1993年9月7日 0527 阜新 第2防衛線 第882独立戦術機甲中隊
≪周防直衛≫
東の空が白々と明けた。 朝日が立ち上り、周りの草原を金色に照らす。
夜露が蒸発し、薄く霧になっている。 その霧もまた、朝日に照らされ、幻想的な情景を作り出している。
ちょっと前に目が覚め、野営テントから出て周りの景色を見ていた。
本当に美しい。 そう思える景色。 世界中で見られる朝焼けの風景。
(いや。 人類側の世界で、だったな)
BETAに浸食された土地では、自然は壊滅する。 こんな美しい光景は、見る事は出来ない。
ふと、以前の記憶が蘇る。 1年以上前の事。 翠華と初めて会った頃。
彼女の慟哭を知った夜。 あの夜、見上げた夜空も美しかった。
そして思ったものだ。
≪あぁ、この星は。 こんなにも美しいのに≫
≪この星で生きる事は。 こんなにも、残酷だったのか≫
残酷さは、思い知らされてきた。 俺には、その一つ一つを覆す力は無い。
だけど。
それに向き合う勇気を持つ事は、出来る筈だ。
それに挫けず、諦めず、足掻き続ける事は、出来る筈だ。
その事を伝えてゆく事は、出来る筈だ。
(だから、戦う。 戦って、生き抜いてみせる)
今日もまた、血みどろの激戦になるだろう。
これは、儀式だ。 俺が、戦場に立ち向かう為の。
そして、俺自身に向き合う為の。
≪0955 渤海・遼東湾 遼河河口付近 第31任務部隊 旗艦・戦艦『加賀』≫
「第2防衛線前のBETA群、補足! 約5万! 距離、25,000!」
「防衛線管制より、照射危険域内に光線級多数!」
「主砲射撃指揮所、砲術長より、≪主砲発射準備よし≫ 」
「7戦隊、8戦隊より ≪砲撃準備完了≫ 」
遼河河口付近の近海を、6隻の戦艦群が遊弋している。
その主砲は全て、陸地―――BETA群へ指向されていた。
「参謀長。 7戦隊の『薩摩』と、8戦隊の『陸奥』は、大丈夫かね?」
有賀中将が、損傷の比較的大きい2戦艦について、参謀長に尋ねた。
「溶解した舷側装甲については、ここでは何とも。
しかし、それ以外の部分は、昨夜来、工作艦『明石』、『対馬』の2隻が横付けして、徹夜作業で処置を行いました。
応急対応ですが、戦闘力は維持しております」
「そうか・・・」
やはり、装甲が一部とはいえ溶解してしまった事は、痛いな。
戦艦とBETA、それも光線級との殴り合いは、結局のところ、根比べだ。
光線級ならば、内部装甲でも何とか保たせるが。 重光線級の大出力レーザー照射にかかっては。 一気に艦内部を破壊されてしまう。
(しかし。 それでもタフネスさが、戦艦の特徴だ)
艦全てが蒸発してしまわない限り。 戦艦の頑丈さは、瞬時に沈没まで至る事は無い。
徐々に嬲り殺しにされる状態である事は確かだが、こちらもそれまでの間、奴等をまとめて葬り去る事は出来る。
(今考えても、仕方ない事だ)
我々は、海軍軍人。 乗っているフネは、戦う為に生を受けた艦だ。
ならば。 その宿命に従おうじゃないか。
想いに耽っていたその時。 見張り長(旧来よりの役職名)がBETA発見の報を告げる。
「BETA視認! 距離21,500! 約5万!」
『ホチ(砲術長)よりCIC(戦闘情報指揮所)。 第1射、発射します』
主砲射撃指揮所の砲術長の言葉が終わった瞬間、前部第1主砲塔から、40.6cm砲が火を噴いた。
第7戦隊の『安芸』 第8戦隊の『長門』も同様だった。
