1996年4月24日 0750 北フランス カレー前進基地
BETAに食い荒らされ、荒涼たる地に変わり果てたかつての豊饒な大地であるが。
基地内に関してはあちらこちらに防塵ネットが張り巡らされ、なんとか砂埃の侵入を防いでいる。
その基地の東はずれ、海に近いA-7駐機場が強行偵察哨戒戦術機甲中隊『スピリッツ』の『詰め所』である。
数日来のデフコン2態勢。 昨夜2300以降、BETAに目立った動きは観測されていない。
だが当初の集結地点であったランスから、ジリジリと北上をかけ、今やカンブレー付近で数万のBETA群が蠢いている。
第1防衛線からの距離、50km強。 最終防衛線までの距離、約90km。 突撃級BETAならば、1時間弱で到達する距離だった。
そして中隊は今朝も即応態勢でピスト(待機所)に詰めている。
とは言っても、屋外に折椅子やソファを持ち出し、暖かくなってきた4月の早朝の空気を楽しんでいるのだが。
「とは言え、10℃にならない気温は寒いな」
「どうした、久賀? 暖かくなってきたじゃないか。 それにアイスランドに比べれば、北フランスなんて南国だろう?」
「程度問題だ。 俺は日本でも暖かい地方の生まれなんだよ。 ワルシャワとは訳が違うんだよ」
同じ即応対機の暇つぶしでも、人それぞれだ。
雑談に興じる久賀とロマン・ポランスキー中尉。 同じ小隊のジャンゴ・ラインハルト少尉が話に加わっている。
先程からチェスに興じているのは、俺の隊のライアン・ギグス中尉とトマーシュ・ロシツキー中尉。
イルハン・ユミト・マンスズ中尉とラカトシュ・ゲーザ少尉、エミール・ザトペック少尉が覗きこんでいる。
ソファにだらしなく沈み込んで、朝寝を決め込んでいるレーヴィ・シュトラウス少尉。
スタニスワフ・レム中尉とエイモン・デ・ヴァレラ少尉は、何かの本を読み耽っていて。
エルデイ・ジョルト中尉、マイケル・コリンズ中尉、そして圭介の3人が他方で雑談している。
そして折椅子に座りながら、そんな仲間達をぼんやりと眺めている俺。
ふと、隣のフィル・ベネット少尉がノートに何やら書き込んでいる所を見つけた。
「フィル。 何を書いているんだい?」
「あ? ああ、ちょっと・・・ 詩ですよ」
「へえ?」
驚いて見せてはみたものの、短い付き合いながら彼がそう言った文学的趣味を持っている事は知っていた。 いや、中隊の皆が知っている。
「―――詩か? 聞かせてくれよ」
聞きつけたイルハンが、詩の披露を催促する。 他の皆も、それぞれ何かを中断してフィルを見つめる。
「まだ完成していないよ」
シャイなウェールズ人のフィルは苦笑しながら首を振るが、こう言う時には皆は結託するものだ。
周りから囃し立てる者、口笛を吹きならす者。
「いいじゃないか。 おい、誰か音楽を」
BGMを所望するエルデイ。
「ハーモニカしかない」
本を置いて、傍らのハーモニカを手にするエイモン。 彼のハーモニカ演奏はプロ級の腕だ。
「歌おうか?」
マイケルが笑いながらエイモンに合わせるが。
「止めとけ、お前は音痴だろうが」
ロマンが顔を顰めてブーイングを出す。
「フィル、聞かせてくれ」
俺が催促する。
静かにエイモンのハーモニカの音色が流れる。―――聞いた事が有るメロディだった。 『ダニー・ボーイ』
夕焼けが迫るアイルランドの黄金色の小麦畑。 その片隅で、息子の戦地からの帰りを待つ母親の心情を歌った曲。
夕暮れに吹き渡る風に気持ちを乗せて、届くように、伝わるように。 そんな音色。
そんな音色の中、少しはにかみながら、フィルが立ちあがって静かに朝空を見上げ―――朗読を始める。
「―――『I know that I shall meet my fate somewhere under the clouds;Those that I fight.(僕は大空に浮かぶあの雲の下の何処かで、いずれ死ぬだろう)』―――」
「Oh! Shit!」 「重金属雲の下の間違いじゃないのか?」 「ははは!」
「おい、茶化すなって」 「続きは?」
「―――『I do not hate, Those that I guard I do not love.(敵が憎いのでもなく、護るべき人を愛するのでもない)』―――」
