1994年11月15日 1658 山海関東北部 独立混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊
周囲に第1、第2中隊が後退を済ませて展開してきた。
私達の隣は・・・ 第2中隊。 ≪セラフィム≫の第3小隊か。 確か、左翼迎撃後衛小隊。 4機揃っている所は流石。
『お隣、失礼しますね~』
はは・・・ 多数のBETA群が前方、数100mの地点で蠢いていると言うのに。
≪セラフィム≫の小隊長から、何とも場違いに思える挨拶の通信が入ってきた。 確か・・・ 伊達中尉と言ったか。
『むさ苦しいところですが、どうぞ』
―――小隊長も。 少し余裕が出たかな・・・ いや、あれは疲労からくるものかな? 半ば自棄になっているのかも? ・・・いやいや、前向きに考えよう。
ふと、オープン回線のスクリーンで≪視線≫を感じた。 多分、自分を凝視しているのだろう。 ・・・同期の仁科少尉だった。
「・・・何?」
『・・・ふん。 ま、いいや。 どうやら『先任』やっているようだし』
―――何? その言い種・・・
少しカチンときた。 いくら同期だからって。 いくらこの間、派手に殴り合いしたからって。
「何が言いたいのよ・・・?」
『・・・別に?』
―――ムカつく奴ね。 こんな奴だった? 仁科って・・・
『お? 神宮寺、生き残ってたねぇ! よしよし』
急に割り込んで来たのは、やはり同期の美園少尉。 見ると≪セラフィム≫の第2小隊―――突撃前衛小隊が、最前面に展開していた。
―――ああ、そうか。 この2人は第2中隊だっけね・・・
と言う事は。 この2人も今日は『先任』として戦っていたという訳だ。 いや、第2中隊本来の所属からして、この半年以上をそうやって戦ってきたのか。
半年前、自分は何をしていたか? ―――思い出せない。 只がむしゃらに戦っていた事以外は。
確かその頃にも後任が居た筈なのに。 顔が思い浮かばない。 名前も思い出せない。 ―――いや、今生きているのかも?
唐突に思い出した。 死んだのだ―――皆。
(・・・ッ!!)
―――あの時。 仁科に罵倒されて思わず殴りかかったけど・・・ 殴りたかったのは、彼女の方か・・・
(『何やってんのよ! 神宮寺! 次席卒業っていや、同期の代表みたいなもんでしょ! しっかりしなよっ!』)
ふと、訓練校時代の仁科が脳裏で私にハッパをかけている。
そう言えばあの頃、新井と色々とやり合っていた私を擁護してくれた、数少ない同性の同期生だった。
ホロ苦い思いと共に、何かがほぐれる様な気がする。 まだまだ、しつこく絡まって手強いけれど。
それでも少し、何かがほぐれている気がする。
『? どうしたのよ、神宮寺、しんみりした顔して。 似合わないよ? 拾い食いでもして脳にでもキた?』
「・・・脳がキているのはアンタでしょう、美園・・・ 失礼な女ね。 それより、アンタの前。 BETA共が動き出しそうよ?」
『美園。 その能天気振りに免じて、引き続き吶喊役をさせてやる。 いいな?』
『小隊長・・・ ここは、『免じてやる』じゃないですかぁ?』
『他の部隊と一緒にするな』
どうやら、美園の小隊の隊長はなかなか話の判る人の様だ。 あの能天気女が、吶喊役程度で怖がるものか。
『ちぇ! このサディスト・・・ 『何か言ったか?』 ・・・いいえ! って訳よ、摂津。 怨むなら小隊長を恨みなさいよ? 私じゃないからね!?』
『・・・美園さんのエレメントにされたのが、運の尽きです。 諦めましたよ、もう・・・』
スクリーンに映った見慣れない男性衛士―――まだ若い―――が嘆息している。
多分、美園とエレメントを組む衛士だろう。 話し振りからして後任の。 ・・・何とも可哀そうなものだ。
『ドラゴニュート・リーダーより大隊全機、聞けっ! あと数分で海軍機による広域制圧攻撃が始まる! 同時に戦艦部隊の艦砲射撃もだ!』
大隊の通信回線に歓声が上がる。 何せこれまで、殆ど孤軍奮闘してきたのだ。
ここに至って、海軍戦術機部隊の支援攻撃。 それも戦艦部隊の艦砲射撃のおまけ付き!
