1994年10月10日 兵庫県西宮市 河西航空工業本社
「でしたら、菊原さん。 九州航空は、石河嶋と組むのですな?」
眼鏡に七・三分けにした髪型。 やや丸顔の温顔。 愛知飛空工業の戦術機設計部長、内原賢吾は、ゆっくり確かめるように、対面の相手に確認した。
「ええ。 先だって、海軍の技術開発廠から連絡を貰いました。
最終的には、我が社と御社のJV(Joint Venture:共同企業体)と。 石河嶋・九州航空JV。 この2つの採用競争になると」
河西航空工業・戦術機設計部長、菊原静夫は、淡々とした口調で相手に答えた。
海軍次期主力戦術機計画「NTSF計画」が立ち上がり、約1年が過ぎた。 その間、様々に紆余曲折が有った。
元来、河西にせよ、愛知にせよ。 いや、石河嶋や九州にせよ。 本来、海軍の主力戦術機開発を行える企業では無かったのだ。
技術力が無いからではない。 それは既に92式(輸出名:F-92、F/A-92)シリーズでの実績で培われている。
彼らとて、第2世代機、そして準第3世代機の開発・生産・改良を行ってきたのだ。 国内外からそれなりに高い評価も得ている。
ではなぜか?
―――今まで、大手3社の独占が続いた為だ。
光菱、富嶽、河崎。 この3社が、77式『撃震』に遡るまで、陸海軍(82年からは斯衛まで)の戦術機シェアを独占してきたのだ。
何より、この3社は本社を副帝都であり、近年、国防省移転に伴い『軍事都市』の色も強めつつある東京に本社を置く。 企業としての毛色も宜しい。
実に、軍の好みのタイプの企業群だった。
翻って、河西、愛知、石河嶋、九州は?
石河嶋は本社こそ東京ではあるが。 元来は造船業主体の企業だ。 関連企業の立川航空機を保有していたが、先の大戦以降は軍との接点を失っていた。
残る3社は、地方の地場企業だ。 大手3社を向こう回しに、軍の主力戦術機正式採用を勝ち取るには。 資本力もさることながら、何より政治力が皆無だった。
駄目だと思いつつも、河西、愛知、石河嶋、九州の4社は。 92式の生産と改良型(帝国名称「92式弐型(疾風弐型)」)の開発・生産を行い。
更には米ノースロック社が叩き売りに出していた、YF-17のパテントをも、河西と石河嶋で値切り倒して共同購入し、戦術機開発のノウハウを蓄積していった。
輸出先の各国へ話を取り付け、戦場での運用実証検討の為に、大陸や東南アジア、中東、そして一部東欧にまで足を運んだ。
先だっては、地中海戦線のシチリア島で行われた欧州第3世代機の、技術実証機運用部隊視察団へも、関係者を派遣して詳細に観察してきた。
(同行した光菱や富嶽の技術者たちからは、色々と嫌味を言われたらしいが)
自信は有った。 光菱や富嶽、河崎の開発した94式『不知火』を凌駕する戦術機を開発する自信は。
が、それでも大手3社の政治力の前には、無力であろうという達観もまた、有ったことは確かなのだ。
92式『疾風』にしても。 所詮、イレギュラーな幸運で採用されたものだ。 まともにやって、採用される見込みなど無かった。
「しかし・・・ どうやら、我々は悪運が強いようですな」
菊原がぽつりと呟く。 その呟きを耳にした内原が苦笑する。
「まぁ、時勢を味方につけるもの、実力のうちと。 そう思う事にしております、私はね」
時勢―――大手3社は、陸軍向けの第3世代戦術機、94式『不知火』を今年2月に送り出した。
本土防衛軍西部軍管区を最優先配備軍管区に指定し、順調に配備も進んでいる。
これは、大陸派遣軍への配備戦術機を、92式弐型『疾風弐型』に指定した陸軍参謀本部、兵器行政本部の殊勲だったろう。
このお陰で、国内への94式優先配備が決定し。 かつ、光菱、富嶽、河崎は従来の77式の生産ラインを、94式生産ラインへ移行する余裕が出来た。
(陽炎の生産ラインは、元より微々たるものだった)
