1995年4月25日 1700 大連市内
「「「「「 富士教導団!? 」」」」」
思わずハモったのは、私に杏、それに江上と真咲に天羽の5人。 ちょっと困った顔で苦笑しているのは、神宮寺。
『合同慰労会』への途上、同期6人で他愛ないおしゃべりをしながら歩いていた時、神宮寺が自身の転属の話を始めたのだ。
「富士って言うと・・・ 戦術機甲教導隊? ふぅん・・・ 意外に合っているんじゃない?」
江上が確認する。 神宮寺はまだ、自身で納得できていないようだ。
「そうかしら? いきなりの辞令だったから、ピンとこないのよ。 そもそもどうして私が富士に目をつけられたのか・・・」
富士教導団は、特に戦術機甲教導隊は1本釣りが多いと聞く。 と言う事は、富士の誰かが神宮寺を『見染めた』訳なのかな?
でも、富士の人間なんて満洲じゃ見かけなかったけどな? 謎だ。
富士の教導団は何も戦術機甲教導だけでは無い。 機甲教導隊とか、機械化歩兵装甲教導隊とか。 他にも色々。
他に、場所は違うけれども砲兵教導隊とか、機動歩兵教導隊とかもある。 所謂、『教導』―――仮想敵役・実戦的戦技教育部隊(所謂、アグレッサー部隊)の事だ。
他にも『職制学校』の教育訓練支援なども行っている。 腕が立つ以上に、彼我の技術を理論的に理解して、それを理路整然と説明し得る頭脳も必要とされるのだ。
―――単なる戦術機馬鹿では務まらない。
「・・・凄いね、エリートだ」
「頭いいからね、神宮寺。 教えるのも上手いし」
「アンタらや、あたしには無理だな!」
「ま、適任じゃない?」
私含め、他の4人も概ね同意見。 って言うか、天羽。 アンタのオツムと一緒にするな。
しかし、教導団かぁ 憧れる半面、色々面倒臭そうだしなぁ。 私はいいや・・・
「でもさ、仁科に美園。 貴女達も次の配属は教育隊じゃ無かった?」
真咲の一言に、思わず杏と顔を見合わせる ―――そうでした。
―――『教育隊』
「教導隊」じゃない。 そんな部隊はやっぱりその道のエリートと言うか。 それに数が少ない。 巡回戦技指導もしているけれど、それも年に数回も無いのが実情。
だもので。 今回大幅に部隊再編をする事になったとかで、各師団内に『教育隊』を設ける事になったそうだ。
これは師団本部直率の本部管理部隊で、規模はほぼ中隊編成。 隊長は少佐又は大尉がこの任に着き、運用訓練幹部の大尉か中尉が補佐役をする。
他に隊本部付幹部の中尉か少尉が2名と、小隊長に相当する区隊長(3個区隊編成)が中尉。 それに区隊付の少尉達。
運用目的は新任衛士の後期(職種課程)教育を担当する事と、戦闘訓練時の仮想敵役(アグレッサー)を担当する事。
だもので教育隊の構成人員は全員、実戦経験者で固められる事になる。
でもって、第14師団と第18師団は各連隊から2個大隊分の人員がこの『教育隊』要員として抽出される事になった、と言う訳。
予定では、私は東部軍管区転属の内示を受けているから。 多分、14師団か18師団だろうけど。
お陰さまで第14、第18の両師団は大幅に定員割れ。 新たに補充人員を充てて再編成する事になったのだ。
最も両師団の新たな所属は本土の東部防衛軍管区だ。
九州・四国や日本海・北海道の軍管区、それに帝都を含む中部軍管区と違い、今本土で最ものんびりした軍管区である事に違いはないけれど。
『結構バラけるけれど・・・ 極力、元の中隊や大隊の人員を固める方針よ』
中隊長の説明時のその一言に、ちょっとほっとした事は隠しておこう。 我ながら未熟だよ、それは・・・
1730 大連新市街 某料理店
「カンパ~イッ!!」
「乾杯!」「干杯(カンペイ)!」
グラスやジョッキが響き渡る。 卓上には様々な料理。 そして酒。 最近ではついぞお目にかかれないご馳走だ。
皆が思い思いに料理に箸をつける。 あちこちで雑談、笑い声、嬌声、悲鳴(?)
