1994年11月15日 0530 興城(シンチョン) 渤海湾沿岸部付近
「・・・ふあぁ」
思わず欠伸が出る。 歩哨勤務について5時間以上。 結局昨夜は徹夜だった。
本来なら3直交代での勤務なのだが、戦闘警戒中とあって、通常の倍の数が投入されている。
結果として、1直当たりの時間が大幅に伸びているのだ。 だが、それもあと30分で交代だ。
トラックの荷台に幌をつけただけの、無いよりマシなクソ固いマットレスの仮眠寝台。 それでも手足を投げ出して眠れるだけ、幸せだ。
野外、それも満洲の冬季で野営中の≪タコツボ≫で、寒さに震えながら座り込んで仮眠をとる事に比べたら・・・
中国陸軍第455機動歩兵師団に所属する、第1221機動歩兵連隊第31中隊の馬永安列兵(他国の1等兵、2等兵に相当)
彼はそんな事をぼんやり考えながら、必死に疲労と睡魔の両方の敵と戦っていた。
何せ、進撃開始からこのかた、まともに休息を取ったためしがない。 急速陣地転換が発令された昨夜以降は特に酷い。
碌に休憩も与えられないのだ。 歩兵部隊はいつもそうだ。
(―――全く。 戦術機乗りは良いよな。 こんな戦場でも、簡易とはいえ移動式の兵舎(トラック牽引の、野戦仮眠所)でぐっすり眠れて。
メシだって、優先的に美味いモノが食えて。 僕なんてここ2日間、戦闘野戦食の拙い≪チョコ・バー≫しか、口にしてないや・・・)
彼自身、衛士たらんと志したのだが。 残念ながら適性検査で早々に脱落し、歩兵に回された口だ。
それだけに、傍目から華やかな戦術機甲部隊に対しては、屈折した羨望感が隠せない。
未だ本格的なBETAとの白兵戦を経験していない15歳の彼が、そうやっかんでも致し方の無い事なのだが・・・
「おいっ! 馬列兵! ぼさっとしてねぇで、しっかり見張れっ!」
ふと気を抜きかけた瞬間、分隊長の孫二級軍士長(軍曹)から怒鳴られた。
「はっ、はいっ!」
「・・・いいか? 小僧。 BETAってなぁよ、いつ、どこから湧き出てくるか判んねぇンだ。
いつも、いつも、戦術機部隊や機甲部隊が矢面に立つ訳じゃねぇンだよ。 場合によっちゃあ、俺達歩兵が真っ先に攻撃される事だってあらぁ・・・
奇襲なんて受けた日にゃ、全滅確定だ。 だからよ、死にたく無きゃ、必死で見張れや・・・」
隣で複合監視センサカメラを覗いている徐上等兵がポツリと呟く。
たった3歳しか違わない18歳なのに、彼の表情も、眼の色も、まるで50歳も年を喰っているように見えた。
戦場で歩兵として過ごした3年の時間が、彼からあらゆるモノを奪っていったのだろうか。
バツが悪くなって、馬列兵は双眼鏡を取り直し、受け持ち範囲の見張りを開始した。
最も新兵の彼に渡されているのは、単なる高倍率の双眼鏡に過ぎない。 複合センサ機能付きの監視カメラ装置は、ベテラン連中が独占している。
―――それでも。 これが僕の任務だ。 だったら・・・ 一番にBETAを発見してやるっ!
その事態が何を意味するのか、今だ良く理解していない彼は気負いを込めて双眼鏡を目に当てた。 そして・・・
(―――大体、もっと外周の警戒線には、偵察戦術機部隊や軽機甲偵察隊が出てるのにな・・・ 本当に、BETAが出てくるのかな・・・?)
ふと、視線を左に逸らす。 ラオハ河の支流が見えた。 遥か昔から、この南満州の暮らしを支えてきた、母なる流れのひとつだ。
(―――えっ?)
ふと、視界を何かがよぎった。 最初は何かの錯覚かと思った。 倍率を上げ過ぎていたから、何かの陰を捉えたのか?
双眼鏡を離す。 遠くで≪何か≫が蠢いている。 ―――何だ?
