1993年1月20日 0520 依安東方18km 左右両翼邂逅地点
『左翼の残存兵力は、どの位残った? フォン・ブロウニコスキー少将。』
疲労の色も濃いリジューコフ中将が、通信回線から問いかける。
「第31師団は、戦術機5個大隊と機甲1個大隊、機械化歩兵装甲2個大隊。
第119旅団は戦術機3個大隊と1個機甲大隊。 第120旅団が戦術機2個大隊と2個機甲中隊。
機甲部隊では、第179旅団は比較的戦力を残しておりますが、第182は残存2個中隊。
第271機械化歩兵装甲旅団は全滅。 第283機械化歩兵装甲旅団は2個大隊のみ。
・・・実に不味い指揮を、してしまいましたよ。」
『こちらも、似たようなものさ。
戦術機甲1個師団と、機甲1個旅団をすり潰した。 機械化歩兵装甲師団は、1個連隊を残すのみだ。 部下を半数、死なせたよ・・・』
「残存合計が、戦術機甲2個師団と機甲1個師団強。 機械化歩兵装甲は1個師団弱。
左右両翼合計で損耗率50%強ですか・・・ 『全滅』 判定ですな。
陸軍大学校どころか、士官学校でさえ落第しそうだ。 ≪パレオロゴス≫ で戦死した父や兄に、叱責されます」
『・・・私はヴォロシーロフ(ソ連軍参謀本部大学校)を出て、フルンゼ(ソ連陸軍大学校)で教鞭を執っていたのだが。
ふん。 当時の教え子達と比べると。 教えた側の程度の、何と低い事か!
ミンスクで散った ≪ヴォールク≫ の連中も、前任連隊長の不甲斐無さに、呆れ果てていよう』
2人の左右両翼の機動突破任務部隊指揮官が、自嘲し合う。
しかし、彼等を責められようか? 2つの任務部隊は2日間に渡ってBETAの縦深を突き崩し、突進し、突き破ったのだ。
その間、予想よりも大規模な地中侵攻をも退けて、だ。 自前の戦力のみで、それを達成した。
50年前。 1943年、ホト上級大将の第4装甲軍と、モーデル上級大将の第9軍は、クルスクでソ連軍のバルジ(突出部)を食い破れなかった。
50年後。 1993年、フォン・ブロウニコスキー少将の左翼機動任務部隊と、リジューコフ中将の右翼機動任務部隊は、満洲でBETAのバルジ(突出部)を食い破った。
偉大な戦果だった。
だが、50年前と異なるのは、相手がソ連軍とは違い、BETAだったと言う事だ。 BETAは動揺などしない。
兵員133万余、火砲2万門余、戦車・自走砲3300両余を投入した1943年のソ連軍でさえ、包囲が完成していたら、動揺し、崩れていたかもしれない。
だが、BETAにはそれが無いのだ。 連中には凡そ地球上の生命体、少なくとも哺乳類生物に見られる 『心理』 が見受けられない。
今、全周包囲が完成した状況でさえ、連中は正面戦線へ向けて南下し、左右両戦線へ向けて突進している。
全てを食い破らんが為に。
『今ここで、指を咥えて眺めている訳にも、な』
リジューコフが忌々しげに吐き捨てる。
つい先刻、正面のBETA群が一斉に南下。 目前の敵が居なくなったのだ。
「正面と左右両戦線の前面に敷設した、BETA用の対大型、対小型地雷は約78万6000 既に削ったBETAは、全体測定推定数の65%に達しました。
それでも連中の突破にかかれば、2日が限度。 そろそろ正面・左右の3方面が直接打撃戦に移行します。
最も分厚い正面戦線ならば、まともにぶつかっても2日は持たすでしょうが。
比較的支援戦力の薄い、左右両翼戦線に攻勢重心が移ると・・・ 駄目です。 1日が限界でしょう。」
ブロウニコスキーが、各戦線の戦力から対BETA継戦時間を弾き出す。
『正面戦線とて、そうまで楽観はできまい? この2日間、見境無く支援砲撃を継続し続けたのだ。
砲撃任務群の弾薬備蓄も、40%を割ったと言う。 正味、支援砲撃は後1日が限界だ。
砲自体も、砲身命数が尽きて取り換え、等と言う生易しい状況ではなさそうだ。』
リジューコフの認識は、更に厳しかった。
暫く、2人の間に沈黙が降りる。
そして、ブロウニコスキーがその沈黙を破った。
「で、あるならば。 我々のすべき事は、只一つのみ。」
リジューコフが応じる。
『ああ、そうだ、君。 かの ≪バラクラヴァの600騎≫ の如く。 かの ≪英国重騎兵旅団の突撃(Charge of the Heavy Brigade)≫ の如く』
「ロシア騎兵の大軍ならぬ、BETAの大軍を打ち破る突撃を」
2人の指揮官は、140年前の再現の為に、早急に準備を始めねばならなかった。
リジューコフ中将との通信を終わり、指揮下の全部隊へ命令を下達したフォン・ブロウニコスキー少将は、先ほどの会話を反芻しつつ、問いかける。
(英国重騎兵旅団か! 誰もが。 機動打撃部隊の指揮官ならば、誰もが羨む勝利を、か!
