== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
士郎は、自宅に着くとさっさと普段着に着替える。
そして、自分の服からセイバーに合いそうなものを物色する。
「俺より小さいから、少し前の俺の服でサイズは合うはずだよな。
男でも女でもいいならジーンズか?
上は、適当に持って行って選ばせるか。」
部屋から服を持って出ると居間に向かう。
そして、居間で待つセイバーの前にドサドサと服を置く。
「適当に選んでくれ。
下は、これな。
上は、セイバーのセンスに任せる。」
「シロウ……。
本当に私にアルバイトなるものをさせるつもりですか?」
「させるつもりだ。」
「それにマスターを守るのがサーヴァントの役目だろ?
そこらに突っ立てるよりいいじゃないか。」
「しかし……。」
「いいか?
お前のマスターは、一般庶民で、働いてお金を稼がねば生きていけない。
戦で例えれば、兵糧がなくなる事になる。」
セイバーの顔が、少し真剣なものになる。
セイバーを納得させるには、彼女の近くにあったものを例えに出すに限る。
「くっ。
確かに兵糧が切れては、戦に勝利する事は出来ない。」
(予想通りだ。
落ちたな……。)
第18話 サーヴァントとアルバイト①
セイバーは、士郎の持って来た服の中から長袖のTシャツを選ぶ。
しかし、この時期、これだけでは、防寒対策には足りない。
藤ねえが、学生時代に忘れてクリーニングのビニールを被ったままのダッフルコートを上に羽織る事にした。
「そんなものが残っていたのか。」
「大河のものの様ですが。」
「……だな。
なんか、この家を発掘すれば思いもよらぬものが、まだまだ出てきそうだ。
とりあえず、藤ねえのうっかりに感謝だな。」
(しかし、何故、包装までされた物が士郎の家に?)
考え込んでいるセイバーに士郎が一言。
「深く考えない方がいいぞ。
その程度の謎は、日常茶飯事だ。
気にしてたら、脳みその許容量なんて直ぐに吹っ飛ぶぞ。」
「…………。」
セイバーは、士郎の忠告に従い考えるのを停止する。
「辛酸を舐めさせられる前に
その意見に従います。」
「正解だ。
セイバーも、この家の生き方と言うものが
分かって来たようだな。
・
・
んじゃ、行くか。」
士郎とセイバーは、衛宮邸を出るとバス停へと向かう。
冬木市の新都へは、バスを使用するためである。
…
新都のバス停に到着する。
バス停からは、オフィス街にあるコペンハーゲンなる店に徒歩で移動する。
「酒屋ですか?」
「実態は、よく分からんのだ。
だが、仕事内容は酒屋の仕事なので、
やはり、酒屋なんだろうな。」
「何か問答のような返答ですね。
ひょっとして、ここも大河に縁のある場所では?」
「……そういえば、ネコさんは、藤ねえの同級生だった。」
「それ以上の説明は不要です。
理解しました。」
(いや~、なんか藤ねえってキーワードって強力だよな。
登下校の時にしか話してないのに
相手が、こうも簡単に引き下がるんだから……。)
店の扉を開けて挨拶する。
「おはようございます。」
「おお、エミヤん。
待ってたよ。」
士郎は、店内の奥を見る。
「今日、荷物整理って言ってた割りに
人数少なくないですか?」
「うちのが『来ても来なくてもいい』みたいな事言ったら、
みんな、来なくてさ。」
ネコさんは、ハハハと笑っている。
「そうだと思いました。
助っ人を連れて来ました。」
「ん?」
セイバーは、軽く頭を下げる。
「この子は?」
「え~っと……。
・
・
誰だっけ?」
「「は?」」
同じ発音をしてネコさんとセイバーは固まる。
士郎は、慌ててセイバーを隅に引っ張る。
「すまん。
紹介する時の偽名を忘れてた。
ここでセイバーと呼ぶのは拙いだろう?」
(あ、藤村組でも忘れた……。
後で藤ねえ通して修正しよう。)
「なるほど。
私も忘れていました。」
「どうする?
