1994年8月14日 英国(連合王国) リヴァプール BAe本社開発部 戦術機ハンガー
眩いライトに照り返されるハンガー内で、5人の男女が真新しい機体を見上げている。
思う事は様々であろうが、その事をおくびにも出さない程度には、離れしている者達だった。
「・・・ようやく、形になりましたな」
痩身の、如何にも英国紳士然としたスーツ姿の中年男性―――英国系だ―――が、思わず言葉を漏らす。
「80年から実に14年・・・ 途中の『不幸な行き違い』が無ければ、今少し早く実現していたモノを・・」
この場の最年長である初老の紳士も、つい愚痴じみた言葉になる。
「しかし、ダービー伯、オーウェン卿。 今こうして形となったのです。 新たな欧州の刃として」
傍らの、如何にも研究者然とした40代位の男性が、2人に話しかける。
「む・・・ そうですな、Dr.ダーリング」
「ふむ。 いや、失敬。 年をとると、どうにも堪え性がな・・・」
英国紳士―――ECTSF計画常任委員・欧州連合大議会議員、準男爵アーサー・ダグラス・オーウェン卿。
初老の紳士―――英国国防省・国防政策局長・英国陸軍大将、第21代ダービー伯爵オーガスタス・スミス=スタンリー
苦笑する二人に、表情を変えぬ頑固さを持って戦術機を見上げるのは、BAe社開発部長兼ユーロファイタス社常任理事、ステファン・アレクサンダー・ダーリング博士。
いずれも、ECTSF計画開始より携わってきた。 内心の感情を露にする事を、死んでも厭う英国紳士ながら、その思いはひとしおであろう。
「後は。 どうやって他国・・・ 特にドイツとイタリアを引き戻すか、ですな」
オーウェン卿が表情を曇らせて思案する。
実際問題、英国単独では技術面でも資金面でも、些か以上に困難では有ったのだ。
「・・・スポンサーと言う側面ならば。 スペインも戻したい所だ。 それと、関心を寄せていたオーストリアもな」
ダービー伯爵の声も、答えが不明瞭な色を滲ませる。
技術面でのドイツとイタリアの再度の参加は大きい。 それに開発資金面でのスペインとオーストリア。
将来、正式採用となった暁には、これらの国々が抱える、海外生産拠点でのフル稼働を計算に入れれば。
十分に早期の部隊配備は実現可能、と計算している。
「その手法は、我が社と英国政府・・・ いえ、英国国防省国防政策局との合意がありましょう、伯爵。
その為に、彼女にご足労頂いております」
ダーリング博士が、奥に控える女性将校に眼で合図する。
ダービー伯爵とオーウェン卿の前に出てきたのは、30代後半と思しき、国連軍の軍服を身に纏った女性将校―――大佐だった。
「ふむ・・・ 技術実証機運用部隊の設立は、我々が推し進めていたものだが。
その『舞台』について、君が講釈を行うと言うのだね? ―――ヴィクトリア・ラハト国連軍大佐?」
「はっ、閣下。 どうぞ、『プリマ』達には思う様に舞って頂きますよう。 雑事は我々が。
まずは、ドイツ、そしてイタリア。 この両国へのアピールが肝要かと」
「・・・シチリア島か。
あの島は。 古き昔より、何かと絵になる舞台ではあるな」
「第2次ポエニ戦争。 紀元前3世紀後半のシラクサでは、かのアルキメデスの発明した『兵器』が、ローマ帝国を翻弄いたしました。
今次BETA大戦のシチリアは、欧州の騎士達の新しき刃が、BETA共を滅しましょう」
「ふむ・・・ 承知した。 よしなに、な。 ―――オーウェン卿?」
「後は、騎士達に刃を戦わせてみては如何かと。 ダービー伯」
「全然、同意する」
ハンガーを出て行く3人の英国紳士の後姿を見ながら、ラハト大佐は先程から一言も発しない、最後の一人に向って呟いた。
「・・・帝国も、随分と商売上手になったものだな?」
「いえ何、世界中のお歴々が鎬を削る世知辛い世の中。 我々のような無い無い尽くしの貧乏人は、隙有らば、お零れを頂戴するより外には・・・」
「ふん。 F-92の時もそうだ。 抜け目無く立ち回り、利を得る。
随分と外貨を獲得したのだろう? 中国に韓国、台湾。 そしてASEAN諸国。 ああ、中南米や中東諸国の一部にまで、売り込んでいたな」
「いえいえ。 ご本家や、『死の商人』の先達の欧州諸国に比べれば・・・」
「そして今回だ。 世界初の実戦配備第3世代機の開発ノウハウ。 随分と気前良いではないか? 先行投資か?