余談だが、余剰となった77式は。 一部が練習型へ換装され、残りは東南アジア諸国へ『輸出』されている。
そして時勢とは、この配備がなされた94式の現場での運用だった。
無論、94式は優れた設計の機体であったが。 新規配備早々の機体というものは、運用していくと様々に改善要求が生じるものだ。
現に、配備部隊での評価が高い半面、その期待故に様々に改善要求が早くも上がって来ていた。
開発した3社は、この改善要求事項を解決する為に、開発時と変わらぬ多忙さを極めている。
「光菱の堀越さんが、体を壊して入院したのも。 それが一因ですな。 お気の毒な事ですが・・・」
菊原が表情を曇らせて言う。
光菱重工の戦術機設計主任・堀越次郎技師は、94式開発時から続く激務がたたり、今年の8月から体調不良で入院していた。
共に開発に携わっていた松平精一技師が、現在は代行を務めている。
「・・・光菱は、その社風故か。 軍の最大要求を何としても反映しようとしますからね。
富嶽も本来は、競争相手の光菱への対抗心から、妥協はしないようですし」
「河崎は、我が道を行く、でしょうな。 ・・・成程。 私など、望まれても堀越さんの立場には、成りたくはないな」
彼には申し訳無いが―――そう言いつつも、複雑な表情の菊原だった。
そう。 大手3社は海軍次期主力戦術機開発に、注力を注ぐ余力が無いのだった。
おまけに、斯衛と城内省が富嶽重工に内々に接触し、斯衛軍用の専用戦術機開発の話を持ちかけていると、まことしやかに囁かれている。
斯衛との折り合いが極端に悪い(最早、国内冷戦状態と言う者もいる)海軍が、この上で富嶽に話を持っていく事はないだろう。
何しろ、あの会社の初代は海軍を『放逐』された、「中島飛行機」の設立者・中島智久平元海軍機関大尉なのだ。 海軍との折り合いの悪さは、正に折り紙つきだ。
そして元来、海軍の御用達メーカーである光菱は、両手両足が塞がっている。 河崎は元々が、陸軍御用達メーカーだ。
窮余の一策として、海軍が声をかけたメーカーが。 陸軍戦術機開発での2番手グループに位置していた、今回の4社だったという事だ。
「まぁ、最大限利用させて貰いましょう。 先方さんとの勝負はどう転ぶかわかりませんが。
なに、海軍に採用されない場合でも、商売先は幾らでもありますしね」
「これまで培ってきた海外販路は、寧ろ我々の方が豊富ですからなぁ」
「いずれにせよ、次の試作機検証試験ですな。 来年初旬ですね。 それまでに出来る限りの問題個所は潰しておかないと」
来年1月20日には、各試作機の実用試験検証が、横須賀の海軍技術開発廠に付属した、追浜基地にて行われる。
まずは、この勝負に負ける訳にはいかなかった。
1994年10月15日 副帝都 東京 石河嶋重工戦術機開発部 研究開発棟会議室
乱舞した図面と格闘中の開発者の群れ。 皆、目が血走っている。
それもその筈、彼らはここ数週間、まともに帰宅すら出来ていないのだった。
よく見れば、石河嶋の作業服以外の人間も多数いた。 九州航空の人間だった。
今回、石河嶋と九州航空の2社JVで行う事になった、海軍次期主力戦術機開発。
その詰めが迫って来た為、これまで通り東京と九州で別々に作業を行っていては、非効率極まる。
そこで、JVを主導する石河嶋に、九州航空から開発部の人間を送り込んできたのだった。
「ああ! もう! ダメダメ、これじゃ、継戦能力が全然足りないでしょ!」
九州航空開発部副部長・折原津弥子博士が、長い髪を振り乱して叫ぶ。
「しかしね、折原さん。 FJ111-IHI-132Bは今現在、帝国で調達出来得る、最高のパワー・ユニットですよ?
これと同等のモノは、世界中探してもF/A-18用のGE-F414しか無い」
石河嶋重工戦術機開発部・設計主任の今河藤助技師が、横合いから異議を挟む。
「判っていますよ、そんな事は! でもねぇ、いくら世界最強級のモンスター・パワーユニットでも! 燃費悪すぎっ!