適当な外人の名前にするか?」
「例えば?」
「キシリアとか?
シーマとか?
ハマーンとか?
カテジナとか?
フレイとか?」
「それは、何が基準なのでしょう?」
「あるアニメのヒロインだ。」
「ほう。」
セイバーは、『ヒロイン』という言葉に満更ではないというような顔をしている。
「悪役のな。」
セイバーのグーが、士郎に炸裂する。
「シロウは、私を何だと思っているのですか!」
「高が偽名じゃないか!
じゃあ、お前は、どんなのがいいんだよ!」
「そ、そうですね……。」
セイバーは、考え始める。
その横で士郎は、ボソッと呟く。
「ちなみに自分で自分の偽名を考えるって、すごい恥ずかしいんだからな。
少女チックでも過大評価の名前をつけても、
俺は、容赦なくこの場で大声で笑ってやるから覚悟しろ。」
セイバーは、タラタラと冷や汗を流すと呟いた。
「……ハマーンでいいです。」
一方、士郎がセイバーに殴られているのを見たネコは、一体、何が起きたんだと不思議な顔をしている。
話が終わったセイバーと士郎は、ネコのところに戻って来る。
「ハマーンと言います。
以後、お見知り置きを。」
士郎は、顔には出さないが、心の中で大笑いをしていた。
「ハマーンさんね。
突然で悪いね。
わたしは、ここを切り盛りしてる蛍塚。
本名は、嫌いだからネコと呼んで。
・
・
さて、早速だけど。お願いね。」
ネコに案内して貰い店の奥の倉庫に向かう。
士郎は、ネコに納入した品物のリストを受け取ると片付ける場所をザッと相談する。
「流石、コペンハーゲンの古株アルバイター。
それでOKだから、後、よろしくね。
わたしは、夜の準備するから。」
ネコは、夜の仕込みのために去って行った。
「さて、テキパキ片付けるぞ。」
「かなりの量ですね。」
「その分、やり甲斐もある。
自分の取りやすいように整理も出来るしな。」
「自分の取りやすいようにしてしまって、いいのですか?
彼女の仕事のしやすいようにしてあげるべきでは?」
「そこは問題ない。
さっき、確認取ったから。
長年勤めてるから、俺のやりやすい位置=ネコさんのやりやすい位置になってる。」
「連携は、完璧でしたか。」
「じゃあ、俺と同じ箱を持って着いて来てくれ。」
「分かりました。」
士郎とセイバーは、片付けを始める。
士郎は、慣れた手つきで荷物を運ぶが、セイバーは、思いのほか重い酒瓶の箱に少しふらつく。
「無理して俺と同じ量を持たなくていいぞ。
落として割ったら、商品は弁償だからな。」
「シロウに負ける訳には。
こうなれば魔力を使って強化して……。」
「それもいいけど。
持ち方ひとつで、体に掛かる負担も違う。
さっきのネコさんは、自分と同じぐらいの体重なら、
楽に運べるって言ってたぞ。」
「本当ですか!?」
「本当みたい。
支点、力点、作用点を上手く使えばいいんだって。」
「聞いて来ます。」
セイバーは、店のネコを訪ねて行ってしまった。
「ホント、負けず嫌いだね。
女の子が男と同じ力仕事されちゃ、立つ瀬がないよ。」
士郎は、五分ほど一人で片付けをしているとセイバーが戻って来る。
「シロウ!
もう、遅れは取りません!」
セイバーは、ネコに聞いたコツを活かして荷物を運んで行く。
「いや~、大したもんだ。」
士郎は、自分に遅れず着いて来るセイバーに感嘆の声をあげる。
それから、二人は、黙々と荷物を運び続け、倉庫は綺麗に整理整頓された。
…
「我々の勝利ですね。」
セイバーは、至極、ご満悦な顔で整理された倉庫を見渡す。
「ああ、そうだな。」
(これを勝利と呼ぶのだろうか?)
