1995年11月5日 1430 北フランス パ・ド・カレー県 カレーより内陸15km付近
風雪が舞いあがる荒野、あたり一面は雪の白と、禍々しい赤黒い蠢き、そして濁った緑色の体液が撒き散るグロテスクな光景が展開されていた。
薄緑と濁った紫の小山が猛烈な勢いで突進し、それに続く同じくらいの大きさの灰色の蠢きと赤黒い塊。
―――BETA群が突進を開始した。 目指す先には巨大な人型―――戦術機の一団が待ち構えている。
≪BETA群、移動開始。 『グラム』前面のBETA群推定数、約1500。 突撃級・要撃級は約120、残りは戦車級以下の小型種です。 光線属種は確認されず≫
『グラム・リーダーより各機、聞いての通りだ。 まずは大きい奴から片付ける。 グラムB、突撃級の裏を取れ。 グラムCはBに続行、後続の要撃級を削れ。
グラムAは右翼、グラムDは左翼から≪圧力≫を削る。 ―――各小隊、後続のBETA群が確認されている、無駄にダンスは踊るなよ? 目標は大型種の殲滅だ。
抜けた小型種は後方の重攻撃中隊(A-10C配備中隊)の任せておけ。 戦場掃除が連中の仕事だ、いいな?』
『『『 ヤー・ヴォール! ヘル・コマンダンテ! 』』』
部下の各小隊長達の国連式「では無い」、ドイツ語での復唱に指揮官が苦笑する。
それも一瞬、直ぐに戦術機甲指揮官の表情に戻った中隊長から、気合の入った指示が飛んだ。
『よし! グラム全機、コンバット・オープン! ≪地獄の門≫の通行料は払いきれぬ程高い事を示してやれ!』
『グラムB! ついてきなっ! 折角、目玉共がお休みだ、派手に踊るぜぇ!!』
中隊長の言葉が終わらぬうちに、突撃前衛小隊の4機のトーネードⅡが跳躍ユニットを吹かして一気にBETA群の前面に躍りかかった。
突撃級の直前で4機が噴射跳躍。 そのまま群れを飛び越し、着地と同時に180度反転、突撃級の『柔らかい』裏を取る。 同時に36mm、120mmを叩き込む。
『グラムC! エレメントを崩さず要撃級の前面に展開! 機動を止めないで!』
グラムBに続行して突撃級の群れを飛び越してきたC小隊が、B小隊に背を向けたまま後続の要撃級阻止に当る。
その間、左右から小型種の浸透阻止をA、D小隊が行う。 多数の誘導弾が飛び交い、Mk-57支援砲の高速57mm砲弾が炸裂する。
既に40体程居た突撃級は、急所である無防備な裏腹を高速弾に抉られて次々に行動を停止し、残った個体は半数を切った。
何とか旋回を行おうとしているものの、B小隊の攻撃はわざと外周部の個体から仕留めている為に、『仲間』の死骸が邪魔で旋回が出来ない。
その為直線移動が長くなり―――その間、突撃砲の36mm、120mm砲弾が叩き込まれ続けた。
『グラムB! 焦るなよ? 手筈通りケツを蹴りあげて行きゃあいい!