とある中華(?)料理店。 表通りに店を構えるご立派な店では無く、さりとていかがわしい裏通りの店でも無い。
そこそこ大きく、そこそこに繁盛。 でも、味は折り紙つき、そんな店。
「でもさぁ、良く知っていたよねぇ? こんな店さぁ」
既に酒に酔っているのか、顔をほんのりと赤くしている杏が酒杯を一気に空けて周りを見渡す。
「・・・だね」
しかし、どう言ったらいいのだろうか、このお店は・・・
一応、出てくる料理は中華だよね。 大連料理がメインのようだけど、満洲料理や北京料理も有ると言う。 でも、和食もあるのだ。
中華飯店と言うより、和中折衷な店だ。 それに、日本人向けに畳敷きの宴会部屋も有る。 私達が今まさにいる宴会部屋がそうだ。
客筋に帝国軍の連中が多いからとか。 ま、確かに日本人は宴会は畳敷きの宴会部屋に限る。
「仁科、美園。 教育課程修了、お疲れ様」
そう言ってビール瓶片手に労ってくれるのは。 我が中隊長の綾森祥子中尉。
真面目で結構優秀、部下の事も良く見てくれる。 性格は穏やかで、人には公正に接する。 付け加えるなら、かなりの美女で、かなり一途で純情。
はぁ、本当にこんな人居たんだ、って思っちゃうよね。 それでもって、既に売約済み。 世の男性陣、ご愁傷様・・・
で、そんな彼女を売約済みにしちゃった罰当たりな男は、私の以前の先任士官。 今はどこぞを、ふらついている事やら・・・
「いえいえ、それほどでも・・・ はっはっは!」
いつの間にか、老酒に手を出している杏が、真っ赤な顔で高笑い。
「ええ。 杏は座学の予習じゃ、ひたすら酒保買い出し係でしたから。 何の役にも立ちませんでした。
おまけに、買い出した酒保の大半は自分で食べちゃうし」
「葉月っ!? 酷っ!!」
「事実!!」
―――事実は、事実よ。 何せ、二代目暴食娘(初代は言わずと知れた・・・)だもの。
にしても、この娘ってば。 戦闘じゃ『吶喊娘』って訳で、周防さんの。 普段は『二代目暴食娘』で愛姫さんの。 変なところばっかり影響受けちゃって、まぁ・・・
「ふふっ、頼もしいじゃないの?」
「・・・中隊長?」
―――駄目だ。 一番汚染されているのが、実はこの人だったっけ・・・
もう何も言うまい。 我が中隊は、あの『鬼』の残した遺産(汚染とも)が多すぎる・・・
気を取り直して、料理に手をつけてビールをチビチビ飲む。 実は私、アルコールは強くない。 目の前で鯨飲している同期生の姿など、理解の範疇外だ。
暴食&鯨飲。 杏、あんたが衛士を止める時は、BETAにやられるんじゃなくって、強化装備を着れなくなる時よね?
「ま、何にせよ・・・ 丁度いい時期だったかもね、この『慰労会』も・・・」
「中隊長・・・」
言いたい事は判る。 何せ、今まで死に過ぎた。 仲間達が。
去年の4月に再派遣になってから、一体どれだけの戦友達が消えて行っただろうか?
私の第23中隊は、去年の11月に2人戦死したに留まったけど。 大隊じゃ8人程入れ替わった。 連隊全体では30人弱程が鬼籍に入った。
―――それだけ厳しかった。 戦いが。
ふと、死んでいった戦友たちの事を話している声が聞こえた。 余り記憶が無い奴の事だったけど、知っている連中は他に居た。
他が余り知らなくって、私が良く知っている死んでいった奴も居る。 そいつの事は私が話そうか。
そうやって、言い伝えて行けば良い・・・
「それに。 貴女達も本土で絞られてきた事だし。 そのご苦労会よ」
そう言って、綾森中尉はクスクス笑う。 ああ、もう。 思い出したくないよ、あんな地獄は・・・
気分を変えて、ちょっくら挨拶の旅に出るとしましょうか・・・
≪水嶋大尉&和泉中尉≫
「おっ!? 仁科! 出戻り、ご苦労さんねぇ~! ひゃはははは!!」
「偉い、偉い! きゃははははは!!」
既に出来上がっているな、この極道コンビ・・・ そういや、この2人も開宴前から飲んでいたんだっけ・・・
「はぁ、どうも。 あ、大尉、どうぞ一献。 ・・・和泉中尉も」
「やや、どうも、どうもぉ~」
「アンタは飲まないのぉ? 仁科ぁ?」
「あ、いえ。 私は余り強くないので・・・ 「ええい! 構わん、飲めぇ!」 ・・・ぶっ! ぶごごっ!!」
「ぎゃははははっ!!」
―――お、鬼やっ! アンタら、鬼やでっ!!
