1992年 7月2日 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 戦術機第2ハンガー
「機種変更?」
小隊長の言葉に、俺・周防直衛陸軍衛士少尉は首をかしげた。
別段、機種変更が珍しいわけではない。
現に帝国戦術機部隊では、主力であるF-4EJ「撃震」の他、2割程だが、第2世代機であるF-15J「陽炎」を運用している。
だが、「陽炎」は主に本土防衛軍に集中配備されており、大陸派遣軍、いや、陸軍には滅多に回ってこない代物だ。
現に、陸軍中唯一の「陽炎」運用部隊である、第5師団(広島)でさえ、補充機の確保に苦労している程だ。
独混(独立混成旅団)である我が119旅団に、そんな贅沢品が回ってくるとは思えない。
と、すれば。 「撃震」の最新アップグレード版か?
現在はBlock-208。 本土の技術開発廠とメーカーで、新ヴァージョンを出したのか。
いや、それなら「機種変更」とは言わないな。 ふむ?
「陽炎やないで。撃震でもあらへん。言うたやろ?『機種』変更や。」
いつになく、小隊長・木伏中尉の歯切れが悪い。テンションも低い。
いつもブーストしっぱなしの中尉が・・・
俺は何やら嫌な予感がしてきた。
「ま、歴とした第2世代機や。F-16や。」
「F-16!? 何で、帝国が?」
至極当然の疑問を口にした。帝国ではF-16は採用していない。
「試験研究」名目で2~3機購入したとか、しないとかの、与太の噂話は知っているが・・・
「ん・・ あれや。 そもそもは、F-16っちゅうのは、F-15に比べて安い。お手頃値段や。
ま、F-4よりは高いけどな。
それでも安価で第2世代機を揃えたい国にとっては、美味しい話や。」
「ええ。」
「でな。アメちゃんとしては、世界中のお客さんのご要望に答えなあかん。
せやけど、生産会社のジェネラル・ダイナックス社が生産ラインをフル稼働しても追っつかんのや。
本国配備分もあるしなぁ。
ほんで、窮余の一策や。
今までアメちゃんの戦術機、自国でライセンス生産した実績のある国に、代行生産契約、持ち掛けよった。
それが3年前や。」
「はぁ・・・」
「日本にも打診があってな。
けど、そん時戦術機作っとったんは、光菱・富嶽・河崎の3社やけど、断りよった。
まぁ、撃震の生産に、陽炎のライセンス生産と技術の習得、次期主力戦術機の開発。
盛り沢山やったからなぁ、食いきれんわ。」
そうだろうな。
現在も難航していると言われる、次期主力戦術機。 それも国産で。
そんな最中に「片手間仕事」は出来る余裕はないな。
「ところがや。どんな時にも、現状ひっくり返したい、ちゅう、2番手、3番手の連中っちゅうのは居るもんでな。
河西と石河嶋、それと九州航空工業に愛知飛空工業、この4社が是非に、ちゅうて、契約しよった。」
・・・確か、前の大戦の時に飛行艇とか練習機、攻撃機やら哨戒機とか、開発・生産していた会社だよな。 主に海軍系だけど。
「で?その4社が代行生産請け負ったんですか?」
「そや。最も、作った先から発注元に輸出しよったけど。
まぁ、4社にとっては、大手3社に戦術機のシェア独占されとうなかったんやろな。
新規開発でける技術ノウハウ、積み重ねる為に、まずはお習字の練習、ちゅーとこやな。」
成程。だけど・・・
「ども、それでどうして、我が軍にF-16が? 生産したら即、輸出でしょう?」
「・・・その4社も曲者でな。
ちゃっかり、合同でプロジェクトを立ち上げとってな。
新規開発は無理でも、改造版の生産は出来る位には、なったらしいんや。
主に、日本や韓国、ASEAN諸国、統一中華好みの、中・近接戦仕様になぁ。 執念やね。」
「はぁ~・・・」
「で、最初は独自売込しよう思ったらしいけど、ジェネラル・ダイナックス社と米議会から『待った』かかってな。
そらそうや、軒を貸して母屋を取られるようなもんやしな。
結局、ライセンス料支払うっちゅー事で、手打ちになったそうやけどな。」
が、しかし。それでもまだ納得いかない。
「納得いかんか?」
「納得いきません。 生産の経緯は解りました。
ですが、配備までの理由が不明です。」
そやな。 と、木伏中尉は呟いた後、煙草に火をつける。
