1994年9月10日 2200 シチリア島 タオルミーナ
簡易大型野戦テントの中に、20数人の男女が忙しく動いている。
見ると、いずれも欧州では珍しい、極東アジア系の顔立ちだった。
1人の男が、テントをくぐる。 野戦服では無い、サファリシャツにハーフ・トラウザーとブッシュハット。 どう見ても、戦場付近に居る姿では無かった。
「おやおや。 皆さん、遅くまでご苦労様ですなぁ」
見かけと同様、飄々とした、或いは人を喰ったような口ぶり。 しかしそれに一々反応する者はいない。
「ああ、貴方か。 ま、そうだろうさ。 何せ欧州の第3世代戦術機、そのECTSF技術実証機のデモンストレーションを真近で見れた訳だからね。
まぁ、私らより彼等の方が、興奮しているが」
そう言ってテントの奥を指したのは、30代前の女性である。 彼女もまた、サファリシャツを着用している―――いや、テント内の全員がそうだった。
「そうでしょうねぇ・・・ 何せ、欧州は陸軍大国ですから。 寧ろ海軍に関しては、我が国は既に追い抜いておりますからなぁ」
全てでは無いが、事実でも有る。
技術実証機運用部隊の「デモンストレーション」を盗み見している彼等にとって、今日の成果は所属する組織の違いで、その印象の大小が大きく違ったのだ。
「まあ、私達は私達で、有用な情報を得てはいるさ。 何せ特等席での戦場観察だ、今度ばかりは情報省様々だね」
「おお、美人にそう言って頂けますと、骨を折った甲斐も有るというものです。
いやはや、欧州と言う所はこれでいてなかなか、腹芸の細かい土地柄でしてね。
私のような小心者には、本当に気が休まる暇も無く・・・」
「なら、全ての日本人にとって同じ事でしょうね―――鎧衣さん」
「おお、それは激しく誤解ですよ、千早孝美少佐。
帝国海軍戦術機部隊の華である貴女に、そのような誤解を・・・ これも、私の不詳と致すところでしょうか」
―――ふんっ、白々しい男ねっ!
帝国海軍・千早孝美少佐は、目の前で大げさに嘆いて見せる男に内心で毒づいた。
第一、情報省の人間が、人並みの神経な筈がないでしょう!? 彼等は神経がワイヤーロープか、そもそも根本から抜け落ちているか、どちらかなのだからっ!
その時、2人の男が新たにテントに入って来た。
「いやぁ、ホンマ、ええモン見せてもろうたなぁ。 鎧衣さん、おおきになぁ!」
「そうですな。 我々としても、非常に有意義なデータが収集できた。
本国配備のままでは、コンバット・プルーフされませんしね」
「ああ、これは淵田中佐に荒蒔少佐。 それは宜しい事で。 『舞台』は明日も開演するそうですので、存分に楽しんでいって下さい。
―――では、私は少々野暮用がありますので、ちょっと失礼します」
鎧衣―――と、呼ばれた男を見送った後。 3人の男女は軍人の顔に戻って話し始めた。
「やっぱり、欧州連合はあの機体、陸軍向けにするんやろうなぁ」
淵田三津夫海軍中佐が、お茶を啜りながら呟く。
「海軍戦術機にしては、格闘戦能力に寄り過ぎている機体設計でしたね。 制圧火力の保有キャパシティも少ないですし」
上官の独り言に、千早孝美海軍少佐が律儀に答え。
「まぁ、欧州の場合。 ハイブは殆ど全てが、海軍戦術機の作戦行動範囲外の、内陸に位置しますからね。 海軍戦術機は現行のF-4Eでも十分と判断したのでしょう」
陸軍から見た印象を、荒蒔義嗣陸軍少佐が答える。
―――日本帝国国防省派遣、技術実証機視察団。
情報省が「骨折り」をして、内密に国連統合情報部(UN-JID)に橋渡しと仲介をし、実現した「盗み見集団」(命名は、淵田中佐だった)
今このテントに居る者たちは、全てが帝国陸海軍の軍人。 戦術機乗りの衛士に、技術廠の戦術機関係の技術士官、そして戦術機行政担当将校達だった。
「なぁ、荒蒔君。 あの機体は陸サンから見て、どないなもんかね? 海軍から見れば、今、千早君が言うた通りなんやけど」
淵田中佐が、相変わらずの関西弁丸出しで質問する。
その海軍士官らしからぬ、ある意味親しみを感じつつ、荒蒔少佐は考えを纏めながら発言する。
「陸軍の観点から見れば、見るべき所が多い。 これは確かです。
殊に、その設計余裕。 94式は優秀な機体ですが、軍の過大要求をメーカー側で全て飲み込もうとした結果、全く発展余裕の無い機体になってしまった。
―――少なくとも、帝国の技術力では、早急な改善は不可能な程に」
事実だった。
開発を担当した河崎、光菱、富嶽3社は、陸軍の要求スケジュールと仕様を満足させはしたが。
反面、余りに突き詰めた機体設計は、将来的な発展余裕を奪っていた。
「もし。 94式に発展の余地を与えるとすれば。 外国の技術―――特に主機周りや跳躍ユニット、そしてアビオニクス。
この主要部分の技術は、不可欠でしょう」
「でもな。 そうは言うけど、ほら、あれ、あの機体。 F/A-92E/Fやったか、『疾風弐式』か。 あの機体、主機も跳躍ユニットも、94式より大出力なんやろ?