聞けば、ユーロファイタスのみならず。 サーグやダッスオーにまでばら撒いたらしいな?
米国メーカー共が、歯ぎしりして悔しがっていたぞ? 先に唾を付けられたとな?」
「おやおや。 まさか大佐まで、そんな与太を信じられるとは。 我々など、作ってはみたものの、果たして有用なのやら、どうなのやら。
ついては、先達の教えを請いたいと、藁にもすがる思いですなぁ・・・」
―――この狸め。
押しても引いても、掴みどころがない。 最も、情報組織の人間である以上、簡単に素を曝すなど、愚者以外の何物でもないが。
いや、そもそも、素の自分など無いのが、我々諜報の世界に生きる者だ。 自分でさえ、どれが本当で、どれが演技なのか判らない。 それでこその、諜報担当官。
「まぁ、いい。 舞台はこちらが―――国連軍統合情報部が整える」
「いや、豪気ですなぁ。 欧州軍のお歴々が、さぞ煩い事でしょうに」
「ふん。 あの戦馬鹿共など。 そちらは精々、盗み見に精を出すが良い。 その為の要員は手配済みなのだろう?」
「今頃は、風光明媚なシチリア島でゆっくり、命の洗濯をしている事でしょう」
「間違って、BETA共に命の代償を支払わんよう、注意しておけ」
「くわばら、くわばら」
ふと。 『雑事』に駆り出される部隊を思い出し、ラハト大佐は男に向かって切り出した。
「掃除部隊は、第86、第87、第88独立戦術機甲大隊から、選抜3個中隊だが。
第88には、奴が居るな?」
「―――大連の後始末を、シチリア島で、ですかな?」
「そんな姑息は使わんよ。 が、保証もせん」
「まぁ、その時は。 彼の悪運もそれまで。 そう言う事でしょう」
実際の話。 2年近く前の『仕事』で使った『小道具』など、どうでも良い。
それに、BETAとの戦いで死ぬのならば。 寧ろ感謝されるべきではないか?
