1993年1月19日 0800 依安北東5km
明けて19日の朝が明け染める頃、左翼機動突破任務部隊は、東方から突出してきた大規模BETA群に対し、
19個大隊を有する戦術機甲部隊のうち、12個大隊を陣地から出撃させ、その右側面へ投入した。
普通なら、これ程の戦力が有れば勝敗を決する事が出来る。
兎に角、北方から南西へ、北安~依安~チチハルの間でBETA群は幅20km、深さ10kmに渡って崩れているのだ。
この間隙に強力な戦術機部隊、そして機甲部隊を投入すれば、突き崩せる筈であった。
だが今回、普通の物差しでは戦況は計れなかった。
BETA群の「突出部」は、1月18日夜の時点で破れていなかった。 なお左右両翼で70km弱程の縦深で健在だったのだ。
左翼任務部隊は、それでも右翼との邂逅を目指して突撃した。
≪1月19日 1630 第119旅団第2大隊≫
突破によって穴が開いていた戦線が、戦術機部隊の重複投入によって拡大する。 そしてその広がった戦線の空間に、ダメ押しの戦力投入が為される。
『ユニコーン01より、ソードダンサー、ゲイヴォルグ。 左翼11時のBETA群、大隊規模、約800 機甲部隊と協同で叩く。
ソードダンサーはヘッドオン。 ゲイヴォルグ、右翼支援。 ユニコーンは左翼から行く。 大型種の数は少ない、時間をとるなよ? 』
『『 了解 』』
2人の中隊長が即応する。
まずはソードダンサー(22中隊)がヘッドオンでBETA群へ突入する。
突撃前衛小隊が36mm、120mmを打ち込みつつ、直前で各機が噴射跳躍。 その機動に呼応して旋回した要撃級を、左右から迎撃後衛2個小隊が挟撃して掃射する。
右翼からは急迫するゲイヴォルグ(23中隊)が、側面より射弾を集中さす。
こちらは鶴複弐型(ウイング・ダブル・ツー)陣形で全体の戦域を押し上げる。
ユニコーン(21中隊)は左翼から、小型種への掃射を開始し始めた。 同時にようやくの事で旋回を開始し始めた突撃級の裏腹へ、射弾を送る。
『ソードダンサー、あと10秒引きつけろッ! ゲイヴォルグ、そのまま右翼前面に展開。 連中を北東へ引っ張りだせ!
≪暴嵐(バォラン)≫、準備は宜しいか?』
『こちら≪暴嵐(バォラン)≫、良い塩梅だ。 撃ちごろの体勢だよ、≪ユニコーン≫
大隊長車より各車! BETAどもは全部ケツを曝している! 人民解放軍機甲部隊の名において、外すなよ!?
斉射2連―――――撃てっ!!』
1個大隊の中国陸軍、88式戦車(ZTZ-88A)の51口径105mmライフル砲が火を噴く。
無防備な後背を曝す突撃級・要撃級に、高初速の105mm砲弾が降り注いだ。 たちまちの内に、大型種がその数を減らす。
そして機甲部隊の存在に感づいたBETAの1群が急速旋回を行い、向かってきた。
『暴嵐より≪ユニコーン≫! お客さんの接待は任す。 我々は右後方の131高地(標高131m)へ移動して支援砲撃を続行する!』
『ユニコーン01より≪暴嵐≫、了解。 幸い大型種は粗方片付いた。 残りの小型種はこちらの掃射と、そちらの支援砲撃でカタが付く。』
戦闘は既に決していた。 戦術機3個中隊の機動に引きずられ、統制を失ったBETA群は機甲部隊の一斉砲撃でその突進力を喪失した。
後に残った少数の大型種と、数だけは未だ多い小型種は、戦術機部隊の機動掃射に引きちぎられ、戦車砲の斉射で吹き飛ばされる。
『暴嵐より≪ユニコーン≫、順調だな? この調子でいけば、あと1時間しないうちに右翼と―――』
言い終わらないうちに、先行偵察を兼ねて前進していた機甲第2中隊長車より、緊迫した声の報告が入る。
『暴嵐02より大隊長! 地中振動をキャッチ!!』
≪第23中隊 5分前≫
戦術機1個大隊と、機甲1個大隊による集中攻撃が功を奏し、大隊規模のBETA群はほぼ掃討が完了した。
「あらかた、片付いたな・・・ まぁ、光線級が出てこなければ、こんなものか。」
『直衛~、余裕じゃない? 一端の衛士に見えるよ?』
愛姫が独り言を聞きつけやがった。 油断ならん奴・・・
「見える、じゃねぇ。 衛士だよ、俺は。 ・・・まぁ、一端かどうかは、置いておいて、だな。」
最後の一言が、我ながら情けない・・・
『去年の春ごろに比べれば、周防も伊達も、他の新任達も、一端になって来たわねぇ~。』
おぉ? 水嶋中尉のお墨付きか?
