1994年9月11日 1155 ラメツィア海岸線より6km 第88大隊派遣戦術機甲中隊
陽光がきつい。
最早、荒野しか残っていない大地。 太陽の陽に照らされ続け、白っぽい砂埃を上げて視界を遮る。
「ブラック! そっちにBETA群抜けた! 600!」
『こちらホワイト! ブラック、パープル! 前面にBETA群、大隊規模! チクショウ、また波状攻撃だよっ!!』
『こちらブラック! ホワイト、パープル、手伝って! 手が回らないわっ!』
『くそっ! 前線はどうなったんだいっ!?』
「さっきの確認情報じゃ、第3戦術機甲(「トリデンティナ」)の第8アルピーニ戦術機甲連隊が半壊! 東部戦区のサン・ジョバンニ・イン・フィオーレを抜かれた!
第3アルピーニ戦術機甲連隊がパオラとコゼンツァの間で戦線を支えているけど、正直ヤバい!」
『増援はっ!?』
『第5アルピーニ戦術機甲連隊の2個中隊! ヴィーボ・ヴァレンティアから、こっちとカタンザーロに北上中!
カタンザーロにはレッド、ブルー、イエロー(第86大隊分遣中隊)が移動開始!
第8アルピーニ戦術機甲連隊の残存兵力も、カタンザーロに後退中よっ!』
「戦線に前後差が出来る! コゼンツァの戦線が東から横腹を突かれますっ! 第3アルピーニが拙いっ!」
今日の朝から始まったBETA群の再侵攻。
1000頃までは、昨日と同じだった。 精々大隊規模のBETA群が、時間を空けて五月雨式に来襲してきた。
その状況が変わったのが、1030頃。
全体規模が旅団規模以上に変化し、同時に多方面への同時波状侵攻になったのだ。
これに、最前線のイタリア軍第3戦術機甲師団が、対応しきれなくなった。
そしてつい先頃、東部戦区でサン・ジョバンニ・イン・フィオーレを突破された。
守備していた第8アルピーニ戦術機甲連隊は、戦力の半数を失ったのだ。
≪トロンボーンより各防衛小隊! 第3アルピーニ戦術機甲連隊がコゼンツァから後退、ラメツィアまで退がる!
各小隊は現地点を死守せよ! 繰り返す、現地点を死守せよ!≫
阿呆な内容の通信だ。 目の前にいたら、思わず殺しているかもしれない。
『―――こちら、ブラウン・リーダー、シュテルファー大尉だ。 トロンボーン、防衛小隊は、第87と第88はラメツィアへ。
第86はカタンザーロへ移動する。 中隊編成で戦闘を続行する』
≪トロンボーンより、ブラウン・リーダー! 作戦予定に変更は無いっ! 各小隊、所定防衛線を死守せよっ! 勝手に計画を乱すなッ≫
『ブラウンよりトロンボーン! 最早防衛戦は、最前線が崩壊した! 二次防衛線が小隊単位で守っていても、意味が無いっ!
これより中隊編成に直す―――第86、第88! 宜しいか!?』
『こちら第86、マクガイヤー中尉です。 シュテルファー大尉、了解しました。
第86はカタンザーロ防衛線へ急行中です』
『こちら第88、シェールソン中尉です! 第88分遣中隊、ラメツィア海岸線より6km地点で防御戦闘中!』
第86も、第87も。 当初の危惧が的中した途端、手筈通りの行動を開始した。
この辺りは流石、各地の戦場をたらい回しにされる、80番台ナンバーの各独立戦術機甲大隊の面目躍如だ。
≪トロンボーンより防衛小隊! 命令だ! 各所定地点を死守せよっ!≫
―――こいつは、あの馬鹿少佐か。
『ブラウン・リーダーよりトロンボーン。 ―――くそったれ! 繰り返す、くそったれっ! アウト!』
「―――うはっ! 大尉、男前っ!」
『やるねぇ~!』
『見習なさいよぉ? 周防!』
「はいはい・・・ って、ホワイト! そっち、要撃級!」
『ちぃ! 任せなッ!』
次から次へと、中隊規模、大隊規模のBETA群が途切れ無く襲いかかってくる。
唯一の救いは、未だに光線級が出現していない事だけ。
しかも、シチリア本島のCMFOD-1が動く気配がない。
最前線ではイタリア軍の第3戦術機甲師団が半壊したと言うのに。
分遣隊を派遣している第5戦術機甲師団も、シチリア島メッシーナ南方の、カターニアに居座ったままのようだ。
『イタリア軍は何やっているんだいっ! 国連軍だって、シチリアに展開させた2個師団が居るってのにっ!』
ホワイト小隊が、BK-57とMk-57の集中射撃で要撃級の群を一気に屠る。
しかしその後からまた、要撃級と戦車級の混成の群が、幾重にも湧き出てくる。 ―――駄目だ。 ここでは、こんな地形では、この部隊規模では、支えきれない。
『ブラックよりホワイト、パープル! こんな平坦な地形じゃ、押し止められないわ! 後方の丘陵部、あそこの斜面を利用しようっ!』
「パープル、賛成だ!」
『ホワイトだ、それしか無いね!』
各機が一気に後進噴射跳躍で、後方の丘陵部まで跳躍移動。 斜面の稜線を利用して兎に角、上方からの射角を確保する。
『Mk-57支援砲装備機! 兎に角、突撃級を狙い撃てっ! 節足部だ、奴等の足を止めなっ!