「ふん・・・ 私にしたところで、只の一中尉の事など、どうでも良い。
『あの時のこと』を、口外せぬ限りな」
「まぁ、大丈夫でしょう。 尋問に当たった部下の報告では、どうやらその辺りは弁えている様子でしたな。
今回は。 純粋に衛士としての腕前を、存分に堪能させて貰いましょう。 ―――『クレイジー・デビル』には」
男の、一向に変えぬ飄々とした表情に、ラハト大佐も取り敢えず内心の鉾を収める。
口外せぬのならば、良い。 但し、心得違いをした場合は―――戦場は実に都合の良い場所だ。
「おお。 ところで、つい先日良い店を見つけまして。 大佐にもご紹介をと」
「ん? なんだ、気色悪い。 ―――どんな店だ?」
「いやいや。 これが実に美味いプディングの店でしてな。
羊の心臓のミンチに、オート麦、ハーブ、玉ねぎなどを羊の胃袋に詰めて茹でたものでして・・・」
「ッ!! 待てッ、待てッ! それは最早、料理とは言わんッ!」
「はて? スコッチ・ウィスキーとの取り合わせが、実に微妙な・・・」
「微妙ッ!? き、貴様の味覚は一体どうなっているッ!? それは―――ハギスだろうがッ!!」
しばしば、英国外交政策のえげつなさの比喩にも引き出される料理。
しかし、ヴィクトリア・ラハト大佐にとっては、英国料理を『実感』した原因でも有ったのだが・・・
いつしか相手のペースに巻き込まれ、話をうやむやにされた事に気付く。
(くそ。 相変わらず、喰えない奴だな―――鎧衣)
1994年 9月7日 1315 シチリア島 アグリジェント基地
「ったく! 忌々しいね!!」
さっきから何度聞いたか、その言葉。
プラチナブロンドの髪にアッシュブルーの瞳、北欧の『ヴァルキュリア』にして『姐御』―――ユルヴァーナ・シェールソン中尉が、何度目かの愚痴を吐いた。
「ユルヴァ。 いい加減大人しくしたら? 見た目に鬱陶しいわ」
火に油を注ぐのは、黒髪に日焼けした肌、黒い瞳のラテン系の『黒姫』―――アイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ中尉。
「何でよ!? アイダ! アンタ、頭に来ないのっ? アタシら只の後始末役か、掃除役じゃないさ!
そんなんでわざわざ、テトゥアンから呼び寄せたんかよ!? 冗談じゃないよッ!!」
とは言っても。 ただでさえ、狭く暑苦しい仮設指揮所で、うろうろと怒鳴り散らしながらやられると。 流石に鬱陶しい。
「周防。 貴方からも言っておやりなさいな。 『鬱陶しい』って」
「周防! なんだよ? アンタ、腹立たしくないのかいッ!?」
お願いだ。 お願いだから、俺に矛先を向けないでくれ。
いい加減、イライラしていたが。 でも、ここで俺まで暴発する訳にも・・・
「腹立たしいのは判りますけど、決定事項ですし。
それに今回、我々は『支援部隊』として呼ばれていますからね。 任務が地味なのは、仕方有りません。
怒るだけ、エネルギーの浪費ですよ。 シェールソン中尉」
「いい子ぶるなぁ!!」
「聞き分けないわねぇ・・・」
「それと。 したり顔で注釈つけるのなら。 少しはこっちを手伝ってもらえませんかね? ヴァレンティ中尉。 派遣隊次席指揮官なら」
さっきから俺一人で格闘している書類の山を指して、やんわり抗議する。
「先任指揮官になる為の練習、そう思いなさいな。 折角、書類仕事の練習させてあげているのに・・・」
嘘をつけ、嘘を! 最初から、自分でやる気が無かったくせに!
昼一番で俺を捕まえて。 書類を押し付けた後は、のんびりと冷たいドリンクなんか飲んでいる人が!
「あ、アタシもパス! アンタやりなよ? 後任の仕事な?」
こっちは問答無用で、理不尽な台詞をのたまうし。 って言うか。 アンタは派遣隊指揮官でしょうが! シェールソン中尉!!