『ふん。 どこが一端かいな。 ようやっと、ケツに付いた卵の殻とれて、飛べるようになったばっかしや無いか。』
『木伏ぇ~~、あんた、いつになく辛口ねぇ? もしかして、部下の成長で突撃前衛長のポジション、取られそうで焦ってる?』
『アホかい。 昨日みたいに騒いどるようじゃ、まだまだ、任せられんわい。』
『ま、そりゃそーだ。 周防~、アンタ、もう少し、クソ度胸付けなさいってさぁ!』
ぐぐぐ・・・ 言いたい放題、言ってくれる。
けど俺だって、去年から少しは成長している、よなぁ・・・?
『大丈夫よ。 君達はちゃんと成長しているわよ。 去年の春頃から見れば、別人みたいね。』
『そうそう。 もう新任、なんて言われる時期は、とっくに過ぎているわよ、5人とも。』
『私達の1年前と比べたら、逞しいものよぉ?』
祥子さんに、三瀬少尉、和泉少尉がフォローを入れてくれる。
うぅ、何だかんだで、1期先任達は気を使ってくれる。 それに何時までも甘えていちゃ、いけないんだけどな。
・・・・でも、正直、和泉少尉のフォローは意外だったな。 いつも弄られているイメージが強いからか・・・
『えへへ。 逞しいって。 愛姫ちゃん、緋色ちゃん。』
美濃が童顔を嬉しそうに綻ばしている。 ますます幼く見えるぞ。
『う~~ん・・・ でもなんか、表現が、イヤ。』
愛姫は複雑そうな・・・?
『何故だ、愛姫? 先任から評価してもらったのに。 嬉しくないのか?』
神楽も不思議そうだ。
『だってさ・・・ なんか、こう・・・ マッチョ? みたいなイメージがさ。』
『・・・・お前最近、腹筋、割れて来てる・・・』
『あんですってぇ!?』
圭介の呟きに、即座に反応する愛姫。
あぁ、そう言えばそうだな・・・ でも・・・
「でも、衛士なんだし、それは普通なんじゃないのか? 寧ろ大尉みたいなのが、特別・・・『私が、どうかしたか? 周防?』・・・いえっ!何も!」
いきなり広江大尉が割って入って来た。 さっきまで大隊長と通信していたから、油断した・・・
『楽しい戯言はそれまでだ。 各機、全周警戒。 新任ども、外縁部を警戒しろ。 気を抜くなよ? CP、柏崎、戦域情報頼む。』
≪CP・ゲイヴォルグ・マムよりゲイヴォルグ01。 戦線は邂逅予定地点まであと10kmを切りました!
東方にBETA群、約2000。 距離4000 これを捌けば、包囲網は完成です!!≫
CP将校の柏崎中尉の声も、心なしか興奮している。 そりゃそうだ。 もう一息で今次大戦始まって以来の、とも言える大規模作戦が事実上、完成しようとしているんだしな!