だが、我々が。 かの重騎兵旅団たりえると、一体誰が保証する?
下手をすれば、同じバラクラヴァで壊滅した、≪英国軽騎兵旅団の突撃(Charge of the Light Brigade)≫ に、なるやもしれんのだぞ?)
自身でも自覚している、自悪趣味が顔を覗かせる。
(ふん。 どうせならば俺は。 ≪チャージ・アンド・チャージ≫ の、ゼネラル・カクタの方が好みだな。 海軍軍人であった祖父から、良く聞かされたものだ)
―――そう言えば。 俺の指揮下にも日本軍が居たな。 陸と海の違いはあるが。 彼等はどう思うだろう?
1993年1月20日 0630 依安東南東20km 日本帝国陸軍・第119独立混成機動旅団司令部
旅団の突撃準備は完了した。
後は、北方戦線司令部(左右両任務部隊が、臨時に再編)よりの突撃命令を待つばかりだった。
既に、南部の正面戦線、東部の左翼戦線では、一部で地雷原と面制圧砲撃を搔い潜ったBETA群との、直接打撃戦が開始されている。
西部の右翼戦線も時間の問題だった。
「旅団長。 突破先鋒部隊、藤田少佐、出ました。」
通信隊指揮官より、先鋒部隊の指揮を執る、藤田伊与蔵少佐との通信回線が確立した報告が入る。
「藤田君。 準備はいいようだね。」
(―――俺は。 今更何を言っている。 そうなるよう命令した張本人だろうが)
旅団長・松平准将が自虐する。
『はっ! 閣下。 突撃先鋒2個大隊。 全て準備完了です。 後は突撃下達を待つのみ。』
「うん。 君達の直下に、第3大隊を展開させている。 状況の変化による支援要請は、遠慮なくしたまえ。
・・・とは言っても、それで旅団の全戦術機甲戦力だが。」
40%に上る戦術機戦力を消耗した。 機甲部隊も1/3しか残っていない。 最早、1個連隊規模にまで減少した『かつての旅団』だった。
『閣下。 小官は軍人として。 いえ、日本人として。 『国の為に、為すべき事を為す』のみです。』
「たとえ国家が、『民の為に、為すべき事を為す』を、せずとも、か?」
『それこそ、軍人としては愚問ですな。 小官は士官学校入校の折、衛門の前で『それ』を捨ててきました』
「・・・ならば。 言う事は1つだ。 いずれ、靖国で会おう。 文句はその時に、ゆっくり聞く事にするよ」
『気の利いた苦情でも、考えておきましょう。 では』
スクリーンの向うから、藤田少佐が見事な敬礼を送る。
「うん。 では」
背筋を伸ばし、精一杯の答礼を返す。 生きて再び、会いまみえる事は、困難かもしれない。
回線が切断される。 スクリーンには無機質な画面だけが残った。
(国の為に、為すべき事を、か・・・ 彩峰閣下。 貴方も罪作りな人だ。 若く、純粋な連中ほど、貴方のその言葉に感化される。
戦場ではその言葉が。 どれ程有為の若者を、死に急がせる事か!)
