1994年8月16日 1535 南満州 遼寧省 瀋陽南西50km 帝国軍第14師団 第141戦術機甲連隊 第2大隊
朝から断続的に続いていたBETAの侵攻も。 ようやくの事で収拾の目処が立ってきた。
『ゲイヴォルグ・リーダーよりライトニング! ガンスリンガー! 戦線を押し上げるっ!
ウイング・スリー(鶴翼参型)! 宇賀神、ライトニングは右翼! 木伏、ガンスリンガーは左翼だ!』
『ライトニング、了解』
『ガンスリンガー、了解ですわっ!』
ゲイヴォルグ・リーダー、第2大隊長の広江直美少佐の指示に、第3中隊長(ライトニング)の宇賀神勇吾大尉、第2中隊長(ガンスリンガー)の木伏一平中尉が応答する。
≪CPよりゲイヴォルグ。 BETA残存、東10km地点。 個体数約1500 光線級は確認されません。
突撃級が少数と、要撃級100を確認。 残りは小型種です。 移動速度、約60km/h
エリアD9S、SWS-58-76からW-62-77経由で、北面からの側方打撃が可能です≫
大隊CP将校の柏崎千華子大尉が、戦況の状況説明と、戦術攻撃進路の指示を行う。
BETA群は西南西から一旦遼河を越え、そこから北上してH18・ウランバートルハイブまで戻る算段だろう。
その前に、渡河ポイント直前で捕捉できる。 1500程の小型種主体の群れならば、大隊戦力であれば、然程の手間は掛らない筈だ。
36機のF/A-92E「疾風弐型」が主機出力を上げ、地表面噴射滑走で進路を北西に取り疾走する。
そこから緩やかに迂回して、BETA群の右翼後背から一気に殲滅戦を仕掛ける手筈だった。
石河嶋重工が送り出したモンスター・パワーユニット、FJ111-IHI-132Bが咆哮を上げる。
ドライ状態で出力73.5KN、A/Bで130.5KNは、今現在、F/A-18E/FのGE-F414と並び、世界最強出力を誇る。
欧州第3世代機用主機のEJ200sでさえ、ドライで60.5KN、A/Bで108.5KNだ。
日本の第3世代機、94式「不知火」の主機である『誉二四型 NK9K-S』でも、ドライ58.5KN、A/Bで105.4KNなのだ。
『うはっ! 相変わらず、この加速と言い、パワーと言い。 暴走列車やな!』
第2中隊長の木伏中尉が、破顔しながら嬉しそうに叫ぶ。
実際、初期型のF-92Jとは『まるで別物』とまで言わしめたパワーユニットなのだ。
『・・・中隊長。 ご機嫌なのは宜しいですけど。 そろそろBETA群を捕捉します。 陣形指示を』
『ドォーって行って! ガァーってシバいて! バァーって引き上げやっ!』
『・・・ガンスリンガー02より中隊各機。 フォーメーション・アローヘッド・ワン(楔壱型)
突撃前衛が穴を開ける。 第1、第3は左右の突破口拡張戦闘。 第1、第3中隊との連携を忘れずにっ!』
『『『『『 了解!! 』』』』』
中隊長の意味不明な指示を、第2小隊長が日本語に翻訳して伝える。
『03より02。 祥子ぉ~・・・ アンタも苦労するわねぇ・・・』
『02より03。 沙雪ッ! 貴女もなに、暢気にしているのよッ!?』
『え? だって。 ≪中隊長語≫の翻訳は、祥子が一番上手だし・・・ね?』
『・・・何が、ね? よっ! 全くっ!! どいつもこいつもっ!!!』