『よぉし。 中隊、指示が有るまで警戒を続行。 今日中にケリをつけるぞっ!!』
『『『 了解!! 』』』
戦術複合センサーをチェックする。
音紋チェック。 確かに東方にBETAの移動音をキャッチしている。 音源は・・・南へ移動中。 微速だ。
レーダーも同様にBETA群を捉えている。
震動は・・・ 震動・・・ ―――― えっ!?
「・・・ッ!! B03、震動センサ、地中移動震動をキャッチ!!」
『C04! 震動センサ、ネガティヴですっ!』
『B04、同じく震動キャッチ!』
『え、A04! 震動センサ、捕えました!』
『C03、地中侵攻震動捕捉。 推定個体数、計測不能!!』
俺(B03)、愛姫(C04)、神楽(B04)、美濃(A04)、圭介(C03)各機の振動センサが、同時にBETAの地中侵攻震動をキャッチした。
くそっ! さっきまではそんな兆候・・・ ええぇい! そんなこたぁ、どうでもいい! 場所は!? 出現時間は!? 余裕は有るのかっ!?
JTIDS(統合戦術情報伝達システム)が各機の索敵情報をリアルタイムでデータリンク。 全索敵情報からの平均推定値を瞬時に演算する。
(震動波による指定個体数・・・ 予測掘削上昇角度・・・ 掘削速度・・・ )
「予測出現位置・・・ 東方5000 座標N-89-48! 推定個体数、算出不能! 直ぐだっ!来ますっ!!」
最後に予測出現位置を報告した俺の声のすぐあと。 東の大地が―――― 一気に弾け飛んだ。
『ゲイヴォルグ・リーダーよりユニコーン01! BETAの地中侵攻です! 座標、N-89-48! 規模・・・数万!!』
『クソッたれ! B小隊! 陣形・楔型(アローヘッド)!』
『C小隊! 左翼! 菱型(ダイヤモンド)! B小隊を援護するよ!』
『A小隊、 右翼で菱形陣形! 俺がトップにつく!』
広江大尉が大隊長へ報告すると同時に、木伏中尉、水嶋中尉、そしてA小隊のNo.2・源少尉の指示が飛ぶ。
途端にオープン回線で藤田大隊長から、切迫した声で指示が入った。
『ユニコーン01よりゲイヴォルグ! 一度、後方4000の丘陵部の陰まで引けっ! ≪セイバー≫、≪アーチャー≫と合流するぞ!』
『ゲイヴォルグよりユニコーン! 何が有ったのですか!? ここで引いてはっ!!』
そうだ。 ここで引いては、却ってBETAの行動範囲が広がってしまう。 一気に叩きに行くべきなのに!!
『ユニコーン01よりゲイヴォルグ、ソードダンサー! 後方40km、我々任務部隊と左翼戦線の中間地点にも地中侵攻だ!
個体数約2万! 右翼も同様! このままでは挟撃されて孤立する!』
『『『『「 !!! 」』』』』
BETAの大群の中での孤立!! それは去年の5月に、嫌と言うほど味わった恐怖だ。
あの時は所属連隊の殆どがやられた。 いや、師団そのものが壊滅した。 思わず、背筋を嫌な汗が流れるのが解る。
『ゲイヴォルグ、了解しました! ―――――≪暴嵐≫! 聞いての通りだ! 貴隊はそのまま西南方面から抜けろ! 少しは起伏があるっ!』
『こちら≪暴嵐≫! 了解したっ! ケツに帆を掛けてトンズラする!』
『中隊各機! 後方警戒しつつ、全速後退! 光線級が未だ確認されていない! 奴等のとっておきだ、見落とすなよ!?』
―――――了解ッ! 中隊の全員が応答したその時。
≪CPよりゲイヴォルグ! 中隊正面戦域に重光線級、光線級多数確認!! 距離6000! 照射危険範囲です! 即時退避を!≫
柏崎中尉の切迫した声と同時に、コクピット内に鳴り響く照射警報音。 戦術MAPには少なくとも、100体以上の光線属種を確認!
