1993年6月1日 1310 黒竜江省 チチハル基地 帝国陸軍第14戦術機甲師団(第119、第120独立混成機動旅団を統合)
第141戦術機甲連隊 第2大隊長執務室
「・・・暴動鎮圧、ですか?」
第22中隊長・美綴綾大尉が、訝しげに聞き返す。
「暴動になるかもしれない事態の、予防対応だ」
苦虫を潰したような表情の、第2大隊長・広江直美少佐が答える。
先程、大隊長の広江少佐は、防衛線近隣の難民キャンプへの出動を命じ、その理由を『暴動を唆す馬鹿共への見せつけだ』、と答えた。
しかし。 よりによって、出撃先が難民キャンプとは。
「難民解放戦線(RLF)・・・」
宇賀神勇吾(うがじん ゆうご)大尉が呟く。
第23中隊長。 訓練校出身の「叩上げ」 実績と風格を併せ持つ、鋼のような長身。
広江少佐とは同年で、少佐の新任少尉時代には、同じ小隊の先任少尉として、彼女を扱き、鍛え、そして指導した人物だった。
「そうだ。忌々しいことにな」
―――「難民解放戦線」(Refugees Liberation Front:RLF)
BETAとの大戦以来、国土を失った多くの国で。 その故郷を失い、生き延びる土地を目指して、多くの難民が発生した。
その数は、現在(1993年時点)で3億人を超す。
多くは、風雨や、灼熱の日差し、凍える寒気をも、ろくに遮れぬ難民キャンプのバラックに住む。
まともに生計を立てる手段は無く、滞り、不足が恒常化している僅かな食糧配給で、辛うじて生命を繋いでいる。
衛生環境は極度に劣悪で、力尽きた者が日々数十人、数百人の単位で死んでゆく。
日々の僅かな糧を得る為に、大人は子供達からその食料を奪い去り。
子供達―――少年達は何の罪悪感も持たず、人を殺して食料を奪い。 少女達は食料の為にその体を開く。
中には、そうと悟りながらも。 軍や政府へ、幼い我が子を売る親達も居る。
売られた子供達を待っているのは――――人体実験の『被験体』と言う名の、モルモットとしての死だ。
そこを出る方法は2つ。 死ぬか、軍に永久服役で志願するか―――待っているのは、BETAとの最前線だ。
最前線同様。 いや、それ以上に醜い、人類の『種としての裏面を、背負わされた死』が蔓延する。 そんな場所だった。
「難民解放戦線:RLF」は、そんな難民の権利向上を謳って旗揚げされた。
今や各国政財界にも、ある種の影響力を有し。 特に「人道派」を自任するマスメディアへの影響力が強い。
「出動場所は、ハルビン東南東38km 阿城郊外の難民キャンプ ≪第1138難民収容所≫ だ
全部隊を連れていく訳にはゆかん。 各中隊、4名選抜しろ。 1個中隊を特別編成する」
「・・・我々だけで?」
美綴大尉が、些か以上に承服しがたい表情で確認する。
「ハルビンからは、他に中国軍と、国連軍が各戦術機甲1個中隊を抽出する。
他に機械化歩兵装甲1個大隊と、軽歩兵2個大隊。 1個重火力大隊、1個軽機甲大隊を派遣する。
総指揮は、国連軍のグエン・ヴァン・ディン中佐が執る。
既に阿城駐留の、2個軽歩兵大隊と、2個重火器中隊。 それに1個自走高射中隊が展開中だ。
・・・美綴。 不満が有るなら言え。 奥歯にモノの詰まった言い様は止めろ」
広江少佐が、冷やかに美綴大尉を見やって言う。
対照的に、美綴大尉が怒気を滲ませ発言する。
「・・・我々は。 ≪人類の盾≫であり、≪人類の剣≫であります。 その我々が、人類へ銃口を向ける、と?」
「RLFへ、だ」
「同じ事。 RLFへ向ける銃口の先には。 多くの難民がその前方と背後に居ります」
「・・・ふぅ。 ならば。 美綴、貴様はここで居残りでもしていろ。 代わりに貴様の部下は、私が持ってゆく」
「少佐ッ!!」
その時だった。 それまで黙って、2人の遣り取りを聞いていた宇賀神大尉が。
黙って美綴大尉の前へ立ち――――その体格に見合った、強烈な拳の一撃を、美綴大尉の顔面に叩き込んだ。
「があッ――――!!」
美綴大尉は、思わず壁際まで吹き飛ばされ、鈍い音をたてて壁に激突する。
「美綴、貴様。 部下の生死に責任を取れないならば。 今すぐ、戦術機を降りろ。
後方へ下がって、徴兵事務所で書類仕事でもしておけ」
「―――ッ! 宇賀神さんッ! 貴方までッ・・・・!!」
鼻血と、中を切ったのだろう。口からも血を滲ませ、美綴大尉が宇賀神大尉を睨みつける。
「勘違いするな。 これは≪師団命令≫だ。 いや。 遡れば、方面軍司令部命令だ。
・・・大隊長個人の判断だと、考えたか? 貴様は、新任のヒヨっ子少尉か?
