1994年5月10日 1445 UK(連合王国) ウェールズ、カンブリア山脈西方 アベリストウィス
轟音を立てて、4機の戦術機編隊がダイヤモンド・フォーメーションを組んで、フライパスする。
先頭の一番機が、微かに機体を振ったように見えた瞬間、編隊は綺麗に急速噴射降下姿勢から、
スパイラル・ダウン(螺旋旋回噴射降下)に移り、地表面でサーフェイシング(地表面噴射滑走)に移る。
≪CPよりブルー1。 チェックポイント・マイナス0.39 ステージクリア。 次のステージ・14へお願いします。
オーダーは±0.25 途中で範囲制限戦域有り。 オーヴァー≫
『ブルー1よりCP、ステージクリア・マイナス0.39 ネクスト・ステージ・14 オーダー±0.25 LBF(リミテッド・バトル・フィールド) ラジャ』
4機の編隊は、更に噴射跳躍から中高度飛行へ移行して、カンブリア山脈山中へ姿を消していった。
カーディガン湾を望むウェールズの小さな田舎町、アベリストウィス。 その町はずれに、場違いなほど広大な敷地を有する軍施設が出来たのは、93年の2月頃であった。
その、大きくはあるが味もそっけもない管制棟から、エリザベス・マッキンタイア博士は、先ほどの戦術機の機動と、飛び去って行く力強い飛翔を見つめ、眼を細めていた。
(これで、なんとか場を繋げられる・・・ いえ、将来的にも、補完機として十二分なキャパシティを有する機体になった)
何とか無事に、自分の職責を果たせそうだ。 安堵の気分で、彼方の空を見つめていた。
「如何ですかな、マッキンタイア博士。 部下達の機動は?」
背後から声をかけてきたのは、北欧系の軍人。 国連軍のC型軍装を着ている。 年は30前後か。 明らかに北欧系と判る顔立ち。
「見事ですわ、ユーティライネン少佐。 あの機体のポテンシャルを、見事に引き出している機動ですわね。
どなたが搭乗指揮を? かの『ヴィントシュトース』? それとも、『若き獅子』 ウェスター卿ですか?」
「いえ。 ヴァルターでも無ければ、ロバートでも有りません。
実は、今年の4月に中尉に進級した若い指揮官連中が、教育講習で鈍った勘を取り戻したい、そう殊勝な事を申し出ましてね。
2日で全ステージクリアの条件付きで、昨日から乗せています」
―――2日で、全ステージクリア!?
馬鹿な。 1日で行う試験ステージは、全15ステージ中、3ステージしか行わない。
それも、腕利きの試験衛士が搭乗してさえ、ステージクリアには2、3トライが必要だ。
2日で15ステージクリアとなると、1ステージ1トライでクリアしなければならない。
如何に腕利きと言えど、機体もさることながら、衛士の肉体にかかる疲労度も馬鹿にはならない。
疲労は判断力を低下させる。 ひいては、試験結果にも大きく影響するのは、『試験屋』としては常識だった。
「・・・随分と、腕利きの衛士達のようですわね? 各国から、教導団クラスでも、引き抜きをかけられたのですか?」
そう言えば。
昨年の夏に『ヴィントシュトース』 フォン・アルトマイエル大尉は、極東まで国連軍恒例の戦技・戦術研究会に出席したと言っていた。
あの場なら、各戦域のエースクラスの衛士や、各国の教導団との交流もある。 その線だろうか?
