1996年4月23日 1500 北フランス ダンケルク内陸35km
遥か遠方、北方の海面より大音響と共に天空から巨大な砲弾が落下してくる。
地表に着弾すると同時に、巨大な土煙を巻き上げ激しく空気が振動する。 同時に衝撃。
更にはRGM-165 SM-4スタンダード艦対地型ミサイルが多数飛来する。 数百発が同時に着弾し、吹き飛ばされるBETAの姿が小さく見える。
≪CPよりドライジン、確認は出来るか?≫
「ドライジン・リードよりCP、ネガティヴ。 迎撃レーザー照射を確認出来ず。 繰り返す、迎撃レーザー照射を確認出来ず」
≪CPよりドライジン、了解した。 支援砲撃は第5クールに移行する。 ドライジンはエリアG7RからH9Dまでのエリアを観測せよ。
それ以外のエリアは『ウォッカ』、『ブランデー』、『ウィスキー』が担当する。
砲撃継続時間は45分間。 ドライジンは砲撃評価リポートを。 光線級出現の場合、早期警報と可能であれば撃破を。 オーヴァー≫
「4機で光線級を始末できれば苦労はしない・・・ ドライジン・リード、ラジャ。 クソッたれな任務だ、オーヴァー!」
微かな起伏に身を寄せるように隠れながら周囲を観測している戦術機小隊の内、隊長機が動き、起伏の頂点付近でニーリング・ポジションをとる。
その向う側、約10kmほど北西では、沿岸部の艦隊から撃ち込まれる艦砲射撃と艦対地ミサイルの豪雨に吹き飛ばされるBETA群の姿が有った。
「・・・効果は薄いか?」
『派手に吹き飛んじゃいるが・・・ 精々200か300程だな。 連中、広範囲に散らばり始めやがった』
『16インチ砲も、15インチ砲も、欧州海軍の主砲弾は実弾頭だしな。 精々が榴弾か。
日本の海軍が開発したって言う、クラスタータイプの主砲弾(九四式通常弾)なんかじゃなきゃ、広域制圧は難しいな』
『ましてや、12インチ砲弾じゃ・・・ 陸上の重砲と比較したら桁外れの巨砲ですけどね、数が少ないや、あれじゃ・・・』
隊長機の問いかけに、2番機、3番機、4番機の衛士も砲撃効果に懐疑的な感想を漏らす。
密集していたBETA群が広範囲に散らばり始めた為、砲撃効果が薄れているのだ。
「小さい火柱は、『ブレイブハート(Breve Heart:6インチ55口径(155mm)マーク10艦砲)』か。
主砲に比べたら威力は小さいが・・・ 長距離精密誘導砲弾を砲撃出来るだけあって、集弾率は良いな」
『元々が陸軍のAS-90自走榴弾砲を流用したものだしな、数も揃っている。
こっちを集中的に撃ち込んだ方が良いんじゃないか? 射程も80kmはある』
『ロケットアシスト砲弾の数が足らんよ、それにAL砲弾仕様となれば尚更な』
『どっちもどっちだけどね・・・ あ、BETA群が移動しますぜ、丁度G7エリア方面だ』
観測していたBETA群が方向を転換し、移動を始めていた。
向かう先は丁度これから砲撃を行うエリアだった。
「よし、ドライジン、G5エリアまで移動する。 確かモーゼル河水系の支流跡で、抉られて小さな峡谷になっている場所が有った筈だ。
そこから覗き見をするぞ。 念の為、NOEは禁止、サーフェイシングで行く」
『『『 ラジャ 』』』
4機のF-15Eストライク・イーグルがF110-GE-129の咆哮を上げて大地を滑走する。
1番機をトップに、その右後方100mに3番機が。 左後方150mに2番機が、その右後方100mに4番機が。
いびつな形の菱形を描いたフォーメーションだが、高速移動時の相互支援を行う為の基本となる陣形だった。
200km/hに近い速度で地表面スレスレを滑走する。 目指すエリアは10km先、20秒程で到達出来る。
行く手にBETAの残骸が見える。 辺り一面に散らばっていた。
「仕方無い、噴射跳躍で・・・ おわぁ!!」
