== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
首に伝わる金属の冷たい感触にイリヤは息を飲む。
天地神明の理は、刃がないのだが、イリヤは知らない。
そして、イリヤに天地神明の理を突きつけている士郎の腕にも、イリヤの震えが伝わって来る。
(これって……完璧に悪役の犯罪者がやる事じゃないか?
幼い女の子に刃物を突きつけるなんて……。)
勝利が確定した状況により、セイバーは、傷を庇って士郎とイリヤに近づく。
途中、突き刺さる剣を引き抜き、息を切らしている主の元に辿り着く。
「……た、助かったよ、最後。
死なずに済んだ。
ありがとう。」
「礼には及びません。」
「いや、本当に……。」
「分かりました。」
「もう、死んだらどうしようかと……。」
「ええ、よかったです。」
「走馬灯が駆け巡ったよ。」
「…………。」
「いや、もう本当に……。」
「分かったと言ってるでしょう!」
(わたし、ここで魔術使えば逃げれるんじゃないかしら?)
第26話 深夜の戦い②
セイバーのグーが、士郎の後頭部に炸裂する。
しかし、今は、いつもと違う。
士郎の後頭部の衝撃は、前方に向かいイリヤの後頭部に頭突きという形で伝わる。
更に押し出されたイリヤの頭が前に傾き、天地神明の理を押しつける。
「キャーーーッ!」
「うわ!」
「ちょっと!
殺すにしても、死に方ぐらい選ばせなさいよ!」
「す、すいません!」
何故か、立場が逆転する犯人と人質。
イリヤは、首が落ちたのではないかとドキドキし、士郎達は、天地神明の理に刃がないのがバレたかとドキドキする。
コホンと咳払いをしてセイバーは、士郎とイリヤに視線を移す。
再び、天地神明の理を突きつけられ、イリヤは震えている。
「シロウ、先ほどは見事です。
些か分からない点もありますが、先にやるべき事があります。
・
・
このマスター……イリヤスフィールを殺しましょう。」
士郎の腕の中で、イリヤがビクンと跳ねる。
(凄いな……サーヴァントって。
この空気でも話を進めるんだ……。)
「そうだな、殺すか。
・
・
(なんて、出来るか……。
とりあえず、それっぽい事言おう。
真似しか出来ないけど……。)
・
・
だが、その前に聞きたい事がある。
セイバーは、バーサーカーの動きに警戒しつつ回復してくれ。
回復まで、どれ位掛かるんだ?」
「表面は、覆いました。
完全な回復には、数日、掛かると思います。」
「分かった。
じゃあ、頼む。」
「はい。」
(やっぱり、直ぐに修復って訳にはいかないのか。
でも、霊体化と受肉の関係って、どうなってんだろう?
あんな一瞬で出たり消えたりしてんのに、回復に時間が掛かるなんて……。
・
・
あ、でも、一瞬で回復してたら、聖杯戦争終わんないよ。
サーヴァントの勝ち負けがなくなっちまう。
その辺も考慮してシステムを作ったのかな?)
セイバーは、士郎とイリヤから離れ、バーサーカーの前で剣を構える。
士郎は、イリヤに話し掛ける。
出来るだけ冷徹な声を意識して……。
尤も知識は、アニメの声優さんのもの真似でしかない。
「さて、状況が逆転したな。
さっきは、よくも好き勝手してくれたもんだ。
人を叩き潰せだの、血が見たいだの。」
「…………。」
「なんとか言えよ。」
士郎は、更に強く天地神明の理を突きつける。
観念したイリヤが震えながら口を開く。
「ふ…復讐だったの。」
「復讐?」
(なんだろう? 会った事もないのに?
・
・
それにしても、気が引けるな……この状況。)
「え…衛宮…切嗣を……取ったから。」
(ん? 親父?)
「どういう事だ?」
「衛宮切嗣は……わたしの……父親だから。」
その言葉に士郎は吃驚したが、士郎よりセイバーの方が驚いているようだった。
「親父を取ったと言っても、
俺は、切嗣とほとんど会話していないぞ。」
「嘘よ!
お爺様は、そんな事、言わなかったわ!」
「お前の爺さんが嘘言ってんだよ。
実際、切嗣は、俺を養子にした後、数年でこの世を去った。
その間も日本に居るより、海外に居る方が長かった。」
「信じられない!」
(そう言われてもなぁ……。
・
・
親父も、子供いるなら言っとけよ!)
「わたしは、何も残して貰っていないのに……。
お兄ちゃんは、魔術を伝授されて!
楽しく暮らしてたくせに!」
(魔術の伝授?
ああ、俺が断ったヤツだ……。
『魔法を覚えるには、命を懸けなきゃいけない』って言われて、
命懸けるならイヤだって断ったんだ。
親父は笑って『それがいい』って言ってたんだよな。)
「証拠を見せてやろうか?
俺の手を取って、魔力の流れを感じてみな。
少しでも怪しい素振りをしたら、命はないと思え。」
イリヤは、震える手で士郎の手を握る。
「…………。」
「何これ? なんで?」
セイバーが、イリヤに声を掛ける。
「イリヤスフィール。
士郎は、魔術師ではありません。」
「嘘? でも……。」
「貴女は、ここに来た時、士郎を探せませんでした。
それは、士郎に魔力を流した経験がないからです。」
イリヤから、怒りが消え、震えが消える。
(騙されて……いた?)