『弾着、5秒、4、3、2、1、だんちゃーくッ!』
第2防衛線の前面中程に、赤、青、黄の3色の砂柱が上がる。 各々、6戦隊、7戦隊、8戦隊の、砲撃認識用染料が主砲弾に込められている。
直後に巨大な爆煙が発生する。 同時に衝撃波で周囲のBETAが、大型種、小型種の区別なく吹き飛ばされる光景が見えた。
「艦隊戦なら、初弾挟差、と言ったところですな」
「陸上への砲撃なのだ。 外したら、もう一度砲術学校の、少尉の普通科学生からやり直しだよ」
参謀長の感想に、有賀中将が苦笑交じりに答える。
「よし。 参謀長、統制砲撃戦でいく。 統制艦は『加賀』、『安芸』、『長門』
初手から斉射でいく。 各戦隊の砲撃時間誤差は10秒。 いいな?」
「はッ! 各戦隊、通達済みです」
「良し・・・ では、砲撃開始ッ!」
司令官の号令と同時に、まず6戦隊の2戦艦・『加賀』、『土佐』がその巨砲から火を吐く。
10秒後、7戦隊の『安芸』、『薩摩』が。 更にその10秒後、8戦隊の『長門』、『陸奥』が。
8戦隊の砲撃終了後、再度6戦隊が砲撃を開始する。 31任務部隊はこれを繰り返していた。
BETA。 光線級の阻止レーザー照射を喰らわない為にだ。
一度レーザー照射を行った後、再度の照射まで。 光線級で12秒。 重光線級で36秒のインターバルが有る。
そして、6隻の戦艦の主砲発射速度は、20秒―――1分間に3回の砲撃が可能―――だった。
全艦が一斉に砲撃しては、第2射までに光線級の12秒のインターバルが終了する。
そして戦艦の主砲弾は、光線級のレーザー照射程度では、1度では阻止できない。
何体かの光線級が、連続照射をし続けてようやく、迎撃無効化出来るのだ。
光線級が発射するレーザー直径に比較して、総重量1トンを超す巨弾である、戦艦の主砲弾が巨大だからだ。
光線級のレーザーは、砲弾に穴を穿つ事は出来ても、蒸発さす事は出来ない。 単体での迎撃照射なら、砲弾を無力化する前に着弾してしまう。
砲弾はそれ自体、高速で飛来する質量兵器でも有るのだ。
重光線級のレーザーであれば、その大出力・大直径で単体での迎撃も可能だが、個体の数が少ない。 インターバル時間も長い。
それ故に。 戦艦の対BETA艦砲射撃は全艦一斉射撃では無く、光線級の照射インターバルより短い時間間隔での、交互射撃を基本とする。
砲撃開始から30分が経過した。
10秒毎に16発ずつ撃ち込まれる406mmの巨弾と、巡洋艦、駆逐艦から撃ち込まれる203mm、155mm、127mm砲弾、そして無数の誘導弾。
第1射こそ、殆ど迎撃阻止されたが、砲撃回数を追うごとに、阻止される数が減っていき、反対に着弾によってなぎ倒されるBETAが急増する。
「防衛線管制より、緊急電! ≪光線級、重光線級多数、海岸線へ移動しつつあり。 照射警戒を要す≫ 」
「ッ!!」
(遂に来たか)
有賀中将は、その報告に覚悟を決める時が来た事を悟った。
BETAは、大規模な破壊力を見せる我々を、第1に破壊する対象と認識したようだ。
これから、戦艦群と光線級BETAとの、根比べが始まる。
(舷側装甲の欠損した2隻には、きつい戦になるが・・・ 我慢してもらう他、無いな)
砲撃戦力の1/3をここで外す事は痛い。 しかし、実際問題として、装甲防御力が最も低下しているのがあの2隻で有る事も、確かなのだ。
(西口君、山内君・・・ 済まん、堪えてくれ)