『周防!?』
『隊長!』
『要撃級! タナトーシスだ!!』
隊長機が要撃級の残骸を飛び越そうとした瞬間、活動を停止していたと思われた要撃級が不意にその硬い前腕を振り上げた。
そして余り高度を取らずに跳躍した隊長機が接触、バランスを崩す。
「ううっ! ぐうぅ!!」
隊長機の衛士が必死に機体をコントロールし地表への激突を免れたものの、機速はゼロに近く、オートバランサーが効いている為に咄嗟回避が出来ない。
タナトーシスを装っていた要撃級が、機体硬直をおこしている隊長機の背後に迫りくる。
『こンのクソ野郎っ! これでも喰らえやっ!』
閃光と共に砲弾の発射音。
隊長機の背後に迫る要撃級の後背へ、エレメントを組む3番機が突撃砲の120mm砲弾を叩き込んで始末した。
『隊長、無事か!?』
『周防、機体ダメージは!?』
「右の主脚を中破した! 主機と跳躍ユニットは無傷だ、RUNは厳しいが、サーフェイシングは可能だ。 このままG5まで行くぞ」
『阿呆言え、その脚でどうする? どうせBETAの近くまで行くにはRUNは不可欠なんだ、その機体じゃ無理だ!』
『隊長、ここは俺とライアンで継続する。 アンタはレーヴィとで基地まで戻るんだよ!』
「G5の初端地点からなら、望遠で観測できる! RUNは必要無い!」
『しかしだな!』
『・・・行くにしろ、戻るにしろ、さっさと決めた方が良いですぜ。
アラート! 北西5kmにBETA群、大型種約600接近中! カレー方面に侵攻してた連中だ! 戻って来やがった!!』
見ると先頭集団に600程の突撃級BETAを含んだ数千のBETA群が、こちらに向かって突進してくる。
≪CPよりドライジン! 現在位置知らせっ!≫
「ドライジンよりCP、現在G1エリア付近」
≪了解、確認した。 ドライジン! 至急後退しろっ! カレーの第3旅団に追い出されたBETA共が約2000、そちらに向かっている!≫
「確認している! 畜生、4機で相手出来るか! ライアン、トマーシュ、レーヴィ! 逃げるぞ! CP、光線級は!? いるのか? いないのか!?」
隊長機が跳躍ユニットを吹かしてサーフェイシングを始め、残る3機もそれに即座に続行する。
≪CPよりドライジン。 確認情報だ、光線級が20体程居る! 気をつけろっ!≫
「最悪だ、クソッ! ドライジン、河と運河跡の起伏を利用して逃げる! 一旦リール方面へ抜ける! 旧ベルギー国境付近から北上してRTB!」
『『『 ラジャ!! 』』』
3機のF-15EはBETAに食い荒らされ、平坦化した大地の中で、更に抉り取られたかのような運河跡の地の底を這うように滑走し始めた。
(―――クソッ! 咄嗟に回避できなかった・・・ イメージ通りの機体制御が出来ていない・・・!?)
隊長機の衛士に不満が芽生える。 自分の戦術機操縦技量は、これ程稚拙だったか?
いや、それよりも技量が落ちたのか? 以前なら回避出来た筈だ。 それがどうして今回は? やはり腕が落ちたのか?
基地に帰還する頃には、不満と言うより、不安になってきた。
基地に帰還するまで半分以上の行程を、半ばアクロじみたサーフェイシングでこなしたが。
ようやくの事で基地に辿り着くまでに、何度も心臓が止まるかと思う場面に出くわしたのだ。
1996年4月23日 1930 北フランス カレー 国連欧州方面軍・第1即応兵団司令部
『ダンケルク方面へのBETA群第2派、撃退完了しました。 第1旅団損耗率18%、第2旅団損耗率16%、第3旅団損耗率17%』
『欧州連合統合艦隊司令部より入電。 補給の為、艦隊はグレート・ヤーマス沖へ移動。 補給完了予定時刻、明0430。 支援海域再到達は、明0900予定』
『ポーツマスの海軍警備管区司令部より。 補給船団のイギリス海峡航行を制限するとの事です』
