≪PXにて≫
「えっ!? オベール中尉って、貴族のお姫様なのか!?」
驚いた。 そんな人が、国連軍で衛士とは。
「珍しいんじゃないか? ヨーロッパの貴族の家系じゃ、衛士になる者は大抵、自国の軍に居るだろう?
ドイツとか、有名な部隊が有るじゃないか。 英国もそうだし」
「日本で言えば。 有力武家のお姫様が、斯衛軍じゃなく、国連軍に入る様なものか」
久賀の例えに、俺と圭介が同時にハモった。
「「 あ、有りえねぇ・・・ 」」
「あら? 確か大尉も貴族出身でしょう? 『フォン』の称号をお持ちだし」
ギュゼルが口を挟む。
「いや、『フォン』の称号持ちだからって、貴族って訳じゃないだろ? ユンカーなのか、それとも昔の騎士階層なのか。
で? どっちなんだ? ファビオ」
圭介に振られたファビオが、夜食を食いながら答える。 しかし、こいつは本当に良く食う。 まるであの、愛姫に匹敵するな・・・
「ん・・・ 確か、男爵家の若様だよ。 大尉は。 ライン河はさんで、フランスとドイツで、お向さん同士だったんだと。 領地が」
なんか住む世界が違う。 あほらしくなって来た・・・
「日本にだって、貴族は居るでしょう? 確か、『ブケ』だったかしら?」
「武家に、公家だよ」
「「 ?? 」」
ファビオとギュゼルが首を傾げる。 まぁ、似たような音だし、外国人には判りづらいか。
「つまり。 『ショーグン』の家来のサムライと。 『エンペラー』の家来の昔からの貴族。
それの中の上流の家が、今の日本の貴族階層さ」
簡単に説明してやる。
武家と言っても、爵位持ちは元大名家や有力武家の家系だし。 公家も位階が上の堂上家の家系だけだ。
それ以外は今や皆、庶民。
「斯衛で言えば、『山吹(黄)』以上だな。 『白』の家は爵位は無いし」
・・・まぁ、「白」の家は、正確には「士族」だけど。
「コノエ? ああ、ジャパニーズ・インペリアル・ガーズね。 確か、身分毎で戦術機の色が違うのよね?」
ギュゼルは斯衛の色分けを知っていたようだ。
「ブルー、レッド、イエロー、ホワイト、ブラック・・・ どう言う基準なの?」
まぁ、教えてやっても別に差し支えないか。
「蒼は、所謂『五摂家』 『将軍』を輩出できる、最高級の家格で、爵位は公爵家。
赤は、五摂家の分家筋が主で、爵位は侯爵家か、伯爵家。 山吹(黄)は、その他の元大名家や、大身武家の出身で、子爵家か男爵家。
白はそれより小さい、元領地持ちの武家の家系だよ。 因みに黒は、一般庶民。 ま、そんなところかな」
うん。間違えでは無い。 随分大まかな説明だけど。
「あん? 確か、ほかにパープルも有ったんじゃ無かったか? あれは?」
「・・・紫は、将軍家専用色。 他の者は一切使用不許可」
「「 はぁ~~・・・ 」」
ファビオとギュゼルには、些か理解しづらいかも知れないな。
なんて思っていたら。 圭介が突然話を振ってきた。
「でもよ、直衛。 お前の家も、元々武家じゃなかったっけ?」
「そうなのか? 周防。 初耳だぞ?」
「えっ!? じゃ、直衛も貴族?」
「にっ、にあわねぇ・・・」
最後の。 うるせぇぞ、ファビオ。 ・・・はぁ、この話題か。
「違うよ・・・ 俺の家、確かに昔は武士だったけどさ。 斯衛の連中の家から見たら、地べたに居るような身分の低い、貧乏武士の家さ」
「どの位の貧乏武士?」
圭介、引っ張るなよ・・・
「禄高30俵3人扶持・・・ って言っても、わかんねぇか。
1人扶持は大人1人が、1年で食う米の量だ。 大体5俵、米俵5個だな。
つまり、ウチの家は年間で45俵の給料を貰っていた下級武士。 領地なんか持って無いの」
言ってみれば、国家公務員と同じだ。
「もっと具体的に」
久賀まで喰いつきやがった・・・
「はぁ・・・ 具体的に? ん~~・・・ 先祖代々の家宝じゃなくって、先祖代々の借金借用書なら山積み、って位の貧乏」
「うわっ・・・」 「ひ、ひさん・・・」 「まぁ・・・」 「死んでも嫌だな・・・」
おい。 言えと言っておきながら、お前等なぁ。
「斯衛の白以上だけだぞ。 それなりに贅沢な暮しできた武家ってのは。
それ以外の下級武士なんて、先祖代々の借金地獄に苦しんでいたんだから」
今はBETA地獄か。 はぁ、先祖代々、地獄に苦しむのかねぇ?