『薩摩』艦長・西口正雄大佐、『陸奥』艦長・山内次平大佐へ、祈るように内心で呟く。
「海岸線付近に光線級、重光線級、多数確認!」
「総員、対レーザー防御!」
有賀中将が、決定を下す。
「目標を変更。 海岸線の光線属種。 最後の1体まで、殲滅せよッ!」
≪1020 南部第2防衛線 国連軍第882独立戦術機甲中隊≫
「海岸線への突入?」
中隊管理テントの中でアルトマイエル大尉の指示を聞き、思わず聞き返してしまった。
つい先ほど、海岸線では友軍戦艦部隊と、光線級との壮絶な殴り合いが開始され始めたのだ。
そんな中に、のこのこ入って行ったらどうなるか。 味方の戦艦と、光線級。 両方から袋叩きにされるのがオチだ。
戦艦の砲撃に精密射撃など望めないし。 BETAは陸上では、戦術機を第1の敵と認識する。
「ど真ん中に突っ込むような真似はせん。 まだ死にたくはないからな。
海岸線から内陸に入ったエリアの、艦砲射撃が対応できていない場所に陣取っている光線級の掃除だ」
簡単に言いますね? 大尉。 そこまで行く苦労ってものが、有るでしょうに・・・
そう心の中で毒づいた時、オベール中尉の補足説明が入った。
「ルートはエリア・T(タンゴ)015から、一気に西へ。 丁度、南部と北部の境界になっていて、BETAの密度が1番薄いの。
エリア・D(デルタ)221まで進出して、一気に南下すれば、丁度裏をかく形になるわ。
参加する部隊は我々の他、国連軍の1個小隊と韓国軍の1個小隊。 国連軍小隊は1機欠だから、臨時に各小隊に編入します。
中隊を4個小隊編成にして、突破力を大きくするのよ」
4個小隊編成。 極東や東南アジアでは見られないが。 欧州や地中海方面では、重戦術機甲部隊で見受けられる編成だ。
突撃前衛小隊の後ろに、強襲支援小隊を置く。 または強襲前衛編成にする。
いずれにせよ、我が中隊もここにきてようやく、BETAとの『ドツキ合い』にエントリーする訳か。
「臨時編入する部隊の衛士は、既に来て貰っている。 ・・・入ってくれたまえ」
大尉の声に、テントの中に入って来た衛士達を見て・・・ 逃げ出したくなった。
神様、仏様。 俺、そんなに不信心でしょうか・・・?
「国連極東軍所属、趙美鳳中尉です。 こちらは部下の蒋翠華少尉に、朱文怜少尉」
「韓国陸軍所属、李珠蘭中尉です」 「同じく、朴貞姫中尉」 「孫安達少尉!」「呉栄信少尉であります!」
韓国軍の、男の少尉2人は勿論知らなかったが。 他は見知っている顔が5人も居るとは・・・
圭介が、俺と彼女達を交互に見比べて、吹きだす寸前で身悶えている。
そんな様子を見て、オベール中尉が不思議そうに問いかける。
「長門少尉? どうしました? 具合でも・・・」
「いッ、いえッ! ・・・なッ、何でもッ! ありませんッ!!」
何でも無いって顔か、全く。
「あら? 貴方達・・・」
「え? 確か、日本軍の・・・ 周防少尉と、長門少尉? え? どうして国連軍・・・」
李中尉と、朴中尉(進級したのか)が、驚いた顔をしている。
「お久しぶりね、李中尉、朴中尉」
趙中尉が二人に話しかける。
「貴女達まで!? 出向なの?」
朴中尉が驚き顔だ。
「・・・まぁ、そうね。 その辺は、おいおい、ね。 事情は私達も、彼等も同じなのだけど」
そんな会話を聞きながら、恐る恐る、翠華を盗み見る。 何やら、お澄し顔だが・・・
アルトマイエル大尉が、そんな回りをスルーしながら、説明を続ける。
