1992年5月28日 0545 W-45-90エリア近郊のオアシス
昨夜の狂宴から一夜明けた。
(空気が綺麗だな・・・)
周防直衛が、起きぬけに実感した第一印象だった。
この北満洲に赴任して、そろそろ2ヶ月。 ついぞ感じなかった事だ。
(まぁ、今まではBETAとの初陣の事が気になって、一杯一杯だったけどな・・・)
清冽な朝。このままぼんやりするのが惜しくなった俺は、オアシスの周りを「散歩」と洒落込む事にした。
朝日が眩しい。 朝靄が幻想的な光景を作り出している。
空はすっかり、夜がその支配を陽の光に譲っている。
ふと、小さな泉の畔に、子供たちが数人戯れているのを見つけた。
(この子達は、故郷を覚えているのだろうか。 それとも、避難の道すがら、生まれた土地を故郷と思っているのか・・・
それでも、その土地にはもう帰れない・・・)
柄になく感傷的になって、子供達を見ていたら、そのうち一人の女の子が、こちらに気づいたようだ。
しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、そのうち恥ずかしそうに微笑んでくれた。
「おはよう。何しているんだい?」
俺は別段、モンゴル語を話せるわけじゃない。
だが、強化装備の自動翻訳機能と、同じく外付けの自動翻訳・音声出力装置のお陰で、この子達にも話は通じる筈だ。
些か、違和感は有るだろうけど。
「?」
あぁ、やっぱり、不思議そうな顔をしている。
それでも、もう一度声をかけてみる。
「おはよう。何をしているんだい? お母さんのお手伝いかな?」
「うん。みずくみ。 あさごはんのおちゃ、つくるの。」
通じたようだ。
「そうか、偉いな。
名前はなんて言うの? お兄ちゃんは、直衛。 『な・お・え』って言うんだ。」
「なまえ・・・? なまえ・・ 『ウィソ』!」
「ウィソ?」
「うん。 ウィソ!」
そういって、その小さな女の子「ウィソ」はニコッと笑った。
そうしている内に、他の子達もやって来た。
この子達は、いまオアシスにいる氏族の幼少から、10歳前後の子供達のようだった。
男の子が、ユルール、オユントゥルフール。
女の子が、ムンフバヤル、ナランツェツェグ、そして、ウィソ。
ユルールが、ウィソの兄。 ムンフバヤル、オユントゥルフール、ナランツェツェグが姉弟。
今まで旅してきた土地、大きな森のある山を越えて来た事(大興安嶺の事だろう)、草の豊かなこの辺りの事。
皆、楽しそうに、眼を輝かせて話している。
この子達には、未だ世界は氏族の囲まれた世界であり、その眼には未だ絶望は宿していない。
素直で、綺麗な、無垢の瞳だった。
「あれ? 周防少尉? もう起きていたんだ。 おはよう。」
後ろから、蒋翠華少尉が声をかけてきた。 ・・・どうやら、酒は抜けているようだ。
「ああ、おはよう。 蒋少尉。 ちょっと前に目が覚めてさ。」
「で? 今は保父さん?」
そう言って、くすくす笑う。 そんなに変か?
