1996年4月13日 1130 アメリカ合衆国 バージニア州ノーフォーク沖 大西洋上 タラワ級強襲揚陸艦『サイパン(USS Saipan,LHA-2)』
1時間30分前に出港した艦隊は、既に各艦、出港部署を解いて航海配置に各員が付いていた。
現在は第1航行序列にて大西洋を横断、一路欧州を目指す。
合衆国海軍第2艦隊(大西洋艦隊)・第26任務部隊 (Task Force 26, CTF-26)
その水陸両用部隊を構成する第21水陸両用戦隊 (Amphibious Squadron 21, PHIBRON 21)
タラワ級強襲揚陸艦『サイパン』、オースティン級ドック型輸送揚陸艦『オースティン』、ホイッドビー・アイランド級ドック型揚陸艦『トーテュガ』、『ハーパーズ・フェリー』
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『レイテ・ガルフ』、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『ジョン・ポール・ジョーンズ』、『カーティス・ウィルバー』の7隻が先行する。
後方に第21遠征打撃群(Expeditionary Strike Group 21, ESG-21)に所属する各艦。
インディペンデンス級軽戦術機母艦『インディペンデンス』、『プリンストン』、『ベロー・ウッド』、『カウペンス』、『モントレー』
オリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート『サミュエル・B・ロバーツ』、『カウフマン』、『ロドニー・M・デイヴィス』、『イングラハム』、この9隻が続く。
「この分だと、4月25日の正午前後には向うへ到達できる」
旗艦『サイパン』の艦橋から洋上を眺めていた合衆国陸軍第7軍・第38戦術機甲旅団長、ジョージ・ライネル陸軍准将は不意に掛けられた声に振りかえった。
第26任務部隊(CTF-26)司令官、パトリック・ジェームズ・シモンズ海軍少将が、コーヒーカップを2個持って歩み寄る。
「どうかね? 海風はなかなか厳しいだろう?」
「頂戴します」
カップを受け取って一口飲む。 ・・・何とも言えない味覚であった。
「ははっ、これが海軍流のコーヒーの飲み方だよ。 いや、英海軍流と言うべきかな? コーヒーに一掴みの塩を入れる。 昔からそうだ」
「私は陸軍流で結構ですよ」
苦笑しつつ、コーヒーを啜る。 陸軍の、出涸らしをこれでもかとばかりに絞り切った、薄過ぎる不味いコーヒーでも、塩を入れるよりはマシか。
4月の北大西洋は未だ波が荒い。 それに海水温度もメキシコ湾流が流れるとは言え、それほど上昇していない。
白い波頭を切り裂きながら進む各艦に時折、大きな三角波が押し寄せ、ドォーン、という衝撃音が生じる。
基準排水量で4万トン近い大型艦であるこの『サイパン』でさえ、結構な揺れを感じる。
2万トンそこそこの軽戦術機母艦に乗り組んでいる部下達はさぞや・・・
「今頃は陸軍の諸君は、盛大に吐き始めているかね?」
如何に常日頃、戦術機に搭乗している連中でさえ、この揺れはまた別格だ。
かく言うライネル准将自身、先程から胸焼けの様な奇妙な気分の悪さを覚える。
「出港当日と、出撃前夜の夕食はステーキなのだが・・・ 折角の御馳走も、果たしてどうかな?」
「今夜はともかく、出撃前夜は無理にでも食わせましょう。 スタミナ不足で戦場に出たくはないでしょう、連中も。
それより提督、現地到達は予定通り25日の昼になりましょうか?」
「うん、航海参謀と先程話したが。 ノーフォークから現地まで190.87nm(ノーチカル・マイル) 巡航速力16ノットで11日と19時間程だ。