大尉で、中隊長になってもまだ、感情で文句を垂れる奴が居るとはな。 呆れ果てたものだ」
「ぐッ・・・・!!」
「・・・大隊長。 第22中隊の選抜隊は、小官が預かりましょう。
少なくとも、この腑抜けが指揮するよりも、任務の達成と、生還の可能性は上がります」
広江少佐は、暫く無言で―――そして、美綴大尉に問うた。
「―――美綴?」
「・・・任務は、果します。 必要ならば、RLFと、それに同調し、騒動を起こす難民への発砲も。
部下への命令も。 その責も。 全ては自分のものです。―――― 宇賀神大尉、貴官のものでは無いッ!!」
そう言って立ち上がった美綴大尉が。 敬礼し、荒だたしく部屋を出る。 部下へ説明する為に。 部下を選ぶために。 指揮官としての責を果たす為に。
「・・・済まないな、宇賀神さん。 アンタには、嫌な役を押し付ける」
美綴大尉の姿を見送った視線のまま、広江少佐が宇賀神大尉へ語りかける。
そんな上官の姿を見つつ、宇賀神大尉が表情を変えずに応じた。
「美綴大尉は、戦術機部隊指揮官としては優秀です。 が、人として善人ですな。 無論、彼女にとって、人としては喜ばしい事ですが。
しかし・・・良かったのですか? 美綴大尉には、留守部隊の指揮官をして貰う予定だったのでは?」
「あいつも、そろそろ・・・ 指揮官として、衛士として、一皮むけて欲しいのだよ。 戦術機乗りとしてだけでは無く。
『衛士』と言う者は。 『人類を衛る士(もものふ)』だと。 新任当時、私は教わったよ。 当時の、鬼のような先任にな」
「人類を衛る為には。 時として、人類に刃を向ける事を躊躇ってはならない。 それが、人類を衛る事になるのならば。
―――懐かしい台詞ですな。 我ながら」
2人して、顔を見合す。
宇賀神大尉は、穏やかに微苦笑し。 広江少佐は昔を思いやっていた。
「1985年6月。 今でも忘れんよ。 忘れられない。 私が、最初に戦術機で銃口を向け、発砲した相手。 それが―――大陸からの、無力な難民だった事は」
後悔、憤怒、無常、悲哀、嫌悪、諦観。 あれから、どれ程の想いを切り捨ててきただろうか。
大陸からの難民を収容した、北九州の難民キャンプで暴動が発生した。
暴徒は数万、いや、最終的に十数万にも達し、警察力での事態収拾は不可能となった。
帝国政府は鎮圧に対し、内務省と外務省の猛反対―――内国治安維持の面子と、国際社会に対する面子故に―――を抑え込み、軍の師団戦力を投入した。
若き日の広江直美少尉は、鎮圧部隊に所属しており。 その性格故に、中隊長にまで喰ってかかり―――先任の宇賀神少尉に、気絶するまで殴られた。
お陰で『傷害被害者』として、上官反抗は有耶無耶にされた。
反対に宇賀神少尉は暴行罪を問われ、任務終了後に2週間の営倉入りとなったが―――進級が遅いのは、このせいでもある。
「気絶した私に、水をぶっかけて叩き起こしたアンタが、言った言葉だった。 それは。
宇賀神さん。 私は、あいつに。 美綴に、それを教えるのが、遅かったか? 今からでは、理解して貰えないだろうか?」
「・・・学ぶに遅い、と言う事は。 人間、いくつになっても遅いと言う事は、有りませんな。
私から言わせて頂ければ、少佐。 そんな事をほざくこと自体、私の鍛え方が足りなかったか、と思わざるを得ませんな」
「よしてくれ。 今更あのような地獄の日々は、送りたくない。 情けない事だがな」
広江少佐が苦笑する。 彼女の夫、藤田中佐も鬼中隊長であったが。 直接的に扱き抜かれたのは。 今、目の前に立つ部下にして、かつての先任将校だった。
「期待しましょう。 少なくとも、美綴大尉は少佐をして、そう言わしめる人物なのですから」