おい、新入り! ブルってションベン漏らしても、クソを垂れても良いが、間違っても俺様より前には出るなよ!?』
『くっ! りょ、了解、です、小隊長!』
左右に分かれたエレメント間の攻撃調整を行いつつ、小隊長でAエレメント・リードのファビオ・レッジェーリ中尉が新任のアナートリィ・ヴィコラーエヴィチ・シェフチェンコ少尉の突進を諌めている。
今の所、初陣の緊張と初めてBETAと相まみえる恐怖で表情が引き攣ってはいるが、錯乱するでもなく、硬直するでもなく追随している。
―――こいつぁ、結構掘り出し物かもな。
多くの初陣衛士がその緊張と恐怖感で動けなくなり、あっさりと戦死してゆくケースが多い中、まがりなりにも隊長機に追随している事は大いに評価できる。
このまま何も無く戦闘を乗り切れれば―――『死の8分』も気づかぬうちに乗りきれる事になる。
―――ホント、『可能な限りまともな奴』だったぜ・・・
レッジェーリ中尉は訓練校で指導教官をしている悪友を思い浮かべ、内心でその配慮に感謝していた。
『A02、リードだ、状況は?』
「突撃級は2/3を撃破。 完全掃討完了まであと10分と言った所でしょう。 要撃級は手古摺っている様ですが、足止めには成功しています。
このまま引っ掻き回せれば、B小隊と合流後に殲滅は可能と見ます。
小型種のB、C小隊への浸透阻止は今の所成功しています。 その反面、左右両翼への圧力が高まりつつありますが・・・」
中隊長のアルトマイエル大尉から、中隊副官の蒋翠華中尉に戦況確認が入る。 大尉とて戦況MAP、戦術データリンク等で既に同様の事を確認しているのだが。
これは指揮官一人の判断による狭窄視野の防止と同時に、どうやら部下の『教育』も同時に行おうと言う腹積もりのようだ。
(もっとも、その『教育対象』はもっぱら私なのよね・・・)
突撃砲の36mm砲弾を、集まって来た小型種の群れにシャワーのように叩き込みながら蒋中尉は内心でゲンナリする。
何しろこの上官は、『戦場での教官』としては非常に情け容赦が無い。 少しでも回答が遅れたり、詰まったりすると軽くであるが叱責が飛んでくる。
と、その時に何とも場違いな程、のんびりした雰囲気の声が聞こえてきた。
『ほらほら~、ティウ~、数撃つより狙って撃たなきゃ~! ほら、私が誘導弾撃ちこんだ場所、良く見て。
そこから抜けてきたお客さんを、ピンポイントで撃ち抜くのがティウのお仕事よ?』
『はっ、はいぃ~!!』
『狙いは精確なんだからぁ、あとは落ち着いてぇ、しっかりターゲット絞ってね? あ、それと翠華より前に出ちゃダメよぉ? 砲撃支援は打撃支援の後ろねぇ?』
『りょ、了解ですっ! ―――ええいっ!!』
群れの中から抜け出して旋回中の1匹の突撃級―――その無防備な側面下部に、ティウ・キュイク少尉の放ったMk-57支援砲の57mmHVAP弾が命中する。
体内を高速砲弾で掻き回された突撃級は、見た目瞬時に停止して行動不能となった。
『や・・・ やったぁ!!』
『その調子よぉ、じゃ、どんどん行ってみよう!』
『はいっ!!』
―――あの調子じゃ、ティウは大丈夫そうね。 ま、ミン・メイのエレメントだったら余計な緊張感は無縁よね・・・
もしかして彼女は意識して、そう振舞っているのかもしれない。
自分の童顔に、ほんわかとした雰囲気、のんびりした口調。 それが緊張感を鎮める『武器』になると。
そう計算しているのかも。 あのマンダレーハイブ攻略戦、『スワラージ作戦』の生還者―――ヴァン・ミン・メイ中尉は。
―――こっちのティウは大丈夫。 B小隊のアナートリィもさっきのファビオとの通信を聞く限り、何とかなりそうね。 あとはC小隊のヘレナは・・・?
