1994年10月1日 南満州 『極東絶対防衛線』 要塞都市・瀋陽
「指揮権を移譲します」
「指揮権を継承しました」
―――大隊指揮官の交代式は、形式的では有るけれど。 無ければ無いで、締りが悪いものね。
目前の指揮官交代のセレモニーを、整列した各級指揮官の列から眺めつつ、綾森祥子中尉はふと、そんな事を思っていた。
日本帝国陸軍大陸派遣軍・第6軍第9軍団第14師団、その第141戦術機甲連隊第2大隊。
この日、前任の広江直美少佐が退任し、新任の宇賀神勇吾少佐が着任した。 その指揮権交代式であった。
「・・・内部昇格と言うのも、有る意味遣り難いものですな」
「アンタが、今更それを言うか? 宇賀神さん。 鬼の先任中隊長が、鬼の大隊長に変わるだけだろう? ま、連中は戦々恐々だろうが」
居並ぶ小隊長以上の指揮官達を眺めながら、広江少佐が愉快そうに笑う。
宇賀神少佐は、その言葉に苦笑するしかない。 今まで、大隊の士気の弛緩を一切許さなかったのは、この『鬼の先任中隊長』だったのだから。
「・・・兎に角、お体にはお気をつけて。 出来ればそのまま、転科して頂ければと思いますよ。 私も、部下達も―――連隊長も」
「無理だな。 いずれ復帰してやるさ。 なに、この子も母親の我儘くらい、我慢しようさ」
そう言って、広江少佐が腹部を撫でる。
普段はその戦歴と部隊指揮の辣腕から、『鬼姫』などと称される歴戦の戦術機甲指揮官だが。
今の彼女はふとした瞬間、非常に柔らかい表情を見せていた。
「余り無茶言わんで下さい。 貴女はともかく、連隊長の寿命が縮まりそうだ」
宇賀神大隊長のボヤキは、その場に居合わせたかつての部下達には、全面的に支持されたものだった・・・
「・・・いやぁ~~、流石にあのお人の事や。 ホンマに復帰してくるかも知れへんのぉ」
大隊の将校集会所(将校用サロン・兼・食堂)の椅子にだらしなく腰掛けて、木伏一平大尉(94年9月30日進級)が大げさに溜息をつく。
「今で3カ月だっけ? って事はぁ。 丁度ご懐妊したばかりで、8月の戦闘に参加したのよねぇ・・・ いやぁ、母は強し、だわぁ・・・」
その横で、流石に普段のキレが無く毒気を抜かれているのは、水嶋美弥大尉(94年9月30日進級)だ。
「・・・美弥さん。 その用法、ちょっと違うんじゃ・・・?」
―――うん。 違うわよね?
「祥子ぉ、細かいこと気にしなさんな」
「でも、ホント。 あの人なら赤ちゃんにオッパイあげながら、戦術機を操縦しそうで怖いなぁ・・・」
とんでもない感想を言うのは、私の同期・和泉沙雪中尉。
そもそも、今回の大隊長交代と部隊の再編。
これは全て、一つの事柄に起因すると言っても良いのだ。 つまり・・・
『広江直美少佐、ご懐妊』
いえ、お目出度いお話なのよ?