「私の眼が、節穴だったとしたら?」
「その時は。 私が2人共々、介錯の労をとりましょう」
「・・・恐ろしい事を言う部下だ」
「無論、追い腹は切らして貰いますが?」
「却下する」
そうそう、楽をさせてやるものか。
広江少佐がそう言い放ち、宇賀神大尉が苦笑する。
大隊の副隊長格であり。 大隊長の右腕であり。 かつて前大隊長―――現大隊長の夫―――の副隊長をも、かつて任じてきた。
それ故に、第2大隊へ転属してきた宇賀神大尉にとって。 大隊全隊を、一歩引いて見渡し、纏め上げる助言を為す事は。
それが、前大隊長から託された事で有った。
「・・・憎まれ役は、先任将校の特権ですからな」
そんな特権、誰が特権などと思うものか。
広江少佐の呆れ声を聞きながらも、宇賀神大尉は穏やかに微苦笑し続けていた。
≪1330 第22中隊ブリーフィングルーム≫
中隊長の説明と、命令を受ける俺達22中隊の面々は、些か戸惑っていた。
何故かって? それは、美綴大尉の顔面が腫れ上がって、青痣まで付いていた事にだ。
任官したての新任少尉や、配属早々の新兵ならいざ知らず。
中隊長級の大尉が、殴られて顔を腫らしているなど、まずあり得ない。
(『なぁ、永野。 中隊長、どうしたんだ?』)
(『私に聞かれても、判らないわよ。 って、静かにしなさいよ、周防』)
(『しかし。 大尉が殴られるなんて・・・ 大隊長でしょうか?』)
(『有り得るぞ? 間宮。 あの人は鬼だからな・・・』)
等と小声でひそひそ話をしていると。 中隊長に見つかった。
「・・・何だ? 先任共。 そんなに私の顔が珍しいのか? ん?」
やべっ! 顔が引きつっているっ!
「「「 いえっ! 何もありませんっ! 」」」
(『うわっ! すごいユニゾン!』)
(『息が会ってるね・・・』)
(『これくらいに、ならなきゃいけないのかな?』)
(『ちょっと、違う気がする・・・』)
後ろで新任達が、好き放題言ってやがる。 お前ら、そのうち聞こえるぞ? 中隊長に・・・
「貴様等! 静かにしろッ! ここは訓練校では無いぞッ!」
和泉中尉が叱責する。
・・・俺は正直、この時ほど驚いた事は無かった。 何せ、「あの」和泉中尉が正論で叱責したのだ。
まぁ、おかしくは無いんだ。 何せ中尉は小隊長だ。 指揮官だ。 部下や後任の不手際を叱責して当然で、叱責する責任がある。
しかしなぁ・・・
「周防少尉、永野少尉、間宮少尉! 貴様達は中隊の先任だろう! なんだ? そのだらけ具合はッ!
3人とも、この後でランウェイをフル装備で走ってこい!
美園! 仁科! 天羽! 柚木! 江上! 真咲! 新任共6名も同じくだ!」
今度は、綾森中尉が雷を落とす。 うへっ。
「「「「「「「「「 了解! 」」」」」」」」」
先任・後任の9名の少尉達が、一斉に唱和した。
「・・・そこまでにしておけ、和泉、綾森。
では、選抜隊4名は、私と周防、永野、間宮の先任少尉3名。 計4名とする。
綾森と和泉は私の留守中、中隊を頼む。 新任達の練成は急務だからな。 小隊長は残って貰わねばならん。
周防、永野、間宮。 貴様達3名は只今より通常シフトを解除。 全体ブリーフィングは本日2000だ。 出撃は明朝0530 現地到着予定は0630
機体はトレーラーに搭載する。 阿城駐屯地で搭乗後、難民キャンプへ向かう。 いいな?」
「「「「「 はっ! 」」」」」
「新任共は、中隊長が留守だと言って、気を抜くな? 鬼の先任が居らずとも、それ以上の鬼が2人、残っているからな?」
中隊長の脅しに、新任達が顔を強張らせる。
今まで俺達先任が「鬼」な分、2人の小隊長は幾分優しい「鬼」だったが。
覚えておけよ? 怖いぞ?
