== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
深夜の道場に明かりが灯る。
冷たい空気は、気を引き締めるのに丁度いい感じだった。
士郎は、天地神明の理を鞘から抜くと、いつも使っている竹刀より重い事を再確認する。
「用意は、出来ましたか?」
セイバーの声に反応し、士郎は、セイバーに向かい合うと目を見開く。
「おま……! それ本物の剣じゃないか!?」
セイバーの手には、黄金の煌びやかな剣が握られている。
「シロウも真剣ですので。」
「お前の剣には、刃がついているだろう!?」
「安心してください。
峰打ちします。」
「その剣は、両刃だ!」
第23話 帰宅後の閑談③
セイバーは、自分の剣を見る。
「では、私は、何を使えば?」
セイバーの手から、剣が消える。
「そこに架かっている竹刀を使ってくれ。」
セイバーは、竹刀を手に取り吟味する。
「これでは、痛手を与えられない。」
「お前は、俺を殺す気か?」
「…………。」
「では、こちらで我慢しましょう。」
セイバーは、隣に架けてある木刀を手に取る。
(あの野郎……。
ワンランク上の武器を取りやがった。)
「では、始めましょう。」
セイバーは、静かに士郎に向けて木刀を構える。
士郎も気を取り直して天地神明の理を構える。
(おや? 思ったより隙のない構えをしますね、シロウ。
さあ、何処からでも掛かって来なさい。)
しかし、数分経っても、士郎は、一向に攻撃して来ない。
痺れを切らしたセイバーが口を開く。
「いつまで、そうしているのです?
早く攻撃をして来てください。」
「…………。」
「シロウ?」
「お前から、攻撃して来ていいぞ。」
「そうですか……。
では、私から……。」
セイバーは、床を蹴ると木刀を振り下ろす。
士郎は、それを上手く躱す。
セイバーは、一瞬、驚いた顔をすると続いて二度三度と斬り掛かる。
士郎は、それを全て受け流した。
「信じられない……。
まさか私の攻撃を全て躱すとは。」
「まだ、魔力は使っていないな?」
「はい。」
セイバーは、少し緊張感を強める。
目の前に居る少年は、さっきまでの緩い雰囲気をしていない。
天地神明の理を持って構えた瞬間、何かのスイッチが入ったかのように集中している。
「シロウ、もう少しやりましょう。」
「分かった。」
再び、セイバーから仕掛ける。
士郎は、また、受け流す。
セイバーは、攻撃をしながら気付き始める。
(シロウは、攻撃を全て躱すか受け流している。
真正面から受け止めるという事をしない。
また、反撃も来ない……何故?)
セイバーは、士郎から距離を取る。
「シロウ、正直驚きました。
貴方が、ここまで出来るとは。
しかし、何故、攻撃を一向にしないのですか?」
「俺も驚いている。
一体、どんな体幹をしているんだ?」
「それと攻撃しないのと、どんな関係があるのです。」
「…………。」
「一緒に戦う相手だから、いいか。
手の内、バラしても。
俺の攻撃は、受けから始まるんだ。」
士郎は、天地神明の理を下げる。
それに合わせて、セイバーも木刀を下ろす。
「受け流して、相手が体制を崩したところから攻撃を仕掛ける。」
「なるほど。
それで、先ほどから攻撃を仕掛けなかったのですか。」
「ああ。
体制崩すぐらい強く受け流したはずなんだけど、
直ぐに生きた攻撃が来るから、攻撃に転じられない。」
「年期が違いますから。
しかし、それにしても私の剣が、こうも躱され続けるとは……。」
「そこは、年期が違いますから。」
「シロウ、からかわないでください。」
「事実だよ。」
「貴方は、十数年しか生きていないでしょう。」
「…………。」
士郎は、嫌そうな顔をすると諦めて話し始めた。
「ガキの頃な。
藤ねえに誘われて、剣道を始めたんだ。」
「ほう。」
「でさ、藤ねえが俺にも稽古をつけてくれたんだ。」
「微笑ましいですね。」
「…………。」
「藤ねえは、稽古していると最初は、手を抜いてくれるんだよ。
俺は、ガキだから、ムキになって力一杯、竹刀を振るうんだ。
・
・
でもな。
藤ねえが、手を抜いているのは……。
いや、手を抜いていられるのは最初だけなんだ。」
(何ですか? この言い回しは?)