得物がBK-57の連中は要撃級! 上から57mmお見舞いしなっ! 他は小型種だよっ!
ブラック! パープル! 他には!?』
「補給コンテナッ! 兎に角、補給が欲しい! 各隊1機、後ろの集積地から分捕って来いっ!」
『イサラ! アグニと・・・ ウルスラ! 貴女達3人、取って来なさいっ! ウルスラ、先任に任すわっ!』
『了解、任されましたぁ! イサラ、アグニ! いっくよ!!』
『『 了解! 』』
3機が後方3kmの補給集積地へ向かい、NOEでふっ飛んで行く。
前方には、次第に数を増すBETA群。 彼方から西方へ、東方へ。 中隊規模から大隊規模まで。
様々な規模の、いくつもの群に分かれて、波のように次々に押し寄せてくる。
Mk-57装備の3機が、いち早く速射を開始する。 一撃でとはいかないが、それでも2,3発で突撃級の節足部を吹き飛ばし、次々に行動不能にしていく。
『BETAのこんな来襲の仕方、聞いたことあるかい? 2人とも・・・』
『私は、見た事も、聞いた事も無い。 旅団規模とか、師団規模とか。 兎に角、物量で一気に、って言うのが通り相場だわ。
今までのイタリア半島の戦訓じゃ、無かったはずよ。 ―――周防?』
「似たような形は、92年の10月から12月まで北満洲であった。 旅団規模のBETA群が、3日と空けずに来襲してきた。
お陰で極東方面の戦力が徐々にすり減っていって。 結局は93年1月の大博打に繋がった」
当時を思い出して、思わず身震いする。 あの時は、個々のBETA群を殲滅する事は十分可能だった。
しかし、損傷機の修理が間に合わず、補充も十分ではなく、予備機も徐々に減っていって。 最終的に戦線維持が困難な状況になるまで追いつめられた。
その結果が――― 一か八かの大博打、『双極作戦』だった。
要撃級が接近してきた。 こちらは標高にして100m程の優位が有る。
上からの撃ち下ろしで、57mm砲弾を要撃級の胴体後部を狙い、叩き込む。 この位置関係では、要撃級の前腕ブロックは役に立たない。
―――3機が射線を横薙ぎにしての1連射で、少なくとも60体は始末した。 赤黒い体液を撒き散らして要撃級が倒れていく。
『・・・有り得るよ。 聞いた事、あるだろ? 連中。 学習能力も、各ハイブ間の連絡も有るらしいって事』
「各ハイブ間って言うより、ピラミッド型の情報伝達系だろ?