「では、説明は以上とする。 尚、本日の課業は半休課業とする」
「敬礼ッ! 直レッ! 解散ッ!」
綾森中尉の号令で、皆が解散した。
≪1510 ハルビン基地S-01・PX≫
午後の半休課業が終了し、俺達22中隊の少尉連中9人はPXに溜まっていた。
「しっかし。 久々に走らされたな」
「アンタのせいだからね」
俺のぼやきに、永野が反応する。
優等生のこいつにとっちゃ、叱責されて罰直で走らされるなんて、得難い経験だろう。
「周防さんにとっては、日常なのでしょうけど・・・」
間宮が何気に、失礼な事をほざきやがる。
俺とてそうそう、罰直喰らっている訳じゃないぞ?
新任達は・・・
「あう~~・・・」
「つ、つかれた・・・」
「誰のせいですか・・・」
「巻き込まれた・・・」
「恨みますよ?」
「・・・・・ふにゅ」
「何だ? あれ位でへばったのか? 情けないぞ、お前達」
情けない。 たったの3周で。 って言っても、1周7kmあるが。
永野が、この体力馬鹿、とか何とかぬかしている。 ふん。衛士は体力あってなんぼ、だぜ?
「おう、周防。 見てたぞ。 何かやらかしたか? 22中隊は?」
「どうせ、発端はこいつだ」
久賀と圭介だ。
うるさい。 どうして俺が『発端』なんだ。
「うるさい。 で? お前等は何している?」
「ちょっと言ってあげてよ、周防に。 で、そちらも同じくなの? 長門、久賀」
根に持つな? 永野・・・
「お前と一緒。 半休課業だよ」
ああ、そっか。 21と23も、選抜するんだっけな。 そう言えば、誰が行くんだろう?
21は、大隊長は当然として。 23の宇賀神大尉も行くのかな。 いや、それは無いか。 大隊の中隊長以上が、全員留守は流石に拙いだろう。
「21中隊は、少佐に三瀬中尉、俺と有馬だ。 留守中のまとめは、源中尉と古村がやるよ」
「23中隊は、木伏中尉に俺と伊達、佐野の4人。 中隊長と水嶋中尉が留守をまとめる。 22中隊は?」
「美綴大尉に、俺と永野に、間宮。 小隊長達が留守役。
んじゃ、宇賀神大尉が、大隊の留守役だな」
「流石に。 各中隊とも、隊長クラスと先任を選んできたか。 新任は、ちょっと選べないしな」
まぁな。
圭介の感想に、俺と久賀が同意する。
「新任達に、いきなりこんな嫌な任務は、させてやりたくないわね。 まぁ、こっちも気が滅入るけど」
「そうですね。 いくらRLF絡みでも、難民を威嚇するなんて・・・」
永野も、間宮も、全く気乗りしないらしい。 当然か。
その時、今まで黙って話を聞いていた、と言うより、バテていた新任が聞いてきた。
「あ、あのぉ~・・・ 今回の任務って、『難民保護』ですよね? どうして『難民に威嚇』なんですか?」
「RLFだけ、排除すればいいんじゃ・・・?」
ウチのC小隊の新任、江上 聡子(えがみ さとこ)少尉と、真咲 櫻(まさき さくら)少尉が疑問を口にする。
「江上。 RLFって、何を目的にしているか知っている?」
永野が逆に質問する。
問い返された江上が、焦りながらも何とか答えようとする。
「えっ、えっと。 確か、世界中の難民の救済。 難民の地位と、生活環境の向上。 確か、そんな事、でしたっけ・・・」
「そうね。 じゃ、真咲。 RLFはその構成員を、どこから供給しているの?」
「あ、はい。 ・・・難民の中からです」
「正解。 じゃ、今回。 暴動が起きそうな雰囲気の中で、RLFが活動していたとして。 その中に難民出身者は?