広江大尉が切羽詰まった表情で指示を飛ばす。
『全機、緊急回避ッ! 急げッ!!』
「うっ、うおおぉぉぉ!!」
広江大尉の指示と同時に、重光線級・光線級の照射が複数。 途端に機体が強制乱数回避モードに突入する。
「くそったれっ・・・! やられてたまるかっ!!」
振り回され、急激に襲いかかってくる横Gに耐えながら、乱数回避モードのファースト・シークエンスが終了した時点で、水平噴射跳躍を入力。
イベント・プログラムが効いて、機体は高G水平噴射跳躍で一気に離脱する。
『各機! 光線属種の照射タイムラグは最低12秒だ! 急げ!!』
中隊の12機全機が一斉に、跳躍ユニットをA/Bまで放り込む。 後10秒。
『高度を気にしている暇は無いっ! 目標地点まで4000! ぶっ飛ばせっ!!』
殆ど速度0から一気に400km/hまで、2秒で急加速。 高Gで眼球が押しつぶされそうだ! 後8秒。
速度600km/h超過。 稼いだ距離は500m強。 後6秒。
ガツンッ、と衝撃がきた。 A/Bまで放り込んだ為、ミリタリーからのタイムラグが無い。
速度900km/h 距離1000 後・・・4秒
そのまま突進する。 高度200m 距離1500 後・・・2秒!
全機が一気に噴射降下。 高度を急速に下げる。 引き上げのタイミングを間違えたら、光線級にやられる前に、地表に激突してお陀仏だっ!
ここは「疾風」の高機動能力に賭けるしかないかっ! 後1秒!
『各機! 引き起こせぇ!!』
『ぐおぉぉぉぉ!!』
『ううぅぅぅ!!!』
『ひっ、いいぃぃぃ!!!』
12機の「疾風」が高度200mから、速度900km/h超過で引き起こしをかける。
地表スレスレを噴射地表面滑走(サーフェイシング)に移ったと同時に、わずか数10m上の空間を光線級のレーザーが数10本貫いて行く。
『全機! 高G噴射跳躍! 高度は200m以上取るなっ! 次の12秒を生かせっ!!』
「くおおぉぉ・・・・っ!」 『ぬうぅぅぅ!!』 『つうああぁぁぁ!!』
スティックを引いた途端に、高Gがかかる。 搭乗員保護機能が付いて、これだ。
目の前に小高い起伏が目に入った。 距離50m! 咄嗟に上昇角を大きくとる。
「くあぁぁ・・・!!」
ぎりぎり、起伏を超す。 高度150m 速度が700km/h程に落ちている。 距離は2400 後、10秒
『こっ、これっ! きっつい・・・よおっ!!』
――――っ! い、愛姫、かっ!?
速度900km/h 距離2900 後8秒
『美濃っ・・・! 意識を保てっ・・・!!』
『うっ・・・ あっ・・・』
長門・・・少尉? 美濃・・・ヤバいのかっ!? 距離3400 隠れられる丘陵部まで、後・・・距離600 残り時間・・・後6秒!
『全機っ・・・ 速度、落とせ、500! 噴射降下、用意っ!!』
跳躍ユニットに逆噴射を50%で1秒。 強烈なマイナスG! 気持悪りぃ!! 距離3800 後4秒!
『急速降下! ダイブッ! ダイブッ!』
一気に地表が迫る。 引き起こしっ!
「おおおぉぉぉ!!」 『くっそおおぉぉぉ!!』 『つああぁぁぁ!!』
雪面が掘り返され、猛烈な勢いの氷雪を発生させる。 僚機が起こした氷雪とまざさって、後方視界が見えないっ!
距離4000! 後3秒!
中隊長機が機体を強引に左に持って行く! 各機がコンマ1~2秒のタイムラグで続行する。 最後尾の俺と神楽が方向転換した。 後1秒! 距離は後、180!
