1993年10月12日 1125 遼寧省 鉄嶺~四平間 幹線路
秋の長雨の季節になっていた。
お世辞にも、状態が良いとは言えない満洲の道路事情。
北から撤退してくる部隊は、泥濘にはまり込んだ車両が続出で、往生している。
俺達戦術機部隊は、そんな車両を「抜き出す」仕事と、周辺警戒にここのところずっと就いていた。
どんよりと曇った空が、地平線の彼方まで続いている。 昼なお暗く、遠くで雷鳴が響いていた。
『なぁ、俺達、勝ったんだよな?』
ファビオが通信回線で話しかけてきた。
スクリーンにファビオの機体が映っている。 F-4Eをベースにした、練習機用のTF-4E。それに武装を施している。
かく言う俺も、同じ機体だ。
1か月前乗っていた「F-92M-2」は、今頃帝国本土だろう。 戦場での『実証試験』も上々で、メーカーの連中もさぞ、喜んでいるだろうな、ふん。
もともと、イレギュラーで搭乗していたのだ。 試験が終われば、お役御免か。
仕方が無いので、中隊は余剰のTF-4Eに搭乗している。
「勝ったよ。 ああ、確かに勝ったさ」
1か月前の、あの戦い。 3つのハイブから溢れ返ったBETAの大侵攻。 確かに、支え切った。
陸軍部隊も、海軍部隊も、ボロボロになるまで奮戦して、BETAの殲滅に成功した。
確かに、成功したのだ。
『海軍なんてよ。 戦艦2隻沈没に、母艦戦術機部隊なんか、損失70%だぜ? 巡洋艦や駆逐艦なんかも、結構沈んだんだろ?
俺達陸軍部隊だって、損失60%近いんだぜ? そんなになってまで、戦って、勝ったんだろ? なのに・・・』
なのに。
どうして北部満洲から、撤退しなきゃいけないんだ?
どうして中部満洲まで、放棄しなきゃいけないんだ?
どうして勝った側が、後退しなきゃいけないんだ?
ファビオの無言の部分には、そんな声が含まれている。
「戦力を、すり潰し過ぎたな・・・ もう、満洲全域をカヴァーするだけの兵力が無いよ。
華北もBETAの勢力圏になったし、そっち方面への防衛に重点置かなきゃ。 一気に朝鮮半島まで突っ込まれてしまうよ」
雨が酷くなってきた。 凄い豪雨だ。 視界が50mも利かない。
―――そうだ。 戦力を失い過ぎた。
あの戦闘は、あれから2日後、9月10日まで継続した。
最後は戦略予備を北部第2防衛線に投入し、北方戦線からの増援の戦術機甲1個師団も投入して、北からBETA群を圧迫した。
そして9月9日には、南部に集まったBETA群に対し、海上から戦艦群が、砲身命数が超過する程の凄まじい艦砲射撃を集中して。
更に随伴の巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦も、BETA群を誘導弾の射程内に入れる為、ギリギリまで突入して、艦砲と誘導弾の豪雨を見舞った。
西と東からも、陸軍砲兵部隊が全力制圧砲撃を敢行。 重砲の88%が、砲身命数超過で何らかの故障を生じさせた程だった。
最後は、戦術機甲部隊と機甲部隊が突入して、進入してきたBETA群を殲滅した。
しかしその代償として、戦力消耗は最早、満洲全域を守りきる事が、不可能な状態になる程のレベルに落ち込んだ。
その結果を踏まえ、統合軍作戦会議(日中韓・3カ国統合幕僚会議)は、北部・中部満洲の放棄を決定。