士官学校の1期先輩であり、その高潔な人格にも素直に敬意を抱いている。
しかし、松平孝俊准将はこの時ほど、敬愛する先達を恨んだことは無かった。
1993年1月20日 0635 依安東南東20km 日本帝国陸軍・第119独立混成機動旅団 突破先鋒部隊
『旅団長の申し様。 些か以上に、縁起でも有りません』
秘匿回線スクリーンに写される、些か以上に憮然とする部下の表情を見て、突破先鋒部隊指揮官・藤田伊与蔵少佐は思わず苦笑する。
変わらないな、こう言う所は。 7年前、僕の中隊に着任したばかりの頃の、新任少尉の頃から、全く変わらない。
そうだ。 彼女は昔からそうだった。 何事にせよ、前向き。 不器用なまでに愚直な努力家。
今や派遣軍、いや、帝国陸軍全衛士の中でも、3指に入るとさえ言われる彼女も。 新任当時は訓練の厳しさに反吐を吐き、ぶっ倒れ、悔し涙さえ浮かべていたものだ。
その度に自分は叱責し、時には殴り、訓練にも一切の容赦はしなかった。 実施部隊は、士官学校や訓練校のような温室では無い。 そう言って。
それでも彼女は。 食いしばった歯が、折れそうな位の熱意で努力した。
その努力の向うに、何物かが必ず待っていると、確信するかのように。
今回もそうだ。 最初から「敗北」の2文字を認めていない。
そんな暇が有ったなら。 足掻いて、足掻いて、足掻き切って、何物かを掴め。 そう、瞳が語っている。
そう言う女性だった。 広江直美と言う女性は。
―――何時の頃からか。
その瞳に映る自分の姿を、嬉しく思うようになったのは。
その瞳を宿す彼女を、愛おしく思うようになったのは。
決して、美人の類では無い。 とは言え、不美人でも無い。 十人並み、と世間では言われるだろうか。
女性としては、上背が有り過ぎる。 鍛え上げた体は、並の新兵なら震え上がる程だ。
だが、そんな外見をも補って余りある魅力を、彼女はその内面に宿している。 付き合いが長ければ長いほど、人は惹きつけられるだろう。
近頃は夜毎、肌を合わすようになった。
最中の彼女の恥態に身惚れ、その体臭に酔った。
戦場と言う、異常な日常に生きる者同士の、生存本能が為す事かも知れない。 お互いを貪り合う、その姿は。
(そう言えば。 僕は未だ、自らの胸の内を、彼女に言っていなかったな)
思わず苦笑する。
死んだ期友の河惣には、散々諭されたものだ。 それに、本城の奴にも。
(『藤田。 貴様、朴念仁も大概にしろよ?』) 本城が些か怒ったような、そして呆れたような顔で言っていた。
(『藤田。 巽も心配している。 広江君は、得難い女性だぞ』) 婚約者から相談でもされたのか。 河惣が酒を酌み交わしながら、神妙な顔で言っていた。
(ああ。 そうだな、本城。 僕は些か以上に救い難い、朴念仁だったのかもな。
河惣。 さぞ、焼きもきと、させた事だったな。 貴様の『奥方』にも、心配をかけた)
今となっては、遅いかも知れない。 未だ、間に合うかもしれない。
いや、そう考える事こそ、朴念仁たる所以か?
『大隊長? どうかしましたか?』
暫く想いに浸っていたか。 広江君が少々、心配そうに聞いてくる。
「・・・いや? 何でも無い。 少々、場違いな事を考えていたものでね。 自分に呆れるとは、この事だ」
『はぁ・・・?』
「さて。 そろそろ時間も差し迫っている。 最後の確認だ。 我々は先鋒として、南下するBETAを追撃する。 その後背から痛撃を浴びせる為に。
君の中隊には、済まないが今回も先鋒部隊をして貰う。 頼む」
『いつもと同じですよ。 私も、私の部下達も。 自分が大隊の切っ先である事を承知しております。
見事、叩き切ってご覧にいれましょう』
「うん。 頼もしいな。 それでこその ≪ゲイヴォルグ≫ かの、ケルトの大英雄の魔槍。 見事、BETAを撃ち抜いてくれるか」
『お任せを。 では』
「うん。 また、あとでな」
一瞬、嬉しそうな表情で敬礼してくる。
僕も、同じ想いで答礼する。
秘匿回線が切れた。
「・・・また、あとで、か。 直美、その時は。 その時こそ、言おう。 君に」
全く。 朴念仁の上に、自信も無かったとは。 今更に気付かされる。 全く、僕と言う男は。
≪第23中隊長 広江直美大尉≫
(・・・何やら、何時もと違ったようだけど・・・?)