紫煙を大きく吐き出して・・・
「発注先の一部が手元不如意でなぁ。 帝国に転売して来よった。
GD社とアメちゃんも、オンドレとこの会社がやらかしよった事やから、おとなしゅう買い取れ、ってな。」
「はぁ!?」
て、手元不如意・・・ で、転売・・・ 何考えてんだ・・・
「ま、そんなこんなで、1.5個師団、14個大隊分の戦術機、お買い上げや。
けど、本土防衛軍や内地の陸軍部隊で運用するんは、不便やしな。正式採用とちゃうし。」
「・・・・で、大陸派遣軍が、貧乏籤引かされた、と?」
「ま、そう言うこっちゃ。
それに未だ、ワシらの部隊・・・ ちゅーか、独混5個旅団は、戦術機は大幅に定数割れしとるさかいな。」
「ですね・・・ 中核師団への配備最優先で、俺達の所には、中古品しか回ってきませんし。
腹立たしいけど。」
「ま、そう言う訳でや。
独混の119と120に、この買い取り機体を最優先で回す事になったらしい。
108、112、116には、119と120の撃震、全部回して。
目出度く全5個旅団、定数充足や。」
「はぁ・・・ 」
「せやけど、スペック的にはええ機体やで。
ベースはF-16C/DのBlock40/42やが、主機とアビオニクス系は最新版に強化されとる。
撃震よりずっと軽いよって、機動性も格闘戦能力も、索敵・射撃管制能力も格段に上や。
まぁ、実質2.5世代機やな。」
「はぁ~~・・・
まぁ、そんな高性能機、廻して貰えるなら文句は有りませんが。
で?名称とかは? あ、正式採用じゃないから、ないのか・・・?」
「いや? 無いと不便やから、取って付けた名称はあんで?」
「取って付けたって・・・ 何て言うんです?」
「92式戦術歩行戦闘機 <F-92J> 『疾風(はやて)』や。」
1992年 7月18日1345 中華人民共和国黒竜江省 依安南西方20km 戦術機演習区域
『それで?どうして木伏中尉は、ご機嫌斜めだったの?』
前を行くエレメントリード・02から回線通信が入る。
「装甲ですよ。
「疾風」は第2世代機ですから、第1世代機の「撃震」程の重装甲はないでしょう?
どっちかと言うと、高機動でBETAの攻撃を回避するコンセプトですから。
そこが、突撃前衛向きじゃないって。
あの人の頭の中の突撃前衛は、重装騎兵のイメージですから。」
『成程ね。でも、今の世界の主流は、第2世代機の高機動能力追求だし。
今後出てくる筈の第3世代機では、もっと顕著になると言われているわよね。』
「ええ。米軍を除くと、大抵そうですね。
まぁ、中尉も嫌っているって訳じゃないと思いますよ。
今までの戦術機動を見直さないといけないから、そこら辺が面倒なだけじゃないですかね?」
『・・・つまり、駄々っ子?』
「はい。」
『ふふふ・・・』
「ははは・・・」
2機のF-92J「疾風」は先程から演習区の廃墟の一角で、静粛待機索敵(サイレント・サーチ)をかけていた。
相手も2機編成のF-92J「疾風」だ。
どちらが最初に発見するかで、イニシアティブを握れるかどうかが決まる。
「03より02。音響センサーの絞り込みは?」
『02より03。まだね。ノイズが結構大きいわ・・・ ちょっと、絞りきれない。
これ以上出すと、相手のパッシヴに引っ掛かるし・・・ 』
「と、なると・・・光学と振動センサーが頼り、か・・・」
『作戦に変更は無し。暫くはパッシヴも併用して、ね。』
「了解。」
その後も10分以上、神経のすり減るストーキング合戦が続いた。
こちらの位置を掴ませないよう、相手の位置を探りつつ、細心の注意を払って位置を変え続ける。
いい加減、集中力が切れそうになる。
いくつかの十字路で、廃墟の壁を背にしてマニピュレータの光学センサを突き出し様子を見る。
裏通りの廃墟を、細心の注意を払いつつ、極力音と振動を出さないように慎重に移動する。
やがて、廃墟の中央部、開けた場所に程近い十字路の手前で、振動センサーが微かな振動をキャッチした。
同時に音響センサからも、主機の駆動音をキャッチする。
「03より02。音響、振動、アクティヴ。」
『02より03。 こちらも、捉えられたと見ていいわね。
脅威対象想定位置はA、及びB。 C以下は除去。』
「了解」
さて、どうする?