再び、双眼鏡に目を充てる。 そして、その視界に飛び込んできたモノは・・・
「ッ・・・・!! ベッ、BETA・・・・ッ!?」
信じられない――― そして一瞬の後に脳裏を支配した感情。 足が震える。 からだが竦む。
(なっ、なんだよ・・・ あれって・・・ あれって、何なんだよ・・・ッ!)
あんな異形、あんな不条理、あんな・・・ あんな・・・ 信じられないッ!!
「小僧っ! ボヤっとするな! ズラかるぞっ!」
徐上等兵に首根っこを掴まれ、荒々しく監視ポイント(只のタコツボ)から引きずり出される。
「こんな所でボヤボヤしてっと! クソBETA共に喰い殺されて終わりだっ! さっさと小隊に合流するっ!」
気づけば、周りのタコツボからも分隊長の他、分隊員が急いで這い出していた。
「チェックポスト2022よりシックス! エリアK8DでBETA発見! 小型種です、約200・・・ いや、300・・・ 500以上! 向かって来ますっ!」
≪シックスより2022! 至急撤収しろっ! ポイント・デルタ3で合流だ!≫
「了解!」
分隊長が荒々しく野戦通信機の受話器をフックに叩きつける。
「野郎共! ズラかるぞ! 乗車開始!」
分隊全員が一斉にWZ-551A(92式装輪装甲車)に転がり込む。 兎に角、早く、早く、一刻も早く!
整地走行能力が最高速85km/hでしかないWZ-551A。 不整地では更に速度が落ちる。
早々にBETAに見つかれば、部隊に合流する前に追いつかれ、集られ、それで一巻の終わりだ。
何より有力な武装は、ZPT-90 25mm機関砲が1門しかない!
BF8L413Fターボ・チャージド空冷ディーゼルエンジンが、 320hpの全力で12.5トンの車体を泥濘から吐き出す。
車内はその乱暴な運転で振り回される。 馬列兵もあちこちを打ち付け、思わず呻き声を立てる。
やがて、小隊本部が見えてくる。 いや、『本部』だった、と言うべきか。 なぜならそこには・・・
「ベッ、BETA・・・ッ!?」
分隊長が思わず絶句する。 他の分隊も居た筈だ。 だがそこには、小型種BETAが群がり、食い漁っている。 仲間の死体を・・・
「うっ! 後ろからっ!!」
だれの悲鳴だったのだろうか。 気付いた時には猛烈な衝撃で車両は横転し、皆が中であちこちを打ち付けて呻いていた。
やがて、装甲を噛み砕く音・・・
「・・・う、うわっ!」
やがて、絶望と言う名の醜悪な存在が姿を現した・・・
1630 山海関東北方80km 興城付近 独立混成打撃戦術機甲大隊
「第2中隊! ≪セラフィム≫! 右翼から突っ込め! BETA群への側面突破だ!
第3中隊! ≪クレイモア≫! 正面だ! 突撃級の突破を阻止! 第1中隊は間隙を塞げ!」
周蘇紅大尉は、先程から喉がかれる程に次々に戦闘指示を出し続けていた。
何しろ状況が刻一刻と変化するのだ。 つい先ほど出した指示を、直ぐに修正せねば状況に対応できない、そんな場面に直面していた。
大隊は今、あと数100mの所にまで光線級を撃破出来得る位置にまで進出していた。
だが、そこからが遠い。 BETA群は中小規模の集団で、四方八方から絶え間なく襲いかかってくる。
これが小型種だけであるとか、大型種の1群であるとか。 そんな纏まった集団で有ればまだ対応はし易い。
だが、小型種を掃討している隙に、突撃級が突進をかましてくる。
突撃級を交わして撃破しようとすると、その背後から要撃級が高機動突撃を仕掛けてくる。
それにかまけていると、纏まった数の戦車級が四方から群がってくる。
完全な混成状態のBETA群。 それが数こそ少ないものの、絶え間なく襲いかかってくるのだ、四方から。
お陰で、同志討ちをしないと言うBETAの習性に助けられて光線級のレーザー照射こそ受けてはいないものの、本来の任務である光線級の撃破が一向に進まない。
お陰でこれまでレーザー照射を8斉射、許してしまっている。
≪CPより、『ドラゴニュート』! 光線級の撃破をっ! 輸送段列に被害が拡大していますっ!≫
(―――そんな事は、判っているっ!)