まぁ、あれから2年近く経つ。 十分に情報は伝達しているか」
『こんな時に、補習教育の座学は無いでしょ! ああ、もう! うろちょろしないでよっ!』
残った3機が、突撃砲の36mmの掃射と、120mmキャニスターで小型種を掃討していく。
『ってことはっ! 連中、こっちを時間かけてでも、じわじわ嬲り殺しにする気だねっ!』
Mk-57が最後の突撃級を撃破し、目標を要撃級に切り替えた。 高初速砲弾が比較的軟らかい胴体部分に命中し、一気に貫通する。
胴体を射貫された要撃級が、内外の差圧変化により、内臓物を盛大にはみ出して倒れる。
「嬲り殺しか、瞬殺か知らないけどっ! 増援はっ!? 母艦戦術機部隊まで来ないって、どう言う事だ!!」
1230 メッシーナ 国連軍前進司令部
「部隊を出せないとはっ! どう言う事なのですか!? 閣下!」
通信ブースで、ヴィクトリア・ラハト大佐は思わず叫んでいた。
『どう言う事も何も。 我々は『シチリアの絶対防衛』が任務なのだよ、大佐。
パルミ=ロクリ以北は元より守備範囲外だ。 今の欧州連合軍に、防衛圏外に打って出る余力が有ると思っているのかね?』
COMFOD-1―――第1軍団長のイタリア軍中将が、わざとらしく嘆息する。
思わずその顔に、罵声を浴びけかけたくなるが。 相手は3階級も上位の、しかも将官だった。 無理な話だ。
「ではっ! せめて第5戦術機甲師団を! カターニアからならば、緊急展開にも時間は要しませんっ!」
『・・・ああ、そうだ。 実はCOMALP(緊急即応軍)から言付が有った。 『トリデンティナ(第3戦術機甲師団)の貸しは、国連本部に叩きつけてやるぞ』、だそうだ。
戦術機甲1個連隊。 丸々、無駄にすり潰されればな。 大佐、君はこの貸付返済の充ては、あるのかね?』
無意識に歯ぎしりする。 握りしめたこぶしは白くなり、爪が喰い込み、鮮血が滲み出ていた。
「・・・結構です。 イタリア陸軍の、これ以上のご協力が無くとも・・・ 『ああ、そうだ。もうひとつ』 ・・・!?」
『我が海軍よりの言付も有ったな。 『勝手に踊っていろ。 これ以上の勝手に、付き合う義理は無い』 ドイツ海軍も同じだそうだ。
―――そう言えば。 英海軍の母艦戦術機甲部隊は、お茶の時間なのかな? 姿も見えぬ』
「――ッ! 判りましたッ! 貴重なお時間を費やしてしまい、失礼しましたッ!!」
一方的に回線を切る。 将官相手に流石に拙い行為だが、どうにも我慢がならなかった。
(―――くそっ! 日和見共めっ!)
「・・・やれやれ。 案外、堪え性が無いな、あの女は」
「 ≪カナンの魔女≫ ご大層な二つ名ですが。
所詮は謀略戦でのみ、のし上って来た女。 本格的な戦場では、何の役にも立ちはしません」
軍団長の嘆息に、参謀長が蔑みの笑みを浮かべる。
「で? 海軍との連絡は付いたかな?」
「はっ イタリア=ドイツ合同艦隊司令官のジュリアーノ少将、英海軍H部隊司令官のマクライト少将。 いずれも同意を頂けました」
「国連軍は?」
「チュニジア軍(国連第22戦術機甲師団)、アルジェリア軍(国連第39機械化師団)。 共に『売女の指図で損害を出す事は断る』と」
「彼等ムスリムにとって。 ある意味、BETA並に憎悪するユダヤ女の指図など。 アッラーへの冒涜も甚だしい、そう言う事だな?」
「海軍の第521戦術機甲大隊が、しきりに出撃許可を求めておりますが?」
「作戦会議中だ」
「了解しました」
1520 ヴィーボ・ヴァレンティア
周りはBETAの死骸の山だった。 多分、外は酷い悪臭だろう。 午後の陽に照らされたBETAの死骸は、ブチ蒔かれた内臓物から湯気を立てている。
小型種の死骸など、原型をとどめない、赤黒いタールのようになって地面に染み込んでいた。
しつこく来襲するBETA群を何とか撃破し、ひと息つく。
状況が変化してから約7時間。 戦線はラメツィアから更に後方へ30kmほど下がった、ヴィーボ・ヴァレンティアまで後退していた。
1400を少し回った頃、恐れていた光線級が出現した。 しかも、重光線級まで。
この為、海岸線近くまで侵入していた艦砲射撃任務部隊が一時、沖合のレーザー照射範囲外へ避退。