『海軍さんは盛大に吹き飛ばすのは得意だが、細かい攻撃調整なんて繊細な神経は持ち合わせていない!
いいか、海軍機の突入確認後、一旦100下がるぞ! 誤爆に誤射、誘爆したくなかったら、命がけで逃げろよ。 いいな!!』
『『『 了解! 』』』
戦術MAPに海軍機を示す輝点が表示される。 かなりの低空突撃のようだ。 やがて視認。
―――頼む。 少しでもいい、BETAの数を削って!!
無意識に海軍機の機影に対して、そう願っていた。
1700 帝国海軍第210戦術戦闘航空団 山海関付近 渤海湾上空
暫くして、夜の闇が迫る夕暮れの前方に砲火が見えた。
(―――あそこか。 成程、あの数、小型種主体と言え、1個大隊だけじゃ穴を防げやしないね)
闇を引き裂いた光線級のレーザー照射がまた、輸送段列に突き刺さる。 そしてタンク・トランスポーターが戦車もろとも爆散し、燃料搬送車両が大爆発を起こす。
≪FACより『セイレーン』、艦砲射撃開始10秒前・・・ 5,4,3,2,砲撃,開始!≫
途端に彼方から大音響が発生する。 後方の夕暮れの海面付近が赤々と照らされる。 その光の中にくっきりと浮かび上がる、大型艦の陰。
第3戦隊の2隻、『大和』と、『武蔵』の両艦が、45口径460mm主砲の射撃を開始したのだ。
途端に、頭上を特急列車が過ぎ有るような通過音。 そして、陸地から光線級による迎撃レーザー照射。
戦艦の大口径砲弾など、如何に重光線級のレーザー照射と言えど、一撃で蒸発などさせる事は出来ない。
2,3本の迎撃照射で2~3秒。 光線級のレーザー照射ならば、せめて5本以上で5秒以上。
2隻が1回に付き、各3発の主砲発射をしている訳だ。 6発を迎撃するのに、重光線級で多くて9体、光線級で15体程が迎撃に拘束される。
それを光線級のインターバルに合わせた間隔で撃ちこんでやれば・・・
「セイレーン・リーダーより各機! 今だっ! 突入するっ!」
36機の『翔鶴』が、陣形を傘型(ウェッジ)に切り替え、低空を高速突入する。 広域での戦域制圧を主任務とする海軍母艦戦術機部隊の、突入時の定番陣形だ。
海面スレスレを、時速500km/h近い速度で突入。 感覚的には海面激突寸前のチキン・フライト。 海面が真近に迫る。
陸地が目前に迫る。 高度を20上げる。 陸上上空に侵入し、そのままの進路で突撃。
≪FACより≪セイレーン≫! 進路そのまま、ポイント・ブラヴォーで全弾一斉発射! 右500に陸軍さんの戦術機部隊、巻き込まんで下さいよ!?≫
「それは先方に言え! 下手を打つなとな! ―――よぉし! 上昇!」
全機が一斉に引き起こしをかける。 上空には砲弾迎撃のレーザーが暗くなり始めた空に舞っている。 重金属雲が盛大に発生していた。
光線級は砲撃迎撃に大半が取られているようだが、未だ残っている奴もいるかもしれない。
それに、攻撃態勢に入った海軍戦術機にとって、最も無防備になる瞬間だ。 気が抜けない―――
『―――3中隊9番機、被弾!』
『2中隊3小隊長機! レーザー直撃!』
『くそっ! 跳躍ユニットがっ! ―――コントロールアウト!! うわあああ!!』
『5番機! ベイルアウトだ! 5番機! ―――チクショウ!!』
ほんの2,3秒。 ほんの2,3秒の無防備な時間。 それで既に3機を失った。 だが、残る33機は攻撃態勢を維持、発射点に到達した。
「全機―――かませぇ!!」
400発近いマーヴェリック・ミサイルが発射される。 残る『翔鶴』は一斉に高度を下げ、A/Bを点火。
光線級の中から迎撃照射が上がってくるが、400発に近い誘導弾全発を迎撃など不可能だ。 この至近距離では・・・
「―――着弾確認! 全機! 上空掃射、一航過!」
盛大に爆風と鋭利な破片を高速で撒き散らして、BETAが吹き飛ばされる光景のなか、M88-57mm支援速射砲をばら撒けるだけ、ばら撒きながらフライパスする。
―――その瞬間、一瞬何かが光った。
『くそっ! レーザー被弾! 推力が上がらない・・・ッ!!』
『メイデイ! メイデイ! 火がっ! 火がっ! コクピットに・・・ うぎゃっ!!』
―――くそっ! やられたかっ!