そんな指揮官達の交信を無言で聞きつつ、部下達が嘆息する。
『ねぇ、杏。 また小隊長の機嫌が悪くなるよぉ~・・・』
『勘弁して欲しいよねぇ。 中隊長も、和泉中尉も。 判ってて、からかうんだもん・・・』
『美園、仁科。 おしゃべりはそれまで。 センサーにBETA群、感有り』
『おっとぉ・・・ でも、間宮中尉。 中尉だってボヤいていたじゃないですか』
『そうそう。 『早く周防中尉が帰って来てくれないとっ! 私は胃潰瘍で戦病死してしまいそうっ!』 って。 ・・・笑えたけど、真実ですよねぇ』
『美園・・・』
『うひゃぁ!?』
『杏。 みなまで、言いなさんな・・・』
暢気な会話をしつつも、派遣軍中の精鋭部隊と言われるだけあって、瞬く間に突撃陣形を整える。
そして、BETA群への突入寸前―――
≪CPよりゲイヴォルグ! 突入、待てっ! 南方より海軍機による戦域制圧攻撃開始ッ!≫
『何ッ!?』
大隊長が思わず南方を見やったその先に。
多数のマーヴェリックミサイルを発射した直後の海軍戦術機部隊―――F-4EJⅡ『翔鶴』の編隊、約1個大隊(戦闘飛行隊)が視認出来た。
1機当たり12発のAGM-65・マーヴェリック空対地ミサイルの一斉射撃。 都合、432発がこちらに向かってくるっ!
『くそっ! 全速後退っ! 爆発に巻き込まれるぞ!!』
『海軍は何をっ!』 『あ、アホかっ!!』
大隊全機が、一斉に後進跳躍をかけて退避する。
その直後にマーヴェリックが全段着弾した。
『―――ッ!? 何だ、この威力はっ!?』
『これがマーヴェリックかいなっ!?』
海軍機の発射した空対地ミサイルの威力が、従来とは全く異なる事に気づく。
『セイレーン01より陸軍部隊! 済まなかった、連絡不備が生じたようだ! 被害は無いかっ!?』
海軍戦術機甲部隊の指揮官から、安否の回線通信が入る。
『ゲイヴォルグ・リーダーよりセイレーン。 こちらは無事だ。
それより帰艦したら、管制調整将校を殴り倒しておいてくれ。
こっちは、私がぶん殴るっ!』
『了解、ゲイヴォルグ。 ・・・しかし、程々にな? 『満洲の女帝』にぶん殴られたら、タダじゃ済まなさそうだ』
『ふん・・・ それより、私を知っているのか? お互い、初見だと思うが?』
『この満洲で。 陸軍の広江少佐を知らない帝国軍人は、モグリだな?』
『セイレーン。 そちらも有名だが? 昨年9月の遼東湾での低空突撃は、見事だったと聞き及ぶ』
『それは先代ね。 私は当時、指揮下の中隊長だった』
『いずれにせよ、生還した猛者だな? セイレーン』
『帝国海軍少佐、長嶺公子。 見知りおいて頂きましょうか』
『帝国陸軍少佐、広江直美だ。 機会が有れば、一献。 どうかな?』
『楽しみにしておくわ。 じゃあ』
36機の『翔鶴』が機体を翻し、高速NOEで南方―――海岸線方向へ飛び去ってゆく。
遼東湾に展開した第3航空艦隊。 『雲龍』級戦術機母艦6隻から成る、強力な艦隊が展開中だった。
『隊長。 新型のテストは上々でしたね』
第3中隊長の加藤瞬大尉が、回線を繋いできた。
『トンちゃん。 ここでドジったら、それこそ目も当てられないよ? NTSF計画の目玉のひとつなんだからね』
『そうですけど。 それでも、期待しちゃいますよ』
