== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
凛が屋上を去った事で、セイバーは、霊体化を解いて姿を現す。
「やっと、会話出来るな。
遅くなったが、昼飯食いながら話すか。」
士郎は、セイバーにお弁当の片割れを渡す。
「私にも作ってくれたのですか?」
「当然。
仲間外れはよくない。」
「ありがとうございます、シロウ。」
セイバーは、嬉しそうにお弁当の包みを解くと蓋を開け目を輝かす。
「素晴らしい……。
職人の技ですね。」
「大げさ過ぎないか?」
第13話 素人の聖杯戦争考察
おいしそうにお弁当を食べるセイバーに、士郎は、作った甲斐があったと満足した気分になる。
少し落ち着いたところで、士郎は、セイバーに話し掛ける。
「なあ。
聖杯戦争のシステムって、
なんで、7人いるんだろう?」
「聖杯に選ばれた魔術師の中から、
聖杯に相応しい魔術師を選定する儀式と考えますが?」
「セイバーの説明と遠坂の説明の前提だとそうなるよな。
でも、聖杯戦争は作られたシステムだろ。
だったら、最初にシステムを作った御三家で争うシステムにすればいいと思わないか?
なんで、無駄に魔術師を4人も追加する必要があるんだ?」
「確かに……。」
「俺だったら、競争率増えるから増やさないけどな。」
「…………。」
セイバーは、少し考え込むが、箸は止まっていない。
「もしかしたら、聖杯を得るのに三人じゃ足りないのかな?」
「何が足りないのですか?」
「小説や漫画であるのは、生贄の数が足りないってパターンかな?」
「生贄!?」
「聖杯を得るには、生贄の数、もしくは、質なんかが必要になるんじゃないかと思うんだ。
・
・
で……怒るなよ?
生贄って意味の質としては、英霊って破格の条件だと思うんだが……。」
セイバーは、怒りを込めた目で士郎を睨みつけている。
「ああ、待て待て!
聖杯戦争のシステムを作ったのは、俺じゃないんだから俺を睨むな!
それにこれは、推測で予想!」
セイバーは、深く息を吸うと落ち着きを取り戻す。
「シロウ、その予想に至った経緯は、何なのですか?」
「遠坂の説明に出て来た根源に至るエネルギー。
このエネルギーを使って門を作るとか言ってたけど。
そのエネルギーって魔術師数人を犠牲にしたぐらいじゃ出来ないと思うんだ。
サーヴァントを召喚出来る体制を整えるだけで、何十年も掛かるって言ってたから。
・
・
多分、サーヴァントを呼び出すエネルギーより、
サーヴァント自体の方が、破格のエネルギーとか神聖さってのを持っていて、
その聖なるエネルギーとかで門を作るんじゃないか?」
「つまり、聖杯戦争は、サーヴァントを犠牲にする儀式だと言いたいのですか?」
「違うかな?
聖杯戦争するエネルギー貯めるのと
サーヴァント7人のエネルギーの差って、
どれぐらいあるか分からないけど……。」
セイバーと士郎は、箸を止めて思案する。
納得のいかないセイバーから、士郎に話し掛ける。
「可能性の一つとしては、無くはないと思います。
しかし、英霊にそのような扱いはしないでしょう。」
「そうかな?
俺は、魔術師に比べてサーヴァントの方が、
リスクが低い気がするんだよ。」
「リスク?」
「聖杯戦争って、マスターもサーヴァントも願いを叶える権利があるだろ?
マスターが敗れる時は”死”で、その後、何も残らない。
しかし、サーヴァントが敗れた時は、座に帰るだけ。
運が良ければ、また、聖杯戦争に参加出来るかもしれない。
これって、願いを叶えるのに平等じゃない気がしないか?」
「傍から見れば、そう見えるかもしれません。
だから、生贄にされると言いたいのですか?」
「実際、どうだか分からないんだけど。
英霊として戦う以上、死も覚悟してるし、敗れる事も覚悟していると思う。
・
・
多分、聖杯戦争で英霊が負うリスクは、『誇りを傷つけられる事』じゃないかな?」
「!」
セイバーは、目を見開いて士郎を見つめる。
「勝った英霊は、願いを叶える事が出来る。
負けた英霊は、根源の門の犠牲になり、魔術師に利用され『誇りを傷つけられる』。
・
・
これが魔術師じゃない俺が、考えた英霊側の聖杯戦争。
あまり感じがいいものと言えない。
正直、不快な気分になる。」
あくまで士郎の推測であり予測……。
だが、その話に真っ向から否定出来ない部分もある。
第三者から見れば、望みよりもシステムの異様な部分に目が行くのかもしれない。
セイバーは考え込み、空になりかけたお弁当を見続けていた。
士郎は、セイバーにショックを与えてしまったかと思いながらも話を続ける。
「そこまでがサーヴァントの話。
ここからがマスターの話。
いいか? 話して?」
幾分か落ち着いたセイバーは、頷いて答えを返す。
「そして、間違いなく、この聖杯戦争では御三家が勝つと思う。」
「シロウは、諦めたのですか!?」
「それを含めて検討中……?