離脱時に、生き残った光線級のレーザー照射で、また2機を失った。
お返しにM88をばら撒き、位置を確認した光線級の喰い残しを始末して戦闘空域を一気に離脱する。
後に残った大地には、主に吹き飛ばされ、砲弾でズタズタにされた小型種の残骸―――大型種も結構あった。
「セイレーン・リーダーより陸軍! 出前は以上だよ! これでいいかい!?」
『≪セイレーン≫、こちらドラゴニュート・リーダー、周大尉です。 制圧支援、感謝します!』
―――お!? 中国軍だったの?
でも、IFFには帝国軍―――92式・・・ の、弐型もある。 あ、殲撃10型も居る。 混成部隊か?
「セイレーン・リーダー、日本海軍・長嶺少佐だよ。 周大尉、出前が必要な時は何時でも言いな?
それと、航空戦隊から中継の伝言だよ。 『30分おきに1個戦闘団を出す。 支えて頂きたい』、ウチの航空戦隊司令官からさ」
『了解。 少佐、その時は遠慮なく。 それと、感謝しますと。―――では少佐、ご武運を!』
「貴官もな!」
飛び去る『翔鶴』の編隊を、地上の『疾風弐型』、『殲撃10型』が見送る。
地上の指揮官機が、突撃砲を僅かに上に上げ、謝意を示した。
『翔鶴』の指揮官機が機体を僅かに左右に揺らして応える、そして彼方の海上へ飛び去って行った。
海軍機が上空をフライパスして飛び去ってゆく。
攻撃終了直後以降、レーザー迎撃が出てこないと言う事は、丁度いい塩梅に光線級は纏めてくたばったと見て良い。
「ドラゴニュート・リーダーより、≪セラフィム≫、≪クレイモア≫! 光線級の邪魔が無くなった!