地上部隊は有力な支援砲撃力を失った。
見渡す限り、BETAに浸食された起伏の少ない地形。 あっという間に、前線部隊がレーザー照射を受け、かなりの数の戦力が蒸発した。
その結果、戦線の維持が困難となり、あとはズルズルと後退し続け、ヴィーボ・ヴァレンティア付近まで下がってきていた。
今の所は、再開された海上からの艦砲射撃とAL誘導弾の支援攻撃の下で、なんとか戦線を紙一重で支えている状況だった。
「パープル・リーダーより各機、 ステータス・レポート」
『パープル2、機体はOKです。 残弾、57mm弾倉2本! 推進剤残量59%!』
『パープル3、オールグリーン! 残弾、36mm弾倉3本、120mm弾倉1本。 推進剤55%』
『パープル4、何とか無事です。 残弾、57mm弾倉1本。 推進剤58%。 中隊支援砲、そろそろカンバンですよ』
「よし。 パープル4、エドゥアルトから補給に入れ。 ソーフィア、ウルスラ、俺の順だ。
またそろそろ、湧いて来るぞ! 複合センサー、感度上げろ。 捜査範囲は各機60度。 前面に死角を作るな」
『『『 了解! 』』』
エドゥアルトのトーネードⅡが補給に入る。
今は丘陵の反対斜面を光線級に対しての盾にして、何とか防いでいる。
1km東北東の丘陵部には、ホワイトが。 西の丘陵にはブラックが。
更に東に隣接する小高い丘には、第87分遣中隊が。 それぞれ陣取っている。
『全く・・・ 戦術機で歩兵の真似するなんて、思ってもみなかったわ』
『しょうがないじゃない、ウルスラ。 盾の後ろに隠れなきゃ、レーザーであっという間に蒸発よ? 第3アルピーニ連隊の二の舞は御免だわ』
第3アルピーニ連隊は、1時間前のレーザー照射攻撃で、保有する戦術機の約4割を失っていた。
『隊長。 その第3アルピーニは?』
ウルスラが聞いて来る。
「2個中隊が北西の海岸線寄りに。 1個大隊が北東に布陣完了した。 この戦区の戦力は2個大隊強だ」
『うわっ! 寒ぅ~・・・』
全くだ。 おまけに東部戦区も似たような戦力しか残っていない。
後方は相変わらずダンマリ。 HQも状況把握が出来ていないのか、意味不明な戯言しか言ってこない。
『・・・捨てられましたね、私達』
『ソーフィア。 ハッキリ言わないでよ。 ・・・メゲるじゃない』
『事実でしょう? ウルスラ。 こんな状況なのに、艦隊は艦砲射撃だけ。 母艦戦術機部隊、いつ姿を見たっけ!?
それに、シチリア本島のCOMFOD-1も、国連軍の2個師団も全く動かないっ!
レッジョの第521戦術機甲大隊すらよっ!!』
『パルミの防衛線まで下がれば増援が来るぜ、ソーフィア、ウルスラ。 ねぇ? 中尉?』
「・・・エドゥアルト、黙れ」
『黙ってられますかっ! 俺達は捨て石にされたんだっ! ここで死ねってね!!
中尉! アンタだって判っている筈だっ! だったら、さっさと下がっちまえばいいんだよっ!!』
『ちょ! エドゥアルト!』
『ウルスラ、エドゥアルトの言う通りよ』
『ソーフィア!!』
「・・・で? パルミまで下がるか? 泣き喚いて? 判っている筈だ、エドゥアルト、ソーフィア。
今、背中見せたら。 一気に突っ込まれて死ぬぞ?」
『・・・っち!』
『逃げて死ぬのも、ここで死ぬのも、似た様なものだわ・・・』
遅滞防御戦闘をしながら、ここまで何とか下がって来た。
それを放棄したら。 何割かは防衛線に逃げ込めるが。 大半は後ろから、BETAに追い打ちをかけられて殺られる。
そして、ここで防御戦闘を続ける限り。 じわじわと嬲り殺しになるのも、事実だ。
―――八方塞りだな。
流石に、先任少尉ばかりで固めた我が小隊も。 焦燥感で耐えきれなくなって来たか。
無理も無い。 俺だって、指揮官の責務なんてモノにしがみ付いて、何とか抑えている様なものだ。
本音を言えば、エドゥアルトやソーフィアと全く同じだ。
その時、複合センサーに感が有った。 同時に彼方に砂埃が立ち、猛然とこちらに向かってくる。
「―――!! 無駄口は後回しだ! 前方2000 BETA群、約2000! 2個大隊規模だ!
