== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
セイバーは、二人の訪問者を前に剣を構える。
しかし、剣は、何かに覆われ透明になっていた。
暫しの睨み合いの末、セイバーは、先程の答えを返す。
「何者かと問うのも見当違いでしょう。
そして、貴方に主の所在を教えるのも見当違いです。」
「ふ~ん、別にいいわ。
あなたが、ここに居るならマスターも近くに居るはずだもの。
近くに居るなら魔力を感知すれば、直ぐに分かるわ。」
少女は、目を閉じると集中し始める。
「あれ? どこにも居ないみたい?」
第25話 深夜の戦い①
少女は、目の前のサーヴァント以外に魔力を感じない事に苛立ちを見せる。
少女の一番の目的は、衛宮の名を継ぐ少年の抹殺であったために……。
「つまんない。
折角、わたしが、あなたのマスターを殺してあげようと思ったのに。」
「ふざけた事を。
貴女に私のマスターは殺させない。
そして、今夜、命を落とすのは貴女だ。」
「生意気なサーヴァント……。
代わりにあなたを殺してあげる。
守ってくれるサーヴァントが居なくなった時、
あなたのマスターは、どんな顔をするのかしら?」
少女は、不敵な笑みを浮かべるとセイバーを指差す。
「やっちゃえ! バーサーカー!」
少女の命令で、後ろに控えていた巨体が走り出す。
手には、岩から削り出したような無骨で重そうな斧剣を持っている。
バーサーカーは、それを全力でセイバーに叩きつけ、セイバーは、魔力を開放し己が剣で迎え撃つ。
巨体に恐れる事なく、全力で打ち合った空間に火花が飛び散る。
セイバーは、力負けする事なく互角に打ち合った。
「なかなか、やるわね。
バーサーカー相手に打ち合えるなんて。」
(これほどの英霊を狂化して、従え、制御下に置くとは……。
あのマスター……。
魔術師としての資質は、計り知れない。)
少女は、余裕の笑みを浮かべて戦いを見ている。
少女の笑みからも分かるように、戦いは、徐々にセイバーが不利になって来ていた。
まず、巨体であるバーサーカーのスピードが、並みのサーヴァント以上である事。
そして、その巨体から繰り出される攻撃の一撃一撃が重く強力で、セイバーの全力の振り抜きと互角に近い威力である事。
魔力で強化して戦っているにしても、連続で振り抜き続けるのは難しい。
何より、体格の差が大きい。
士郎と戦った時には揺れる事の無かった体幹が、バーサーカーの攻撃で揺らされる。
揺らされた体幹は、攻撃力に如実に影響を及ぼす。
セイバーは、距離を取ると一呼吸つく。
「あの巨体で、なんて早い連続攻撃だ。
この私が受けるのに精一杯だなんて。」
「当たり前じゃない。
そいつは、ギリシャ最大の英雄……。
ヘラクレスって言う化け物なんだから。」
少女は、自慢気に自分のサーヴァントの真名を明かす。
セイバーは、自分のサーヴァントの真名を躊躇なく明かした少女の言動に驚く。
しかし、それも納得のいく事だった。
ヘラクレスほどの英雄をバーサーカーとして従えているのだから。
「ヘラクレス……。
それほどの英雄が、バーサーカーに……。」
(狂化によって、どの位、強化されたのだ?
ここで宝具を使用するべきか?