新たな防衛ラインを、遼東半島の付け根・営口から始まり、鞍山-瀋陽に至る西部防衛ラインと、瀋陽から、撫順―遼源―牡丹河に至る、北部防衛ラインに設定した。
遼東半島、朝鮮半島国境線、そして沿海州の玄関口・ウラジオストークに至るラインを、極東の『絶対防衛線』としたのだ。
(ここを破られたら。 今度こそ帝国本土が、戦域に入ってしまうな。 朝鮮半島の防衛線は、数年しか持たないだろう・・・)
中国の華北軍管区は、壊滅状態だ。 かろうじて、満洲軍管区戦力は60%を維持しているが。
それだけでは、ウランバートルハイブと、ブラゴエスチェンスクハイブのBETA群の圧力に抗しきれない。
更には今回、前例が出来たように。 重慶ハイブのような遠方のハイブからの『遠征』も、今後もあり得る。
極東戦域での要監視ハイブは、これまでのH18・ウランバートル、H19・ブラゴエスチェンスク以外に、H16・重慶ハイブ、そしてH14・敦煌ハイブも加わった。
とてもではないが、現有戦力での北部、中部満洲防衛は、絵空事に等しい状態になっている。
韓国軍も、最早形り振り構っていられなくなっている。 今月上旬に、国家総動員令が発令され、韓国の徴兵年齢は今月から、男女ともに15歳に引き下げられた。
帝国も近い将来、そうなって行くのだろうか。
嫌な考えばかり、頭をよぎる。
ファビオが、遠くを見る目つきで話し続ける。
『国に居た時の事さ。 イタリアが陥落したのは6年前、87年だけど。 俺、その時14歳でさ。
その前の年、86年から徴兵年齢が15歳に下がって。 俺は5人兄弟の4番目でな。 上に兄貴が2人に、2歳上の姉さんがいて。 下は4歳下の妹でね』
ファビオが身の上話をするのは、初めてだな・・・
『兄貴達はもう、衛士になっていて。 ・・・2人とも、戦死していたんだ、その頃には。 親父は職業軍人で、78年の『パレオロゴス』で、ミンスクの北で死んじまってた。
5歳の時だから、あんまり記憶が無いんだわ、親父の。 お袋も心労がたたって、俺が10歳の時に死んじまったし』
・・・・・・
『まぁ、そんなんで、家の事は姉さんに任せっきりでな。 でも、歌の上手い人でね。 将来は声楽なんか、勉強したかったようだ。
そんな姉さんにさ。 86年に召集令状が届いた・・・ 泣いていたよ、一晩中。 こっそりとね。
で、翌朝、徴兵事務所に出頭して行ったよ。 『ファビオ。 お兄ちゃんなんだから、しっかりね』って言ってさ。 15歳の誕生日の、10日前だった』
スクリーンのファビオは、涙を流しながらも、声は平静だった。
『その翌年さ、イタリアが駄目になったのは。 俺の故郷はナポリでな。 俺と妹は、ナポリ港から出る難民船に紛れ込んで、なんとか脱出した。
ポルトガルのリスボンに着いて、そこからまた、イギリスのリヴァプールに着いてからだよ。
難民キャンプに入って、そこでイタリア軍の・・・ 姉さんがいた部隊が、ナポリの防衛戦で全滅したって聞かされたのは・・・』
「・・・だからか? 国連軍に志願したのは」
『ああ。 欧州連合軍って手も有ったけどよ。 国籍も何も、証明できるもの持って無くてな。
俺が国連軍に入れば。 少なくとも妹は、国連の施設に入る事が出来るんだ。 あの糞忌々しいキャンプから出る事が出来る。
妹は、頭が良くってよ。 去年の9月に飛び級で、大学に入学したんだ。 大学生は、徴兵猶予だしな』