「ご立派」 「汝の敵を愛せよ?」 「おいおい、ここはゴルゴタの丘か?」
「だから、茶化すな」 「フィル、続けてくれよ。 聞かせてくれ」
フィルは書き込んだノートに指を這わせながら、ゆっくりと、顧みるように言葉を紡ぐ。
「―――『Nor honor, nor duty bade me fight, Nor country, nor my lover,(名誉ではない、義務で戦うのではない。 まして国の為でもない。 ・・・愛する人の為でも)』―――」
―――何故戦うのか。
「―――『A lonely impulse of delight, Drove to this tumult under the clouds;(静かに湧き上がる衝動が、僕をこの雲の下の戦いに駆り立てるのだ)』―――」
「・・・ん」 「ああ・・・」 「ひゅう・・・」
「―――『I balanced all,(すべてを思い起こし、僕は思う)』―――」
「―――『The days to come seemed waste of breath,A waste of breath the days behind.(明日を生きる事に何の価値があるのか。 昨日生きた事も無意味だ)』―――」
「―――『In balance with this life, this death.(今のこの、生と死の一瞬と比べたなら)』―――」
「・・・In balance with this life, this death.」
誰かが呟いた。 静寂が落ちる。
ハーモニカの音色もいつの間にか聞こえなくなっていた。 風が渡る音が大きく、小さく、そしてまた、大きく・・・
『―――アラート! コード991! コード991! 第1防衛線前面で地中侵攻! 全部隊、ホットスクランブル! 繰り返す、全部隊、ホットスクランブル!』
鳴り響く警報と共に、大音量でがなり立てるスクランブル・メッセージが、静寂を唐突に打ち破る。 早速今日のお仕事だ。
「回せーっ!!」
エルデイが拳を振り回しながら、機付整備員達に緊急始動を指示する。
中隊の皆も、全てを放り出して一目散に自分の愛機へと駆け寄って行く。
俺はふと、機体に搭乗する直前に傍を走り過ぎようとしたフィルに、唐突に聞いてみた。
「・・・イェーツか?」
「ええ、イェーツですよ」
それだけの会話。 俺は愛機の管制ユニットに潜り込み、フィルは自分の愛機へと走り去る。
やがて16機全てのF-15Eが誘導路から滑走路へと進入する。
『リーダーより各機! HQからの情報ではBETAは3群、各々4000程で3拠点に向けて驀進中だ!
先程高度200で偵察飛行中だったUAVが、第1防衛線前面10km前後で全て墜された!
今日は光線級が結構出張ってきているぞっ、気をつけろっ!?』
『『『 ラジャ! 』』』
少なくとも30機前後のUAVを出していた筈だ。 それが一気に墜されたとなると・・・
『各方面、10体以上はいるな・・・』
『多分、その倍はな』
圭介と久賀の会話が聞こえる。
経験上、4000前後のBETA群だとそれに付随する光線級の数は、群れの総数比で0.5から0.8%程。
今回の予想は、各々20体から30体強。 厄介だ。
各機が主機と跳躍ユニットの推力を上げる。
発進管制からの指示次第で、あとは小隊毎に緊急発進だ。
≪HQよりオール・ハンズ。 BETA接触推定ライン確認。 第1防衛線前方7km地点。
HQよりスピリッツ・コントロール。 『ウォッカ』、『ドライジン』、『ブランデー』、『ウィスキー』各小隊、発進スタンバイ≫
HQより敵情が入る。 防衛線前7km、近い。
途端に発進管制から指示が入る。
≪This is Spirits-Control Run-Way, All Green! 『Spirits』! Good luck & Come back !!≫
『『『『 Ja! 』』』』
『ウォッカ』の4機がフォーメーションを組んでの緊急発進で、跳躍ユニットを吹かしながら舞い上がる。
次はドライジン、俺の指揮小隊の順番だ。
