1993年9月8日 1150 鞍山 最終防衛線 第882独立戦術機甲中隊
「「「「「「 機体が無い!? 」」」」」」」
皆、一斉に悲鳴とも、恨みがましいとも聞こえる声を上げた。
鞍山の国連軍基地。 その戦術機ハンガーだ。
「・・・何せ、今まで配備されていたF-15Cにしても。 本来は極東国連軍の配備機体だ。
我々は、今現在この地で戦っているが・・・ 本来、居候だ。 本当の所属は、欧州国連軍だしな。
極東軍としてはこれ以上、欧州軍のヤクザな独立中隊に回す戦術機は無い、という所だ。
それなら、自分達の予備機にする、とな・・・」
アルトマイエル大尉も、些か弱った声を出している。 何せ、無理を通して分捕ったF-15Cを12機全部、損失してしまったのだ。
他に、趙中尉達のF-15C・3機を含めると、実に15機。 中隊が1日で失う機体とするには、些か多い。
昨日、日本海軍の母艦に収容された俺達の中隊は、日が変わって今日の0830、普蘭店から遼東半島へ上陸。 陸路この鞍山の基地へ辿り着いた。
そこでいきなり、お役御免に等しい宣告を受けたのだ。
「では、我々は、どうするのですか? まさか、歩兵でもやれと?」
圭介の質問に、女性陣が一斉に顔をしかめる。
男女の区別が無い、と言われる最前線でもやはり、男女比率の大きい部隊は有る訳で。
直接戦闘兵科では、歩兵(機械化歩兵装甲部隊、軽歩兵部隊)と戦闘工兵は、男の比率が大きい。
逆に、砲兵、機甲部隊、攻撃ヘリ部隊は、女性の比率が大きい部隊だった。
因みに戦術機甲部隊は、半々の男女比率だ。
「衛士を、慣れない歩兵戦闘で、すり潰すような真似はせんよ」
そうは言うが、しかしこれと言って策は無い。 大尉も実に困っているようだ。
「最悪。 余剰のあるF-4系の練習機に武装してでも、出撃するしかないか・・・」
練習機と言えども、元はF-4。 今なお、息の長い活躍をしている機体だ。 武装すれば確かに、戦場で戦える。
俺だって、初陣のあと暫くは、F-4の国産機、『撃震』に搭乗していた。
然しながら、第2世代機のF-16C/Dの発展型である「疾風」や、第2世代機最強級のF-15C「イーグル」に乗ってきた時間の方が長い身にとって。
F-4系に乗り直すのは、些か・・・
「何だ? 周防、不満か? F-4とて、正当な戦術機だ。 寧ろ、第1世代機を十全に乗りこなせて初めて、1人前の衛士なのだぞ」
「いえ、そう言う訳では無いのですが。 しかしF-4となると、今までの戦術機動や、中隊内のコンビネーションも、一部考え直しませんと・・・」
「ううむ・・・」
大尉も、頭の痛い所のようだ。 第1世代機と第2世代機とでは、戦い方も大きく変わる。
当然、中隊の戦術も変わる訳であって。 まぁ、そうも言っていられないのも、戦場な訳であって・・・
「なら、その問題。 私が解決してやろうか?」
不意にハンガーの外から声がした。 見ると、帝国軍の軍服に、参謀飾緒を吊るしている。 階級は少佐だ。 誰だ・・・と?