「自慢の妹さんか・・・」
『おうよ。 だから、俺は・・・ 俺は絶対に、あと3年は死ねない。 死んじまったら、妹が大学に居られなくなる。
俺が国連軍に居るから、奨学金が降りているんだよ。 大学を追い出されたら、妹は徴兵される。 姉さんとの約束が、守れねぇんだよ・・・』
それが。 それが、お前の『戦う理由』か。 ファビオ。
いつも陽気で。 飄々として。 周りを笑わせて。 女の子を追いかけて。
でも、そうだよな。 俺達、本当の心の中では、誰だって『理由』を持っているよな。
けど、それを周りに知らせるかは別問題だよな。 場合によっては、周りが気を遣いすぎる。
生死のかかった戦場で、咄嗟に吹っ切れなくなる。
『前に、お前のさ。 好きだって言ってた恋人の事。 根掘り葉掘り聞いて、済まなかったな』
「ん?」
『色々とよ。 圭介や直人から聞いてな。 お前が自分で言うまで、聞いちゃいけない事だったよ。 わりぃな・・・』
その調子じゃ、圭介に久賀のやつ。 かなり詳細に話しやがったな。
「構わないよ。 今、お前だって話してくれた。 それとな・・・」
『あん?』
「あと3年なんて、言わせねぇぞ。 10年でも20年でも、100年でも、死なせねぇからな? 同じ隊に居る限りよ?」
『・・・流石に、100年はねぇだろ、馬鹿。 ま、お互い様だな』
「おう」
それっきり、黙りこくってしまった。
撤退中の部隊は長蛇の列だ。 今日中に通過が完了するだろうか。
気が付けば、1200を少し回った。 そろそろ当直交代だ。
『直衛、ファビオ。 お疲れ。 交替するわ』
『二人とも、ご苦労様。 テントに食事が有るわ』
ギュゼルと趙中尉が交代に来た。
『了解。 交代、お願いします』
『この天気。 コクピットの中に居ても、寒々としてくるぜ・・・』
野外簡易ハンガーで機体から降りて、テントに向かう。
途中で帝国軍の部隊が休息していた。
(どこの部隊かな・・・)
何気に見ていたら、見知った顔が居たのに驚いた。
「間宮!?」
「えっ!? 周防さん!?」
なんと。 14師団か。 それも、古巣の第2大隊。
「なんだよ、知り合いか?」
ファビオが横から聞いてくる。
「あ、ああ。 俺の古巣だ。 間宮、こっちは俺の今の隊の同僚で、ファビオ・レッジェーリ少尉。 イタリア出身だ。
ファビオ、彼女は間宮怜少尉。 俺が前居た中隊で一緒だった。 俺が先任で、彼女が後任だったんだ」
2人にお互いを紹介する。
「帝国陸軍、間宮怜少尉です。 周防さんには、以前にお世話になった者です」
「国連軍のファビオ・レッジェーリ少尉だ。 今の隊で、直衛の世話をしているよ」
ファビオ。 敬礼とシェイクハンド、一緒にするな。 それと、そのウインクに軟派な笑みもだ。 間宮が引いているだろ?
それに。 前言撤回しろ。 俺はお前の世話になんてなっていない。
「は、はぁ・・・ それは、どうも・・・」
明らかに引いているな、間宮。 まぁ、仕方ない。
帝国の年頃の女性が、こんなラテンのノリには、慣れていない事は事実だしな。
「いやいや。 それにしても何だな? 直衛。
お前さんの知り合いの女性ってのは、どうしてこうも魅力的な女性が多いんだ?
そう思わないかい? Bella Donna(ベッラ・ドンナ:綺麗なお嬢さん)?