上空は我々のモノだ! 派手に踊れっ! 残りを平らげろ!!」
『セラフィム、了解! 各機! 右翼の大型種を片づける! 続け!!』
『クレイモア各機! 正面をブチ破るぞ! 陣形・アローヘッド・ワン!』
2つの戦術機甲中隊が、疲弊しながらも力強く反撃を開始する。
『F/A-92E・ヴァイパーⅡ(疾風弐型)』が、一斉にFJ111-IHI-132Bを吹かしてBETA群へ飛びかかっていく。
その光景を見ながら周蘇紅大尉は、自分にも今日の戦闘が始まって以来忘れかけていた高揚感を覚えた。
「≪ドラゴニュート≫! 余所に美味しい所を取られるな! ―――殲滅しろっ!!」
1730 山海関東北20km 南部防衛軍 第9軍団
「閣下、BETAの東方への突破阻止は何とかなります。 先程、先鋒の第14師団司令部より、『BETA群、南進』の報が入りました」
戦況MAPの前に、戦闘開始以降ずっと立ちつくしている嶋田豊作中将が無言で頷く。
元戦車乗りの機甲科出身の嶋田中将にとって、今回の様なひたすら受け身で持久する作戦は苦痛に違いない。
大胆な部隊の機動運用で優勢を確保し、機動火力を以って殲滅する。 言わば電撃戦指揮の名手なのだから。
暫く戦況MAPを見入っていた中将が、傍らの参謀長へ顔を向けずに尋ねる。
「なあ、参謀長。 今ここから、戦術機甲1個連隊。 引っこ抜いても戦線は支えきれるな?」
「攻勢に出なければ。 我が第9軍団は東方への『閂』ですから。 それに攻勢に出るのであれば、今の倍は欲しいですな」
「そりゃ、贅沢だ。 ―――よし、まずは宮崎さんに断りを入れなきゃな。 戦術機甲1個連隊、営口までの輸送幹線路の防衛に回す」
参謀長は司令官の視線の先の戦況MAPを見やり、それからちょっとだけ眉を上げて聞き質した。
「戦術機甲、1個連隊―――宜しいのですな?」
「ああ。 福田君(福田定市少将。第14師団長)に伝えてくれ。 『暫く、部下の恨み事を聞いててくれ』、僕がそう言っていたとな」
「―――はっ!」
相変わらず、戦況MAPから視線を外さない司令官の元を離れ、参謀長は自ら通信車両へ移動する。
何せ、前線では(ここも前線だが)苦労してBETAの突破阻止戦闘を継続中なのだ。 そんな中で戦術機甲1個連隊を引き抜く、なんて事を言ってみろ。
―――部下の参謀どもには、言わせられんな・・・
第14師団長の顔が浮かぶ。 普段は温厚な関西弁丸出しの、気の良い奴だが。 流石にあの福田と言えども血相を変えるだろう。
仕方が無い。 ここの憎まれ役は俺か。 数少ないUコース(大学卒の予備士官学校出身士官)出身で、更に希少価値モノの将官同士。
しかも同期生、奴は大阪帝大、俺は京都帝大で同じ畿内同士で昔から何かと気が合った仲だ。
文句の10や20は聞いてやるさ。 ―――それで輸送段列の被害を防げるのならばな。
1740 山海関東北15km 南部防衛軍 第9軍団 第14師団
「・・・ほんま、喰えんお人やなぁ・・・」
通信ブースから出てきた福田少将は、同期生の参謀長から軍団長の命令を受領した後で、苦りきったような、嘆息したような、それでいて少しほっとしたような表情で呟いた。
「? 如何されました、閣下?」
副官の大尉がその呟きを聞きつけたようだ。 気遣わしげに聞いてくる。
「ん・・・ いいや、独り言や。 それよりな、主任参謀と作戦参謀、呼んでくれへんかな?」
「は? ・・・はっ!」
副官が慌てて出て行った数分後、姿を現した主任参謀と作戦参謀に新たな軍団命令を伝え、戦線の整理と再構築を命令した。
「・・・と、言う訳や、藤田君。 君、行ってくれへんかな?」
『ご命令で有れば。 輸送幹線確保は継戦上、譲れない訳ですし。 行ってまいります、閣下』
「うん、宜しく頼むよ。 ・・・ああ、そうやった、独混に派遣しとる君の所の1個中隊、奮戦しとるようやよ」
『・・・はっ。 では閣下、第141戦術機甲連隊、輸送幹線確保任務に就きます。 なるべく早く復帰を努力いたしますが・・・』
「努力するんは、僕らの方やね。 なるべく早いうちに、141を迎えに行くようにするから。 それまで何とか頑張ってな」
『はっ!』
見事な敬礼を残し、第141連隊長・藤田伊与蔵中佐がスクリーンから消える。
いや、それにしても・・・
(それにしても、何やね。 僕みたいな関西者には、どうも彼みたいな『軍人らしさ』っちゅうんは、なかなか出来へんモノやなあ・・・)
場違いな感想を頭の中で覚えつつ、残る2個連隊でさて、どうやって戦線を維持しようか。 機甲師団との再調整も必要なや。 何より、部下を宥めなあかんな。
色々と考えつつ、福田少将は再び参謀たちと戦線再構築の詰めに入った。
1750 山海関東北15km 南部防衛軍 第9軍団 第14師団第141戦術機甲連隊
「連隊各機、全速地表面噴射滑走で北上する。 輸送幹線路の確保だ。
独混大隊が頑張っているが、如何に海軍の支援が有るとはいえ、数が足りない。 我々が支える!」
『承知! な? 宇賀神君、早く行ってやらんとな?』
『了解です。―――早坂さん。 何か含む所、有りそうですが?』
連隊長・藤田伊予蔵中佐の命令に応えた第3大隊長・早坂憲二郎少佐が振ってきたニュアンスに、第2大隊長・宇賀神勇吾少佐が苦笑気味に応える。
『そうじゃないかい? 我が連隊から独混に派遣しているのは、君の所の第23中隊だぜ?
