1996年2月10日 1130 北フランス パ・ド・カレー県 カレー内陸30km
『こちらグラムB、ポイント・ブラヴォーの埋設量80%。 残り作業終了は2時間、1330終了予定』
「グラムA02、了解です」
『グラムC、ポイント・チャーリー、82%埋設。 1330終了予定よ』
「了解、グラムC。 ブラヴォーと良い勝負ね」
『グラムDだ。 84%埋設完了。 1315には終わらせる』
「グラムD、了解。 あせらず、確実にお願いと伝えて」
―――今のところ順調ね。
網膜スクリーンに映る光景を見つつ、私はそう思った。
こちらのポイント・アルファも既に85%を埋設完了している。 残り作業は1時間半と言った所かしら?
目前を工兵隊の作業重機が駆けまわり、土砂を掬い上げ、また土砂をかぶせて行く。
地均しは無し。 信管が作動したら、それこそ戦術機でもひとたまりも無いから。
『第558工兵大隊、ファーブロー少佐だ。 ここいらは粗方完了した。 後は向うの丘の裾野と、あっちの『水溜り』の前面だ。
悪いが『ブツ』を運んでくれないか? 路面が悪い、縦列でしか進めん』
「こちら『グラム』、了解しました。―――中隊長、エレメントに分かれて収納コンテナを2か所に。 宜しいでしょうか?」
『・・・ああ、よかろう』
「了解です。 ファーブロー少佐、今からコンテナを移動させます。 ミン・メイ、ティウ、Bエレメントは丘の方へお願い。
湿地帯前面へは中隊長と私で持って行くわ』
『了解~、翠華。 ティウ、行くよ~』
『了解です!』
コンテナを各機1基づつ確保して噴射跳躍する。 路面が軟弱で、しかも数日前から昨日までの降雨で更に泥濘化している。
重機が進める路面は少ない、ここは戦術機で運ばない事には作業が何時まで経っても終わらないからだ。
今行っているのは、工兵隊と協力しての対BETA用地雷原の敷設作業。
カレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてダンケルク。 この3か所の前面に3重に及ぶ地雷原を敷設し、少しでもBETA来襲時の個体数を削るのが目的。
最も、連中が地中侵攻してくれば意味は無いのだけれどね。 それでも対応しないよりはマシ。
基本的にはまず、対小型種用地雷を7割、対大型種用地雷を3割の割合で敷設。 そこに土砂を被せ、更に上層に対大型種用地雷を敷設する。
表層の対大型種用地雷で突撃級の突進力を削いだ後で、露わになった下層地雷原の対小型種用地雷で後続する小型種BETAを吹き飛ばす。
勿論、後続に含まれるだろう要撃級に対しての対大型種用地雷も下層地雷原に敷設する。
地図で見れば、3か所を囲むような弧の字型に3重に敷設されるのだけれど。 地形や何やらで全て同じ方法と言う訳でも無いのね。
僅かに残る起伏などを利用して、わざと『バルジ(突出部)』を設けて、突破したBETAを背後から撃破出来るような敷設を行っている場所もあるから。
「ファーブロー少佐、コンテナ移設完了しました。 作業終了まで周辺警戒に入ります」
『宜しく頼む。 作業中にBETAに湧き出てこられたら、こっちはひたすら逃げの一手しかないからな』
スクリーンに工兵隊指揮官が映る。 何かの図面を持って部下に指示しつつ、私の報告にニヤリとして了解した。
工兵隊の仕事は、特に彼等施設工兵隊の仕事は、私達戦闘部隊のお膳立て。 戦闘部隊の戦う舞台を仕上げてくれる、縁の下の力持ち。
彼らが居るのと居ないのとでは、実は大いに戦闘での苦労が異なってしまう。 実戦を知れば知る程、彼等支援部隊の有難みは、いや増すと言うもの。
コンテナが開かれ、ぎっしりと詰まった地雷が運び出される。
パワーショベルが地面を掘り下げ、ユニック車で地雷を穴に降ろし、ドーザーが土砂を被せて行く。
カレー前面の私達『グラム』中隊の受け持ちエリアに、工兵隊1個大隊。 大隊受け持ちエリアに3個工兵大隊が投入されている。
今、旅団の全戦術機甲大隊が作業中の工兵隊への護衛に就いているから、カレー地区だけで15個工兵大隊(5個工兵連隊)が作業中だ。
これにブーロニュ・シュル・メール、ダンケルクの前面でも同様の作業を行っている。 投入された工兵隊は実に45個工兵大隊。
この物資を運搬する為の輸送部隊(船舶含む)も、かなりの大規模になっている。 総指揮は国連欧州方面軍の統合支援コマンド司令部。
国連軍だけでなく、英国陸軍、東西ドイツ陸軍、フランス陸軍からも施設工兵隊が参加していた。 他に英海軍が輸送支援を行っている。
戦闘部隊の大陸側3拠点への抽出には渋っていた欧州連合軍だけれど、この防衛ライン構築へは出し惜しみをしなかった。
現実問題、この『大陸の閂(かんぬき)』が機能すれば、ドーヴァー・コンプレックスは第1線の前線基地群から、第1線に対する支援基地群として機能できる。
常に本土が戦場になるのと、その前にワンクッションを置けるのとでは大違いだ。 戦力の増強・再編・休養、そして練成にも掛る負担は大きく違ってくる。
(現実問題、欧州諸国は大陸側に拠点を確保出来る余裕は、まだ無いものね・・・)
国連軍即応第1兵団長・フォン・ブロウニコスキー少将がいみじくも言っていたように(そんなお偉方と、直接話せる訳じゃないわよ?)