・
・
いや、こんな住宅密集地で宝具の使用など……。
戦法を変えるしかない。)
セイバーは、左右のフットワークを増やしてバーサーカーに迫る。
巨体で早く動けても、小回りが利かないのは間違いない。
セイバーは、バーサーカーの攻撃を掻い潜り、バーサーカーを斬りつける。
(浅いか……。
やはり、大地をしっかり蹴らなければ……。)
セイバーは、作戦自体に間違いはないと、再び、速度とフットワークを活かし接近する。
そして、セイバーが、バーサーカーの心臓目掛けて剣を突きつける瞬間、バーサーカーが、セイバーの間合いに大きく踏み込んだ。
「な!?」
自殺行為に等しい行動にセイバーは驚愕する。
そして、バーサーカーが前進した分だけ狙いが反れる。
セイバーの剣は、深々とバーサーカーの腹筋に標的が変わり突き刺さる。
そこでイリヤは、笑みを浮かべる。
次の攻撃を仕掛けるため、セイバーは、己が剣を引き抜こうとした時、ガクンと停止する。
強靭なバーサーカーの腹筋が、侵入した時とは逆に退出を許さないと筋肉で剣を締め上げたのだ。
そして、その止まる瞬間を見越していた様に強烈な斧剣の横薙ぎがセイバーの甲冑を貫く。
バーサーカーが斧剣を振り切るとセイバーは、土蔵の方に吹き飛ばされた。
…
土蔵での鍛錬を終えた士郎は、外が騒がしいのに気付く。
「折角、納得のいく成果が得られたのに……。
セイバーの奴、何を暴れているんだ?」
士郎は、自宅で飼っている犬の様子でも見るように庭へと足を運ぶ。
外に出た瞬間、セイバーが、もの凄い勢いで土蔵の壁にぶつかった。
「!!」
「な、なんだ!?
オイ、大丈夫か!?」
士郎は、セイバーに駆け寄る。
しかし、それは、大丈夫と呼べる度合いの怪我ではない。
甲冑を突き破った攻撃は、セイバーの青い服に血の色が混ざり、どす黒い色に変色させている。
セイバーは、無理を承知で直ぐに立ち上がると剣を構え直す。
「シロウ! 敵です!」
士郎は、セイバーを気にしつつも、セイバーの目線に自分の目線も合わせた。
「そんな所に隠れてたんだ……。
フフ……お兄ちゃんと会うのは、これで二度目だね。」
「は? 今日、初めてだぞ?」
「そうよ。今日、二度目。」
士郎は、セイバーを見る。
そして、こそこそと話す。
「あの子に会った記憶はあるか?
俺は、覚えていないんだが……。」
「私もです。
あれ程の魔力を持っている相手であれば、気付かないはずがない。」
少女の額に青筋が浮かぶ。
「やっぱり! ホントに気付いてなかったの!?
わたし、お兄ちゃん達が帰る時、声掛けたのに!」
「「え?」」
士郎とセイバーは、お互い見つめ合う。
少女は、半ば諦めた感じで目を閉じる。
そして、一呼吸置いて冷静さを取り戻すとスカートの端を持ち挨拶をする。
「あらためて名乗るわ。
わたしの名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
アインツベルンと言えば、分かるかしら?
・
・
お話は終わり……。
もう、いいよね? やっ……。」
「すいません。」
話の途中で、士郎が手をあげる。
「何?」
「アインツベルンっていうから、
御三家の方っていうのは分かったんだけど……。
名前が長くて分からなかった。」
「…………。」
「シロウ……。」
少女は、律儀に言い直す。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン! 分かった?」
「ああ、イーリヤ・スフィールフォン・アインツベルン、な。」
「ちがーう!」
「え?」
「イリヤスフィールで切って、フォンで切って、アインツベルン!」
「なるほど、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。」
「そう! もう、いいよね!?」
「あの~……。」
「今度は、何!?」
「どれが苗字で、どれが名前になるんだ?
普通、ガロード・ランみたいに二分割じゃないの?」
「名前で呼んで! イリヤスフィール!」
「……イリヤスフィール。
長いな。
間を取って、『ヤス』という愛称で呼ぼう。」
「そんな男の子みないな名前で呼ばないでよ!
長いんなら『イリヤ』って呼んで!」
(流石、シロウ……。
一瞬で、この場を緊張感のない空間に変えてしまうとは。)
イリヤは、ハアハアと肩で息をし、セイバーは、出血しながら呆れている。
聖杯戦争を理解していない士郎は、更に場を悪化させる。
「で、イリヤは、なんで、ここに来たんだ?」
「聖杯戦争なんだから、当たり前でしょ!」
「見逃してくれないかな?」
「ダメ!