継戦時間が現行の『翔鶴』の7割に達しないなんて、冗談じゃないッ!!」
あちらこちらから、唸り声が上がる。
そう、現在世界最強級の戦闘出力を誇る、石河嶋の開発した主機・FJ111-IHI-132Bは。
その大出力故に燃費が悪い。 それは継戦時間の低下に直結する。
実際、この主機を搭載している陸軍の92式弐型や、輸出型のF/A-92E/Fもこの問題を抱えている。
帝国陸軍、及び世界各地のユーザーからの改善要求が上がって来ているのだ。
ではどうする?
出力を抑えて、燃料消費量を低減さすか? いや、それでは今回の試作機はともかく。
既に運用されている92式弐型の偏向推力機構へ送る推力が不足する。 あの大出力故の、あの高機動性なのだ。
改良型のFJ111-IHI-132Cも、思ったほどの燃費性能向上は成し得ていなかった。
「こうなると。 ドイツのMTUアエロエンジン社と昔から仲の良かった河西が、羨ましいわ・・・」
河西の戦術機主機開発部門は、ドイツ・MTUアエロエンジン社の協力で立ち上がった経緯がある。
その為、従来より欧州で生産せれてきた戦術機用主機・RBB199シリーズの技術供与も行われていると聞く。
それだけではなく、今年に入って開発された準第3世代機・トーネードⅡ用の主機・RBB205-Mk104もまた、入手していると言う。
FJ111-IHI-132シリーズには及ばぬものの。 第3世代機用主機としては十分な出力を有している。
何より。 RBBシリーズは小型で推力重量比が大きく、燃費も良好が特徴の主機だった。 まさに今、彼ら、彼女らが欲している主機だった。
「無いものは、どうしようもない。 ならせめて、他の部分で差別化すべきだ。
継戦時間の低下は、他に何か考えるしかないがね・・・」
石河嶋の戦術機開発部長・長尾慶四郎が天井を仰ぎ見ながら言う。
「他の部分ねぇ・・・ じゃ、私達が向うさんより勝る部分って・・・?」
更に2週間、開発部署は不夜城の趣を続けることとなった。
1994年10月28日 横須賀 海軍技術開発廠 追浜基地
格納庫より、可動式発射台に乗せられた誘導弾が運ばれてきた。
運用管制中隊が、最終チェックを行っている。 よく見れば一部、民間人もいる。
「大陸での試験発射は、良好だったようだよ」
技術開発廠・兵器部長の中村倉蔵海軍大佐が、傍らに控える大佐に答えた。
その大佐、軍令部2部の厳田大佐は無言で頷き、目前の誘導弾に視線を据える。
そして、多少覚えた違和感を口にした。
「・・・90式より、やや小型化しておりますな」
帝国が、いや、海軍がライセンス生産している空対地誘導弾、90式空対地ミサイル―――AGM-65・マーヴェリック空対地ミサイルより、若干小型だった。
「ああ。 90式は全長2490mm、全径350mm、弾頭重量27kgだが。
今回の試作4型空対地誘導弾は、全長2150mm、全径285mm、弾頭重量30kgになる。
が、威力は90式(マーヴェリック)より強力だ」
「小型化しつつ?」
「そうだ。 90式は成形弾頭と衝撃信管の組み合わせだったが。 試作4型は弾頭が成形/サーモバリック複合弾頭。 信管は衝撃/遅延信管の複合信管だ」
「つまり?」
「着弾と同時に、衝撃信管が成形弾頭部を起爆さす。 そしてメタル・ジェットを生成させて装甲を溶解射貫させる。
その直後に遅延信管が作動。 開けた穴に、サーモバリック爆薬が入り込んで炸裂する。
今まで、直撃でも仕留めきれない場合が多かった突撃級BETAにも有効だ」
「そうでしょうか?」
「厳田君。 柔らかい内臓物をサーモバリックの複合爆共鳴爆発で、ズタズタにされて平気なBETAはおらんよ」
「確かに」
―――ふん、判っていて、この態度か。 この男は相変わらずだな。