この殺伐とした戦地で。 日に日に、戦死者や戦傷者が相次ぐ場所で。 新たな命が育まれた事が、どれ程私達を喜ばせた事か。
それも、この満洲でずっと私達を率いて戦い続けてきた、広江少佐が。 最初に聞いた時には、感極まって涙が出たものね。
―――命の遣り取りをしているだけじゃないんだ。
その事を実感できたから。
(もっとも、その一報を聞いた旦那様は。 周りから散々冷やかされたそうですけど)
で。 流石に妊婦に、戦術機甲部隊指揮官はさせられないから。
丁度、定期昇進の時期でもあり、第2中隊長の宇賀神大尉が先月末付で少佐に進級。 同時に大隊長交代となったのだ。
ついでに言えば、本来ならば『旦那様』の藤田伊与蔵中佐も、細君である広江少佐と本国へ帰還すべきところ。
『十分、参謀勤務で体も鈍ったでしょう?』
奥様である広江少佐のこの一言で、本国転任を諦めたとか・・・
で、今回の人事異動で、派遣軍第9軍団作戦参謀から、第141戦術機甲連隊長―――私達の大隊の上級部隊長―――に、横滑りで着任された。
今、第141連隊は。
連隊長兼第1大隊長・藤田伊与蔵中佐。
第2大隊長・宇賀神勇吾少佐。
第3大隊長・早坂憲二郎少佐。
連隊先任幕僚(戦闘管制指揮官)・河惣巽少佐。
早坂少佐は、帝都防衛第1連隊から転任。 河惣少佐は第9軍団次席情報参謀より転任で着任した。
この4名の上級指揮官で再編されている。
それに伴い、私達も色々と異動が有った。 今回の異動の特徴、それは・・・ 『大尉が少ない』 事だ。
激戦場を言い表す言葉に 『大尉がほとんど生き残れない』、という言葉が有る。
中尉、少尉はもとより、中隊指揮官の大尉でさえ、殆ど生き残れないような激戦場、そういう意味だ。
『極東絶対防衛線』が今の南満州に下がった昨年の9月以降。 我々の連隊にも、幾人かの大尉の新任中隊長が、本土から着任したが。
いずれも、3か月生き残れなかった。 短い場合で、着任の翌々日に戦死した中隊長も居た程だ。
それ程、BETAとの戦いを経験している、していないで、指揮官にかかる心理的負担が違っているのだ。
慣れない指揮官は、部隊指揮とBETAとの直接戦闘の恐怖の両面に耐えられず、どこかで致命的なミスを犯す―――そして死んでいった。
そのお陰で、3か月前から木伏大尉が、中尉の頃から中隊長をしていた程なのだ。
その影響は未だ続いている。
今回、連隊再編で中隊長職に着いた者は6名。
木伏大尉(第22中隊長)、水嶋大尉(第32中隊長)の2人は順当として。 未だ中尉の中から先任の4名が中隊長に補せられた。
第12中隊長(第1大隊第2中隊)・源 雅人中尉
第13中隊長(第1大隊第3中隊)・和泉沙雪中尉
第33中隊長(第3大隊第3中隊)・三瀬麻衣子中尉
そして、私。 第23中隊長(第2大隊第3中隊)・綾森祥子中尉
同期の4人が、なし崩し人事で中隊長をする事になったのだ。
正直、不安でしょうがない。 小隊長教育は受けているのだけど。 中隊長となると話は別。
去年の10月から今年の3月まで内地に駐留していた時に、補習教育は受講していたけれど。 いきなりなのは、ちょっと・・・
そんな事を考えていたからか。 もしかしたら表情が強張っていたのかも・・・
「祥子? 貴女、またその表情・・・」
麻衣子がちょっと心配そうに声をかけてくる。
(しまったな。 また、やっちゃった・・・)
「なぁに? 祥子ぉ・・・ ホント、心配性だねぇ、アンタって。 そんな事、気にしてちゃ、何も出来ないよぉ?
ダイジョブ、ダイジョブ! 中隊指揮なんて、小隊指揮に毛が生えたようなもんよぉ!」
―――美弥さん。 いえ、水嶋大尉。 貴女が言うと、説得力が感じられません・・・
「そやそや。 なんせ、水嶋でも、やれるんやさかいな。 お前の方がナンボも優秀やって。 気にしすぎちゃうか?」
「―――コラ、木伏。 チョーシ乗ンな?」
「―――スンマセン・・・」
「・・・ぷっ」
絶妙のタイミングの、ノリ突っ込みだわ。 この2人の遣り取りって、2年以上前から変わらないなぁ・・・ 助かるわ。
「そんな風に笑えるのなら、大丈夫だよ、綾森。 心配しなくても、君一人で全部を背負込むことは無いだろう?