確か、石河嶋が開発したエンジンやったよな? 実戦でのコンバット・プルーフもできとるんやし。 それ、使えへんのか?」
「基が、米国製のパワープラントですから・・・」
―――それで、十分だろう。
荒蒔少佐の疲れた表情に、淵田中佐も千早少佐も、気の毒そうな、納得のいかなさそうな表情を浮かべる。
「・・・それを仰るなら、荒蒔さん。 そもそも戦術機自体、米国の発祥ですわ」
「千早さん、根が深いのですよ。 陸軍の国粋主義は・・・ それに、『連中』も絡み合っているとなると・・・」
『連中』の言葉に、淵田中佐も、千早少佐も眉を顰める。 海軍は何より『連中嫌い』が多い。
「アンタのトコの上司は、どない言うとるんや? なんやったら、帰国してからでも、ワシの方からそれとなく、話しつけよか?」
「いえ、ご心配無く。 巌谷中佐も、私と同意見の方ですから」
陸軍技術廠・第壱開発局・第壱部副部長の巌谷榮二陸軍中佐は、斯衛出身の陸軍将校にあって、その見識の広さには定評のある人物だった。
「・・・それに、近接格闘戦のみ希求した設計でない所も、希望が持てます。 94式はあのような中距離砲撃戦仕様には出来ませんが。
あの機体から、やり様によっては改修出来た場合のバリエーションに、もっと幅をもたせられる可能性も確認できました」
―――それには、今の機体を全面的に弄り倒すか。 それとも、それこそ外国の技術導入するしか、あらへんねやけどなぁ・・・
無理をして笑みを浮かべる荒蒔少佐を、些か気の毒に思いながら。 淵田中佐は海軍の検討項目をチェックし始めた。
―――ま、ワシらも人の事は言われへんか。 未だに海軍戦術機に近接格闘戦能力を第一に付与せよ、なんぞ。 訳の判らん事抜かしよる馬鹿者も、おるさかいな・・・
対岸のカラブリア半島では、未だに間引き攻撃が断続的に継続されている。
―――欧州のBETAは、元気者やなぁ・・・
些か場違いな感想を抱きつつ、淵田中佐は検討事項の整理に没頭し始めた。
2230 レッジョ・ディ・カラブリア仮設基地
「全く・・・ 散々な目にあったよ」
姐御―――シェールソン中尉が大きく嘆息する。
「貴方がもう少し早く、来てくれていればねぇ・・・」
恨みがましい眼は、ヴァレンティ中尉―――黒姫だ。
「勘弁して下さいよ。 こっちだって遊んでいた訳じゃないんだ。 あれでも、A/B全開でふっ飛ばしてきたんですから。
お陰で後半戦は推進剤不足で。 噴射跳躍制限、かけなきゃいけなくなったんですよ?」
俺も思わず、2人に愚痴交じりに反論する。
仮設基地の下級将校用の居住区。 中尉・少尉は3人、4人で1部屋だ。
今日の戦闘。 一つ一つは、特に大事にはならなかった。 精々が大隊規模。 下手をすると中隊規模のBETA群を『間引く』
海上を遊弋する艦隊と、前面に展開したイタリア軍第3戦術機甲師団『トリデンティナ』が、実に効率よく『削って』順送りしてくれたお陰だ。
しかし反面、細かい群に分かれられた為に、向こうが終われば、次はあっち、その次はこっちと。
それこそ、息つく暇も無く駆け回らねばならなかった。
姐御と「黒姫」がムクれているのは、そうした中で偶々、2個大隊規模のBETA群を、ホワイト、ブラックの2個小隊で相手取らねばならない状況が発生したからだ。
