≪1993年8月12日 日本帝国陸軍・大陸派遣軍 大連軍事法廷判決文章≫
1.1993年6月2日における、阿城難民キャンプ『第1138難民収容所』における戦闘での、民間人多数死亡の件に関して。
1-1.状況:当時、防衛線内へのBETA侵入に際し、難民密集地帯での戦闘行動が極めて制限された状況であった。
(中略)
(1-2~1-4省略)
1-5.戦闘状況背景:BETA発見時、難民キャンプまで約6分の距離であり、約5000人の難民を避難さす事は不可能であった。
また、その事態はRLF(難民解放戦線:Refugees Liberation Front)の工作により、故意的に作り出された側面が強い。
また当時、キャンプに残留していた難民は、RLFにより拘束されるか、或いは自発的に協力していたと判断される。
この状況により、部隊移動が不可能で有った事。 また、当地地形上の制約から、直接視認での打撃戦闘が、難民キャンプ内に達した後で無いと不可能であった事がある。
1-6.指揮状況:当時、指揮権は国連軍中尉・ディン・シェン・ミンに有った。
同指揮官は、当地における『絶対死守』命令を、国連軍監視部隊司令部(指揮官:ヴァンデグリフト国連軍准将)より正式受領していた。
1-7.戦況:当時、該当戦域を突破された後に、残存6000余名の避難民、及び国連軍監視部隊司令部、その他民間人までの間には、防衛力を有した戦闘部隊が皆無であった。
従って『絶対死守』命令は妥当であり、あらゆる手法でその任を果たす必要が有った事を、当法廷は確認した。
2.判決
2-1.判決主文:被疑者。 帝国陸軍衛士少尉・周防直衛。 帝国陸軍衛士少尉・長門圭介。 帝国陸軍衛士少尉・久賀直人の判決について。
前文、第1段の内容に基づき、告発容疑に対する罪状はこれを認めず。
1993年8月12日
署名:帝国陸軍軍事法廷判事・帝国陸軍中将・本間晴明
副署:帝国陸軍査問委員会主席調査官・帝国陸軍法務大佐・高間新三郎
1993年8月13日 1230 大連
2ヶ月振りに、監獄から出所した。 もう夏だった。 日差しが強い。
俺と圭介、そして久賀の3人。 未決囚収監所から、晴れて解放された訳だが・・・
「・・・出向、ですか」
「そうだ・・・ 君達3名。 本日付で、国連軍にな。 済まない」
派遣軍参謀の藤田中佐が、深々と頭を下げた。
周りが驚いている。 そりゃそうだ。 参謀中佐が、一介の少尉連中に頭を下げるなんて。
「私の力が足りなかった・・・ なんとか、君等の原隊復帰を、実現しようとしたのだが」
京都の連中。 大方国防省か、武家筋に近い連中から、圧力が相当かかったのだろう。
収監されていた間、妙に気の良い下士官の看守に当って。 こっそりと色々教えて貰った。
ああ言う連中は、軍の裏表を知り尽くした古狸だ。 情報はダダ漏れだものな。
米国のメディアクルーに関しては、その後になって、RLFとのつながりが確認されたそうだ。
結局、その線で国連が米国政府・米議会に裏で情報を流し。 米国政府・連邦捜査局がメディアに圧力をかけたそうだ。
もっぱら、噂の域だが。
しかし、あの事件の報道はなされていないそうだ。 帝国でも、米国でも。
まぁ、国連が関わっているからか。
しかし、事実は事実であって。 京都の古い連中からは、帝国の恥晒し、とまで言われているそうだ。
勝手に言っていろ。 馬鹿共が。
そんな中では、原隊復帰は夢物語だ。 軍としては、不名誉除隊に出来ない以上、どこかほとぼりが冷めるまで、放り出すしかない。
国連軍なら、一方の当事者だし、都合がいいと判断したか。
「いえ、中佐。 今までのご助力、誠に感謝いたします」
嘘では無かった。
藤田中佐は、俺達3人の弁護を、軍事法廷で繰り広げてくれた。
中佐の武勲、人望も、今回の判決には大きな影響が有った事は、言うまでもない。
これ以上、ご迷惑をお掛けする事は出来ない。
俺達はこれから、取りあえず大連の国連軍司令部に出頭する。
それから後、どこの戦場に飛ばされるかは、神のみぞ知る、だ。