内心で厳田大佐を毛嫌いしている中村大佐は、心の中で罵りつつ、口には異なる言葉を出す。
「そう言う訳だ。 ここは是非とも軍令部2部には、正当評価を成して貰いたいものだな」
そんな中島大佐の内心などどこ吹く風。 厳田大佐は目前の誘導弾を眺めつつ、ふと思い立った事を口にする。
「そう言えば。 この試作4型の開発は光菱の兵器開発部ですが。 陸軍向けにも、面白いモノを作ったとか?」
「・・・ああ、よく知っているな。 そうだ、米陸軍が開発したAGM-144N・ヘルファイアⅡ。 あれの小型版を試作したらしい。
戦術機だけでなく、攻撃ヘリや装甲車両にも搭載できる。 それこそ、ハンヴィー(高機動多用途装輪車両。 M998四輪駆動軽汎用車)なんかにもな。
セミアクティブレーザー誘導だから、「撃ちっ放し」能力(Fire-and-forget)もある。
こちらも弾頭と信管は同じ方式だからな。 歩兵用の携帯型陸上発射システム (Portable Ground Launch System)でも、突撃級でさえ仕留められる」
―――ふむ。 何も、フェニックスに依存せずとも、方策は有るか。
厳田大佐が考えていたのは、目前の試作誘導弾の性能では無く。 別の、海軍兵器行政上の問題であった。
米海軍。 いや、米議会がフェニックスのライセンス生産に難色を示している。
陸軍の戦術機。 92式の時のトラウマだな。 全く、余計な事をしてくれたと随分恨んだが。
まあいい。 ここには面白いモノが転がっている。
NTSF計画の正式採用がどちらになるか知らんが。 随分と面白いオモチャが出来そうじゃないか?
1994年11月10日 2330 副帝都 東京 帝国電機工業 開発第2会議室
「いや、問題は。 その双方の性能を有する機体を制御するには、従来の統合制御システムじゃ、処理が追いつかないってことですよ」
開発部の1室で、若手の開発部員が問題点を提示する。
今回のNTSF計画計画。 帝国電機工業は、戦術機用統合制御システムの新規開発を担当していた。
こちらは、2つのJVどちらに与して、では無く。 光菱電機との競争になっている。
今問題になっているのは、海軍が示した要求仕様。
『戦域制圧機』 そして 『近接格闘戦機』 双方の性能を満たすように、統合制御システムを開発せよ。
何とも無茶苦茶な要求だった。
異なる特徴を有する仕様は。 それ故に異なる演算処理を要求する。
単純に、容量を増やせばいい? 馬鹿な、容積が大幅に増える。 冷却系も心配だ。
他の要素(機体側の)を削ぎ落とす? 問題外だ。 戦術機メーカーはそんな事は飲まない。 採用は簡単に見送られる。
「光菱は、どうしようと?」
中堅の開発部員が、上司に確認する。
「一部、冷却系の問題になろうとも。 大型化の方向らしいね」
「馬鹿な。 それこそ、端っから弱点丸出しじゃないの」
開発部電子機器設計課の課長―――女性課長だ―――が、馬鹿にしたように言い放つ。
しかしながら、袋小路に追い込まれた事は確かだ。 どうしようもない。
「何か、抜本的な・・・ それこそ、ブレイクスルーできる技術はないかなぁ・・・」
「江崎部長、何言っているんですか・・・」
「でもねぇ、佐伯君。 このままじゃ、本当に八方塞だよ」
ボヤきに突っ込まれた江崎部長―――薄くなった中年頭の、中年太りの、立派な中年男性だ―――が、部下の佐伯設計課長にボヤく。
「ブレイクスルー・・・ そうだ、確か!!」
それまで図面を凝視していた若手が、思い出したように叫ぶ。
「ん?」 「どうしたの?」
「それですよっ! ブレイクスルー! そうだ、そうだよっ!」
いきなり内線電話を掴み、相手先をコールする。
「ああ、もしもし? 素材試験部? 2課の、浜崎はいるっ!? そう、米国に行っていた! うん、うん・・・ まだ、いる?