部下達が孤軍奮戦しているんだ。 上官が気にしてやらんでどうする?』
またもや苦笑する宇賀神少佐。
その時、各人の網膜スクリーンに女性将校の映像が飛び込んできた。 連隊先任幕僚と連隊戦闘管制指揮官を兼務する、河惣巽少佐だった。
『ユニコーン・マムよりユニコーン全機。 現在エリアF2Bで独混大隊が輸送路を確保。
海軍の支援が入りますが、断続的。 保って1時間、最大限の希望的観測で。
連隊進路、SW-30-18から東北東へ。 全速20分。 宜しいか?』
『ユニコーン・リーダー、了解した。 マム、無理はするな?』
『ご心配無く。 皆の後ろでこっそり、覗き見しながら管制しますから』
『こちら≪フラッグ≫ マム、ちゃっかりしてますな? まあ、ウチの女神に死なれたら困るのは確かだ!』
『マム、≪ライトニング≫だ。 ジャジャ馬が過ぎると、新任当時を思い出して貰いますよ?』
『早坂少佐、些かトウの立った女神ですけれども。 宇賀神少佐、それは広江だけにお願いします』
『連隊長に恨まれる。 貴女が代わりだ』
『―――この、性悪男! モテないわよ?』
部下の―――上級指揮官達の性根の据わった、それでいてどこか論点のずれている会話を耳にし、藤田中佐は苦笑しつつ引き締め直す。
「楽しいおしゃべりはそれまでだ。 ―――第141連隊! 出撃する!!」
『『 了解!! 』』
『以後の統合戦闘管制は、≪ユニコーン・マム≫が。 2大隊、≪ライトニング・マム≫! 3大隊、≪フラッグ・マム≫! いいかっ!?』
『『 了解!! 』』
第2、第3大隊の各大隊先任CP将校の柏崎千華子大尉、宮城雪緒大尉がスクリーンに映る。
轟音を残して、92機の『疾風弐型』(第1大隊2機欠、第2大隊1個中隊欠、第3大隊2機欠)が、一斉に全速地表面噴射滑走に入る。
目指すは北東。 今まさに、彼らの僚友達が防衛戦の生命線である輸送幹線路を孤軍奮闘して守っているのだ。
―――長年の部下が、親友が、気の合う仲間が。 何より、生死を共にしてきた戦友達が。
(―――待ってろよっ!!)
第141戦術機甲連隊の全機が、何かに急かされるかのように独混大隊の担当戦区へ疾駆してゆく。
1810 興城付近 南部防衛軍 独立混成打撃戦術機甲大隊
『うわあぁぁ!!』
―――くっ! 誰かまた、やられたのっ!?