・
・
(いつの間にか俺も聖杯戦争を真面目にする事になってないか?
まあ、いいや。
とりあえず、進めよう。)
・
・
まず、俺が、この考えに至った理由を聞いてくれないか?
その後、セイバーの考えを含めて話し合いたい。」
「分かりました。
シロウの話を聞きます。」
士郎は、一つ咳払いをすると話し始めた。
「この聖杯戦争のシステムを考えたのが、御三家なのは承知の事実。
そして、システムを作った以上、奴らは、ある権利を手に入れている。」
「権利?」
「そうだ。
ゲームマスターの権利……ルールの改竄だ。」
「!!」
セイバーは、驚いた顔で士郎を見つめる。
「どうも聖杯戦争の参加者は、目的にばかり目が行くが、第三者から見れば簡単な事なんだ。
せっかく作ったシステムをわざわざ他人と同じ土俵でやる必要あるか?
そんなもの自分の都合のいいようにするに決まってるじゃないか。」
「そんなあからさまにルールを破っては、参加者が集まりません。」
「その通りだ。
だから、バレないようにしているはずだ。
中には、それを承知で参加している魔術師も居るかもしれない。
……餌が良過ぎるからな。」
「根源……だからですか?」
「ああ、長年掛けて来た答えが、目の前にぶら下がっているんだ。
嫌でも飛びつくと思うぞ。
遠坂に聞いたら、『何を押しても優先する』って言ってたからな。」
「だから、シロウは、あの時、質問したのですね。」
「その通り。
まさか、生け贄のサーヴァントを呼び出す餌にされるとは思ってないだろうけど。」
(現状、予想でしかないが……。)
「しかし、御三家は、どのような事をしているのでしょう?」
「俺は、一応予想したぞ。」
「本当ですか?」
セイバーは、士郎の予想に耳を傾ける。
「遠坂の家系からいくか。
確かサーヴァントの召還と土地だったな。
・
・
多分、サーヴァントの召還は、御三家で平等にインチキしていると思う。
強力過ぎるため、一つの家系で抱えたら暴動になりそうだから。
奴らは、自分達に有利なサーヴァントを選んで呼び出したり、召還時期を操作していると思う。
マスターが勝手に呼び出す以上、他人からは分からないからな。
しかし、これだと遠坂の家系に有利な事がない。
遠坂に有利に働くのは、土地。地元の利。
俺だったら、聖杯戦争始まる前に、街中にトラップや逃げ道、秘密の通路、隠れ家なんかを作る。
アイテムを隠して置くのもいいかもしれない。
これを利用すれば有利に戦える。」
「なるほど。
しかし、その割には、あのマスターは、学舎に結界を張られてましたが?
自分の生活の一部なら、身の回りから固めませんか?」
セイバーの正論に士郎は、額に手を置く。
「そうなんだよ。俺も、引っ掛かってたんだ。
ワザと結界張らさせて、マスターを仕留める罠かとも思ったけど……。
あの会話は違う。
うっかり、今回の聖杯戦争では準備し忘れたのかな?」
「分かりませんね。
正々堂々戦うつもりかもしれません。」
「考えられなくないんだよな。
アイツ、俺の質問に律儀に答えてくれたし……。」
「アーチャーのマスターとは約束も取り付けた事ですし、
この際、後回しにしましょう。」
「了解。
んじゃ、次、アインツベルンな。
ここは、簡単。聖杯に細工する。そのまま。
アインツベルン以外は、聖杯使えなくしたり、横取りする。
聖杯は、最後に現れるから、最後になるまでバレない。
・
・
更に言うと最後に勝てばいいから、真面目に聖杯戦争をする必要もない。
聖杯戦争中にダミーのサーヴァント倒させて、
油断した最後に不意に一発なんて事もあるかも。」
「聖杯の細工ですか……。」
「あ。今、思い付いたけど、
優勝者と一緒にこっそり根源への道を作る仕掛けを入れるかも?
