1994年11月15日 1900 南部防衛軍司令部 山海関
「第9軍団より入電、『BETA群、所定の座標へ移動を確認。 東方への突破は完全阻止成功』! 追加報告で『輸送幹線路を完全確保』です!」
「第11軍団から、『南西部包囲網、完了』、以上です」
「米第8軍団からです。 『後続BETA群の追い込み完了。 羊は囲いに入った』」
「海軍第1艦隊より入電。 『第2、第3戦隊、砲撃準備完了。 何時でもどうぞ!』」
戦闘開始から約12時間。 半日の時間をかけて、そして1個軍の戦力のほぼ全力を以って、ようやくの事で所定の作戦意図を達成しつつあった。
最もその間に失われた戦力は、通常の防衛作戦の比では無かったが・・・
「時期が悪すぎましたな・・・ 今年最後の泥濘に嵌まってしまうとは。 アレさえなければ、部隊移動も随分スムーズにいったものを・・・」
「作戦参謀、過ぎた事は致し方ない。 それよりも、多くの損耗と引き換えの今の状況を、掌からこぼす愚だけは犯すべきではない。
―――閣下、最終指示を?」
南部防衛軍・『宮崎支隊』司令官・宮崎重三郎大将は、参謀長と作戦参謀の会話を耳にしつつ、戦況MAPを凝視し続けていた。
東方への閉じた門の閂として、最も歴戦の第9軍団を配しBETAの突破阻止を図ると同時に、南部に配した第11軍団がBETA群を南部、更には南西部へ誘引する。
同時に北西部に配した米第8軍団はBETA群の背後から『追い込み』をかけて、『囲い』の中へと追い込む。
そして最後の仕上げは―――残る一方、海上に布陣した海軍部隊、つまり戦艦艦隊でケリをつける。
今回の作戦が始まる直前の、陸海軍合同作戦会議の席上、第1艦隊を預かる栗田武雄中将から、『面白い砲撃』が出来そうだ、と耳打ちされていた。
後刻確認した内容を参謀たちと共に検討した結果が、今回の作戦の骨子になった訳だ。 最も当初は、侵攻作戦での使用を考えていたのだが。
「―――宜しい。 海軍へ伝えたまえ。 『御膳立ては完了した。 晩秋の花火もまた宜し』」
「はっ!」
司令部内が慌ただしくなる。
海軍部隊への準備完了連絡。 隷下部隊への注意喚起。 包囲網の状況確認。
そして、全てが整った。
「司令官閣下! 第1艦隊より入電! 『主砲、斉射』!」
途端に彼方の海上から轟音が響き渡る。 夜の闇の海上を一瞬、赤々と照らす砲光。 そして飛翔音。
(・・・苦労して作りだした状況だ。 精々派手に咲いてくれよ)
―――夜空に、灼熱の大火華が咲き乱れた。
1915 渤海湾上 帝国海軍第1艦隊 旗艦『美濃』 夜戦艦橋
『夜戦艦橋』―――とうの昔に形骸化した場所だった。 既に半世紀前の世界大戦中頃には米国が。
大戦後半には帝国海軍も今のCICの原型となる『戦闘指揮所』を確立していた。
頭脳はより多くの情報と共に、最も分厚く守られた場所で、最後まで指令を出し続ける。
如何に戦艦の重装甲に守られているとは言え、所詮は昼戦艦橋や司令塔より装甲が薄い場所だ。
それに海面からの高さも昼戦艦橋より低い位置に有る。 現代戦を指揮するには、些か以上に不便な場所だった。
(だが―――CICでは潮気を嗅げんしな)
栗田武雄中将は思った。 何より自分は海上の武人を志したのだ。 砲撃の硝煙の匂い。 噴き上がる水飛沫。 主砲発射の大音声と震動。
それを味わいたかったのだ。 ―――生まれてくるのが半世紀ほど遅かったようだったが。
BETA相手の海上戦闘で、そんな贅沢は味わえない。 しかし今夜は違う。
好敵手たる敵艦の姿は無く、彼方の陸地に蠢く醜悪な姿の異星起源種共が居るばかりだが。
それでも今夜使う『道具』は、使い勝手次第でなかなか面白い結果を残せる筈だった。
「司令官! 主砲、発射準備完了!」
『美濃』 艦長・小柳富一大佐が、叩きつけるような口調で報告する。 栗田中将と同じ水雷屋の出身。 キビキビした動作の中にその片鱗を見る。
―――しかし。 揃って水雷屋の2人が。 砲術屋の総本山である第1艦隊の司令官に、旗艦の戦艦艦長とはな・・・
思わず、その皮肉に苦笑する。
が、それも一瞬。 今度は視線を陸上に移した栗田中将が、これぞ水雷屋とでも言うべき裂帛の声で下命する。
「よしっ! ぶっとばせっ!!」
第1艦隊に所属する、第2戦隊の戦艦『美濃』、『信濃』 第3戦隊の戦艦『大和』、『武蔵』
この4隻の巨艦がそれぞれ3基9門の460mm主砲―――第2戦隊は50口径、第3戦隊は45口径―――から一斉に巨弾を撃ち出す。
その発射の反動を戦艦の巨体ですら全て受け止めきれず、艦体が震動する。
そして―――海岸に近い陸上上空で特大の火華が咲き乱れた!
