1994年 9月7日 1440 シチリア島 アグリジェント基地郊外 『ビーチ』
目前に、見事な花々が咲き誇っている。
ビキニ有り、ハイレグカット有り、オードソックスなセパレートにワンピース有り。 Vフロントまで有る。
色も、赤、黒、黄色に白と、淡いブルー・・・
「・・・いや、絶景だよな?」
「で、でも、ばれたら後が怖いよ?」
「なんだ? シャルル。 お子様か? お前は」
「アスカル。 君もムスリムらしくないな? いいのか?」
「エドゥアルト。 アッラーは覗き見するな、とは言ってないぞ? それとも、イエス・キリストがそう言っているのか?」
「・・・いや。 主はそんな事は、仰ってられないな」
「そろそろ、止めようよ~・・・ 見つかったら、大変だってば!」
「シャルル、うるさいぞ?」 「シャルル、これも訓練だ。 静粛索敵のな」
「・・・ほほう? 貴様等が、それほど訓練熱心とは。 ついぞ知らなかったな。
帰ったら、直属小隊長達によぉく、報告しておこうか?」
「「「 ・・・す、周防中尉・・・ 」」」
「アスカル・アブドゥッラー少尉、エドゥアルト・シュナイダー少尉、シャルル・フレッソン少尉。
今日の課業内容は、確か昨日に伝達した筈だが・・・?」
「はっ! いや、その・・・!」
最年長のアブドゥッラー少尉が、口ごもる。
他の2人も、途端に直立不動だ。
「静粛索敵訓練か? 成程。 では、今からBETAに『見つかった』後の、遅滞戦闘訓練に変更してやろうか?」
目前の花々を指さす―――何の事は無い、さぼってビーチでのんびりしている、ウチの分遣隊のはっちゃけ娘達だ。
で、残った部隊の男どもが、出歯亀に及んだと。 全く・・・
「ばらす」の一言で、3人とも顔が蒼白になる。
同じ少尉連中はまだしも、2人の中尉―――特に、姐御にバレた日には―――想像したくない。
「―――3人とも。 さっさと戻れ。 完全装備で、ランウェイ5周だ。 急げよ・・・ッ?」
その言葉で、3人が絶望的な顔になる。
何せ、この気温―――30度近い―――で、完全装備の長距離走。 3人とも、今晩の飯をまともに食えるかな?
俺だって、暑くて今はインナーランニングシャツに、ハーフ・トラウザー ―――標準BDUなんか、やってられない。
とぼとぼと、情けない後ろ姿で帰って行く出歯亀どもに苦笑しながら、もう一つの仕事に取り掛かる。
(―――全く、柄じゃないって。 どうして俺が、当直将校じみた事をやっているんだか・・・)
思わず苦笑する。 さっき帰って行った連中。 以前なら、確実に俺もあの中に居たのに。
ビーチに近づくと、はっちゃけ娘の1人が俺に気付いた。
「きゃあぁぁ~~!! 覗き見! 出歯亀ぇ~~! ・・・って、なんだ。 周防中尉じゃないですか」
・・・良い度胸だ。 感心してやる。 ウルスラ・リューネベルク少尉よ?