セイバー共々、やっつけちゃうんだから!」
士郎は、セイバーに向き直る。
「やっぱり、初めて会ったのにクラスがバレてるぞ。」
「いや……それは、私が既に戦ったからで……。
・
・
ん? やっぱり?」
「まあ、クラス隠すのは、あんまり意味ないと思ってたけどな。」
「は?
しかし、シロウは、今までヒタ隠しにして来たではありませんか?」
「よく考えてみろよ。
それって、出会う前までが重要なんだよ。
いざ、直接対峙すれば、自分のサーヴァントを除けば残り6体。
内、キャスター、アサシンは、格好で見当がつくだろ?
キャスターなら、ローブっぽいの着て。
アサシンなら、黒装束っぽいの。 これで残り4体。
バーサーカーは狂っているから、多分、丸分かり。 これで残り3体。
ライダー、ランサー、アーチャー、セイバーぐらいが分からない。
でも、残り2体は、3騎士と呼ばれるぐらいだから、実力に大差はないと思う。
ライダーなら、3騎士と思って戦えば、実力に差が出て来るはずだ。
戦い方や武器の使用で分かるはずだしな。」
「で、では! まるで隠す意味はないではないですか!?」
「そんな事はない。」
士郎の言葉にセイバーのみならず、敵のイリヤも聞き耳を立てる。
「なぜなら、俺は、セイバーに『ハマーン』という
名前をつける事に成功した!」
士郎は、拳を握り締める。
セイバーは、開いた口が塞がらない。
イリヤは、思わず、こける。
そして、セイバーのグーが、士郎の顔面に炸裂する。
「くはっ!」
セイバーは、殴ったショックで傷口が開き出血する。
「何やってんだよ。
傷口開いてんじゃんか?」
「シロウのせいです!」
緊張感のない緩み切った戦場で、イリヤが叫ぶ。
「も~~~っ! いい加減にしてよ!
バーサーカー! やっちゃって!」
ヤケクソの命令が、バーサーカーに下り、巨体がイリヤを飛び越え、士郎とセイバーの前に降り立つ。
士郎とセイバーは、左右に飛んで躱す。
「なんて、でかくて素早いんだ!?」
「シロウ! そいつは、ヘラクレスです!」
「ヘラクレス!?
・
・
誰だ!?
・
・
分かった!
踵の腱が、弱点の奴だ!」
「それは、アキレスです!」
(くっ! シロウに英雄の話を持ち出してもダメか!
これでは、対策も練れない!)
セイバーは、甲冑を貫いて広がる傷口に目をやり、奥歯を噛み締める。
無理して躱した事で更に開いた傷口では、表面を覆うにしても時間が掛かると判断する。
マスターである士郎を守らねばとセイバーは、この危機の打開策を導こうと思案し続ける。
一方、士郎とセイバーが左右に分かれた事で、バーサーカーは戸惑いを見せる。
その様子を見て、イリヤが命令を出す。
「セイバーは、放って置きなさい。
あの傷なら、いつでも始末出来るわ。」
(おいおいおいおいおいおい。
あのチビッ子、何言ってやがる。
セイバーが手傷を負わされる相手に、人間の俺が相手しろってか!?
・
・
まあ、あの状態の女の子を戦わせる程、俺も鬼じゃない。
碇ゲンドウじゃ、あるまいし……。
・
・
とりあえず、逃げるか。
セイバーは……逃げれないな。
・
・
俺が逃げた後に霊体化するのは?
・
・
ダメだ。
セイバーを無視して追って来たら、確実に殺される。
・
・
あ。
イリヤ残してったら、セイバーがイリヤを仕留める筈だ!
・
・
でも、あの子小さいから、手乗りインコみたいにバーサーカーに乗って来そうだな。)
イリヤの命令は続く。
「バーサーカー、手加減するのよ。
簡単に殺しちゃダメだからね。
でも、動けなくするのに手足の一本くらい潰してもいいから。」
(怖ぇ~……。
怖ぇ~よ! あのチビッ子!
・
・
と、逃走論は、ここまでだな。
無理だ。逃げられない。
なんとか打開策を考えないと……本当に死んじまう!)