「教導団では有りませんよ。 まだ、中尉1年目の若い衛士達です。
最も、実戦経験は恐ろしいほど、積んでおりますがね。 年の割には・・・」
若手の有望株、と言ったところね。
そう言えば、4機とも機動に全く無駄が無かった。
特に、4番機以外の3機は、欧州の戦術機乗りの機動とは、やや異なる印象の挙動制御をしている。
見た目もそうだし、モニターに映し出される機体の各種応力・疲労度推移パターンからも、それが伺えた。
「中尉の1年目・・・ 未だ、20歳そこそこの若者なのでは? そんな若い衛士が、あれほどの機動を?」
「ヴァルターのお墨付きです。 私も、彼らと飛んでみて、納得しました。
『天の才』と言う言葉で片付けるには、安直に過ぎますな。
元々、才も有ったでしょうが、数々の実戦で叩き込まれ、積み上げ、磨きこまれた経験が有って初めて、開花したのでしょう。
今や、ヴァルターもロバートも、私も。 10回に4回は、確実に獲られてしまいますよ」
―――嘘でしょう!?
マッキンタイア博士は、嬉しそうにほほ笑むユーティライネン少佐の、その言葉に思わず声が出かかった。
北欧戦線でその勇名を轟かせ、『93年まで北欧を保たせた衛士の一人』とさえ謳われた、ウルトラエースのエイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐。
若いが、その果断な戦いぶりと、戦況把握能力で欧州トップエースの一人に数えられる、ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉。
バトル・オブ・ブリテンで一歩も引かず、全軍後退の瀬戸際から戦況を引き戻し、『若き獅子』の名を女王陛下より下賜された、ロバート・ウェスター大尉。
この部隊の上級指揮官達は、全欧州の戦術機甲部隊を率いる将軍達ならば、何としても指揮下に欲しい、垂涎の、卓越した衛士達だ。
その彼らに対して、勝率40%をマークするなど。 そんな優秀な衛士であれば、とうの昔にその名が聞こえて来ていい筈だ。
「・・・一体、どこの誰なのです? あの衛士達は?」
「ふむ。 百聞は一見にしかず。 そろそろ、全ステージが終了する頃でしょう。
戻り次第、博士のラボに伺わせましょう。 現場の衛士の生の声も、聞いてみる事は無駄にはならんでしょうから」
≪1550 アベリストウィス開発基地 戦術機A-6ハンガー≫
「・・・うおおおぉぉ・・・ や、やっと終わった・・・」
も、もう、体力も気力も限界だ。
繊細な集中力が、常に要求される試験飛行を2日間に渡って、全試験ステージ・15ステージ完遂。
誰がこんな事やるかよ、普通・・・
コクピットから出て来て、リフトを降りた瞬間。 俺は床にへたり込んでしまった。
「周防中尉。 お疲れなのは判りますが、飛行後整備の邪魔です。 ヘタるなら向こうでお願いします」
無情な言葉を、無感情な声でほざくのは、機体の主任整備班長、クララ・ウェーラー整備軍曹。
短い赤毛に、そばかすの残った童顔。 味気無い銀縁眼鏡。 愛想の無い表情。
十人並み以上と言えなくはない。 美人の端っこには、引っ掛かっている。
全く、これで少しは愛想良くしてりゃ、衛士連中から『アイス・ドール』なんて言われずに済むのに。
「アイス・ドールで結構です。 少なくとも、女癖の悪い中尉や、レッジェーリ中尉からは、身を守れますから」
・・・声に出してたか? いや、それよりも。