実際の所。 この中では3人とも階級は同じ中尉。 職制も同じ小隊長同士だが。
シェールソン中尉は2年先任、ヴァレンティ中尉は1年先任。 俺は1年目中尉の最後任。
自然と書類仕事や、面倒臭い折衝事のお鉢が回ってくる。
お陰さまで、アグリジェント基地に派遣されて2週間。 すっかり基地の裏方―――庶務や主計、整備に通信隊、そう言った部署とは顔馴染みになったが。
で、どうして『姐御』が憤慨しているかと言うと。
先程、基地司令から通達された、俺達派遣隊―――通称『イルマリネン分遣隊』―――の、当面の任務内容だ。
当面の俺達の仕事は、カラブリア半島先端のレッジョ・ディ・カラブリア仮設基地に陣取っての、半島中部地域までのBETA掃除だ。
イオニア海に面したカタンザーロから、真西に半島を突っ切った先に有る、ティレニア海に面したラメツィアまで約30km
このラインから南へ侵入するBETAを逐次駆逐する事。 但し、司令部の『オーダー』に従って、一定数のBETAは『突破さす』事だ。
当然、1個中隊分―――12機の戦術機だけでは支えきれないから、同様の『仕事』に就いている部隊があと2個中隊、いることは居る。
では何故、そんな面倒な事をするかと言うと―――舞台環境を整える為だ。
主役のダンサーが華麗に観客の前で舞う為に、俺達脇役が舞台条件を裏で整える。
さしずめ、『戦場』と言う舞台で言うと、あちらはプリンシパルのプリマ・バレエ・ダンサー。 こっちは群舞を踊る引き立て役の、コール・ド・バレエか。
―――主役の『プリマ部隊』 その名をユーロファイタス国連派遣部隊・レインダンス中隊『レイン・ダンサーズ』
ECTSF技術実証機、ESFP(Experimental Surface Fighter Program)機の欧州各国へのアピールを目的とした、技術実証機運用部隊。 つまりは『実戦広報部隊』
無論、部隊の衛士達は、欧州連合軍―――と言うより、英国軍肝いりの、選抜された精鋭だが。
しかし、プリマに『万が一』が有ってはならない。 これが国連欧州軍と、欧州連合軍、双方の上層部の見解だった。
結果。 国連欧州軍の各独立戦術機甲大隊(80番台部隊)から、選抜で3個中隊分の戦力が『下働き』に出される事となった。
80番台部隊は、出身国が単独で欧州連合に参加できない程の弱小国出身者か、亡命難民出身者か、元の国の軍に『訳有り』で居られなくなった者が多く所属する。
―――言わば、『外人部隊』 口の悪い連中からは『掃溜め』などとも。(最も、面と向かって言う奴はいない。 再起不能になるまで締められるのは、誰しも御免だろう)
下働きさすにも、消耗さすにも、さして惜しくは無い。 そう言ったところか。
(当然、主役が危なくなったら。 代わりに死ねって事か)
あ、段々腹が立ってきたな、俺も。 姐御の事は言えんか・・・
「失礼します。 周防中尉、いらっしゃいますか?」
ひょっこり、指揮所に顔を出したのは、基地の支援任務群・武器管理隊のアルフォンソ・ラティオ少尉。 イタリア軍の将校だ。 俺より2、3歳、年上の筈。
「ああ、ここだよ。 どうした? アルフォンソ」
「頼まれていた戦術機兵装の、確認をお願いしたいのですが。 丁度つい先頃、入港しましたよ」
ああ、アグリジェント港には今日の午前中に、補給船団が入港する予定だったな。
そして支援任務群に、部隊の兵装の補充を申請していた事を思い出した。
「判った、今行くよ。 ―――と、言う訳ですので。 2人とも、自分の隊の分はお願いしますね」
「何よっ!? わざわざ、除けてたのっ!?」
「・・・芸の細かい男の子は、嫌がられるわよ? 周防」
―――もう、何とでも言ってくれ。
少々、と言う以上に指揮官の自覚を持って欲しい、2人の先任の愚痴を背に、指揮所を出る。
ラティオ少尉の運転する高機動車に乗り込み、埠頭の管理倉庫を目指す。
9月のシチリア島。