「ちがうよっ なおえだもん。 すおー、しょーい、じゃないよ?」
ウィソが「間違い」を訂正している。
「あぁ、そうね。 『なおえ』だったわね。」
そう言って、蒋少尉はにこりと微笑んで、ウィソの頭を優しく撫でる。
へぇ、こうしてみてると、優しい「お姉さん」だな、彼女は・・・
「ん? 何?」
「いや・・・ 別に?」
一瞬、見とれてた、なんて言えやしない。
その内、この子達の母親だろう女性が、子供達を呼んだ。
あぁ、朝食の準備だったっけ。邪魔してしまったな。
「なおえ、またねっ!」 「お兄ちゃん、またあとでねっ!」 「バイバイ!」
子供達が元気にゲル(天幕)へ走っていく。
「・・・貴方って、結構、人誑しなのねぇ・・・」
「言うに事欠いて、『誑し』かよ。」
「あら、誉めてるのよ?」 くすくす笑いながらじゃ、説得力無いぞ・・・
「朝食の準備できたようよ。 ま、C-レーションだけど?」
「げぇ~・・・・・ 」
・・・もう、食い飽きた・・・
簡単な(簡単すぎる)朝食の後、当日の行動予定のブリーフィング。
その後で、若干の時間が空いた。
偶々だが、機械化歩兵部隊にモンゴル族出身の兵士がいたので、さっきの子供達の名前の由来なんかを聞いてみた。
因みにその兵士は、内蒙古出身で、国籍は中国籍の「中国人」なのだが。
「オユントゥルフール」:知恵の鍵
「ムンフバヤル」:永遠の喜び
「ナランツェツェグ」:ひまわり
「ユルール」:祝福
そして「ウィソ」は、「すずめ」
「ウィソ」確かに、小さいが、軽快に空を飛ぶ、すずめの様な娘だったな。
などと考えていると、圭介がやって来た。
何やら、表情を曇らせている。
「圭介、どうした?朝っぱらから? とうとう、機体がご臨終か?」
「違うよ。 どうやら、避難民の雲行きが怪しい。
さっき、周上尉と機械化歩兵小隊の小隊長とで、避難民の所へ出発の指示を出しに行ったようだけど・・・」
騒がしい。
天幕の方で、何やら口論しているようだ。
「見に行くか?」
「ん・・・ あ、趙少尉。」
丁度、天幕の方から歩いてきた趙美鳳少尉に声をかけた。
「あら、周防少尉、長門少尉。進発の準備はどうです?」
「準備はOKです。 ・・・向こう、どうしたんです?」
顔を天幕へ向ける。
趙少尉は肩をすくめ、溜息をついた。
「お年寄り達がね。 あ、氏族の長老衆だけど、ここを動かない、って、頑固なの。
昨晩までは、不承不承、南へ行く事に同意していたのに。
今朝になって急によ? ホント、困ったわ・・・」
「ここを動かない!? じゃ、皆ここに止まるんですか? 趙少尉っ!!」
急に後ろから、蒋少尉が割り込んできた。 ・・・びっくりしたぞ?
「小翠・・・ ええ、そうなっちゃわね・・・」
「でもっ!移動しないとっ! ここじゃ、安心して暮らせませんよっ!」
「それは、そうなんだけれど・・・ 上尉も強硬な手段は取りたく無さそうだし。
何とか説得してみる気みたいだけど・・・ 難しいかも。」
「私っ! 行ってきますっ!」
「えっ!? あ、ちょっと? 小翠!?」
あっけにとられている内に、蒋少尉は脱兎の如く、天幕へ走って行った。
「・・・」 俺。
「・・・」 圭介。
「・・・ふぅ・・」 趙少尉。
「・・・周防少尉、長門少尉。申し訳ありませんけど、蒋少尉を連れて来て頂けません?
私は、出発準備を整えないといけませんので・・・」
周上尉が説得に手古摺っている今、副隊長格の趙少尉が準備の指揮を執らねばならない。
「解りました。では周防少尉が。 自分は各機体のステータスチェックを確認します。」
おい、圭介・・・
「助かります。長門少尉。 ・・・周防少尉、蒋少尉をお願いしますね。」
「・・・はっ。」
圭介。 帰還したら、覚えておけよ?
「ですから、長老。この土地も既に危険なのです。
いつ、BETAの襲撃が有るか解りません。
とても、一族の方々が安心して住むのに、相応しい土地ではないのです。」
周上尉が、些か疲れの見える顔で説得に当たっていた。
機械化歩兵小隊の小隊長は、既に諦め顔だ。
傍らに、何かに耐える表情の蒋少尉が佇んでいた。
「・・・ワシらは、ずっと昔から、こうして生きてきた。
上天の蒼き狼と、白き牝鹿が番ったその昔から。
ワシらは、石の家には暮らせん。
天と、草原の間こそが、ワシらの揺り籠であり、世界じゃよ、お若いの・・・」
「しかし、今一度。 一族の方々の安全を、ご一考下さい。
もし、BETAに襲撃されたら、あなた方は身を守る術をお持ちでは無い。
それは、良くご存じの筈です。」
「・・・その時は、その時こそは、我ら一族。 敵わぬまでも戦い、滅びよう。
それが、天命というものじゃよ・・・」
何をっ・・・
「何を言っているんですかっ!!」
蒋少尉が激発した。
「蒋少尉! 上官の会話に口を挟むなっ!!」
周上尉が厳しく叱責する。
それでも、今日の彼女を押し留める事には、いかなかったようだ。
「戦うっ!? 滅びる!? 何言っているんですかっ!!