「どうして俺が、女癖が悪いなんて事に? いつも女の尻を追いかけている、ファビオなら兎も角」
「自覚が無いのですか・・・? クムフィール中尉や、リッピ中尉から聞かされていますが?」
「・・・因みに、何と?」
「二股男」
・・・あの2人・・・ いつか、犯(ピー)てやる・・・
「・・・ケダモノですね・・・」
「はいっ!?」
無表情な『アイス・ドール』は。 あくまで無表情なまま、部下に指示を出して機体の整備に取り掛かった。
(はぁ・・・ どうせヘタばるなら。 サロン(下級士官公室)か、自室で寝転がるか・・・)
とにかく足に力を入れて立ち上がる。
ハンガー奥の連絡通路からドレスルームに向かう途中、同じく精根尽き果てた他の3人が、よろよろと立ちあがって来た。
「まったく・・・ 鬼だな、大隊長も」
「極東の女帝と、いい勝負だよ・・・」
「・・・死んだ」
圭介も、久賀も、ファビオも。 かなり堪えたようだ。
特にファビオは、ここまでのハードな扱きは受ける機会が少なかったのか。 半死人のような顔だ。
「ファビオ。 今晩の晩飯は、また『ワラジ・ステーキ』だそうだ」
「・・・うぷっ 直衛ぇ~~・・・ 手前ぇ、ワザと言ってるな?」
あの特大ステーキを想像すると、胃の辺りがむかむかしてくる。
「本当だって。 なぁ? 圭介、久賀」
「食いたくもないが、他に食うものも無い。 仕方が無いなぁ・・・」
「イギリスって、世界一食いものの不味い国だって、良く言われるけど。 あれ、本当だったな・・・」
量も多いが、味も不味い。 しかも工夫が無い。
軍隊の食事に、料理の楽しみを求めちゃいけない。 所詮、将兵の為の『燃料』だ。
しかし、それでも、少しは考慮して欲しい。 こうも毎食毎食、レパートリィの少なさに悩まされるとは、思いもしなかった。
ちなみに先程の『ワラジ・ステーキ』は、俺達3人が初めてこっちに着任した夜、晩飯に出てきたステーキの大きさに吃驚して。
思わず、『草鞋か? これは!?』と、叫んだ事がネームングの由来だった。
「最初は、フィッシュ&チップスも、珍しかったけど・・・」
久賀が、溜息をつく。
「いつもいつも、白身魚と芋ばかり食えるか・・・」
圭介も、うんざりしている。
「あんなジャンク! ビールで流しこまなきゃ、食えるかぁ!」
俺が吼え。
「ありゃ、料理への冒涜だぜ・・・」
ファビオが呆れる。
そんな愚痴を言い合いながら、ドレスルームに入ろうとした時、横合いから声をかけられた。
見ると、基地開発管理部所属の、エリカ・マイネリーテ技術中尉だった。
リトアニア出身。 当年とって23歳。 身長推定168cm 推定サイズは上から90(F)-59-84 体重は未公開。 プラチナブロンドの麗しき『マドンナ』
「4人とも、ご苦労様でした。 お疲れの所、申し訳ないのですが・・・ 博士が、ラボまでご足労願いたいと」
博士? マッキンタイア博士か?
「我々に、ですか?」
「はい。 是非、現場の衛士の声もお聞きしたいと。 宜しいでしょうか? 周防中尉」
「はぁ。 それでしたら、着替えが終わり次第・・・ な?」
他の3人に同意を求める。
「まぁ、お呼びでしたら、参りますが」
「現場の声、と言う事でしたら」
「お礼は今度、デートで・・・『『『 阿呆、周りに殺されたいのか!? 』』』 ・・・いや、何でも無いです・・・」
ファビオ、何て命知らずな事を。 よりによって、基地中の憧れの的の『マドンナ』をナンパとは。 他の連中に、闇打ちされるぞ?