気温は30度を少し下回る位か。 晴天が続き、湿度は低く、カラッとしている。 実に過ごしやすい。
「・・・大変ですね、中尉。 いつもこう言った交渉事、やっていませんか?」
運転しながら、笑っていいのか、呆れていいのか。 そんな微妙な表情でラティオ少尉が話しかける。
「正直、得意と言う訳じゃないんだけどさ。 俺がやらなきゃ、部隊が腹ぺこで動かなくなっちまうよ。 はぁ・・・」
「ははっ! 確かに、主計将校向きじゃ、ないかもしれませんねぇ、中尉は。
でも、結構良くやってられますよ。 実際、野戦将校の中には主計―――いや、兵站業務を軽視する人も少なくないですよ」
「それは只の馬鹿。 ついでに、頼めばほいっと、補給が来ると思っているのも、大馬鹿。
兵站―――ロディスティックってのは、突き詰めれば国家規模の生産・流通管理計画なんだし。
現地部隊の補給業務は、人体で言ってみれば、毛細血管程度なんだしね」
ん? ラティオ少尉が、感心したような表情だ・・・
「へぇ~~・・・ 良く理解していますよね? 普通、訓練校じゃそこまでの兵站教育はしませんよ? いや、士官学校でもそうだ。
今、中尉が話した内容―――そう言う認識は、主計将校の上級幕僚課程での教育内容ですよ?」
「その割には、少尉は理解しているね?」
「自分は、大学で経営工学を専攻していました。 生産流通管理は、卒業論文のテーマでしたし」
ああ、成程。 確か彼は、大学卒で軍に入隊した、幹部主計将校だったな。
「僕も、別段大した理由じゃない。 受け売りさ、兄のね」
「お兄さんの?」
「うん。 兄が、日本帝国海軍の主計大尉でね。 確か、上級幕僚課程の一環で、帝国大学の経済学部に聴講生として参加していた筈だ。
その兄と以前飲んだ時に、やたらと愚痴られてね。 兵站を理解しない大馬鹿が多くて困るって・・・」
いや、本当に。 あの時の兄貴には、参った。
陸軍に比べると、まだしもアカデミックと言われる海軍でも、内実は似た様なものなのかな?
国連軍に出向になって、外から古巣を見るに。 やはり帝国軍はこの『兵站』を軽視しがちな所は、今も昔も変わらない気がする。
昔の事は、話でしか知らないが。 少なくとも国連軍や、欧州各国軍と比較すると。 やはり兵站軽視の傾向が有る。
ましてや、世界中どんな場所にさえ『アメリカ』を造る米軍など、最早別世界の存在だ。
そんな感想を話すと、ラティオ少尉が微妙な顔をする。
「いや。 欧州連合軍も、誉められたモノではありませんよ?
実際、海外展開能力―――兵站を含めて―――を有しているのは、英国だけです。
ドイツは、潜在能力は有りますが、経験が乏しい。 戦闘能力は、頼もしいですが。
フランスは、未だ海外県なんかを有していますが、何を考えているのやら・・・
スペインや、我がイタリアは・・・ 推して知るべし、です。
実際、今行っている補給船団。 この兵站計画だって、主導しているのは英国と国連軍―――合衆国軍の兵站部署の合作ですし」
「兵站が上手くいって、負けた戦は有るが。 兵站が上手くいかなくて、勝った戦は無い、か。
アメリカの頭が高くなる訳だ。 もっとも、あの企画力・調査力と計画能力、実行能力は驚嘆に値するけどね」
「だからでしょう。 『パクス・アメリカーナ』 腹の立つ言葉ですが、真実でも有ります」
そろそろ、埠頭が見えてきた。
岸壁には横付けされた船団が多数。 クレーンで大量の物資を吐き出している。
確かにこの光景。
いつ、どこで、誰が、何を、どの位必要としているか。
それを正確に把握し、生産計画に組み込み(当然、輸出入にも、国家予算にも関わる)、
実際に大量生産を行い(品質管理も行った上で)、流通計画を十全に組上げ、実際に輸送し、補給する。
政府と、各産業界、そして軍部。 それを底辺で支える市民層。
米国が背後に居れば、少なくとも兵站に関しての心配は激減する。 BETAとの正面戦闘―――戦略、戦術両面―――に専念できる。
逆にその庇護を失えば?