H11とH12の飽和状態が確認されたのが、5日前の4月8日。 欧州の連中は遅くとも1週間前後の内に、大規模なBETAの侵攻を予測している」
「異論はありませんな。 陸軍・・・ 第7軍でも同様の予測が出ております」
問題は、最初の接触が4月20日頃と予測される事だ。
H11ブダペストハイブの飽和個体数は推定約4万。 H12リヨンハイブの飽和個体数が推定約4万5000。 合計で約8万5000。
これらのBETA群が一気に侵攻してくれば、85年のブリテン島防衛戦以来の大規模防衛戦闘は必至である。
「・・・しかし、欧州連合軍にはそれを押し止める戦力はあるのかね?」
「総動員すれば有りましょう。 しかし欧州は85年に受けた損害の回復を最優先しております。
大陸側へ戦力を派遣しての防衛戦闘は、特に大規模防衛戦闘は行わないでしょう」
「確か、国連軍がいくばかの戦力を大陸側の拠点に駐留させていたね?」
「3個旅団のみです。 緊急即応部隊ですが、ドーヴァーの正面に。 それ以外の地区に来られては・・・ モン・サン・ミシェル要塞も1個旅団程度ですし」
「陸に関しては素人考えなのだが、ル・アーブルからディエップの辺りが手薄過ぎないかね?」
「その方面は、モン・サン・ミシェルか、カレー方面から迎撃しておるようです。 それに今回はBETA共、ランスから北上の動きを見せておるようです」
「ふむ・・・ カレー方面か・・・」
85年の時もそうだった。 カレーからダンケルクにかけての対岸から溢れ出たBETA群がドーヴァー海峡を一気に押し渡り、ブリテン島南部が激戦場となった。
今回は果たしてどうなるのか。 やはり前回同様の結果になるのか。 はたまた、大陸側での防衛が成功するのか。
「GF(グランド・フリート:英国艦隊)は、海峡艦隊の他に、本国艦隊の投入を決定したそうだよ」
「ほう、本国艦隊も?」
「それだけではない。 統合ドイツ艦隊『ドイツ大海艦隊(ホッホ・ゼー・フロッテ)』と、フランス海峡派遣艦隊も総出撃の様相だ。 連中、少なくとも海軍は本気らしい」
「85年は為す術も無く、海峡を突破されましたからな。 復活戦と言う訳ですか?」
「まあ、そんな所だろうが・・・ それより時間稼ぎかな? フランスなど、直接BETAの脅威に晒されていない海外県の戦力を、かき集め始めておると聞く。
英陸軍も国内軍の移動を開始した。 東西ドイツ軍はブリテン島駐留の全軍を、南部に終結させ始めている」
「結構な戦力にはなりますな。 しかし問題は時間」
「ああ、そうだ。 何時も、何時でも、時間だ」
大軍の移動・集結・再配置には多大な労力と時間を有する。
単に部隊が移動すれば済む話では無い。 整備に補給、兵站物資の集結と輸送、情報の収集と検討、作戦の立案、そして実施。
現在、ブリテン島で欧州連合軍が進めている兵力の再配置については、完了予定は少なくとも半月後、早くとも大体5月の上旬頃であると見積もられている。
「と言う事は、少なくとも2週間近く陸上戦力は国連軍の3個旅団のみ。―――保ちませんな、BETAの数が圧倒的過ぎる」
「だからまず、君の旅団なのだろう」
予定では米第38戦術機甲旅団は、4月25日にカレー防衛線に上陸を行う。
次いで27日、第7軍本隊である第7軍団と第2艦隊が、翌28日に第9軍団が、各々イギリス海峡に突入する。
問題はそれまで持久可能かどうかだ。
「BETAのスケジュール表次第ですな。 一気に7万も8万も来られては、3個旅団の防衛線などボール紙同然に容易く破られてしまう。
しかし、BETAが五月雨式にやってくれば、まだ手の打ち様はあります。 厳しいですが」
そう、全てはBETA次第。 人類の闘争史上、これ程厄介な条件は経験してこなかった。 なぜなら、有史以来人類の闘争相手は常に同胞だった。