「「河惣少佐!?」」
俺と圭介が同時にハモった。 派遣軍作戦参謀の、河惣巽少佐だったのだ。
少佐と大尉が、同時に俺達を振り返る。
「・・・失礼ですが、少佐殿?」
「ああ、済まない、フォン・アルトマイエル大尉。 私は日本帝国陸軍少佐・河惣巽だ。 帝国大陸派遣軍の作戦参謀をしている。
今は臨時で南方戦線司令部の作戦参謀だ。 こっちに来ていた時に、この騒ぎでな。 急遽、統合軍に『徴兵』されてね」
つまり、人手不足の南方戦線司令部に泣きつかれて、作戦参謀を臨時でやっていたのか。
「こちらの事は、お判りのようですな?」
自分の名まで知っている河惣少佐に、大尉が探りを入れた。 何が目的だ?と。
「警戒しないで良いよ、大尉。 偶々、そっちの周防少尉と長門少尉は、私の旧知でな。 命の恩人でも有る。
彼らの以前の上官は、私の親友で、朋友だ。 私の方でも、どこか体を持て余している戦術機部隊を物色していてね。 それも、腕の立つ。
君の部隊なら、うってつけと判断した訳だ。 『ヴィントシュトース(Windstoß 突風)』ヴァルターならね」
ヴィントシュトース? どうやら、大尉の異名のようだが。 初耳だな。
しかし、当の大尉は顔をしかめている。
「・・・昔の話です」
「なら、『ブービ(赤ん坊)』の方が良かったかな?」
河惣少佐が、意地の悪そうな笑みを浮かべる。 大尉が更に顔をしかめると同時に、オベール中尉が噴き出した。
「・・・・中尉」
「ん・・・コホン。 失礼しました、大尉」
「まぁ、お遊びはここまでとして。 ついて来てくれ。 その眼で見てから、判断してもらって結構だ」
河総少佐がそう言って、隣接するハンガーへ入って行く。
途中でトレーラーの大群が目に入った、が・・・
「おい、周防、長門。 あれ・・・」
「ああ。 何で?」
「何でだろうな・・・?」
帝国軍の、86式特大型運搬車(戦術機用トレーラー)だった。 帝国の輸送部隊が、どうしてここに?
「こっちだ。 入ってくれ」
86式を横目に、ハンガーに入る。 そこには40機近い戦術機が有った。 1個大隊分強 機種は・・・
「「「 F-16!? 」」」
ファビオに、ギュゼルとヴェロニカが、まず疑問形で機種名を言う。
「違うわ。 F-92シリーズよ。 でも・・・」
「はい。 日本軍採用のF-92Jでも、中国軍用の殲撃9型(F-92C)とも、違う・・・」
趙中尉と翠華も、判らない。
「韓国軍の“コリアン・ヴァイパー”(F-92K)とも、形状が少し違うわ」 「ええ、そうね・・・」
朴中尉と李中尉も、戸惑っている。
「周防、長門、久賀。 何だ? この機体は・・・?」
アルトマイエル大尉が聞いてくるけど。 俺達も初見の機体だった。
確かに「疾風」、F-92系の機体だ。 でも、全体のフォルムが所々異なる。
背面や腰部のスラスターの数が、1基ずつ多い。 肩部の装甲ブロックは、推力偏向(スラストベクター)付きのスラスターが付いている。
全体に、上半身部の占める割合が大きい。 「疾風」はこれ程、上下比率が極端じゃ無い。
「新型・・・ じゃないな。 そんな話、聞こえてこなかった」
機体を見上げながら、圭介が呟く。
「ああ。 今、光菱が中心で開発中の、第3世代機じゃない。 明らかに『疾風』の系列の機体だ」
久賀も同意する。
「どう思う、直衛?」
圭介に話を振られて、考える。
実はさっきから気になっていた。 スラスターの増設や、肩部のスラスター。 それに、上半身への過剰な重量シフト。 これって・・・
「まさか・・・ 第3世代機研究用の・・・ 実証試験機ですか?」
「「「「「 !? 」」」」」
だとしたら。 帝国にとっては、機密中の機密だぞ!?