パープルよりホワイト! ブラック! BETA群、パープル前面、距離2000!」
『ホワイト、確認した! 側面から支援砲撃をかけるっ! パープル、持ちこたえなよっ!?
―――第3アルピーニ! 支援を乞う!』
『こちらブラック! ALMランチャーが手に入ったわ! 1機分だけだけど、無いよりマシねっ! ―――ブラック3!』
『ブラック3、FOX01!』
AL誘導弾が10数発、白煙を上げて発射される。 一気にBETA群の上方に達し着弾。
要撃級数体と、小型種が数10体、纏めて吹き飛ばされる。
≪CPより88分遣隊! 艦隊よりのALM支援攻撃開始! 着弾10秒後!≫
海上の英艦隊からのALM支援が始まった。 戦術機部隊のお出ましが、相変わらず無い事は大いに不満だが。
まだ支援してくれるだけでも、助かっている。
丁度10秒後、数百発のALMが着弾する。
途中で後方に位置する光線級のレーザー迎撃で2割程は落とされただろうが、それでも大威力だ。 BETAが一気に激減する。
「よしっ! 防御攻撃開始! 突撃級から止めろ!」
1535 シチリア島 タオルミーナ
「・・・ホンマに、捨て石にする気ぃ、みたいやな」
「防衛線に引き込んで、四方から殲滅。 道理では有りますが、その時間を稼ぐ為に、友軍を端から見捨てるとは・・・」
「元々、国連と英国国防省、いや、英国陸軍。 そしてユーロファイタスとの密約での作戦行動です。 イタリア軍にせよ、英国海軍、ドイツ海軍にせよ。
まともに付き合って余分な損害を出す必要は無い、と言う所ですな」
システムリンクされた、戦術MAPを眺めつつ。 帝国陸海軍の熟練指揮官達が呻く。
前線部隊は四分五裂の状態だ。 辛うじて大隊以下か、中隊規模前後の部隊が、5か所ほどの点を結んで戦線を維持している。
「あの少数の戦力が、未だBETAの波に飲み込まれてへん事自体、奇跡やな」
「孤軍奮闘、力戦敢闘。 国連軍や他国軍ながら、称賛に値しますわ」
「だからこそ、悲劇だ」
1540 ヴィーボ・ヴァレンティア南方15km
元はなだらかな、緑の丘陵地帯だったその場所は。 今や限りなく平坦な、茶色の土が丸出しの荒野になっている。
要撃級の1群に差し込まれた。 戦車級もかなりの数が集まっている。
皆、集中力の持続に困難を覚え始めていたのだ。 疲労が蓄積され、精神的な重圧も大きい。 ふとした瞬間に、意識が飛びそうになる。
もう、中隊単位での戦闘は無理だった。 BETAの数が多い、来襲間隔が全くない。 小隊単位で対応するのが精一般だった。
『うわああぁぁ!!』
『っ!! ホワイト4、ダウン! シャルルが殺られましたっ!』
『ロベルタ! 穴を埋めなっ! アグニ! ぼさっとしてんじゃないよっ! 殺られるよっ!』
『 了解! 』 『 は、はいっ! 』
くそ、ホワイトが1機失ったか。 シャルルの機体が、要撃級の前腕をまともに喰らった。 管制ユニットは見るも無残だ。 ―――即死だ、あれじゃ。
10分前には、ブラックのイサラの機体がレーザー照射の直撃を喰らった。 あっという間の蒸発だった。
『隊長! 右! 要撃級20体!』
「エドゥアルト! 残弾はっ!?」
『まだ半分有りますっ! ―――喰らえッ!!』
Mk-57中隊支援砲が咆哮を上げ、要撃級を纏めて葬っていく。
その隙に、俺とソーフィアの2機が噴射滑走で側面迂回し、BK-57をBETA群の群に叩き込む。
ロベルタが4門の突撃砲の36mmを一斉に放ち、周りの戦車級を薙ぎ倒していった。
「よし、隠れろ! インターバルが終わる!」