1920 南部防衛軍司令部 山海関
「「「「「 ―――ッ!! 」」」」
声にならないどよめきが司令部内に湧き上がる。
海上の戦艦部隊が主砲の一斉射撃を開始した直後、BETA群の上空で特大の火華が咲いた。 次の瞬間、地表は業火と衝撃波の地獄図と化した。
小型種BETAが、それこそ数百体単位で雲散霧消する。 大型種―――突撃級BETAがバラバラに引き裂かれながら、数10mの高さまで吹き飛ばせれていた。
要撃級は比較的やわらかい部分を多く露出する為か。 小型種同様、その体は切り裂かれ、焼き尽くされて、微かに固い前腕のみが残骸として残っている。
「・・・凄まじい制圧力ですな。 『九四式通常弾』ですか・・・」
参謀長がようよう、声を絞り出す。 当然だ、陸軍の砲撃支援であれ程派手な制圧砲撃など、滅多にお目にかかれない。
「栗田さんが、会議の席上でイタズラ坊主のように笑っていたよ。 『面白いオモチャを手に入れました。 使ってみませんか?』とね」
「面白いオモチャですか・・・ ま、海軍流に言えば、『茶目』と言う事なのでしょうが、いやはや・・・」
―――『九四式通常弾』
別に奇をてらした兵器でも、新技術を用いた兵器でも無い。 原型は照和14年(1939年)には開発されていた、『三式通常弾』だった。
460mm砲弾用は、全長160cm、重量1360kg。 996個の焼夷・非焼夷弾子を内蔵していた。 1942年のガダルカナル島・ヘンダーソン基地への艦砲射撃で使用されている。
(この時は、戦艦『金剛』、『榛名』による、356mm砲での艦砲射撃であったが)
『九四式通常弾』は、この『三式通常弾』の系譜の最も新しい子孫と言うべき砲弾である。
全長は185cm、砲弾重量1450kg。 1100個の爆発性・焼夷性・対装甲用成型炸薬子弾を内蔵する、『クラスター砲弾』だった。
高度500m前後で爆散し、地表の広範囲に子弾を降り注ぐ。 子弾放出の0.5秒後には弾殻も炸裂し、更なる破片効果を発揮する。
海軍が対地支援用に改良した砲弾だった。 今回の出撃で、第1艦隊の戦艦群は主砲弾の約6割強(1隻あたり600発)がこの『九四式通常弾』であった。
つまり、各艦9門の主砲から斉射66回分の『九四式』を撃ち出せる。 ―――これを4隻分。 正に人類が作り出す地獄の業火であった。
≪A06グリッド、砲撃完了。 A07グリッドへ移行≫
≪第8、第10戦隊、誘導弾発射≫
今回の対地攻撃では、10km×10kmの戦域をタテ10、ヨコ10の升目(グリッド)に分割し、1つのグリッドごとにしらみ潰す方法がとられた。
4隻の戦艦からは、1グリッド毎に主砲1門、4隻で12門を割り当て、不足する制圧力は第8、第10戦隊の重巡からの対地誘導弾で賄う。
レーザー属種の迎撃レーザー照射対策として、3方向に布陣した陸軍各軍団からの支援砲撃任務部隊が、レーザー迎撃照射の『空撃ち』用に各口径砲を撃ちこみ、
『本命』の艦砲射撃へのレーザー迎撃照射を極力減らす支援を行っている。
宮崎大将と彼のスタッフ達は、15秒間隔で継続発射されBETA群を業火のもとへ送り続ける、巨弾と誘導弾の作り出す、美しくも凄惨な業火に魅入り続けていた。
