== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
20時少し前、士郎とセイバーは、衛宮邸に到着する。
居間にぬいぐるみを置くと士郎は、夕飯の準備を始め、セイバーは、テーブルの前で背筋を伸ばして正座している。
「セイバー。
やる事ないなら、テレビのニュース見ててくれないか?
聖杯戦争が始まっているなら、それらしい事件が起こっているかもしれない。
それと、この近所の長物による殺傷事件は、もう知っているから。」
「分かりました。」
セイバーは、リモコンを使ってテレビのスイッチを入れ、ニュースのやっているチャンネルを探す。
(そういえば……。
アイツ、この家の洗面所の場所とかリモコンの使い方とか、なんで、知ってんだろう?
・
・
サーヴァントのスキルかな?)
第21話 帰宅後の閑談①
夕飯の支度が済んだ頃、虎が帰宅する。
「たっだいま~~~っ!
も~、お腹ぺっこぺこだよ~~~っ!
夕飯は、何かな~~~っ!?」
「めざし1本です。」
「えーーーっ!?」
「冗談だよ。
さっ、ハマーンの隣に座ってくれ。」
藤ねえは、セイバーの隣に移動し座ろうとして固まる。
数秒後……。
「ハマーン?
あれ? ハマーンだったっけ?」
「そうだよ。
朝、色々あったから、聞き間違えたんじゃないか?」
「そっか、そーだね。
ごめんね、ハマーンちゃん。
・
・
なんかニュアンスが違う……。」
「気のせいだ。」
士郎は、切って捨てる。
(有無も言わせず、堂々と嘘を真実と置き換えてしまうとは……。
シロウ、貴方は、恐ろしい人だ。)
セイバーは、黙ってやり取りを聞いている。
と、いうより、食事に目が移っている。
座る前に藤ねえは、シロウの肩をポンと叩く。
「士郎。
もう一つの約束は忘れてないから。」
藤ねえは、不適な笑みを浮かべる。
「守ってもいいけど、明日のフォローはせんぞ。」
「フォ、フォローって、何よ?」
「俺の調べでは校長先生の小言は、最低でも3日続く。
今日は、それを見越して差し入れをした。
もし、この場で藤ねえが約束を守ろうと実力行使に出た瞬間、
明日以降のフォローは消えると覚悟するんだな。」
藤ねえは、タラタラと汗を流した後、ガクッと項垂れる。
「ご飯にしましょうか。」
藤ねえは、何事もなかったように話を進める。
そのため、夕飯は、滞りなく始まった。
…
「「「いただきます。」」」
朝同様に三者三様で『いただきます』をする。
「シロウは、いつも料理をされるのですか?」
「そうなのよ、ハマーンちゃん。
しかも、手が込んでるのよ。
きっと、いいお婿さんになるわ。」
藤ねえは、胸を張り、セイバーは、士郎を尊敬の念で見つめる。
「そんなにおかしな事か?
自分でうまい料理を食べたきゃ、一工夫するだろう。」
「それが出来ない人も居るのよ。
わたしが作るとかに玉丼が、なぜかお好み焼きになっちゃうし……。」
「失敗する人間のほとんどが、
素人のくせに説明通りに料理を作らず、オリジナリティを出そうとする……。
その典型が藤ねえだ。
オリジナリティを出すのは、その料理を極めてからにするべきだ。」
「だから、わたしは、
もう諦めて、士郎の料理しか食べないから。」
「そこで諦めるのは何か違う……。
でも、新たな犠牲者を出さないためにも、その方がいいのかも。」
何とも言えない会話に、セイバーは、眉を顰める。
「ところで、さっき言っていた約束とは?」
「ああ、今朝、藤ねえが捨て台詞で言ってた
『帰ったら、ぶっ飛ばす』ってヤツだ。」
「あれですか……。」
(本気だったんですね。)
テーブルの料理は、どんどんと無くなっていく。
士郎は、セイバーが藤ねえに負けないペースで食事をしているのに気付いた。
「ハマーンの国では、どんな料理が主食なんだ?
やっぱり、絢爛豪華なのか?」
(王様だって言ってたからな。
こんな庶民のご飯では、満足し切れないんじゃないか?
しかし、このペースは……。)
「…………。」
「あれ? ハマーンちゃん?」
突然、固まってしまったセイバーに藤ねえは、声を掛ける。
「一言で言うと……。
・
・
雑でした。」
食卓は、暫し固まる。
「それは、料理されてない原材料で出て来るイメージ?」
セイバーは、頷く。
「そうか……。
俺で、どこまで力になれるか分からんが、
食事においては、大いに努力させて貰う。」
「ありがとうございます。
貴方が、マスターで良かった。」
士郎とセイバーの絆は、意外なところで強まった。
…
夕飯が終わり、藤ねえとセイバーは、居間で寛いでいる。
士郎は、洗い物を済まし、デザートの林檎を剥いていた。
「士郎ーっ。
このぬいぐるみ何ーっ?」
「それは、今日、UFOキャッチャーなるもので
取得した戦利品です。」
士郎に代わって、セイバーが答える。
「あ! 虎、発見!