あらゆる手段を用いて情報を集め、謀略・計略によって相手を誘導し、自らが望む舞台を演出しようと努力した。 努力できた。
しかしBETA相手にはそれが通じない。 何故ならBETAの思考が解らない。 それを収集する術も無い。 連中が何を考えているのか判らない。
今次BETA大戦において、人類が常に後手後手に回っている状況は、何も直接戦闘の結果だけでは無いのだ。
常にイニシアティヴを相手に持って行かれると言う状況。 戦略面においてはこの1点が非常なアドヴァンテージをBETAに与えている事は事実なのだ。
「・・・BETAの情報か。 そう言えば、君は聞いておるかね? かの面妖な計画の事を?」
「国連主導で動いているとか言う、あの計画ですか? 確かソ連から日本が受け継いだという?」
「うむ。 聞くところによると、まるで夢物語の如くと言われておるそうだが・・・ 成功してもな・・・」
「情報の一極集中は、いただけませんな。 日本が国連をどこまで掣肘出来るのか判りませんが。
成功したらしたで、また問題ですな。 情報を握る者が全てを制します」
「ま、それはワシントンD.C.の政治屋達の仕事さ。 我々は当面、この作戦に全力を尽くす」
「同意です」
彼方の波濤に視線を移す。 低く立ちこめた雲に覆われて空はどんよりとしている。
合成風力による風は強さを増し、飛沫を伴って艦橋にまで降り注ぐ。
その様はまるで、暗雲立ちこめる欧州の様相を具現しているかのようにも思えた。
1996年4月18日 1400 北フランス カンブレー付近
4機の戦術機が低空をNOEでフライパスしてゆく。 ランスの北方約100km、かつて80年ほど前の激戦場・カンブレー付近。
不意に高度を落とし、そのまま地表面噴射滑走に移る。 地表を高速でサーフェイシングで滑るように機動し、目標の直前で2手に分かれた。
「リードより各機、シザースで殲滅する。 機動を止めるな、5分だ」
『『『 ラジャ 』』』
2つのエレメントが緩やかに弧を描き、そして急速に突進する。 各機2門を手にしたAMWS-21から、36mm砲弾が勢いよく吐き出される。
機速を緩めることなく目標の外周部に沿って射撃を続け、一旦クロスした地点で左右所を変えて逆走しつつ、攻撃を緩めない。
数分後、目標の殆どを殲滅した時には辺り一面、赤黒い汚泥の様な残骸が残った。
「残り要撃級5体。 仕留めろ」
『Bドライジン、右の2体を殺る』
「ラジャ、Aドライジンは左の3体を始末する。 トマーシュ!」
『了解だ、バックアップは任せろ』
リード機が正面の要撃級に突進する。 直前で噴射跳躍、そして飛び越しざまに120mm砲弾を上部から叩きつけ、1体を無力化させた。 そのまま噴射滑走。
残った2体の要撃級はその習性故か、リード機に反応して高速接地旋回を行い追撃に移る。
タイムラグをつけてリード機に続いた2番機が、その無防備な要撃級の背後に36mm砲弾を叩き込む。
残った1体は2番機に反応し即座に逆旋回を行うが、それは返って先程のリード機に背後を見せる格好となった。
逆噴射制動をかけ、機体をスライドさせながら今度は要撃級に急速接近してきたリード機が、120mm砲弾を背を見せた要撃級に叩き込み、これを始末する。
戦闘は数分で終了した。 群れからはぐれたか、はたまた斥候か。
僅か50体足らずの小型種と、5体だけの要撃級BETA。 その小さなBETA群は瞬く間に殲滅され、無様な亡骸を大地に晒した。
「リードより各機、Join Up」
残る3機が集まり、長機を基点に正方形の警戒陣形を作る。
「ドライジンよりCP。 エリアF7Gに侵入したBETA群の殲滅完了。 50体程しかいなかった。 このまま哨戒を続行するか?」