「えっ? ちゅ、中尉・・・!?」
「きゃ、きゃあ!」
「あら? ご鑑賞ですか? 周防中尉」
何気に焦る、ロベルタ・グエルフィ少尉。
恥ずかしいのか急にうずくまる、アグニ・オナスィ少尉。
ふてぶてしく、その豊かな胸をわざと突き出す、ソーフィア・パブロヴナ少尉。
「誰が、覗き見だ・・・ そいつらは、基地で完全装備の上、ランウェイを走らせる。
それより、今日は休業日では無い筈だが? それとも、俺の記憶違いか?」
因みに言っておこう。
ウルスラが赤のビキニ。
ソーフィアは黒のハイレグカット。
ロベルタとアグニは、黄色と白のワンピースだ。
「え~~っと・・・ いえ、何と言いますか・・・
そう! ソーフィアが! クニじゃ、海水浴なんてした事無いって言いますので! 何せ、ロシア原産なものですから!」
「・・・ウルスラ。 急に私を、売らないでくれる? 言い出したのは、貴女じゃないの」
「うん。 そうよね・・・」
「私なんか、無理やり引っ張られて・・・」
「事実は事実よ、ソーフィア。 それと。お黙り、アグニ。 嬉しそうについて来たでしょ、貴女も。
ロベルタ? 『目指せ、脱・平凡な優等生』計画は、どうしたのよっ!?」
―――頭が、痛くなってきた・・・
「・・・お前達4人。 即刻基地に戻れ。 完全装備でランウェイ2周。 その後、シュミレーター訓練で絞ってやる。 ―――急げッ!!」
「「「「 りょ、了解ですッ!! 」」」」
あたふたと、身の回りの物を持って戻って行く、はっちゃけ娘4人を見送って。
本日最大にして、最難関の仕事に取り掛かる。
「・・・で? お2人とも。 何か、言う事は・・・?」
「いやぁ~ねぇ。 まるで昔、学校に居た風紀委員兼、クラス委員長みたいよ?」
褐色の肌に、白いハイレグカットの大胆な水着が、殺人的な魅力(色気か?)を出しているヴァレンティ中尉が、そうのたまい。
「ああ、同感。 なぁ、周防? アタシら衛士は、オンとオフはちゃんと切り替えないとね? いつもいつも、扱いてばかりじゃ、身が保たないよ?」
北欧系特有の、雪のような色白の肌に黒のVフロント(何ちゅう格好ですかっ!!)の、最早これが軍人かと疑いたくなる格好の。
しかし推定サイズ93のF、のバストを。 たわわに揺らせるシェールソン中尉が、したり顔で言う。
あ、ダメだ。 頭の中で、何かがキレた音がする・・・
「・・・ちゃんと、休業日は設定してありますッ! 2人がやれ、休みが少ないだのッ! 本当は休暇なのにだのッ!
散々、課業設定にチャチャ入れてたじゃないですかッ!
大体、この前の休業日は、一昨日ですよッ!? 何考えてんですくわぁ!! 2人ともぉ!!!」
2030 アグリジェント基地 下級将校サロン
「ふぅ~~ん? それで、彼女達・・・ って、アスカルやエドゥアルトにシャルルも、へたばっていた訳なの?」
オレンジジュースをちびちび飲みながら、ミン・メイが話しかけてくる。
横に座っている、イサラ・ヴェルマーク少尉も同じく小首を傾げている。
今回の派遣要員。 実は完全に「ごちゃ混ぜ」なのだ。
俺にしたところで、小隊の部下は誰も居ない。 無論、シェールソン中尉も、ヴァレンティ中尉も同じだ。
『全小隊から、1名ずつ選出する』
大隊長が言い放った瞬間、大隊は下克上の状態になった。
何せ、休暇目前だったのだ。 誰しも、生贄に選ばれる貧乏籤は引きたくない。
他薦ばかりが飛び交う怒号と混乱の中。 まず、各小隊長(ユーティライネン少佐も含む)から3名、選出する事になった。
カードゲームで行われた『生贄選出杯』
見事、不幸な敗者となったのは、俺とシェールソン中尉に、ヴァレンティ中尉。
他の中尉と少尉連中の選出もカードだったらしいが。 選ばれた不幸な生贄は、ご承知の通りだ。
ところで、この、今回の派遣要員の中ではもっとも「良い子」の、この目の前の2人は。