士郎は、イリヤを見る。
明らかに油断している。
(さっきの状態から見て、バーサーカーは、自分の意思が薄い。
必ず命令がいる。
命令を下しているのは、イリヤ。
そして、命令を出すイリヤは、油断し切っている。
当然だ。サーヴァントに守られていないマスターなんて……。
なら、この油断に漬け込むしかない!)
士郎は、セイバーを見る。
セイバーは、剣を杖に立ち上がろうとしている。
(もう、立ち上がれるのか?
だとしたら、回復には、時間が掛からないのかもしれない。
サーヴァントのこういった情報は聞いて置くんだった。
・
・
さて、何時、回復出来るか分からないセイバーは置いとく。
・
・
この状態なら、後藤君と話し合った『悪役が主人公をやっつける』話が、
実行出来るかもしれない。)
士郎は、イリヤとバーサーカーの位置を確認する。
イリヤは、遥か後方。
そして、自分とセイバーの直ぐ近くにバーサーカー。
(実行するには位置取りが悪いな。
あと、イリヤをイラつかせないと。
・
・
戦術の確認:
●これは、正義の主人公がヒロインを守っている事が条件。
そして、ヒロインの死=正義の主人公の負けが条件。
正義の主人公=バーサーカー、ヒロイン=イリヤが適用され、
聖杯戦争では、マスターの死=主人公の負けになるので条件クリア。
●何で追い詰められた主人公が、悪役をやっつける事が出来るのか?
それは、ヒロインのピンチに特別な力が働くから。
3×3の主のピンチに無限の力を発揮する无などが良い例。
聖杯戦争では、令呪の発動。
●それが分かっていて何故負ける?
悪役が主人公と真っ向勝負をするから。
また、急激な主人公のパワーアップで、ヒロインを狙っても主人公が立ち塞がるから。
●では、どうすれば悪役は勝てる?
主人公がパワーアップしても意味のない状態でヒロインを狙う。
主人公には勝てないから無視すればいい。
尚且つ、パワーアップの条件を発動させなければ勝率アップ。
→後藤君と話し合った結論『主人公が、ジャンプ攻撃している時にヒロインを狙え』。
空中の自由落下中にパワーアップしても、地面に着くまで何も出来ない。
河田とリバウンド取り合っている桜木花道でもない限り、そんな事は、まず無理。
→油断しているイリヤは、まず、令呪を発動しないだろう『パワーアップはないと考える』。
さっき、イリヤを飛び越えてジャンプした距離と滞空時間から、2秒ちょっとの猶予。
さらに高くジャンプしてくれれば滞空時間が増える。
つまり、バーサーカーがジャンプして、地面に着く前にイリヤを仕留めれば勝てる。
・
・
クリアする条件多いな……。
しかし、この絶望的な状況で、鼠が猫に噛み付くには覚悟がいる。
無策で突っ走って、覚悟なんて出来る訳がない。
なら、間違った予想でもいいから、そこに全力を注ぎ込む方が可能性はあるし迷いもない。
・
・
まず、距離の確保と俺の走行速度を知られない事だな。
走るスピードは、70%程度に抑える。
切り札を出すための下準備を整えなければ。
・
・
そして、イリヤをイラつかせて、ジャンプ攻撃で止めを刺させる。
・
・
イラついたぐらいで、止めをジャンプ攻撃って安易過ぎないか?
距離を取って確実に止めを刺せる時、
一気にやれっていう方がジャンプ攻撃するんじゃないか?)
数秒の思考が終了すると士郎は、天地神明の理を構える。
集中し出した士郎に応えて、天地神明の理が配線接続のシグナルを返す。
(よし。)
セイバーは、道場で対峙したように士郎の雰囲気が変わるのを感じ取る。
(まさか!? 戦う気ですか!?)