≪CPよりドライジン・リード、F7エリアに侵入するBETA群有り。 小規模ですが3か所。 エリアF7JからF7Lまでの掃討をお願いします。
ウォッカ、ブランデー、ウィスキーも急行中。 F7AからF7Lまで広範囲に小規模BETA群の複数流入を確認。
UAVが確認しました、大型種は存在しない模様。 光線級も確認されず≫
「了解した。 チマチマとご苦労な事だ・・・ ドライジン、聞いての通りだ。 F7Jから順に掃討していく」
『『『 ラジャ 』』』
4機の戦術機―――F-15Eストライク・イーグルが跳躍ユニットから轟音を立てて飛び去ってゆく。
複数個所を短時間で制圧するには、移動に時間をかけてはいられない。
(嫌な感じだな・・・ 嫌な感じだ)
指揮官機の衛士、周防直衛中尉は過去の戦歴から似たような状況が有った事を思い出し、思わず顔を顰める。
大抵の場合、この手の嫌な予感は最悪の状況となって返って来た事を思い出したからだった。
1730 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地 戦術機ハンガー
「よう、新しい機体はどうだった?」
基地に帰還し、機体をハンガーに入れて機外に降り立った途端に声を掛けられた。 振り向くとフライトジャケット姿のファビオが居た。
C型軍装で無い所を見ると、どうやら第2待機配置のようだ。
「悪くないね、流石は最強第2世代機の看板通り。 以前に搭乗したC型とは別物だな。
主機もアビオニクスも格段に向上している、機動性も上々だ」
F-15Eストライク・イーグルを見上げながら、思わず頬が緩む。
米国の第2次レンドリース法の枠内で欧州へ供出されてきた軍需物資のひとつだ。
最も第1期供出機数は24機と少ない。 米軍でも昨年より配備が開始され始めた機体だけに、まずは自国中心なのだが。
そこは目ざとい軍需企業群が、政権の背景に存在する米国。
最近はトーネードⅡ等と言った欧州独自の第2、第2.5世代機の配備が進み、また第3世代機の開発も急ピッチで進む状況に危機感を覚えたか。
本国でさえ十分に行き渡っていない最新鋭機を惜しげも無くレンドリースするとは。 まあ、商売人とはそういうものか。
「確か新素材の複合装甲の採用で、自重自体軽くなったっけか?」
「らしいな。 セントラルコンピューターも向上型だし、跳躍ユニットもF100-PW-220からF110-GE-129に換装されたおかげで、低速・低高度域の推進力が大違いだ」
F-15Eは跳躍ユニットにF100-PW-229およびF110-GE-129、双方に対応したエンジンベイを持つ。
F100とF110とでは、高速度域・高高度域では推進力に殆ど差は無い。 しかし低速度域・低高度域ではF110の方が3割強も出力が高い。
乱戦の中での咄嗟の機動を行う分には、F110-GE-129搭載型の方が動きはパワフルでかつ、レスポンスが早いのだ。
他にはレーダーをAPG-63から合成開口能力を備えたAN/APG-70へ換装している。
これにLANTIRN(Low Altitude Navigation and Targeting Infrared for Night:暗視装置、レーザー照射装置、地形追従レーダー)を常時搭載する事によって、
双方の機能リンクによる暗視識別能力・自動地形追従能力・照準能力の向上が相まって、夜間での戦闘行動の制約が無くなった。
そしてJTIDS(Joint Tactical Information Distribution System:統合戦術情報伝達システム)の装備によって、CPC(CPセンター)やHQを中心に構築される、