Lei è una bella donna veramente attraente(君は実に魅力的な美人だ)」
「す・・・ 周防さんッ!」
シェイクハンドどころか。 何時の間にやら手の甲にキスまでして、口説き始めたファビオに。 間宮が涙目で俺に助けを求めて来ている。
何せ、ファビオは俺より、任官は半年先任になるものなぁ。 間宮より1年先任だ。 そうそう無碍に出来ないか。
そのくせ、こいつは面倒臭がって、中尉進級の昇進試験をさぼっているんだ。
「あ、あの! レッジェーリ少尉! その、手を・・・ いい加減、手を離してもらえませんかッ!?」
「 ≪恋愛が与えうる最大の幸福は、愛する人の手をはじめて握ることである≫――― スタンダール。 僕は今、幸福を求めたいんだ、Una donna adorata(愛しい人よ)」
「おい、ファビオ。 もうその辺にしておいてくれないか? 日本の女性は、ラテンの恋愛観に必ずしも合致しないんだぞ?」
そろそろ、助け舟を出すか。
「 ≪どんなに愛しているかを話すことができるのは、すこしも愛してないからである≫――― ペトラルカ。 いい加減、化けの皮が剥がれるぞ?」
まったく、こいつは。
ファビオが苦笑して、ようやく間宮の手を離す。 間宮と言えば、顔を真っ赤にして、涙目になって俺の後ろに隠れてしまった。
「やれやれ。 嫌われてしまったかな?」
「場所と相手を考えろ。 間宮、大丈夫だから。 挨拶みたいなものさ、こいつが女性を口説くのは・・・」
嘆息する俺を、間宮が何やら不審げに見上げる。
「? どうした?」
「周防さんも・・・ 少しの間に、欧州かぶれしたんですね・・・」
おい、誤解だ。 大体、助けてやったのに何だ? その言い草は・・・
「あ! 先任! お久しぶりです! 元気でした?」
「あ! ホントだ。 先任、どうしてここに?」
美園と仁科か。 懐かしいな、4ヶ月振りか。
「おお!? Bella Ragazza(ベッラ・レガッツァ:美少女)!」
「に、逃げなさいッ! 美園! 仁科! 早くッ!!」
「「 えッ? ええッ!? 」」
「やめんか! この阿呆!!」
「お前達も、元気そうだな。 どうだ? しっかりやってるか? 何か困った事とか、無かったか?」
あのあと、ファビオをドツキ回して追い払った後。 間宮は輸送部隊(元々、その護衛任務だそうだ)との打ち合わせをしに行った。
で、俺はまだだった昼食(と言っても、不味い野戦食だ)を食べがてら、久しぶりに会った後任達と、テントの中で話し込んでいた。
着任当初は扱きまくった後輩だけど。 実際は可愛いものだ。
この二人の初陣の時に俺は収監中で、一緒に居てやれなかった。 それは結構、負い目にはなっている。
「「 ・・・・・ 」」
「ん? どうしたんだ? そんな面喰った顔して?」
「せっ・・・ 先任がッ! ねえ! 葉月! 先任がおかしくなった!?」
「うそ・・・ 先任が、私達に気遣いの言葉・・・? あの鬼の先任が?」
・・・俺って、そんなに怖かったのかぁ・・・ ちょっと、へこむよ。
思わず、味もそっけもない、薄っぺらなスープに顔を写す。 はぁ。
「ねぇ? どうしよう? 衛生兵、呼ぶ?」
「それよりも・・・ 杏! 急いで軍医呼んでっ!」
「・・・・お前らぁ・・・ いい加減、下手な芝居、止めいッ!!」
「うひゃ!」「ばれたぁ!」
全く。 なにがばれた、だ。
「ま、兎も角。 元気そうで良かったよ。 実際、お前達の事は、結構気になっていたんだ」
食事を食いながら話す。 しかし、不味いなぁ、相変わらず。
「そうなんですか?」
美園がちょっと驚いたような顔をする。
「当たり前だ。 俺は先任だったのに、お前達の初陣の時に、傍に居てやれなかった。
俺の初陣の時は、先任達が居てくれた。 なのにな・・・」
「「 ・・・・ 」」
「本当に、済まなかった。 初陣の、あの恐怖がどんなものか。 骨身に染みている筈の俺が、ドジ踏んで牢屋の中だものな。
独房の中で何度も、謝ったよ。 それで済む話じゃないけどな。
愛姫・・・ 伊達少尉から、お前達が無事に『死の8分』を乗り越えた事を聞いた時は、正直、嬉し涙が出ちまった・・・」