『兵団兵站部より集計報告入りました。 戦術機関連予備部品、ストックが70%を割ります。 砲弾備蓄は65%、各種燃料63%』
『輸送司令部より入電。 病院船団、カレー港出港。 ドーヴァーよりの輸送艦隊、入港予定時刻2100』
『偵察哨戒戦術機甲中隊より偵察情報。 ダンケルク前面より後退したBETA群、約2000 ベチューヌよりドゥエ、カンブレー方面へ南東方面に向け移動中』
「これで、4派・・・ なんとか撃退しましたな」
参謀長のハインツ・フォン・エルファーフェルト大佐が戦域戦術MAPを眺めながら、苦しい表情で呟くように言う。
第1兵団長・フォン・ブロウニコスキー少将はそんな参謀長の表情を見て、気持ちは判らないでも無い、そう思う。
この参謀長との付き合いは西ドイツ軍在籍時からであるが、普段は冷静で剛毅な人為で知られる。
そんな参謀長でさえ、この状況のプレッシャーには平静を装うにも一苦労する。
何もBETAの大群に臆している訳ではない。 そんなもの、欧州陥落時の状況では『普通』であったし、85年も経験している。
3年前、極東に派遣されていた当時に経験した『チィタデレ(双極)作戦』では20万近いBETA群を辛うじて撃退した経験も有る。
それに比べれば今回確認されているBETA群は約8万5000。 あの時の半数に満たない。
では何が問題か? ―――兵力だ。
『チィタデレ(双極)作戦』では日・中・韓・ソ連・国連併せて40個師団を上回る戦力が存在した。
戦術機は約5,000機、機甲戦闘車両2,000両以上。 各種支援火砲3,000門以上、 MLRS1,000基以上、攻撃ヘリ800機弱。
参加兵力は実に53万名に達した大作戦だった。
その年の9月に生起したBETA群の大侵攻も、約17万のBETA群に対して地上戦力は43個師団。
そして戦艦6隻、正規戦術機母艦6隻を含む90隻に上る艦隊の洋上支援を得て、ようやく撃退した。
では今回は?
初期配置のカレーを中心とした『閂』守備部隊は、第1兵団のみ。 戦術機甲3個旅団しか存在しない。 これに少数の大隊規模の拠点防衛隊が存在するのみだ。
洋上支援は英国GF主力(本国艦隊、海峡艦隊)、ドイツ統合艦隊、フランス海峡派遣艦隊を合わせれば、93年の極東(遼東湾)より有力な戦力であるが・・・
「我々はより内陸部で迎撃を行いたい。 艦隊は攻撃力を生かせられる沿岸部で殲滅したい。 痛し痒しだな」
「致し方ありません。 陸軍と海軍、その性格の違いですので・・・」
洋上よりの支援攻撃は比較的沿岸部でこそ、その真価を発揮する。 戦場がより内陸に移ればその分、支援密度が薄れるのがジレンマだった。
「艦隊からの支援は、これまで通り要請するとして。 閣下、問題は戦術機の稼働率低下です」
「・・・各旅団の稼働率は?」
「本日出撃前の時点で、第1旅団は77%、第2旅団が79%、第3旅団が78% 昨日までの損耗率は各旅団7%前後でしたので戦術機の総数は471機。
本日の戦闘の損耗率は各旅団平均で10%、残存戦術機数は424機。 これに10%程の損傷機が整備に回ります」
ブロウニコスキー少将が思わず唸る。
損耗率も意外に大きいが、それよりも稼働率の悪化が問題だった。
「整備班からの報告では、平均修理・整備時間は30から35マンアワー。戦術機1機当りの整備要員は5名です。
要整備・要修理機は集計で138機、明朝0800までに戦場に回せる戦術機は最大限で60機、最低で40機」
「戦力は明朝の時点で330機から350機。 兵団定数648機の50%強か」
「衛士の損失が奇跡的に少ない事が、せめてもの救いですが・・・」
うすら寒くなる数字だ。 戦闘が開始されたのが3日前の4月20日。 それ以降毎日のようにBETAの波状攻撃が続いている。