このままじっとしていては、ただのカモだ。
動け。 大胆に。 慎重に。 派手に。 静粛に。
「03より02。 S-50-42から北西、N-55-36へ高速機動で引きつけます。
たぶん向こうはシザースで来るでしょう。
S-50-45からN-52-44経由で、N-54-36まで回り込んで下さい。
タイミングは30秒後。」
『了解。気を付けて。
懐に入られると、特に04は厄介よ。』
「必死に逃げますよ。 オーヴァー。」
『03の機動開始後、行動開始します。
ランデブー・N-54-36、30sec。 オーヴァー。』
俺は「愛機」の跳躍ユニットに、一気に「火」を入れる。
F110-GE-129が咆哮を上げ、水平噴射跳躍を開始する。
途端に戦術MAPに輝点が二つ。高速で追撃してくる。
直線的な軌道ではない。
クロスし、或いは緩やかに弧を描き、こちらの未来位置を潰そうとする機動だ。
「―――――っちぃ!!」
01に頭を押さえかけられる。
接触予想地点へ欺瞞発煙弾を発射。そのまま突っ込む。
欺瞞煙が発生したその外周ギリギリを、急速旋回機動で移動。
発煙有効圏外周部域に予め「見繕って」いた側道へ突っ込む。
『っ!01より04! ロスト!確認できるかっ!?』
『04より01! 目標、N-53-39から西の側道を高速移動中! N-53-38へ出ます!』
『よっしゃ! こっちはこのまま、ケツを追う! 04、N-52-38から一気に北上せいっ!』
『了解!』
げっ!オープン回線で話してるよ。
にしても、やばいっ! このままだと、前後を挟撃されるっ!
次の瞬間、殆ど無意識に真上へ噴射跳躍をかけた。
ビルの残骸の屋上に達した高度で右跳躍ユニットをパワーオフ。
そのまま機体と頭部ユニットを右へ捻り込む。
左跳躍ユニットの推力を、腰部スラスターに30%トレード 0.5sec噴射。
「――――――っつ!」
急激に横Gがかかる。
機体はくるりと綺麗に倒立側転半円を描いて、俺は機体をビルの向こう側へ持っていく事に成功した。
着地の瞬間、跳躍ユニットをブースト。 水平噴射移動開始。
N-54-39から更に北西へ移動する。 22秒が経過。
N-54-37へ続く通りで、南から突進する04を視認。 牽制射撃。
即水平噴射跳躍 26秒。
N-54-36から北上。 01と04が合流。 俺は機体を左右に激しく振り、必死で射線を避ける。
N-55-36 欺瞞発煙弾、最後の1個を「こっそり」投下。 29秒。
炸裂した発煙弾に、01と04が回避機動。 噴射跳躍をかける。
こちらは水平噴射旋回で、N-55-37へ続く十字路へ急速反転後進。 30秒!