今日は真面目にも機体の調整をやって、その後は軽くランニングとストレッチをしていたそうで。
ああ、ユーティライネン少佐と、アルトマイエル大尉が羨ましい。
ミン・メイは大尉直属小隊の、イサラは少佐直属小隊の所属なのだ。
まぁ、俺の所の2人、アリッサとフローラも。 素行は悪くないんだが。
しかし今日のような場合。 アリッサなら絶対にビーチへ行くだろうし。
フローラは強引に拉致されて、覗き見していただろうな。
「お陰様で・・・ 付き合った俺も、もうヘトヘト・・・ 上の2人は、1人は知能犯で手を抜く天才だし、1人は体力馬鹿だし・・・」
ヴァレンティ中尉と、シェールソン中尉の事だ。
ヴァレンティ中尉は、実に見事に手を抜く天才だ。 最も、これはある意味、指揮官の才能の一つだけど。
シェールソン中尉―――姐御の体力馬鹿ぶりには、相変わらず感心するしか無い。
「でも、律儀ですね、周防中尉も。 結局、皆と同じメニューを発破かけながらも、していたでしょう?」
綺麗に切りそろえたミディアムロングのストレートヘア。 物静かで落ち着いた印象の、「お嬢様」―――ヴェルマーク少尉が笑いながら言う。
「あ~・・・ 何かね、習慣って言うか。 日本軍に居た頃からの。
先任になって、新任を扱いていた時も。 なんか、自分だけ楽してると、落ち着かないというか。
結局、自分も同じ事、やっちゃうんだよなぁ・・・」
ビールを飲む。 しかし、何だな。 やっぱり生温いビールってのは、美味くないなぁ。
やっぱり、キンキンに冷えたヤツを、こう、きゅーっと・・・
「いつも、アリッサやフローレスが言っていますよ? 『中尉にぎゃふんって言わせたいけど、向こうが同じ内容を楽々こなすから、敵わない』って。
・・・でも。 それって、良い目標なのだと思います」
「あ~・・・ イサラ。 真面目に言われると、何だかこっちが気恥ずかしいな・・・」
「駄目ですか・・・?」
「いや、そうじゃないけど・・・」
ああ、困った。
「以前は、直衛が怒られていたんでしょう? 彼らみたいに。 急に慣れない事言われて、恥ずかしいのよ、イサラ」
「・・・そうなの?」
「ミン・メイ。 みなまで言うな・・・」
2230 アグリジェント基地 ハンガー脇
―――ふぅ。
思わずため息が漏れる。
今回の『派遣』 無事に終わらす事が出来るかな?
今の所は、平穏無事だ。 アグリジェントは、シチリア島の南西部沿岸に位置する。
イタリア半島からは完全に死角になるし、メッシーナ海峡は丁度、島の反対側だ。
だから。 シチリア島とカラブリア半島先端部を、絶対防衛線にしているイタリア軍の精鋭軍、COMFOD-1(第1軍団)が布陣している。
フォルゴーレ強襲戦術機甲師団に、フリウーリ航空急襲師団、ポッツオーロ・デル・フリウーリ機械化師団、アリエテ機械化師団。
国連軍も、ここには第22戦術機甲師団(チュニジア軍より派遣)と、第39機械化師団(アルジェリア軍より派遣)を置いている。
この島をBETAに喰われるとどうなるか。 地図を見れば一目瞭然だ―――地中海が二分されてしまう。
なにせ、シチリア海峡をはさんで対岸のチュニジアまで200km足らず。 海峡を航行する船舶は、光線属種の格好の的になってしまう。
西地中海(欧州)と、東地中海(中東)の連絡網が分断される訳だ。 そうなったら、はるばる南アフリカの喜望峰を回らないと、海上交通網は無い。
スエズ正面の戦闘が激化している現状では、幅の狭い紅海を航行する事は出来ない(アラビア半島から、光線級に狙い撃ちされる)
大西洋に面したギニア湾のナイジェリアか。 インド洋に面したソマリアか。
何にせよ、はるばるサハラ砂漠を越えるか、ナイル川の源流を下るか。 兵站路確保が困難を極める事になってしまう。