「知り合いか? まぁ、良い。その方が都合も良いな。
では、編入編成だが。 趙中尉はB小隊。 小隊長をしてくれ。 蒋少尉はA小隊。 制圧支援だ。 朱少尉、C小隊。 同じく制圧支援」
「「「 はッ! 」」」
「李中尉。 君が小隊長だったな。 D小隊とする。 強襲前衛小隊だ」
「 はッ! 」
編入小隊先と、韓国軍小隊のポジションが決まる。
趙中尉が、大尉に確認を入れる。
「大尉。 小官は以前までの部隊では、迎撃後衛におりました。 強襲掃討のポジションの経験は有りますが、もっぱら打撃支援でした。
今回、突撃前衛長との事ですが。 寧ろ今まで本職でやって来たメンバーを、そのまま突撃前衛に配し、小官は強襲掃討、若しくは強襲前衛でバックアップをと考えます」
「了解した」
あっさり大尉が承認する。
「中尉であれば。 小隊長教育の中で自分と部下の特性を、常に考える事を叩き込まれている。
その結果の意見具申なら、承認するに異論は無いよ」
そう言う事か。
単に1階級違うだけでは無い。 中尉になったら、小隊長教育、つまり指揮官教育を叩き込まれる。 これは国連も、各国軍も同じだ。
大尉の話が続く。
「機体は、国連軍の3人は同じF-15Cだったな。 問題無い。 韓国軍の4機は・・・ うん、F-92K(92式 韓国輸出仕様)か。
“コリアン・ヴァイパー” よし、強襲前衛には、或いはうってつけだ。
他に質問は無いか? ・・・無いな、よし。 作戦開始は1030 各員、直ちに搭乗開始ッ!」
「「「「「「 了解! 」」」」」」
乗機に向かう途中、背後に気配を感じ振り向いた。 翠華だった。
何やら、真剣な表情をしている。
「翠華・・・?」
やおら、彼女は俺の顔を見上げた(182cmの俺と、160cm無い彼女とでは、そうなる)
「祥子と約束したから・・・」
「えっ?」
祥子と約束? 翠華が? 何を?
「国連軍に居る間は、私が直衛を護る。 祥子に代わって。 今まで、祥子が支えて護って来たから」
「・・・・・」
「護って、直衛を祥子の許に帰すの。 それからよ。 私と祥子の勝負は・・・」
言うだけ言って、翠華はさっさと自分の乗機に向かって行った。
「話だけ聞いていれば、どんな娘かと思いましたけれど。 良い娘ですね、彼女は」
うをッ! オベール中尉! 背後からいきなり、話しかけんで下さいッ!
「成程。“大切な女性”か。 周防、君がどう言う決断をするか、私には与り知らぬが。
少なくとも君の“愛する女性”も合わせて、得難い女性達であるな。
ああ、心配するな。 何も非難しているのでは無い。 結果がどうであれ、彼女達は君を愛しこそすれ、恨む事は無かろうよ」
アルトマイエル大尉が、妙に納得顔で解説している。
でもですね、大尉。 実の所、俺には重いんですよ。 彼女達の愛情がじゃない。 彼女達の存在がじゃない。
そんな彼女達に向かい合う、今の俺自身の奥底の、あやふやと言うべき部分が。
俺自身の中に立脚できていない部分を認識する事が。 重いんですよ。
自然に暗い顔をしてしまったのだろうか。 大尉がそんな俺を見て、続ける。
「何を悩む? 何を想う? ふん、君は未だ20歳にもならぬ小僧っ子だ。 解れと言うのが、無理な話だ。
その答えは、未だ遥か彼方だろうよ。 今は、さっきもあの娘が言ったように、生き残れ。
生き残って、彼女達の前に立て。 何かを解り得るのは、何かを確たる事に出来るのは、恐らくそれからであろうよ」