イリヤは、思い出していた。
アインツベルンの使命を果たすために努力して来た事。
そして、そのアインツベルンに吹き込まれた父親の事。
その養子に復讐するためバーサーカーを呼び出し、命懸けの戦いすら乗り越えた事。
事実は違っていた。
対象の少年は、魔術師ですらなく何も受け継いでいなかった。
何かを諦めた様な雰囲気が漂う。
数分後、イリヤは呟いた。
「フフ……馬鹿みたい。
みんな……嘘つき……。」
イリヤの目から涙が零れ、士郎の腕に伝ってくる。
「ごめんね、お兄ちゃん……。
殺していいわ……。」
(逆恨みだったのかな?
でも、なんかイリヤに嘘の情報を信じ込ませたって感じだよな。
今なら、なんとかならないかな?
・
・
正直、人なんて殺せない。
だって、そいつの人生をそこで切ってしまう事になる。
考えただけで怖い。
何より、こういう極端な考えに走るのって良くないよな。)
「要するにお前の生殺与奪の権利を
俺に任せるって訳だな?」
「ええ……。」
(お! いい事、思い付いた!
今、イリヤは、投げやりモードだから、
俺の言う通りになるんじゃないか?)
「じゃあ、殺す前になんでも話して貰うぞ?」
「ええ……。」
「言う事もなんでも聞いて貰うぞ?」
「ええ……。」
「約束したからな!」
「ええ……。
アインツベルンの名にかけて誓うわ……。」
士郎は、天地神明の理をイリヤから離して地面に置く。
そして、イリヤの腰を持って立たして振り向かせる。
イリヤは、生気の無い目で士郎を見つめている。
そんなイリヤを士郎は抱きしめる。
「ごめんな、怖い思いさせて。
本当は、女の子に刃物なんて突きつけたくなかったんだけど。
聖杯戦争は殺し合いだから、約束を取り付けないと話も出来なかったんだ。」
「お兄ちゃん……?」
「約束しよう。
もう、俺と戦わないって。」
「え?」
「俺もイリヤも被害者だからな。」
「被害者?」
「そうだ。
一番悪いのは……。」
「悪いのは?」
「親父だ!」
「へ?」
(悪い親父!
死人に口無しって事で悪者になってくれ!)
「俺は、親父にほっぽかれて日本に残った。
イリヤも、親父にほっぽかれて自分の国に残った。」
「うん。」
「つまり! 一番悪いのは、お・や・じ・切嗣!」
イリヤは、キョトンとしている。
「仲直りの握手。」
士郎は、イリヤの手を取り、強引に握手する。
「じゃあ、あらためて約束しよう。
もう、俺と戦わないって。」
「うん、約束。」
イリヤは、少し微笑む。
突然の展開に涙は止まってしまっていた。
(約束は、取り付けた!)
「じゃあ、母屋に行くか。」
士郎は、イリヤの手を引いて歩き出す。
しかし、納得のいかない者が一人。
「シロウ!」
「お? セイバー。
もう、いいぞ。行くぞ。」
「待ちなさい、シロウ。
貴方のいい加減差には慣れて来たつもりですが、どういう事です!?
貴方は、つい数分前、バーサーカーに殺され掛けたのですよ!?」
「そうだったな。
でも、もういいじゃん? 約束も取り付けたし。」
もういいじゃん……
もういいじゃん……
もういいじゃん……
セイバーの頭の中で士郎の言葉が反響する。
「そんな口約束を信じるのですか!」
「アインツベルンの名に誓ったから大丈夫だよ。」
「シロウは、甘いです!」
「じゃあ、お前は、セイバーの名に誓った約束を
簡単に反故に出来るんだな?」
「そんな事はしません!」
「同じだよ。」
「?」
「誇りある者は、約束を裏切らない。
セイバーの誇りが気高いのも知っているし、
アインツベルンが積み重ねた歴史の気高さも知っている。
どちらも又聞きだけど信じるよ。」
「…………。」
「そんな事を言っては、私は、何も言えないではないですか。」
セイバーは、諦めて剣を下ろし溜息をつく。
イリヤが、手を強く握る。
「お兄ちゃん……ありがとう。」
士郎とイリヤの姿を見て、セイバーは、少し微笑ましいと思う。
セイバーは、自分さえ気を付ければと少し後ろから、士郎とイリヤの後に続く。
(おかしな動きをすれば容赦なく斬ります。
しかし……。
今は、この後姿を信じましょう。)
セイバーの口元も少し緩む。
しかし、その和やかになりつつある雰囲気をぶち壊す一声。
「いや~、だって! なんでも言う事聞くって約束だもんな!
もう、誇りに誓って守ってくれ!」
「「え?」」
セイバーとイリヤが同時に声をあげる。
「シロウ、貴方は……。
まさか気落ちしているイリヤスフィールに漬け込んで……。」
「そ! 約束を取り付けた!」
「も~~~っ!
途中まで、いい話だったのに!」
セイバーとイリヤの気持ちが重なり合う。
セイバーは、士郎の顔面にグーを炸裂させ、イリヤは、足を思いっきり踏みつける。
母屋に向かう三人の後を歩くバーサーカーは、その光景を見て微笑んでいるようだった。