(お、思わず木伏大尉の生霊が乗り移っちゃたじゃないさ・・・)
兎に角、この2人の傍に居たら。 私はBETAとの戦争で戦死する前に、急性アルコール中毒で死んでしまうっ! 緊急離脱よっ!
「げほっ! げほっ! じゃ、じゃあ、他に挨拶回りますのでっ! 失礼しますっ!」
「え~~? もう帰るのぉ?」 「つまんなぁ~いっ!」
ええい、喧しい! 後であの2人には杏でも宛がっておこう。 あの鯨飲娘なら、良い勝負だし。
≪綾森祥子中尉&三瀬麻衣子中尉≫
やって来ました。 連隊のオアシス(何? それ?)
「あ、仁科。 寄ってらっしゃい」
「余り強いお酒飲まないわよね、貴女も。 杏酒あるわよ?」
―――ああ、この2人は癒されるなぁ・・・
ウチの中隊長、任務外の非番の時とかは『優しいお姉さん』だし。 三瀬中尉も、おっとりしたお嬢さんタイプだし。
いかにも気が合いそうな組み合わせなんだな、これが・・・
2人ともほんのり頬染めて。 ちょっと、ぽーっとなって。 ううっ! 押し倒したいっ! ・・・って、嘘です。 ワタシャ、周防さんじゃありません、あしからず。
「仁科・・・ 貴女、そっちの気も有ったの・・・?」
はっ!? ・・・三瀬中尉が、ひきつった笑いを・・・?
「仁科・・・ 酷くない? いくらなんでも、もっと場を弁えていたわよ? 彼は・・・」
ちゅ、ちゅうたいちょう・・・? もしかして。 私、口に出していたとか・・・?
「あ、でもやっぱり押し倒すんだ? って言うか、押し倒されたのね?」
「まっ 麻衣子!!」
―――そうか、押し倒したのか。 やるな、周防さん。
「お、押し倒されたというか、何て言うか・・・ テントに忍び込んだの、私の方だし・・・」
「「 ほほう? 」」
「・・・はっ! 嘘! 嘘! 今の無し! 無しにしてっ! お願いっ!!」
―――三瀬中尉とアイコンタクト。 そして・・・
「事実確認は必要かと? 三瀬中尉?」
「そうね。 ここはひとつ、ハッキリさせましょうね、仁科中尉。 任せても良いかしら?」
「承知。 国連軍への連絡郵便は、毎週出ますから・・・」
ふっふっふ・・・ 2人顔を見合わせて、ニンマリ。 これは、面白くなりそうね。
「や~め~てぇ~! お願い~! 後生だからぁ~!!」
何気に、涙目の中隊長は可愛かったとだけ、言っておこう。
≪神楽緋色中尉&間宮怜中尉≫
―――全く、誰よ、この2人を放っておいたのは・・・
座ってから後悔した。 何も私は、目の前の二人が嫌いな訳じゃない。
神楽中尉は連隊随一の近接格闘戦の名手で、歴戦の衛士で。 おまけに凛々しい美人で、何気に周りに気も使ってくれる人だ。
間宮中尉は同じ中隊の突撃前衛長。 クセの強い部下(杏の事ね)を上手く扱っているあたり、結構人の機敏によく気がつく人だ。 面倒見も良い。
が、この2人。 磁石の同じ極なのだ。 それもお互い真面目で、少々融通が利かないあたりも似通っている。
普段はそうでもないのだけれど。 お酒が入ると真面目さ故に、意見の相違にお互い一歩も譲らないのだ。
「・・・いいかぁ? そもそもだな、戦場に於いて個人の資質は重要なれど、それを底上げしてこそだなぁ・・・」
「んでも! 結局その差は個人で違うじゃないですかぁ! 判ってんですか? 緋色さん!?」
げっ! しかも酒の席の居合わせたくない筆頭、神楽中尉と間宮中尉の指導方針談議が始まったっ!
・・・これは正直、聞いている方が煩わしいことこの上ない。 2人とも、根が真面目だからなぁ・・・
なるべく影になる事よ。 自分の気配を消すのよ。 気づかれたら最後よ!