そう言って、大尉も乗機へ向かった。
「貴方が誠実である限り。 彼女達は貴方を非難しないわ。
“愛されないという事は不運であり、愛さないという事は不幸である”
確か、アルベール・カミュだったかしら? あの小説家の。
貴方は、貴方の心に、想いに、誠実で有り続けなさい」
・・・オベール中尉の言葉は、今の俺には、まるで禅問答だ。
頭をガシガシ、と、ひっ掻く。
はぁ、くそッ! 出撃前にこんなんじゃ、それこそ祥子との約束を果たせない。
さっきの翠華の宣言も、果たせない。
―――ぱしッ
一発気合いを入れる。
「・・・らしくない事、うだうだ考えるな。 戦え、戦い抜け、生き抜け。
全ては・・・ そっからだ」
よしッ 今は戦場に集中する。 戦って、生き抜く為に。 それが、彼女達の為でもある筈だから。
≪遼東湾 遼河河口 1055 第31任務部隊 旗艦『加賀』≫
「第22斉射、開始しました!」
「右舷後部、上甲板付近にレーザー照射! 直撃です!」
「右舷対空砲群、全滅!」
「機関管制室より、≪機関損傷無し 全力発揮可能≫ です!」
「7戦隊より入電! 『薩摩』機関部被弾! 出し得る速力、18ノット!」
「8戦隊『陸奥』、第4主砲塔全壊! 機関部被弾、速力16ノットに落ちます!」
「後部艦橋より 『土佐』にレーザー照射! 第2主砲塔、全壊!」
「艦隊速力、15ノット(27.8km/h)」
有賀中将が命ずる。 15ノット。 陸上から見れば、静止目標にも等しい。
「宜しいのですか?」
『加賀』艦長・岡田次朗大佐が問いかける。
「・・・構わん。 どうせ30ノット出たところで、連中から見れば静止目標も同じだからな。
ところで、第32任務部隊はどうなっている? 損耗の度合いは?」
司令官の問いに、参謀長が答える。 声が硬かった。
「現在、第3次攻撃隊までを実施。 第4次攻撃隊が発艦中です。
第1次は出撃72機、帰還52機、損失20機 第2次が出撃72機、帰還56機、損失16機 第3次が出撃70機、帰還53機、損失17機。
現在まで、第4次を除けば、出撃可能機数は161機。 損失は53機。 第4次も条件は変わりません。 想定で損失は42%に達すると、報告が有りました」
呻き声があちらこちらで聞こえる。 損失42% 最早、明日は無い。 今日中に母艦戦術機甲戦力は、潰えるだろう。
「光線級のダメージは? どの位の損害を与えたろうか?」
最大の要因が、それだ。 戦術機部隊が戦域制圧突撃をかけようにも。 突撃進路上に光線級が溢れ返っている。
この為、まずは光線級の排除の為に、マーヴェリックを費やすしかないのだ。
そして、被弾率も急激に上昇していた。 後背にある小高い連山。 主砲の射程圏ギリギリを外している、BETAの『安全圏』
そこの稜線上に、光線級が陣取っている。 海上から突撃侵攻する海軍戦術機部隊は、この光線級の一群に狙い撃ちされるのだ。
(あと3000 あと3000m、突っ込めれば)
忌々しい光線級を、『安全圏』から駆逐できるものを。
しかし、3000m突っ込めば、確実に座礁する。 急激に水深が上がり、暗礁も多い水域だった。
主砲射撃の衝撃が伝わる。 未だ6隻とも健在であって、砲撃を繰り広げている。
しかし、『土佐』、『陸奥』は、主砲塔を1基全壊され、攻撃力が1/4減少していた。
『陸奥』、『薩摩』は機関部にも損傷を受け、這うような速力しか発揮出来ない。
他の艦も大なり小なり、満身創痍だった。