「流石。 正解だ」
少佐があっさり言い放つ。
「いいんですか!? そんな、機密の塊じゃないですか!」
「参謀本部が、許可を出したんですか!?」
「それよりも! 国防省がそんな許可、出す筈が!」
俺達、帝国出身組の驚きを目に、少佐が楽しそうに笑う。
「ははは。 いや、安心した。 国連軍に出向になっても、腐っては居ないようだな。 流石は、帝国の烈士だ。
いや、すまん。 茶化したのでは無いんだ。 実際の所、確かに第3世代技術研究用の実証試験機だ。
しかし、この機体は『保険』でな。 持ち出し制限は『本命』に比べて、格段に緩い。 実際問題、参謀本部も、国防省も、『好きにしろ』といった具合でな。
で、またもやメーカー達が『好きにした』のだよ。 全く、押しつけられるこっちの身にも、なって欲しいものだ・・・」
少佐が大げさに嘆息する。
「・・・どう言う事だ?」
大尉が小声で聞いてくる。
「元々、F-92シリーズは、イレギュラーな機体でして・・・」
俺が、F-92「疾風」採用までの経緯を、かいつまんで説明する。 なにせ、当時はその『現場当事者』だったのだから。
「つまり。 日本帝国本国としては、最初から余り当てにしていない機体、と言う事ですか。
本命は、本流のメーカーが開発中。 傍流のメーカー連中がでっち上げた機体の、実証試験機であれば、何をしようが問題視しない、と?」
俺の説明を聞いた大尉が、河惣少佐に確認する。
「・・・元々、採用される可能性が、極端に低い機体だ。
メーカーにしても、次期主力戦術機を狙うと言うより、現行機体の性能向上処置のデータ取り用。 そんな位置づけの機体だ。 準第3世代機として、な。
まぁ、採用の経緯もあって、その縁で私に運用が一任されている。
しかし、今の状況ではな。 本当なら北部に運んで、伝手のある大隊で運用試験をして貰おうと、考えていたのだが・・・」
古巣の、第2大隊の事だろうな。
しかし今の状況では、確かに運べないな、北部までは。
「別に、運用するのが帝国軍でなければならない理由は無い。 流石に、中国軍や韓国軍に頼む訳にはいかんが・・・」
「南部にも、日本軍がいますが?」
「大尉。 第9戦術機甲師団は、現在第2防衛線で激戦の真っただ中だ。 そんな所に、おいそれと運べるか?」
「確かに」
どうやら、2人の間に了解が取れたようだ。
「約半数。 16機預ける。 予備機に4機で20機。 壊しても良いが、データはしっかり取って帰ってくれよ?」
「1機多いのですが? 今、中隊の衛士は15名です」
「1人こっちから付ける。 ・・・おい! 神楽! 神楽少尉!」
河惣少佐が、信じられない名前を口にした。 あいつがここに居る筈が・・・
やがて、1人の女性衛士が姿を見せた。 それは・・・
「「「 かっ、神楽ッ!? 」」」
俺に圭介、久賀。 またもや3人同時。 何とかならんかな?
しかし、その女性衛士は俺達を見て、不思議そうに首を傾げている。
「・・・? 失礼ですが。 貴官達とは、初対面の筈。 どなたかと、間違われておられるのでは?」
「・・・失礼した。 確かに初対面だ、貴官とは。 神楽斯衛少尉。
自分は、周防直衛国連軍少尉。 こちらは、長門圭介国連軍少尉に、久賀直人国連軍少尉。
貴官の妹御、神楽緋色帝国陸軍少尉とは、長らく戦友だった」
緋色が言っていた。 自分には、双子の姉が斯衛に在籍していると。 その衛士はその『双子の姉』のようだ。
「ご丁寧に、痛み入ります。 ・・・そうですか、貴官達が。 妹の便りの中で、存じ上げております。 大層、信頼に足る戦友達だと。
私は、神楽 緋紗(ひさ)。 帝国斯衛軍少尉。 見知りおきを」
今更ながらに気付いた。 強化装備は斯衛のものだ。 色は山吹(黄)
少佐が話を繋ぐ。
「君等には、もう紹介は良いな? 見ての通り、帝国斯衛軍の衛士だ。 国防省・城代省技術交流研究部会の一環で、今回こっちに来ていた。
アルトマイエル大尉。 彼女は、実戦経験は無いが、足手纏いにはなるまい。 その辺の事は、そっちの3人にでも聞いてくれ。
彼女の双子の妹とは、前に同じ部隊で1年以上、共に戦ってきた連中だ。
神楽少尉。 一時的にだが、アルトマイエル国連軍大尉の指揮下に入れ。 いいな?」
「はッ!」