『BETAに戦術無し』をあざ笑うかのような攻撃だった。
カレー、ダンケルク、ブーロニュ・シュル・メール、この3拠点に対して3000から4000程のBETAの集団が時間差で押し寄せる。
お陰で3個旅団相互の支援がままならない、結局は各旅団が単独で防衛する事になっている状況だった。
おまけに今までの様な、『殲滅するか、殲滅させられるか』の如くの突撃で無く、群れの1/3程の損害が出た時点で、BETAの方から後退していくのだ。
今日の時点で都合4派、約4万が襲来したが、その内撃破確認出来た個体数は約1万程。 事前予測からBETAは未だ7万以上の個体数が存在している。
それに対して兵団は50%近い戦術機を失うか、損傷で修理もままならない状況で放置されている。 実質的に戦力は50%近い減だ、保ってあと2日か3日。
「それも、BETAが今まで通りの侵攻をやってくれればの話だが・・・」
「7万以上の大群に、一気に殴りかかってこられたら。 2日とか3日では無く、20分か30分で跡形も無く全滅します」
「2日後、25日の正午には緊急即応旅団・・・ 米国の第38旅団が到達する。 戦術機180機、攻撃ヘリ1個飛行隊・・・
海兵隊の機械化歩兵装甲部隊3個大隊と、砲兵1個大隊。 支援物資も揚陸される、少しは息がつける筈だ」
「そこから2日凌げば、米第7軍団が。 翌28日には第9軍団が上陸作戦を行います。
なにより米第2艦隊の『ジェラルド・R・フォード』、『ジョージ・ワシントン』、『ジョン・C・ステニス』の第20任務部隊 (Task Force 20, CTF-20)
米海軍自慢の母艦戦術機甲打撃任務部隊が出張って来ます。 総数300機近い母艦戦術機甲部隊です」
「あと4日耐えられれば。 今まで通りの戦闘で推移出来れば。 損耗率を計算しても、28日には600機を超す戦術機戦力を再び整えられる。
艦隊の支援を加えれば、5月上旬、せめて5日頃までは持久可能だ」
「それが出来れば、欧州連合軍本隊の参加が間に合います。 5個軍(英2個軍、独2個軍、仏1個軍団、東欧1個軍団)の兵力増援が有れば・・・」
淡い期待かもしれない。 指揮官としては最悪の状況を考えて指揮をとるべきだろう。
当然、彼等もそれは承知しているし、その為のシナリオも対策も用意している。 しかしそれと気分の問題はまた別だ。
「思えば、93年の1月は未だ恵まれていたかもしれんな。 少なくとも今の20倍以上の戦力が集結していた」
「それはそうですが、自分には程度問題の気がします。 あの時は積極攻勢でBETAを潰しに行きました。 あの程度の兵力は必要だったでしょう。
それに自分は共に戦った、東アジア諸国の友軍や戦友たちの奮戦を忘れられません」
「それは私もそうさ。 私の拙い作戦指揮にも関わらず、文句も言わずに力戦敢闘してくれた。 彼らには今でも敬意を持っているよ」
「ならば、我々は・・・」
「ああ、そうだ、ハインツ。 ここで極東の戦友たちに笑われるような無様な真似だけは、死んでも出来んな」
同日 2200 カレー基地 戦術機ハンガー
「ええ! ええ! ですから、我々整備も全力で作業中ですっ! はい、はい! 判っておりますよ、機体が必要なのはっ!
しかし現実問題ですな、1機当りの修理・整備時間は今や7時間近いんですっ! 損傷の酷い機体や、オーバーホールが必要な機体を放り出してもです!」
整備責任者であるラウリ・ハルメ大尉が電話口で怒鳴ってる。 どうやら相手は作戦主任参謀のようだが。
「はぁ!? 応急処置で出せないか!? 馬鹿ですか、アンタはっ!
そんなことした日にゃ、BETAと戦う前に機体はオシャカ、中の衛士も無事じゃ済まない! ゴメンですよ、整備を預かる身として、そんな馬鹿な事はっ!