「03、ファイアッ!」
『02、ファイアッ!』
発煙を噴射跳躍で飛び越えようとする最中の01と04。
その後ろから02が04の動力部に36mmを叩き込む。
俺は丁度、01の3時方向から同様に36mmを射撃。
咄嗟に空中回避機動をかけた01のコクピットに命中する。
『CPよりゲイヴォルグ-B。 01、コクピットに被弾。大破。04、動力部に被弾。大破。
02、03、ノー・ダメージ。 状況終了です。
ゲイヴォルグ-B、RTB(リターン・トゥ・ベース)』
『ゲイヴォルグ-B01、了解。ゲイヴォルグ-B、RTB。』
1992年 7月18日1435 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 衛士ブリーフィングルーム
「あぁ~~~~っ!!
納得いかん、納得いかん、納得いかんわいっ!!」
木伏中尉が駄々をこねている。
「でも木伏。あんた、ものの見事にエレメント2機とも同時撃破されてるじゃない?
納得いかないって、要は駄々こねてるだけでしょ? 全く。
突撃前衛長が、しっかりしなさいよ。」
第3小隊長・水嶋中尉が、にべも無く扱き下ろす。
「やかましっ。 近接格闘戦やったら、今まで5戦全勝や!」
「そのうち3勝は、神楽が格闘戦で取ったんだけど?」
「阿呆。作戦立てたんはワシや。
まぁ、確かに神楽の近接格闘戦能力は、小隊随一やけどな・・・」
「そ、そんな事はないかと思いますが。小隊長。」
律儀に答えるなぁ、神楽は。
「でも、今日みたいな中近距離高速機動・射撃戦に持ち込まれたら、1勝4敗よね?
特にここ最近は、連続して高速機動戦に持ち込まれて4連敗。」
「うっ・・・・」「・・・・・」
思わず呻く木伏中尉と、神楽少尉。
そうなのだ。F-92J「疾風」に機種変換してからの、小隊内実機訓練。
祥子さんと俺のエレメント02は、中尉と神楽のエレメント01に対し、実に5連敗を喫していた。
元々、相手の懐に潜り込んでの近接戦闘が得意な中尉と、剣術(剣道ではなく)を幼少のころから叩き込まれている、武家出身の神楽。
この二人に、軍に入隊してからの訓練でしか、経験のない俺たち二人では、些か対応しきれなかったのだ。
それでなくとも、「撃震」に比べて、格段に機動性と格闘戦能力の向上した「疾風」だ。
近接格闘戦をやらしたら、二人とも水を得た魚のように、生き生きと暴れまくられた。
負ける度に、中尉からはブリーフィングでのお小言と、からかいを。
神楽からは「まだまだ未熟だぞ? 周防。」等とやられる始末。
いい加減、頭に来ていた俺は、同じくお怒り気味だった祥子さん(こちらは、自分への不甲斐無さだ。大人だね・・・)と対策を立てた結果。
「相手の土俵に、わざわざ上る馬鹿はいない。」と結論。
コンビネーション重視の、高速機動・中距離射撃戦に打って出た。
元々、俺は近・中距離機動での射撃戦が得意だったし、祥子さんも格闘戦より射撃戦の方が向いている。
そこで、どちらかが囮で撹乱(それでも死に物狂いだ)、ランデブーポイントに誘い込んで、
射撃戦でケリをつける戦術に切り替えた。
これが図に当たった。
最初の1戦目こそ、俺が最後でドジ踏んで、神楽に後ろから袈裟掛けでやられてしまったけど。
2戦目からはコンビネーションの精度も上がって、本日で実に4連勝。
あと2勝でイーブンだ。
逆に中尉は、中距離での射撃戦にムラが有る。
神楽はやはり、射撃戦より長刀や短刀での格闘戦を好む傾向が強い。
射撃戦では、どちらかと言うと、しっかり狙って撃つタイプだ。
咄嗟射撃の要求される、近距離遭遇射撃戦では、精度が落ちる。