アインツベルンは、他のマスターより油断しているかもな。」
(そんな事はない。
彼らは、用意周到に準備をしているはずだ。)
「最後にマキリ。
実は、コイツらが一番厄介なんじゃないかって思っている。
令呪……。これ非常にヤバい。
呼び出すサーヴァントが弱くても、なんとかなっちゃうかもしれないから。
・
・
令呪のパワーアップ、回数無制限、他のマスターの令呪抑制などなど……。
やられたら堪らない。
……まあ、俺は、令呪使えないから抑制されても困らないが。」
セイバーは、士郎の話を聞いて考え込む。
士郎の言った通りなら、聖杯を手に入れるのは難しい。
勝ち抜いても手に入れる事が出来ないかもしれない。
「それにさ……。
魔術師でない俺が、セイバーを呼び出した事自体、
奴らの罠かもしれないしな。
・
・
こう考えると納得いかない事だらけだろ?」
(特に一般人の俺にとっては……。)
状況は、悪くなる一方で、いい考えは、なかなか浮かばない。
「私は、甘い。
何も考えずにシロウを巻き込んでしまった。」
「……まあな。
叶えたい願いを目の前に突きつけられれば、判断を誤る事もある。」
(判断というより勢いだったが……。)
士郎とセイバーの間に沈黙が流れる。
「…………。」
セイバーは、悩んでいた。
士郎と話して悪い方向に流れが向いた事だけではなく、聖杯戦争というものの在り方についても。
欲望にまみれた戦いを勝ち抜いて自分の願いを叶えるのは、自分の守りたかったものを汚している様だったからだ。
藤ねえに肯定して貰った迷いの答えは、別の形で見つかり始めていた。
当初の願いへの欲望が薄くなって来ている。
セイバーは、士郎に質問する。
「シロウ、貴方は、どうしたいですか?」
「どうしたいか……。
随分、漠然としてるな。
分からなくもないが。
・
・
その答えは、出来そうにない事でもいいか?」
「構いません。
貴方に無理でも、サーヴァントである私なら可能かもしれません。」
「分かった。じゃあ、言うけど……
聖杯戦争をしたくないし……させたくない。
よって、冬木から聖杯戦争を取り除きたい。
欲望まみれの魔術師の戦いも嫌だし。
何年か周期で起きる戦争なんて御免だ。
・
・
何より、聖杯戦争の度に俺の命が危ない!」
セイバーは、最後がシロウらしいと苦笑いを浮かべる。
そして、士郎と藤ねえに会って、感化された気持ちも含め答える。
「私は……分からなくなって来ている。
何をしても何を優先してもと思ったが……。
・
・
大河に許して貰ってから……。
自分の努力を認めてから……。
本当に誇りを持てるのは、やり直す事か? やり抜いた事か?
・
・
そして、この欲望に塗れて勝ち抜いた聖杯戦争で願いを叶えて、
あの人達の誇りは汚れないのかと……。」
「そうか……。」
(セイバーは、どこまでも真面目だな……。
一見、他人を優先して見えるけど、それが生涯を懸けて貫き通した事だもんな。
セイバーにも、セイバーの思っている人達にも、納得のいく結末であって欲しいもんだ。)
「幸いマスターは、令呪も使えないへっぽこだ。
好きなようにすればいいさ。
・
・
俺は、脇役だから諦めてる。
死ななければいい。」
「はい。
しかし、私は、シロウの指示に従おうと思います。」
「?」
「貴方は、性格に問題はあるが本質をよく理解している……と思います。」
(最後戸惑うなよ……。
誉めてんだか貶してんだか……。)
「でも、言ったのって困難だぞ?」
「それでもです。
私の願いは、その時までに答えを出します。」
(シロウ……。
貴方は、英霊である我々の誇りを傷つけられる事に怒りを表してくれた。
私のマスターは、そういう者でいい……。
・
・
出来れば、直して欲しいところも多々あるが……。)
「う~ん……分かった。
じゃあ、聖杯戦争撲滅出来るようにという事で……。
改めて、宜しく頼む。」
「はい。」
士郎の差し出す手をセイバーは、力強く握り返した。
(これで正式に聖杯戦争参加決定かな?
本当に死なないようにしないとな……。)
二人は、中断した昼食を再開する。
目標が決まった訳ではない。
やるべき事を理解した訳ではない。
しかし、行き先は見え始めた。
また、間違いなく迷うだろうが、今は、それでよかった。