「おおおぉぉぉ!!」
『いやああぁぁぁ!!』
光線級のレーザーの様な光点を、一瞬見たような気がした。 同時に俺と神楽の機体は、丘陵部の陰に滑り込むことに成功した。
同時に全力逆噴射。 速度を一気に落とす。 危うく祥子さんの機体・B02に接触しそうになりながらも、ギリギリで停止する。
「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」
『うえっ・・・ うっ・・・ はっ・・・』
『ひっ・・・ ひっ・・・ ひっ・・・』
『・・・くっ・・はっ・・・ ぜ、・・・全機、ぶ、無事・・・か?』
皆、息も絶え絶えだ。
『び・・・ B小隊・・・ 4機、ステータス・グリーン、確認、ですわ・・・』
『ひゅう・・・ はぁ・・・ C・・・小隊・・・ 全機、無事、です・・・』
『了解、した・・・ A小隊、全機ステータス・グリーン、確認した・・・・。 ゲイヴォルグより、ユニコーン・・・ 中隊全機、退避、しました・・・』
『ユニコーンよりゲイヴォルグッ! 全機無事なんだなっ!? よくやった! 後2分で第3砲撃任務群の面制圧砲撃が始まる。
重金属雲発生と同時に座標N-79-36まで引けっ! ≪セイバー≫、≪アーチャー≫との邂逅地点だ!
そこからなら丘陵部が連続している。 光線級との盾になる!』
『ゲイヴォルグ了解。 大隊長、損失は!? ユニコーンとソードダンサーは?』
『・・・・ユニコーンは3機喰われた。 ソードダンサーは・・・5機損失。 黒瀬君もやられた・・・』
―――― なんだって・・・!? それじゃ、第1中隊(ユニコーン)は残存7機。
第2中隊(ソードダンサー)は・・・残存4機!? 1個小隊しか残らなかったのかっ!? しかも、中隊長戦死!?
『ソードダンサーの残存4機は、ユニコーンに臨時編入した。 現在の大隊戦力は23機だ。』
『ゲイヴォルグ・リーダー、了解・・・ 黒瀬君は・・・ 惜しい。 全く、惜しいです。
もう少し生き延びれば・・・ 本当に良い指揮官になっていたものを・・・』
『広江君、今は言うな・・・ 第2大隊、移動開始用意。』
≪CPより『ユニコーン』 第3砲撃任務群、面制圧砲撃開始20秒前・・・ 10秒前・・・ 5、4、3、2、砲撃、開始っ!!≫
大隊CPよりの報告と同時に、後方より重低音が連続して響く。 特急列車の通過音を橋の下で聞くような、猛烈な飛来音。 そして、反対側から音も無く殺到するレーザーが多数。
≪CPより『ユニコーン』 BETAの砲撃阻止、開始。 ・・・・・阻止率、72% ・・・重金属雲発生! 繰り返す! 重金属雲発生! ≫
『ユニコーン01より全機。 重金属雲濃度が規定値に達すると同時に、移動開始する。
跳躍ユニットは使用するな。 推進剤残量が心もとない。 RUN(歩行移動)でいくぞ。』
『『『『 了解 』』』』
・・・・それから5分後。 重金属雲濃度が規定値に達し、大隊は邂逅地点へ移動を開始した。
(・・・・あと、10km。 あと10kmだったんだ。 そこまで突破出来れば、右翼と邂逅出来たのにっ!!)
――――痛っ!
気が付けば俺は、下唇を噛み破っていた。 血が出ている。
・・・悔しかったんだ。 俺達は死に物狂いで戦った。 俺達帝国軍だけじゃない。 国連軍だって、韓国軍や、中国軍・・・ それに、ソ連軍も。
普段は「お国事情」で、同じ戦場に出て共に戦う事は余りない部隊同士が。
共に協同して。 お互い死に物狂いで戦った。 お互いの背中を預けて。 それなのに。
おまけに、俺達は退避行動で精一杯だった。 協同した中国軍の『暴嵐』機甲大隊は・・・ ほぼ、壊滅した。
共に戦った戦友を。 俺達は見捨てる形で退避しなければならなかったんだ。 畜生!!