衛士の損失は出なかったが、姐御のホワイトは2機、黒姫のブラックで1機、完全に主機・跳躍ユニット周りがオシャカになった機体が出た。
明日以降は予備機で出撃するが、その予備機自体があと1機しか残っていない。
初日の損害にしてみれば、これは些か大きい。
「ロベルタとアグニ、それにイサラは大丈夫なんですか? 精神的に・・・」
気になる事を質問する。 機体はなんとか帰還出来ても。 衛士の精神状態はどうなのか。
ロベルタとアグニ、そしてイサラは戦車級に集られた。 あの恐怖とショックは、初めての場合は少々深刻なストレスにもなりかねない。
「今は落ち着いているけど。 いざとなったら、明日は後催眠暗示と薬物投与を行うよ。
・・・出来れば、やりたくないけどねぇ・・・」
「イサラも、戦車級に集られたのは初めてなのよね。 ちょっと、不安と言えば不安よ」
2人の小隊長も、心配顔だった。
「でね。 周防、アンタにお願いが有るんだけどさぁ・・・」
「お断りします」
「何でよッ!?」
「抱けって言うんでしょッ!? ロベルタかアグニを」
「何だ、判ってンじゃない。 なら話が早いわ」
―――あのなぁ・・・
「あの2人、処女でしょうが! 勘弁して下さいよ・・・ それに、俺の体は一つです」
「判った! 抱かなくていいっ! でも、抱きしめてやりな。 特にロベルタ。 あの娘の方が酷い状況なんだ」
「はぁ・・・ 後々のフォローは、頼みます。 じゃ、行ってきます・・・」
「イサラは、私が慰めておくわよ」
「黒姫」―――ヴァレンティ中尉が後ろから声をかける。
―――できれば、ロベルタもそうして欲しいんだけどな。
まぁ、俺の指揮下のパープルの3人は、少尉のなかでも先任だから。 それになりに経験も実績も積んでいる。これは心配無い。
ブラックのアスカル、それにミン・メイも同様だ。 ホワイトのシャルルは結構、安定している。
しかし問題は、ホワイトのロベルタとアグニ、そしてブラックのイサラ。 今日、戦車級に機体を齧られた3人。
この3人の精神状態が最も懸念される。
と言う訳で。
イサラは隊長の黒姫―――アイダが。
アグニも隊長の姐御―――ユルヴァが。
ロベルタは―――俺が。
それぞれ「担当」する事になった。
アイダはそれこそ、男も女もOKの人だし。
アグニは子供っぽい面が有る分、姐御は適任だ。
残るは・・・俺がロベルタの担当しか選択肢が無い。
どこでするのかって? ―――そこいらの繁みを覗いてみな。
「ロベルタ・・・ 居るか?」
ホワイトの部屋を覗く―――居た。 同じ部屋のシャルルが、心配そうな顔でこっちを振り向く。
「あ・・・ 周防中尉。 えっと・・・ 彼女、さっきから何だか・・・」
「シャルル、こっちに・・・」
シャルルを部屋の外に呼び出す。
「な、何でしょう?」
「いいか? 俺は今から『カウンセリング』をする。 お前、今晩は俺の部屋へ行け。
―――狭っ苦しいが、我慢してくれ。 いいな?」
「は、はい。 って、狭いって?」
「3人用に6人詰め込むからさ―――ほら、行った、行った」
未だ要領を得ないシャルルを強引に追い出して、部屋の中に入る。
ロベルタがベッドに座り込んで、膝を抱えて震えている。 どこかで見た気がする光景だ。