大隊の後方には、ほぼ無防備の輸送段列がレーザー照射を受けて、車両が次々に炎上していた。
車両だけでは無い―――トランスポーターに車載された戦車や、自走砲、予備機の戦術機まで、為す術も無く撃破されてゆく。
案の定というか、大部隊の移動につきものの進撃路の大渋滞。
午前中よりは随分とマシになったが、それでも営口に到達していなければならない筈の機甲部隊が、未だこんな所で往生しているのだ。
舗装道路だけでは到底間に合わず、未整地の野外を進んだ事のツケだ。
おまけに数日前に降った恐らく今年最後の大雨(次は降雪になるだろう)で、大地はぬかるんでいる。
ナポレオンが、そしてナチス・ドイツ軍が苦しんだロシアの泥濘。 その極東版が南満州の晩秋の泥濘だった。
「・・・くそぉ!」
歯がゆかった、悔しかった、そして、情けなかった。
自分達は何と無力なのか。 守るべき支援部隊を、光線級の猛威の真っただ中に晒しながら、一向にその撃破を成し得ないでいる。
『≪セラフィム≫より、≪ドラゴニュート≫! 右翼側面突破は無理ですっ! 北方より新たなBETA群! 約200! 突撃級と要撃級の混成!』
第2中隊長・綾森祥子中尉の悲鳴のような報告に、戦術MAPを確認する。
BETA群の右翼より側面突破を命じた第2中隊、その更に右側面―――ほぼ真北より、新たなBETA群が今度は第2中隊の側面に突っ込んで来た。
お陰で第2中隊は、右翼と正面の2方向からBETAの圧力をまともに受ける羽目になっている。
「ッ! クソッ! ≪セラフィム≫! 何とかならないかっ!? 第3中隊は正面圧力を支えるのに精一杯だっ!
第1中隊も間隙から溢れてくるBETA共の掃除で手が回らんっ!」
『無理ですっ、周大尉! 突破されないようにするので手が一杯です! ・・・第2小隊! 突撃級の足を止めろ! 第3小隊! 小型種の浸透を何としても阻止!』
第2中隊の苦戦の様相が伝わってくる。
その隙にも、小型種が多数押し寄せてくる。 2門の突撃砲から36mmをばら撒き、周囲を掃討する―――が、それも束の間、またBETA群だ。 今度は10体程の要撃級も居る。
第2小隊―――既に2機しか残っていない―――の殲撃10型が、短距離地表面噴射滑走で要撃級の合間を多角機動ですり抜ける。
その間に、突撃砲と近接用短刀で要撃級の柔らかい横腹や、後部胴体部に砲弾を見舞い、切り裂く。
たちまち、4体が無力化される。 しかし、その隙に戦車級が50体以上、2機に集り始めてくる。
『後退しろっ!』
小隊長の指示で僚機も一旦距離を置く。 その隙に周大尉直率の第1小隊と左翼の第3小隊とで、誘導弾と120mmを浴びせかけて主に小型種を掃討する。
小型種が弾け飛び、空いたスペースに更に突撃前衛の2機が突っ込み、残りの要撃級と高機動戦闘を開始する。
戦術機の動きにつられて後ろや側面を見せた要撃級には、第1、第3小隊機から36mmと120mmが浴びせかけられる。
ようやくの事で、要撃級の始末を終わる。 これで後は小型種を―――『中隊長! 左翼より新たなBETA群! 小型種、約100! 戦車級です!』
「くっ! 第2、第3! 対応しろっ! 第1小隊、この場の小型種をさっさと掃討するぞっ!」
―――駄目だ、大隊戦力だけでは、手が足りない。 せめて、あと1個大隊・・・ いや、1個中隊でいい、戦術機戦力がここにあれば・・・!!