その為に、2人の小隊長が居るのだし」
源君が、穏やかに諭してくれる。 ホント、軍人とは思えない程に穏やかな人柄ね。 周りへのフォローも抜かりないわ・・・
「そうそう。 小隊長達の中じゃ、今や最古参の歴戦衛士の一人が居るのでしょう? 貴女のところには。 大丈夫よ」
麻衣子も。 源君と並ぶと、本当に良い意味で気遣いコンビね。
「あ~・・・ 愛姫かぁ。 そう言や、愛姫と緋色の2人。 どこの中隊に引っ張るかの争奪戦は、凄かったねぇ・・・」
沙雪がふと、数日前まで行われていたスカウト合戦を思い返して言う。
そうなのだ。 今回、新たに再編するにあたって。 私達、新米中隊長(予定者)が特に躍起になった事。
それは、中隊長の補佐役―――先任小隊長を誰にするかだった。 いや、誰を分捕ってこれるか、だった。
1番人気、2番人気は殆ど差が無く、神楽緋色中尉と、伊達愛姫中尉の2人。
いずれも新任当時に、92年の北満州でのBETAの大侵攻 『5月の狂乱』 を生き抜いた、数少ない歴戦の衛士。
(以前は他に3人居たけど。 1人は戦死し、2人は今、極東には居ない)
これだけは、階級の上下も関係無しで、藤田連隊長と河惣連隊先任幕僚に訴え続けた。
ここでまず、各々第1中隊長を兼務する大隊長達が折れた。 木伏・水嶋両大尉は最後まで争奪戦に参加していたけれど。
最終的には 『木伏、水嶋。 そろそろ後輩に譲ってやれ』 との、前任大隊長・広江少佐の一言であっさり引き下がった。
(あれは、絶対に嫌がらせよね。 と言うのは、私達の統一見解)
結局、本人達の希望も考慮した結果が。
伊達中尉は私の第23中隊第3小隊長に。
神楽中尉は源君の第12中隊第2小隊長に。
それぞれ落ち着いた。
「・・・そうね。 我儘通して、愛姫ちゃんを貰ったのだし。 第2小隊は間宮が引き継いでくれたし。
うん、大丈夫。 ウチの小隊長達は、優秀だし!」
「一番気がかりなのが、中隊長だけどねぇ~・・・」
「―――煩いわよ? 沙雪?」
(そうよ。 私が何時までも不安がっていちゃ、中隊を駄目にしてしまう。 何も全てを抱え込む事は無いわ。
責任の分掌。 私は私の為すべき事をやる。 彼女達には彼女達の為すべき事をして貰う。 それで良いのよ)
ふと。 先日届いた彼からの手紙を思い出す。
『―――仲間が差し伸べている手は、気付かない内にそこに有るものだよ。 俺は、ちょっと失敗しちゃったけどね』
今月から、前線を離れて後方勤務に移るらしい。 手紙の内容では、今は丁度、北アイルランドかしら?
気になる。 気になるけど、今はどうしようもない。 極東と欧州じゃ、離れすぎているもの。
『俺は大丈夫。 どこで間違えたかじっくり考えて・・・ 再出発するから。 祥子に会う為に。
だから、君は気にせず、君のやるべき事を成し遂げてくれ。 仲間を信じて。 そうすれば、会えるよ』
―――うん、わかった。 私は、私のやるべき事をやるわ。 貴方がそうして頑張っているのと同じように。 仲間を信じて。
「―――言ってなさいな。 私だって、伊達に今まで揉まれてきた訳じゃないわよ?」
ちょっと強気に、不敵(に見えるかな?)な笑みを浮かべて。
これは儀式。 私が、私である事を取り戻すための。 私の大切な人に再び会えるようになるための。
―――私だって。 何時までも包まれてて良い訳じゃないのよ。
1994年10月5日 1130 瀋陽北西100km
H18・ウランバートルハイブから押し出されたBETA群・約6200が波状侵攻を繰り返す。
昨日から精々大隊規模、大抵は中隊規模の小集団で防衛線に迫って来ていた。
≪CP、セラフィム・マムよりセラフィム・リーダー! BETA群約300、エリアG9D、座標・WNW-55-48!
先頭移動速度約120km/h! 後続は60km/h! 突撃級が約20と要撃級約30。 残りは小型種主体の集団です。 阻止攻撃!