「リードより『ドライジン』各機! A/B放り込め、ミリタリー!」
『『『 ラジャ! 』』』
次の瞬間、強烈なGが掛る。
「くっ・・・!」
機体がNOE制限高度(150m)に直ぐに達し、そのまま水平飛行に入る。
交戦エリアまで約50km、NOE速度600km/hで約5分。 途中でレーザー照射を避ける為にサーフェイシングに移行するから、大方10分前後で戦場に到着する。
各小隊がダイアモンド・フォーメーションを組み、交戦エリアへと突進してゆく。
今日の仕事は偵察では無い。 そんな手間は既に掛けなくても良い程に、BETAには差し込まれている。
今日の中隊の任務は戦線の各所で空いた穴を塞いだり、危ない部隊に対する『火消し役』だ。
当然消耗は激しいだろう。 戦死者も出るかもしれない。
『―――In balance with this life, this death.―――』
そうだ、他に何の意味が有ろう。 何を考えられるのだろうか。 何を思うと言うのか。
今、この、生と死の狭間。 その一瞬に飛び込んでゆく衝動以外に。
1996年4月24日 1030 カレー沖 英国本国艦隊 水上打撃任務部隊 第1戦艦戦隊旗艦・戦艦『ライオン』
海原に主砲の砲声が殷々と鳴り響く。
艦対地ミサイルが金切り声に似た飛翔音を残し、内陸へと撃ち込まれる。
―――そして、立ち上る幾条もの光帯。 発生する重金属雲。
「カレー第2防衛線前のBETA群、補足! 約4000! 距離、45,000!」
「第1兵団司令部管制より、照射危険域内に光線級は到達せず!」
「主砲射撃指揮所、砲術長より、≪主砲、第22斉射。 準備よし≫ 」
「2番艦『テレメーア』より、≪第22斉射準備よし≫、第2戦艦戦隊『コンカラー』、『サンダラー』 第21斉射、始めました!」
ドーヴァー海峡、カレー沖を本国艦隊の戦艦群4隻の戦艦群が遊弋している。 その主砲は全て、陸地―――BETA群へ指向され、その16インチ砲弾を叩き込んでいた。
それだけでは無い。 ダンケルク沖ではドイツ艦隊の戦艦群、戦艦『ティルピッツ』、『グナイゼナウ』と、巡洋戦艦『アドミラル・シェーア』、『リュッツオウ』が砲撃を加えている。
そしてブーロニュ・シュル・メール沖には海峡艦隊の2戦艦、『キング・ジョージ5世』、『デューク・オブ・ヨーク』、そしてフランス戦艦『ジャン・バール』が猛砲撃を加えていた。
「参謀長。 ドイツとフランスの艦隊は、大丈夫かね?」
響き渡る砲声の中、本国艦隊司令長官・兼・水上打撃任務部隊司令官・兼・第1戦艦戦隊司令官を務めるデイヴィッド・ビーティー中将が、協同作戦をとる独仏両艦隊を気遣わしげに確認する。
普通ならCIC(戦闘指揮所)に籠っているべき筈なのだが、そちらは砲術参謀に任せている。
『遅れてきた大艦巨砲主義者』を自任するビーティー中将のお気に入りは、戦闘艦橋なのである。
ビーティー中将が気遣う、独仏両国艦隊。 両国とも昔からの『フリート・イン・ビーイング(艦隊現存主義、艦体保全主義)』として欧州中に知られている。
「流石に半世紀前の様な事は。 大陸陥落時には両国艦隊共に、かなり突っ込んだ艦砲射撃戦を展開しましたし。 何せ、かのイタリア海軍ですら。
ただ、砲撃戦の精度については、何とも。 ドイツ艦隊はそれなりの技量を有すると我々も評価しておりますが、フランスに関しては・・・」
英国海軍に籍を置く者として、参謀長の言外の意味に気付かない者はいない。
つまり、フランス戦艦『ジャン・バール』の艦砲射撃については、あまり精度を期待するなと、暗に言っているのだ。
「ふむ・・・ フランスのワインと女性は、最高なのだがな?」
司令官の、些かジェントルマンらしからぬ直截的な表現に、その言葉を耳にした艦橋要員が含み笑いを漏らす。
ようやく出た笑い声だ。 戦況は少々逼迫していた。
30分前に第1防衛線が破られ、今は第2防衛線付近での防御戦闘に移行している。
これを何としても海上からの飽和攻撃で能う限り、侵攻して来るBETAの数を削り、戦術機甲部隊で押し返さねばならなかった。
艦隊からの砲戦距離は約45,000m。 戦艦主砲であるヴィッカースの50口径406mm砲(Mark18 16inch L/50)なら通常砲弾で届く。