戦域戦術データ・リンク・ネットワーク・コミュニケーション・システム(リンク16)により、戦域戦術状況をリアルタイムに把握出来るようになった。
「全く、羨ましいぜ。 帰ってくるなりこんな最新鋭機に、ご搭乗とはよ?」
「機種転換訓練が実戦と兼務だぞ? やりたいか?」
「遠慮するわ。 俺は乗りなれたトーネードⅡの方が愛着あるな」
俺だって、実戦にのるなら、乗りなれたトーネードⅡの方が心強い。 勝手を知っているからな。
だけど今の所属は言わば『イレギュラーズ』だ。 貴重な正規配備機体を回す余裕は、旅団には無い。
だから言ってみれば、『実戦試験役』として押し付けられたと言うのが真相なんだが・・・
そう言えば、トーネードⅡも随分とアップデートされている。 主機や跳躍ユニット周りは小改修型のようだが(最も、RBB205シリーズは必要十分な能力を持っている)
アビオニクス、特に戦域戦術データ・リンクシステムにおいて、従来のリンク10(欧州連合向け)から、リンク14にアップデートしていた。
伝送速度はリンク16並みに向上し、衛星中継通信もCPC経由でなら可能となった(リンク16は単体で衛星中継通信が可能)
開発時に携わった思い入れのある機体だが、最新鋭機に搭乗できる誘惑には、やはり抗いきれない。
「ま、良いわな。 おい、今からメシだろ? 付き合えよ」
1830 カレー前進基地 PX
「ま、なんだ。 同じ中隊・・・ いんや、大隊も違う事になっちまったが、同じ旅団だしな。 また宜しく頼むわ」
「こっちこそな。 何しろブランクが有るんでな、頼りにするぜ?」
警戒態勢が上がった為、酒類一切ご法度になってしまっているカレー基地。
味気ないトレーに載せた夕食を、ミネラルウォーターのペットボトルで乾杯して食べ始める。
「しかし・・・ 相変わらず不味い・・・」
「贅沢者め。 1年半も天然食材に舌が慣らされたからだぜ?」
「返す言葉もございませんよ」
1年半か、思ったより長かったな。 その内の大半は合衆国に居たが。
アラスカからは殆ど給油に降り立つだけで、そのままこっちに来てしまったしな。
色々と挨拶したかった人達も居たのだが・・・ せめてベルファストで時間が有ればな。 副官部でレディ・アクロイドの近況でも聞けただろうに。
ローズマリー・ユーフェミア・マクスウェル少佐とドロテア・バレージ中尉の2人は、レディの秘書役を継続しているらしいし。
N.Yで別れたぺトラ・リスキ少尉とエステル・ブランシャール少尉からなら、ジョゼの近況も聞けたかも。
会えれば伝えて欲しかった言葉も有る。 彼女達にも礼を言いたかった。 それに室長のヘンリー・グランドル大佐―――『校長先生』にも。
「ま、仕方ないか・・・」
「あん? 何だ?」
「独り言。 それよりどうだ? 連れてきた2人は?」
「ああ、サーマートとフレドリックか? いや、かなり良い腕しているぜ。 ありゃ、即戦力だ」
アラスカから連れてきた2人の少尉、サーマート・パヤクァルン少尉とフレドリック・ラーション少尉の両名は『グラム』に配属された。
欠員補充だが、全くの新人じゃ無く、実戦経験のある連中だから足は引っ張らないと思っていたが、良かった。
「代わりにお前らが余所に行くとはよ?」
「仕方が無い。 小隊指揮官は空きが無かったんだから」
不味いポークビーンズ(もどき)をつっつきながら答える。
古巣の第88大隊(現第2大隊)も、他の大隊も。 小隊長の空きが丁度無かった。
かといって中隊長はと言うと、これも埋まっているし、そもそも俺達はまだ中尉で大尉じゃ無い。
結果として、旅団本部直率の強行偵察哨戒中隊『スピリッツ』が編成され、俺と圭介、久賀にイルハンの4人はその中隊に組み込まれる事となった。