兎に角、明日の朝までに最低40機は絶対に復帰させます! 頑張って60機! これ以上は物理的に無理です! 人手も予備部品も無いんですから!!」
ガチャン! 乱暴に受話器をフックにかける。
赤ら顔の熊の様な大男だが、その表情が相まって、まるで狂相そのものだ。
「くそっ! ちったぁ現場を見に来やがれ! 俺の部下達はこの3日間、ほとんど不眠不休で作業を続けているんだ! あの馬鹿が・・・っ!」
修理・整備作業の喧騒に包まれたハンガー内を、苦々しげに眺めながら悪態をつく。
実際、整備部隊は戦闘が始まって以来ほとんど不眠不休と言ってよい。 出撃の度に増える損傷機。 連続稼働であちこちに不具合が発生した要整備機。
仕事のネタは日々増え続け、減る様子は一向に無い。
「それを、あの参謀の野郎・・・「隊長」・・・お?」
声を掛けられ振り向く。
と、主機・跳躍ユニット整備班主任のオスカー・シュタミッツ中尉と、アビオニクス整備班のアーカード・ボス中尉、兵装整備班主任のヤン・スタニロフ中尉が立っていた。
「どうしたい? 3人とも?」
各整備班の頭が勢ぞろい、嫌な予感がする。 代表してシュタミッツ中尉が話し始める。
「隊長、そろそろヤバいぞ? 予備部品のパーツストックが60%台にまで落ち込んだ。 次の出撃次第では、眼もあてられん様になってしまう」
「・・・判っとるよ。 今、入港した輸送船団に予備パーツを積んだ船がいる筈だ。 そいつが入れば80%台にまでは回復する。
キツイだろうが、何とか頑張って・・・「いや、それなんだが」・・・ん?」
シュタミッツ中尉が言い淀む。 代わってボス中尉が憤懣やるかたない表情で吐き捨てた。
「隊長、予備のパーツは来ない。 船団には予備パーツが積載されていなかったんだ!」
「なんだとぉ!?」
「確認したよ、人を走らせて。 予備パーツの代わりに積載されていたのは、『衛士用のオムツ』1500人分に、粉ミルクの山。
それにジャム缶に携帯食料、1個師団分。 ドーヴァー兵站部の阿呆め、間抜けにも程が有る!!」
「・・・オムツに、食料品!? 予備パーツじゃなくって!?」
「ああ、サック(コンドーム)の山も有ったらしい」
目眩がする。 頭痛もしてきた。 一体どうすればいいのだ!?
茫然としていると、3人の部下達の視線にようやく気付いた。 その眼が何かを言いたがっている。
何を言いたいのか判る。 その内容も。 しかしそれを決断するのは整備責任者であるハルメ大尉の役目だ。
「・・・85年と同じだ。 ニコイチでも何でも、でっち上げる! 中破以上の損傷機は諦めろ! 使えるパーツは引っぺがせ! あと他に問題はっ!?」
「Mig-29の稼働率が目も当てられん。 元々予備パーツが少ない上に、品質も問題が有る。 それに東欧の連中、人手も足りん。
こっちから人を回そうにも、Mig系の整備教育を受けている連中が居ない。 どうしようもない」
「そっちは俺から上に報告を上げる。 どうするかは司令部が決定するだろうさ。 ―――F-15Eは?」
「逆にそっちは順調だよ。 整備に全く手間を取らせん、1機当り8マンアワーで済む。 1機当りの修理・整備時間は1時間半で済む」
本当だった。 F-15Eは最新鋭機だが、整備性も最先端を行く機体でもあった。
主機周りやアビオニクス等の搭載機器の不具合を発見するには、BIT(自己診断装置)プログラムを走らせるだけでよい。
フレームの歪みを検知するX線走査など特殊な場合は別だが。
エラーが発生している機器が存在する場合は自動的にBITが検出し、コクピット正面パネルの右下に位置する警告灯が点灯する。
機外確認では管制ユニット右側面のBIT警告灯で確認する事が出来るのだ。
機付整備員はエラーを起こしている機器が収容されている、エクスターナル・アクセスドア(外部点検扉)をオープンする。
そして内部に収納された列線交換ユニット(LRU)と呼ばれる、ある1つの機器が納められたブラックボックスを引き抜き、あらたな正常に動作するLRUを取り付けるだけで良い。
異常を発しているLRUは、そのままアビオニクス修理班に送ればよかった。
本国アメリカでは『馬鹿でも出来る』と言われている、イーグルキーパー(整備員)を侮辱していると受け取られかねない表現がある。
しかしこの言葉は、F-15Eに比べて従来機の整備の難しさを表現する為に誇張された揶揄であるとしても。
整備性(Maintainability)、整備支援性(Supportability)が従来機に比べ圧倒的に向上し、列線での機体整備は簡易になっている証左でもある。