巡洋艦や駆逐艦に搭載している6.1インチ55口径(155mm) Mark14艦砲、4.5インチ 55口径 (114 mm) Mark12艦砲でも、ロケットアシスト砲弾なら砲撃可能だった。
カレー方面の支援砲撃を担うのは、英国本国艦隊。 司令長官は対地攻撃にはうってつけの砲術の専門家、デイヴィッド・ビーティー中将。
ドーヴァー海峡に遊弋するのは、戦艦『ライオン』、『テレメーア』、『コンカラー』、『サンダラー』―――英国が誇る、欧州最強戦艦群の4隻。
タイガー級イージス巡洋艦『タイガー』、『ブレイク』、『シェパーブ』
フィジー級ミサイル巡洋艦『フィジー』、『ケニヤ』、『モーリシャス』、『ナイジェリア』、『トリニダート』、『ガンビア』 巡洋艦9隻。
イージスである45型駆逐艦『デアリング』、『ドーントレス』、『ダイヤモンド』、『ドラゴン』
42型ミサイル駆逐艦『シェフィールド』、『バーミンガム』、『ニューキャッスル』、『グラスゴー』、『カーディフ』、『コヴェントリー』
カウンティ級ミサイル駆逐艦『デヴォンシャー』、『ハンプシャー』、『ケント』、『ロンドン』
駆逐艦14隻。
23型フリゲート『ノーフォーク』、『アーガイル』、『ランカスター』、『マールバラ』、『アイアン・デューク』、『モンマス』
22型フリゲート『ブロードソード』、『バトルアックス』、『ブリリアント』、『ブレーズン』
ミサイルフリゲート10隻。
そしてミサイルコンテナ艦とも言える、キャッスル級コルベットの約40%、32隻。
総数69隻から成る水上打撃戦部隊。 実に英国海軍全水上打撃艦艇の45%が集結している。
16インチ(406mm)の巨弾が炸裂し、6.1インチ(155mm)、4.5インチ(114mm)の速射砲弾が絶え間なく叩き込まれる。
そして全艦艇に搭載されたミサイルシステム―――シルヴァーA43型VLSから、アスター30 Mk-2艦対地ALミサイルがマッハ4.5の高速で飛来し。
シーダートミサイル発射機が、2発づつのシーダート GWS-30Ⅱ艦対地ミサイルをマッハ3.0の高速で弾き出す。
発射される鉄量は毎分で、114mm砲弾が1550発、155mm砲弾で720発。 406mm砲弾は190発。 ミサイルは2000発を軽く超す。
地上部隊でならば、優に砲兵軍団規模を超す飽和攻撃量である。
彼方の地上から迎撃レーザー照射が上がる。 光線級BETAが高速飛翔体を認識しての迎撃照射だ。
50本以上のレーザーが天空を舞っている。 だが数秒置きに叩き込まれる鉄量の全てを迎撃出来てはいない。
更に重金属雲が発生している為、迎撃レーザー照射の効率が低下している。 時間が経つにつれて、炸裂する砲弾やミサイルの数が加速度的に増大し、そして―――
「第1兵団司令部管制より、第2防衛線前面の『圧力』、大幅に低下! これより戦術機甲部隊の投入が行われます!」
「ストップ・ファイアリング!(砲撃中止!)」
艦砲射撃とミサイル攻撃の嵐が止む。 地上部隊が戦術機甲部隊による直接打撃戦に移行した段階での、飽和砲撃支援は味方を巻き込みかねない。
これ以降は、地上部隊からの砲撃支援要請が有る場合のみ、砲撃支援を行う。 それ以外は地上の砲撃支援部隊の役目だ。
「参謀長、結構派手にばら撒いたね。 残弾量はどれ程かね?」
かれこれ2時間以上、手持ちを気にしない全力攻撃をかけているのだ。 砲弾、ミサイル共に残量が気になる。
「砲弾は50%を切りました。 速射砲弾は40%を割っております。 ミサイル残弾数、25%」
「補給にかかる時間は?」
「移動を含め、1430には当該海域に再展開可能です」
「ふむ・・・ では、地上部隊へメッセージを送ってくれたまえ。 『お茶の時間にまた、寄させて頂く』 砲兵軍団も揚陸された事だ、何とか頑張って貰うとしよう」
1996年4月24日 1520 カレー第2防衛線前面5km付近
≪CP、スピリッツ・ドランカーよりスピリッツ・リーダー! BETA群約400、エリアG9D、座標・WNW-55-48! 『ワイヴァーン(第3旅団第1大隊第2中隊)』戦区から漏れ出した!