協同は機甲第33連隊の第335中隊。 それと機械化歩兵装甲第21連隊第213中隊。
コードは≪ハンマーヘッド≫、≪ブレイカ―≫ 左翼のW-54-48から合流します!≫
中隊CPオフィサーの森崎茉莉少尉から情報が入る。
「セラフィム01、了解。 ≪ハンマーヘッド≫、≪ブレイカ―≫! こちら≪セラフィム≫ ヘッドオンで突撃級を始末します。
≪ハンマーヘッド≫! こっちにつられた要撃級をお願いします。 ≪ブレイカ―≫! 小型種の掃除、任せます。 宜しい?」
『こちらハンマーヘッドだ! 撃ち頃の向きに持って行ってくれりゃ、120mmをたっぷりお見舞いしてやるぞ?』
『ブレイカ―だ! さっさとおっぱじめよう! こちとら朝飯抜きでな! さっさと終わらしてメシが食いてぇや!』
「了解。 ―――朝食抜きは私達も同じですわ。 美容に悪いったら・・・ では、行動開始します!
リーダーより02、03! 聞いての通りよ! 得物は突撃級! なるだけ北方向に釣り上げるわよ! 間宮!」
『02了解! ―――B小隊、続けっ!』
第2(B)小隊長・間宮怜中尉の『疾風弐型』が、一気に跳躍ユニットを吹かして高速噴射滑走を開始する。
残る3機も、小隊長機に寸瞬の遅れも無く続行する。
『C小隊! B小隊の突入寸前で支援攻撃開始! いいねっ!? ―――よし、今っ!!』
第3(C)小隊長・伊達愛姫中尉の支援攻撃指示と同時に、制圧支援が開始される。
『C12、FOX01!』
『A10、FOX01!』
A、C小隊の制圧支援機から、自立誘導弾が盛大に射出される。
白煙を引きつつ高速でBETA群に接近した誘導弾が着弾。 突撃級の完全撃破は無理だが、節足部を吹き飛ばされた個体が3、4体無力化された。
『セラフィムB! 突入!』
『い~~~~っやっほぉう!!』
小隊長の突入指示に、陽気な叫び声を上げ真っ先に突撃級の群れの隙間へ『飛び込んで』、36mm砲弾を浴びせかけるのは。
今や 『吶喊娘』 の異名を頂戴しつつある、美園杏少尉だった。
地表面噴射滑走で突っ込んだ後、短噴射滑走に切り替え、それを不規則に、多角的に行い的を絞らせずに複雑な高速移動をしている。
エレメントを組む後任の摂津大介少尉が、些か慌てた機動で続行して同じく36mmを乱射していく。
『美園少尉! 余り突出しすぎないで下さい!』
『何よ!? 摂津! アンタ、付くモノ付いてんの!? そんなこっちゃ、『鬼』が帰ってきたらアンタ、真っ先に扱き倒されるわよっ!?』
『知りませんよっ! 誰ですか、その『鬼』って!?』
『鬼は鬼よっ! ねぇ? 小隊長?』
『美園。 貴様もそのおちゃらけ。 修正しないと大事になるわよ?』
『うひゃ、そうでした・・・ っとぉ! 右、突撃級5体! ケツを取ります! 付いといで! 摂津!』
『了解!』
美園機と摂津機が、噴射跳躍で突撃級を飛越し、その後背を占位する。 突撃級撃破の格好のポジションだ。
『Bエレメントは、そのままブチかませっ! 安芸! Aエレメントは側方から足を狙うぞ!』
『了解ですっ!』
間宮中尉と安芸利和少尉のAエレメントが、左側面へ高速噴射滑走で移動する。
そして側面から、装甲殻に覆われていない節足部を狙って、120mmを叩きつけた。
「リーダーよりB小隊! そろそろ後続の要撃級と戦車級がお出ましよ! 一気に片をつける! C小隊! 北寄りから狙撃開始! A小隊、続け!」
『『 了解! 』』
C小隊長・伊達愛姫中尉が指揮する4機が、北方へ高速移動。 攻撃基点を確保し、突撃級BETA群の左翼から節足部への狙撃を開始する。
B小隊の後方・側面攻撃と相まって、突撃級は急速に無力化されその数を減じていく。
その間、A小隊は突撃級と後続のBETA群の間に割り込み、誘導弾と支援突撃砲での制圧支援・狙撃攻撃を開始し始める。
『B小隊よりリーダー! 突撃級残り―――1体!』
「よし! そのまま・・・ 『突撃級、平らげましたぁ!!』 ・・・美園、中隊通信系に度々割り込むな・・・
よし! 中隊各機! 残りを北方に釣り上げる! セラフィムより≪ハンマーヘッド≫! これからお客様を『舞台』へご招待します!