士郎! これ、ちょーだいっ!」
士郎は、剥き終わった林檎をテーブルの上の皿に置いて答える。
「ライオン以外なら、全部持って行っていいぞ。」
「ありがと、士郎!
・
・
なんで、ライオンは、ダメなの?」
「売約済みだ。」
士郎は、セイバーを指差す。
セイバーは、少し照れた様子で俯く。
「へ~~~。
ハマーンちゃんは、ライオン好きなんだ。
わたしと違う動物が好きでよかったよ。」
(そうだな。
考えただけで恐ろしい。
サーヴァントと藤ねえの取っ組み合い……。)
「まあ、この家は出入りが激しいから、
そのうち、なくなるだろう。」
三人は、林檎を一口かじる。
「あれ? 何か忘れてる?」
藤ねえは、思い出したように呟く。
「何かあったか?」
藤ねえは、セイバーを凝視する。
セイバーは、思わず身構える。
「あーーーっ!」
「今度は、何だ!?」
「そう! ハマーンちゃん!
なんで、士郎の家に居るの!?」
「今更か……。」
(今頃ですか……大河。)
士郎は、面倒くさいものを見るように藤ねえを見ると溜息をつく。
「もう、忘れたのか?
今朝、話したじゃないか?」
(シロウ! また、嘘を!?)
「え!? そうだっけ?
う~~~ん……。
・
・
いいえ、話してないわよ!」
(流石に気付きますよね。)
「本当に大丈夫か?
行く当てもないハマーンを『お姉ちゃんが、面倒みてあげる』って
言っていたじゃないか?」
士郎は、セイバーに目で合図する。
お前も合わせろと……。
セイバーは、少し戸惑いを見せると、その後、諦めを顔に浮かべ決心する。
(この流れに乗るしかないようですね……。
否、乗らざるを得ない流れをシロウが作ってしまった。)
「今朝は、ありがとうございました。
当てのない私に親切にして頂いた御恩は忘れません。」
セイバーは、背筋を伸ばし深々と頭を下げる。
「えっ? ええっ?」
藤ねえの思考回路は、ショート寸前だった。
自分の記憶にない事態で、話が進んでいく。
しかも、セイバーの面倒を見ると宣言してしまったのは、自分らしい。
「まさか……。
あれだけ、ハマーンに期待させといて、
これから追い出す気か?」
士郎は、更に畳み掛ける。
既に、藤ねえに勝ち目はなかった。
嘘に嘘が書き換えられ、記憶は、真実を捻じ曲げ捏造される。
「ま、まさか! お姉ちゃんが、そんな薄情な事する訳ないじゃない?
大丈夫! バッチリ、覚えているわよ!
ハマーンさん、行き先が決まるまでしっかり面倒見るから、
ここを我が家と思って滞在してね。」
(軽いな……。
藤ねえを落とすなら、脳に莫大な情報を与える事と人数で攻め落とすに限る。
ただし、この行為は、善意を含む時だけに限られる。
それ以外は、咆哮の後、暴走だ……。)
(これは、胸が痛みますね……。
成り行きとはいえ、完全な騙し討ちです。
しかし、もう、後には引けない。
・
・
英霊の身で、何が悲しくて一般庶民を騙さなければいけないのか……。)
藤ねえは、ヤケクソで大見得を切り、士郎は、罠に嵌めて唇の端を吊り上げる。
そして、セイバーは、自己嫌悪に頭を悩ませ、居間は、混沌とした状態になっていた。
「う~あ~……そうだ!