「シロウ、いけない! 逃げてください!」
セイバーの声に、イリヤは、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「フフ……ダメよ。
そんな事、言ったって。
・
・
あなたは、そこで自分の主も守れず見て置きなさい。
そして、ゆっくりバーサーカーで壊してあげるから。」
バーサーカーが駆け出すと士郎は、直ぐ様、逃走を開始する。
しかし、走行スピードを落としているので、直ぐにバーサーカーに追いつかれる。
(ダメだ! シロウの足では、バーサーカーに遠く及ばない。)
セイバーは、相対速度を見て判断する。
そのため、士郎が、自分で速度を落としているのに気付かなかった。
士郎に追いついたバーサーカーは、斧剣で薙ぎ払う。
(くそっ! なんつー馬鹿力してんだよ!)
士郎は、ごろごろと派手に吹っ飛ばされながら、途中で立ち上がる。
「へ~。
今ので、死なないんだ。
当然か……手加減してるんだもん。」
(そうだった。
まだ、手加減してんだったな。
手加減して吹っ飛ばすか……。)
再び、バーサーカーが士郎に迫り、薙ぎ払う。
イリヤは、嬉しそうに笑いながら、士郎の吹き飛ばされた様子を見ている。
(くそ!
いたぶるつもりだから、距離取ってもジャンプしないで歩いて接近して来やがる!
これじゃあ、隙を突いてイリヤに近づけない!
・
・
やっぱり、イラつかせて、俺の獲物としての評価を上げさせるしかない!)
士郎は、イリヤをイラつかせるため、バーサーカーの攻撃を更に受ける。
イリヤは、吹き飛ばされる士郎を満足そうに見ている。
(俺が、なんとか受けれるって事は、確実に手加減が入ってる。
手加減しているのは確認出来た。
・
・
新たな問題は、狂化によって、どれだけ理性を奪っているかだ。
攻撃される方向にイリヤが居ないという事は、
意識して薙ぎ払う位置を計算していると考えるべきだろう。
しかし、さっきは、俺とセイバーのどちらかを狙うか迷った。
・
・
ダメだ……判断出来ない。
最後の決断は、勘になるかもしれない。)
士郎は、痺れる手と体中に走る痛みを確認する。
(こんなの何回も受け切れない……。
もっと工夫しないと。
薙ぎ払われる方向に飛んで威力を減らすんだ。)
バーサーカーの接近に備えつつ、手の痺れが取れるのを待つ。
そして、士郎は、吹き飛ばされる。
今度は、慣性を利用して衝撃を減らすように薙ぎ払われる瞬間にステップを踏む。
(さっきより、十分マシだ。
兎に角、今は我慢だ。)
その後、士郎は、数回吹き飛ばされる。
それでも、尚、立ち上がる士郎にイリヤの表情が硬くなる。
そして、イリヤは、士郎を指差す。
「右肩……。
背中の左側……。
腰の左側……。」
イリヤの呟きに、士郎は、演技がバレたかと緊張する。
「なんか、つまんない……。
少ししか血が出てないわ。
わたし、お兄ちゃんの血を流す姿が見たいな。」
イリヤは、なかなか進展しない戦闘に確実にイラつき始めていた。
そして、更なる残酷なショーを想像し悪魔の笑みを溢すとバーサーカーに新たな命令を下す。
「バーサーカー!
少し本気を出していいわよ!」
バーサーカーは、ジャンプして士郎を斧剣で叩き潰そうと地を蹴った。
(来た!)
士郎は、イリヤとの距離を確認する。
士郎とイリヤの距離が遠過ぎる。
これでは、バーサーカーの滞空時間を確保出来ても、イリヤに向かって走っている間に追いつかれる。
(この距離じゃ、ダメだ。
でも、あの威力で土煙があがれば……。)
士郎は、バーサーカーの振り下ろしをギリギリで躱す。
(藤ねえの容赦ない稽古に感謝だな。
さて……。
イリヤに望みのものを与えて油断させる!)
土煙が舞い上がる中、士郎は、左腕を天地神明の理の切先で刺し貫く、その出血を右の脹脛のジーンズにべったりと染み込ませていく。
続いてバーサーカーによって砕かれた尖った石の破片にも血を擦り付ける。
(っ! いってー!
刃がないから、刺すしかないし!