キャンプの難民たちは、RLFと私達、どちらにシンパシーを感じるかしら? 簡単に言えば、どちらを『身内』と思うかしら?」
凄いな、永野。 まるで学校の先生か、訓練校の座学教官みたいだぞ。
合点がいったのだろう。 江上や真咲が答えるより早く、今度はA小隊の新任、天羽 都(あもう みやこ)少尉が答える。
「・・・RLFに、よりシンパシーを感じます。 彼等にとって、同じ境遇の難民出身で。 自分達の現状を代弁してくれる存在ですから」
続けて、同じA小隊の柚木 祐美(ゆずき ゆみ)少尉が、やっと判ったようで、場違いに明るい声を出す。
「あ、そっかぁ! 都ちゃん、頭いいねぇ! じゃ、私達って、ワルモノ?」
「・・・柚木。 あと1週追加だ」
間宮が頭を押さえて唸って言う。
どうしてですかぁ~~! なんて悲鳴が聞こえるが。 とりあえずは無視。
それより。
「美園、仁科。 お前ら、咄嗟に理解しなかったな・・・?」
美園と仁科が、顔を引きつらせる。
「あ、あはは・・・ な、何と言いましょうか」
「こ、後任は、先任を見て育つ、とかなんとか・・・」
「2週追加」
「周防少尉の、鬼~~~!!」
「先任、横暴~~~!!」
うるさい。
「・・・ここの中隊、1番賑やかかもな」 「ああ。 なんせ、先任が奴だしな」 「・・・言わないでよ」
1993年6月2日 0730 黒竜江省 阿城近郊 ≪第1138難民収容所≫ 周辺フェンス付近
『ゲイヴォルグ・リーダーより各機。 警戒配置に就け。 各機間隔は100m 回線は中隊系オープンチャンネル』
広江少佐から指示が出て、俺達第2大隊選抜中隊12機が、100mの等間隔で監視警戒ポイントに就く
収容所の東側面だ。 各機の間には、軽歩兵小隊が1個と、重火器分隊が1個ずつ配備されている。
反対側の西側面には、中国軍戦術機部隊、正面には国連軍戦術機部隊が展開。 俺達と同様の支援部隊と共に配置に就いた。
機体から収容所のフェンスまで、距離にして50m程。 フェンスの向こうの難民の顔がはっきり見える。
戸惑う顔。 恐怖を浮かべる顔。 無関心の顔。
しかし、最も多いのは、憎悪の顔。 期待を寄せる喜びの顔など、見る事は出来なかった。
「しかし・・・ 予想していたとは言え。 こうまであからさまに、敵意を向けられるのは、気持ちいい事じゃないな」
俺の呟きに、ゲイヴォルグB04・間宮少尉が続ける。
『まるで、BETAと戦っている時の、私達のような感じです』
『間宮、言い得て妙ね・・・ そんな感心、したくは無いけど。 彼等にとっては、私達・・・ いえ、戦術機を含む軍事力こそが、自分達を抑圧する象徴に映るのでしょうね』
永野も、何か喋っていないと、居心地が悪い、いや、不安なのだろう。 オープンチャンネルだから、不要不急の通信は基本的に制限なのだが。
しかし、抑圧か。 確かに、そう言われても仕方がない。 それほどに、難民たちの姿は哀れだった。
ボロボロの衣服。 粗末極まる、所狭しと乱立する掘立小屋。 食糧事情の劣悪さを物語る、明らかに栄養失調と判る、痩せ細った、しかし腹部だけは膨らんだ子供達。
見ていられなくなった。 不意に、去年を思い出す。
去年の5月。 中国軍の周蘇紅大尉の指揮下に入って、モンゴル人遊牧民一族を難民キャンプまで護送した。 翠華と出会った時の事だ。
あの時。 彼等はBETAの勢力圏に近くとも、先祖代々の暮らしの中で、人として生き、死んでいく事を望んだ。 BETAに殺されようとも。
俺達は、難民キャンプへ行く事を強く勧め、説得した。 BETAに一族が食い殺される事を防ぐ為。
今になってみれば、果たしてその選択が良かったのか。 自信が無くなってくる。
あの時出会った、小さな子供達。 ウィソやユルール、他の一族の子供達。 あの子達もまた、この様に飢えと劣悪な環境に晒されているのだろうか・・・