『『『 了解! 』』』
僅かな起伏の陰に回ると同時に、レーザーが水平照射されてきた。 機体をしゃがませ、辛うじて回避する。
―――中隊残存、10機。
『周防! 87中隊は!?』
ユルヴァがしわがれた声で聞いて来る。
「東5km地点! さっき確認した、残存9機!」
『合流するっ!?』
『アイダ! その前に前方のお客さんに、お引き取り願うんだよっ! じゃないと、動けやしないよっ!』
俺もユルヴァも、アイダも。 ここ数時間の戦闘指揮で声を張り上げ続けた結果、まともに声も出なくなってきた。
レーザー照射が終わる。 よし、これで12秒稼げる。
「パープル! 出るぞっ!」
『いっそがしいなぁ! もうっ!』
『全くよっ! 何だってこんな、疲れ知らずなのよ、連中はっ!』
『超過勤務手当が良いんだろ! くそっ! 逃げ出せやしない!!』
「くっちゃべってねぇで! エドゥアルト! 左の突撃級止めろ、厄介だ! ウルスラ、掃除当番! ソーフィア、右から行け! 正面から俺が行く!」
『了解、了解、っと! そりゃあ!!』
エドゥアルトが左翼から突進してくる突撃級の脚を次々に撃ち抜き、動きを止める。
ウルスラが退避の間に集まって来た小型種を、突撃砲を乱射して掃討している。
『隊長! タイミング! 私のちょっと後!』
「OK!」
『行きますよっ!―――喰らえっ!!』
ソーフィアが要撃級の側面に57mmを撃ち込む。
要撃級が咄嗟に急速水平面旋回を開始して、ソーフィアの機体を追撃し始めたその側面へ、BK-57の57mm砲弾を左右にずらしながら速射する。
「そっちには行かせんっ!」
纏めて10数体を吹き飛ばす。
『隊長! BETA群が割れたよっ!』
ウルスラの声に、BETA群が左右に割れた事を確認―――即ち、レーザー照射が来る。
「隠れろっ!」
『『 了解! 』』 『こればっかりぃ!!』
全速で元の起伏の陰に隠れる。 ―――その時。
『っくうぅぅ!!』
『隊長!』 『シェールソン中尉!!』
―――ッ!? ユルヴァ!?
要撃級の一撃を喰らったのかっ!? ユルヴァのトーネードⅡが損傷してダウンしている!
拙い! 他の2機も動きが止まった!
『馬鹿、行けッ! アタシに適うなッ!』
『で、でもっ!』
『早く行けッ・・・! わああぁぁ!!!』 『・・・ひッ!!』 『きゃああ!!』
レーザー照射が開始された。 一瞬の間に多数の光帯が発生する。
ユルヴァとアグニの機体が、レーザー照射の直撃を受けて、瞬時に爆散した。
ロベルタの機体は・・・ レーザーが擦過したか。 動作不能状態でダウンしている。
『周防!』
「アイダ、駄目だ! 近寄れない! まだレーザー照射が続いているっ!!」
駄目だ! くそ、早く終われっ!!
『がはっ!』
不意に苦しげな声が聞こえた。 ロベルタの声だ。
ロベルタの機体は管制ユニットに、要撃級の一撃を受けて吹き飛ばされていた。
―――レーザー照射が止む。
『畜生! ロベルタぁ!』
咄嗟に真近に位置していたエドゥアルトの機体が、ロベルタ機に接近―――Mk-57の57mm砲弾を要撃級に叩き込みつつ―――損傷した機体を保持して、辛うじて退避した。
そしてまた、レーザー照射。
このままでは、ここで釘付けになって全滅する。
『周防! 駄目よ! ホワイトが全滅したわ! 7機じゃ、保たないっ!』
「アイダ?」
『あと10km! 10km後退するっ! パルミ前面まで! もう、どうしようもないわっ!』
―――くそっ! 確かにこの戦力じゃ、大波の前の砂上の楼閣にもならない!