先頭移動速度約110km/h! 後続は60km/h! 突撃級が約40と要撃級約60。 残りはチンマイ連中だ、阻止攻撃!
協同は『ワイヴァーン』と隣接戦区の『グラム(第3旅団第2大隊第2中隊)』 それと第110重戦術機甲中隊(重戦術歩行攻撃機・A-10C 配備部隊)『ドライドン』が底を受け持つ!
取りこぼしたチンマイ奴は36mmの熱いシャワーでお出迎えだとよっ!
『ワイヴァーン』は左翼のW-54-48から、『グラム』は右翼のW-66-45から合流する! 上手くやれよ!?≫
中隊CPから情報が入る。
相も変らぬ濁声だ、美しくない。
「スピリッツ・リーダー了解。 ≪ワイヴァーン≫、≪グラム≫! こちら≪スピリッツ≫ ヘッドオンで突撃級を始末する!
≪ワイヴァーン≫! こっちにつられた要撃級を掃除してくれ。 ≪グラム≫! チンマイヤツ、任せる! 良いか!?」
『ワイヴァーンだ! 正面にも『圧力』が来ていやがる。 正直2個小隊しか回せん、小さいのは相手できんぞ!?』
『グラムだ、 こちらも2個小隊が限度だ。 突撃級は任せる、気にかけんからな?』
「了解した! ワイヴァーンとグラムは要撃級の相手を! 『ウィスキー』、『ドライジン』! 突撃級を殺れ!
『ウォッカ』、『ブランデー』は小さいヤツの掃除だ、いいな!?」
『『『『 ラジャ! 』』』』
第2小隊「ドライジン」、第4小隊「ウィスキー」、各4機のF-15Eが要撃級の前面に展開する。
M88支援速射砲を保持した2個小隊が狙うのは、500mほど先に迫った突撃級の群れ、凡そ40体。 20秒弱、実質17か18秒程で接触してしまう距離だ。
「ドライジン・リードより各機、狙うのは節足部だ。 動きを止める」
『ウィスキー・リードだ。 動けないBETAなんぞ、BETAの価値も無い! いいか、間違っても装甲殻は狙うなよ? 狙うだけ無駄だ!』
『ラジャ 跳ね返されるしな』 『数撃ちゃ当たるってね』 『下手糞は、いくら撃っても当らねぇ』 『うるせぇ』
「よし、ロックオン。 ―――いけぇ! Rock 'n' Roll!!」
『『『 イ~ヤッハァ~!! 』』』
8機の戦術機が持つM88から、毎分100発の勢いで57mm砲弾―――57mmAPFSDS高速砲弾が吐き出される。
硬い装甲殻ではなく、比較的柔らかい―――ナイフでも切り裂ける―――節足部へ着弾した57mmAPFSDS高速砲弾は、瞬く間に節足を吹き飛ばしてゆく。
『1体撃破! 次だッ!』 『こっちも殺った!』 『このっ! 吹き飛べやっ!』 『2体目撃破したっ 次だっ!』
射撃時間は15秒と無かったが、それでも8機のF-15Eは30体以上の突撃級BETAの節足部を完全に吹き飛ばし、無力化していた。 残るは10体に満たない。
『ドライジン! 周防! 残りは山分けだな!?』
「マイケル、摘み食いするなよ?」
『されたく無きゃ、さっさと喰らいな! いくぜっ!』
「ドライジン! 精々あと1匹喰えるかどうかだ! 腹減らしたく無きゃ、さっさと喰い尽せ!」
『『『 ラジャ! 』』』
サーフェイシングで機体をスライドさせながら、突っ込んできた突撃級を交わして後ろを取る。
数が減り過ぎて、BETAの個体同士の間隔が開き過ぎているのだ。 こうなっては機動性で遙かに勝る戦術機の餌食でしかない。