欧州の主要国は兎に角、今は戦力の立て直しと増強に力を注ぎたいのが本音のようね。
その為になる防衛拠点を国連軍戦力で構成できるのなら、支援は惜しみません、ってとこかしら?
(もっとも、その戦力にした所で、3個旅団だけだけどねぇ・・・)
本音を言えば、第2と第3師団も加わって欲しいけれど。 第2師団(米第82戦術機甲師団『オール・アメリカン』)は地中海のシチリア島に張り付いているし。
第3師団(米第101戦術機甲師団『スクリーミング・イーグル』)は、ユトラント半島北部とノルウェー南部沿岸の保持に必死だから無理ね。
せめてもの救いは、対岸のドーヴァーからの長距離支援砲撃がホンの少し見込める事と。 英国海峡艦隊と本国艦隊の支援艦砲射撃くらいかしら?
母艦戦術機甲部隊は、どうやら見込めそうな雰囲気じゃないわね。
実際の所、複合センサーが異常をキャッチしない限り実はヒマな状態の私は、そんな事を何気なしに考えて時間を潰しているのだ。
この寒い中、必死に敷設作業を行っている工兵隊の面々には悪いのだけれど・・・
と、唐突に中隊長から通信が入って来た。
『副官、A02。 念の為に20km前方まで進出する。 この場はBエレメントに任す』
「A02よりリーダー。 前方エリアへの警戒センサー設置は完了していますが・・・?」
『完全ではない! それにセンサーが、全ての情報を収集できる訳ではないのだ。 君も今までの戦場で身に染みているだろう!?』
「うっ は、はいっ!」
思わぬ中隊長の厳しい声に、一瞬怯んでしまった。 こんな風に怒鳴られたのって、何時振りだろう?
少なくとも、欧州着任して直ぐの頃以来じゃないかしら? あの頃は良い意味で激励の叱責だったけれど。
(はあ、なんか。 中隊の雰囲気もね・・・)
やっぱり確実に部隊の空気が違ってきている。 そう、誰もが中隊長に遠慮してしまっているのだ。
以前なら頂きに立つ中隊長と、裾野に居る私達の間に一人居た。 だけどその人はもう居ない。
機体を噴射滑走に入れながら、ふと先日も同じような事を考えていた事を、私は思い浮かべていた。
1996年2月18日 1400 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地
「ねえねえ、翠華。 あの話、どうなっているのよ?」
何の脈絡も無く、唐突にそんな言い方しても、誰も判らないって事を早く覚えなさい、ヴェロニカ。
基地のサロン(と言っても、粗末なソファが4つ置かれただけの部屋)で寛いでいる私に、唐突にヴェロニカが話を振って来た。
冬の寒い1日。 幸い今日は当番じゃないからデフコンが上がらない限りのんびりできる。
そう思ってサロンにコーヒー片手に来てみたら誰もいなかった。 だもので、ストーブの傍のソファを一つ占領して寝そべっていたと言う訳。
「あの話って? どの、『あの話』?」
世の中、ままならない事ばかり。 予定は未定、お陰で『あの話』なんて言い方をされても、心当たりが多すぎて返って判らない。