お姉ちゃん、そろそろ帰るね。」
「そうか、悪いな。
ハマーンの事、心配して来て貰ちゃって。
明日も来てくれよ。」
「ま、任せてよ! 約束だからね!」
藤ねえは、少し混乱して藤村組に帰って行った。
「シ、シロウ……。
今のは、凄い罪悪感があったのですが。」
「あれは、優しさだ。」
「は?」
セイバーは、『何が?』という顔をしている。
「聖杯戦争には、藤ねえを巻き込みたくない。
かと言って、セイバーを放って置く訳にも行かない。
聖杯戦争でありながら、いつもと変わらぬ生活をしつつ、
セイバーと藤ねえが仲良くなれる優しさを込めた嘘だ。」
「…………。」
「適当な事言って、誤魔化してませんか?」
「いいえ、優しさです。」
セイバーは、溜息をつく。
「分かりました。
そういう事にして置きます。」
「そうそう、気にするな。
嘘をついたのも騙したのも、全部、俺だ。
そのせいでセイバーが、自己嫌悪したり罪悪感を感じる事はない。」
とりあえず、話は、一段落する。
ここからは、聖杯戦争の話をしなければならない。
士郎から、会話を始める。
「さて、今日、過ごしたのが俺の一日の日課だ。
この日課は崩さない。
逆に崩したら、違和感が目立つ事になる。」
「シロウは、今日のような日課を過ごしつつ、
聖杯戦争も行うという事ですね。」
士郎は、頷く。
「貴方が戦いを嫌がっている事と、私が答えを模索している事から、
聖杯戦争での勝利を急ぐ事は、今はないと思っています。
本来なら、敵を探し街を巡回し戦いを仕掛けるところです。」
「やっぱり、人目を気にするなら深夜って事か?」
「はい。」
(闇に隠れて戦うのか……。
ダークヒーローみたいだな……。)
「しかし、聖杯戦争での情報収集は必要です。
こればかりは、自分の足で集めなければなりません。」
「そうだな。
テレビでは、何かそれらしい事なかったか?」
「ありました。
ガス漏れ事故により、人が病院に搬送されていますが、頻度が多過ぎます。
何処かのマスターが、関わっているとしか思えません。」
「サーヴァントが人を襲っている……か。」
「はい。
この時、考えられるのが、学舎に結界を張ったものと同一人物の可能性。
他にも同じ事をしようとしているマスターが、もう一人いる可能性です。」
「どアホウが二人に……。」
士郎は、頭を悩ます。
聖杯戦争で、被害者が出始めている事。
そして、無差別で行動しているようなので、自分も狙われるかもしれない事に。
「困ったな。
本来なら、こんな危ない事には、首を突っ込みたくないのに。」
「?」
「俺も戦わないとダメかも。」
「シロウらしくないですね。」
「俺の勝手な都合なんだけどさ。
人が楽しいって思う時って、自分以外の人間が必要なんだ。
同じ興味を持って話をしたり。
ゲームの勝ち負けを争ったり。
自分の評価をして貰って優越に浸ったり。
くだらない話で笑い合ったりな。
その俺の作り上げて来た関係を聖杯戦争のせいで壊されるのは困るんだよ。」
「…………。」
「本当に貴方は、自分中心でしか物事を考えない人ですね……。」
「まあな。
でも、命懸けで戦うんだから、知らない人間のために命は懸けらんないよ。」
(本当にスッパリ言い切りますね。
国という単位では、一人一人を認識する事は出来ない。
私は、知らない誰かのために戦い続けたのだろうか?
そこにシロウのような考えはなかった。
……私は、平穏に暮らしている全ての人を守りたかったから。)
「シロウは、自分の関係のある人が無事なら、
他の人は、どうでもいいのですか?」
セイバーは、少しきつい質問を士郎に投げ掛ける。
「そんな事はないよ。
誰も傷つかないのが一番だと思う。」
「しかし、シロウは、自分の築き上げた関係を理由にあげた。」
「優先順位と自分の限界のせいだよ。
悪いけど、サーヴァントは強過ぎて、もう、手に負えない。
しかも、人まで襲い出している。
無差別だから、対処のしようもない。
俺が、サーヴァントより強くて、敵の位置を自在に知れるなら、
対策の立てようがあるんだけどな。」
(それは、最もな理由だ。
サーヴァントに人の身で太刀打ち出来るはずもない。)
「で、そうなると優先順位つけて、身近な人から守りたいわけ。」
「人の命の価値に優劣などつけるべきではない。」
セイバーは、厳しい表情で士郎を睨む。
「ご尤もだ。ごめん。
だが、俺は、器の小さい人間だから、目に写るものしか守れない。
そして、今回に至っては守れる自信もない。
セイバー頼みになると思う。」
セイバーは、『仕方ないですね』と溜息を吐く。
「方針を決める。」
士郎の声に幾分か真剣実が加わる。
セイバーは、顔をあげる。
「敵の優先順位をつける。
第1に、学校に結界を張っているマスター。
第2に、ガス漏れを装って、人を襲っているマスター。
他は、人を襲わない限り保留。
・
・
と、優先順位をつけても、どうしていいか分からん。
だけど、なんとかしないと俺のテリトリーが……。」
(……結局、何だかんだ言って、シロウは戦うのですね。
優先順位と言っても、縄張りのハッキリしているマスターの優先順位を高くしているだけ。
へそ曲がりで天邪鬼だ……。)
セイバーは、少し嬉しそうに微笑む。
「その方針に従いましょう。」
(あれ? やけに素直だな?
こんな優柔不断な答えなのに……。)
「ありがとう、セイバー。
・
・
ところで……。
一番、重要な事を聞いていなかった。」
「何でしょうか?」
方針に漏れでもあったかと、セイバーは、聞き返す。
しかし、士郎は、予想外の事を口にする。
「……お前、強いのか?」
士郎への尊敬の念は一気に切れ、セイバーは、士郎の失礼極まりない一言にピシッと固まる。
一呼吸置いてセイバーのグーが、士郎に炸裂した。