「判った! 俺が殿軍・・・ 『私がやるっ!』 ・・・アイダ!? 無理だ! その機体じゃ!!」
『だからよっ! ・・・片肺じゃ、NOEも速度が上がらない。 12秒で照射危険範囲外まで到達できない。 ―――それに、私の方が貴方より先任。
周防! 貴方は一刻も早く後方へ! 皆を連れてっ!』
「いや・・・ しかしッ・・・!」
『―――早くしろっ! 馬鹿野郎っ!! 貴様、それでも指揮官かぁ!!』
「くそっ! 了解っ! 戻れよっ!? アイダ!! ―――各機! インターバルが始まったら・・・ 今だっ! A/Bに放り込めぇ!!」
4機のトーネードⅡが跳躍ユニットのA/Bを盛大に吹かしながら、危険低空高度ギリギリを飛び去って行く。
ロベルタの機体は、俺とエドゥアルトの機体で保持して何とか、追随していけた。
『あんたたち! もうちょっと、付き合ってよねっ!!』
アイダのトーネードⅡが、4門の突撃砲を乱射しながらBETAの群に突っ込んで行く姿が、スクリーン越しに見えた。
1625 カラブリア半島先端部付近 パルミ前面5km
パルミ前面まで辛うじて脱出した後、艦隊からの大規模艦砲射撃とALM支援攻撃が再開された。
流石に防衛線真近にもなると、支援にも熱が入るのか。
『ぜっ・・・ ぜっ・・・』
半壊した機体のコクピットから、苦悶の喘ぎが聞こえる。
「・・・アイダ、開けるぞ」
アイダのトーネードⅡ、その外部コクピット・エジェクト・スイッチを起動する。
レーザーで溶解した部分が引っ掛かるかと思ったが、少しだけ動きが鈍いだけで、通常通り開放された。
―――アイダの姿が現れた。
見るも無残だ。 右半身を焼かれている。 強化装備はすっかり溶けてしまっていた。
艶やかな浅黒い肌は、赤黒い火傷と出血で覆われている。 特に右半身は―――乳房が無い。
ラテン系そのものの、陽光のような笑みを浮かべていた美貌も。 綺麗に波打っていた艶やかな黒髪も。
髪は全て削げ落ち、顔面は右半分が骨まで露出している―――焼かれてドス黒く。
「ぜっ・・・ ひゅ・・・」
もう、喋る事も出来ない状態だった。
アイダは辛うじて、BETA群の只中から―――光線級に狙われつつも―――ここまで辿り着いた。
途中から、先に布陣した俺達6機も支援攻撃を行ったが。 いかんせん、火力が薄すぎた。 距離が遠すぎた。
あと少しと言う所で。 機体の右半分にレーザー照射を受け、そのまま墜落するように、ここまで突っ込んできたのだ。
その衝撃で、骨折も生じた。―――折れたアバラ骨が、皮膚を突き破っている。 恐らく、肺も破れているようだ。
―――野戦病院まで、保たない。 精々、保って5分・・・
今までの戦場での経験から、そう判断できた。
衛士装備のモルヒネも、化膿止めの無針注射も、抗生物質投与薬も。 何の役にも立たない状態だ。
「止め・・・ 欲しいか?」
耳元で囁く。 手を握ってやる。
「欲しかったら・・・ 手を握ってくれ」
弱々しい、とても彼女とは思えない程、弱々しい、しかし、はっきりと。―――手が、握られた。
思わず、一瞬目を瞑る。
そして、何時も持っている、M1935・ブローニングHPを確かめる。 初弾は装填済みだ。
ゆっくり、彼女の顔に近づく。―――こめかみに、銃口を当てる。
「―――アイダ、有難う。 皆、無事だ」
「・・・ひゅう ・・・ひゅ」
「貴女は―――我々の指揮官だ。 忘れません、ヴァレンティ中尉」
――――ドキュゥゥゥ・・・・・
「安らかに、してやったか?」
機体から降りた俺を待っていたのは、第87のユスーフ・カシュガリ中尉だった。
「―――ああ。 安らかだ」
最後に―――最後は、苦しませたくなかった。 これ以上、苦しんで欲しくなかった。
「周防―――将校の、戦士の作法だ。 誉ある勇者を、徒に苦しませるべきでは無い。
君の行動を、私は支持する」
「―――ああ」
彼女の魂に、平安を。―――しかし、何なのだ。 この虚脱感は。
列線に戻る。
「ユスーフ、そちらは?」
「5機。 シュテルファー大尉は今しがた、息を引き取った。 ―――カタンザーロに向かった第86は・・・ 全滅だ」