じゃ、至急、開発2会議まで来いって言って! そう! 開発の江崎部長と佐伯課長が、至急の呼び出しだって言ってさ!!」
「おいおい・・・ 俺は何も言っていないよ・・・」
「やめてよ。 それでなくとも向うの課長には、『ウチの課員の残業時間の大半は、そっちの後始末だよ』って、嫌味言われているのに・・・」
10数分後。 帰り仕度の最中で呼び出され、終電を乗り過ごすことになった浜崎課員は、些か不機嫌な表情で説明していた。
「ええ。 確かに、この素材なら解決できますよ」
浜崎が示した資料を読んだ開発部員たちは、一様に驚きの表情を示した。
「・・・あれって、無理だ、無理だって言われてたよな?」
「実現できたんだ・・・」
「確かに、これなら・・・」
皆が驚きと共に読んでいる様を見て、少しは気分も晴れたか。 浜崎課員はまるで、自分の発明のように語り始めた。
「ええ。 ボール・セミコンダクタ(Ball Semiconductor)。 日本語で言えば、『球面半導体』 これは、従来の平面半導体の3.14倍の素子を有する事が出来ます」
1992年に日本人が米国で設立した、ボール・コンダクト社。
中小ベンチャー企業だったその小さな会社が、革新的な発明を成し得たのは1年前だった。
それまで、半導体の最大の難点だった単位面積当たりの素子搭載量を、大幅に引き上げる技術。
シリコンを球面状に加工し、その表面に半導体素子を組み付ける事で。
それまでの設置基板の単位面積当たりの素子組付け数が、平面から球面へ変わった事で大幅に増加した。
―――球面の表面積は、平面の3.14倍だ。
「勿論、接続部分の問題も有りますから、必ずしもその数字通りとはいきませんけど。 でも、7割程度・・・ 2.2倍にはなります。
それに、この技術の特徴はそれだけじゃありません。 球体を複数接続する事で、より大きな性能を実現できます」
「と言うと?」
「えっと・・・ 『クラスタリンク』って技術なんですけど。 3つ、4つの球体を連結させて、1個の半導体にする事も可能だし。
それぞれを記憶・制御・バックアップ、といった具合に。 統合性能を持たすことも可能です。
つまり、極小さなコンピューターシステム・・・ の、素を複数、同時に組み付ける事が出来る訳で。
これを従来のシステムと比較すると。 まぁ、冷却系にちょっと弱いところが有りますから、安全率を見越しても・・・
演算処理速度で、4倍から5倍。 容量も同じ位は、実現可能ですよ。 大きさは変えずに」
夢のような話だ。 しかし・・・
「特許問題は? 米国企業だろう?」
「社長は日本人ですよ。 特許申請は、日本でやっているそうです。
ああ、あと、思い出しましたけど。 センサーや計測制御関係の専門メーカーと、去年の末頃から、製品開発で協業しているようですよ。
あ、日本のメーカーですけどね」
途端に怒号が飛び交った。
―――おいっ! 誰か、国際販売部を捕まえろっ! 大至急だっ!!
―――知的法務財産部!? 開発だけど! 至急確認したい件が有る! 帰宅する!? 馬鹿野郎! 俺たちは碌に家に帰って無いんだぞっ!!
―――資料は有るかっ!? 無いっ!? その専門メーカーに問い合わせろっ! 連中だってこのご時世だ、徹夜残業している連中だっているだろっ!
その喧騒を見つつ。 浜崎課員は確信した。
―――ああ、これで俺は。 この騒動が終わるまで、残業の嵐だな・・・
ふと、腕時計を見る。 終電が終わって久しい。 これで今日も仮眠室行きだ。
ここ2カ月、まともに相手をしていない婚約者を思い出す。
―――婚約破棄されたら。 絶対、BETAのせいだ・・・
泣きそうになってきた。
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注記:「ボール・セミコンダクタ」(Ball Semiconductor)技術は実在します。
1996年にアメリカで設立された、「ボール・セミコンダクタ社」(設立者は日本人)が開発した、実在の技術です。
また、「クラスタリンク」も実在の技術です。
21世紀に入り、主に医療技術など、極微細な技術を要する分野で、この技術を用いた製品の開発・生産が行われています。
作中の記述は、基本をこの事実に基づいて、半ば以上が作者の創作であります。