だが、無いのだ! 山海関から営口に至る輸送幹線。 南満州防衛の、その生命線。 そこを守る為の防衛戦力は、戦術機甲部隊は。
彼ら、独立混成打撃戦術機甲大隊のみ。 1個大隊のみ。
「くそぉ! 1個大隊だけで・・・! 30機そこそこの戦術機だけで、どうやって数千のBETA群の波状攻撃から、輸送段列を守れと言うんだっ!」
既に南部防衛軍、通称、『宮崎支隊』は数万のBETA群との叩き合いに突入していた。
中国第4野戦軍は、瀋陽方面でのBETA群第1派と直接打撃戦に突入している。
その2個軍の間隙を埋める戦力が、定数割れの戦術機甲1個大隊だけとはッ!!
1645 独立混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊第4小隊
『はあ・・・ はあ・・・ はあ・・・』
『ふっ、ふっ、ふっ・・・』
荒い息遣いが聞こえる。 小隊の新任達だ。 無理も無い、いきなり初陣でこんな戦場に叩き込まれた日には・・・
『クレイモアDよりリーダー! ≪ドラゴニュート≫との間隔が空きます! 右翼の≪圧力≫が強い、このままでは抜かれます!』
小隊長の市川中尉が、中隊長の高山大尉に意見具申をしている。 そう、このままでは第1中隊との間に差し込まれて分断されかねない。
『こちらリーダーだ! クレイモアD、市川君、何ともならん! 前面の≪圧力≫はそれ以上だ! いま引いたら、一気に突破されかねん!』
確かに、前面に展開している第1、第2、第3小隊前面のBETA群―――大型種を主体とした群れは、数時間前からひっきりなしに波状攻勢を仕掛けてきている。
数自体はさほど問題は無い。 精々が数10体程。 だがそれが、その群れが息つく間もなく、前方と左右から波状攻撃を繰り返してくるとなると・・・
再び群がり始めた小型種BETAに向け、2門の突撃砲を向ける。 36mmをシャワーのように浴びせかけ、120mmキャニスターで掃討する。
『くそっ! くそっ! くそっ!』
『き、きりが無いっ!』
前の3個小隊の隙間をすり抜けてきたBETAを片っ端から掃除するのが、私達第4小隊の仕事だ。
ここを抜かれたら・・・ 本当に、防衛部隊はひとつも無い。 あとはほぼ無力な輸送部隊が餌食になってしまう。
―――拙い。 新任達の余裕も、最早限界だ。
「佐倉! 宮本! 近いっ! 近すぎる、距離を取るのよ! BETAに飛び道具は無い!―――光線級以外はね! 落ち着いて! 距離を取って掃除するのよっ!」
『りょ、了解!』
『はいっ!』
知らぬ間にBETAとの距離が縮まっていた2機が、後進噴射滑走で一旦距離をとる。
帝国軍の戦術機訓練課程じゃ、こんな時には近接格闘戦闘なんかを良くやらすけど。 私に言わせれば―――実戦経験のある衛士に言わせれば、愚の骨頂だ。
「数の暴力」が最大の武器である小型種の群れの中に、長刀や短刀で突っ込んで行っても。 数体を斬り伏せる間に、数10体に囲まれて取り付かれるのがオチだ。
大型種相手でも、近接格闘戦なんか弾切れの後の最後の手段だ。 何も息の根を止める必要なんかない、脚でも何でもいい、行動不能にすればそれで事足りる。
その為には近接格闘戦より、射撃戦の方が向いている。 ―――近接格闘戦なんか、余程経験のある、根性の据わった衛士でないと何時までもその機動を維持できないからだ。
射撃戦なら、一定距離さえ保てれば新米でもトリガーを引く事は出来る。 単純な話だ。
だから私は、新任の2人に距離を置いた戦い方を口を酸っぱくして言い続けている。
大体が、こんな乱戦の最中に突っ込んで、近接格闘戦をしでかして生き残る自信など私にはない。
自分が出来もしない事を、新任にやらせられる訳が無い。 そう言う事。
「いいかっ! 落ち着いて、計器をよく把握しろ! 目視にばかり頼るな、戦闘中は狭視界になりがちだ! ―――計器は嘘をつかない、いいなっ!?」
『りょ、了解です、神宮寺少尉!』
『判りました! 先任!』
1650 南部防衛軍 『宮崎支隊』司令部
「第9軍団より入電。 『BETA群、東方突破の圧力未だ強し。 第14師団、戦力1割減。 第3師団保有戦車、15%減。 我、可能な限り持久せんとす。 1645』 以上です!」
「第11軍団、南方より攻撃再開。 BETA群、一部を誘引しつつあり」
「米・・・ 国連軍第12軍団より入電!