加藤大尉が、その綽名『トンちゃん』の由来になった丸顔―――しかも、童顔だ―――を綻ばせる。
『加藤。 それこそ海軍は、この為に開発の注力を注いできたんだ。 ここで成果が出なければ、計画はとん挫するんだぞ?』
第2中隊長・鈴木裕三郎大尉が、半ば呆れ気味に同期生を諭す。
鈴木大尉と加藤大尉は、共に海兵114期。 今月、大尉に進級したばかりの青年士官たちだ。
長嶺少佐にとっては海兵時代、1号生徒(最上級生)だった頃の、4号生徒(新入生)だったのが、この二人の114期生だ。
『ま、私に言わせりゃ。 海軍戦術機に過度の格闘戦能力は不要。 今みたいな一撃離脱の瞬間制圧能力が、最も必要なんだ』
『我々の同期でも、意見は分かれますが。 母艦戦術機甲部隊の連中は、概ね同意見ですが。
基地戦術機甲部隊の連中は、近接格闘戦能力は必要だと』
鈴木大尉が、2つの意見が有ることを指摘する。
『基地隊? 誰が言っているんだ? 鈴木』
加藤大尉が、鈴木大尉を促す。
彼らの同期生は、母艦戦術機甲部隊や基地戦術機甲部隊では、飛行隊長を補佐する分隊長(中隊長)にある。
『ん・・・ 大野(大野竹義大尉)や、鴛淵(鴛淵貴那大尉)なんかがな。 ああ、1期上の笹井さん(笹井醸次大尉)も言っていたか・・・』
『ふん・・・ 嘴の黄色いひよっこが、何を賢しらかにっ! ハッキリさせりゃ、良いんでしょ! 戦果を挙げてねッ!!』
―――藪蛇だった・・・
飛行隊長の不機嫌そうになった顔を見た瞬間、2人の若い中隊長達は、内心で後悔した。
こうなったからには。 この後延々と戦術機談議に付き合わされてしまう。
海上に出る。 沖合に母艦が確認できる。 『雲龍』だ。
母艦の着艦管制指揮官から、着艦指示が入る。
部隊は緩やかに旋回を描きつつ、順次着艦態勢に入って行った。
―――誰か、他の飛行隊で生贄を宛うしか方法がないな・・・
そんな不穏な内心をもつ、2人の大尉もまた、部下の着艦を確認しつつ、最終アプローチに機体を操作していった。
1994年8月28日 副帝都・東京 霞が関 海軍軍令部本庁舎 本館第弐会議室
㊄計画実施検討会。 海軍第一五次拡張計画、その事前準備検討会も、今回で実に13回目を迎えていた。
これまで開かれた検討会において、海軍の今後の進むべき方向性。 そしてそれに伴う軍備充足の手法が討論されてきたのだ。
大筋において海軍の主目的たる、本土周辺海域、そして通商路の制海権確保の認識は、今現在の帝国海軍軍人の共通認識ではあった。
時代が、そして国家戦略が、国家と国民の存亡が、それを求めているのだ。
では、何を持って、どのようにしてその求めに応じるのか? そこで見解が分かれる。
ひとつは、「復古主義」と揶揄される大艦巨砲主義。 つまり、多数の戦艦群、イージス艦、打撃巡洋艦(当初はミサイルキャリアー艦と呼ばれていた)。
この水上打撃戦部隊をもって、その任となす。 そういう主張であった。
「つまり。 70年ほど前に全盛を迎えた英国本国艦隊や、ドイツ高海艦隊のような。
数10隻の戦艦や巡洋戦艦群を、再び。 そう言う訳かい?」
座の議長役である、軍令部の少将が尋ねる。
その確認に慌てたのが、主計局から参加していた主計大佐だ。
「まて、まて、まて。
今時、戦艦1隻建造するのに、どれ程のカネが必要だと思っている?