『・・・・直衛君。 まだ、戦いは終わっていないわ。 まだ、巻き返せる。 きっと、私達は巻き返せる。
だから・・・ 悔しさは、抑えなさい。 ≪暴嵐≫の事も。 まだ、私達は負けていないっ・・・』
祥子さんが秘匿回線で話しかけてきた。
・・・・そうだ。 まだ、戦いは終わっていない。 状況は不利になり始めているが、まだ負けていない。
俺達は巻き返す。 必ず、巻き返す。
「そうですね・・・ すみません。 俺、また短絡的に・・・」
『ふふ・・・ でも、少しは抑えが利くようになったかな? 以前は、口に出していたものね。 大丈夫よ。 私が見ていてあげる。』
「・・・えっ?」
『見ていてあげるわ、私が・・・ 』
そう言って、祥子さんは唐突に秘匿回線を切る。
(・・・『見ていてあげる』、か・・・)
くそっ ガキだな、俺は・・・
――――本当は。 本当は、俺が彼女を見ていてやりたいのに。 彼女を見守っていてやりたいのに。
しっかりしているようで、実は脆い所が有って。 気丈なようで、実は繊細で。
(『だから。 多分、その人が、直衛の <死ぬ理由> だね・・・』)
何時だったか。 あれは確か、去年の6月頃か。 翠華・・・ 中国軍の蒋翠華少尉が、俺に言った言葉を思い出す。
(翠華・・・ 俺は祥子さんを、<死ぬ理由> にはしないよ・・・
俺は必ず生きる。 生き抜いてやる。 生き汚くとも、生き抜いて、この戦場を伝えたいと思うんだ。 そう思い始めたんだよ・・・
そして・・・ 彼女も生き抜いて欲しい。 その為に、俺は自分だけじゃなくて、彼女を見守る強さを。 俺は掴み取りたいんだ・・・)
『おい、直衛・・・ 』
圭介が秘匿回線を使ってきた。
「・・・なんだよ、今度はお前か?」
『今度は? ・・・ははん。』
「何だよ?」
『綾森少尉に、慰めて貰ってた、か?』
「ばっ、馬鹿やろっ! 変な事ぬかすなっ!」
全く。 こいつは昔から、やたらと感が良い奴だった・・・
『ま、いいけどよ。 それより、次は仇討ちだぜ?』
「仇討?」
何を言い出すんだ? 他の中隊の連中の事か? それなら、言われるまでも・・・ あっ!
『第1中隊の矢代。 第2中隊の宮前。 さっきの光線級の攻撃で、やられちまったってさ・・・ あいつら、9か月も生き抜いていながら・・・ 畜生っ!!』
今まで生き残っていた同期の名だ。 それも俺達と同じ、旧第21師団の生き残り組。
訓練校は違ったが、去年の6月以降、同じ大隊に再配属になって以来、良く一緒に連んだ連中だった。
にしても・・・圭介がこんなに感情を露にする所は、久しぶりに見た。
「圭介。 矢代と宮前がやられたのは、俺も悔しい。 だけど。 だけど、熱くなるなよ? 頭の芯は『冷たく保て』 じゃないと、お前、奴等にぶん殴られるぜ? あの世でよ?」
『・・・俺が、やられるってか?』
「ああ。 今のお前じゃな。 らしくないぜ?