駄目だ。 米国以外の国は、保たない。
単独で、ここまでの兵站を為し得る国家は、あの国以外にはこの地球上には存在しない。
「・・・本音を言えば、アメリカと言う国は虫が好かない。 けど、アメリカと決別して成り立てる国が無い事も、事実だな」
「ええ。 理想論は現実逃避か、愚者の戯言ですよ、今の時代。
気に喰わなくとも、どうしようとも。 生き延びなきゃならないんですから、人類は。
その為なら、例え嫌な相手でも。 靴の底だって舐めてやりますよ。 ―――ぶん殴るのは、全てが終わってからだ」
高機動車両が、岸壁脇の倉庫の一つの前で停車する。
ただただ、馬鹿でっかいだけの、味気無い建物だ。 だが、この中の物資は俺達が戦う上で、何物にも代えがたい価値が有る。
「こちらです。 1個中隊分の戦術機の兵装装備と、機体の補充部品一式です。 ―――おおいっ! マルコ! 僕だ、アルフォンソだ!
頼んでいたヤツ、届いたんだろう?」
倉庫の中で、クリップボードと現物を確認しながら、部下に指示を出していた主計将校―――主計少尉だった―――が、振り向く。
「ああ、アルフォンソ。 ああ、確かに届いたよ。 第88大隊分遣隊。 こっちがそうだ。
ああ、中尉もご一緒でしたか。 じゃ、手間が省ける。 確認お願いします」
マルコ―――マルコ・エンツィオ主計少尉から渡された書類の束に目をやる。
一応、表紙には物資の概略が纏めてあるが。 やはり確実に一つ一つ確認する必要がある。
なんやかんやで、確認作業が終了したのは1時間後だった。
さして空調の効いていない倉庫内の事なので、かなり汗をかく。
倉庫脇の主計事務所で受領書にサインをし、輸送隊に搭載指示を出して仕事が完了。
「ご苦労様です」
マルコがレモネードを持ってきてくれた。 一口飲んで、息をつく。 この地中海の残暑の中では、実に美味い。
「1430か・・・ 中途半端な時間だな。 訓練しようにも、今からだとなぁ・・・」
「あれ? 訓練するんですか?」
アルフォンソが、おかしなことを言う、そんな表情で首を傾げる。
「ん? なんで? 変かな?」
「いえ・・・ さっき、シェールソン中尉と、ヴァレンティ中尉が。 2人連れ立って『ビーチ』の方まで・・・ 水着姿でしたよ?」
「・・・はぁ!?」
あ、あの2人・・・!!
「ああ、そう言えば。 昼過ぎかな? 他に何人か・・・
確か、パブロヴナ少尉に、リューネベルク少尉とオナスィ少尉・・・ ああ、グエルフィ少尉も居たかな?
彼女達も、『ビーチ』の方に行っていましたよ? 今日は休業日じゃなかったんですか?」
『ビーチ』と言うのは、文字通り砂浜だが。 軍港に程近い所に、ちょっとした砂浜が有って。
休業日には皆、よくここまで泳ぎにくる。
それ自体は別に良い。 そこまでどうこう言わないし、俺だって1,2度足を運んで、のんびりした事が有る。
―――っが! 断じて、本日は休業日では無いっ!!
確かに、訓練入れてはいない。 が、各自が機体の整備や、自主訓練を行う半課業日に指定していた筈だ。 羽目を外す日では、断じてないっ!!
「・・・そうか。 うん、良い事を教えてくれた。 感謝するよ、ラティオ少尉、エンツィオ少尉。 ―――俺はこれで失礼するっ!!」
―――あンの、はっちゃけ娘どもめぇ!! しかも! よりによって、中尉2人も一緒とはっ!! 断じて、許すまじっ!!
「・・・何か。 周防中尉、血相変えて出て行ったけど?」
「・・・見なかった事にしよう、アルフォンソ。
でもどうせ、シェールソン中尉にヴァレンティ中尉が相手じゃ・・・ 口では勝てないよ、周防中尉・・・」
「そうだね。 ああ、マルコ。 君が前に言っていた書籍、手に入ったよ・・・」