くすくす笑う笑顔も麗しい『マドンナ』が、博士のラボまで案内役をしてくれる。
途中、何度も野郎連中の憧憬の眼差しと、やっかみの視線を受けながら。
(ふん。 度胸無しめ。 そんなに憧れるんなら、アタックの一つでもしやがれ)
心の中で、毒づく。
ん? 俺? 俺は良いの。 俺はちゃんと待ってくれている女性がいるから。
まぁ、確かに美人だけど。 何と言うか、大人の女性の色香、全開の魅力の人だけど。
俺には関係無い。 絶対関係無い。 そうでないと、本当にヤバいのよ・・・
―――コン、コン、コン
博士の部屋を、マイネリーテ中尉がノックする。
『どうぞ』
中から、意外に若い声が返ってきた。
ドアが開かれ、中に入る。
(・・・うわぁ~~・・・)
想像通り、と言うか、想像の上を行く。 辺り一面に散らかった図面の束、計算書、覚書、etc、etc・・・
「呼び立てて、済みません。 ちょっと、試験結果の生の声を聞きたかったので」
マッキンタイア博士が、そう言ってソファを勧める。
見た目、30代前半くらいに見える白人女性。 しかし、確か年は39歳だったな。
その若さで、今回の計画の開発主任責任者とは。 軍での委託階級は、准将相当官(軍属)
本来なら、俺達新米中尉など、直立不動でお言葉を待たねばならない身だった。
「楽にして下さい。 准将相当官なんて・・・ 実際、私はただの技術者ですから・・・」
研究者、と言わず、技術者。
英国人は、技術に対する執着が高いと聞くが。
暫くしてドアが開き、マイネリーテ中尉がお茶(紅茶だ)を持ってきてくれた。
一口飲む。 美味い。 恐らく、合成パックものではなく、秘蔵の本物の茶葉だろう。
「それで、正味の所を聞きたいのですが・・・ 今までのIDS-4/GR.4と比較して。どうでしょうか? 今回のIDSⅡ-5B/GRⅡ.5Bは・・・?」
お互い顔を見合せ、無言の攻防の結果。 俺が1番手となった。 どうでもいいけど、最近こういう場合、他の3人が共闘しやがる。
「主機、アビオニクスは問題有りません。 IDS-4B/GR.4Bから43%、IDS-5/GR.5からでも35%も出力がアップしています。
アビオニクスも、兵装管制システムを含め、格段に性能が向上していますし」
「元々が、小型で推力重量比が大きく、燃料消費率が少ないのが特徴です。 継戦時間が長く、それでいて今までの低出力を、改善出来ているのですから」
圭介が付け加える。
「レーダー探知・捜索システムはADV-F.4と共有のCSP (Capability Sustainment Programme)で開発されたものですから、従来のSEAD任務の負担も、大幅に軽減されます」
久賀の言葉に皆、頷く。 従来はIDSだと、きつかったSEAD任務―――光線級BETA制圧任務も、ADF-F.4の肩代わり無しに従事できるだろう。
「ただ。 一つ付け加えるならば。 主機の出力向上に、機体のフレーム剛性がやや、ついて行ってないって事ですか。
全開機動の時などは、一瞬機体の捻じれを感じる気がします。 テンポも半瞬、遅れるみたいな」
ファビオの言う事は、今日も感じた。
元々が、第3世代機搭載研究用に開発された主機をベースにした新型だ。
出力は大幅に向上したが、機体のフレーム設計が追い付いていない感じがする。
挙動制御プログラムも、今のところリミッターを設定して運用しているのだ。
「その問題点は、開発プロジェクトでも懸案事項として、認識しています。
近々、フレームの改設計を行った機体でテストを行いますわ。 剛性値は18%増しですが、重量は9%の増加で済みました。 これならば・・・」
「前回、馬鹿にされたスーパーホーネット(F/A-18E/F)や、ジュラーブリク(Su-27)、ラーストチカ(MiG-29)との異機種間戦闘演習(ダフト)でも。
一泡吹かせてやりますよ」
「連中の鼻っ柱、へし折ってやります」
「特に、あの米海軍の試験衛士の野郎・・・」