本当にあの時は、嬉しかった。 絶望感しか無かったあの頃に、唯一ホッとした時だった。
「へ・・・ へへん! じゃ、先任がいなくっても、初陣を切り抜けた私達って。 ひょっとして先任より、腕前は上?」
「そうそう! 何たって、先任不在でも頑張ってるしね!」
・・・・・
「だ、だいたい! 肝心な時に居ないんだもん! 先任って、結構、抜けてますよ!」
「あ、あはは・・・ そ、そうだよ、ね!」
「おい・・・」
「だ、だから! もう、心配なんて、して貰わなくっても・・・」
「・・・ふぐっ」
「済まなかったな・・・ 本当に」
泣くなよ。 いや、泣いても良いか。 戦場でどうしたら良いか。 お前達は、手探りで探してきたんだもんな。
「だ、だいたい・・・ 怖かったんですよッ! 怖かったんですよぉ・・・」
「どうしようか・・・って。 死んじゃったら、どうしよう、って・・・」
そうだな。 そんな不安のフォローさえ、してやれなかったな。
「ほ、他の先任達もいたけど・・・ 小隊長も、気にかけてくれたけど・・・ 先任、居ないんだもんッ! 居て欲しかった時にッ! 居ないんだもんッ!」
「扱かれて・・・ 怒られて。 怖かった時も有ったけど・・・ 居て欲しかったです・・・」
こいつらの、この感情は。 甘受しなきゃいけないな。
こいつ等ももう、何回か戦場を経験した衛士になった。 今更、そんなフォローはもう要らないかもしれない。 そんな段階は、超したかもしれない。
でも、最初の段階は。 衛士としての、覚悟の最初を教えるのには。
俺が居て。 小隊長の祥子が居て。 そうやって教えてやらなきゃ、いけなかったのかもな。
「済まなかったな。 頼りにならない、先任だったな、俺は」
2人とも。 顔をくしゃくしゃにして泣いている。
それは、今の2人じゃ無い。 初陣をまじかに控えて、未知の恐怖に戸惑う新米衛士だ。
今、目の前に居るのは、4か月前の2人だった。 先任に教わり損ねた新米達が、2人の中に、取り残されていたんだ。
「だから。 今から叩き込んでやる。 『鬼の先任』、最後の教導だ。 覚悟しろよ?」
「「 はいッ!! 」」
俺は。 4か月前の2人に向かって言った。
「所で。 ちょっと聞きたい事が有るんだけどな」
『教導』と言う名の、宥めも終わって。
何とか普通に四方山話をできるようになってから。
前から引っ掛かっていた事を、聞いてみる事にした。
「美園、仁科。 2人とも出身校は、どこだった?」
出身校? 2人は顔を見合せ、そして俺に振り返って言った。
「私は、練馬です」
「私は、東京本校です」
ふむ。 美園が東京衛士訓練校の練馬分校。 仁科は本校の方か。
「じゃ、美園。 お前の同期で、『神宮司』ってやつ、知っているか? 女で」
「神宮司? ・・・神宮司まりも、ですか?」
確か、そんな名だったな。
「そう。 その北海道名産」
「め、名産って・・・ あはは! 確かに、同じ名前ですけど! ええ、知ってますよ。 同期だし。
同じ訓練大隊でしたよ。 中隊は違ったから、合同授業や、合同訓練でしか、一緒にはなりませんでしたけど。 訓練生隊舎も、階が別だったし。
でも彼女、成績良かったんですよ。 何せ東京校じゃ、本校・分校合わせて次席卒業でしたから」
「あ、私も知ってる。 あの神宮司だよね。 すっごい、負けん気の強い。
でも、どうして先任が、神宮司を知っているんですか?」
う~ん、どう話そうか。
「実はさ。 先月の南部防衛戦の時。 彼女、第9師団で参戦しててな」
「へえ!?」 「知らなかったなぁ・・・」
「偶々、俺の居る中隊と協同する事になったんだが・・・
こっちが戦域に到着する寸前で、BETAの奇襲を喰らってな。 彼女の中隊が壊滅した。 生き残ったのは、その神宮司と他2人だけだった」
2人とも、何とも言えない表情だ。 確かに、同期の惨状を聞かされたら、心配だろう。
「神宮司とあと1人は、負傷はしたけど、命に別条は無しだ。 疑似生体の世話になる事も無かったろう。
けど、あと1人。 彼女の『部下』の新井ってのが、光線級のレーザーが機体を掠めてな。 重度の火傷を負った。
助かったかは、確認していないが・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、先任! 『部下』って!? 神宮司も私達と同じ、19期ですよ?」
