀略の前では。
なら、あの子達の事を、忘れないでいよう。
俺達の事を、「あったかい」と言ってくれた、あの子達の事を。
ずっと、ずっと。
(『До свидания.(ダ・スヴィダーニャ=また会う時まで)』)
あの時の、リーザと、スヴェータの姿を。