「宜しいでしょう。 頭数は、多いに越した事は無いですからな。 では、神楽少尉。 君のポジションは・・・」
「原隊では、突撃前衛を仰せつかっておりました」
大尉が決定する前に、あっさり要求を言う。 この辺り、斯衛だな。 俺的には、ちょっとばかり受け付けない。
「突撃前衛は、足りている。 D小隊。 強襲前衛小隊だ。 ポジションは・・・ 李中尉?」
「強襲掃討を、大尉。 いいな? 神楽少尉」
「はッ! 中尉殿!」
意外にあっさりと受け入れたな。 ちょっとばかり、ホッとして。 安心した。
ま、妹の緋色も。 生真面目な所は有ったけど、結構周りに溶け込んでいた。 その姉だ。 正反対な性格、って事は無いだろう。 多分・・・
「では、早速搭乗して貰うか。 この機体、名称はF-92M-2(Mod-2)だ。 ま、『疾風』でも、『ヴァイパー』でも、好きに呼んでくれて良い。
因みに、OBL(オペレーションバイライト)と、新型CPUを搭載させている。 『疾風』とは、実は別モノと言っていい機体だ。 気をつけろ?」
≪1255 北部第2防衛線 日本帝国軍第9戦術機甲師団≫
「戦況は、何とか想定内で推移しております。 損耗率は17%。
第1防衛線の国連軍・第37戦術機甲師団―――実質は連隊規模―――を指揮下に収めて居ったのが、有効打になっております」
国連軍のF-15C、1個連隊。 戦域支援砲撃戦には、うってつけだ。 お陰で師団は未だ、本来の師団定数の戦力を維持している。
師団主力は、92式「疾風」 これにF-15Cを1個連隊と、少数の77式「撃震」 何とかして見せる。
師団長・有坂幸平帝国軍少将は、戦況MAPを見つつ、内心で思った。
第2防衛線は、我々以外に華北軍から合流した、中国軍第189戦術機甲師団も居る。
第1防衛線を吸収した第2防衛線戦力は、北部と南部で、戦術機甲師団5個、機甲師団7個を主力とする。
これに、2隻を失ったとは言え、未だ有力な砲撃支援能力を有する海軍戦艦部隊。 そして巡洋艦以下の誘導弾(VLS)支援も、戦力として見込める。
流石に、母艦戦術機甲部隊は、戦力の40%を喪失し、今後の支援を見込めるかは、怪しい限りだったが。
現在、防衛作戦はプランA・フェイズ3に移行した。
第2防衛線の北部と南部、この境界を一部、わざと突破させた。 BETAはこの『突破口』から、東北平原に雪崩れ込んでいる。
全てを『流し込んだ』後に、東を最終防衛線が、北と西を第2防衛線が包み込み、南を艦隊からの全力砲撃・誘導弾攻撃で一気に勝負をかける。
現在、北部でブラゴエスチェンスクC群のBETA、4万1000に対応している北方戦線司令部からは、既に7割近くを殲滅成功したとの報告が入っている。
戦略予備の1個戦術機甲師団を南部へ回す、との連絡も入ったばかりだった。
(この調子なら。 なんとかプランAで勝負をつける事が出来る。 ・・・できれば、プランBは実施したくないしな)
今戦線は、阜新寄りに、中国軍第189戦術機甲師団が。 瀋陽よりの新民に第9戦術機甲師団が布陣している。
遼河を挟んだ対岸には、最終防衛線の韓国軍第5戦術機甲師団が布陣している。
「司令部より通達! 『プランA・フェイズ4準備段階に移行』!」
「第91戦術機甲連隊、前進開始します!」
「第229機甲師団より、『支援砲撃位置、確保』です!」
「国連軍第371戦術機甲連隊(旧第37師団再編)、支援攻撃位置につきました!」
「よし。 参謀長。 師団全部隊に連絡・・・『待って下さいッ!! ・・・地中振動捕捉!』 ・・・何ぃ!?」
不意に、司令部にまで震動が伝わる。
「BETA! 地中侵攻です!」
「馬鹿なッ! 一対何百キロ、ハイブから離れているとッ・・・!」
「事実だッ! 全部隊に緊急! BETAの地中侵攻警戒! 急げ!!」
「予測出現地点・・・ 出ました! エリアB7R! 第93連隊の後背です! 師団規模!」
拙いッ! 93連隊は、最も錬度の低い新規編成部隊だ。 第1世代機の『撃震』配備数が最も多い部隊でも有る。
「予備の92連隊を至急、増援に回せ! 93が突破されたら、最終防衛線との間を、食い破られるぞ!」
「北方戦線からの増援はどうだ!?」
「きゅ、急行中です!」
「急がせろ! 北から挟撃して殲滅する!」
(ここが我慢のしどころだ。 頼む、耐えてくれよ、93連隊!)