「増援よ、増援。 ほら、先月くらいから噂になっているじゃない?」
「ああ、あれね・・・ ゴメン、特に目ぼしい情報は入ってないや」
増援と言っても、欧州連合軍が展開を始める話では無くて。
『国連軍』の名の元に米国軍の第7軍が、国連軍第4軍として編成されて欧州へやってくるという噂。
何も噂とばかりは言えないのね。 私はたまたま旅団本部で大隊長のユーティライネン少佐と、旅団長のヴィルヘルム・バッハ大佐が話しているのを聞いた事が有る。
米第7軍。 その編成下に第7軍団と第9軍団があり、戦術機甲2個師団、機甲3個師団、機械化歩兵装甲2個師団と機動歩兵3個師団、それに空中騎兵1個師団を有する。
11個師団で戦術機600機以上、戦車600両以上、兵力で8万人以上。
今の欧州では喉から手が出るほど欲しい戦力ね。 それが欧州へやってくると言うのが、ヴェロニカの言う『あの話』
「でも難航している様よ?」
「どうしてよ? 欧州は戦力が欲しい。 米国は戦力を展開すると言っている。 どこに不具合が有るって言うのよ?」
「詳しくは知らないわよ。 でも、上の上あたりが絡んだ話のようよ?」
「あ~・・・ 指揮権問題かぁ・・・」
仮にそこまでの大軍を米国が送り込んできた場合。 ハッキリ言って今の欧州連合軍や国連欧州方面軍では兵站が破綻してしまう。
今でもカツカツなのだ、用心棒へのお代を払える余裕は全くない。
最もこの用心棒、自分の口は自分で賄う程モノ持ちだけれど。 そればかりか、雇い主の喰い扶持さえ用意しかねない。 嫌味ね。
それでいて、かかった費用は用心棒代に上乗せして請求するに決まっているのだ。
良い例が第2次大戦でのレンドリース法(武器貸与法) これで英国やソ連は合衆国から大量の軍需物資を供与された訳だけれど。
当然ながら『有償』なのよね。 貰った分は支払いを済ませないといけないのね。
英国は1950年から毎年返済していて、今年の時点で約2億4000万ポンド(約3億5000万ドル)が未返済。
今年は4250万ポンドの返済だったかしら? ソ連も未だに支払いが完了していないし。
おまけにBETA大戦が始まってからも、『第2次レンドリース法(1982年)』で更に有償で軍需物資その他の供与を始めたから、世界中、借金国家だらけ。
そんな最中での米軍部隊派遣となると、欧州連合軍や国連欧州方面軍にとっては痛し痒しなのね。 兵力は欲しい。 でも兵站の面倒は見きれない。
じゃ、兵站は自分たちで何とかする。 ついでにレンドリースも枠を考え直してやる、だから欧州の指揮権寄こせ、って言い出すに決まっているのだ、アンクル・サムは。
「あ~、ムカつく。 別に欧州連合軍の連中が好きって訳じゃないけど、にしても米国はムカつくわね!」
「ムカつくのは判ったから、ヴェロニカ。 ソファをゲシゲシ蹴るのは止めて・・・」
頭がグラグラするぅ・・・
ヴェロニカも訳ありで国連軍に居る手前、イタリア軍や欧州連合軍には何か言いたい所も有るのだろうけれど。
それでも母国軍や同じ欧州諸国軍の方が、米軍より親近感が有るのだろうか?