ま、どっちもどっち、ではあるんだが。
「ふむ。まぁ、何と言うか、予想通りの結果だな。
これでお互い、長所と短所が解っただろう。
以後は訓練で長所は伸ばし、短所は改めろ。
お互いカバーし合えば、短所はクリアできるだろうしな。」
最後は中隊長・広江大尉の、締めの講評で終わった。
1992年 7月25日 1215 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 将校用PX
偶々、中隊の男連中だけで一緒の昼飯となった。
「うん。見た目より頑丈な機体だね。フレームもしっかりしているし。
急速機動にもしっかり対応する。 主機の出力もパワーバンドも、申し分ない。
いい機体だと思うよ。」
天津飯を食いながら、源雅人少尉が「疾風」の感想を話してくれた。
彼は第3小隊で強襲掃討(ガン・スイーパー)のポジシュンだ。
どちらかと言うと、前衛寄りである。
1期先任だけど、生来の性格なのか、後任の俺達にも結構丁寧な言葉遣いをする人だ。
「同感。それと、アビオニクスが性能向上しているのも助かるな。
マルチロックオンシステムは、強襲掃討としては有難い。」
こちらは第1小隊の強襲掃討、同期で腐れ縁の長門圭介少尉。
前の小隊じゃ、強襲前衛だったらしいが、結構、視野の広い奴だから、
前衛と後衛の節足点のポジションは、ある意味正解かもしれない。
指揮官向きかも。
食っているのは、ジャジャ麺。
「まぁ、そやなぁ。 最初は、えっらいひ弱な印象やったけど。
振り回してもグズつきよらへんし、結構タフや。
案外掘出しモンやったなぁ。」
これは第2小隊長・木伏中尉。
当初の不信感はどこへやら。 今じゃすっかりお気に入りのようだ。
何故か饅頭を5,6個も皿に盛っている。
「中尉のスタンスだと、「撃震」より、「疾風」の方が合いますよ、やっぱり。
動きの自由度が違う。」
これは俺。 飯は羊肉串と水餃子。
まぁ、そう言う俺も、「撃震」より今は「疾風」に惚れている。
何と言っても、その挙動制御の自由度というものが、第1世代機とは格段に違うのだ。
昔の航空機で言えば、第1世代機は全体に重装甲防弾を張り巡らした攻撃機。
有名なソ連の大戦中のII-2(シュトルモヴィークの代名詞だ)の印象か。
対して、第2世代機は、大戦機で言えば、制空戦闘機。
帝国陸軍航空隊で言えば、四式戦の印象か。
名前も同じ『疾風』だしな。
そんな感想を口にしたら、3人とも「そうだな」と、合意。
「やっぱりなぁ、ワシら前衛や、前衛寄りは『戦闘機』のイメージやしなぁ。」
「でも。そうだとすると。迎撃後衛や、打撃・砲撃・制圧支援にとっては、どうなんでしょうね?」
「「「うぅ~~~ん?」」」
解らない、らしい。 最も俺もだが。
その時、見知った顔が目に入った。
「お~い、愛姫! 神楽! 美濃! ちょっとこっち来ないか。」
同期3人娘に声をかける。
「なになに? なんか奢ってくれんの?」
「お前の頭の中は、食欲90%、睡眠欲10%か?」
「なによぉ~~」
まだ手付かずの昼食のトレイを持ったままで、何が「何か奢ってくれるの?」だ。
伊達愛姫。この暴食娘。
「何事だ? 周防。」
「周防君、どうしたの?」
神楽と美濃。 普通はこう言う反応だよな・・・
「いや、な。機体が代わってさ、どういう印象受けたか、って話で。
俺達前衛や、前衛寄りポジションは概ね好評なんだけど。
後衛はどうかと思ってさ。」
ここでは、神楽は突撃前衛、乃至、強襲前衛だが、愛姫は打撃支援、美濃は制圧支援だ。
「う~~ん? 制圧支援的には、問題無いよ?