大隊長の藤田少佐との通信を終えた。 しかし、何か違和感が残る。
(まぁ、悪い感じの違和感では無いのだけど・・・ ええいっ! らしくないっ! ウジウジ悩むなっ!)
この大乱痴気騒ぎの終宴も近い。 最後まで気を抜くな。 自分と、そして部下に対して為すべき事を為せ!
(そして、終わったら。 今度こそ、あの人に伝えよう)
巽からは、昔から散々、小言を言われていたしな。
待っていろよ? 巽。 直に、あッと言わせてやるぞ?
『大尉! B小隊、出撃準備完了でっせ!』
『C小隊、いつでも御指名OKですよん』
『A小隊、5機共、準備完了です』
木伏と水嶋、それに源か。
よし。
「≪ゲイヴォルグ≫ 各機! 間もなく突撃命令が下る! いいか!? 特大のダンスパーティだっ! 最後まで踊りきって見せろっ!!」
『『『『 マムッ! イエスッ! マムッ! 』』』』
≪第23中隊 第2小隊 綾森祥子少尉≫
私の機嫌は、とっても悪かった。
こんな大攻勢を目前にして、と言うのに。
秘匿回線に映る『彼』は、さっきから必死に弁明している。 いいえ? あれは『言い訳』よね? そうよ。 きっとそう。
スクリーンの端をちらりと見る。 数時間前、臨時に中隊に加わったソ連軍と中国軍の女性衛士。
アナスタシア・ダーシュコヴァ少尉と、蒋翠華少尉。 数時間、行方不明になっていた『彼』が「連れてきた」女性衛士達。
(どうしてこうも、『訳有り』の女性に縁が有るのよっ!)
ダーシュコヴァ少尉はいいの。 聞けば、突破戦闘中に原隊とはぐれてしまったとか。
さぞ、心細かった事でしょうね。 さっき判明したのだけど、彼女の所属中隊は、彼女を除き全滅だった。
心理的な影響も大きい。 ここは直ぐに大隊なりに返すのが良いのだけれど。 生憎と、北方戦線もそんな余裕が無くって。
一先ずは「群れ」のなかで匿ってあげるしかない。
(・・・・もう一人の彼女も、似たり寄ったりなのだけど・・・)
幸いにも? 蒋翠華少尉の中隊は無事だった。 中央戦区から一路北上して突破を掛けた戦術機甲連隊戦闘団(諸兵科増強連隊)は、ここから10km南で壊滅していた。
でも彼女の所属中隊は、その戦力の大半を維持して、北へ突破して見せたのだ。
だけど、場所が悪いわ。 「こちら側」ではなく、ソ連軍(右翼)寄りに突破したのだもの。
結局、このドタバタの状況では、蒋少尉も直ぐには原隊へ戻れず、またダーシュコヴァ少尉が単機になってしまう事から、臨時でエレメントを組み、A小隊へ編入されたのだ。
(・・・・いいのよ。 判っているのよ。 彼女も、大変だったのだって。 それに、彼女に当たるのは筋違いだって・・・)
ああ、イライラする・・・
いつもなら、聞こえると嬉しい『彼』の声さえ、煩わしさを覚える。
『・・・ですから! 翠華・・・ いや、蒋翠華少尉とは、実際何もなかったんですって!
本当です! 中尉達や、和泉少尉が、有る事無い事・・・ いやっ! 無い事ばっか、吹聴しているんですよっ!』
「・・・『翠華』? ふぅ~~ん? 周防少尉は、さぞ蒋翠華少尉と、お親しい様ね? お互い名前で呼び合う仲ですものね?」
私なんか。 「祥子さん」だ。 二人の時でも! 「さん」だもの!
あ、でも。 私だって「直衛君」だったわ・・・ えっと・・・ 「なおえ」 「な・お・え」 「直衛」・・・・ ひゃあ! は、恥ずかしいっ!
『い、いや! その、何と言うか・・・ ほ、ほら! 他国人同士、微妙なニュアンスとか! 有るじゃないですか!
だもんで、ここはお互い、名前の方が呼びやすいと言うか・・・」
「・・・・私『だけ』、知らなかったのよね? 蒋少尉が、周防少尉に『告白』した事。 悲しいわ・・・」
そうなのよ。 私だけが! 知らなかったのよっ! ああ!もう!