だとしたら、俺は・・・
『周防少尉? どうしました?』
『周防? 急に押し黙って。 ど、どうしたのよ? なんだか、怖いわよ、今の表情』
「・・・何でもない。 ただの自己嫌悪だ・・・」
『『 自己嫌悪・・・? 』』
簡単に、かいつまんで、去年の事を永野と間宮に話してやる。 2人とも、やけに神妙に聞いていたが・・・
『それは、周防の責任じゃないでしょ。 任務なんだし、第一、避難民の生命と安全の保障は、何より最優先よ』
『・・・収容所の環境の悪さまでは、周防さんの責任では無いですよ』
違う。 そうじゃないんだ。 そんな事は俺も判っている。 そうじゃなくて。
そんな後ろめたさを感じて。 それを自分の中で納得さす事が出来無くて。 何かこじ付けが欲しくて。
そしてお前達の言葉で、自分をごまかす理由の糊塗をする、そんな自分に。 自己嫌悪しているんだ。
『B01より、02、03、04 おしゃべりは一旦中止しろ。 大隊長から状況説明が入る』
美綴大尉から、軽く叱責が入る。 大尉も、落ち着かないようだ。
監視部隊司令部に出張っていた広江少佐が、通信スクリーンに現れる。 憮然とした表情だった。
『各員に状況を説明する。 現在、収容所の3カ所のエリアのうち、今我々が包囲している東エリア以外の2エリアについては、後方の安全地帯への撤収開始を確認した。
行動開始は、1時間後、0845。 2か所のエリアの難民の数は3万人。 ハルビンから、輸送コマンドが急遽編成、急行中だ。 軽歩兵1個大隊が護衛に就く。
問題は、RLFの連中が立て籠もっている、目の前だが・・・』
実に、忌々しそうに少佐が見つめる。 全くだ。 連中、何を考えている?
『RLFの実行戦力自体は、少数だ。 推定で1個中隊ほど。 しかし、連中は難民の海の中に紛れて特定が非常に困難だ。
このエリアの難民の数は、約5000人 比較的健康状態の悪い者が多い。 医療キャンプへの移送対象者達だ。 よって、下手に強硬手段には出る事は不可能だ』
当然だ。 俺達が、病人の難民に対して発砲なんて出来るものじゃない。
俺達の銃口は、BETAに向けるものだ。 同胞に対してでは無い。
それに、更に忌々しい存在が居る。 米国TVの取材クルーが、何を血迷ったか、こんな前線付近まで出張って来ている。
あの国の多面性、その中の2大表裏のひとつ。 偽善性の体現者達だ。
恐らく、俺達統合軍が発砲すれば最後。 徹底的にネガティブキャンペーンを張る事だろう。
あの国のメディアは、その裏に様々な、信じ難い様な勢力とも繋がっている。
少佐の説明が続く。
『現在、監視部隊司令官のヴァンデグリフト国連軍准将と、李斉明・国連難民支援部極東統括次長補が、説得に当っているが。
望みは薄いかもしれん。 最悪の事態は、覚悟しておけ・・・』
全員が息をのむ。 最悪の事態―――難民への発砲と、強制制圧。 これだけは、やりたくない・・・
『・・・ホンマ、貧乏クジやで。 中隊長に、大見栄切らん方が良かったかいな?』
『カッコつけすぎですよ、中尉は』
木伏中尉と、佐野少尉が掛け合いを始めるが。 ノリが悪い。
『なんや、なんや! お前ら、ノリ悪いのぉ? 周防! 伊達! この辺で突っ込んで、ボケるんがお前らやろ! 長門、いつものふてぶてしさ、どないした? ああ?』
「いや。 べつに俺達、中尉のノリ突っ込みの相方じゃないですし」
『ひっじょ~~に、心外でぇすっ!』
俺と愛姫が、即答する。
『・・・? そうか? 周防と伊達は、木伏の≪その道≫の弟子のようなものだとばかり、今まで思っていたのだが・・・?』
『『 だ、大隊長・・・ ひ、酷い・・・ 』』
あちこちで、忍び笑いが聞こえる。 ふぅ。 少しは雰囲気が変わったか?