恐らく、どこかの激戦地で戦死してくれればいい、と言う算段だろう。
大隊は今、ハルビンか。
中隊長が代わって、皆しっかりやっているだろうか。
和泉中尉は、あれで結構まとめ役が合っている人だから。 新中隊長をしっかり補佐している事だろう。 頼みますよ、中尉。
永野は、先任としてしっかり纏めてくれている事だろう。 もっとも、苦労性かもしれないから、大変かな? すまんな、永野、全て押しつけちまって。
間宮も、永野を補佐してくれている筈だ。 あいつはしっかり者だから。 でも間宮。 ちゃんと言う事は言えよ? そしたら皆、判ってくれるから。
新任達は、初陣で『死の8分』を乗り切ったと言う。 良かった。 本当に良かった。
俺は居てやれなかったけど。 小隊の2人。 美園も、仁科も、しっかりやれよ。 大変な時に、先任として居てやれずに、ごめんな。
A小隊の天羽と柚木。 C小隊の江上に真咲。 お前達もな。 永野と間宮は、頼れる先任だから。
愛姫。 思えばお前とは、新任で初配属以来の縁だったな。
今、明かせばさ。 お前の明るさには、俺、本当に助けられたよ。
戦場では何度も助けられた。 最高の支援砲撃の名手だな、お前。
親友だよ。 本当に、親友って、胸張って自慢できるよ、お前を。 ありがとう。
緋色。 同じ小隊で切磋琢磨したな。
近接格闘戦では、とうとう、お前を出し抜け無かったよ。 でも、高速機動戦では俺の連勝だから、おあいこか?
戦友。 ありがとう。 お前とまた、背中合わせで戦いたかったよ。
木伏中尉。 甘ったれな新米の俺を、ここまで面倒見て下さいまして、有難うございます。
俺にとって、広江少佐と、木伏中尉は、尊敬する上官でした。
俺、中尉の様な頼れる上官を、目指してたんですよ。 知ってました? ・・・本当に、有難うございました。
水嶋中尉。 相変わらず、木伏中尉とのコンビは、最高ですよ。
貴女がいれば、大隊のフォローは心配無いですね。
でも、一言言っておきますけど。 時には正直にならないと、気持ちは伝わりませんよ。
木伏中尉も、結構鈍感だから。
どうか、生き抜いて下さい。
源中尉、三瀬中尉。 1期先任のあなた方には、本当にお世話になりました。
源中尉には、色々と相談にも乗って貰いました。
三瀬中尉には、彼女との事にも・・・
2人とも、頑張ってください。 そして、お互い意地になるの、そろそろ止めにした方がいいですよ。 皆、知っていますから。
柏崎中尉。 的確なCP指示。 何度も助けられました。
余りお礼が出来ませんでしたけど、これからも皆を見守ってやって下さい。 お願いします。
広江少佐。 済みません、不出来な部下で。 少佐の下で戦えた事、誇りに思います。
少佐の部下だったからこそ、今まで生きて戦えました。 ・・・正直、扱きは鬼ですけど。
これからも、少佐に教導頂いた事、忘れずに戦っていきます。
それと、ご主人には今回、本当に助けて頂きました。 どうかご健勝で。
そして・・・
ごめんな、祥子。 君の人生に、こんな思いをさせてしまって。
辛かったか? 苦しかったか? 悲しかったか? 本当に、ごめん。 謝っても、謝りきれない事を、君にしてしまった。
そして。 ありがとう。 こんな俺を、受け入れてくれて。
愛している。 愛しているよ、君を。 本当は伝えたかった。 伝えたかったんだ。 君を、ずっと、愛している。
そんな、色々な思いがよぎる。
戦場で1年と少し。 でも、本当に生死を共にして戦った、戦友達。 そして、その中で見つけた『生きる理由』の、愛する女性。
振り返らない。 振り返ってはいけない。
「では。 我々はこれで失礼します」
「ん・・・ 達者でな。 いいか? 死ぬなよ? 絶対に、生きて、生きて帰ってこい。
前任大隊長としての、命令だ・・・」
「「「 ・・・はい! 」」」
俺と圭介、久賀。 3人が敬礼する。
藤田中佐が答礼を返してくれて・・・ その場を離れた。
部屋を出て、建物の玄関まで行くと、意外な人物に奇襲された。
「「「 だっ、大隊長!? 」」」
広江少佐だった。 どうして、ハルビンに居る少佐が、ここに?