・・・さて、叩いても割れない堅物達は放っておいて、余所に行きましょうか。
≪河惣巽少佐&周蘇紅大尉≫
―――意外と言うか、想像しなかった組み合わせと言うか。
目の前には、中国軍の周蘇紅大尉と、連隊の先任幕僚の河惣少佐が酒を飲み交わしている。
「ああ、仁科中尉。 ご苦労だったな。 それに有難う、この様な宴に呼んでくれて」
周大尉は既に良い気分で、紹紅酒なんかを飲んでいる。 火照っているのか、軍服の上着は既に脱ぎ捨てて、シャツも前のボタンは外れていた。
胸元から除く―――メロン!?
この人、小柄だけれでも出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいるからなぁ・・・
以前、大尉の強化装備姿を見た他科の兵が、思わず前かがみ気味になっていたのを見た時は笑ったけれど。
「いいえ、大尉は一時とは言え、私達の大隊長でしたし。 一緒に戦ったじゃないですか。 当然ですよ」
「・・・ううぅ、いい娘だねぇ・・・ おねえさん、嬉しいよぉ・・・ うっ、うっ、ううっ・・・」
―――げっ!? もしかして、周大尉って泣き上戸かいっ!!
「とっ、時にっ! 少佐と大尉は、お知り合いでっ!?」
慌てて少佐に話を振る。 ホント、酒が入ると人間変わる人が多いよね。
「ん? いや、以前に前進基地巡察の時に、2、3回話しただけよ」
「へっ? でも、何か話が弾んでいましたけど?」
「古い戦友よぉ~・・・ ひっく!」
―――周大尉は、すっかり出来あがったちゃったか。
「古い戦友?」
はてな? 首を傾げて少佐を見ると。 グラスを傾けて何やら遠くを見る目をしている。
美人は何やっても様になるわぁ・・・ 羨ましい。
「・・・91年にね。 衛士として初陣を戦った頃にね。 周大尉も同じ戦場で戦っていたのよ」
「あの頃は・・・ ワタシは中尉れしたねぇ・・・」
へえ、そうなんだ。
「・・・夫が戦死した時よ。 早いものね、あれからもう4年近くになるのね・・・」
―――うをっ! 重っ!
傍では周大尉がますます貰い泣きしているし。 この雰囲気、耐えられない・・・!
「そ、そうでしたか。 じゃ、今夜は是非旧交を温めて下さいね。 私はこれで・・・」
―――そそくさと立ち去った自分の勇気の無さを、責める気は毛頭ないわよ?
≪伊達愛姫中尉&神宮寺まりも中尉&名前を知らない眼鏡中尉≫
「お? 仁科ぁ! こっち来なって!」
伊達中尉が顔を真っ赤にして、お猪口を振り回している。
ああ、もう。 普段あまり酒に強くない人なのに。 こう言う時は飲みたがるんだよねぇ・・・
にしても、珍しいと言うか、想像出来なかったというか。 伊達中尉と眼鏡中尉は同期同士らしいからわかるけど。 どうしてここに神宮寺が? 挨拶流れ?
「伊達中尉、お酒は弱いんだから、程々にしておいて下さいよ? 酔っ払いを抱えて基地まで運ぶのは勘弁ですよ?」
この人が潰れた場合。 介抱要員はまず間違いなく、直属部下の私になってしまう。
「なぁに固い事言ってんのよっ! へっちゃら、へっちゃら!」
「酔っ払いのその言葉ほど、信用ならないものは有りません。 それとも、酔っ払わない自信はありますか?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! 愛姫ちゃんの辞書に『不可能』の文字は無ぁい!!」
「・・・『挫折』とか、『失敗』の文字は有るけどな・・・?」
「ぶ~~! 静流、ノリが悪い・・・ 「伊達中尉」 ・・・んあ? 何? 神宮寺」
何時の間にか、神宮寺が寄って来ていた。 おや?と思う。 何故って、やたら真剣な目なのよね、神宮寺ってば。 ・・・顔も真っ赤だけど。
察するに、伊達中尉に話があるようだけど。 ホント、何か接点でもあったかな? ・・・思い浮かばない。
「伊達中尉、その節は有難うございました」
「・・・何の事?」
「市川中尉から言い聞かされました。 昨年の事、伊達中尉から色々と助言して頂いたと。 それに、骨折りも・・・」
―――何の事・・・?
頭をひねってみる。 けど判らない。 伊達中尉は手をヒラヒラさせて苦笑しているだけだし。
「お陰さまで少しは自分が判った気がします。 ・・・認めて貰えたような気がします、先日も」
そう言って神宮寺がちらっと、はす向かいに座る眼鏡中尉を見る。 その当の中尉と言えば、酒杯を傾けて憂い気に微笑むだけ。
美人がああやると、すっごく様になっているけど。 ううむ・・・?