2230 興城付近 第141戦術機甲連隊第4大隊 『独立混成打撃戦術機甲大隊』
南部防衛線がひとまずの終結を見た。 殲滅したBETA総数、約3万前後。 残余はどうやら『お家』に戻ったようだ。
1時間前にようやく到着した整備隊により、ごく簡易的な野外整備点検を済ませたのが、つい20分前。
補給を済ませ、衛士には戦闘野戦食が配られて、ほんの少しひと息がついた。 その後は戦場警戒、そして戦場掃除に駆り出されている。
その戦場掃除が続く興城付近で、独混大隊―――今は141連隊の第4大隊―――は周辺警戒の任に就いていた。
『クレイモアD01より、D02。 エリアE7Rの警戒に移ってくれ』
第3中隊第4小隊長・市川中尉から指示が入る。 戦域MAPで担当エリアを確認。
さほど離れていない、噴射跳躍は必要ないだろう。 今は推進剤の無駄遣いは避けるべき・・・
「D02了解。 D04、佐倉。 ついて来い」
『D04、了解』
2機の『疾風弐型』がゆっくりと主脚歩行で移動を開始する。 その間にも索敵センサーや複合レーダーで周囲を警戒する。
『はぐれ』のBETAが残っていないとも限らないからだ。
暫く無言で警戒しつつ移動をしていたら、不意に佐倉少尉が通信回線を開いてきた。
『あ、あの・・・ 神宮寺先任』
「? ・・・なに?」
『その・・・ 今日は、有難うございましたっ! お、俺、お陰で生き残れましたっ! 有難うございましたっ!』
一体何を急に・・・ そう思ってから、不意に思い出した。 そうだ、彼は。 佐倉少尉と宮本少尉は今回が初陣だったのだ。
多くの新米衛士達が、越えようとして越えられなかった『死の8分』を越えた。
そればかりか、今朝方から数時間前の夜間戦闘まで、継続した戦闘時間は10時間を超える。
『死の8分』どころか、その何10倍もの地獄の時間を戦い抜いて、生き残ったのだ。 新任の、初陣の、新米衛士達が。
「・・・良くやったね。 良くやったわよ、あなた達は。 良く戦い抜いたわ、良く生き抜いた。 本当に・・・ 良くやったわ」
『い、いえ! 俺が・・・ 俺と宮本が生き残れたのは、先任のお蔭です! 何が何だか判らなくって、何をすればいいのか判らなくって・・・
でも、その度に先任に教えられて・・・ 生き残れました・・・」
涙声になっている。 戦闘を思い出して、興奮状態がぶり返したのだろうか。 心なしか、機体の動きもふらつきかけだ。
「・・・こら、機体がふらついているわよ。 最後まで気を抜くな。 基地に帰還するまで、生還するまで、気を抜かない。
それに、私だけじゃない。 小隊長だって、あんた達の事を見てくれていたわよ。 私に、あんた達の事を良く見ろ、そう言ったのは小隊長よ」
『は、はい・・・ うっ、ぐっ・・・ はい・・・』
「泣くな、男だろう・・・? 今は泣くな。 生還してから、思いっきり泣けばいいわ、喜びのね」
『はいっ・・・! はいっ・・・!』
―――やれやれ。 後任の指導って言うもの、なかなか気恥ずかしいものね。
でも、不快じゃない。 確かに私は喜んでいる。 2人が生き残れた事に。 それを達成できた事に。 どういう心境の変化なのだか・・・
不意にセンサーが反応をキャッチした。
(ッ!! BETAかっ!?)