ALMランチャーが少し大型化してるから、制圧能力の低下はないわ。」
と、美濃少尉。
「打撃と砲撃支援的にも、そんなに問題無いかな?
ただ、機体重量が軽くなってる分、87式支援突撃砲の120mmのリコイルがちょっとだけ、
大きい気はするけど。 ま、感覚誤差範囲ね。」
と、愛姫。
「ほんじゃまぁ、『疾風』は良え機体やって事で。 ごっそさん。」
「ですね。 午後の整備チェック前に一服しますか? 中尉。」
「お、ええね。」
木伏中尉と、源少尉が席を立つ。
この二人は大隊でも屈指のモク中だった。
「んじゃ、俺は寝る。今夜は夜直の警急隊(アラート・スクランブル)配置だし。」
圭介も席を立つ。
「おい、待てよ。もう食い終わるからさ。」
「お前、食うの遅すぎ。早飯・早糞は軍隊の基本。」
手をひらひらさせながら、見捨てやがった。
「周防君は、午後の予定は?」
美濃がスープを、ふぅふぅ、と冷ましながら聞いてきた。 猫舌か?
「挙動制御プログラムの調整。 まだ、挙動終末にちょっと違和感が有るんでね。」
「整備の草場軍曹が言ってたよ?
『あいつの挙動制御パターンは、所々何考えているのか、解らないことろが有る。』ってさ。」
愛姫。 せめて口の中、飲み込んでから話せ。
「ふむ・・ 私も、人の事は言えないのだが。
周防、貴様の場合、機体の消耗分布が帝国衛士の一般的なパターンとは、少々異なる、とも言ってたな。」
さすが武家の出。 食事の行儀は非常に宜しい神楽。
「・・・軍曹が?」
「うむ。 整備主任の、饗庭中尉も仰ってられたぞ?」
「へぇ? 自分では、解らん・・・ 」
「・・・つまり、人外の変態?」
すぱぁーんっ!
「いったぁ~~っ! ぽんぽん叩くなぁ! バカになったら、どうしてくれるのよっ!」
「心配するな。 お前はこれ以上底は無い・・・ あ、底に穴掘ることもあるか。」
「むかつくぅ~~~っ!!!」
「愛姫ちゃんと、周防君・・・ 仲良いねぇ・・・」
「ふむ。 これが『夫婦漫才』というものか?」
「「そこっ! 天然ボケするなっ!」」
愛姫達との馬鹿騒ぎに付き合ってばかりもいられないので、俺はPXを後にして、ハンガーデッキにやってきた。
見ると、木伏中尉と源少尉がそれぞれ、機付き長(機体付き整備班長)と打ち合わせしている。
他にも、広瀬大尉と和泉少尉の姿も見えた。
俺は自分の機体「119-23B03」と刻印されたF-92J「疾風」に歩み寄る。
機付き長の、児玉修平整備伍長に手を挙げる。
「機付き長、修さん。ネヤス(「お願いします」の造語。元々は海軍のスラング)」
「お。直やん。ちょうどええ。 挙動制御データの解析、終わったとこや。」
大阪出身。草場整備軍曹の下が長い児玉整備伍長とは、公の場以外では「修さん」「直やん」でいつの間にか固定してしまった。
俺からすれば、階級で4階級下の整備下士官でも、軍のキャリアは向こうがずっと上だ。
児玉伍長からすれば、俺は先輩の草場軍曹の弟分。4階級上の上官で士官でも、感覚的には「舎弟分」
で、さっきの呼び方に落ち着いた。
俺としては、腕の良い修さんには、全幅の信頼を寄せている。
最も、ちょいと変な職人気質の人では有るが・・・
「早速やけど。 ここのログ、見てくれや。
丁度、噴射跳躍から倒立側転終わった直後やな。 ほら、ここ。」
修さんが、ログデータをモニターで指し示す。
「ここで、直に機体姿勢をクラウチング・ポジションにするコマンドと、跳躍ユニットのブーストコマンドが入力されとるやろ?