「私は何もしていないよ? 何も言っていないし?」
「・・・有難うございました、本当に」
言う相手が違うよ、そう一言言ったきり、盃に酒をなみなみと入れて飲み干す伊達中尉。 そんな彼女に、黙って一礼している神宮寺。
話の流れからすると、どうやら去年の事のようだけど・・・ あの頃の事かな?
「神宮寺は、私とは以前同じ中隊だった。 小隊は違ったが」
ふと、眼鏡中尉がポツリと言う。
「182連隊、三澤静流中尉だ。 伊達や神楽とは同期でね」
ああ、そんなこと言っていたな、伊達中尉が・・・
「って事は、三澤中尉も満洲は長い方で?」
「92年からね。 最も9月からだったけど」
戦歴じゃ、愛姫に負けるな。 そう言って白酒(アルコール度数60%位だっ!)の盃を一気に空けている! すご・・・
「じゃ、今日は伊達中尉や神楽中尉に会いに?」
「それもあるが・・・ 面白いから」
「はあ?」
「ネタは仕込んだ・・・ あとは仕上げを待つばかり。 ふふふ・・・」
―――な、なに? この怪しいヒト・・・?
その怪しいヒト、もとい、三澤中尉の視線の先には、顔を真っ赤にした神宮寺がいて。 さっきから日本酒をラッパ飲みしていて・・・
―――ラッパ飲み!?
それに神宮寺の周りに乱立している、あの空き瓶の数はっ!?
「もうすぐ・・・ もうすぐ、発動するわよ。 ふふふ・・・」
「な、何がですか・・・?」
恐ろしい。 何となく、でも本能が告げている。 この先の修羅場の予感を・・・!!
「あはははは・・・ あれ~? 伊達中尉が二人いるわぁ~・・・?」
「神宮寺、それは三澤中尉・・・」
「しってるわよ~!」
「・・・嘘だ」
「なによぉ? 失礼ねぇ・・・ ねぇ? 江上ぃ?」
「・・・それは撃沈した杏よ」
「知ってるわよ~~ いちいちうるさいわねぇ、仁科はぁ」
「それは真咲!!」
「ねぇねぇ、仁科ぁ、お酌、お酌ぅ!」
「はぁ・・・ はいはい・・・」
―――ったく・・・ トクトクトク・・・・
「~~~~っぷはぁ! 美味しいお酒ねぇ・・・ はい」
「え? まだ?」
「今度は三澤中尉がいいなぁ~~」
「ふっ・・・ いいだろう」
こぽこぽこぽ・・・
「~~~~っぷはぁ! もいっちょ! こんどはふたりで~~いってみよ~!」
・・・どこによ? とくとくとく・・・
「もう止めておいた方が良いよ? 神宮寺・・・?」
「同期だからって、いちいち、うるさいなぁ~ ・・・はぁ、なんだかちびちび飲むのも面倒ねぇ~・・・」
と、その時・・・
「うわぁぁ!! 仁科ぁ! アンタ、何やってんのよぉ!! それに三澤中尉もぉ!!」
―――うわっ!? 吃驚した、なんだ、天羽か・・・
「え? 何って・・・ 何なの、天羽? って、ちょ、神宮寺!?」
「それっ! 貸しなさぁ~いっ!!」
「「 あっ! 」」
っという間に、神宮寺が一升瓶を奪いとってしまった。
「じ、神宮寺ぃ!!」
ひいいぃぃ!! と、天羽が奇妙な悲鳴を上げる。
「んぐっ・・・ んぐっ・・・ んぐっ・・・」
―――うわぁ~~ 一升瓶、一気飲み・・・
「ま、まずい・・・」
「えっ!?」
天羽の悲壮な声に、思わず背筋が震えた。
「あに、ぶつぶつ言ってんのよぉ~~・・・ んぐっ・・・ んぐっ・・・ んぐっ・・・」
「仁科・・・ アンタ、とんでもない事しでかしたわよ・・・」
「えっ? えっ?」
「・・・知らないの? 18師団に響き渡る、かの忌わしき、恐怖伝説を・・・」
「えっ? えっ?」
「18師団の暗黒史に刻み込まれた、『狂犬伝説』・・・」
―――『狂犬』!? あれって、神宮寺の謂われない悪評だったんじゃないの・・・!?