加減が分かんないから貫き過ぎた。
……でも、こんなもんだよな。)
士郎は、土煙が晴れそうになると盛大にごろごろと吹き飛ばされたフリをして、バーサーカーとイリヤとの距離と位置を調節する。
そして、負傷した左手をイリヤから見えない角度に置き天地神明の理を握る。
更に血のついたジーンズの右の脹脛を見せるようにして、右手で尖った石が刺さっているように見せつける。
「ぐあっ!……あああぁぁぁ!」
右手で石を掴みながら大声をあげて苦しみもがくフリをする。
セイバーは、士郎の足に刺さる石を見て声をあげる。
「シロウ!
シロウ、大丈夫ですか!?」
セイバーの叫び声と士郎の苦しむ姿を見て、イリヤは、満足そうに唇の端を吊り上げる。
「あ~あ。
足、怪我しちゃったね。
それじゃあ、もう動けないよ?」
士郎は、刺さってもいない石を強引に引き抜くフリをする。
そして、引き抜いた石を投げ捨てる。
「頑張るね、お兄ちゃん。
そういうのが見たかったんだ。」
イリヤは、後ろに手を組んで上機嫌で士郎の苦しむ姿を見ている。
イリヤに向かって、セイバーが叫ぶ。
「もう、止めてください!
シロウは……シロウは、関係ないのです!
私が巻き込んだのだ!
私を好きにすればいい!
だから、シロウは……。」
「ダメよ。
これは、復讐なんだから。
・
・
バーサーカー! お兄ちゃんを叩き潰しなさい!」
士郎は、『叩き潰す』というキーワードを聞いた瞬間、作戦が成功したと確信する。
(いいタイミングだ!
距離、油断、状況、全てが揃った!
・
・
さあ、バーサーカー!
一気に飛んで来い!)
士郎は、覚悟を決めて大一番の勝負に唾を飲み込む。
「■■■■ーーーっ!」
巨人が咆哮し、前屈みになり大地を離れる瞬間、士郎は、一気に駆け出した。
走るスピードは、さっきより早い。
高く舞い上がったバーサーカーの着地より先にイリヤへと確実に辿り着ける速度だった。
「「え?」」
怪我をしているはずの士郎が、先程よりも早いスピードで一気にイリヤに迫る。
イリヤは、混乱している。
(相手が、バーサーカーで良かった。
理性を奪われてなければ、マスターであるイリヤに芝居の状況報告が行ったからな。
そして、気を付けなければいけないのは、投擲。
イリヤと攻撃方向が一致するようにして、バーサーカーが投擲出来ないようにする。
理性を奪われたバーサーカーには、
マスターを攻撃出来ないような命令が、しっかり刷り込まれているはずだ。)
士郎の上空をバーサーカーが通過する。
士郎は、全力で走りながら、月に照らされて出来るバーサーカーの影を確認する。
(予想通りだ!)
しかし、途中で影は、反転すると斧剣を投げた。
「何!?」
斧剣は、士郎でもなくイリヤでもない反れたところに飛んでいく。
そして、影は、空中で速度を緩めた。
「信じられねえ!
空中でブレーキ掛けやがった!」
所詮は、素人の一般人の妄想だった。
開いたと思った差が相殺される。
自由落下から開放されたバーサーカーが、着地して走り出す。
最後の最後で、士郎とバーサーカーの追いかけっこの一騎打ちになる。
(間に合わない!)
バーサーカーの手が届く瞬間、バーサーカーがガクンと速度を落とす。
「シロウ! 走りなさい!」
セイバーが、剣を投げた姿勢で檄を飛ばす。
セイバーの投げた剣が地面に突き刺さり、バーサーカーの足を一時的に拘束したのだ。
そして、全力で駆け抜けた士郎の方が僅かに早くイリヤに辿り着く。
士郎は、スライディングの要領で足払いを掛けるとイリヤは転倒する。
そして、そのまま背後に回り、天地神明の理をイリヤの首にピッタリと押し付ける。
その状況をはっきりバーサーカーに見せつけるとバーサーカーは停止した。