中隊副官としての立場上、直接の部下はいないが、新任達が間接的に気にかけてやるべき部下のようなものだ。
彼らの日々の訓練状況、練度の確認と指導。 短い時間ながらも各小隊先任達と共に鍛えてきたのだ、気にかかる。
『C04! ヘレナ! 突っかかるなって! 馬鹿、僕より前に出るなって言っているだろっ!!』
『は、はいっ!』
『足を止めるな! 単調な機動をするな! 要撃級は意外と学習能力高いんだ! パターンを読まれたら、逆に逆手に取られる!』
C03・フローレス・フェルミン・ナダル少尉の『トーネードⅡ』が、不規則な短距離多角噴射地表面滑走で要撃級の合間を抜けて、距離を取る。
その時には数体の要撃級が側面に36mmを撃ち込まれ、停止していた。
一旦群れから距離を取らせたC04・ヘレナ・クリステンセン少尉の機体に近づき、2機で集まって来た小型種へ弾幕射撃を張る。
小刻みに位置を変えながら、短時間の射撃を連続して行う。
不意にクリステンセン少尉機の突撃砲が沈黙する。
『―――ッ!?』
『!? C04! ヘレナ、どうした!?』
『ジャ、ジャムりました! 弾が・・・ 弾が出ません、ナダル少尉!!』
『馬鹿! 早くパージするんだ! 予備に換装するんだよ!!』
『な、無いんです・・・ さっき、1門パージしちゃって・・・』
戦車級が数10体接近する。
その群れにナダル少尉が120mmキャニスター砲弾を叩き込んで時間を稼ぐ。 同時に―――
『僕の突撃砲を使え! 予備弾倉はあるんだろう!?』
『は、はい! あります! ありますけど・・・ じゃ、少尉は!?』
『予備のBKを使う! ヘレナ、早く受け取れ! 左300! 戦車級の群れだ!』
『りょ、了解・・・っ!!』
ナダル少尉機から突撃砲を受け取ったクリステンセン少尉が、咄嗟射撃で36mm砲弾の雨を戦車級に撒き散らす。
だが焦りからか、何割かを撃ち漏らしていた。 残余が一気に接近する。
『ひっ! きゃあ!!』
周囲から迫りくる戦車級の群れ。 『最も多くの人類を喰い殺したBETA種』 その言葉が脳裏を過り、恐怖に体が硬直する。
いつの間にかトリガーを引く事を忘れている。 機体は突っ立ったままだ。
左右から戦車級が接近し、やがて取り付かれる―――
『ひっ、ひっ・・・ い、いやあぁ~~!!』
―――ドッドッドッ!
鈍い重低音と同時に、戦車級が赤黒い霧になって霧散して行った。
『あ・・・ え・・・?』
呆然とする間にも撃ちこまれるBK-57近接制圧砲の高速57mm砲弾。
これを装備した機体って、確か・・・
『この馬鹿っ! いつまで呆けているんだよっ! さっさと距離を取れ! 言っただろう、絶対僕より前に出るなってっ! ヘレナ! 君の耳は節穴かっ!?』
その時、ようやくの事で突撃級を始末したB小隊が要撃級殲滅に参加した。
それまで2手に分かれて戦っていたC小隊も、2つのエレメントが集合して打撃力を回復する。
『フローラぁ、気張っているじゃなぁい? 新任の手前、先任の意地ってヤツぅ?
あ、そうか、そうか。 ヘレナは綺麗だものねぇ? そう言う事かぁ』
Aエレメントの2番機、C02のアリッサ・ミラン少尉がオープン回線で冷やかす。
それを聞いていた中隊の何人かが、含み笑いを漏らすのが判った。
『馬鹿、そんな事じゃないよ! へん、少なくともアリッサよりは素直だよな、ヘレナは。 それにスッピン勝負で負ける訳ないってさ? なあ? ヘレナ?』
『なんですってぇ!? ちょっと! ヘレナ! 良い度胸じゃないの・・・!?』
『ナダル少尉! わ、私! そんなこと言っていませんよっ! 本当です、ミラン少尉!』
益々含み笑いが大きくなる。 同時に溜息が聞こえ、そして―――
『アリッサ! フローレス! 続きは基地でおやりなさいっ!! ヘレナ、ポジション確認して! また前に出ているわよ!』
2門の突撃砲から36mm砲弾のシャワーを小型種に浴びせながら、今ひとつ部下のノリに付いていけない真面目な性分の小隊長。
ギュゼル・サファ・クムフィール中尉が雷を落としてケリをつける。
『ボヤキと気苦労のギュゼル』―――前任者の悪しきノリに染まった部下に、日々気苦労を重ねる中間管理職の悲哀を、20代早々に背負った運の悪い女性。
やがて要撃級の群れの殲滅も完了し、A、D小隊も加わっての掃討戦に移行する。
少数の小型種が後方へ抜けたが―――重低音の連続射撃音が後方から複数聞こえる。
中隊の後方に位置する重迎撃中隊のA-10C『サンダーボルトⅡ』から放たれる、GAU-8『Avenger』ガトリングモーターカノン砲の36mm砲弾の豪雨。
『戦車級殺し』の異名をとるA-10の近接制圧力は凄まじいの一言に尽きる。 機動性との完全なトレードオフで手にした圧倒的な制圧力。
少数の小型種など、モノの数秒で制圧されてしまう。