第8戦術機甲連隊の残存も、第3戦術機甲連隊の残存も。 残すところ1個中隊強といったところか。
我々、2部隊合わせて11機。 他に2個中隊ほど、28機。 合わせて39機の防衛線。
相対するBETAは、相変わらず波状攻撃を繰り返してくる。
先程、HQより連絡が有った。
シチリア本島に展開するCOMFOD-1。 そこからフォルゴーレ強襲戦術機甲師団とアリエテ機械化師団。
そしてカターニアに展開する第5戦術機甲師団『ジュリア』の3個師団が、カラブリア半島へ緊急展開を開始する。
英国艦隊は戦艦群が海岸線へ接近中で、母艦部隊は戦術機の全力発進準備中だった。
独伊合同艦隊は、半島を回ってイオニア海からメッシーナ海峡へ入りつつある。
イタリア、イギリス、ドイツ各国陸海軍の全力阻止攻撃開始まで、あと15分。 その間の最後の時間を稼げ、と。
「一番、ビンゴ・フュエルに近いのは―――君の所の4番機だったな、ユスーフ」
「そうだ。 運ばせるのか?」
「ああ。 今ならまだ、助かるかもしれん。 だが、このままここに置いておくと―――確実に死ぬ。 ロベルタは」
地面に横たわらせたロベルタを見る。
ありったけの応急キットから集めた包帯で、簡易な処置を施しただけ。
その包帯も、赤黒く染みている。 あの様子では、包帯を取ろうとすると、肉まで剥離しそうだ。
モルヒネと化膿止め、そして抗生物質投与剤。 戦場で何とか処置できる事は、その程度だ。
彼女も、中~重度の火傷と、左足の骨折。 そして打撲。 あの火傷は、放置しておくとその内にショック状態を引き起こして、死ぬ。
「判った。 部下の機体に彼女を乗せて―――メッシーナまで退避させよう」
「恩に着る」
「何。 こちらも、部下を生きて帰せる方便が出来た」
前方を見る。 まだその姿は見えないが、しかし―――
「搭乗しよう。 あと5分でBETAがやって来る」
相変わらず、胸の内の虚脱感を覚える。 しかし、今はそんな贅沢に身を浸せる余裕は無い。
「我々10機と、他に28機。 合わせて38機で10分。 果して凌ぎ切れるか」
「凌ぎ切ろう。 ここで退いたら。 先に逝った者達に、顔向けが出来なくなる」
「んっ 最早、我々の意地の問題だな。 捨て石にするならしろ。 しかし、我々は最後まで潰されはせん」
ユスーフと別れる。 手筈では、彼の部隊がまず、支援砲撃を行い。 俺の部隊が乱れたBETA群への突入を担当する。
その後は―――ただ、ただ。 力戦有るのみだ。 くそっ!
列線に戻って、集まっている生き残った『部下』達を見る。
エドゥアルト・シュナイダー少尉
ソーフィア・イリーニチナ・パブロヴナ少尉
ウルスラ・リューネベルク少尉
アスカル・カリム・アルドゥッラー少尉
ヴァン・ミン・メイ少尉
「・・・結局。 生き残ったのは先任少尉達と―――俺か。
運が無いな、お前達。 折角ここまで来たのに。―――またまた、地獄巡り確定だ」
「何、俺なんて。 故郷のミュンヘンの方が地獄でしたよ。 それに比べりゃ」
―――エドゥアルト。 何だかんだ言っても、最後までやり抜いてくれたな。
「私も。 地獄のロシアで生まれて。 地獄の難民キャンプで育って。 地獄の戦場で暮らしていますよ」
―――ソーフィア。 君もだ。
「みぃんな、地獄育ちかぁ。 いやぁ、品が無いわねぇ」
―――ウルスラ。 ムードメーカーとサポートに徹してくれた。
「その筆頭が、お前だ。 ウルスラ」
―――アスカル。 度胸がある。 的確な支援砲撃、次も頼む。
「マンダレーや満洲と変わらないよ、直衛・・・ 周防中尉」
―――ミン・メイ そうだな。 あの南満州に比べればな。 それに君は、マンダレーハイブも知っている。
―――頼もしいな。 うん、頼もしい。 だったら―――最早、軍人としての義務でも、名誉でも無い。 そんな、強制力や束縛有るものでは無い。
俺達をして、人を個人として動かすもの。 何と言うかは、人それぞれだが。
俺は、お前たちに動かされる。 お前たちは、俺に動かされるのか。―――個人の意思として。
「だったら―――もう少し、地獄巡りを楽しんでいってくれ。 搭乗開始だ」
「「「「「「 おうっ!! 」」」」」」