1992年5月19日18:25 中華人民共和国 黒竜江省依安後方10km
日本帝国陸軍 大陸派遣軍第3機甲軍団 第21師団司令部
「前線に光線属種確認! 重光線級48、光線級108!防衛ラインよりの距離、5000!」
「後続のBETA群確認。推定個体数1万9000!」
「第31戦術機甲連隊、N-21-45エリアに進出させろ!正面突破を許すな!」
「第323戦術機甲大隊、迂回突破失敗!光線属種のレーザー照射で身動きできません!」
「!!第321を向かわせろっ!何としても光線属種の殲滅をするんだ!」
「無理ですっ!第321、残存9機ですっ!」「なっ・・・!?」
「N-28-31エリアに要塞級12!光線級60を確認しました!」
「第211機甲連隊より入電。『ワレ、残存車両11』!!」
師団司令部は怒号と悲鳴が飛び交っていた。
状況は絶望の淵に向かって急速に進んでいる。
前日までは良かった。光線属種が「何故か」出てこなかった。
そのお陰で、面制圧砲撃の効果は十分以上に発揮出来た。
そして師団航空旅団の3個強襲航空大隊、2個打撃航空大隊による航空打撃支援も相まって、来襲したBETA群をほぼ一掃した。
近年にない、大勝利だった。
その勝利の美酒も束の間。 本日1011、突如防衛ラインの内側にBETAの一群が大深度地中侵攻を掛けてきたのだ。
深深度用振動検知センサーが無かった訳ではない。
だが、設置された数は限られていた。
そして何より、前日の大勝利で気の緩みもあった。 皆の疲労の大きかった。
「・・・第321は、全滅ですな・・・ 第31が前面で頑張ってくれておりますが。 支援部隊の損失が大きい。6割に達しました。
最悪、軍団司令部の指示もありますが、チチハルまで防衛線を下げねばなりません。」
参謀長の言葉に、第21師団長・磯村武久陸軍少将は無言で頷いた。
ここで21師団が突破される事は許されない。
21師団防衛線である依安(イーアン)が突破される事は、満州北部方面軍の左翼が崩壊し、
中央の明水(ミンショイ)、右翼の䋝化(ソイホワ)が崩れるだけに止まらない。
沿海州方面軍の要衝ウラジオストークの「門番」チャムスの後背が危険になり、
またH18・ウランバートル・ハイブに対する、チチハルから始まるモンゴル方面軍最北の拠点・ハイラルが孤立する。
「・・・・第33戦術機甲連隊は、どうなっている・・・?」
残存する残りの戦術機部隊について、磯村少将は確認した。
「はっ、第33は・・・」参謀長がG3(作戦主任参謀)を顧みる。
「第33戦術機甲連隊は、第331が損失25機、残存11機。第332が損失23機、残存13機。
第333が損失28機、残存8機。 臨時に2個中隊と、本部予備の2個小隊に再編終了しました。
連隊長・川村中佐、331・進藤少佐、332・向原少佐、333・堀越少佐、いずれもKIA。
指揮官は旧331の相原大尉が先任指揮官、旧332の宮部大尉が後任指揮官です。
予備2個小隊は旧333の木伏、水嶋両少尉が暫定指揮を執っております。」
G3の淡々とした口調と裏腹に、第33戦術機甲連隊「ヘル・セイバーズ」の被った損害は「全滅」と称して間違いなかった。
部隊損耗率70%強。最早1個大隊にも満たない。