咄嗟に指揮下中隊のステータスをチェックする。 違う、自分の中隊じゃない。 とすると、≪ドラゴニュート≫か、≪クレイモア≫か・・・
『ドラゴニュート・リーダーより、≪クレイモア≫、≪セラフィム≫! チェック・リポート!』
『クレイモア、残存11!』
「セラフィムです! 残存10!」
『ドラゴニュートは残存9だ。 30機か・・・ 今朝方には40機居たのにな。 11時間で10機の損失、判断に苦しむところだな』
スクリーンの周大尉が、疲労しきった表情で吐き捨てる。
そう、今朝の戦闘開始時点では第3中隊の臨編第4小隊を含め、40機の戦術機を保有していたのだ。
午前中の戦闘で3機を失い、午後は調子が良かったものの、光線級の出現以降に4機を失った。 そしてこの10分の間に立て続けに3機喪失・・・
私自身、初めて部下を戦死させてしまった。
第2小隊の安芸利和少尉。 第3小隊の比留間拓也少尉の2人を失った・・・
第2小隊には前衛戦闘で無理をさせ過ぎた。 間宮でさえ危ない場面が多々あったのだ。
第3小隊は独立戦闘能力が高い愛姫ちゃんが指揮官だからって、遊撃戦をさせ過ぎた。
(全部! 私の作戦指揮ミスだ! なんて事を!!)
思わず操縦スティックを握る手に力が入る。
指揮官として、一人の部下も死なせずに戦い抜けるなんて思ってはいない。 私はそこまで優秀でも、有能でも無い!
だったら! これ以上部下を死なせない行動を考えなさいっ、綾森祥子! 悔むのは生き残ってからでいいのよっ!
『ッ! BETA群、来たぞッ! CP! 他に兆候はないかっ!?』
≪CPよりドラゴニュート・リーダー! 正面の200体の他に、後続が右翼に300体! 左翼に250体! 2,3分の時間差です! 大型種は確認されず!≫
『全く! イヤらしい攻撃だ! 連中、一体何時からこんなにお利口さんになった!?』
『ご近所付き合い(近隣ハイブ間連携侵攻)も、急に良くなりましたな』
「そう言う所は、出来れば人類を見習って欲しいですね・・・」
『祥子、それは洒落にならないよ』
『綾森君、みなまで言っちゃ、お終いだよ?』
ああ、私も大分疲れているな・・・ 何だか、先が見えないと言うのも結構厳しいわね、相変わらず。
『兎に角、愚痴ッていても始まらん、三方向に分かれる。 どうせ、連中の目的はここだ、集まる前に潰すぞ。 幸い、大型種はいない』
『『 了解! 』』
(―――やるしかない)
乾いた唇を無意識に舐める。 喉はさっきからカラカラだ。
コクピット据え付けのペットボトルの補給飲料はもう、僅かしか残っていない。 ナトリウム複合錠剤は、あと2錠。
(―――最後のとっておき。 あれは何だか、変態さんになった気分でイヤね・・・)
どうしようもなくなったら、当然飲むのだけれど。
戦域MAPにBETA群が表示される。 私の中隊の受け持ちは、右翼の300体。
幸い小型種主体だ。 掃討には時間はかからないだろう。
「セラフィム・リーダーより各小隊。 ステータス・リポート」
『セラフィムB、B04のイエローが増えました。 戦闘機動は可能』
『セラフィムC、イエローは有りませんが、誘導弾が店仕舞です。 強襲掃討装備に変更』
第2小隊の4番機。 摂津少尉機がイエローか。 第3小隊の制圧支援は無理。
「了解。 B小隊、美園にフォローさせて。 C小隊、B小隊のフォローを。 制圧支援はA小隊でやる。 いくぞっ!」
『『 おうっ! 』』
噴射跳躍を使って、右翼のBETA群の真近まで一気に距離を縮める。
兎に角、補給幹線路から少しでも遠い場所で撃破しない事には!