≪CPよりグラム。 後続BETA群接近中! 推定個体数は約1000、距離1800 大型種・光線級は確認されず。 左右の個体群へは『イルマリネン』、『ランスロット』が掃討中です≫
『グラムリーダー、了解した。 グラム各機、次のお客さんだ。 早々にお引き取り願う事としよう。 ―――陣形、フラット・ツー! 押し上げるぞっ!!』
『『『 ヤーッ!! 』』』
その日、連続したBETAの小集団の来襲が生起した。
しかし、致命的ともなる光線級や地中侵攻は無く、出撃した緊急即応部隊3個大隊による殲滅戦で完全阻止に成功する。
『グラムよりイルマリネン。 担当戦区の殲滅完了、当方に損失無し。 繰り返す、殲滅完了、損失無し』
『こちらイルマリネン。 グラム、上々だ、よくやった。 イルマリネンとランスロットも殲滅完了。 損失は無い。 ―――久々に心地よい酒が飲めそうだな、ヴァルター?』
『エルデナー・トレプシェン・アウスレーゼの白。 かの75年には劣りますが、秘蔵の76年物が有ります。 ―――どうです、エイノ? ロバートも』
『では私は、オークセイ・デュレスの赤を。 78年物の良い酒が有ります』
『大奮発だな、ヴァルター、ロバート。 では私は―――シャトー・トゥール・カルロの赤。 71年物を出そう』
―――ほう・・・
2人の中隊長から感嘆の声が漏れる。
エルデナー・トレプシェン・アウスレーゼの76年、オークセイ・デュレスの78年も非常に秀逸で豊穣的なオールドヴィンテージ・ワインで、今の世界では宝石並みに貴重だが。
それでも大隊長の出した、シャトー・トゥール・カルロの71年は一頭地抜けたヴィンテージだ。
―――それは楽しみ。
部下中隊長達の笑みを見つつ、今日の戦果に満足しつつ。 そして明日以降の戦いに向けて。
今宵はささやかながらも、祝杯を上げようではないか。
『第88戦術機甲大隊、撤収する!』
同日 2030 国連大西洋方面第1軍ドーバー基地群 カンタベリー基地
カンタベリーはかの『ドーバー・コンプレックス』に属する基地の一つである。
最前線であるドーバー、フォークストン、マーゲート各基地の後方に位置し、それらの基地群への即応支援に当たる性格を持つ。
同様の性格の基地にメードストン基地が有り、後詰の『ロンドン要塞』の門番を務める。
同じくコンプレックス南西部基地群のへースティング、イーストボーン、ブライトンが存在し、その南西部基地群の支援を担うのが
ホーシャム、ハートフィールド、ロイヤル・タンブリッジ・ウェルズと言った基地群である。
国連軍緊急即応軍団・第1即応戦術機甲師団―――従来の緊急即応独立戦術機甲大隊、9個大隊を統合再編して結成された即応打撃戦力。
初代師団長には、極東戦線に派遣され93年の『チィタデレ(双極)』作戦に参加した経験のある、ヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー少将が就いていた。
その師団の前線でのベースがここ、カンタベリー基地である。
その師団長室。 ブロウニコスキー少将と第3戦術機甲連隊長・ヴィルヘルム・バッハ大佐が歓談していた。
「ヴィルヘルム、今日はご苦労だった」
ワインを傾けながら、少将が上機嫌で部下のバッハ大佐を労う。
「いえ、厄介な連中も、面倒な悪戯もしてきませんでした。 あれならば第1軍の連中の手を煩わす事も無いでしょう」
「はは、只でさえ我々は半ば居候だ。 特に英軍の連中からはな・・・ まあよい、今日の戦果で連中も多少は口の滑りも良くなったようだ。
昨日まではさも英国人らしい、ムッツリ顔で閉口したがね」
「はは、そうですな。 ―――時に閣下、あの話は如何でしょう? カレー当りに橋頭堡を作っておくと言う計画は・・・」
途端にブロウニコスキー少将の表情が曇る。
「駄目だな。 特に欧州連合の連中、首を縦に振らん。 ドーバー・コンプレックスの維持だけでもカツカツの状況だ。 大陸側に余分な戦力は割けぬ、そう言う事らしいな」
「しかし、何時までも守勢防御のままでは。 いずれ喰い込まれてしまいますぞ?」
「判っているよ、ヴィルヘルム。 だが、未だ85年に受けた傷が回復していない。 あと5年ほどはこの状態だろうな・・・」
「閣下、それでは・・・」
「ヘーリでいい。 ヴィリー、君に今更閣下呼ばわりされるとな」
その言葉にバッハ大佐が苦笑する。 2人は同年で古くからの友人同士だった。
バッハ大佐が大尉時代の負傷が元で、一時期予備役に廻っていた為出来た階級差と言える。
その間はマンハイム福音教会の牧師をしていたという、変わり種の戦術機甲指揮官である。
「なら言おう。 ヘーリ、このままドーバーで守勢防御を続ければ、5年経っても反攻作戦の戦力は作れないぞ?