BETAは丁度、第33の防衛ライン直後に地中侵攻を掛けたのだった。
しかも、丁度その時、第33は朝から再開した旅団規模のBETA群と死闘を展開中だった。
背後のBETA出現に咄嗟の対応ができなかった。
連隊長・川村清次郎中佐は即時左右からの迂回退避・再集結を第332、第333大隊に下命。第331を直率とし、退避支援を行った。
その最中、突撃級の衝角攻撃で川村中佐が撃破されたのであった。
同時期、第331大隊長・進藤一衛少佐も部下の退避を援護中、戦車級に取り付かれ、戦死している。
第331が半数以上を失って、ようやく僚友部隊と合流したのが、1053時。
第332大隊長・向原安治少佐が連隊指揮権を継承し、継続戦闘指揮を行ったのが、1108時。
その時、遂に「最悪の」事態が発生した。
深深度横坑から、次々に要塞級が出現。その中に収容していた光線級を吐き出し始めた。
1215時には、重光線級も出現。 第33はその戦闘機動を著しく制限されつつ、防衛戦闘を行った。
1442時、向原少佐戦死。
1522時、後任指揮官・堀越直孝少佐戦死。
1550時、残存戦力は30%に減少。
1600時、21師団司令部は、第33戦術機甲連隊を後方へ移動さす。
「・・・・第322を第31の後詰に当てよう。兎に角、正面戦力に厚みを持たせるより他、無いな・・・」
磯村少将が苦渋に満ちた声色で下命する。
第332戦術機甲大隊も、1個中隊分の戦力を失っていた。
「第33の残存戦力は如何しましょう?」
参謀長は内心の己が無力と絶望感を抑え込み、努力して平静の声を出す。
高級将校たるもの、ましてや師団参謀長に有るものが、一々うろたえていては、
師団の戦意は雲散霧消する。
「君はどう考える?加納君。」
師団長の問いに、21師団参謀長・加納繁治朗准将は予め考えていた腹案を示す。
「最早2個中隊強の戦力では、正面きっての殴り合いは保たないでしょう。
N-20-18の丘陵部を迂回突破させ、第323大隊の撤退路を切り拓かせます。
光線属種の照射からは丘陵部が壁となりますし、出口には大型種は比較的少ないとの報告が上がっております。
N-20-18からN-21-03へ退避路回廊を構築し、第323の撤退を支援させます。」
今の状況では、戦術機1個大隊の戦力確保は最重要であった。
躊躇も、逡巡も許されない。 そんな贅沢は、今大戦では最大級の罪悪であった。
その時、新たな報告が悲鳴と共に飛び込んできた。
「!!中央戦線、中国軍第275師団より全軍通達!本文『ワレ、司令部残余ニテ吶喊ヲ実施ス。サラバ。』以上ですっ!」
「・・・・っ!!」
「明水が陥ちたかっ・・・・!」
磯村少将は、275師団長・劉思芝少将の、穏やかな顔を思い出す。
両親を先の世界大戦で失った戦災孤児。努力して士官学校への道を切り開いた苦労人。
親を殺した日本軍の同胞である自分達に対し、憎しみを持って当然であるに関わらず、「遠来の戦友と轡を並べ戦えるは、光栄だ。」と、にこやかに接してくれた人格者。
台湾へ脱出した妻子が無事である事を、一人密かに喜んでいた優しい夫であり、父親。
自分が敬愛する僚友。
「閣下!明水が突破された以上、現有戦力での第1防衛線の維持は、最早不可能です!