突撃前衛の3機が36mmをばら撒きながら、BETA群へ突進する。 直前で右に急速地表面噴射移動。 そのまま右翼へ展開する。
その真後ろに位置したC小隊もまた、36mmで小型種を薙ぎ払う。 こちらは左翼へ急速移動する。
2個小隊がシャワーのようにばら撒いた36mm砲弾で、大きく正面を削られたBETA群に対して、私の直率A小隊から、誘導弾をお見舞いする。
『A04! FOX01!!』
白煙を引いて、10数発の誘導弾が発射される。 BETA群のど真ん中に着弾、多数を吹き飛ばす。
そのまま36mmを乱射、間に割って入る―――そして、分断成功!
「片付けろっ!」
『『『イエス! マム!』』』
2個の集団に分断されたBETA群の左右両側から、砲弾を浴びせかける。
こう言う時に怖いのは戦車級。 そうこうしている内に、1体の戦車級が私の追加装甲に取り付いた。
『ッ! 中隊長!!』
エレメントを組む、宮崎孝子少尉が悲鳴を上げる。 私の機体が齧られたと勘違いしたようだ。
「騒がないの、宮崎。 追加装甲よっ・・・! このぉ!!」
突撃砲の銃口を、追加装甲に水平に当ててそのままトリガーを引く。
36mm砲弾を至近から浴びた戦車級が、赤黒い霧に変わって霧散した。
数分で小型種の掃討を終了する。 ほっと一息つける瞬間だ。 もっとも、次は早々に来るでしょうけど・・・
≪CPより、ドラゴニュート! 新たなBETA群! 距離6000!≫
ほらね。
『ドラゴニュート・リーダーだ。 規模と方位は?』
≪方位、西北西・・・ 規模は・・・ 規模は、連隊規模です!! 大型種も多数!!≫
(―――ッ!!)
―――なんだって、どうしてそんな規模が、今更・・・
私の表情は、絶望感が滲んでいたに違いない。 今になって、連隊規模のBETA群、それも大型種多数なんて・・・
おまけに、頼みの綱の海軍の支援攻撃は、つい先ほど第3次攻撃隊が引き上げたばかり。 第4次攻撃隊は後20分は先だ。
周大尉も、高山大尉も声が出ない。 流石に歴戦が多い部隊でも、これは無理だ・・・ッ!
『・・・あっちゃあ~~、これじゃ下手すりゃ、楓に会いに行く羽目になるかなぁ・・・』
愛姫ちゃんのボヤキも、何時もと違い絶望感が感じられる。 何より彼女は今、≪楓≫と言ったのだ。 戦死した同期生の名を。
『楓とは? どなたです?』
『双極作戦で、死んだ同期』
『・・・柄じゃないですね? 愛姫さん』
『言ってくれるねぇ~、間宮・・・』
・・・そうね、柄じゃないわね。 ここで勇敢に戦って、名誉の戦死だなんて。
広江少佐の『弟子』達に、そんなお綺麗な死に方は似合わない。
「・・・中隊っ! 諦めるなっ! 足掻けっ! 良いなッ!?」
『・・・ッ! 中隊長・・・ 了解ッ!!』
愛姫ちゃんも思い出した様ね。 ここで死んだら、広江少佐に『ドツキ倒される』わよ?
『私は、人生の最後は孫やひ孫に囲まれて、老衰で死ぬ予定ですから』
流石に何時ものポーカーフェイスも、興奮は隠せない様ね、間宮。
『隊長、各隊、ポジションつきました。 ―――それと、間宮。 その前に男捕まえなさいよ?』
中隊で副官役をやっているA小隊の押上円中尉が、冷静に報告してくる。 ついでに突っ込みも。
『さぁて、より取り見取りよねぇ~! ど・れ・に・し・よ・う・か・な、っと!!』
『食べすぎは、ブーデーの元だよ、杏?』
『五月蠅い! それよか、後ろしっかり頼むよ、葉月!?』
中隊の賑やか先任少尉コンビは、何時もの調子ね。 ―――よしっ!
「セラフィム全機! 行くぞっ! 必ず生還する・・・『なんやぁ? えっらい気合入っとるやないか? え、綾森ぃ~?』・・・なっ!?」
こ、この暢気な声は・・・っ!