有坂師団長は、日頃思い出しもしなかった神や仏に、思わず願わないでいられなかった。
≪1325 第882独立戦術機甲中隊≫
いきなりの出撃命令。 場所は瀋陽の西、遼河の対岸、新民。
師団規模のBETAが、第9師団後背に地中侵攻をかけてきた。 お陰で直撃を喰らった第93連隊が壊滅状態。
ここを抜かれたら、防衛線の裏に出られてしまう。 何もない、無防備な地域に。
≪CPよりグラム、状況を確認します。
戦域は新民。 BETAは旅団規模、約6000 光線属種の存在を確認。 要塞級も10体ほどいます。
現在、第9師団が全力防戦中。 グラム中隊は、エリアD9G、座標NE-39-41へ急行願います。
93連隊残余の1個中隊が配備されていますが、司令部はここを突破される可能性が高いと判断。 協同して突破阻止を。
中隊名は ≪ブレード≫ 配備機は77式『撃震』8機 ≫
1個中隊で8機? 1小隊壊滅か?
『グラム・リーダー了解。 グラム各機、聞いての通りだ。 D9GまでNOEで飛ばす。
高度制限は50! 5分だ。 5分で到達しろ!』
『『『 了解 』』』
16機のF-92M-2が、FJ111-IHI-132を戦闘出力まで上げて、低空高速NOEを始める。
FJ111-IHI-132はF110-GE-132の発展改良・推力向上型として、石河嶋重工がこれまでのノウハウを注ぎ込んで新規開発した戦術機用主機だった。
以前の「疾風」やF-15Cとで比較すると、22%もの推力向上が図られている。 その分、加速Gが凄い!
『うわッ!』 『な、なに!? この機体!』 『くぅ!』
少佐の『別モノと言っていい機体』と言う言葉が解った。 「疾風」に乗り慣れていた俺達3人でさえ、いきなりの加速には面喰った程だ。
F-92系に乗った経験の無い者たちは、かなり驚いている。
しかし。 じゃじゃ馬っぽいが、その実しっかり反応する。 トルクも十二分に太いようだし、パワーバンドも広い所は、やはりF-92系だ。
慣れれば、これ程戦場で頼りになる機体は無いと思う。
『確かに、凄いパワーに出力帯の幅も広いですが・・・ 何やら、癖が無さ過ぎると言うか。 特徴が無さ過ぎの感がします』
神楽少尉が感想を漏らす。 斯衛の『瑞鶴』と比べたら、そうなんだろうな。
「癖が無い。 結構じゃないか。 戦場で使うのは『武人の蛮用』に耐える機体だ。 一芸に秀でた『工芸品』じゃない。
どんな状況の戦場でも、一定以上の性能を引き出せる『軍馬』だ。 ご丁寧な馬場で飼い馴らされた『競走馬』じゃ無理だ」
彼女の感想に、思わず口を挟んでしまう。
『周防少尉。 今の発言は、斯衛が戦場では役立たずだ、と言われているのですか?』
網膜スクリーンに、かなりムッとした表情の、神楽少尉が映し出される。
「そうは言っていない。 使用条件の違いだ。 俺たち国連軍や、帝国国防軍は、あらゆる条件の戦場での運用を、前提にした機体が必要だ。
斯衛は日本国内での、警護対象を守りきる条件での運用を、前提にした機体が必要だ。
その違いだ。 『疾風』、いや、F-92系は前者の機体なんだ」
神楽少尉が押し黙る。 納得したとは言えないのだろうが、言いたい事は判ったようだった。
まして、F-92系は輸出も前提にした機体だ。 日本国内での運用だけを前提にした開発では、対応できない。
発進して、そろそろ25分近い。 戦術MAPの広域索敵モード表示は、BETAの赤で埋まっていた。
遠景に、BETAと激戦を繰り広げる砲火が視認できた。
『リーダーより各機。 そろそろ目標地点だ。 周辺警戒を厳に・・・ 『撤退だ! 中隊長! この数じゃ、保たない!』 ・・・! 始まっていたか!』