(―――ああ、そうか。 確か、翠華もこんな風に、震えていたな)
「―――ロベルタ? 隣、座るぞ?」
横に腰を落とす。 震えている彼女の横顔を見る。
セミショートの真っ直ぐなライトブラウンの髪、色白の肌、真面目な性格を印象付ける、アンダーリムタイプの眼鏡。
さっきから唇が小刻みに戦慄いている。
「す・・・ すおう・・・中尉?」
顔色が真っ青だ。 目の焦点も怪しい。 ―――こりゃ、重症だな・・・
「怖かったか?」
それだけ尋ねる。 こくん、と。 頷くだけで、言葉が出ないようだ。
「だろうな。 あれは、誰でも怖い。 俺だって、未だに怖いよ。 いっそ、大声で泣き喚きたくなるな・・・」
まだ、顔は伏せたままか。
「だから、ロベルタ。 お前が怖がった事も。 今、震えている事も。 誰も、責やしない。 そうなって当然なんだから」
ロベルタの肩が、ぴくっ、と動いた。
「お前は良くやったよ。 怖くても、奴等を自力で排除しただろう? 損傷した機体を、なんとか自力で帰還もさせた。 良く頑張ったよ。
―――そして、周りを巻き込まなかった。 お前は頑張ったよ」
ロベルタが顔を上げる。 唇は戦慄いたままだが。 目には涙が溢れて来ている。
―――良し。 もう少し。 もう少し、感情を表に出すんだ、ロベルタ。
「お前の責任じゃない。 お前が集られる状況を作った、俺達指揮官の責任だ。
お前は、お前の責任を果たした。 自分の行動結果に対する責任をな・・・」
顔がくしゃくしゃになっている。 そうして、涙を流している。
「だから・・・ 怖かったって。 今も怖いって。 そう言って良いんだ。
そう言って泣いても良いんだ。 自分の中に溜め込む必要は無いんだ、ロベルタ」
「・・・うっ! ・・・ふっ、ひくっ・・・!」
「怖かったって、俺達に泣き喚いても良いんだ。 そんな思いをさせたのは、俺達だから。
ロベルタ、泣きたかったら、泣けばいいんだ。 言いたい事は、言って良いんだ。
―――俺が、許してやるから。 俺が、聞いてやるから」
「うわあっ・・・! うわああぁぁ!!!」
ロベルタが大声を張り上げ、泣き始めた。
―――そっと、頭に手をやり、引き寄せる。 途端に、俺にしがみ付いてくる。
「こっ・・・! 怖かった! 怖かったのっ! ひくっ・・・! も、もうっ! 死んじゃうんじゃ、ないかってぇ!! ・・・怖かったのぉ!!」
うん。 そうだな、怖かったな。 判るよ、ロベルタ。 本当に、怖いものな。
「でっ、でもっ! ・・・み、みんなっ がんばって、るのにっ! ・・・ひっく! わ、わたしだけっ! わたしだけぇ!!」
「うん・・・ 頑張ったな。 怖いのに、良く頑張ったな。 良くやった」
「怖かった・・・ 怖いよっ! ふえぇぇ・・・!! こわいよぉ・・・」
「今は、俺が居る・・・ 戦場じゃ、ちゃんと仲間が居てくれる・・・ ちゃんと、ロベルタの事、見ているよ。 見ててくれているよ」
―――こわいよ、こわいよ、こわいよ。
―――大丈夫。 ちゃんと傍に居る。 皆も、ちゃんと傍に居る。 ロベルタ、君の事をちゃんと見ている。
2時間近く、抱締めてやっていただろうか。
その間、ロベルタは怖い、怖いと。 泣き叫んでいたが。 その内に泣き声も収まり、怖いと言う言葉も、出なくなってきた。
―――落ち着いてきたかな?