咄嗟に反応の有った方向へ突撃砲を指向する。
佐倉少尉は、機体をずらした位置に移動させ、同時に周辺を警戒する―――さっきまで散々、言って聞かせた戦闘行動をこなしていた。
『BETAですかっ!?』
「・・・待て、違う。 この反応・・・ サーモグラフィーパターンは・・・ 人間よ」
赤外線センサーの感度を上げる。 赤い体温を発する部分が、うずくまった人間の姿をぼんやりと形作っていた。
(・・・周囲に歩兵部隊は・・・ 居ないか、くそっ! 仕方が無い、機外確認するしかないか)
歩兵部隊は甚大な被害を受けている。 残りは今頃、興城の宿営地だろう。
「・・・よし、機外確認を行う。 佐倉、全周警戒。 リンクは切らないから、サポートお願い」
『了解です。 ―――D04より、D01。 エリアE7R付近で捜索反応あり。 恐らく人間と思われますが不明。 D02が機外確認開始します』
―――何よ。 言われなくても、ちゃんと報告出来るようになったじゃない。
思わず場違いな感想に、我ながら苦笑する。 良い傾向なのよね? これって。
『D01よりD04、了解した。 そちらへ急行する。 D02、神宮寺、聞こえるか? ―――無理はするなよ?』
「D02よりD01、了解です」
小隊長へ簡潔に応答して、取りあえず通信を切る。 コクピットを開放して、リフトで地表に降り立った。
武装を確認する。 SIG Sauer P239―――9mmパラを8+1発。 シングル・カラムマガジンで装弾数は少ないが、女の私には丁度良いグリップの握り具合で気に入っている。
装弾済みを確認して、銃を前方に向けてゆっくりと歩き出す。
心臓の鼓動が早まる。 センサーでは確かに人間だったが、果たしてそうだろうか? もしもBETAだったら? 自動拳銃1丁でどうこう出来る相手じゃない。
喉が渇く。 脚が竦みそうになる。 段々、歯の根が合わなくなってきた。
『神宮寺少尉、Aエレメント到着まで5分です。 ―――俺がバックアップします』
不意に佐倉少尉が通信してきた。 そうだ―――今の私にはバックアップがいる。 独りで戦場にいる訳じゃない。 守り、守ってくれる仲間がいるんだ・・・
気を取り直し、再び歩き始める。 ゆっくりと、周囲を良く警戒して、しかし確実に。
やがて、目的の灌木が集まる場所に辿り着く。 意外に背の低い灌木だった。 これじゃ、いくら小型種BETAでも身の隠しようは無い。
「・・・ふぅ・・・」
ひと息ついてから、灌木を調べる。 ―――丁度、被さり合わせた隙間が人ひとり、入り込める程度になっている。
≪・・・誰かいるのか?≫
念の為、国際共通語である英語で問いかける。 ―――返事が無い。
≪居るのか? 私は日本軍だ。 ここらにはもう、BETAはいない。 全て掃討した≫
微かに、人の声がした。
「・・・嗎嗎(マーマ)」
―――嗎嗎(マーマ)? ああ、確か中国語で、『お母さん』 ね・・・
強化装備の設定を変更する。 自動翻訳機能と、小型の外付け音声装置があれば、意志の疎通は可能なはず・・・
『大丈夫だ。 もう、BETAは居ないわ。 みんな、吹き飛ばしてやったからね。 さ、出て来なさい。 皆の所に戻ろう・・・』
人影が恐る恐る振り返る。 見るとまだ本当に若い―――10代半ばくらいの中国軍の少年兵だった。
『私は、日本帝国軍の神宮寺まりも少尉よ。 君を助けに来た・・・ 名前は?』
『・・・馬・・・ 馬永安(マ ヨンアン)・・・ 列兵です・・・』
その少年兵は、余程の恐怖だったのか。 なかなか外に出ようとしなかったが。
それでも外に友軍の士官がいて、どうやら周囲には戦術機も居るらしいと判って初めて、震えながらも姿を見せた。
『ん・・・ 馬列兵、良く生き残った。 良くやったわ』
『・・・ぼ、僕は・・・』
『ん・・・?』
『僕は・・・ 怖くて・・・ みんなが応戦して、BETAに喰い殺されて・・・ 怖くて、独りでずっとここに・・・』
周囲を見渡すと、装輪装甲車や軽機の残骸が有った。 恐らくこの少年兵の言う通りなのだろう。
部隊はここでBETAと交戦し、この少年を除いて全滅したのだ。
神宮寺少尉は暫く周囲を見渡した後で、その少年兵に振り向いて―――
『・・・君は生き残ったのよ。 それ以上の殊勲が、他に有るの?』