現状の維持でさえ、やっとなのだぞ。 その上に『紀伊』級の近代化改修も始まっている。 他の戦艦群もだ。
この上、新造艦など。 揃えられると思うのかい? 大蔵省の主計局が卒倒するぞ?」
「城内省と斯衛から分捕った予算も無限じゃないしな。 寧ろ、付け足し程度にしかならん」
国防省第3部(政策企画)から参加している参謀中佐が頷く。
「何も新造艦を、と言ってはおりません。
しかしながら、昨年9月の遼東湾。 あそこで沈んだ『陸奥』と『薩摩』 あの2艦は対レーザー防御改修を不完全のまま出撃し、沈みました。
この先、BETA、とりわけ光線級との対峙が確実視される水上打撃戦部隊としては。 最低限、主力艦全艦の対レーザー防御改修は施したい。
GF(聯合艦隊)の絶対要望です」
GFより参加している参謀中佐の言に、幾人かが唸る。
確かに、93年9月に遼東湾で沈んだ2戦艦には、レーザー蒸散塗膜装甲の改修処置が遅れた結果。 既存の装甲防御のみで出撃し、沈んでいる。
海岸線へ接近し、直接打撃戦を展開する戦艦部隊としては。 最低でも主要防御区画(ヴァイタル・パート)は最低限、レーザー蒸散塗膜装甲処置が必要だろう。
しかし、それにはかなりの予算が消費されてしまう。
「直接戦闘も無論重要ですが・・・
BETAの海底侵攻の早期発見。 島国たる我が国にとって、防衛の第1歩である早期哨戒システムの構築も、重要です」
EF(海上護衛総隊)から参加した少佐が、些か気弱そうな声で発言する。
が、その表情と声色とは反対に、これまた最重要検討課題ではあった。
―――BETAは渡海する。
85年のバトル・オブ・ブリテンで証明され、近年でも地中海の島嶼戦で確認されている。
島国と言うアドヴァンテージの当てが外れた帝国にとっては、低高度軌道偵察衛星の早期充実と共に。
海底敷設センサー群の設置と、小型・大量生産が可能な戦時急造駆逐艦・海防艦群による早期海中警戒網の確立は急務だった。
皆が唸る。
考えれば考えるほど、予算は幾ら有っても足りない。 それこそ天文学的数字の軍事予算の投入が必要になる。
しかし、帝国は必ずしも裕福とは言えない。 いや、寧ろ財政は常に、自転車操業状態なのだ。
これまでも、軍事予算捻出の為に、数多くの他の予算枠を削減・撤廃してきた。
これ以上は、流石に国民生活に支障をきたす水準に、突入しかねない・・・
「宜しいか?」
それまで無言だった、統合軍令本部より参加していた海軍大佐が発言の許可を求める。
同じ海軍とはいえ、統合軍令本部はこの場合、オブザーバーだ。 しかし・・・
「いいよ、君もまぁ、元をただせば身内だ。 それにこの場は『発言は自由たれ。 研究は自由たれ』だ。 どうぞ、周防君」
座長役の少将が快諾し、その大佐は一礼し、ホワイトボードに向かう。
「まず。 帝国は・・・ 海軍の目的は何か。 これは今まで散々討論されてきましたので割愛する。
では、その手法としての艦隊整備計画―――第一五次拡張計画。 その目的は何か?」
そう切り出し、ホワイトボードに書き込んでいく。
1.艦隊整備計画―――体制維持(防衛)/祖国防衛(攻撃)
「この二つは、同じに見えて異なる。 いや、実のところ表裏一体である。
では、この2つの目的を達成するのに必要なものは?」
2.主戦力―――母艦(CV)―――多用途性、展開性
―――戦艦(BB)―――制圧力、CV護衛
「間違いなく、この2本柱である事は疑いないでしょう」
EFの少佐から異議が上がる。
「無論、早期警戒システムを軽視する訳ではない、紺野君。 しかしそれは、拡張計画に於ける第2項、支援システム検討の項目と、僕は考える。