たび重なるBETAの侵攻。 小規模とは言え回数が多い。 それに平行しての間引き作戦。
攻勢防御に転換しろとまでは言わん。 だが、せめてカレー当りでの防御に変換すべきだ。
このままでは戦力を貯める事もままならん。 温存戦力と防衛戦力が同一の現状では」
バッハ大佐の言う所にも一理ある。 ドーバー以外では、チャネル諸島の『モン・サン・ミシェル要塞』などが有るが。
あそこは主にコタンタン半島やブルゴーニュ半島に対する間引き攻撃の出撃基地だ。 ドーバー正面に対する防衛の門には、地理的になり得ない。
今、国連軍と欧州連合軍内で議論されているのは、大陸側のパ・ド・カレー県のカレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてノール県のダンケルク。
この3か所を橋頭堡として確保し、ベチューヌ、ランス付近での機動防御を展開する。
そうなればドーバー・コンプレックス自体が海峡後方の支援地帯に変化する事となる。 ここで心おきなく練成と補充を行えるのだ。
「だがヴィリー、君も判っている筈だ。 展開出来る兵力が無い。 カレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてダンケルク。
最低でも各々1個戦術機甲連隊が必要だ。 ―――その戦力、どこから捻出する?」
そして何時もの如くその壁に突き当たる。 そう、展開すべき戦力の不足! 何時もこの問題が解決されない。
「・・・近々、『オールド・アイアン・サイズ(米第1戦術機甲師団)』を含む、第4軍が結成されると聞く。 これは本当か? ヘーリ」
「欧州連合は難色を示している。 実質、米第7軍が出張ってこようと言うのだ。 戦力は欲しいが、これ以上新大陸の連中に大きな顔をされるのも・・・ と言う事だ」
現状でも、緊急即応軍団の第2師団は、米第82戦術機甲師団『オール・アメリカン』であり、第3師団は米第101戦術機甲師団『スクリーミング・イーグル』だ。
これに米第7軍の2個軍団、11個師団が派兵されるとなると、国連軍欧州戦力のかなりの比率が実質米軍となる。
そして米軍は他国の指揮下で動く事を嫌う、作戦のかなりの自由度を求めるだろう。 そうなれば欧州連合軍との共同歩調も難しくなってくる。
「難しいな」
「ああ、難しい」
お互い、西ドイツ軍時代から米軍との協調に苦労してきた経験が有る。
それきり暫く、お互いグラスを傾け無言のままだった。
同日 2100 カンタベリー基地 下級将校用サロン
中隊の仲間数人と生還祝いを兼ねての乾杯。 中尉に少尉達。 徽章を見れば私達が衛士と判るだろう、他の兵科の人たちは遠慮してくれたみたいね。
「ま、3人とも初陣にしちゃ上出来だな。 ブルっても、悲鳴上げても生きて切り抜けたのさ、『死の8分』をな!」
「そうよ、だからもっと胸を張りなさい。 一体何10%の衛士が乗り越えられない壁だと思うの?」
「教え方が上手かったからですよ!」
「アリッサはただ振り回してただけよねぇ~?」
「ミンさん、酷っ!」
「ま、例えションベン漏らそうが、クソを漏らそうが。 生きて帰った者勝ちさ、なあ? ヘレナ?」
アスカル・カリム・アルドゥッラー中尉の一言に、ヘレナ・クリステンセン少尉が体をビクッと震わせ、そして・・・
「うっ・・・ うわあああん! どうせ、どうせ私は『お漏らし娘』ですぅ~! 恥も外聞も無く漏らしちゃいましたぁ~!!」