残存戦力を纏め、一旦後方のチチハル防衛ラインまで下がるべきであると具申しますっ!」
加納参謀長が目を充血させ、腹の底から苦慮を滲ませ発言する。
彼も分かっているのだ。 今の事態が、下手をすれば満洲全体を失いかねない事態に直結することを。
満洲を失えば、次は朝鮮半島。その先は―――――日本本土である。
しかしながら、今ここで戦力をすり潰し続けるも又、戦域全体にとって非常にマイナスなファクターである事も。
「・・・現時点をもって、師団は撤退を開始する。軍団司令部、及び中央・左翼各部隊へ通達。
第31戦術機甲連隊、第322戦術機甲大隊は、可能な限り損失を止め、撤退を開始せよ。
第33-A、33-B中隊は即時、第323戦術機甲大隊の撤退援護に向かえ。」
「はっ!師団本隊は撤退行動開始。第31、第322は撤退支援・遅延戦闘。第33-A、B中隊は第323の撤退支援戦闘行動。 受領します。」
恐らく、戦術機部隊は殆ど残らないだろうな。 師団長の命令を各部へ通達しつつ、加納繁治朗准将は思った。
最悪、自分達も先に逝った第275師団の後を追う事になるやもしれない。
だが、その時はそれでいい。 我々は帝国軍。 日ノ本の光たる皇主陛下、将軍殿下、そして、その全ての民にとっての「醜の御盾」
悪戦し、血反吐を吐きながらも、その護剣・その盾として、日ノ本を覆う全ての災厄から守護する「醜き盾」なのだ。
そこには、戦場で朽ち果てる事もまた、彼らに課せられた誓約であった。
1992年5月19日19:05 中華人民共和国 黒竜江省依安北西5km N-20-18エリア
臨編第33-C、-D小隊
『せやかて、何もボロカスにシバキ倒されたワシらを、また引っ張り出してこんでもええんとちゃう?』
『仕方ないでしょ。どこもかしこも戦力不足なんだし。それに撤退回廊維持なら、まだなんとか2個小隊でも対応できるわよ。』
臨時編成2個小隊の指揮官になってしまった、木伏・水嶋両少尉がため息交じりに交信していた。
二人とも、心底うんざりした様子が伺える。
無理もない。 私、綾森祥子少尉は思った。
あの地獄の戦場で連隊は壊滅した。 光線属種はやはり居たのだ。
こちらの隙を伺うかの如く、巧妙に。
お陰で、9個中隊で編成される連隊が、今や2個中隊プラス私たち2個小隊。
連隊長・大隊長、そして4名の中隊長が戦死。その中には我らが渡良瀬大尉も含まれていた。
後方への後退命令が出た直後、光線級の直撃を受けて蒸発してしまったのだ。
口は悪いが、その実、部下思いの、豪快な人だった。
中隊長だけではない。
私たち第2小隊の安芸信次中尉、第3小隊の志貴野瑞穂中尉の両小隊長。
1期先任の村越有美少尉。同期の仁科龍太少尉、藤原賢吾少尉。
そして、親友の佐伯郁美少尉も・・・
郁美は、戦車級に「取り付かれて」しまったのだ。
彼女の最後の絶叫が、耳から離れない。
『来ちゃダメッ!祥子! 逃げてっ!』
郁美が取り付かれた時、私は私で、周りのBETAを駆逐するのに精一杯だった。
それでも彼女の「撃震」に戦車級が取り付き、装甲を齧るのを見た瞬間、噴射跳躍(ブーストジャンプ)をやってしまっていた。
光線級が存在する戦場で、だ・・・
『っ!だめだ!08!噴射降下(ブーストダイブ)!!』
私の隣で36mmをBETAに叩き込み続けていた直衛君が、切羽詰まった声で叫ぶ。
「くうぅ!」
跳躍‐降下の急速反転でのGに思わず呻く。 足元には戦車級。
(あっ・・・ やっちゃった、私・・・)
「死」を直観した私の眼に、今そこにいた戦車級の群が弾け飛ぶ様が見えた。
『無茶ですよぅ!祥子さん!』
12・伊達愛姫少尉が支援突撃砲の120mmキャニスターで、着地地点の戦車級を一掃してくれたのだ。
「くっ!」
なんとか、着地。 でも、郁美の機体との間には、まだ要撃級が2体もいる。
早くこいつらを倒さないと、郁美がっ・・・!!
『くっ、くそうっ!お前らなんかにっ!お前らなんかにぃぃ!!』
普段の郁美からは想像もできない口調。そして、絶望。
私は焦った。そしてその焦りがまた、危機を呼び込んでしまった。
「うぅっ!」
気がつくと、前方に1体、右側方に1体の要撃級に詰め寄られていた。
回避は間に合いそうにないっ!