オープン通信回線に、ブレード中隊と思しき通信が入って来た。 どうやら、苦戦で、しかも撤退が必要な状況らしい、くそっ
どこだ!? 戦術MAPを精密走査モードに切り替える。 ―――いた。
「B02、タリホー! ワン・オクロック!(敵発見、1時方向)」
報告と同時に、更に高度を下げ地表面噴射滑走に移る。 光線級、それも重光線級を視認したからだった。 機体を少しだけ、右に振る。
『リーダー確認。 各機! 陣形・アローヘッド・ワン(楔壱型)! B02に続け! 突撃!』
『『『『 了解!! 』』』』
50~60m程の起伏を盾にして、高速滑走で急接近する。
『うわあぁぁ! 寄るな! 来るな! た、助けてッ うぎゃあああ!』
『このッ! くそっ くそっ くそっ!』
『畜生! 小さいのが邪魔で、攻撃がッ! うわぁ!』
『中隊! あ、焦るなっ! 半円防御陣形!』
≪ブレード≫ 中隊の苦戦が通信で聞こえる。 しかし・・・ 何だ? こいつら。 まるで初陣の新米の集まりじゃないか。
いくら『撃震』配備部隊だからと言って、ここまで短期間で刺し込まれるのは、不自然だぞ・・・
そんな思いを頭の片隅で思いつつ、起伏から出た瞬間、120mmを重光線級に照準する。 同時にそいつが既に、照射態勢に入っている事を瞬時に確認した。
(まずい!)
咄嗟に120mmHESH弾を発射する。 弾頭が重光線級に命中して炸裂するのと、レーザーが照射されるのと、どちらが早かったのか。
やや上向きの角度で照射されたレーザーが、『撃震』の1機を襲う。
『中隊長! 神宮司、危ないッ! ・・・うわあぁ!』
『あ、新井!?』
≪ブレード≫ 隊の悲鳴が聞こえる。 同時に中隊全機が、光線級の群に乱入する。
『リーダーよりグラム各機! ここを抑える! グラムD! 光線級を殲滅しろ! AとCは広域制圧支援!
グラムB! ≪ブレード≫ 前面の要撃級と戦車級を始末しろ! この場を死守する!』
『グラムB、了解! 小隊、続きなさい!』
『グラムC、Aとの共同制圧、了解!』
『グラムD了解! 光線級を殲滅するわよ! 続け!』
各小隊が散開する。
グラムB、俺達B小隊が、前方の≪ブレード≫中隊に迫っている要撃級の1群に急迫する。
『撃震』の残存、3機。 うち1機は先程のレーザー照射を掠ったようだ。 中破している。
他の2機も、機体を損傷していた。
要撃級がこちらに気づく。 急速旋回で正対し、突撃してきた。
攻撃範囲ギリギリで噴射跳躍。 要撃級を飛び越しざまに、真上から36mmを連射で叩きこむ。 そのまま噴射滑走して≪ブレード≫の3機まで近づく。
残った要撃級は、旋回する個体にはエレメントのギュゼルが120mmを背後から浴びせかけ。
そのまま突撃した個体には、俺が背後から120mmと36mmを浴びせかけて始末する。 6体を葬った。
趙中尉とファビオのエレメントも、5体を無力化していた。
小隊が合流し、残った小型種―――ほとんど戦車級―――の群に、120mmキャニスターを撃ち込み、36mmで掃射する。
『こちら≪グラムB≫ 国連軍の趙美鳳中尉! ≪ブレード≫! 聞こえますかッ!? 応答を!』
突撃砲を撃ちながら、趙中尉が呼びかける。 が、なかなか応答が無い。
『!? ≪ブレード≫! 指揮官は!? 誰が指揮を!? ≪ブレード≫!』
俺が大急ぎで、フレンドリーコードを検索する。
≪ブレード≫中隊。 あった。 帝国軍第9戦術機甲師団。 第93戦術機甲連隊本部付中隊。 中隊長・・・ なに!? 中隊長は、神宮司まりも『少尉』だと!?