「部下なんて・・・ 少なくとも、中尉に進級して、小隊長になってからじゃないですか?」
最もだ。
「彼女の部隊は・・・ 全員、同期生同士だったよ。
どうしてそんな編成がとられたかは知らない。 多分、充当配属の新任達を、各中隊に割り振る前に、あの大侵攻が発生したんだろう。
取り敢えず新任達で纏めて、先任者の神宮司が『臨時指揮官』になっていたんだと思うが。
にしても、そのまま戦場に出していい編成じゃ無かったな。 完全に戦場に。 BETAに呑まれていた」
あの部隊を出すのなら。 機甲部隊の1個小隊の方が、遥かに阻止戦力になった。
「確か、神宮司って・・・ 卒業後の配属先、練成部隊だったよね? 内地の留守師団」
「うん。 本隊が大陸派遣で。 その留守部隊の、確か大隊本部付だったね」
一応、次席卒業には何とか形のなる配置か、大隊本部付将校って名目は。
じゃ、戦場を知る先任の教導なんかは、受けた事は無かったんだろうな。
「それで、いきなり初陣かぁ。 きついよね・・・」
「まだ、私達の方が、実は恵まれていたかも。 何だかんだで、扱かれまくったし」
「そうだぞ? 感謝しろ」
「「 鬼に言われたくないです! 」」
なんだよ。 鬼、鬼、って。 愛の鞭だ、愛の鞭。
「で、どうしてそんな事を?」
「ん。 さっき間宮に聞いたけど。 お前達、部隊再編で一度、内地に帰還するんだろう?
会えるかどうか判らんが、一応気にかけておいてやれ。 今は厳しいかも知れないけど、戦場を知っている同期の思いやりってのは、結構助けになるもんだ」
甘やかすとか、そんなものじゃなくってな。 あの戦場を知っている者が、自分を気にかけてくれている。
それが少しは、浮上するきっかけになる事もあるんだ。 同期なら、尚の事。
「判りました。 神宮司がどこに居るのか、同期の伝手で当ってみますよ」
「他人事じゃ無いし。 それに、同期の新井の事も心配ですし」
美園も、仁科も。 他の戦死した同期生の事には、一言も触れなかったな。
それは、後で同期同士で讃えてやれ。 それが判っているようで、安心した。
「じゃあな。 俺はちょっと休むよ。 ここの所ずっと2直制で、今日も0400からずっと、警戒任務だったんでね」
中隊は、四平に第1小隊が、鉄嶺に第3小隊が。 そしてその中間に俺達第2小隊が警戒任務に就いている。
120kmの間を、3個小隊だけだ。 各小隊の受け持ち区画は、実に40km。 それだけ戦力が消耗している証左だ。
「はい。 ご苦労様でした」
「お疲れ様です」
2人とも敬礼して、テントから出て行こうとする。
ふと、美園が人の悪い笑顔で振り返った。 仁科はにやにやしている。
「時に、先任。 綾森中尉は今、輸送司令本部に居ますよ? ほら、その先の大型テントがそうです」
「まさか、会って行かないなんて事、無いですよねぇ?」
こ、こいつら・・・ 矢張り、知ってやがったか・・・
「にひひ。 どうせ今日はもう、『上がり』なんでしょう?」
「中尉のテント、あっちの外れですから。 あ、大丈夫! 『見猿、言わ猿、聞か猿』
間宮先任にも、ちゃ~んと、話通しておきますって!」
全く。 こう言う所は、変に成長して欲しく無かったなぁ。
誰の影響だ? 水嶋中尉か? 和泉中尉か? 案外、愛姫って線も捨てきれない。
「ふん。 当然だ。 お前等も悔しかったら、さっさと男を落として見せろよ?」
「・・・何だか。 自信満々で、悔しいなぁ」
「もっと、あたふたするかと思いましたよ・・・」
「良い言葉を教えてやる。
『愛する人と共に過ごした数時間、数日もしくは数年を経験しない人は、幸福とは如何なるものであるかを知らない』
19世紀フランスの作家、スタンダールの言葉だ。 戦うだけが、衛士じゃないぞ?」
「ふえぇ!」
「うっわ~~・・・ 先任、別人・・・?」
当たり前だ。 何とでも言え。
国連軍に移ってからこの方。 会話の中に兎に角やたらと、引用句や諧謔が多いんだよ、連中は。
お陰で結構、覚えてしまったよ、俺も。
でも、実の所。 戦い方が上手いだけじゃ、衛士として、いや、人として片手落ちだぞ?