せやけど、まだ着地前や。 機体姿勢の強制安定イベント・プログラムが効いてるんや。
こんなコマンド入力しても、受け付けへんで?
で、着地した後すぐに、同じコマンド再入力しとる。 2度手間やな?
何考えとったん? 直やん?」
「ん~・・・ 何て言うか・・・ 強制イベント・プログラムって、嫌いなんだよね。」
「はぁ?」
「いや、便利な事は、便利なんだよ?
でもさ。咄嗟に次の挙動をしたい時に限って、働くからさ。
機体硬直時間が、すっげぇ、長く感じてイライラするんだよ。」
「で? イラついて、次のコマンド、入力されないの解ってて、八当たり入力しとんの?
それって、アホやで?」
「・・・・そうだよなぁ・・・」
「まぁ、オフセット(入力無効時間)は、多少は設定変更できるさかい。
直やんの機体は最小時間設定に直しといたるわ。
あとは・・・ そうやな。
インターロック・プログラム、いじっとくか・・・」
「インターロック?」
「そうや。 例えばや。
01・『仮想強制イベント』と02・『コマンド入力全般』の2つの認識ポイントを作っといてやな、OR演算させてな。
優先順位を、02 > 01にしとく。
で、実際に強制イベントが働く時に、02入力を認識しとったら、そっちを優先認識さすんや。
02が入力されてへんかったら、01が働いて、実際の強制イベントを実行する。
02を認識した場合、01は自動デリートや。 そやないと、いつまでも実行待機状態になってまうしな。」
「おぉ!? 修さん、すげぇ! 天才!」
「おお、もっと褒めてエエで?
せやけど、これやと通常の挙動制御プログラムより若干、遅れが発生しよる。
論理演算量が増加しよるからな。 機動のタイムラグに違和感は有ると思うで?」
「それでも、機体硬直が発生するより、余程マシ。
修さん、サンキュ。
で、いつ出来る?」
「そうやな・・・ プログラムの変更自体は、組み換え、打ち込み、バグ取りで・・・ 3日やな。
その後、実際に動かして実証運用検証して・・・ まぁ、1週間ってことやな?」
「じゃぁ、それで頼むよ。
俺、これから大隊の戦技報告研修会あるから。
じゃ!」
<<ハンガーデッキ。児玉修平整備伍長>>
「なんや、新しい玩具貰えたガキみたいやな・・・」
「ま。昔からそんなやつだ。」
「お?草場主任。居ったんですか?」
「うん。何やら物騒な魔改造話しが聞こえてさ。」
「魔改造・・・ まぁ、そうとも言うわなぁ・・・」
「しかし、あいつの言う事は、我々衛士が誰しも一度は思う事だ。」
「まぁ、そこを何とかすんのが、衛士の腕っちゅーもんやけどな。」
「ですが。実際には戦闘中の機体硬直には、冷や汗を流した事も多々あります。」
「ねぇ、機付き長? 私の機体も、周防少尉と同じ事、できないかなぁ?」
おわっ。 23中隊の、広江大尉に、木伏中尉、源少尉に、和泉少尉かいな。
ふん、まぁ、衛士やったら、誰でもそう思うわな。
もっとも、今の挙動制御プログラムも長年、コンバット・プルーフされてきた結果では有るんやけど。
<<10年後。2002年8月 帝国軍練馬基地 児玉修平整備科大尉>>
まぁ、そんなこんなで、あの時23中隊の全機に。
その後なし崩し的に、119旅団の全戦術機に、同じ処置する羽目になってもうた。
もっとも。 かく言う俺も、9年後に似たような事考えて、ホンマに別の対応OSまで作ってもうた阿呆が出てくる事になるとは。
あの時点では思いもつかなんだけど、な。
整備科の大尉になっとった俺は、正直腰抜かしかけたわ。
なんちゅうても、あの時の周防少尉と同じ年の、国連軍の訓練生が概念考え出したんやったしなぁ・・・
ほんま、何とかと何とかは、紙一重、やで・・・