≪ブレイカ―≫! 残りの誘導弾、ばら撒きますから! 頭は低くしておいて下さいね!?」
2機の制圧支援機から、残った自立誘導弾が一斉に射出される。 地響きを立てて突進してきたBETA群―――その内の小型種が着弾によって吹き飛ぶ様が見えた。
その効果を確認し、即座に要撃級に対しヘッドオン―――直前で全機が横噴射滑走(スライド・サーフェイシング)で北方へ高速方向転換。
要撃級の群れがその動きにつられて、一斉に向きを変える。
『ハンマーヘッドよりセラフィム! 丁度良い! こりゃ、撃ち頃だ! 長車より、カク! カク! 弾種・APCBCHE弾! 斉射2連!
野郎共に女朗共! 折角の『熾天使(セラフィム)』様のお膳立てだ! 外した奴ぁ、クソをひり出すケツで、メシを食わすぞっ! いいかっ!?』
『『『 承知!! 』』』
『はっはぁ! よぉっし! 撃ェ!!』
甲高い発射音を残して、44口径120mm滑腔砲から高速砲弾が吐き出され―――後背や側面を晒した要撃級に次々と命中する。
貫通された孔から体液と内贓物を撒き散らすBETA、砲弾の侵入衝撃波で中身をズタズタにされて動きを止めるBETA。
『ブレイカーだ! ≪セラフィム≫! ≪ハンマーヘッド≫! これからチンマイ連中を片づける!
―――って、戦車級だけは、お引き取り願いたいがね!!』
流石に、機械化歩兵装甲部隊で戦車級BETAの相手をするのは、五分五分の勝算だ。
「セラフィムより≪ブレイカー≫、戦車級掃除に2個小隊回します。 B小隊! 要撃級の残りを平らげろっ!
A、C小隊! 戦車級を掃除する! かかれっ!!」
『『 了解!! 』』
戦術機部隊が反転し、戦車級BETSの掃討を開始する。
それに呼応して、機械化歩兵装甲部隊が闘士級BETAを穴だらけにして撃ち倒し、近接戦用爆圧式戦杭(パイルバンカー)を突き立てて倒してゆく。
戦場は急速に終息していった。 このエリアに侵入した300体程のBETA群は、諸兵科混成の防衛線によって阻止されたのだった。
1994年10月8日 2000 瀋陽 第14師団駐留基地 第141連隊第2大隊第23中隊事務室
「えっ? 部隊指揮の感想ですかぁ?」
愛姫ちゃんが驚いたような顔をしている。 隣の席の間宮も、「はてな?」といった風な顔をしている。
夜の課業が全て終わり、ひと息ついた後の事務室で。 先日の戦闘指揮について、2人の小隊長に聞いてみたのだ。
―――『中隊の戦闘指揮に、問題を感じなかったか?』と。
(情けないわね・・・ 我ながら)
判っている。 判っているのよ。 こんな事、部下に聞くべき事じゃないってくらい。
指揮官が自分の指揮に疑問を持っていると判れば、部下の士気にも大きく影響してしまうと言う事も。
聞いた後、後悔が徐々に大きくなってくる。
だって、愛姫ちゃんも、間宮も。 すごく不思議そうか顔から、不審そうな顔に変わって来ているもの・・・
「そうですねぇ・・・ 一言で言えば・・・」
「ひ、一言で言えばっ!?」
「貫禄が無い」
「ぐっ!!」
さ、さすが愛姫ちゃん、容赦無いわね・・・
「それはありますね、それに・・・」
「それにっ!?」
「腰が、ふらついていました」
「うぅっ・・・!!」
ま、間宮・・・ 貴女も容赦と言う言葉、知らないのね・・・
流石に落ち込むわ・・・ 「貫禄が無い」上に、「腰がふらついている」・・・
私、自信無くしそうよ。 ・・・元から儚い自信だったけど。
あ、段々落ち込んで来ちゃった・・・ 自分で話を振っておきながら、この様じゃ・・・
「あぁ~あ、やっぱり落ち込んじゃったかぁ」
「まぁ、中隊長の性格上、ああ言われれば仕方ないのかも」
(・・・聞こえているわよ? 2人とも)
「しょうがないなぁ。 んじゃ、ここはひとつ、不肖・ワタクシ、伊達愛姫が。 復活のお言葉を出しましょうか」
「いよっ! 千両役者!」
―――愛姫ちゃんは兎も角。 間宮、貴女ってそんなキャラだった!?