この島の防衛は、単に地中海の島嶼戦の一つでは無い。
地中海からアフリカ大陸に至る、人類の『生存圏』を確保する為の、文字通りの『絶対防衛線』なのだ。
だから。 今日の隊の連中の行動に、イラついたのかもしれない。 我ながら、余裕がない事は自覚している。
シェールソン中尉の言うとおり、オンとオフはしっかり切り替えないと。 衛士だって普通の人間だ。 ちょっとばかり、専門的な訓練を受けているだけだ。
四六時中、気張っていたら。 まず、精神が保たない・・・
「・・・判っているんだけどな・・・」
またも、溜息が出る。
「どうしたの? 溜息なんかついちゃって」
―――ヴァレンティ中尉か。
振り返ると、やはりアイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ中尉が居た。
タンクトップにハーフ・トラウザー姿。 嫌でも胸のあたりが強調されて―――いや、堪らん。
「・・・貴方、ホント、女好きね? ファビオといい勝負だわ」
「・・・非常に、心外ではありますが。 で? アイダ、貴女はまた、こんな時間にどうしたんです?」
「酔い覚まし。 ユルヴァに付き合ってね。 まったく、あの底なしの酒豪は・・・」
ああ、確かにユルヴァ―――シェールソン中尉は、酒豪と言うより底無しだ。 酒量というなら、BETAといい勝負だ。
「・・・判ってるわよ、私も、ユルヴァも。 この島の重要性はね。 私は、対岸のカラブリア州の出身だし」
―――ああ、そうだったな。
「でもね。 私達が四六時中、気張っていてもね。 下の連中が、萎縮するわ。 それは戦場ではマイナスにしかならない。
半島の戦場は、時に地獄よ。 少尉連中はまだ、そこまでの戦場を経験していないしね。
北欧の地獄を経験したユルヴァ、半島の撤退戦と間引きを経験した私、満洲の大消耗戦を経験した貴方。 ―――3人が認識していれば、いいんじゃない?
何も、戦う前から委縮させることは無いでしょ? ま、貴方が一生懸命、サポートに徹している事は、私もユルヴァも評価しているし。
誰か1人は、そうやって憎まれ役が必要なのよ。 飴と鞭ね」
「―――言う事は判りましたよ。 ま、俺もちょっとばかり、焦っていましたけど。
がっ! 今日みたいな事は、勘弁して下さいよ・・・ 流石にこれ以上、鬼だの悪魔だの、言われたくありませんよ・・・」
「あははっ! 気にしているの!? そんなの、気にしない、気にしない!
貴方が鬼や悪魔に見えるほど、戦場じゃ、BETAが可愛く見えるんだから。 連中にとっては」
もう・・・ どうにでも、して下さい・・・
「それにね。 貴方の小隊、実際に訓練成績は良いでしょう? しっかりオンとオフが出来ている証拠よ。
ま、半分はギュゼルのお蔭なのかもしれないけど?」
「言ってくれますね。 じゃ、帰還したらアイダ、また貴方の小隊を、対抗戦でボコボコにしてあげますよ」
「うわっ! 根性悪っ! ・・・ま、そう言う事だから。 しばらくはこの調子でいくわ。 ユルヴァも、そのつもりだって」
「・・・了解。 んじゃ、俺はそろそろ引き上げます。 アイダも、早く休んだ方がいいですよ?」
「そうね、そうするわ。 ・・・あ、サロンには近づかない方がいいわよ?
今、ユルヴァに捕まったら、明日は完全に2日酔いよ」
うわっ! 大トラ状態かよ・・・
「了解です。 それじゃ」
「ん。 おやすみ~」
昼の灼熱を、夜気が冷やして。 ほのかに甘い空気が漂う。 海風が心地よい。 官能的な、地中海の夜だ。
さて。 今回はできれば、普通に任務をやり終えて。 平穏無事に帰隊したいものだ。
(毎度、毎度。 大事は勘弁してほしいよ・・・)
宗教に関しては、全くの不信心者である俺は。 居るのか居ないのかわからぬ、神様だか仏様だかに、内心で愚痴っていた。