二人は、ネコに報告しに行く。
「終わりました。」
「もう!?
2日掛かりだと思ったんだけど。」
「コツを覚えた私の前では、
あの程度の荷物は、敵ではありません。」
セイバーの何処か変わった言い方にネコは、笑顔を浮かべる。
ネコは、整理された倉庫を見て満足する。
「本当に片付けたんだね。
エミヤんは、いい戦力を見つけて来てくれたよ。
ありがとうね、ハマーンさん。」
(そういえば、私は、今、ハマーンでしたね。)
「お役に立てて、何よりです。」
士郎は、二人の会話が一段落するとネコに話し掛ける。
「ネコさん、ハマーンをこれから暫く雇って貰えませんか?」
「ハマーンさん? いいわよ。
根性ない男のバイトより、役に立つもの。」
「ありがとうございます。
じゃあ、俺達は、これで……。」
「チョイ待ち。
これ、ボーナス。」
「いいんですか?」
「いいのいいの。
今、入れた額より、バイトの人数増やす方が掛かるからね。」
「そこは、正直に言わなくてもいいんじゃ……。」
「まあ、いいんじゃない。
お互い変な勘繰りしないでさ。」
「そういう事にして置きます。
ありがとうございました。
お疲れ様でした。」
「はい、お疲れ。」
「では、失礼します。」
「また、よろしくね。」
…
二人は、コペンハーゲンを後にする。
辺りは、すっかりと夜になっていた。
オフィス街のネオンの中を二人は歩いて行く。
「アルバイトというのも、やってみるものですね。
普段出来ない体験というのは、新鮮で気持ちがいい。」
セイバーは、本日の労働を満足した気持ちで表現する。
「そういうものなのか?
俺は、普段通りだからな。
まあ、この仕事は、嫌いじゃないから続けられるんだけど。」
会話が止まると無言で歩き続ける。
暫くしてセイバーが、ある一点を見て立ち止まる。
「どうした?」
「あ、いえ……何でもありません。」
士郎は、セイバーの視線の先にあったものに目を移す。
「ぬいぐるみ?」
そこには、ゲームセンターの前に置かれたUFOキャッチャーがあった。
「ああいうのに興味があるのか?」
「そういう訳ではないのですが。
あのライオンは、愛らしいと思いまして。」
(セイバーは、ライオン好きなのか。
え~と、なになに、
『全13種類のぬいぐるみを掴み取れ!
愛と勇気と悲しみの爆殺ゴッドクレーン!!』
・
・
なんだ? このパクリ丸出しのキャッチフレーズは……。
俺は、こっちの方に惹かれるぞ。)
二人は、UFOキャッチャーを前に立ち止まる。
「俺、得意だから、タイトル通り掴み取ろうか?」
「爆殺されても困りますが……。」
「いや、掴み取るとこだけ。」
「得意なのですか?」
「ああ、相手が引くぐらい。」
「では、お手並みを拝見させてください。」
士郎とセイバーは、UFOキャッチャーの前に移動する。
1回200円、3回500円。
士郎は、500円を投入する。
「何も言わず、とりあえず、見ていてくれ。」
「分かりました。」
1回目、クレーンは、ぬいぐるみの山をただ破壊する。
セイバーは、溜息を漏らす。
2回目、再び、クレーンは、ぬいぐるみの山をただ破壊する。
セイバーは、あきらかに怒りを浮かべる。
(まさか、嫌がらせでは?
私にあのライオンを渡さないつもりか!?)
セイバーが士郎に疑惑の念を向けていると、士郎がセイバーに話し掛ける。
「こっからだ。」
(本当でしょうか?)
士郎は、横軸を合わせる①のボタンを押す。
「ウッソ・エヴィン!