鼻をすする音は聞こえる。 でも、さっきまで感じていた震えは、収まっている。
「ロベルタ・・・ 皆の所に帰還したら、自慢してやれ。 お前の小隊長のファビオにも、自慢してやれ。
私はこんなに、頑張ったんだって」
くすん、くすん、と。 まだ少し泣いてはいるが、俺の言葉に頷いてもいる。
「それにな。 怖いって事を知っている奴は・・・ それを知って、生き延びた奴はな。 強くなれる。
怖いって事がどう言う事か、知った奴は。 生き延びようと懸命になれる。
―――お前は、一生懸命に、生き延びようとする事が出来るんだ」
「・・・ちゅう、い・・・」
頭を引きよせ、耳元で呟く。
「だから。 お前は強くなれる。 怖いって、判ったものな? 皆そうさ。 俺も、怖いってどんなものか、知っている。 お前と一緒さ」
「いっしょ・・・? わたし、中尉と、いっしょ?」
「うん。 俺も怖くて泣いた。 怖くて喚いた。 怖くて震えた。 ―――ロベルタ、お前と一緒。
だから―――お前も、俺と一緒だよ」
「・・・怖くて、いい? 震えて、いい?」
「ん・・・ いいんだ。 それで、いい」
また、しがみ付いてきた。
でも。 今度は震えていない。 何かを確かめるように。 何かを納得さすかの様に。
それから暫く、そのままだったが。
ようやく、ロベルタが顔を上げた。
「あ~あ・・・ 涙でぐしゃぐしゃだな。 ・・・っと、済まん。 拭くモノが無いな・・・」
「・・・いいです、このままで」
そう言って、眼鏡を外して、手の甲で涙の痕を拭っている。
「中尉・・・ ありがとう、ございます・・・」
「落ち着いたか?」
「はい・・・ 少し」
少しかよ? でもま、そう言ったロベルタの顔には笑みが有った。
―――これなら、大丈夫かな?
「―――大丈夫か?」
顔を覗き込んで、確かめる。
「―――いいですか?」
「―――ん?」
「今晩だけで良いです。 ―――このままで、いいですか?」
つまり――― 一晩中、こうやって抱締めておいてくれ、と。
「・・・いいよ。 こうか?」
「・・・蒋中尉には、内緒にしますから」
「できれば、そうして欲しい・・・」
「怖いとか?」
「本気で、怖い・・・」
ぷっ! ロベルタが噴き出す。
そのうち、笑いが広がっていく。
「ほっ・・・ 本当にっ 周防中尉って、蒋中尉に弱いんですねっ・・・」
「・・・悪いか?」
「い、いいえっ! ・・・くくくっ」
―――そんなに、笑う事かぁ?
釈然としない。 いつの間にか、笑いだしたロベルタを抱締めながら。 本当に、釈然としなかった。
1994年9月11日 0520 レッジョ・ディ・カラブリア仮設基地
起床時間の直前に、そっと部屋を出た。
ロベルタは未だ、眠っている。 起さない方が良いだろう。 もう少しだけ、寝かしておいてやろう。
「ふあ~・・・ぁ・・・」
大きく伸びをする。 朝焼けが綺麗だ。 とても地獄のような、BETAとの滅ぼし合いが続いているとは思えない程に。
ふと、人の気配に気づく。
「やっ、周防。 ご苦労さん」
「その顔じゃ、上手くいったみたいね」
ユルヴァとアイダ。 はん、2人とも。
「その顔じゃ、そっちも上手くいったようで」
「ま、ね。 宥めすかすのに、えらく気を使ったよ」
「イサラは、素直な子だから」
―――ふぅ、良かった。 正直、後催眠暗示や薬物投与は、指揮官としてやりたくないしな。
「んで? どうだったのよ?」
「そうそう。 あの堅物のロベルタを。 どうやって落としたのよ?」
人聞きの悪い。
「落としたって・・・ 別に、そんな事してやいませんよ。 普通に、カウンセリングしただけですって」
「普通に?」
「はい」
「貴方が?」
「はい」
「「・・・嘘っ!?」」
「・・・人を、何だと思っているんですか?」
「「・・・ケダモノ?」」
―――くっ! こ、この、人の苦労を何だと・・・!!
「あ~あ、残念。 折角、翠華に美味しい土産話、出来るかと期待したのにな」
「全くだよ。 周防、あんた最近、溜まって無いのかい?」
―――けたけたけた。
笑いながら部屋に向かう先任2人。
(―――そうだよ。 そうだったよ。 翠華を唆して楽しむ筆頭は、アンタ達だって事、忘れてたよっ!!)
少佐と大尉達を除く、9人の小隊長達。
オベール中尉と趙中尉は、そもそもが真面目で、理性派の筆頭だ(ついでに美人の筆頭だ)
圭介、久賀、ファビオの馬鹿3人衆は、俺で遊んでも、翠華では遊ばない。
もう一人の小隊長、ケン・ヴィーターゼン中尉は、生真面目なドイツ人の見本のような奴だ。
忘れてた。 ユルヴァーナ・シェールソンと、アイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ。
この2人こそが、今の俺の『天敵』だと言う事をっ!!
「~~~~ッ! ユルヴァ! アイダ! 覚えてろよぉ!!」