『第2戦術機甲師団、『ヘル・オン・ホイールズ』 戦力15%減。 光線級のレーザー照射により、第1空中騎兵師団、『ザ・ファーストチーム』のロングボウ・アパッチ、被害甚大』
―――以上です!」
「営口までの補給段列、光線級のレーザー照射続いています! 独混戦術機甲大隊より、至急の増援要請、継続中!」
本日の早朝。 南部防衛軍『宮崎支隊』と、瀋陽に急遽配置転換中の第4野戦軍主力の間、具体的には山海関の北北東100km程の興城付近。
そこに予期せぬBETA群の1群が出現した。 凡そ2000体。
小型種が主体では有ったが、その場にいた部隊は殆どが輸送任務部隊。 まともな防衛手段を持たなかった。
司令部は急遽、独立編成の独立混成打撃戦術機甲大隊(長・周蘇紅大尉)を急派。 BETA群の阻止任務に当てた。
午前中は良かった。 波状攻撃とは言え、小型種が主体。 更に怪我の功名と言うか、背後には補給部隊そのものが居た。
独混大隊は奮戦し、BETA群の突破を良く防ぎきったのだ。
戦況が急転したのは1600時頃だ。 光線級が出現したのだ。 ―――定番の地中侵攻から。
独混大隊も良く奮戦したが、数に勝るBETA群の壁を突き破れる程の戦力は無かった。
その結果、補給路―――輸送段列が次々にレーザー照射を被弾、被害が拡大していった。
「第9軍団へ、『可能な限り、持久せよ』 兎に角、BETA群の進路を南に捻じ曲げるまでだ。
第11軍団へ通達、『攻撃の手を休めるな』 派手にかましてBETAの目を引かすのだ。
国連・・・ ふん。 米第8軍団のアイケルバーガー中将に伝えろ。 『継続は圧力なり』
第2戦術機甲師団と、第25師団(『トロピック・ライトニング』)で南部へBETA群の後続を押し出させるのだ。
撒き餌代わりに、17師団(帝国軍第11軍団。機動歩兵)、それと75師団(米軍。諸兵科混成)を南部に展開させろ。
BETAが喰らいつく寸前で、11師団(帝国軍第11軍団。機甲)、10機甲(米軍。機甲)の側面斉射で削れ」
「独混大隊への支援は? 如何されますか?」
「・・・手持ちは出せんな。 海軍はどう言っている?」
「戦闘団(戦術機甲大隊相当)1個ならば、直ぐにでも出撃可能と。 制圧戦仕様ですが、寧ろその方が都合が良いかもしれませんな」
「緊急要請を出せ。 独混大隊が磨り潰されんうちに」
「はっ! 海軍部隊、母艦航空戦隊へ緊急要請だ! 『我、エリアF2Bの戦域制圧を要請す』 急げよ!」
半日を過ぎてようやく、BETA群の東方への突破阻止と、南部への誘引に成功しつつある。
これが成功してようやく、出現したBETAの掃除が終了する。
その後には、瀋陽方面で叩き合いを展開中の友軍への支援攻撃が待っているのだ。
(最終的には、損失は50%内外か?)
現在の状況と、長駆駆けつけた場合の機械疲労による損耗、そして戦闘での損失予想。
それらを考えた上で、宮崎大将は指揮下部隊の最終損耗率を漠然と弾き出していた。
(そうなれば―――大陸派遣軍は、ほぼ壊滅だな。 本国から戦略予備を回さんと、今後を支えきれん)
果たして、軍中央がそれを飲むかどうか。
何しろ、戦略予備の第7軍を派遣してしまえば、残るは本土防衛軍戦力だけだ。 何かと難癖をつけてくる連中も多い。
(特に、大本営に連なる馬鹿共にな・・・)
帝国の制度上の大問題と、宮崎大将の他、幾人もの政・軍界で語られる前時代の産物。
統帥権の曖昧さと相まって、帝国の国防戦略、ひいては外交・国家戦略をも引っ張る大問題。
そこに見え隠れする連中は、必ずや追加派兵に対して難癖をつけてくるだろう・・・
「海軍部隊より入電! 『これより発艦開始』、以上です!」
―――これで、輸送路の確保が少しは楽になるか。 東方への圧力が弱まり次第、14師団から戦術機部隊の1個連隊ほど抽出して出してやらねばならんな。
今は、本国での政争に思い悩む時ではない。 そんな贅沢が許される時ではない。
気を引き締め直し、戦況MAPを振り返る。 何とか、自分の意図した状況には持ち込めそうだ。
これならば、明日の朝には瀋陽防衛戦には合流できるだろう。
1655 独立混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊
『―――中隊、待て! ・・・はっ! 了解! ≪クレイモア≫、全機! 300後方に下がる! 後ろの丘陵部、その手前で再構築だ!』
―――防衛線の再構築?