『相手が買う気の無い喧嘩も、高値で売り付ける。 売ってきた喧嘩は、値切り倒して叩きつける』
それが信条じゃないかよ? 俺達ってさ。」
昔。 軍付属中学時代に、二人して馬鹿やっていた頃、いきがって考えた謳い文句だ。
お陰で色々と、あちこちから目を付けたれたっけな。
「矢代と宮前の落とし前は。 糞BETA共に、精々高値で売り付けようぜ? 相棒。」
『・・・・へっ。 いつもは突っ走るお前に、諌められるとはね。
いいぜ。 乗った。 あいつらの落とし前、100倍返しだ。 気合い入れて行けよ?』
「お前こそ、な!」
そうだ。 俺達はまだ負けちゃいない。 BETA共に落とし前を付けさす『牙』も、失っちゃいない。
(戦いは、これからだっ!!)
俺達は邂逅地点へ急いだ。 より大きな『牙』となる為に。
≪1月19日 1645 左翼機動突破任務部隊 司令部≫
「BETA地中侵攻、3カ所を確認。 うち2か所が左翼戦線です!」
「座標N-89-48、第119旅団東方前面、及び座標N-62-31、第283機械化歩兵装甲旅団西南方面。 BETA個体数、推定各3万!」
「左翼戦線より、臨編増強戦術機甲旅団 ≪ノーザン・ブル≫ 展開完了。続いて中国軍第332機甲旅団、展開完了しました。」
「第119、第120戦術機甲旅団、退避戦闘行動入りました。 光線級の照射により、被害拡大中!」
「航空打撃旅団群、退避完了! 損耗率35%!」
「第1、第2砲撃任務群、制圧砲撃開始! 第3砲撃任務群、制圧砲撃開始5分前!」
「右翼戦線より入電! 右翼機動突破任務部隊、退避行動開始。 損耗率27%!」
次々に報告が入ってくる。 状況は悪い。 想定した最悪の部類だった。
しかし、全く想定していなかったのとは違う。 かろうじて予測想定に「引っ掛かった」のだ。
「最悪の想定では有りますが・・・ なんとか、戦線崩壊は回避出来るかと。」
作戦主任参謀のエルファーフェルト中佐が、沈痛な表情で報告する。
今のところ、任務部隊は迅速な状況対応によって、BETAの奇襲をなんとか防いでいる。
戦線全域でも同様。 右翼方面も何とか凌げそうだった。
しかし、損害はやはり目に見えて拡大している。 そして、最早今の損耗では、左右両翼の突破合流は非常に困難だ。
つまり「チィタデレ」は半世紀前同様、寸での処で突破力を失ったのだ。
司令分の報告が継続する。
「BETA群、対砲撃迎撃開始! レーザー照射による迎撃率、70%を超えました! 砲撃任務群、ALM、AL砲弾発射に切り替えます!」
ブロウニコスキー少将は、戦況MAPを確認する。 もうじき、ALM発射になる。 BETAの迎撃で重金属雲が発生するとなるとすると・・・
「第119、第120旅団へ通達。 重金属雲規定数値発生と同時に、N-89-48のBETA群へ迂回突撃。 第179機甲旅団を随伴させる。
右翼のリジューコフ中将へ通達しろ。 できれば右翼との挟撃の形にしたい。
第31師団から戦術機2個連隊と第182機甲旅団をN-62-31へ回せ。 ≪ノーザン・ブル≫とで挟撃させろ。
第271機械化歩兵装甲旅団と31師団の残り1個戦術機連隊は、総予備だ。」
まだなんとかなる。 まだ想定の内だ。 最悪だが、それなりの対処は策定している。
まだ、何とかなる筈だった。
後方から重低音の発射音と、甲高い飛翔音が重複して鳴り響いた。 3個の砲撃任務群がALMとAL砲弾の全力集中射撃を再開したのだ。
≪1月19日 1710 独立混成第119旅団 移動指揮車両≫
任務部隊司令部よりの指令は、重金属雲発生と同時に、北東部の丘陵部を迂回しての側面突撃命令だった。