喜びも、楽しさも、悲しみも、苦しみも、悩みも、絶望も。 そして、愛する事も。
色んなことを経験して、強くなっていくんだ。 ま、俺もまだまだ、その途上だけどな。
「そう言う訳だ。 気遣いは、嬉しく貰っておくぞ? じゃあな」
雨が降りしきる中。 輸送司令部前の大木の下で、俺はさっきから突っ立っている。
彼女は中で仕事中らしい。
間宮や、美園、仁科の話によれば。
第2大隊は、本隊は既に鉄嶺に移動したとの事。 気付かなかった。 非直の間に通過したのかな?
で、1個小隊が後発の撤収部隊の護衛で、付き添っているそうだ。
第2大隊は現在人員の消耗――美綴大尉の他に、23中隊の守山和彦少尉、22中隊では新任の柚木祐美少尉が戦死、俺の国連へ『所払い』――の結果。都合1個小隊分を消耗した。
特に、美綴大尉の(いや、戦死して少佐だ)中隊長戦死は響いたようだ。
結局、22中隊を解体して、21と23を1個小隊増やした。 4個小隊編成だ。 帝国じゃ珍しい。
間宮が俺の後釜に入ってくれて、小隊を再編したそうだ。
その第21中隊第4小隊が、今は輸送部隊の護衛任務に就ている。
本部に入って2時間。 会議と調整。 そろそろ終わるかな?
テントから出てくる数人の姿が見えた。
その中で、一際真っ直ぐな、長い髪を持つ女性士官。 主計将校と二言三言、言葉を交わしてその場を離れる。
雨を避けるように、こちらに向かって走ってくる。 やがて、木の下の人影に気づいたようだ。
「やあ」
軽く手を上げて、微笑む。
彼女はちょっと驚いた表情をして直ぐ、呆れたような、それでいて嬉しいような、俺の好きな笑顔を見せて言った。
「・・・お帰りなさい」
「・・・これから、どうするの? どこへいくの?」
小さな野戦テントの中。 祥子が聞いてきた。
もうすっかり、周りは夜中だ。 雨はまだ降り続いていて、雨音がテントを打つ。
抱きしめて、彼女の香りを楽しむ。
「ん・・・ 欧州。 『本隊』がイギリスのグロースターに駐留中らしい。 ロンドンのずっと西、セヴァーン川の河口の町だって聞いた」
シェラフの中で、2人抱き合って横になっている。 未だ上気している祥子の顔が、艶めかしい。
「じゃあ、ドーヴァー戦線?」
「いいや。 部隊は独立打撃大隊だ。 欧州の即時展開打撃部隊、オール・TSF・ドクトリンの一環で編成された遊撃機動部隊だから。
多分、戦場は地中海だろうって、隊の連中は言っているよ。 シチリア島か、クレタ島かキプロス島か。
サルデーニャ島、コルシカ島・・・ イベリア戦線も行くかもね。 ジブラルタル防衛線だ。
祥子はこの後、内地に?」
額を付け合い、髪を撫でる。 祥子が両手で俺の顔を挟みこむ。
「ええ。 大隊の消耗は、それ程ではないの。 でも、師団自体は・・・ 北では、ずっと最前線だったから」
「危ないな。 心配だよ」
軽く鼻先に口づけする。
祥子がくすぐったそうに、竦める。
「それは、私の台詞よ。 聞いたわ、貴方の小隊長の趙中尉に。 彼女、呆れていたわよ?