良いんだけどね、誤解されても。 今雰囲気さえ変われば・・・
『・・・納得いかない・・・』
愛姫は全く、承服しかねているようだった。
≪CPよりゲイヴォルグ。 難民キャンプに一部動きが有ります。 警戒を要す≫
CPから連絡が入る。 今回随伴するCP将校は、第22中隊の芦屋川 雅(あしやがわ みやび)中尉。 1期先任の人だ。
『こちらゲイヴォルグ・リーダー、芦屋川。 具体的な動きは判るか?』
≪CPよりリーダー。 詳細は不明。 ですが、先ほど判明した情報としまして、RLFが持ち込んだ火器類の中に、対装甲兵器類の存在が確認されました。
各戦術機甲部隊に対し、至近距離よりのRPG等の攻撃に対する警戒が発令。 お気を付けて下さい≫
『リーダー、了解した。 各機、脅威目標設定を一部変更する。 対人モード、レベル2Bに上げろ』
『『『 了解 』』』
くそっ! 対人でレベル2Bか。 あと一つ上げたら、完全に対人殲滅モードじゃねぇかよ・・・
本当に、人類相手に、発砲するのか!? 出来るのか!? 無力な難民相手に!
『直衛。 相手は武装したテロリストだ。 いいか?』
圭介が緊張した表情で問いかけてくる。 お前だって、俺を出汁にしているんだろうが・・・
「その周りには、無力の難民が多数いるぜ? 圭介、お前って、そんなにすごい精密射撃、出来たか?」
『・・・喧嘩売ってんのか? てめぇ・・・』
『おい、よせや、周防、長門。 喧嘩相手、履き違えんなよ。 そん時は・・・ しょうがねぇ』
『久賀?』 「どう言う事だよ?」
『俺が、九州出身だって知ってるな? 8年前、同じ事が起こった。 北九州の難民キャンプ・・・ 俺の故郷の近くでよ』
久賀の故郷? ああ、確か北九州だったな。 こいつは訓練校が大分だったし。
8年前と言うと、1985年か。 俺達はまだ、初等学校だな。
『ものすごい数の、大暴動になってよ。 警察じゃ、埒があかなかった。 結局、軍が出動して制圧したよ。
数千人規模で死者が出たんだ。 戦術機や、機甲部隊まで動員したからな。
俺は、そん時。 家の中で、ホッとしたよ』
『・・・ホッとしたって?』
圭介の声が、厳しい。
『誤解すんな、長門。 俺だって、無力な難民が死ねばいいなんて、あの時も思っていやしない。
でもよ。 暴徒の被害にあった地区じゃ、焼き打ちにあったり、殺されたりした人達が大勢出た。
俺の家は、そのすぐ近くでよ。 ≪撃震≫や戦車が向かって行く姿が、すげぇ頼もしかった。 子供心にもな』
『・・・・』 「・・・・・で?」
『今回は、周りの状況は同じとは言え無ぇけどよ。 それでも、人を助けるのによ。
場合によっては、人を撃たなきゃ、助けられないって事は、有ると思うんだ。 俺は。
少なくとも家の中で、家族みんなで不安になっていた俺は、そう思ったし、今でもそう思っている』
「・・・ちぇ。 経験者の言葉ってやつか。 結構、重いね」 『久賀には、似合わねぇ』
『やかましっ!』
≪美綴綾大尉≫
『・・・人を助けるのによ。 -場合によっては、人を撃たなきゃ、助けられないって事は、有ると思うんだ。 俺は』
この声は。 23中隊の久賀少尉か・・・
あの時か。 私は未だ、士官学校の予科だったな。
人を助ける為に。 人を撃たねばならない。 そうでないと、助けられない場合もある、か・・・
参ったな。 大尉の私が。 中隊長の私が、未だ自分の中で見出せていなかった答えを。
先任とは言え、未だ2年目少尉の言葉で、諭されるとは。 彼は、幼い頃にその思いに至ったのか。
そう言えば。 あの時は広江少佐の『初陣』でもあったのだな。 本城・・・ いや、河惣先輩もか。 あの人達は、どんな思いでトリガーを引いたのか。
ここを切り抜ければ。 私にもその答えは、出るのだろうか。 答えが見つかるのだろうか。