「直人、ありゃ、お前のミスだぜ?」
4人とも、2ヵ月前の各国軍の集まった新鋭機・改良機同士での、異機種間演習を思い出して、腸が煮えくりかえっていた。
俺達は、米海軍のF/A-18E/F、ソ連軍のSu-27、東欧州社会主義同盟軍のMiG-29、はてはイスラエルとの共同開発に成功した、中国(統一中華戦線)軍の殲撃10型(J-10)にまで。
異機種間演習で連戦連敗。 実に12連敗。 12全敗。
各国の衛士から、散々馬鹿にされた眼で見られたものだった。
揚句には、部隊長からも戦闘機動の些細なミスまで、事細やかに指摘されまくり。
半月後、中尉進級と同時に受講した、初級指揮幕僚課程を受けに行くまで、さながら新任少尉並み以上の、扱きを受けまくる羽目になったのだ。
「ふっふっふ・・・ 博士~~・・・ やってやりますよ・・・」
「あの連中・・・ 生きてクニに帰れると思うなよぉ・・・」
「あのクソヤンキー・・・ アイリッシュ海の藻屑にしてやる・・・」
「だからぁ・・・ 演習なんだってばよ・・・ お前等、判ってんの?」
俺達の鬼気迫る? 表情を見て。 流石に博士も顔を引きつらせる。
「ま、まあ、次回の演習までには、新型のテストも、チェックの洗い出しも終わるから・・・
万全の状態で出させてあげるわ・・・」
「「「「 はっ! 有難うございますッ!! 」」」」
・・・何だかんだで、ファビオも悔しかったんじゃないかよ。
いずれにせよ。 新型か、楽しみだな。
≪2130 アベリストウィス開発基地 下級士官サロン≫
「じゃ、新型が来るのが来週? で、次の総合演習が半月後だから。 評価終了で、生産開始して、配備され始めるのは・・・7月の初めね?」
ギュゼルが読んでいた雑誌から、目を離して聞いてきた。
「ああ。 最も、先行量産型はそれより早い。 来月早々には、配備される予定だってさ」
ソファで寝転がって読んでいた本を置いて答える。 最近ようやく、英語が違和感なく頭の中に入るようになった。
それまで、無意識に頭の中で『翻訳』して、話していたからなぁ・・・
「どうなの、直衛、新型は。 今までのIDS-4Bや-5と比較して?」
俺の傍で椅子に座って、何やらクロスワード・パズルをしていたらしい翠華が、降参したのか本を放り出して聞く。
「別モノだな。 主機も、アビオニクスも、機体の挙動制御も。 あれは、完成すれば準第3世代機に匹敵するんじゃないか?
少なくとも、F-92シリーズ初期型より、性能は上だ」
「F-92Jや、92K、92Cよりも?」
「ああ。 最も、昨年末から配備開始し始めたって言う、F/A-92E/Fシリーズ(『疾風弐型』 『経国』)は、実験機でもかなりのポテンシャルだったから。
もしかしたら、いい勝負かも」
「ああ、去年の9月に、南満州で搭乗したあの機体ね? 正式配備になったの?」
ギュゼルが、興味深そうにする。 自分も搭乗して戦った機体だ。 関心あるのだろう。
「うん。 手紙に書いてあったよ。 今年の2月に日本は第3世代機、94式『不知火』を実戦配備し始めたけど。
もっぱら国内の、西部方面軍管区優先らしい。 派遣軍には、F/A-92E/F『疾風弐型』が集中配備だってさ」
祥子の手紙に書いてあった。
彼女は。 第14師団は、戦力回復と練成の為に、半年ばかり日本本土に駐留して。 先月、大陸に再派遣された。
今は『極東絶対防衛線』の南部戦域、瀋陽要塞都市防衛の任に着いている。
「祥子、元気にしているそうよ?」
翠華が笑顔で話す。 俺も知らなかったけど、この二人。 何時の間にやら、手紙の遣り取りをしているそうだ。
―――『私達、友人同士だもん』 翠華の談だ。
最も、ギュゼルやヴェロニカに言わせれば。
―――『貴方の浮気防止に、2人が共闘しているのよ』 だ、そうだが。
いずれにせよ。 2人の仲が良いのは、俺的には嬉しい事なんだ。 その後の修羅場は怖いけど・・・
で、俺達が今話している『新型』戦術機。