V2アサルトバスター! 行きます!」
クレーンは、横にグイングイン移動して行く。
そして、縦軸を合わせる②のボタンを押す。
「お前が、カテジナさんを変えてしまった!」
士郎の口から出る妙な言葉を聞きながら、セイバーは、クレーンの行方を見守る。
クレーンは、先ほど、壊しまくった中央付近を潜って行く。
次の瞬間、セイバーは、信じられない光景を目撃する。
クレーンには、これでもかという位にぬいぐるみが纏わり付いている。
「な!?」
(このゴテゴテ感……。
まさに、V2アサルトバスター。)
クレーンが元の位置に戻り、人形を穴に落として行く。
士郎は、備え付けのビニール袋を一枚取ると取り出し口からぬいぐるみをビニール袋に入れた。
「全13種、ゲットだ。」
セイバーは、開いた口が塞がらないといった状態だった。
「どうした?
ライオンも取ったぞ?」
「ま、待ってください、シロウ。
何が起きたのか理解出来ない。」
「そうか。
セイバーは、こういうゲーム初めてか?
これはだな……。」
「やり方は、分かります。
私が言いたいのは、何で1回で、
そんなに取れるかという事です。」
「慣れだな。」
「そんな馬鹿な!?」
セイバーは、納得がいかないという感じだ。
「仕方ない。
少しコツを教えてやる。」
士郎とセイバーは、隣でUFOキャッチャーをしているカップルに近づく。
そして、カップルを無視して講義が始まる。
カップルは、明らかに嫌な視線を士郎とセイバーに向ける。
しかも、説明する士郎は、クレーンを操作する彼氏に罵詈雑言を浴びせる。
しかし、事実、彼氏は、ぬいぐるみを一つも取る事が出来ていない。
「な、言っただろう。
アイツが、俺の言う通りにすれば、
7個以上は、3回で取らせてやるって言うの!」
頭に来た彼氏は、士郎の指示通りにクレーンを動かし続ける。
そして、3回目。
(あれだけ大口叩いたんだ!
取れなかったら、イチャモンつけてぶん殴る!)
彼氏は、無言で指示通りに動かす。
隣の彼女も彼氏同様、士郎を叩きのめす臨戦態勢を取っているようだった。
しかし……。
「はぁ!?」
「嘘!? 何で!?」
持ち上がったクレーンには、ゴテゴテとぬいぐるみが絡みつく。
カップルは、呆然と穴に落ちる人形を見続ける。
「分かったか?」
「はい、分かりました。」
(何が!? 今の説明で何が分かっちゃったの!?)
カップルを無視して、再び元のUFOキャッチャーの前に戻る。
「やれ! 今こそ、修行の成果を見せるんだ!」
「はい! 師匠!」
セイバーは、士郎のペースに乗せらている。
「師匠! 私は、3回目に何と言えばいいのでしょうか?」
「うむ。では、こう言うがいい!
『Zガンダム! カミーユ・ビダン! 行くぞ!』
『貴様には分かるまい! 俺の体から通して出る力の事を!』
では、やってみよ!」
セイバーは、1回目、2回目とぬいぐるみの山を崩す。
そして、3回目。
「Zガンダム! カミーユ・ビダン! 行くぞ!」
セイバーは、律儀に言われた通り口にする。
「貴様には分かるまい! 俺の体から通して出る力の事を!」
セイバーは、律儀に言われた通り口にする。
クレーンは、ぬいぐるみに突っ込むとライオンだけ6体掴みあげた。
(ライオン狙いか……。
しかし、そんなに取ってどうする?
さっき、取ったのと合わせて7体。
白雪姫と7人の小人ならぬ、
セイバーと7匹のライオンか……。
・
・
どんな話だ!?)
「フッ……他愛も無い。」
セイバーは、自分に酔っている。
「あなた達、こんなところで何してんのよ?」
二人が勝利の余韻に浸っていると不機嫌な声が後ろであがった。