・・・判ってるわよ。 判ってるのよ。 ただ私が嫉妬しているって事は。
でも・・・ くやしいじゃないっ!? 解ってよっ!
『いや・・・ 別に、祥子さんに言うような事じゃないし』
「・・・なんですって・・・?」
自分の声に驚いちゃった。 すっごい、醜い声。 ああ、もう。 イヤになってきた・・・
なのに、彼ったら。 逆に平静になって。
『俺と翠華とは・・・ 本当に、何もなかった訳で。 確かに俺、彼女から告白されました。 それは事実です。
でも、それって色恋沙汰とか、そんなんじゃなくって。 あ、彼女は真剣に俺の事、好いてくれているみたいだけど』
・・・ちょっと、直衛君。 正直その一言、キツイわよ?
そんな私の悶々とした気持など、お構いなく続けてくる。
『衛士として、と言うか。 人として、と言うか。 彼女にとって、俺を好きでいる事は、戦う為には絶対に必要で。
俺は衛士として、人として。 彼女のその想いを尊重すべきで・・・』
(・・・・・・)
『彼女は、翠華は言っていました。 ≪戦う理由≫ の他に。 どうしても、≪死ぬ理由≫≪死ねる理由≫ が欲しかったって。
いつもBETAとの戦いの中で、死の恐怖に怯えていた彼女が。 戦う為に、そして想像するのは俺も嫌ですけど、≪死の間際≫ の時の為に。
その≪想い≫ が欲しかったって』
・・・貴方達・・・
『そして、あいつは言っていました。
≪こんな、狂った世界だけど・・・ 貴方を想えば、私は戦える。
貴方の思い出が有れば、私は恐れない。
貴方が覚えてくれる限り、私は生きていける。
そして・・・ 貴方を好きになった事を。
死の瞬間まで、私は嬉しく思うの≫ って。
俺、そんなあいつの想いを、忘れる事は出来ません。 忘れちゃ、いけないんです・・・』
・・・ふぅ。 参ったわ・・・
「もう・・・ いいわ」
『えっ?』
「もう、いい。 あぁ、もう。 自分が嫌になってしまうわ・・・」
『祥子さん?』
直衛君が、びっくりしたような、戸惑ったような顔で見ている。
あぁ、もう。 そんな顔しないで。 お願いよ。 貴方にそんな顔させた自分に、腹が立ってくるじゃない。
「私の邪推。 ごめんなさいね。 直衛君と蒋少尉を、二人して変に勘ぐっちゃったわ」
もう、これ以上、何か言わないでね? 何か言われたら・・・ 私、きっと歯止めが効かなくなっちゃうから。
『すみません。 変に思わしちまって・・・ でも、これだけは言っておきますよ?』
「・・・何?」
『俺の好きな人は。 俺が好きな人は、貴女だけですから。 祥子さん』
「・・・・えっ?」
『俺が戦う理由。 色々有るけれど。 その最初は、貴女だから。
俺は必ず生きる。 生き抜いてやる。 生き汚くとも、生き抜いて、この戦場を伝えたい。
そして。 祥子さん、貴女にも生き抜いて欲しい。 その為に、俺は自分だけじゃなくて、貴女を見守る強さを―――― 俺は掴み取りたいんです』
―――― 以上! 報告終わりっ!
そう言って、直衛君は一方的に秘匿回線を切ってしまった。
・・・・うわっ! うわっ! うわぁ!!
い、いまの・・・ こ、告白、よねっ!? そうよねっ!? 私の思い込みじゃ、ないわよねっ!?
うん、そうよっ! 私、告白されたんだ・・・ 好きな人に!
・・・好きな人!? ・・・うん、そう。 私は彼が好き。 いつも見ていたかった。 いつも傍に居たかった。 隣に並んで居たかった。
(彼も、同じだった・・・)
嬉しさがこみ上げてくる。
誰かが言っていたわ。 出撃前の告白って、縁起が悪いって。
(それが、どうしたのよっ!)
私は戦える。 戦ってみせる。 生き抜いてみせるっ! そして――――彼を見守ってみせる!
『HQより北方戦線、各級部隊へ通達。 これよりBETA追撃戦に移行する』
1993年1月20日 0645 最後の地獄の大釜が、開こうとしていた。