「・・・どうして、そんなに貧乏になっていたの?」
ギュゼルが疑問に思うらしい。 まぁ、外国の貴族や騎士階級とは、ちょっと違うからな・・・
「考えてみな? 大方300年近く、給料が上がらなかったんだぜ? 物価は300年間上がり続けたのによ?
そりゃ、貧乏にもなるわな? 生きていけねぇよ、ホント」
これは本当の話。 武士は幕府時代の300年間弱、基本的に給料は据え置きだったのだ。 信じられるか?
「どうして・・・?」
「将軍家が、武士の力を削ぎたかったから。 自分達が倒されたら、本末転倒だし」
「はん・・・ それでか? 直衛。 お前、かなりの武家体制批判家だしな?」
「平気で将軍家や五摂家の事、クソミソに貶すわ、扱き下ろすわ。 斯衛の事は、無能呼ばわりだし」
事実を言っているだけだし。 無能じゃなくて、無用と言ったし。
「直衛って・・・ もしかして、日本の反体制派?」
はぁ!? 何言ってんの? ギュゼル・・・
「・・・違うよ、全く。 俺のは単なる、先祖代々の反五摂家意識。
俺の家は、元々朝廷に仕える下級武士の家だったの。 『公家侍』ってやつ。
大本を辿れば、主君は天子様(皇帝) 言わば将軍家や五摂家は、歴史的な仇敵なの。 朝廷にとっては」
俺はだから、皇主(皇帝)陛下が統帥される、日本帝国軍人にはなろうと考えたけど。
まかり間違っても、五摂家や他の有力武家の我欲と我儘で、でっち上げられた斯衛なんかには、間違っても入りたくない(入らせて貰えないけど)
ま、行ってみれば単なる我儘だ。
そんなこんなで、時間も過ぎてお開きになった。
部屋に戻る俺を、圭介が追いかけて呼び止めた。
「おい、直衛。 ここじゃ構わない。 俺も久賀も、馬鹿みたいな将軍家崇拝者じゃないしな。 別に何も言わん。
でもよ、帝国の連中が居る前では、自重しろ。 軍部にも、斯衛とツーカーの連中も居る。 武家出身の連中も多い。
広江少佐が言っていた3年。 下手したら生き抜いても、3年経っても戻れなくなるぞ?」
何時になく真剣な表情の圭介が諭す。
判ってるよ・・・
「お前、生きて綾森中尉と会うんだろ? 彼女の所に帰るんだろ? だったら。 頼むから、自重してくれ。
俺はそんな馬鹿げた事で、親友を失いたくない。 頼む」
「・・・判った。 今後は、時と場所を弁える。 お前にも要らぬ心配はさせないよ。
俺だって、3年生き抜いて、祥子に会いたい。 彼女の許に帰りたい。
済まなかったな。 圭介」
「お前のフォローは昔からだし。 気にすんな。 ってか、気にするならもっと以前にやれ、全く・・・」
そう言って圭介が苦笑する。
じゃぁな。 そう言って、別れた。
「はっ・・・ 一体、何をイラついているんだか・・・」
最近、とみにそう言った発言が増えていたのは自覚している。
元々そう言う意識は有ったけど、口に出して言うほどじゃなかった。
結局、怖いのか、俺は。
怖いから、何かに当って気を紛らわしていた訳か。
それが、圭介や久賀を心配させていたのか。
「何やってんだか・・・」
全く。 器が小さいとはこの事だ。 命がけの戦場で。 戦い以外の事で、何を親友や戦友に心配かけているんだか。
「済まん、圭介、久賀」
ひとり謝る。
ふと、窓から夜空を見る。
北の方角は、向うか・・・
「・・・正直言うと、怖いよ。 祥子。 3年は、怖いよ」
でも、怖くても乗り越えなきゃ、彼女に会えない。 彼女の許に帰れない。
だったら、怖くても前に進んで、乗り越えるしかない。
「やり抜くしかないんだ・・・」
あの時の、祥子の笑顔を思い出す。
あの笑顔を再び見る為に。 生きて会う為に。
「・・・・よしっ!」
改めて、気合いを入れなおす―――