「あのですねぇ、中隊長・・・ ん~、しっくりこないな? 綾森中尉・・・ 他人行儀か。 ええい! あのね、祥子さん、聞いてよ」
「はい?」
「私達、何も祥子さんの指揮が拙いなんて、言ってないよ?」
「そうですね」
「えっ!?」
―――だって。 『貫禄が無い』だの、『腰がふらついている』だの・・・
「それは、気構え、心構えの問題ですよ。 戦闘指揮自体は、問題無かったと思う。
機甲部隊や機械化歩兵装甲部隊との連携。 攻撃タイミングの読み。 全体を見渡しての部隊移動。 どれも問題は無いですね、うん」
「実際、損失無しでBETA群の殲滅に成功しましたし。 協同部隊への負担も考えた指揮だったと思います」
「そ、それじゃ、一体何が・・・」
「だ・か・ら、それ! その自信無さそうな感じ! 私や、まみヤンは良いですよ?
私は付き合い長いし、まみヤンは小隊長時代から、先任で補佐してきましたから。
あ、それに美園や仁科も、その辺は判っているかなぁ。 ―――でも、それ以外の新配属の連中ね、流石に拙いですよね?
何事も最初が肝心。 ガツーンッ、と一発。 キツイの、かまさなきゃ。 不安がるし、祥子さんを軽く見ちゃいますよ、連中」
「ええ、愛姫さんが言うように、そこが心配だったのです。
隊長は、優しすぎる所が有るから・・・ 部隊の練成や、戦場での指揮は兎も角。
普段はどうしても、そういう面が出ちゃうと言うか」
――― つ、つまり。 舐められちゃうって事!?
「何も、広江少佐の中隊長時代みたいにやれ、なんて言いませんよぉ。 あんな人が二人も三人も居たんじゃねぇ・・・ 悪夢だわ。
ただ、『どーんっ!』 と構えてくれれば良いんですよ。 突撃指揮の実際は、まみヤンがやっちゃうし。 支援指揮は私が見ますから。
祥子さんは、中隊全体をどう動かすか、それを見てくれれば。
あとは、そうですね。 如何にも 『自分の指図通りに動いているな、よぉしっ!!』 ってな感じで、ね?」
「私達も精一杯、フォローしますから。 済みませんが、少しばかり普段から、ちょっとだけ背伸びした感じで構えて居てくれれば・・・」
「・・・つまり。 もっと、どっしり構えて居ろ、そう言う訳ね?」
「そうですよ。 実際の指揮能力は、他の中隊長に引けは取りませんって! 寧ろ、上位?」
「私達、部下を気遣って下さる事は、有り難いですが・・・ やはり軍隊です。 戦場ですから。
時には冷然とも思える程の、毅然とした態度で居てくれた方が。 却って部下も安心する事も有りますよ」
「それとね。 あと、この手の話題は私か、まみヤンだけにして下さいよ? 間違っても他の連中にしちゃ、いけませんよ?」
―――難しいものね。 小隊指揮をしていた頃から、漠然とは感じていたのだけれど。
「多分、あいつが居たらこう言っていますよ? 『祥子。 何、背負い込んでいるんだよ? しょうがねぇな、ちょっと貸せよ』って」
「そうですね。 そしてその後で、『もっと気楽に構えてりゃ、いいんだって。 木伏さんや水嶋さん、見習えば?』とか・・・」
「あははっ! 言えてるぅ!」
「・・・ふっ ふふふ・・・」
どうしたんだろう? 自然に笑いが出てきちゃう。
確かに、そんな情景が目に浮かぶわ。 彼ならきっとそう言いそうね。
きっとそうしそうね。 ちょっぴり、背伸びしながら、痩せ我慢しながら。
そうか、その『覚悟』か。 そうなのね、きっと。
内心なんて、人間どんな人だって、そんなに変わらないわね。
要は、部下に対する責任をどこまで自覚して、その『演技』を続けられるか。
その『演技』を続ける事への責任と、その『覚悟』なのね、足りなかったモノは・・・
「やっと、笑ったね? 祥子さん。
さっきも言った通り、私とまみヤンとで、ケツ持ちはしっかりやるからね。 祥子さんは中隊の『お頭』・・・ って、言い方悪いけど、やっててちょ」
「そう言う事です。 ところで、愛姫さん? 『まみヤン』って、何ですか・・・?」
「えっ? まみヤンは、まみヤンだよ?」
「私は、『まみや れい』です。 『まみヤン』なんて名じゃありませんっ!」
「固いなぁ、固いよ? まみヤン。
ほら、よくさぁ、上の学校に進学したりとか、クラス替えとかでさ、ここは心機一転! イメージチェンジ! なんてさ、やるじゃない?