「8戦隊、『陸奥』、レーザー被弾! 後部艦橋、倒壊しました!」
「何ッ!?」
司令部要員が外部モニターを見る。 最後尾を続航していた『陸奥』にレーザー照射が集中した。
その為、後部艦橋―――予備指揮所で有り、後方への戦闘指揮所―――が倒壊。 健在だった第3主砲塔に、のしかかっている。
第3主砲塔は―――全壊だった。 2本の砲身が、それぞれ明後日の方向を向いている。
「8戦隊司令部に通達。 『艦の保全に最善を尽くせ』と。 『陸奥』は一旦下げよう」
「了解しました・・・」
司令官の苦しい声に、参謀長が苦渋の声で答える。
有賀中将は、満身創痍の『陸奥』をモニターに見て、見が引き裂かれるような思いだった。
かつて、世界の『ビッグ7』と謳われた、海上の覇者。
就役後70年近くの年月を、度重なる改修を受けてなお、帝国の海の守りとして存在し続けた『帝国の戦姫』
その誇り高き戦姫が、満身創痍になって戦列を離れていく。
かつては自分も乗艦し、勤務した経験のある、思い出深い艦だった。
(悔しかろう、『陸奥』よ。 その無念、他の『姉妹』がとってくれよう)
その時だった。 何気なくモニターを見ていた司令部の要員が、訝しげな声を上げた。
「何だ? 一体『陸奥』は、どっちに向かって避退しているのだ? ・・・おい、まさかッ!!」
CIC内の全員が、そのモニターを見て驚愕する。
「馬鹿なッ! そっちは海岸線だぞッ!?」
「おい! このままじゃ、座礁危険水域に・・・!!」
「誰かッ! おい、通信! 『陸奥』に緊急回線繋げッ! 最優先だッ!」
怒号が飛び交う。 そんな中、『陸奥』から短い通信文が入電した。
『我、靖国二向ッテ、退避シツツアリ サラバ』
後部から黒煙を噴き上げ、ゆっくりした足取りで、『陸奥』が座礁危険水域を航行する。
誰もが固唾を飲んだ。
最早、『陸奥』は助からない。 しかし、その今際の際の願いは、どうか叶えてやってくれ。
彼女に。 『帝国の戦姫』に。 せめて戦場で散る名誉を、与えてやってくれ。
『陸奥』がゆっくりと座標する。
海岸線からの距離、100m足らず。 今、彼女は。
散りゆく事を覚悟した『帝国の戦姫』は。 光線級の『安全圏』を、その主砲射程内に捉えたのだった。
≪1130 遼東湾上空 高度50m 第32任務部隊 第4次攻撃隊≫
68機の『翔鶴』が、高速で低空突撃を敢行していた。
目指すは、海岸線付近の光線級の群。 今は戦艦群との打撃戦に気を取られ、こちらには向いていない。
そして―――あの、忌々しい彼方の稜線上の光線級も。 今は海岸線付近に座礁各座した『陸奥』と、遠距離打撃戦を展開中だ。
(くそッ! 『陸奥』があのような姿を、曝さねばならないとはッ!)
第4次攻撃隊隊長・千早孝美少佐は、『翔鶴』のコクピット内で歯ぎしりした。
かつて、少尉候補生時代に乗艦した事があった。 海軍軍人として、青春の全てを送った時代の、始まりの艦だった。
その艦が、最後を迎えようとしている。
(なら、その手向けだ。 せめて海岸線の光線級は、全て制圧してくれるぞッ!)
横眼で『陸奥』をみつつ、戦術MAPを確認する。
現在、戦艦群との交戦中の光線級群。 稜線上の光線級の射線。 各座した『陸奥』
ならば、最適の突入コースは・・・
「山田! 安部! 小川! 伊吹! 長嶺! 各中隊、進路3-0-5! N-28-33で進路3-4-5に転針、光線級の裏を取る!