そして今現在は第1項、艦隊整備計画の検討なのでは、ないだろうか?」
些か不承不承、押し黙った少佐を見て、何事も無いかのように話を続ける。
2-1.母艦戦力目的―――敵勢力の殲滅。―――移動優位性、アウトレンジ能力、集中投入力。 戦術機甲部隊の発展、拡大。
2-1-1.戦術機甲戦力目的―――対地制圧力向上。 ※しかしながら、自衛手段としての近接殲滅能力向上も考慮すべき。
2-1-2.戦術機甲戦力強化―――問題:予算、人員。 方向性。
「1941年12月8日。 我が海軍は世界に先駆して、母艦戦力の優位性を証明した。 結果は忸怩たるはあるが、その事実は変わらない。
そして、その結果は半世紀後の現在でも変わらない。
水上打撃戦力の重要性は認めるが、しかしながらそれ以上に、母艦戦力は海軍力の中核である。 如何?」
一同が頷く。 戦艦戦力の拡大を主張したGFの参謀中佐もだ。
「ならば。 その整備を第1位とする事は、必定。
では、何を以ってその相互補完となすか? 無論、言わずと知れた事だ」
2-2.水上打撃戦力―――強靭性、直接攻撃力・面制圧力
2-2-1.戦艦目的―――直接制圧、CV護衛 ※繰り返しになるが、継戦において重要なる故。
2-2-2.短期目的―――対レーザー防御向上(防御)、対地制圧力向上(攻撃)
2-2-3.長期目的―――艦数維持、若しくは増加―――問題:予算、人員。
「母艦戦力の拡張、水上打撃戦力の能力向上。 これは判った。
では、どうする? 単に数を増やすだけでは、根本解決にはならんと思う」
艦政本部から参加の代将(提督勤務大佐・准将に相当)が尋ねる。
「母艦戦力の向上。 これは現在建造中の・・・ いや、就役まじかの『大鳳』級戦術機母艦2隻を以って、一応の完成となりましょう。
従来の『雲龍』級6隻、『飛龍』級2隻。 そして改装母艦の『飛鷹』級2隻と、『千歳』級2隻。
14隻有れば、母艦戦力としては必要十分。 後は、その中身となりましょう」
「・・・新型戦術機ですか?」
開発技術廠の技術中佐が、眼鏡の枠を押し上げながら尋ねる。
自分の職掌分野の事とて、聞き逃せないだろ。
「そうだ、中佐。 しかしながらこの件は、『NTSF計画』で行って貰った方がいいな? この場は、大枠を論じる場だ」
「無論。 承知しておりますよ」
「では、戦術機甲戦力の方向性は、そちらでやって貰うとして。
次は? 水上打撃戦力についてだが」
座長役である、軍令部の少将が次の議題を促こす。
「主計局としましては。 予算にも限度が有る以上、防御か攻撃か。 いずれか一方の方向性を決定の上で、予算枠の見直しを行いたい」
正論である。
帝国海軍が現在保有する戦艦群は、新旧合わせて17隻。 2隻が沈んだとはいえ、未だ保有数に於いて世界屈指である。
それはとりもなおさず、維持費に悲鳴を上げ続ける事を意味していた。
「統合軍令本部、軍令部の方針としては。 全17隻全艦の保有は不可能だ。 これはGFも承知の上と判断するが?」
座長の軍令部の少将が、GFの参謀中佐を顧みる。
「はい。 GFとて、全戦艦群を保有するだけの人員枠を確保は出来ません。
いくらかは予備艦籍への編入は必要と判断しております」
「ん・・・ では、いずれ正式に決定となるが、今のところはオフレコでな。
残すのは、紀伊級2隻、出雲級1隻、信濃級2隻、大和級2隻、穂高級2隻。 この9隻は確定だが・・・」
「駿河級。 加賀級も出来れば2隻は」
「おいおい、それじゃ、ほとんど全艦じゃないか」