57mm砲弾の連射で突撃級の柔らかい後背に大穴が空く。
相も変らぬ不気味な内贓物を撒き散らした最後の突撃級が停止した時には、後続の要撃級を含む350体程のBETA群が迫っていた。
『ドライジン! グラム02だ! おい、直衛、さっさと下がりな! その長モノじゃ、近接は難しいだろうがよ!』
『グラム03よりドライジン。 距離を取って支援砲撃お願いね。 ・・・ところで直衛、貴方って砲撃得意だった? フレンドリーファイヤはご免よ?』
最初にBETA群へ突進して行ったのは、右翼から突っ込んで来た『グラム』の2個小隊、トーネードⅡが8機。
比較的コンパクトにまとまった、2基のRBB205-Mk104から轟音を響かせ突進する。 綺麗なアローヘッド・フォーメーションだ。
「任す、ファビオ。 夜の誤射は得意だぞ、ギュゼル?」
『任された! ってか、おい。 随分とアメリカナイズされてないかぁ?』
『このスケベ、変態、種馬! 死になさい!!』
オープンチャンネル回線に乗って、あちこちから失笑が聞こえる。 笑う余裕が有る部隊は、まず壊滅しない。
やがて『ワイヴァーン』の2個小隊と『ウォッカ』、『ブランデー』小隊も合流し、増強2個中隊規模での殲滅戦が始まった。
僅かに後方へ抜けた小型種もいたが、後方から鳴り響く連続した重低音―――A-10のガトリング砲の発射音―――が収まる頃には、全て霧散してしまった。
≪CPよりスピリッツ! お楽しみは堪能できたか? 次の出前だ!
ダンケルクとの境界線辺りで『ヴィリニュス』が往生しかかっている! 連中、もう1個中隊しか戦力が残って無い! あそこを抜かれたら拙い!≫
―――『ヴィリニュス』 リトアニア軍第1戦術機甲大隊か。 確かMig-29M装備部隊だ。
そうか、整備状態が酷くて稼働機が少ない筈だ。 衛士はいるのに、機体が無い。 本来なら大隊防衛戦区に、1個中隊で張り付いていた筈・・・
『了解した! ここからならサーフェイシングで全力10分! それまで全滅するなと伝えろ!
スピリッツ! 今度はリトアニア美人を助けに行くぞ!』
『ヴィリニュスは女性衛士の比率高いからなぁ!』
≪あ~、『スピリッツ』 言っておくが今現在、『ヴィリニュス』は搭乗機数の関係上、全員が男性衛士だ。 残念だったな! 急げよ!≫
リトアニア軍第1戦術機甲大隊『ヴィリニュス』は、Mig-29Mを定数36機保有する部隊であったが。 度重なる戦闘と整備性の問題で、今や稼働全機で12機しかいない。
そしてカレー防衛ラインと、ダンケルク防衛ラインの接点を防衛していたのだが、そこに2000を超えるBETA群の出現が発生したのだ。
近接戦仕様の戦術機であるMig-29Mは、確かに素晴らしい機動性能を有する戦術機であるが、故に近接戦による損害もまた、大きくなる。
1個中隊の戦力のみでは、支えきれないのだ。 そしてそこを抜かれると、カレーとダンケルクの第2防衛線の裏に、BETAが入り込んでしまう。
せめて支援部隊か、協同部隊が無ければ・・・
16機のF-15Eストライク・イーグルは、F110-GE-129を一気にA/Bに放り込む。 目指すは新たな地獄。
轟音と青白い焔を揺らめかせ、『スピリッツ』中隊が戦場規制高度ぎりぎりを飛び去ってゆく―――