「F-15Eの損傷機は2機か・・・ 予備パーツも米国から初期供与でたんまり有るから大丈夫か。 予備機数は?」
「8機。 予備機が50%とは贅沢だよ。 今は2機使っているから、残り6機余っている」
「2機損傷か。 何時間で復旧できる?」
「・・・6時間だね」
ハルメ大尉とボス中尉の遣り取りに、残る2人も頷く。 F-15Eは何とかなる。 トーネードⅡは何とかしないと拙い。 Mig-29は眼も当てられない。
「よし、作業に戻る。 キツイが、頼む」
「了解」
「んっ」
「判ったよ」
お互い整備一筋で20年以上やって来た古強者達だ、こんな状況でも腹は据わっている。
不意に思い立って、ハルメ大尉は自分の補佐役である准尉を呼び付けた。
「いいか、ドーヴァーに戻る間抜け船団に便乗してな、兵站部から予備パーツ、せしめてこい。 お前なら出来るだろう?」
「・・・向うの兵站部には、同年兵が何人かおります。 管理や運行司令部にも。 解りました、何とかしましょう」
「頼んだ」
こんな事は昨日今日に任官したばかりの、若造や小娘の新米将校には無理な芸当だ。
軍に入隊して15年、20年と経った、古苔の生えたような古参の連中にしか出来ない。
連中は何処にどんな物資が有るか、それを手に入れるには何処の誰を本当に動かせば良いか判っている。
そしてそんなポジションに居る現場の責任者は、彼ら同様の古狸の同年兵や先任・後任達だった。
ハンガーを出てゆくその後ろ姿を見ながら、間に合わなければ合わないで良い。
ああ言うヤツは後方支援の現場では、絶対に必要だからな。 俺様がもし戦死しても、あいつが生き残れば良いさ。 ―――そう思った。
「コンプレッサーが無い!? こっちの機体から引っぺがして持って行け!!」
「Mig用の燃料流入制御バルブが有りません!!」
「トーネードのヤツを使えっ!」
「メ、メーカーが違いますよ!?」
「馬鹿野郎! バルブなんてな、口金の口径が合えばそれで良いんだよっ! それで大概は何とかならぁ!!」
―――ハンガーの戦場は、未だ終わらない。
同日 2300 衛士用兵舎
「・・・おう、直衛。 まだ寝ないのか? 明日も早い、さっさと寝ろよ?」
暗闇から圭介の声が聞こえる。
4人部屋の兵舎では他の2人の寝息も聞こえない、未だ起きているのか。
「ああ、寝ようとしているんだけどな、寝付けない。 情けない話だな・・・」
「久々の本格的な実戦だろ? 周防はブランクが1年半も有る、仕方が無いさ」
この声は・・・ マイク、マイケル・コリンズ中尉か。
「今日の戦闘で機体を損傷させた事を気にしているのか? だったら忘れろよ。 じゃないと明日死ぬぞ?」
中隊長をしているエルデイ・ジョルト中尉だ。
久々の実戦で気分が昂っている事も有ったが、機体を損傷させた事も心の中で引っかかっていた。
今日の戦闘で機体を壊したのは俺とイルハンの2人。 いずれも中破。 俺は危うく要撃級に背後から撃破されかけた。
「気にしないようにしているが・・・ くそ、ダメだな。 思うように機体を制御出来ないんだ・・・」
情けない愚痴が出る。 我ながらこんな事を言う羽目になろうとは。
「周防、お前、昨年の戦術機搭乗時間は何時間だった?」
「・・・55時間だ。 アラバマでの訓練搭乗だけだ」
ジョルトの問いかけに答えると、3人とも溜息をつく。 判っているよ、自分でも。 搭乗時間が圧倒的に少ないんだ。
今年に入ってからも、まともな戦術機での訓練搭乗時間は2月と3月で41時間。 昨年初頭から計算しても、100時間と搭乗していない。
「国連軍の戦術機での年間搭乗時間は、通常200時間だ・・・」
マイケルが呟く。
そう、俺も94年の9月まではそのペースで戦術機を駆っていた。 因みに日本帝国軍は年間220時間を規定時間としている。
これはシュミレーターでの訓練時間を含まない数字だ。
俺の場合は昨年の実機搭乗時間が55時間。 規定時間の25%程しか戦術機に搭乗していない、これでは・・・
「年間100時間で、技量の現状維持がようやくだ。 それを割れば、確実に技量は落ちる」
ジョルトの声が耳に痛い。
「・・・ジョルト。 君が無理と判断したら、小隊指揮官を代えてくれ。
ライアン(ライアン・ギグス中尉)も、トマーシュ(トマーシュ・ロシツキー中尉)も、経験を積んだ衛士だ。
指揮官の下手で部隊が壊滅では、眼もあてられん・・・」
「2人とも君より後任だが・・・ 判った、その時は遠慮なく交替させる。 いいな? 周防?」
「ああ、頼む」
再び静寂が訪れる。
ふと、圭介の独り言がやけに耳に響いた。
「―――馬鹿野郎。 生きて日本に帰るんだろうが・・・」