・・・そうね、私も米軍より祖国・中国と一緒に戦っている日本軍、韓国軍の方に親近感が有るものね。
その時、サロンのドアが開いて新たな客が入って来た。
「あら? ここに居たのね。 部屋に居なかったから・・・」
「自室以外じゃ、他に行くトコないもんねぇ~」
「食堂とか・・・?」
「よく食べるわね、ソーフィア。 太るわよ?」
「大丈夫ですよ、シェル中尉。 私の場合、全て胸に栄養行きますから」
「・・・ムカつく女ね」
「結局、頭にはいかないんだ? このウシ乳女は・・・」
「誰がウシ乳よっ!?」
騒がしく入って来たのは、ギュゼルとミン・メイ。
それに3中隊のオードリー・シェル中尉、ソーフィア・イリーニチナ・パブロヴナ中尉、マリー・クレール・ベルモ中尉の5人。
女3人集まれば姦しい。 じゃ、7人集まれば? ―――昔の話だけど、直衛と圭介がその場面に出くわしたとき、即座に踵を返して立ち去って行ったっけ・・・
「で? 何の話していたの?」
貧乳は女としてどうなのよ? とか。 じゃ、規格外の爆乳ならいいの!? とか。 形が全てよ、貧弱すぎも、大きすぎも魅力じゃないわ、とか。
そう言うセリフはせめてDカップになってから言いなさいよっ! とか。 うるさい、だまれシリコニー女! とか。
じゃ、感度はどうなのよ? とか。 揉んで貰える男を捕まえてからその台詞吐け、この処女! とか。 どんどんエスカレートしているわ。
女ばかりの場って言うのは、男のシモネタ雑談の場より卑猥よね、場合によっては・・・
あ、ミン・メイが顔を真っ赤にして固まっている。 あの娘も『未だ』だし。 興味は有れども・・・ でしょうね。
兎に角そんな猥雑な雰囲気から逃れようと、ギュゼルがわざとらしく話を振ってくる。
「ん? 援軍の話よ、米軍の」
「・・・ああ、あの第7軍?」
「そう。 その第7軍」
ギュゼルの表情はちょっと複雑ね。 判らないでも無いな、トルコが陥落した時の情勢を考えれば。
あの時はH9・アンバールハイヴとH11・ブダペストハイヴの2正面からBETA群が東西からトルコ方面へ押し寄せてきて。
中東、なかんづくスエズを何としても維持したい駐留米軍が、当時の南東アナトリア戦線からダルナ、そしてキプロス経由でイスラエルへ『兵力の移動』を行った結果。
トルコ軍は当初予定していた西部戦線(イスタンブール防衛戦線)用の予備戦力を東に回さねばならなくなって。
結局、東西両戦線共に兵力が薄くなって、トルコは東西からBETAに蹂躙されたのだ。
何とか逃げおおせたのは、南部の港町・アンダリアまで逃げおおせた人々だけで。
黒海沿岸部から洋上に逃げた人々は、ボスポラス海峡で船ごと光線級に焼き尽くされて。
エーゲ海に逃げようとした人々も、多数がマルマラ海(トルコの内海)や、ダーダネルス海峡で船が光線級の的になったと聞く。
エーゲ海自体も当時は『決死行』の航海だったと言うし。 ギュゼルは命からがら、エーゲ海を抜けてクレタ島のイラクリオンに辿り着いたと聞いたわ。
「私にとっては恨みつらみの第7軍よ。 知っている? 翠華。 第7軍って、以前はアナトリア駐留軍だったのよ?」
「・・・知っている。 『アナトリア大脱走』でしょ?」
当時、世界中から非難の的になった米軍を揶揄した言葉だ。
最初は『大脱出』とか言っていたらしいのだけれど。 その内『大脱走』と、何時しか言い換えられるようになったのね。
余りの世界中の非難は当時の合衆国大統領が、2期目の在職期間を果たせなくなったと言われた程よ。
もっとも、元ラジオアナウンサーにしてハリウッドの元準主役級俳優で、米陸軍航空隊の映画部隊の元大尉殿では、2期目は正直怪しかったと言われているけど。
「最も今の軍司令官、あのクソ忌々しいダールキスト中将じゃ無いようだけどね」
「ああ、あの大西洋軍(当時)司令官の腰巾着と言われた? 『現代戦を理解しない』とか、酷評されていたね」
「理解できない、の間違いよ。 それに卑劣漢! 表向きは『中東の維持』での部隊移動だけど。
本当は死ぬのが怖くて逃げ出したかっただけと言うのは、トルコ人なら誰でも知っているわ。
当時トルコに駐留して共に戦った米軍部隊で、未だにトルコ人から尊敬と畏敬の念で語られているのは、『第442戦術機甲連隊戦闘団』だけよ」
「・・・アナトリア撤退戦で、最後まで残って戦っていた米軍部隊だね?」
「ええ、そう。 少数の負傷後送者を除いてアンダリア防衛戦・・・ トロス山脈の激戦場で全滅したわ、民間人脱出の時間を稼ぐために。 全員、日系人の部隊よ」
「日系人部隊・・・?」
「そう。 米軍が正規軍は未だに人種別の編成を色濃く残している事は知っているでしょう?