―――いきなり泣き崩れちゃった。 そりゃそうよね、花も恥じらう乙女が、『お漏らし』を暴露されたのだもの。
そのきっかけを作ってしまったアルドゥッラー中尉が、周囲から張り倒されているわ。 良いクスリね。 もう少しデシカリーと言うモノを学びなさい―――自分の体で。
「まあまあ、ヘレナ。 どんな奴だって初陣じゃ仕方ないって。 他にもそんな経験した衛士は大勢いるんだし、な?」
「そうよ、私も初陣の時はヘレナと同じだったし・・・」
ウジェール・カスパール・パストゥール少尉にパトリツィア・ドーリア少尉の先任少尉2人が慰めている。
同じ小隊なのにアスカルとのこの差は何なの? ホントにね・・・ 他にも何人かの先任達が、ウンウン、と頷いている。 彼等も経験者なのよね。―――私もだけど。
「そうだぜ、ヘレナ。 何もお前さんだけじゃ無いぜぇ? アナートリィもティウも盛大に漏らしてたもんなぁ!」
「ちょっ! 小隊長!!」
「あ、あわわ・・・」
部下の羞恥心など、どこ吹く風。 ファビオが他の新任2人のバイタルから推察して暴露しちゃっているし。
ああ、もう。 このままじゃ収まらないわね・・・
「はいはい、暴露大会はここまで! いい? ヘレナ、アナートリィにティウも。 恥ずかしい事は無いのよ。
これはあなた達が生きて戦い抜いた証なの、寧ろ勲章よ。
誰だって怖いし、誰だってパニックになりそうになったわ。 でもあなた達はそれを踏み止まった。 いい? 『死の8分』を乗り越えたのよ」
「「「蒋中尉・・・」」」
「そうね。 そして今ここに居る。 それこそがあなた達新任の殊勲よ、良くやったわ」
―――ギュゼル、ナイスフォローよ。
「そうだねぇ~、新任が3人そろって無傷で生還なんて、ここ最近少ないものねぇ。 よく頑張ったと思うよ?」
ミン・メイがほんわかとした調子で褒めている。 しっかし、本当に彼女は普段も戦場も変わらないわね。 ある意味、一番凄いと思うな・・・
「って訳でよ? ささやかながらも初陣生還祝いだ。 よく頑張ったぜ? この調子でな!」
「それじゃ、 「「「「「「「「「「 カンパ~イ!! 」」」」」」」」」 」
グラスが鳴る。 ささやかな祝宴。 今頃は第1と第3中隊もどこぞで祝杯をあげている事だろう。
中隊長とオベール中尉はさっき大隊長室に呼ばれたから、そこで祝杯かな?
上等のお酒とか出そうだけど、肩肘張りそうなので私は遠慮する。 こっちの方が良いな。
皆からよくやったと言われて、新任達が泣き笑いしているわ。 緊張の糸がようやく解れた様ね。
ヘレナの泣き笑いの顔、良い表情ね。
アナートリィは必死に堪えようとしているけれど、ちょっと無理かな? ファビオやアスカルに背中を叩かれて、それでも嬉しそうだわ。
ティウは・・・ あの娘はもう、何も言うまい。 何故って? 泣き笑いながらサンドイッチを頬張る姿を見たら、感傷も飛んだわ。 手のかかる娘ね、ホント・・・
『 Dear、直衛!
お元気ですか? 私は元気! 皆も相変わらずよ。
そっちはどう? 寒い? それとも暑い? 南部だものね。
私達の部隊にも、ようやく待望の新人が配属されたわ、みんな優秀よ。 ―――圭介の教え子にしては。 あはは!
初陣も乗り切って、まずは一安心。 私もホッとしています。
皆頑張っているわ。 私もがんばります、あなたが帰ってくる場所を守らないとね!
じゃ、体に気を付けて。 頑張ってね、それと・・・ 早く戻って来てね。
1995年11月5日 カンタベリーにて。 愛を込めて、蒋翠華 』