『12、FOX2!』
『11。08。右の要撃級は俺がやりますっ!』
愛姫ちゃんの放った多弾頭ミサイルで前方の要撃級が吹き飛び、高速多角水平噴射機動で小型種を振り切った直衛君の「撃震」が、
120mmを右側方の要撃級に叩き込む。
もうすぐ、もうすぐ、郁美を・・・!
『う・・・うわああぁぁぁ!!! くるなぁぁぁ! くるなあぁぁぁ!!』
郁美の悲鳴が、響き渡った。
彼女の機体は既に左脚部と右上腕部が全損。跳躍ユニットは脱落していた。
「郁美ぃ!待ってて、もうすぐだからっ!もうすぐ助けるからっ!」
私は前方に湧き出てくる小型種を36mmで掃射しつつ、彼女に向って叫んだ。
でも、一向に距離が詰らない! 四方からBETAが押し寄せているのだ。
既に友軍は壊滅状態。 BETAは「新しい餌」を求めて次々に群がってくるっ!
『08!祥子さん!駄目だっ!それ以上前に突出したら、孤立するっ!!』
直衛君の声が聞こえる。 何を言っているの?彼は・・・
前に行かなきゃ。 前に行かなきゃ。 前に行かなきゃ、郁美が・・・喰われてしまうっ!!
「うるさぁいっ!!どけぇっ!貴様らっ!!どけぇっ!!!」
私はすでに半狂乱だったのだろう。
直衛君の声も、必死で制止しようとする愛姫ちゃんの声も、まだ生き残っている木伏少尉や、水嶋少尉の制止の声も。
今の私には、郁美を死なせる「死神の声」だった。
36mmを乱射する。 あっという間に残弾が無くなる。アウト・オブ・アンモ。
近接用長刀に兵装を変更。薙ぎ払うようにBETAに向かっていく。
『05。08。 阿呆!!死ぬ気かっ!戻れっ!戻らんかぁ!!』
いつにない、切迫した木伏少尉の声が聞こえる。
『06。12。制圧支援!11は08をバックアップ!!』
あぁ、これは水嶋少尉かな・・・?
もうすぐ、もうすぐ、郁美のところに・・・
『来ちゃダメッ!祥子! 逃げてっ!』
郁美の叱責にも似た声が耳朶を打った。
『私の機体はもうダメよっ!動力系も駆動系も、ダウン寸前・・・ 脱出できないっ!
こっちにきたら、祥子もやられちゃうっ! お願い、逃げてっ!来ないでぇっ!!!』
思わず、体が硬直する。 逃げる?来るな?どうして、郁美!?
『11!08!後退してくださいっ!今なら退路はまだ開いているっ!』
直衛君だった。
あぁ、どうして彼は、こんな無茶をするのかなぁ。
自分だって、危ないのに。まだ、初陣終えたばかりの新任なのに。
『祥子さんっ!周防少尉に従ってくださいっ!このままじゃ、二人とも囲まれるっ!』
あぁ、これは愛姫ちゃんだ。元気で、愛らしくて、素直で。かわいい後輩。
どうしたの?何を焦っているの?
『07。11。周防少尉・・・ 祥子をお願いね・・・
うっ、うわあぁぁぁっ!!! ぎっ、ぎゃぁぁぁぁ・・・・・!!』
あぁ、郁美の声。あれ?どうしたんだろ?郁美の機体、真っ赤な何かが一杯だよ・・・
『05!11! 周防!08の自律制御をお前に渡すっ!(ユー・ハブ・コントロール) 早う戻ってこんかいっ!!』
「11!05!アイ・ハブ・コントロール! 08!高速水平跳躍で後退します!マイナスG体勢!」
俺は08、祥子さんの「撃震」の右腕を持ったまま、急速水平噴射跳躍を行う。
同時に、左右から退路を狭めてきたBETAに対し、36mmを乱射した。
『あ・・あ・・あぁ・・』
佐伯少尉の最後に衝撃を受けた祥子さんは、まだ自失状態だ。戦闘機動は行えない。
「もうすぐっ!もうすぐですから!頑張って下さい、祥子さん!」
くそっ、前方に要撃級。120mmはもう店仕舞だ。36mmでは歯が立たない。どうする?