折角、小隊長就任なんだしさ。 今までのお堅いイメージを打破するって言うかさぁ・・・ ね?」
「ね? じゃありませんっ! 私はこのキャラで結構ですっ! 愛姫さんこそ、もう少し真面目な面を出したらどうですか?
緋色さんも言っていましたけど、このままじゃ確実に 『2代目水嶋大尉』 襲名ですよ!? それとも、和泉中尉の後釜狙いですかっ!?」
「うわっ! 酷っ! 水嶋大尉に謝れっ! 和泉中尉に謝れっ! ついでに私にも謝れっ! ・・・って、何気にやばいなぁ、それも・・・
って言うか。 緋色の奴、陰でそんな事を。 自分の 『鉄の女』 を棚に上げて。 くっそぉ~~・・・」
―――もう、この娘達は・・・
何時も通りの展開に、思わず苦笑する。
仲が良いのか、悪いのか。 いえ、これはこれで絶妙の配置よね?
我ながら、良くやったと思うわ。
(でも、これも彼女達の『覚悟』の表れよね)
徒に部下を不安がらせない、愛姫ちゃんの明るさ。
常に冷静さを保って、周りを安心させる間宮のクールさ。
―――私は、彼女達の上で『不動』を保てばいいのね。
かつては。 どんな時にも、どんな苦しい時にも。 私達は広江少佐を顧みていた。 彼女はふてぶてしいまでに、『不動』だった。
例え内心がどうであろうと、その姿は変わらなかった。 だから、私達は戦い続けられた。
それこそが、彼女が私達部下に対して果たし続けた『責任』であり、彼女の『覚悟』だったのだろう。
あんな風に出来るか、正直判らない。 いいえ、私は少佐とは違う人間だ。 同じにする方がおかしい。
ならば。 私は私の『覚悟』を示そう。 私を顧みる部下達への『責任』を果たす為に。
相変わらず、愛姫ちゃんと間宮が賑やかにやり合っている。
―――いいんじゃない? これはこれで。 私の 『中隊』 らしいわね。
うん、そうだ。 私は、私なのよ。 私のやり方を通せば良い。
ふと、手紙の中の一言を思い出す。
『―――仲間が差し伸べている手は、気付かない内にそこに有るものだよ』
(―――そうね、直衛。 今回、ここに有ったわ、その手は。 これで、良いのでしょう?)
思わず、彼の微笑んだ顔が見えた気がした。
後日。 その話になった折、同期が漏らした感想・・・
「祥子・・・ そこまで惚気なくとも・・・」
の、惚気じゃないってば! そうじゃないのよっ、麻衣子!
「ま、まぁ、君達の仲をどうこう言う気は無いけど、ね・・・
周りの独り者には、刺激が強いと思うよ? 綾森・・・」
み、源君・・・
「当て付けなのっ!? 当て付けなのよねぇ!?
え~え~、そうですともっ! 私は寂しい独り者よっ!
何よ! 悪いっ!?」
さ、沙雪・・・ そこまで、キレなくて良いじゃない・・・