これは実は、『新設計機体』ではなく。 『再生機体』と言った方が良い。
その名を、『トーネードⅡ IDS-5B/GR.5B』 と言う。
『トーネード』
元は、76年から欧州諸国で輸出配備が始まった、ノースロック社のF-5E「タイガーⅡ」だ。
この内、英国配備機体がF-5E-E、ドイツ向けがF-5E-G、イタリア向けがF-5E-I。
そしてこの機体を、ライセンス生産したのが、77年から配備の始まった「トーネードIDS-1A/GR.1A」だった。(IDSは、ドイツ、イタリア呼称。 GRは英国呼称)
傑作戦術機のF-5系なだけあって、今もなお世界中で、息の長い活躍をしている。
欧州ではどこの国でも、主力戦術機の座を占めていた事のある機体だった(アジアのF-4、欧州のF-5、と言われていた)
そして、その後もアップデートを繰り返し、IDS-2、-3、と性能向上型を送り出してきた。
しかし、そんなトーネードもIDS-4/GR.4シリーズになる頃には、第2世代機のF-15C、F-16C/Dに完全に主力の座を引き渡した。
ここで、一つ問題が発生する。
現在、欧州連合軍内では、次期第3世代戦術機 『ユーロファイター』 の開発が急がれているが、どうやっても後2、3年後の配備は不可能な状況だった。
そして、当初共同開発に加わり、その後離脱したフランスが推し進める第3世代機も、予想では4年かそこら、先になりそうだった。
英国が改良配備したトーネードADV-F.4は、第2世代機の性能を有するが、これは『局地防衛戦術機』思想で設計され、特に継戦時間が短い事が、ネックだった。
欧州連合軍、特に主力を為す英、独、伊の3国軍は、早急に十二分な性能を有する第2世代機、できれば2.5世代機の開発・配備を迫られていた。
F-15C、F-16C/Dに依存する事は、合衆国に絞首刑台の命綱を握られるようなモノだったからだ。
(この辺り、帝国と事情が似ている)
米国・ノースロック社。 この会社が、今回の開発の引き金を引いた。
主導したのでは無い。 寧ろこの会社は、経営不振が極まって、身売り寸前だったのだ。
(現に今年、グラナン社との『合併(実質吸収)』で、『ノースロック・グラナン社』となった)
過去、F-5系の最終発展型、F-5G(F-20 『タイガーシャーク』 )で、F-16との採用競争に敗れ。
過去にF-16との競争に敗れた事のあるYF-17も、海軍の正式戦術機採用に当たっては、海軍機の開発実績が無い事を理由とされて。
折角開発したYF-17の海軍機への変更開発権を、マクダエル・ドグラム社(現・ボーニング社)に獲られてしまった。
極めつけは、米陸軍次期第3世代戦術機競争で、起死回生を狙ったYF-23が、やはりボーニング社のYF-22に敗れ去った。
実に、採用競争で3戦全敗。 実に、悲運の名門だった。
そして会社の屋台骨が傾いた(安価な第1世代機の販売収益だけでは、埋めきれない損失だ)
末期のノースロック社は、それまで死蔵していた過去の戦術機のパテントを一式、海外のメーカーに売却する事を持ちかけていた。
実際に売れたのは、YF-17のパテントを日本の河西・石河嶋が共同購入。
F-5G(F-20)のパテントを、英・BAC社、独・MBB社、伊・フィアッティ社が、3社共同で購入した。
流石に、YF-23のパテントは、米議会から『待った!』が、かかったが・・・
トーネードの共同開発企業群。
機体、システム分野での、英・BAC社、独・MBB社、伊・フィアッティ社。
主機・跳躍ユニット分野での、英・R&R社、独・MTUアエロエンジン社、伊・フィアッティ社
この5社は、購入したF-5G(F-20)を徹底的に研究した。
何と言っても、F-16との採用競争では、実際的な現場での評価は、F-20の方が高かった位なのだ。
それはかの、ノースロック社の顧問をしていた『音速男』、チャック・エーガー氏と、試験衛士として著名な、ダグラス・コーネル氏の2人が惚れこんだ程だったのだ。