戦術MAPを改めて確認する。
BETA群の左翼(私たちから見れば右翼)と、真北からの新たなBETA群の≪圧力≫に晒されていた第2中隊≪セラフィム≫が後退している。
私達第3中隊と≪セラフィム≫の間隙を守っていた第1中隊≪ドラゴニュート≫も、その動きに合わせて後退中だった。
確かにここで私達も後退しない事には、突出して孤立してしまうだろう。
『神宮寺、中隊の後退支援に第4小隊が殿軍をする。 君は佐倉とエレメントBで左翼に。 僕は宮本とエレメントAで右翼に着く。
陣形・傘型(ウェッジ)、逐次後進で遅滞防御戦闘だ』
網膜スクリーンに、小隊長・市川中尉が映る。 随分と疲労しているようだ。
無理も無い、10時間以上、連続した戦闘を強いられている独混大隊(いや、南部防衛軍―――宮崎支隊の全部隊がそうだ)
おまけに殆ど初体験の大規模戦闘、そして同時並行の部隊指揮。 経験の浅い中尉にとっては精神的な重圧の方がはるかに大きい。
それでも何とか、第4小隊―――本来の編制外の、臨時編入の『員外小隊』は脱落なく切り抜けていた。 他の小隊は、第2と第3が既に1機ずつ撃破されている。
自分も事有る毎に、小隊長をサポートし続けてきた。 どんな腕の未熟な隊長でも、居るのと居ないのとでは雲泥の差なのだし。
何より、今は1機でも友軍の損失を抑えたい。 ―――生き残る為にも。
(そう―――生き残る為に。 その為には、仲間を失う訳にはいかない・・・ それが、自分の怠慢で失うなど。 結局は最後には自分もやられてしまうんだ)
声を涸らして新任達を叱咤し続けた。 励まし続けた。 彼らがやられないように。 彼らを生き残らす為に。 そして自分が生き残る為に。
「―――D02、了解。 D04、佐倉。 私の左後方、30mにつけ。 勝手に動き回るな? 私の動きに合わせるんだ。
D03、宮本。 アンタも同じよ。 勝手な戦闘はするな、小隊長機のフォローに徹するのよ、良いわねっ!?」
『『 了解! 』』
『長刀はパージしろ! 代わりに突撃砲だ! 兎に角、弾幕を張って後退を支援する!』
最後の補給コンテナから突撃砲を取り出す。 代わりに2本の長刀をパージ。 背部兵装ラックに突撃砲を装着。 これで1機4門、計12門の弾幕を張れる。
『よし。 中隊の後退が始まった! 第4小隊、前面に移動する!』
4機の『疾風弐型』が、中隊の後方から噴射跳躍をかけ、最前面に出る。 途端に群がってくるBETA。
中央に位置する2機―――市川中尉機と、神宮寺少尉機で大型種、主に突撃級の節足部を撃ち抜いて突撃を止める。
後続の要撃級がそこに衝突し、群れが団子状態になる。 そこへ120mmで止めの砲撃。
左右から迫る小型種―――戦車級や闘士級―――へは、外縁部に位置する佐倉少尉機と、宮本少尉機が4門の突撃砲から36mmの雨を浴びせかけ、掃討していた。
「佐倉! 宮本! その調子! いいか、絶対に距離を縮めるなよ? ―――小隊長! Aエレメント、50後退願います!」
『了解だ! 宮本、全速で50後退! 急げっ!』
『はいっ!』
右翼のAエレメント2機が後進地表面滑走で後退する。 その間、Bエレメントの2機は各4門の突撃砲から36mmをばら撒き、弾幕を張る。
『神宮寺、Bエレメント! 後退しろっ!』
「了解! 佐倉、後退だ!」
『了解です!』