「ふん。 方面軍司令部での会議のついでに、不出来な元部下の馬鹿面でも拝もうか、と思ってな」
やれやれ、この人には敵わない・・・
「・・・3年だ。 3年、生き抜け。 貴様達が何とか復帰できるよう、私も足掻き抜くからな・・・」
「少佐・・・」
ヤバい。 目が熱くなる。
「・・・馬鹿者ッ!! めそめそするなっ! 貴様等は歴戦の衛士だろうがッ!!」
「「「 はいっ!! 」」」
久々に、少佐に雷を落とされた。 ははっ、変な気分だ。 凄く、嬉しい。
「巽もな。 あいつの実家は、代々の軍人の家系だ。 要職に就く親戚筋も多い。
あいつも、なんとか目処が立つのは、3年だろうと言っている。 あいつも、助力してくれる」
河惣少佐が、か・・・?
有難うございます・・・ 少佐。
「だから。 絶対に生きて帰って来い。 周防、長門、久賀。 もし、くたばっててみろ、その時は・・・」
「そ、その時は・・・?」
「地獄まで行って、ドツキ回してやる」
木伏中尉のような台詞だ。 思わず笑みがこぼれる。
「ふん。 笑っていられるなら、上々だ。 ・・・行って来い。
貴様達は、私が鍛え抜いた部下だ。 胸を張って、送り出せる」
「「「 はっ! 」」」
「その前に、周防。 貴様はもう一人、叱責を受ける相手がいるぞ? 覚悟しておけ。 ・・・表で待っている」
建物を出た俺の肩を、圭介が叩く。 振り返ると、久賀が笑って、視線であっちだ、と合図する。
その先には・・・
「・・・・祥子・・・・」
思わず。 無意識に歩み寄る。
会いたかった。 会うのが怖かった。 ・・・・世界で一番、会いたかったひと。
傍によって、そして・・・
――――ぱぁぁんっ!
思いっきり、頬を叩かれた。
「・・・・ってぇ~~・・・」
「馬鹿・・・ 馬鹿ッ・・・ 大馬鹿ッ! 直衛のッ! 大馬鹿者ッ!!」
泣いている。 綺麗な、俺の好きな瞳に、一杯涙を溢れさせて。
そして、俺を見上げて。
抱き寄せた。 抱きしめた。 思いっきり。
離したくない。 このひとを。 この女を。 祥子を。 ―――離したくない。
「ごめんな・・・ 辛い思い、させて。 ごめんな、祥子・・・」
「・・・馬鹿 ・・・ばか ・・・・ばかぁ・・・」
「うん。 俺、馬鹿だな。 祥子の事、結局、判ってやれなくって・・・」
「・・・うっ ・・・うっ」
ああ。 結局、俺は。 彼女を忘れられない。 収監中、一度も祥子の手紙に返事を書かなかったのは。
今にして思えば、彼女を思って、俺を諦めて欲しかったんじゃ無く。
俺が怖かったんだ。 彼女を忘れられない事が。 祥子に、もう会えないと思う事が。
返事を出してしまえば、そうなってしまいそうで、怖かったんだ。 俺は。
「心配かけて、ごめんな。 これからも、かけてしまうけど・・・
でも、手紙は書くよ。 いつでも、どこにいても。 祥子に、俺の事を伝える。 俺の気持、伝えるから」
「ん・・・ ん・・・」
「絶対、生きて帰る。 君の許に。 生きて、今度こそ、ずっと君の傍にいる為に。
だから・・・ 君も。 君も、生き抜いて欲しい。 俺の為に」
祥子が顔をあげる。 笑顔だった。
涙でくしゃくしゃになっていたが、その笑顔は、今までで一番、美しかった。 そう思えた。
「ええ。 私は生き抜く。 きっと。
私は、直衛。 あなたの『生きる理由』になるわ。 そして、お願い。 貴方は私の『生きる理由』なのよ・・・ 忘れないで」
抱きしめて、口づけする。
忘れるものか。 絶対に。 忘れるものか。
俺達は、お互いの『生きる理由』なんだ。
「・・・忘れない。 祥子、俺は忘れない。 君も忘れないでくれ」
「ええ。 忘れるものですか・・・」
顔を見せ合い、笑い合う。
ああ。 今、本当に幸せだった。
これから待つのが、どんな地獄の戦場でも。
祥子の、この笑顔が有れば。 この笑顔を憶えていれば。 俺は戦い抜く。 俺は生き抜いて見せる事が出来る。
「愛している。 世界で、誰よりも。 君を愛している。 祥子・・・」
「私も。 直衛。 貴方を愛している。 すっと。 ずっと。 愛しているわ」
ふと見ると。 圭介と久賀がうんざりした顔をしている。
残念だったな。 お前達も、早く見つけろ。 本当に、生きたい理由を。 そんなひとを。
1993年8月の夏 俺にとって、人生で最良の夏となった。