BETAは! そんな感傷が通じる相手じゃないっ!
男も、女もっ! 大人も、子供もっ! 年よりもっ! 赤ん坊もっ!
みんな関係なく、喰い殺しちゃうんですよっ!?
悲鳴を上げてもっ! 泣き叫んでもっ! 奴らには何の関係もないっ!
ただただ、食らい尽すんですよっ!
それをっ・・・・ それをっ!!!」
「蒋少尉! もういいっ! もうやめろっ!」
これ以上は、下手をすれば軍法で裁かれかねない。
俺は蒋少尉の腕をつかみ、引き寄せて止めさせようとした。
それでも、彼女は止まらなかった。 涙声になりながら。
「・・・・明明もっ! 小漣もっ! 小蘭もっ! みんな助からなかったっ!
助けてっ! 死にたくないっ! みんな、みんな、叫んでたのにっ!
みんなっ! BETAに喰い殺されたっ!
お婆ちゃんもっ! 叔母さんもっ! 従弟の亜嶺もっ!
美蘭姉さんのお腹には、赤ちゃんがいたっ!
みんなっ! 喰い殺されたっ!
死にたくなんか、無かったのにっ! 生きたかったのにっ!
なのにっ・・・・ なのにっ・・・・!」
周上尉が目配りをした。
俺は、未だ激しく嗚咽を漏らす蒋少尉を抱きよせ、そのまま天幕から離れた。
天幕を離れ、衛生兵を呼ぶ。 独断だが、鎮静剤の無針注射を頼んだ。
「状況が状況ですので、通常の半分の分量にしたいと思いますが。少尉殿。」
「ああ。それが良いなら、君の専門職掌の範囲内で処置してくれ。
指示は『俺が出した』からな。」
「・・・了解であります。 数分で、落ち着かれると思います。」
「解った。あと、戦術機部隊の朱少尉を呼んできてくれ。
それと、経緯を趙少尉に報告。 俺からだと言ってな。
俺は、天幕の方へ戻る。」
「はっ!」
「・・・・蒋少尉は?」
天幕へ戻った俺に。周上尉が問いかけた。
「鎮静剤の投与を、無断ですが指示しました。 但し、通常の半分の分量です。
直ぐに落ち着くだろうと、衛生兵は話しております。」
「・・・・解った。」
周上尉の表情は、先ほどに比べて、更に険しかった。
交渉は決裂か?
ふと見ると、ウィソやユルール達がいる。
微かに微笑んで、手を振ってやる。
すると、母親の制止を振り切って、こちらに駆け寄ってきた。
「・・・・随分と、曾孫達が懐いておる様じゃ、お若いの。」
長老が目を細めていった。 彼の曾孫だったのか。
「・・・・元気で、素直で、明るい。良い子たちです・・・」
「・・・ふむ。何やら、含む所がおありじゃの? お若いの・・・」
周防少尉。と、周上尉が制止するように呼びかける。
だが、これだけは、言っておきたかった。
「長老。まずは、先ほどの蒋翠華少尉の無礼、同僚として謝罪します。」
「ふむ・・・?」
「ですが、彼女の言も一理ある所、ご理解頂きたい。
あの言葉は、BETAの恐怖を知る者の言葉。
身内を、友人を、愛する者たちを、喰い殺される。
その恐怖と、悲しみと、悔しさと、絶望とを知る者の、心からの言葉なのです。」
「む・・・」
ウィソの頭を撫でてやる。
「・・・この子達に。
この子達の瞳から、明るさと。素直さと。光を奪って。
恐怖と。悲しみと。悔悟と。絶望を、与えるおつもりですか・・・?」
「・・・・その様な生は、晒させぬ・・・」
っ!!
「では・・・ その生の最後に。
今まで、世界は光ばかりだと笑っていた、この子達の、短い生の終りに。
底無しの絶望を刻みつけて、終わらせるおつもりですか?」
「・・・・・若造っ!!」
「いかにもっ! 俺は若造ですっ!
・・・・生きてきた時間も、経験も、苦悩も、背負った責任の重さも。
長老、貴方の足元にも及ばない、若造です。
ですが、そんな若造でも、解る。
この子達の瞳の光は、あなた方、一族の大人達にも向けられている。
この子達の瞳に映る世界が光なら、その光は、あなた達でもあるんだ。
あなた達が子供の頃、そうだったのではないのですか?