全く。 これは少佐へ報告ものね?」
「よ、よしてくれ。 勘弁してくれよ。 欧州まで『ドツキに』来られちゃ、敵わない」
―――じゃあ、今回は執行猶予にしておいてあげる。
祥子のそんな物騒な言葉を聞きながら、ふと、再会した時の事を思い出した。
「さっきさ・・・」
「ん・・・ なに?」
「さっき。 『お帰りなさい』って、言ってくれただろ? 実際、また2ヶ月だけど、随分長い間、会っていなかった気がした。
それから、嬉しかった。 帰る場所があるって・・・」
俺の頭を抱きかかえ。 髪をゆっくり、繊細に掻き回す祥子の声が聞こえる。
「私は、貴方の『生きる理由』 『帰ってくる場所』よ。
例えどんなに短くても、どんなに長くても。 そんなに近くに居ても、どんなに遠く離れておいても。
そして貴方は私の『生きる理由』 貴方がいる限り、私は生きるの。
・・・ふふ なぁんだ。 だったら私達、死なないわね」
「そうだな。 俺達、そうだな」
そうだ。 俺達は互いの為に生きる、戦う、生き抜く。
運命やら、宿命やらに邪魔はさせない。 BETA共など、もっての外だ・・・・
1993年10月15日 1100 大連港 軍用埠頭 輸送艦『D-119』
出港直前の埠頭を、甲板から眺めていた。
俺達、国連軍第882独立戦術機甲中隊は、本日付をもって満洲を離れる。
この後、一旦日本へ行き、国連軍基地(元は米軍基地だった、厚木基地)に少しの間居候し、
日本航空宇宙軍の成田基地からHSST(再突入型駆逐艦)に搭乗し、一気に英国へ移る。
移動終了は今月末予定だ。 来月から俺は、欧州の戦場に居る。
市街地が見える。 滞在したのは僅かだったが、俺にとっては色んな意味で思い出のある街だった。
ふと、東に眼をやる。 見える筈もないが、あの先には―――瀋陽、長春、ハルビン、大慶、チチハル、そして最初の任地、依安がある。
俺がこの1年半以上の時間を、命がけで突っ走った大地―――満洲。
様々な想いが胸の内を去来する。 知らず、手摺に頭をつけて俯いていた。
「・・・嫌いだ、お前なんか・・・」
知らずに呟きが漏れる。
「嫌いだ、お前なんか。 ・・・思い出したくもない」
色んな感情がこみ上げて来て、それを抑えるのに、顔が変な感じに強張るのが判る。
出向合図が聞こえる。 艦がゆっくりと岸壁を離れ、沖あいに出てゆく。
暫く、航跡が作り出す波間と、遠ざかる大連の街並み、そして、遥かな大地を思い見ていた。
全滅した21師団。 戦死した最初の仲間達。 心底恐怖を味わった、初陣の戦い。
翠華と出会った事。 彼女の慟哭を聞いた夜。
92式に舞い上がった事。 河惣少佐。 片足を喰い千切られた。
あの街で出会った、2人の少女。 俺と祥子が、生きて、生き抜いて欲しいと願った、そして目前で爆死させられた、リーザとスヴェータ。
『イブの悪夢』 そして『双極作戦』 衛士の覚悟を示して戦死した、俺の同期、美濃楓中尉。
祥子を自分のものにした、あの夜。 翠華を抱いた、朝靄の明け方。
目の前で、俺の射撃でバラバラに吹き飛んだ避難民たち。
軍法会議。 ひとり刑死していった、ディン・シェン・ミン元中尉。 祥子と引き離された、国連軍への出向。
1か月前の大侵攻防衛戦。
そして今日、俺はこの地を離れる。
「けど・・・ ここには色んな事があるんだ。 悲しみ、苦しみ、痛み、悔しさ・・・ 嬉しかった事、楽しかった事、それに・・・ 愛した事。
お前は、俺の・・・ 俺の心の、具現だな――――満洲」
遥かな彼方、あの場所は、あの大地には。
今もあの雄叫びが、悲哀が、悔悟が。 そして歓喜が、愛した証が―――確かに、有ったんだ。
また、戻ってくる、この場所へ。
そんな確信を抱いて、俺は遠ざかる遥けき大地を、見通していた。