『おっしゃぁ! 捉えたでぇ!! 往生せいやっ! クソBETA共がぁ!! ≪ガンスリンガー≫! かませやぁ!!』
『『『『 おっしゃぁ!! 』』』』
『≪ライトニング≫ 全機! 群れの中程を殺るぞっ! 吶喊っ!!』
『『『『 応!! 』』』』
目の前で、突撃してきたBETA群の内、突撃級が横合いからの痛撃で次々に葬られていく。
群れの中ほどの要撃級の1群が、120mm砲弾多数を喰らって、体液を噴き出して停止していた。
≪CPよりドラゴニュート! え、援軍ですっ! 援軍が来ましたっ! 日本軍の141連隊ですっ!!≫
―――141連隊!!
体が震える。 奥底から何かが湧き出てくるようだ!
網膜スクリーンに、連隊長が現れる。
『独立混成大隊! ≪ユニコーン≫、141連隊・藤田中佐だ、遅れて済まない―――以降は私の指揮下に入れ。 BETAを殲滅するっ!』
次々に戦場に舞い降りる戦術機の群れ。 『疾風弐型』だ。 エンブレムは≪天駆ける一角獣≫! 141連隊! 私達の親部隊!!
『独混大隊長、周蘇紅大尉です! 只今より藤田中佐の指揮下に入りますっ!』
『よし、第4大隊とする! ここで最後の掃討ラインを作れっ! 抜けてきた連中は、1匹たりとも逃すなっ! 殲滅戦だっ!』
『『『『 応!! 』』』』
『周大尉、第2大隊、宇賀神少佐だ。 ウチのジャジャ馬娘達と、腕白坊主共、今暫く預かって貰いたい。 宜しいか?』
宇賀神大隊長の言い分は、疲弊した独混大隊―――今や第4大隊―――の戦闘力を考え、少しでも頭数を減らさないようにとの気遣いだ。
第2大隊とて、今まで突破阻止戦闘を続けていただろうに。
『周大尉! 22中隊の木伏ですわ。 そっちの小娘どもに小僧どもは、ちょーっと頑張ったさかい、あんじょう頼んますな!』
『宇賀神少佐、了解しました。 木伏大尉、ご安心を』
『『 頼むっ!! 』』
周りでは、一気に乱戦の様相になっていた。 無論優勢に進めているのは、人類側だった。
『・・・勝ったな、何とか・・・』
高山大尉のほっとした呟きが聞こえる。
『ああ・・・ 粘り勝ちだ、チクショウめ!』
周大尉も、泣き笑いをしてる。
私もさっきから、視界が変だ。 妙にぼやける。
『さっちこぉ~! ごっくろ~さぁ~んっ!!』
『祥子! 後は任せてっ!』
『綾森、最後まで気を抜くんじゃないよ?』
沙雪に、麻衣子に、源君。 同期達の顔が見える。
『祥子! 愛姫! 怜! よくやったねぇ~! 偉い、偉い!』
先任の水嶋大尉。 ・・・でも、美弥さん、≪偉い、偉い≫は無いでしょ?
『愛姫、少々休め。 後はこっちで引き受ける』
『あ~~、緋色ぉ・・・ 頼むよぉ・・・』
次々に現れる、頼もしい顔、顔、顔・・・
『統合戦闘管制、≪ユニコーン・マム≫だ。 第4大隊、≪ドラゴニュート≫、そのままの位置でフラット・ワン。
すり抜けて来るのが必ずいる。 全て掃討しろ!』
『『『 了解! 』』』
河惣少佐が最後に微笑んで、通信をアウトして行った。
これで、報われた。 今までの苦戦も。
失った部下は帰ってはこない。 でも、私は彼らを忘れない。 忘れない以上、彼らを失った失敗も忘れない。
―――2度、同じ間違いはしないっ!
それが死んでいった部下への、私のケジメなのだから。