稜線上の光線級は、『陸奥』が相手取ってくれている! いいか! 彼女の挺身を無にするなッ! 何が何でも、海岸線を一掃するぞッ!」
「「「「「 了解!! 」」」」」
山田昌美大尉、安部良子大尉、小川恵子大尉、伊吹翔子大尉、長嶺公子大尉。
5人の部下の中隊長達も、まなじりを決して応答する。
「高度20に下げろッ! ≪セイレーン01≫ よりFAC! これより制圧突入を開始する!」
『FAC-015より、≪セイレーン≫! 突入進路確認した! 『陸奥』はもう、いくらも保たない! 突入するなら今しかないッ 頼むッ!!』
「セイレーン01より全機! 突入! 突入! 突入!」
68機の『翔鶴』が、海軍戦術機特有の低空高速機動で、水面ギリギリを突進していく。
帝国陸軍衛士をして、『正気の沙汰では無い』と言わしめる、超低空突撃だった。
不意に、『陸奥』の姿が目に入った。 満身創痍のその姿が。 そして・・・
「ッ――――――!!!!」
度重なるレーザー打撃に耐えきれなくなった『陸奥』が。 凄まじい轟音を立てて爆発した。 弾火薬庫が誘爆、轟沈したのだ。
『む・・・陸奥が・・・』
誰の声だったか。
「全機ッ! 気を抜くなッ! 稜線上の光線級! 来るぞッ!!」
そうだ。 最早、瀕死になってもなお、盾になってくれた『帝国の戦姫』はいない。
忌々しい光線級は、早速他の獲物を物色し始めるだろう。 私達の攻撃隊は、その格好の獲物になる。
(頼むッ! 頼みますッ 数多の英霊達よッ 先達よッ! いま暫し、あなた方の加護を! 私達の上にッ!!)
絶望感が押し寄せる。 恐らくあと数秒で、あの稜線から光の帯が発するだろう。
それは自分達にとって、黄泉路を照らす死の光だった。
『ッ! 光線級、レーザー照射確認!』
山田昌美大尉の、悲鳴のような声が耳をうつ。 同時に、多数のレーザー光を確認した。
『きゃあぁぁ!!』『くうう!!』『だっ、ダメッ!』
部下の悲鳴が通信回線内を充満する。
陸軍戦術機と違い、海軍戦術機は低空突撃時には、対レーザー強制乱数回避機能を働かさない。
ひたすら、撃墜されても我慢して、突入し、攻撃地点を目指すのだ。
『第3中隊! 3機撃墜されました!』 『第2中隊、2機被弾!』
被害が拡大する。
「隊長機より全機! 我慢だ! 耐え抜け! 海軍戦術機乗りの! 海軍衛士の誇りと誉をもって突撃しろッ!!」
レーザーが暫し止む。 12秒のインターバルだ。
「全機! あと5秒で変針点!」
あと少し。 あと少し耐えて。 お願いッ!
レーザー照射が再開される。 またしても損害が増えていった。
『第2中隊長機、被弾! 戦死ッ!!』 『第4中隊長機! レーザー直撃! 戦死ですッ!!』
(ッ―――!! 山田! 小川!)
第2中隊長の山田昌美大尉、第4中隊長の小川恵子大尉。 2人の『翔鶴』がレーザーに絡め捕られた。
自分の右腕だった山田大尉。 気さくで、豪快な性格で。 来月には挙式をあげる予定だった。
昇進したばかりの小川大尉。 新任少尉の頃から、手塩にかけて育ててきた、期待の若手だった。
「くそッ! 誰でもいいッ! あの! あそこの光線級をッ! 何とかしてくれッ!
死ぬならせめて、連中に一矢報いてから、死なせてくれッ!!」
全身が沸騰する様だった。
悔しい、悔しい、悔しい。 私は。 私達は。 このまま何も出来ずに果てるのか!? そうなのか!?
その時、唐突にオープン回線が繋がった。
『遅れて申し訳ない。 これより稜線上の光線級を排除する。
海軍攻撃隊は、海岸線への突入のみ、専念頂きたい』
「誰だッ!?」
『国連軍。 第882独立戦術機甲中隊。 ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉。
戦場遅延の不明。 叱責は後ほど、少佐。 今は、己が為す事を為しましょう』