人種混成は、移民志願者で固められた戦時編成部隊か、州兵部隊よ。 連邦軍の正規部隊は違うわ。
第442戦術機甲連隊戦闘団は、そんな人種別編成で構成された部隊よ。 『ナンバーテン(最悪)』の第34師団第141連隊とは大違い!」
「141連隊?」
「当時の米軍部隊のひとつよ。 そこの第1大隊がアナトリア戦線でBETA群の中に孤立した時、その救助に赴いたのが第442連隊。
決死の戦闘で第1大隊は救出されたわ。 でもね、200名ちょっとの第1大隊を救出するのに、第442連隊は戦力の約半数、50機以上の戦術機と衛士を失ったのよ。
連隊の支援部隊も損失は40%に達したわ」
「・・・え?」
「戦闘後、ダールキスト中将が第442連隊を閲兵した時にね、『部隊全員を整列させろといったはずだ!』って不機嫌そうに言ったらしいの。
で、当時の連隊長代理が・・・ あ、連隊長は戦死したのよ。 その代理がね、『目の前に並ぶ将兵が全員です』って言ったら、ダールキストの野郎、余計に不機嫌になったって」
「さいってー・・・」
「最低ついでに言うと、その第34師団はダールキストと一緒に、真っ先にアナトリアから逃げ出した部隊よ。 テキサス州兵の白人部隊だったから」
聞けば聞く程、とんでもないわね。
でも今の第7軍は、部隊編成からして違うようだし。 なんとかなる?
「話は飛ぶけれど、その第7軍がやってきたら・・・ 後詰の第8軍も来るでしょうね」
「米軍の『欧州軍』だっけ、第7軍と第8軍で。 第8軍は確か第7軍より大きい編成だと記憶しているけれど?」
「12・・・ いえ、13個師団有ったかしら? 米国欧州軍全体で24個師団だったから。
ホント、持てる国よね。 欧州連合軍の方が総数では多いけど、質的な面では米軍の方が上回るわ」
ギュゼルの言う事も頷ける。 昔で言えば、『軍集団』とか言う規模だもの。
米軍は他に中央軍(第1軍、第5軍)、太平洋軍(第3軍=国連第11方面軍、第4軍、海兵隊)、
南方軍(第2軍、グアンタナモ統合任務軍)、北方軍(アラスカ統合任務軍=国連第3方面軍、北方統合任務軍)、アフリカ軍(第6軍)を有している。
そして今現在、国連欧州方面軍に即応部隊として第18即応軍団(第82、第101戦術機甲師団)をも派遣しているのだ。
因みにこの数字は、戦時召集される州兵部隊(戦略予備兵力)は含まれていない数字よ。
でも本当に凄い所は、その大兵力を全世界規模で展開・維持出来る輸送・兵站支援能力ね。
欧州連合軍しかり、中東連合軍しかり、大東亜連合軍しかり。 米軍以外の統合軍事組織は所詮、その地域限定の展開能力しかないもの。
加えて展開した地域軍への軍需物資の供給能力。 誰しもスポンサーには頭が上がらない。 でも自分の懐を管理されたくない。
「・・・荒れるわね」
「ええ、そう。 当分、増援は見込めないのじゃないかしら?」
―――ああ、鬱になりそうよ。
「鬱って言えばさ~、大尉の状況はどうなの?」
「ミン・メイ。 アンタも同じ小隊でしょ?」
「いや、やっぱりここは副官殿の顔を立ててとかぁ~」
こんな時だけ、副官扱い!? 最近、良い度胸になって来たじゃない、ミン・メイ・・・
「ああ、アルトマイエル大尉? 見た目は変わらないけれどね・・・ でも雰囲気がね。
見ていて辛いわ。 大隊長やウェスター大尉も心配していたわね」
「変わらない訳、無いじゃない。 恋人が死んで、自分はその戦場で何も出来なかったのよ?」
「でもそれは、大尉個人の問題」
「ソーフィア、何気に棘があるんじゃない?」
「気のせい。 私は戦場の公平さの話をしているだけ」
ギュゼルとオードリーが心配そうにし、ソーフィアはやや、つっけんどん。 マリーはそんなソーフィアに冷ややか。
「ソーフィア、聞くけれど。 『戦場の公平さ』って何?」
「死は誰でも、遠慮なく、突然に襲いかかってくるもの。 そして大半の死に、何の意味も無い」
「・・・意味は無いの?」