任務は強行偵察の他、戦場じゃ真っ先に接敵して、状況を報告しつつ、最後に戦果を確認して離脱する。
正直、新任の居る部隊じゃ勤まらない。
「まあな、何だかんだでギュゼルも指揮官が板に着いたしよ。 1年半の間、誰かさんの後釜で苦労してきているしな?」
「・・・悪かったね」
「アスカルもまぁ、責任を背負わせた事がプラスに働いたようでよ。 最近ようやく本調子に近くなってきたしな」
「ニコールの事か・・・ 残念だよ、赴任当初から世話になった人だったしな」
「特にお前さんには、ヤンチャな弟みたいに世話を焼いていたしな、あの人は」
「くっくっく・・・ 世話を焼いた? お小言の連発だったぞ?」
懐かしい。 中隊の皆にとっては、姉の様な女性だった。
そうか、もう彼女にも会えないのか、そうか。
「・・・今頃は向うで賑やかにしているだろうさ。 なにしろ喧嘩相手には困らないしな」
「あん? 誰の事だ?」
「イヴァーリ・カーネ。 あいつも死んじまったよ」
「イヴァーリ? 退役してアメリカなんじゃ・・・ッ!?」
「死んだ、N.Yで。 去年の5月だ」
「そうか・・・」
流石にファビオもしんみりしている。 退役後の死。 俺の言葉の奥に何か事情を察したか。
暫く手を止めていたファビオだったが、やおらペットボトルの水を飲み干し、ニカっと笑って言う。
「ま、いいんじゃね? あれでいて根っこは気が合いそうだったしよ? 退屈せずに済むだろうさ、2人ともよ!」
優等生のニコールと、規律なんか無視のイヴァーリ。 よく2人で文句を言いあっていたっけな。 その横でアルトマイエル大尉が笑いながら見ていて。
「でよ、その・・・ 翠華とは何か話したか? おまえ・・・」
「何を・・・?」
「いや、そのよ・・・ ああ、もう! じれってぇ! そのよ、ニコールが戦死してからよ。 大尉も流石にあれでよ?
翠華もなんか、変に落ち込んでよ。 その、心変わりとかじゃ無いと思うけどよ、まあ、なんだ、何と言うか、その・・・」
「あいつの選択は、あいつ自身のものさ。 俺があれこれ立ち入るものじゃない。
俺にとって、あいつは変わらず大切な存在だが。 あいつの在り方をあいつが決めたのなら、それに反対する理由は無いさ」
「それってよ、1年半も放ったらかしにしたから、そうなるって言っているのかい?」
ファビオの目が、やや懐疑の色に代わる。
「そうじゃない、そうじゃない。 何て言うのかな・・・ 俺は翠華に、あいつ自身を確立して欲しかったんだ、今にして思えば」
そう、例えば『死ぬ理由』なんかじゃなくって、あいつ自身で『生きる理由』を見つけて欲しかった。
それが出来れば、言ってみればそれまでの『宿り木』でも良かったんだ、俺は。
「はん・・・ 大人ってやつですかい? そうですかい、そうですかい。 ―――ま、いいやね。 当人同士がそうなんなら」
「それはどうも。 ―――で? ロベルタとはその後?」
「ブホォォ!!」
「汚ったねぇな!」
「お、おまっ! お前! どっからそれを!?」
「翠華」
「あ、あンのアマぁ~! 人が折角、あれこれ心配してやったってぇのにっ!!」
「あ~んど、ギュゼルにミン・メイに、ヴェロニカに・・・ ああ、オードリーにソーフィア、文怜にマリー、あとはウルスラにアンブローシアとヴィクトリア・・・」
「もういい!! くっそぉ~、中隊の女共、殆ど全てじゃねぇか・・・」
「美鳳姐さんも言っていたな?」
「・・・死んだ」
楽しいものだ。 一瞬先は地獄が待っているかもしれないのに。 生死を共にした仲間との語らいと言うものは。 嬉しいものだな。
ふと、PXの入口にロベルタの姿が見えた。 誰かを探している、そしてこっちを見つけて―――嬉しそうに表情が綻んだ。
もっとも俺の姿を見て慌てて、ぎこちなく敬礼したが。 何だかやり難いな。 苦笑しか出ない。