全員、19期前期卒・・・ こいつら全員、今年の新任じゃないか! 無茶苦茶だ!!
「小隊長! コード転送! 駄目です、こいつら全員、新任です! 指揮権を獲って下さい!」
『何ですって!?』
趙中尉も驚愕している。 当然だ。 戦場初体験の第9師団で、それも今年卒業の、初陣の新任達だけで、部隊戦闘なんか出来るものか!
何を考えていやがる! 第93連隊の馬鹿共は!!
『どうでもいけど! 早くしてくれ! また要撃級が来やがった! 20体!』
『後続で戦車級80体強! どうしますか、中尉! 腑抜けた新任3機のお守りをしながらでは、厳しいですよ!』
ファビオとギュゼルが、後続のBETA情報を告げる。
『くっ!』
『中尉! ブレード02のバイタル悪化! 心拍数が低下します!』
「まずいです。 ブレード・リーダーも血圧低下。 このままでは・・・」
2人の衛士の状態がまずい。 このままでは死ぬ。
『グラムB01より小隊! B02とB04は、≪ブレード≫を後方のB-119収容基地へ! 収容次第、戦線に復帰!
B03! それまで何とか、ここを保たせますよ! 覚悟なさい!』
「B02、了解!」
『B04、了解です!』
『B03、了解。 早く戻って来てくれよぉ~~?』
最後にファビオがおどけて応答する。 俺もわざとらしく、不敵な笑いで答える。
「ギュゼル。 噴射跳躍は駄目だ。 地表面噴射滑走から、低G加速でNOEに入ろう」
『ええ。 高Gは負担が大きすぎるわね・・・ ≪ブレード06≫ 貴方は一人で大丈夫ですね? ・・・宜しいです。 では続航して下さい。
直衛、リーダー機をお願い。 私は02機を保持するわ』
「了解。 ≪ブレード・リーダー≫これから地表面噴射滑走からNOEに入る。 いいか?」
『あ・・・ ああ・・・・』
駄目だ。 負傷もそうだが、心理的な打撃で、半ば心神喪失状態か。
仕方ない。 自律制御を奪わせて貰う。
「ギュゼル。 帝国軍の自律制御の、接続コードを送る・・・ 完了。 そっちは頼む」
『OK 流石は、古巣ね。 勝手知ったる、ってやつよね』
全くだな。 普通なら国連軍が、帝国軍の自律制御・強制接続コードなんて知らない。
「いくぞッ!」
地表面噴射滑走から、低空低速NOEへ。 逸る気持ちを抑えて、B-119へと向かった。
暫くして、リーダー機の衛士が正気を取り戻した。
『あ・・・ う・・・ こ、ここは!?』
「正気に返ったか。 今、低空NOEでB-119に向かっている。 悪いが自律制御はこっちでやっているぞ。 ああ、君の隊の他の2機も居る。
今のところ、何とか無事だ。 1人は早く野戦病院に放り込まなきゃならないが」
『何を・・・ 返して! 引き返して! まだ! まだ戦場に部下が! 仲間が!』
錯乱したか?