「並居る歴戦の衛士達を、宴会のたびに絡み酒の海に溺死させ・・・ 師団長に至るまで、急性アル中にして軍病院に送り込み続けた『狂犬』・・・
それが、あたし等の同期生の、知られざるもう一つの暗黒面の顔・・・」
「えっ!? えっ、えええええぇぇ~~~!!」
「・・・ふっ、発動したか・・・」
「「・・・って、三澤中尉っ! アンタが犯人かぁ!!」」
ぜっ、絶対、確信犯の愉快犯だっ! この人!!
―――コード991発生! コード991発生! 全迎撃部隊、至急! ホットスクランブル! 繰り返す! 全迎撃部隊! ホットスクランブル! オールウェポンズフリー!!
だが、しかし、But。 一旦発動した『狂犬』の猛威は、歴戦の猛者達を以ってしても押しとどめる事適わず。
防衛線は次々に突破され、拠点は次々に陥落し、全軍崩壊・総崩れでの敗走状態にまで陥ってしまったのだ・・・!!
「・・・私だってねぇ、寂しいのよぉ~・・・ ひっく・・・ ねぇ? 何時まで辛抱しなきゃいけないのぉ? ねぇ~~・・・」
「そ、そうね。 で、でも祥子。 もうすぐだろうし・・・」
「あらぁ~・・・ 綾森ぃ~? 相手がいるだけ、アンタはマシよぉ~・・・?
私なんて・・・ 私なんて・・・ 花の盛りを、亡き夫の供養に費やしちゃって・・・ 広江でさえ、女の幸せ掴んだのに・・・ うわあぁぁんっ!!」
「ひいぃ! しょ、少佐ぁ! く、苦しいですぅ!!」
奴の奇襲を受け、装甲殻の衝角突撃(一升瓶無理やりラッパ飲み)を受けて大破した中隊長の綾森中尉が、すっかり出来上がって同期の三瀬中尉に絡んでいる。
その横で河惣少佐が大泣きして、三瀬中尉の首を絞めていた・・・・
「どうせ、私は独り者よぉ・・・ ひくっ ういぃ~・・・ どうせ、2代目美弥さんよぉ! それが悪いかぁ!!」
「あははぁ~~! そうそう! あたしの跡目はアンタしかいないってぇ! 判ってんねぇ? 沙雪ぃ!
・・・ん? おい、ちょっとまて、どう言う意味だ! ゴラァ!」
水嶋大尉と、和泉中尉の極道コンビがなにやら喚いている。
「Zzzzzz・・・・」 「すぴー すぴー」
廊下の隅っこで、伊達中尉と杏が良い気で寝こけている。 ・・・放置決定ね。
「・・・そんなに、生真面目がいかんのかっ!? 誰もかれも、壊れモノの様に扱いおって・・・ 私だってなぁ! 恋の一つや二つっ! してみたいのだぁ!
甘ったるい『恋人同士の会話』とやらも・・・ して・・ みた、い・・・
ううぅ! だ、ダメだ・・・ 私には出来ないっ! 綾森中尉の様な、あの様な、人としての尊厳を脱ぎ捨てるかの如くな惚気など・・・!!」
「そ、そうですっ! 緋色さんっ! 普段は真面目でも、時にはサカリの付いた様な中隊長の真似などはっ・・・!!」
「・・・ゴラ、神楽、間宮・・・ 手前ぇら、良い度胸じゃね~か!? あ゛っ!?」
―――神楽さん、間宮さん。 何気に本音ですね。 ってゆーか、中隊長、綾森中尉。 本性出まくりですね・・・
ふと、視線を外した先に目にした光景。
先任小隊長の永野蓉子中尉に、同期の古村杏子中尉が酔っぱらって抱きついている。
永野中尉が本気で逃れようとしているけれど・・・ あ、ホールド、決まった。
永野中尉の悲鳴が聞こえる。 古村中尉の嬌声も。―――新たな世界に旅立ちそうね、あの2人・・・
見渡せば、死屍累々のこの惨状。 後任の連中はとうの昔にトイレに籠って出てこない。 さっきまで悲痛な声(ゲロね)が聞こえていたけれど・・・
一体、何をどうすれば、ここまでの惨劇を演出できるのか・・・!!
「ふっ 最早『伝説』は成った・・・ 『伝説』は終わり、『歴史』が始まるのだな・・・」
「どこの銀河のエンディングですか・・・」