「ほら、先に行けよ。 彼女が待っているぜ?」
「んあ? ああ、スマン。 ―――今度よ、圭介と直人も一緒でよ、一杯飲ろうや」
「ああ、声掛けてくれ」
ファビオと歩き去るロベルタの姿。 シチリア島を思い出す。 そしてその後のファビオの嘆きも。
(―――幸せになれよ)
戦争だからって、戦場だからって、衛士だからって。 それを求めてはならないなんて事は無いさ。
2130 カレー前進基地 衛士ブリーフィングルーム
「衛星情報じゃ、この数日のうちにランス付近に屯っているBETA共が、行動を開始すると言う予想だ。
俺達は、いの一番に出撃して接敵情報を送り続ける。 いいか? 勇戦敢闘して馬鹿な名誉の戦死をする役じゃ無い、いいよな?」
第13強行偵察哨戒戦術機甲中隊『スピリッツ』中隊長、エルデイ・ジョルト中尉が周りを見渡す。
ハンガリー出身の25歳。 とうに大尉になっていておかしくないのだが、『訳ありで』、中尉に据え置きを喰らっている。
ジョルトの他に、俺の同期生・久賀直人中尉、ポーランド出身のロマン・ポランスキー中尉、ベルギー出身のジャンゴ・ラインハルト少尉。
この4人で第1小隊『ウォッカ』を編成する。
「今更、そんな素直に世の中見ている連中が、この隊に居るのか?」
俺が茶化す。 周りから乾いた苦笑が漏れた。
俺の他に、ウェールズ出身のライアン・ギグス中尉(英国軍)、チェコ出身のトマーシュ・ロシツキー中尉、ドイツ出身のレーヴィ・シュトラウス少尉。
この4人が第2小隊『ドライジン』 小隊長は俺。
「少なくとも、お前よりは素直だろうな、直衛?」
憎まれ口をたたくのは、これも俺の同期生・長門圭介中尉。 ここは第3小隊『ブランデー』
小隊長は圭介で、他にアメリカ留学以来の付き合いであるイルハン・ユミト・マンスズ中尉、ハンガリー出身のラカトシュ・ゲーザ少尉、ウェールズ出身のフィル・ベネット少尉。
「正道を進むのは、ご立派な連中に任せよう。 俺達は意地汚くても生き残る連中だ」
シニカルな笑いでそう言うのは、第4小隊『ウィスキー』小隊長、北アイルランド出身のマイケル・コリンズ中尉。
この隊は他にポーランド出身のスタニスワフ・レム中尉とチェコ出身のエミール・ザトペック少尉、コリンズ中尉の親友、エイモン・デ・ヴァレラ少尉がいる。
この中隊の特徴は、中尉の数が異常に多い事だ。 定数16名中、中尉が10名。 6名いる少尉も半数は本来、この4月に中尉に進級予定だった連中だ。
訳有りで進級据え置きを食らった連中と、残る3人の少尉も1年半の実戦経験がある。
余所の部隊から見れば贅沢極まる程、ベテランばかりを集めている。
いよいよBETAの大群が動き始める気配が濃厚となった。 そのときに真っ先に戦場に突入するのが俺達の中隊だ。
「その為のF-15Eだしな」
久賀が気負いなく言う。 こいつはアイスランドの開発試験センター時代に、評価試験で既に搭乗経験が有るらしい。
「多分、接敵予想は明後日になる予想だ。 いいか? きついぞ?」
ジョルトが再度念を押す。
「とうに承知さ」
「覚悟はできている」
「何時もの事さ」
皆が口々に言う。
「周防、久々の実戦だ、いいな?」
まったく、こうも心配されるとはね・・・ 実際、戦術機搭乗のブランクが長いのは俺とイルハンだが・・・
「心配無い。 ―――『 Piece of Cake 』」
そう、そうさ、『 Piece of Cake(これしき) 』 何時だってそうだったじゃないか。
1996年4月20日 0630 早期警戒システムがBETA群の侵攻をキャッチした。 個体数約3500。 場所はダンケルク正面。
この後、半月続く大規模防衛戦闘、『バトル・オブ・ドーヴァー』の幕が開けた。