たまらず、主計大佐が唸る。 いましがた、予備艦枠を内諾したと言うのに。
「加賀級3隻と、『長門』は予備艦にするよ。 悪いが、流石に老朽艦をこれ以上、近代化改修する必要性が見えないからね。
それに、駿河級の『三河』、『伊豆』も。 第3予備艦籍編入だ。 これで11隻。 悪くは無かろう? これでも米国に次ぐ。 英海軍を上回る」
「・・・GF司令部へは、その旨を伝えましょう」
事実上、GFの大艦巨砲主義派閥が折れたに等しい。
「ああ、『長門』は、暫くは練習戦艦だ。 候補生の揺り籠役をやって貰うよ。 余生はゆっくりと過ごさせてやりたい」
軍令部の少将の言葉に、GFの参謀中佐が一礼する。
永年の『姉妹』を失った老嬢にとって、慰めにはなろう。
これで大枠は決定した。 後の補助艦艇群については、拡張計画本会議で決定すべき事項だった。
「これで、粗方決まったね。 皆、長い間の検討会、ご苦労だった・・・」
1994年9月25日 横須賀 料亭「小松」
「ほんなら。 ㊄計画の目玉は母艦戦力と戦術機。 その次が戦艦群の防御力向上。 そう考えてエエんやな?」
淵田三津夫海軍大佐(9月15日進級)が、酒杯を干しながら面前の期友に確認する。
「ああ。 大枠はそれで決定したよ。 後は、貴様たちの出番だ。 俺が助力できる範囲は、ここまでだ」
同じく酒杯を傾けながら、周防直邦(なおくに)海軍大佐が答える。
今でこそ、統合軍令本部で陸・海・航宙三軍戦略を担当する、作戦局第1部の2課長(戦略情報)であるが。
以前はGFで軽巡艦長、母艦艦長を歴任してきた海上の武人だった。
「まぁ、周防。 ご苦労だった。 確かにあとは俺達の出番だ。 貴様には感謝する」
軍令部第2部の厳田穣海軍大佐が、いかにも尊大な雰囲気のままに笑みを浮かべる。
この3人は、海兵の同期生であり、海軍(軍令部、第3航空艦隊)、統合軍令部に於いて、その手腕を評価される者達だ。
「ま、後は『NTSF計画』やな。 これはこれで、荒れそうやなぁ・・・」
淵田大佐が思わず嘆息する。
「海軍戦術機甲部隊には、2つの潮流が存在する。 母艦戦術機甲部隊と、基地戦術機甲部隊がな。
まとめるのは、些か困難を覚えるが・・・」
珍しく、厳田大佐が弱気に取れる言葉を吐く。
「どうした? 厳田。 貴様らしくない。 今は楽隠居した南雲さん(軍事参議官)が1AF長官時代。
戦術機甲参謀の貴様を以ってして、『厳田艦隊』と言わしめた貴様が」
周防大佐が、面白そうに茶化す。
「おけ、周防。 あの頃とは立場も違う。 今の俺は軍令部2部、軍備担当だ。
無論、俺自身の主張は持っておるが。 それを押し通せる立場では無いな」
「あの厳田が。 えらい、おとなしゅうなったもんや・・・」
軍令部2部は、海軍全体の軍備計画を担当する。 その中には正面戦力の整備計画も含まれる。
しかしそれ故に。 より『中立性』を要求される。 現場の要望を、自身の固執で覆すなど、出来る職務では無い。
或いはそれが狙いだったのかもしれない。
―――『厳田サーカス』
海軍戦術機甲部隊に於いて、近接格闘戦能力の充足を、かねがね唱え続けてきた人物だ。
ここに居る淵田大佐が、瞬間戦域制圧力の充足を唱え続けてきた事に正対する。
しかし、それでいて仲は良いのだが。
或いは、海軍戦術機甲部隊の『主流』、『表看板』たる、母艦戦術機甲部隊指揮官、そして航空艦隊の長官、司令官たち。
こう言った連中からは、ある意味蛇蝎のごとく毛嫌いされていたのだ。
軍令部2部への『栄転』は、別の見方をすれば『左遷』とも取れる。