Bエレメントの後退開始と同時に、後方に位置したAエレメントから36mmの弾幕射撃が再開される。
逐次交互後進による遅滞防御戦闘を繰り返し、ようやく中隊本隊と合流する。
『第4小隊! ご苦労だった! 右翼に展開しろ!』
中隊長の指示が聞こえる。 小隊はそのまま、中隊の右翼に展開する。
『ふぅ・・・ ベッ、BETAとの戦いって・・・ こ、こんなに目まぐるしいものなんだな・・・』
『全くだよな・・・ 俺なんか、自分が今何しているのか、全く判らないよ・・・』
佐倉少尉と宮本少尉の会話か聞こえてきた。 新任の内はそんなものだ。
戦場の中で、自分がどう言う動きをすれば良いのか。
戦況を見れるようになるには、どの位になればいいのか。
―――私だって。 それが少しでも視れるようになったのは、数か月前だものね・・・
初陣の時は何も判らなかった。 何も出来なかった。 生き残ってから以降の戦闘でも、只がむしゃらに戦ってきた。
あの当時、私が死ななかったのは・・・ 多分、当時の中隊長や小隊長、そして先任たちが私の動きを把握してくれていたからだろうな・・・
今日の戦闘で、佐倉・宮本両少尉の『お守役』を課された事で気づいた点だ。
兎に角、新任達は戦場での自分の立ち位置が見えない。 こればかりは経験を積まないと無理な話なのだけれど。
その新任達が生き残れるようにするには、部隊長や他の先任たちがその動きを把握して、しっかりとフォローしてやらないと、まず生き残れない。
(―――今まで、『狂犬』だの、なんだの言われながらも生き残ってきたのは・・・ 私の技量じゃなかったのか・・・)
改めて思い知らされる。 自分の未熟を。 自分の勝手を。 そして、それを叱責しながらも、自分を生き残らせてくれた上官たちや先任たちの度量を。
―――ぱしっ
ふとそんな思いに耽っている自分に気づき、気合を入れ直す。
戦場でそんな贅沢など。 その内に死ぬぞ? 神宮寺まりも。
1655 山海関南東15km 渤海湾上空 帝国海軍第215戦術戦闘航空団
夕闇が迫る海上を、帝国海軍第215戦術戦闘航空団先任飛行隊長・長嶺公子少佐は前方を凝視しながら、乗機の『翔鶴』でNOEを続けている。
「セイレーン・リーダーより各機! 手筈はいつもと同じだよ! 低空突撃―全弾発射―支援砲射撃で一撃離脱!
戦艦部隊が艦砲射撃で、光線級のレーザーを引きつけている隙に、突っ込むぞ! 間違っても高度を上げ過ぎるな!?」
『下げ過ぎて海面に激突、ッテのは有りですかね!?』
「トンちゃん(加藤瞬大尉)! アンタがそこまで根性見せたら、後で靖国に行ってから褒めてやるわよっ!」
部下の第3中隊長・加藤瞬大尉の軽口に合せながら、良い合いの間だと感心する。
彼は普段からひょうきんな愛すべき茶目な男だが、戦場での肝の据わりっぷりもなかなかのものだ。
「それと、地べたに落っこちても陸軍さんは自分達の身で精一杯だかんね! 助けちゃくれないよ! 判ったか!?」
『『『 イエス! マム! 』』』
「よぉっし! 高度下げろ、30!」
36機の『翔鶴』が一斉に高度を下げる。 殆ど海面ギリギリと言った感じで、ジェット後流に叩かれた海面が盛大にしぶきを上げた。
第1航空艦隊・第1航空戦隊の戦術機母艦『大鳳』より発艦した1個戦闘航空団(戦術機甲大隊)が、沿岸部の輸送路防衛に展開している陸軍部隊の支援攻撃に参加しつつあったのだ。