「無いですよ。 だってそうでしょう? 今まで何10億の人類が死にましたか? その死に意味が有れば、何かしらの契機になると言うのであれば。
今頃人類はBETAをこの星から駆逐しているんじゃないですかね? でも出来ていないでしょう?」
「あ、貴女ね・・・ッ!」
「個人にとっては色んな意味が有るでしょうね。 私だって、家族がBETAに喰い殺された事は、私自身にとっては意味が有りますよ。
でも『戦場の死』には何の意味も無い。 ただ一言、『本日の損失』 数字で表されてお終い」
「仲間の死を、よくそんなに割り切れる事ね!?」
「割り切らなきゃ、明日死ぬのは自分ですから」
ギュゼルは冷ややかに答えるソーフィアに、ややご立腹の様ね。
ソーフィアの言いたい事は判るし、ギュゼルの感情も判る。 ここに居る皆そうだと思う。
「ちょっと、ちょっと。 ギュゼル、熱くならないで。 ソーフィア、貴女も何を偽悪趣味に走っているのよ!」
「こんな雰囲気・・・ お茶が美味しくないよ」
オードリーとミン・メイが仲裁(?)に入る。 マリーはと言うと、この雰囲気に気まずそうだ。
「やめなよ、2人とも。 それこそオベール大尉がいたら怒られるわよ。
先任の、それも中尉達が仲間の死で言い騒がないの、って。 後任や新任達を不安がらせないの、ってね」
「・・・翠華の言う通りね」
「はあ・・・ スミマセン」
「判れば宜しい」
偉そうなことを言っているけど、私も実は不安だ。 大尉の事もそうだし、自分自身の事も。
大尉は多分、『生きる理由』を失った。
じゃ、私は? 私の『生きる理由』って何?
―――直衛? ・・・違う気がする。 違う様な気がする。
だから不安になって来た。 私、何を理由に戦っているんだろう? 何を理由に生き抜こうとしているんだろう?
隣で一緒に戦う戦友の為? それは勿論そう。 でもそれはみんな一緒でしょう? 誰しも戦場じゃそう思うわ。
それにそれは戦う理由でしょ? 生き抜く理由は? 家族の為? 生き抜いて再会したいから? 当然でしょう、誰だってそうでしょう。
昔言った事が有る、直衛に。
『死ぬ理由が欲しかった』と。 『死ねる理由が欲しかった』と。
あの時私は、祥子の事を直衛の『死ねる理由』だと言ったっけ。 でも違う、それは違うと今は判る。
祥子は直衛の『生きる理由』 戦場で戦って、戦い抜いて生き抜いて、そして生還した先に待っている存在。 祥子にとっても多分そう。
私はそれが凄く羨ましかった。 その事に気付いたのはあの時、あの夜の安置室。 そしてそんな2人が妬ましかった。
いくら好きでも、私は直衛の『生きる理由』じゃないって事に気づいて。 そして直衛が私の『生きる理由』じゃ無い事に愕然として。
直衛は大好きだし、祥子も友人として好きだけれど(今でも手紙のやり取りはしているし)
同時に私は2人が羨ましかった、そして何より妬ましかった。
ニコールが戦死した時。 アルトマイエル大尉のあの夜の後姿を見た時。 直衛の姿とだぶった事に恐怖したのは、そんな私の妬ましさが怖かったから。
私は自分と言う人間が、中身の何にも無い、ただの薄っぺらな存在に思えて怖かったんだ、多分。
何となく場が白けてしまって、皆が部屋に帰り始めたその時。
「ギュゼル、ちょっと良い?」
「何? 翠華?」
気がつけばギュゼルを呼びとめていた。
私の表情が真剣だったからか、はたまた2中隊の事で話が有るのかと思ったか。
3中隊の3人とミン・メイは何も言わずに席を外して行った。
呼びとめたものの、さて、何をどう話そうか。 そんな事すら考えていなかった事に気づいて苦笑してしまう。
私ってば、結構考え無しで行動してしまう所が有るわよね・・・
「何よ? 独りで勝手に苦笑して・・・?」
「ん、ゴメン、ゴメン。 ちょっと聞きたいんだけどさ・・・」
「中隊長の事?」
「違うよ。 間接的には関係するかもしれないけど、直接的には違うわ。 ―――ギュゼル。 貴女、『生きる理由』って、持っている?」