あなた達は、光である事を捨てて、絶望になると言うのですか?
・・・・であるのなら、この子達の生は、救われない。」
俺は、長老から目を外し、周上尉に向き直る。
「上尉。意見、具申致します。」
「・・・・言ってみろ。」
「避難民全員の移動が不可能な場合。
せめて子供。そして、その親達だけは、無理にでも護送すべきです。」
「・・・・年寄り達は、見捨てるのか?少尉。」
「避難民の安全な護送に、阻害要因が発生した場合。 我々はその要因を速やかに排除すべきであります。」
「・・・・その『排除すべき要因』が、人類でも、か?」
「その『人類』を。 『人類の未来』を守る為、阻害要因の速やかな排除を、具申致します。」
賭け、だった。
俺とて、老人達を。ウィソの曾爺さんを、見殺しになんてしたくない。
ウィソはさっき、長老の袖をしっかり握っていた。
恐らく、曾孫娘に優しい、曾爺さんなのだろう。
だから、長老が残るとなると。 一族は皆残る。 恐らくは、絶対に。
長老。 気づいてくれっ!
あんたの可愛い曾孫娘に! 蒋少尉が味わった絶望を、味あわせない為にっ!
あんたが動いてくれっ!
「・・・・・ワシは、愚か者か? 愚か者だったか? お若いのよ・・・?」
「長老。 貴方の決断は、一族の賢き誉となるでしょう・・・」
「・・・この齢にして、若きに諭されるとは、な。 ふふっ・・・」
「自分ではありませんよ、長老。」
「・・・ふむ。 確か、周上尉、と申されたか? 隊長殿のお名は?」
周上尉が背筋を伸ばし、敬礼する。
「はっ! 中華人民共和国陸軍・周蘇紅上尉であります。」
「ふむ・・・ 貴女に感謝を。
そして、悲しき思いを、強き魂で打ち克つ、あの乙女に感謝を。
わが一族は、南へ行こう。 いま暫くは、石の家に住まおう。
いつか、いつの日か、草原に帰るその時まで。」
「はっ! では、出発の準備も有ります故。
1時間後に出発とさせて頂きます。
宜しいか?」
「ふむ。承知した。」
何とか、なったか・・・・
俺は膝が砕けそうな想いだった。
急に緊張感から解放された為だろう。 情けない。
「・・・蒋少尉といい、周防少尉、貴様といい。
上官を何だと思っておるんだ? ん?」
部隊へ戻る道すがら、周上尉は些か拗ねたような口ぶりで睨みつけてきた。
「はっ! 自分は、理解ある上官の指示の元、説得工作に着手致した所存でありますっ!
然しながら、数々の上官よりの指令の無視については、抗弁の余地は有りませんっ!
厳重なる処分は、覚悟しておりますっ!」
ちょっと、やりすぎたか、な・・・・?
「ふん。理解ある上官? ああ、そうだろう。
私ほど、理解ある上官はおらんぞ?
説得工作? ふん、まぁいい。
上官の指令の無視? 全くだ。全くもって許しがたい。
抗弁の余地はない? 当たり前だ。抗弁なぞさせるものか。」
げっ・・・ ヤバい。非常にヤバい。 暫定的とはいえ、上官だ。
下手すれば、原隊に引き渡された後に待っているのは、強面の野戦憲兵隊、なんて事になりかねない。
知らず知らず、背中に冷たい汗が流れる。
「・・・ふん。厳重なる処分・・・?
貴様はっ!! 私をっ!! 笑い者にする気かっ!!!!」
「っ!!」
腸から震えが来るような、怒号だった。
「隊長の私がっ! 説得しようとして出来なかったっ! あのご老人をっ!
貴様は説得したっ!
その過程でっ! 上官である私の制止を無視したとしてもだっ!
その貴様をっ! 厳重なる処分っ!?
あぁ、私はいい笑い者だろうよっ!! これ以上無い、無能者としてなっ!!!」
「っ! 申し訳ありませんっ!」
「謝るなっ! バカ者っ!!!」
くぅ~~~っ! どうすりゃいい!?