「落ち着け。 ≪ブレード≫は、ここに居る3機だけだ。 後はやられた。 俺達は国連軍の≪グラム≫中隊。 君達の支援に来た。
3機ともボロボロだ。 戦闘続行は無理だ。 一旦下がるんだ」
なるだけ、ゆっくりと。 簡潔に判り易く、説明する。
戦場のショックでこうなったら、長ったらしい会話は、理解出来無くなってしまうからだ。
『やられた・・・? もう、いない・・・? みんな・・・ みんな・・・』
拙い。 心理ショックから、失神状態に移行しそうだ。 血圧も低下気味になって来た。
「神宮司! 答えろ! 姓名! 階級! 所属! 卒業期! 言え! 神宮司!!」
何かを話し続けささないと。 このまま失神から低血圧症を起こして、死ぬ。
『う・・・ あ・・・?』
「答えろ! 神宮司! 俺は18期前期の、周防少尉だ! 神宮司!!」
『あ・・・ じ、神宮司、まりも・・・少尉。 第93連隊・・・ 19期、前期・・・練馬分校・・・』
練馬? 東京衛士訓練校の、練馬分校か。
「声が小さい! 貴様それでも衛士か! もう一度言え!」
『じ、神宮司、まりも少尉 第93連隊・・・ 19期前期、練馬分校・・・!』
「まだまだ! よくそれで卒業できたな!? 貴様の出身校は、腑抜けの集まりかッ!?」
『ッ! 神宮司、まりも少尉! 第93連隊! 19期前期、練馬分校!』
「娑婆じゃないんだ! なんだ、そのお嬢様みたいな声は! それが衛士の声か!」
『くっ! 神宮司まりも少尉!! 第93連隊!! 19期前期!! 練馬分校!! 私は、私達は、衛士だ!!!』
10分後。 何とか無事に≪ブレード≫の3機をB-119に収容させた。
隊長の神宮司は結局失神したが、彼女と6番機の衛士(名前は知らない)は、傷自体は命に別条は無さそうだった。
しかし、レーザー照射を喰らった2番機の衛士(新井、と言う名だった)は、体の半身を焼かれていた。 重度の火傷だ。 助かるかどうかは、正直判らない。
3人を野戦病院に引き渡した俺とギュゼルは、今度こそ全速NOEでふっ飛ばしていた。
何より、小隊の半数を抽出して戦っている趙中尉とファビオが心配だった。
『まぁ、趙中尉はベテランなのだし。 それに他の小隊も同じ戦場に居るわ。 何とかなると思う。
ファビオはあれで、要領が良いし』
「と言うか。 要領だけで伸し上がって来ているな、あいつって」
『ぷっ・・・ し、失礼よ? ファビオに・・・ でも、本当にそうね』
ギュゼル、自分で窘めておいて、笑うかい? 説得力無いよ。
「もうすぐ、戦域に突入する。 全周警戒。 特にレーザー照射に注意する事!」
『了解!』
2機のF-92M-2が、低空を轟音を残して、フライパスしていった。
≪1418 最終防衛線 北方 韓国軍第5戦術機甲師団≫
事態は最悪だった。
北西の日本軍第9師団の背後に現れたBETA群の奇襲によって、日本軍の1個連隊(実際は2個大隊半)が壊滅。
両部隊との間に間隙が生じ、そこからBETAが侵入。 第5師団の裏に回り込まれかけている。
師団は前線を南東に一時後退させ、戦線の再構築を図ったが、いかんせん差し込まれ過ぎた。
今は338高地を中心に、防御陣を敷き、日本軍の第9師団第91連隊と、国連軍の1個中隊が、その前面の谷間で阻止戦闘を行っている。
彼等は実に健闘している。 しかし、BETAの数が多い。 完全な阻止は不可能だ。
第5戦術機甲師団長・白慶燁 韓国陸軍少将は、周囲の戦場と、そして彼を見つめる部下達に向かい、静かに口を開いた。
「諸君。 2日も補給がないのに、よく今まで頑張ってくれた。 感謝の言葉もない。
だが、もう我々が下がる場所は無い。
ここが破られれば、BETAは東北平原を、満洲を蹂躙し、そして祖国へ雪崩れ込むだろう。 祖国は滅び、我々には万死が待っている。
この地と、祖国を滅ぼしてはならない気持ちは、皆同じである。
そして見てみろ。 我々と共に戦う信義を果たし、海峡を渡って来た日本軍が。 世界中から馳せ参じた国連軍が。 我々を信じ、あんな谷底で戦っているではないか。
彼らを見捨てて、自分だけ助かろうなどという事は、大韓の士(もののふ)なら、とても恥ずかしくて出来ないことだ。
―――よし、488高地の陣地を奪回するぞ。 俺が先頭だ。 もしも、俺が気後れを見せたら、後ろから撃ってくれ。
すぐに突撃支援砲撃が始まる。 最終砲弾と共に突撃だッ!!」
こうして。 1993年9月8日 1425 BETA大戦史上でも稀有な、師団長自らを先頭に立てた師団突撃が、韓国軍第5戦術機甲師団によって敢行された。