近接長刀?駄目だ、今は祥子さんの機体を同時に自律制御させている。格闘戦機動は不可能だっ!
『12!11!支援するよっ!!』
進路上の要撃級が弾け飛ぶ。後ろから愛姫の120mmを喰らったようだ。 見事。
「11!12!サンキュ!」
かろうじて包囲を突破する。
『05。11。そのままN-16-13まで後退やっ!』
「了解っ!」
師団本部に着いた時、私、08・綾森祥子少尉はやや正気を取り戻していた。
そして、今また、孤立した友軍部隊の撤退支援のために戦場にいる。
親友の佐伯郁美少尉がBETAに喰い殺されたこと。
自分の激情での突出で、隊と、なかんずく、今まで良く面倒を見てきた後任の少尉にまで、自分の救助の為に危険に晒してしまった事。
悔しい、情けない、恥ずかしい、そして、嬉しい・・・ もう、自分でも感情の整理がつかない。
親友の死は、悔しく、悲しかった。彼女の最後の言葉と絶叫は、忘れられないだろう。
彼女は、脱出が不可能と判った時に、親友である私の身が危険に晒される事を拒んだ。
(来ちゃダメッ!祥子! 逃げてっ!)
そう言い切った彼女。 私はそんな覚悟に相応しい行動ができなかった。
ただ茫然として、自失していたのだ。
普通だったら、私は死んでいた。BETAとの戦場で、自失など・・・
(もうすぐっ!もうすぐですから!頑張って下さい、祥子さん!)
BETAの群れの中に単機突っ込んで私を救助した衛士。
ううん、まだ少年といった方が良い年齢の男の子。
着任当時は、何かにつけ戸惑いがちで。ついつい世話を焼いていた後任少尉。
そう言えば、何時だったか、郁美にからかわれた。
(祥子、年下もOKなの?)
意地悪な、それでいて面白そうな、ちょっぴり愛情のある、そんな表情で。
勿論その時は、むきになって否定したけど。
「はぁ・・・」 溜息が出る。
『どうしたんですか?綾森少尉?』
隣の「撃震」の衛士が回線で問いかけてくる。
えっと、彼は・・・ そうだ、長門。長門圭介少尉。
直衛君と同期だって言ってた。
彼も「死の8分」を乗り越え、そして多くのベテラン衛士が乗り越えられなかったあの地獄をも、乗り越えた新任衛士。
彼の所属した第321戦術機甲大隊は結局、彼を含め3名しか残らなかったのだ。
「何でもないの。ちょっと、疲れたのよ。」
ちょっと、無理して笑顔を作る。
沈んだ顔をしていると、なおさら悪い想念のスパイラルに陥りそうだったから。
「君は、周防少尉と同期だったのよね?」
話題を変えてみる。
すると彼は、こんな地獄に似つかわしくない程、にかっ、とした笑顔を見せた。
『ははっ、直衛ですか。あいつとは、それ以前、陸軍付属中等学校からの同級生なんですよ。 昔から2人してバカばっかりやってまして。
4年の進路相談で『衛士訓練校を受験しますっ!』って2人とも言ったら、指導教官が目を丸くしまして。
その後で『考え直せ。いくらなんでも、お前たちでは無理だ。学力試験は大丈夫でも、訓練校の規則がお前たちを嫌う。』ですよ?