「・・・甥っ子からの手紙に書いてあったのだが。
欧州の第3世代戦術機は、格闘戦能力重視のようだな。 淵田、貴様は視察団だったのだから、その辺はよく見ているだろう?」
つい先日、欧州視察から帰国したばかりの淵田大佐が、同意の意を込めて頷く。
「そうやな。 母艦からの運用なんかもしとったが。 ありゃ、ほとんど『陸軍戦術機』やったわ。
ま、『母艦運用能力も付与している』程度や。 機体の各所にカーボンブレードなんか、ゴテゴテ装備しとったな。
兵装は完全に陸軍機や。 海軍の兵装・・・ 戦域制圧兵器の運用は、難しいやろな」
「その報告書は目を通した。
欧州各国は、英国を除けば元々陸軍国だ。 海軍の何たるかは、永遠に理解は出来んよ。
英国に関しても、未だ大艦巨砲主義者が牛耳っている。 ありゃ、駄目だ」
何時もの尊大さを取り戻して、厳田大佐が欧州海軍をこき下ろす。
「それはそうと。 メーカーの話だが。 河西、石河嶋、九州航空、愛知飛空。 この4社の内定は出したのか?」
周防大佐が、厳田大佐に確認する。
「ああ。 7月頃までは、歯切れが悪かったが。 8月に入ってから、逆に積極的に売り込みをかけてきたよ。
ありゃ、『摂家の変』が絡んでいるな。 どうも、御大たちが動いたらしい。
宮様も大人しくなったし、南雲や高須の馬鹿共も、煩く横槍を入れる事が無くなった」
8月上旬の、摂家の急な代替わりと、城内省政務次官辞任。 他に有力武家筋の要人の急死。
海軍部内で苦々しげに語られていた、五摂家の干渉。 これが排除されると同時に、メーカーの協力態度が一変したのだ。
「まぁ、メーカーにしても。 摂家からの圧力は無碍に出来なかったのだろう」
―――だがこれで、邪魔はいなくなったな。
周防大佐が笑いながら言う。
「―――周防。 その話だが。 動いたのは統合軍令本部長の高野さん(高野海軍大将)だ。
で、貴様はそこの1部の2課長。 貴様―――あまり、無茶はするなよ?」
厳田大佐は暗に、国内謀略戦に関わるな。 そう言っているのだ。
「心配するな。 俺は専門家じゃない。 餅は餅屋。 そっちは全部委任している」
「はぁ・・・ 物騒やな。
おお、そうや。 さっき聞きそびれたんやが、おい、周防。
貴様、『甥っ子の手紙』で、欧州の第3世代機の事、知った言うとったな? なんで貴様の『甥っ子』が知っとるんや?」
淵田大佐が、怪訝な表情で聞く。
「ん、その事か。
俺の甥・・・ 長兄の下の息子だが。 陸軍から出向で、今は国連軍に在籍していてな。 欧州軍だ。
衛士をしとる。 シチリア島の戦闘にも、参加したようだ」
「なんやと? ほんなら、あの壊滅寸前で持ちこたえきった、あの部隊かいな」
「知っているのか?」
「直接は知らん。 が、残り10機そこそこに減った状態で、最後の時間を稼ぎ切ったんが、国連軍の戦術機甲部隊やった。 その甥っ子、階級は?」
「中尉だ」
「ほんなら、最後2個残った小隊規模の部隊の、どっちかの指揮官と違ゃうやろか?
あれは、見事やったで・・・」
「そうか・・・」
酒杯を干しながら、暫く会っていない甥っ子の顔を思い出す。
―――あいつは。 昔から無茶なところのあった、ヤンチャだったが。
あの、物静かで学究肌の兄と。 朗らかで大らかな義姉と。 どこをどう取ったら、あの腕白小僧が生まれるのか。
随分と面白がったものだが。
―――直衛。 あまり、親父殿や母親を、心配さすものじゃないぞ・・・?
遥か遠い欧州に居る甥っ子に、心の中で苦言しつつ。 それでもあいつは生き残るだろうな、と。 根拠のない、直感じみた想いが脳裏をよぎった。