そして欧州の企業群はまず、第2世代機として十分な性能の『トーネードIDS-5A/GR.5A』を92年に開発した。
しかし、問題が無い訳でも無かった。 最大の問題は、主機のRB199-Mk105の出力が低い事だった。
RBB199シリーズは、小型でありながら推力重量比が大きく、燃費も非常に良好。 それがウリのエンジンだった。
しかしながら、昨今の第2世代機用主機と比較して、やや非力な面が否めない。
ましてや、第3世代機用主機(予定)と比較すると、その出力は70%に達しない。
主機開発担当企業が目を付けたのが、米・GEアビケーティング社の開発した、F404エンジンだった。
このエンジン。 実はF/A-18C/D 『レガシーホーネット』 に搭載されている主機だ。
この改良型、F414が、F/A-18E/F 『スーパーホーネット』 に搭載されている。
RBB199シリーズの低燃費技術の供与を条件に、GEアビケーティング社からは、F414の技術提携を受ける事になったのだ。
この結果、開発された主機がRBB205-Mk104。
ドライ状態で推力57.4KN、A/B状態で92.5KNは、本家のF414には僅かに及ばぬモノの、『ユーロファイター』用に開発中のEJ200sとは、ほぼ同等の推力値を得た。
そして当初、英国単独で行っていて、後にドイツとイタリア、オランダも参加するようになった、MLUP(Mid-Life Update Programme)
そして、CSP (Capability Sustainment Programme)と。
度重なる性能向上プロジェクトでその性能を上げてゆき、今年の4月初旬、『トーネードⅡIDS-5B/GR.5B』として、生まれ変わった。
次回の総合演習では、この『トーネードⅡ』が、初見参するのだ。
「楽しみねぇ・・・ どんな機体になったのか、ワクワクするわ」
ギュゼルが嬉しそうに、顔を上気させる。
「ギュゼルって、意外と戦術機フェチなのよね・・・」
翠華が結構、失礼な事を・・・
「ちょっと、翠華? 失礼なこと、言わないでくれる? 何が 『戦術機フェチ』 よッ!?」
「でもさ。 機体の前で結構、独り言を言っているよな、ギュゼルって。 『貴方って、頼もしいわね』とか何とか」
「あ、そうそう。 あれは流石に引くわ~・・・ ヴェロニカなんて、本気で軍医に診察させろって、言っているもの」
「なっ・・・! なっ・・・! なぁっ・・・!?」
ギュゼル、顔が真っ赤だぞ?
「わっ! 私はっ! 機体を信頼しているからっ! だから、自然に信頼の言葉も出てくるのよっ!」
「俺達だって、信頼しているさ。 なぁ?」
「ええ。 でも、あそこまではねぇ・・・」
「うううぅぅぅ~・・・ 直衛! 翠華! あたなたち、こんな時に限ってぇ!!!」
うわっ! ギュゼルが爆発した! さっさと退散するに限る。
「じゃ、俺もう休むわ。 試験は無いけど、明日も訓練は有るし」
「わ、私も! 直衛! 行こ!」
良い感じでキレているギュゼルを尻目に、翠華と2人、サロンをあたふたと退散した。
1994年6月10日 1000 イングランド グロースターシャー州 グロースター 国連欧州軍・グロースター基地 第88独立戦術機甲大隊
新型が搬入されてきた。
待ちに待った、『トーネードⅡIDS-5B/GR.5B』だった。 総勢60機
我が大隊は、1個中隊が4個小隊編成の、所謂 『重戦術機甲大隊』 定数は48機。 予備機が12機(25%)
国連カラーの『ラズーリ』(地中海の蒼)で塗装されている。
(俺の、新しい剣・・・ 欧州での、新しい戦場での、愛機・・・)
開発試験の後半以降からずっと、携わってきた。
F-92系の時もそうだったが、どう言う訳かこの手の縁が、俺には多い。
しかしそれだけに、この機体の秘めたポテンシャルが、頼もしく、嬉しかった。
(よろしくな・・・ 相棒)
この機体で俺は、欧州の戦場を駆け抜けていく。 駆け抜いてやるのだ。