「・・・感謝しておるのだ、私は・・・・・」
不意に、周上尉が呟いた。
「情けない事に。 私は貴様の言葉を、その時まで気づかなかった。
部下の蒋少尉の、絶望もな・・・
全く。我ながら度し難い戦術機馬鹿なのだ・・・」
あ、馬鹿って。認めてるんだな・・・・
「何だと?」
「はっ!? い、いえ。 何も申しておりませんっ!」
「ふん? そうか?
何やら、貴様が私を、馬鹿にしたような声が聞こえたんだが・・・?」
い、ESPかよ・・・
「まぁ、しかし。
全くの処罰無しでは、軍律が保たれん。解るな?」
「はっ・・・」
「では。処分を言い渡す。 周防直衛少尉!」
「はっ!」
「貴様の、今般の上官命令無視。独断専行の所業は軍法に照らし合わせても重罪であるっ。
しかしながら、避難民への勧告・説得工作の成功による、任務完遂に対する功績も又、看過しえぬ処、大である。
以上を鑑み、以下の処分を言い渡す。
1.周防少尉は、今作戦期間中、避難民の安全責任者としての責を与える。
1.同少尉は、今作戦期間中、避難民の安全確保。特に夜間の安全確保を確実にする為、期間中の夜間警戒責任者とする。
1.尚、同少尉と同様の功罪著しい、蒋翠華少尉を補佐として、上記責務を必ずや全うすべしっ!
1.これは、作戦完遂まで永続的に有効命令とするっ!
・・・・・以上だ。
小翠のメンタルケアも、決して疎かにするなよ?
もし、あの娘が立ち直れなかったら。
貴様、ハイブへの単独突入の方が、幸せだと思わせてやるぞ?」
はっはっは。
周上尉は普段の呵々大笑を残して、去って行った。
「・・・・独房入りの方が、マシだったかも・・・」
「お疲れさん。」
部隊へ戻った俺を、圭介が生暖かい目で迎えた。
「なんだよ? その眼は・・・?」
「日中友好、決定?」
「んなっ?」
「国際結婚?」
「・・・おい・・・」
「綾森少尉に、報告っと・・・」
「ちょっと待てやっ! ゴラァッ!!!」
「あの・・・ 周防少尉。」
圭介と、不毛なドツキ合いをしている所へ、蒋翠華少尉がやってきた。
「お、おう。もう、具合はいいのか?」
さっきまでの経緯上、ちょっと顔がまともに見られない。
彼女も、何やら目を合わそうとしない。
なんか、気まずいな・・・
「あ。俺は哨戒計画の詰め。隊長と、趙少尉と、李少尉とでしてくるわ。んじゃ。」
圭介・・・ 逃げやがった。 お前、絶対コロス・・・
「あ、あの。さっきは・・・ 有難う。」
「ん?」
「引き止めてくれて。
それに、鎮静処置・・・ 貴方が指示したって、さっき衛生兵が・・・
私、良く覚えてなくって・・・」
「あ、あぁ。 でも、誰でも、あの状況じゃ、そうするさ。 気にするなよ。」
「ん・・・」
「あ~・・・」
「夜間警戒・・・」
「あ?」
「夜間警戒任務。 作戦期間中、貴方と私の二人で、責任持ってやれって。 さっき、上尉から・・・」
「ああ。俺も言われた。 すっげぇ、怒鳴られた後に。あはは・・・」
「・・・っ! ごめんなさいっ!」
「へっ!?」
「私が原因なのに。 それなのに、貴方が叱責されて。 ごめんなさい・・・」
「あ~・・・ 気を使う事無いぞ? 早いか、遅いかの違いだったし?」
「えっ?」
「いや。 あの後、俺もキレちまった。
ま、長老は最後折れてくれたけど。
それって、お前のあの言葉が有っての事だし。
俺が上尉に叱責されたのは、自業自得。気にするなよ?」
・・・・あれ? 急に黙りこくったぞ? 俺、何か不味い事言ったか?
「・・・・夜間警戒、頑張るから。 ちゃんと、するから。」
「お、おう。」
そう言って、蒋少尉は背を向け、歩き去ろうとした。
「・・・・」
「あのね。」
「ん?」
「君の事。 本当に好きになったみたい。 私。」
「・・・・・はい?」
歩き去った蒋少尉の言葉が、頭の中でエコーし続けていた・・・