「暫くすると野生の虎の本能が開放されるんだ。
そうするとガキでも容赦なく滅多打ち。」
「……大河。」
セイバーは、額を手で覆う。
「初めての稽古の時、俺は、あばらを粉砕されて見事に病院送りとなった。
当然だ。
子供が、大人の筋力に敵う訳がない。」
「…………。」
「病院のベッドで思ったんだ。
このままじゃ、いつか殺される。
だから、俺は、命懸けで攻撃を受け流す術を身につけた。」
「大人と子供の違いですか……。
通りで私の剣を躱す訳だ。
しかし、年期というのは?」
「稽古は、今も続けられている。」
「…………。」
「と、言っても、俺も体が出来て来たし。
藤ねえも、あれで女だから、筋力のアップは止まっている。
もう、死に掛ける事はない。
・
・
ただ、藤ねえにより刻み込まれたトラウマは拭えない。
俺は、未だに土蔵での訓練を止める事が出来ない。」
「何か貴方の努力は、切ないですね。」
「あまり話したくないのは事実だ。
だが、本当の生死が掛かっている以上、恥と知りながらも話す。」
「しかし、これは嬉しい誤算かもしれませんね。」
「?」
「シロウが、一撃でも攻撃を躱せるなら、
私は、直ぐにシロウのサポートに回れる。
これは、普通のマスターには望めない事です。」
「でも、魔力の通った武器なんて、躱せる保証はないぞ。」
「恐らく……。
いえ、間違いなくキャスター以外のサーヴァントは、
マスター相手に魔力を使って攻撃をしないでしょう。」
「理由は?」
「サーヴァント自身が達人である事。
魔力は、節約しなければいけない事。」
「なるほど、そうだった。」
「シロウが、躱す事に特化しているのは幸いです。
続いて、魔力を込めて攻撃してみます。
今度は、攻撃自体が重くなりますので、
受け流す事の出来る限界を探りましょう。」
「いよいよか。
お手柔らかに頼む。」
士郎とセイバーは、お互い構え直す。
セイバーは、自身に魔力を少し送り込む。
「魔力を少し込めました。
何か分かりますか?」
「…………。」
「ダメだ、分からない。
考えてみれば、学校の結界すら分からないのに
微量の魔力なんて分かる訳がないのかも。」
「剣を合わせてみましょう。行きます。」
セイバーの振り下ろしに合わせ、天地神明の理を斜めに合わせ自身も半身で躱す。
士郎の手には、ずっしりと重い手応えが伝わる。
それと同時に天地神明の理から何かが伝わる気がした。
天地神明の理から伝わった感覚は、自分の中の何かの線を通ったような気がした。
「何だ? 今の感覚は?」
「どうしました?」
「いや……。
すまない、続けよう。」
士郎とセイバーが打ち合って数分。
さっきの感覚が間違いではない事を確認する。
天地神明の理は、セイバーの微弱な魔力を間違いなく士郎に伝えている。
「セイバー。
もう少し、魔力を強くしてくれないか?」
「分かりました。」
(何か癪ですね。
ただの人間のシロウが、英霊の攻撃を受け切っている。
・
・
ここは、少し痛い目を見せるべきですね。)
セイバーの負けず嫌いという悪い癖が出始める。
セイバーは、サーヴァントと対峙する位に魔力を一気に込めた。
セイバーが、床を蹴ると接近するスピードは段違いに上がっていた。
士郎は、人間のスピードを凌駕する攻撃に必死に天地神明の理を合わせる。
士郎は、初めて受け流しに失敗して勢いを殺せず吹き飛ばされる。
「っ……。
これが魔力を込めるって事か。
スピードも攻撃の重さも段違いだ。」
士郎は、次の攻撃に備えて素早く起き上がる。
(思い出せ。
土蔵でいつもやっている事だ。
最強の相手を想定し……。
自分の限界を肯定する……。
その中で出来る最善を確実に実行する……。
想定したイメージとセイバーを重ねるんだ。
大丈夫だ。
あの滅茶苦茶なイメージで作った最強の敵より、セイバーは強くない。)
士郎の雰囲気が更に変わる。
セイバーは、久しく忘れていた強敵の匂いを感じ取る。
(何をしたのでしょうか?
雰囲気も威圧も別人の様に変わった。
この緊張感には、覚えがある。)
士郎の変化にセイバーも緊張感を高める。
木刀を握る手にも力が入る。
セイバーは、床を蹴ると一気に士郎との間合いを詰めた。
「な!?」
セイバーは、驚愕した。
天地神明の理と木刀が衝突した瞬間、木刀は、優しく柔らかく受け止められた。
幾多の戦場を駆けたセイバーにも、この感覚は初めてだった。
(なんて柔らかい剣なのでしょう!?)
驚いているセイバーに対して、士郎は、距離を取りながら分析していた。
(予想以上だ。
俺の中で、今までにない位に上手く捌けたのに。
手に重い感触が残っている。
だが、受け流して、この威力……。
受け止めたら、どうなるんだ!?
・
・
サーヴァント相手に受けるは出来ない! しちゃいけない!
絶対に躱すか受け流すかだ!)
士郎は、戦いに集中して忘れていた。
天地神明の理から来る感覚の情報の事を……。
…
セイバーは、士郎に躱され続ける自分の不甲斐なさに怒りを覚えていた。
(私は、シロウがサーヴァントではない事に油断し過ぎていないだろうか?
私は、まだ、一度も当てていないではないか!)
セイバーは、当初の目的を忘れ始めていた。
これは、勝負ではない事。
魔力を士郎に覚えさせるため、元より油断というものが存在して当たり前である事を……。
構え直している士郎にセイバーは、連続で木刀を振るった。
先ほどのがまぐれではない事を証明するように、士郎は、数回受け流した。
しかし、サーヴァントの連続攻撃など、普通の人間が受け流し続ける事など出来ず……。
士郎は、セイバーの跳ね上げた攻撃を捌き切れず、天地神明の理ごと万歳の格好になる。
「しまった!」
「覚悟!」
「なにっ!? 覚悟!?
わーーーっ!
待て! セイバー!」
セイバーの目は、完全に殺る気になっている。
(あの目は知っている……。
暴走した時の藤ねえにそっくりだ。)
士郎は、頭の上にある天地神明の理を引き戻し、受け止める姿勢を取る。
(ああ……。
これ受け止めたら、ぶっ飛ぶんだろうな……。)
セイバーが、満を持して木刀を引き絞る。
そして、魔力を込めた足を踏み込むと床板を豪快に突き破った。
「へ?」
士郎の視界から、セイバーが突然姿を消す。
床を踏み抜いて狙いの反れたセイバーの一撃は、士郎の膝……弁慶の泣き所にクリーンヒットする。
その時、ミシッと嫌な音が道場に響いた。