確かに、標高で100m程は有る丘陵部を利用すれば、BETA群の後方側面、つまり光線級の懐に飛び込める。
だが、それは同時にBETA群の後方への移動で有り、下手をすれば数万のBETA群の真っただ中に、孤立する恐れも有ると言う事だった。
「現在の旅団残存兵力は? それと、隣り(第120旅団)も確認したい。」
旅団長・松平孝俊准将がG2(旅団情報参謀)に確認する。
「はっ。 戦術機部隊は、第1大隊・20機、第2・23機、第3・22機、第4・19機、第5・21機。 合計105機。
機甲部隊は第1大隊は24輌、第2が22輌。 第3は損耗が激しく、残存9輌。 第3を解隊し、第1、第2に編入します。 合計55輌。
機械化歩兵装甲部隊は、4個中隊が残っております。 自走砲部隊は、1個中隊・11輌。
第120旅団も、似たような状況です。
主力の戦術機は、残存102機。 機甲部隊51輌。 自走砲10輌。 機械化歩兵装甲部隊が3個中隊です。」
「・・・合わせて、戦術機207機、機甲部隊の戦車が106輌。 自走砲が21輌、歩兵が7個中隊、か・・・」
昨日の作戦開始時点で、2個旅団合わせて、戦術機10個大隊340機。 戦車は6個大隊212輌、自走砲6個中隊68輌、機械化歩兵装甲部隊4個大隊(12個中隊)を数えていたのだ。
それが今では、戦術機は4割近くが失われ、機甲部隊も半数を失った。
今の戦力は、辛うじて旅団定数を2割程度、上回る程でしかない。
「しかし、本部予備より第179機甲旅団が加わります。
機甲部隊戦力は戦車が108輌と、自走対空砲が24輌、自走砲22輌。 機械化歩兵装甲部隊も、1個大隊あります。
戦術機部隊の増強は、現時点で見込めませんが、右翼との協同によっては、未だ突破の可能性は十分あります。」
G3(旅団作戦参謀)が戦域MAPから視線を外し、自らを鼓舞するかのように言う。
(そうだな。 まだ我々は負けたわけでは無い。 用兵の如何によって、劣勢を挽回した例は幾らでもあるのだからな。)
松平准将が内心で独りごちた時、通信が入った。 任務部隊系通信。 恐らく任務部隊指揮官からだろう。
「閣下。 任務部隊司令部から秘匿通信です。」
旅団通信隊指揮官が、秘匿回線ブースを指し示す。
「119旅団、松平です。」
『マツダイラ君か? ブロウニコスキーだ。 そちらの状況は?』
「決して良いとは言えませんが。 絶望するには、まだまだ早い、と言ったところですな?」
『それは頼もしい。 うん、指揮官たるもの、どんな時にも見栄は必要だな?』
思わず苦笑する。 任務部隊司令部でも、こちらの状況は把握している筈だ。 改まって指揮官自らが確認するまでも無い。
つまりは、そう言う事か。 ――――覚悟を決めろ。
『前頭葉を母親の胎内に置き忘れた連中に許された最後の見栄こそが、名誉と義務なのだよ。』
「ほう? けだし、名言ですな? 誰の言葉ですかな?」
『くくく・・・ 私の母だよ。』
「それはそれは。 ははっ!」
我等の指揮官殿は、マザーコンプレックスの資質でも有ったか。 いや、男にとって、全ての女性はそのようなものか。
『・・・君の第119は、アイガ君の第120、李文龍大佐の第179機甲と共に、再び地獄に飛び込んでもらう。
後方の番犬、ケルベロス共は、31師団と≪ノーザン・ブル≫とで始末する。 掃除が済み次第、全力で君等を追い掛ける。
後方の戦況次第になるが、場合によっては予備の戦術機1個連隊、宛がえる。 どうだ?』
「宜しいですな。 全くもって、宜しいですな。 前方は孤軍奮闘、後方は力戦敢闘。 我等は人類の盾で有り、剣で有るのですから。」
『では、参ろうか? 地獄の饗宴へ。』
「ヤー・ヴォール、ヘル・コマンダンテ」