ひでぇですよ。ホント。』
そう言って、愉快そうにカラカラ、と笑う。
思わず私も笑ってしまった。そして想像してみる。
ヤンチャな男の子二人。教官に怒られても、舌を出して見せるような・・・
「ふふふっ・・・」 微笑ましい。
『何話してるんです?綾森少尉?』
直衛君だった。 さっきまでは「祥子さん」だったのに。
本部に帰投して暫くすると、何か顔を赤らめて『無茶は今後、絶対控えて下さい。綾森少尉。』と、きたものだ。
水嶋少尉が、にやにやしていたのが、ちょっと癪。
『お前の旧悪をな。色々と。』
『何言ってる。お前に引きずられていたんだぞ、俺は。』
言い合いになる二人。 嬉しそうに見ている私。
『どっちもどっちでしょ?全く・・・』 愛姫ちゃんだった。
『綾森少尉。先行隊はN-20-25エリアまで後退。最後尾もN-20-31です。
もうじき、ここまで到達します。 予定時刻は120秒後。最後尾で300秒後です
水嶋少尉は先行隊に随伴。木伏少尉は最後尾に随伴。
私と長門少尉はそのまま先行隊に随伴。
三瀬少尉と源少尉は、最後尾の木伏少尉に随伴。
綾森少尉と周防少尉は、先行隊・後方隊の中間位置で行動との事です。』
三瀬麻衣子少尉と、源雅人少尉は、長門少尉と同じ第321戦術機甲大隊の生き残りだ。
二人とも、私とは同期生である。
「了解しました。綾森少尉、周防少尉は、先行隊通過、後方隊視認を確認後、先行移動。
両隊の中継任務に当たります。」
しばらくして、先行隊が通過した。
結局、第323戦術機甲大隊は1個中隊分しか残らなかった。
救出に行った第33-A、B中隊も全滅。相原・宮部両大尉も戦死した。
要塞級を防御壁とした光線級が押し寄せてきたのだ。
正直、よく1個中隊も生き残ったものだと思う。
サポートの私たちでさえ、一時は全滅を覚悟したのだ。
ギリギリのところで、渤海湾の米第7艦隊から発進したF-14Aの1個戦隊が、レーザー照射の危険を冒してまで突っ込んできて、
フェニックスをしこたま叩き込んでくれたお陰だった。
その混乱に乗じて、何とか脱出できたのだ。
先行隊の通過が完了した。暫くして、後方隊が視認できた。
私たちの番だ。
「08。11。出ます。」
『11。08。バックスは引き受けます。』
彼の顔が、通信回線で現れる。
ふふっ、たった2日。たった2日で、自信なさげな、保護欲を刺激していた男の子が、随分逞しい言葉を、表情を、雰囲気を持ったものだ。
私はちょっと嬉しくなる。そして、少しだけ、本当に少しだけ笑みを浮かべる。
「08、直衛君。無茶はだめよ?」
『・・・・・祥子さん、貴女がそれを言いますか・・・?』
憮然とした、それでいて、ちょっぴり嬉しそうな声。
私は益々、嬉しくなったのだ。
1992年5月22日 1220 中華人民共和国 黒竜江省依安
その後、第2防衛線も突破され、最終防衛線の大慶付近まで侵攻されるも、
両翼のハルピン、チチハルから抽出された戦力で持って戦線を維持。
その後、西の把蘭屯(ザラントゥン)、東の鉄力(ティエリー)の予備戦力が後方迂回包囲に成功。
BETA群は22日早朝、殲滅された。
確認個体総数12万8800余。 フェイズ2ハイブの推定個体数を大きく上回る数字に、人類は困惑した。
人類側損失:戦術機甲連隊8個全滅。機甲師団5個全滅。
機械化歩兵師団4個全滅。航空旅団6個全滅。
帝国軍第21師団はその戦力の89%を喪失。解隊となった。
残存将兵はそのまま大陸派遣軍各部隊への補充要員として分散再配備される。
木伏一平少尉、水嶋美弥少尉、伊達愛姫少尉。
そして綾森祥子少尉と周防直衛少尉も又、再配属先に赴任していった。
彼らのその後がどうであったかは、戦史は語らない。