== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
「やっと、終わった……。
聖杯戦争が終わった……。」
「シロウ、終わってません。」
第29話 アインツベルンとの協定③
居間で一息つくと士郎は、いきなり現実逃避を始める。
時間は、1時少し前。
「命を懸けたやり取りなんて初めてだからな。
終わった途端に気が抜けたというか……。」
「初めから終わりまで気を抜いていた様に見えたのは、
気のせいでしょうか?」
「バーサーカーに襲われた時は本気だった。
怪我もしたし……。
・
・
そうだ! 俺の怪我もそうだけど、セイバーは、平気なのか?
普通に夜食食べてたから忘れてた。」
「平気かどうかと言われれば平気ではありません。
ただ、普通に生活する分には何の支障もありません。」
「普通に生活出来る以外になんの支障があるんだ?」
「忘れたのですか?
今は、聖杯戦争の最中ですよ。
戦闘に決まっているではないですか。」
「そうか。」
(う~ん。
生活に支障がないという事は、怪我は治ってんだよな?
じゃあ、戦闘に支障が出るって、なんだ?
・
・
魔力を使った攻撃が出来ない?)
「それって魔術回路に支障があって、それの修復に時間が掛かるのかな?
いや、サーヴァント自体、魔力を使って現界してんだから……。
・
・
違う。
さっきあげた聖杯戦争のシステム……。
サーヴァントのダメージ蓄積が考慮された?
だって、そうしないと決着つかないもんな。」
「何やら色々と予想していますが、概ねそういった事です。
私自身、生前は肉体を持っていましたが、
サーヴァントといったものになるのは聖杯戦争でしかありえません。
それを正確に伝えるのは難しい。」
「頭が混乱して来た。
これ以上、話しても埒があきそうにない。
とりあえず、風呂入って自問自答してくる。」
「分かりました。」
「セイバーも、俺の後入るか?」
「そうですね。
戦闘の後なので頂きます。」
「了解。」
士郎は、居間を出て遅い風呂に入るため、風呂場へと移動する。
「うわ。
服脱いだら、痣だらけだ。
当然だよな……。
バーサーカーにあれだけぶっ飛ばされて転げ回ったんだから。
・
・
腕の包帯どうしよう?
濡らさない様に気を付ければいいか。」
士郎は、片手だけで器用に体を洗い髪を洗髪する。
そして、考え事をしながら浴槽に浸かる。
煮えたぎった浴槽へ……。
「それにしても、よく生き延びれたよな。
セイバーが、怪我する相手に……。
・
・
やっぱり、イリヤが油断していたのは大きかった。
手加減して、ぶっ飛ばされるんだから。
・
・
でも、バーサーカーをやり過ごせたのは、
イリヤの命令のせいかもしれないな。」
士郎は、目を瞑り、バーサーカーの動きを思い出す。
「明らかに動きがぎこちなかった。
戦いを切り抜けて来た英雄にとって、手加減するというのは不自然なのかも。
特に真剣勝負の時には……。
・
・
益してやバーサーカーというクラスを考えれば当然なのかもな。
理性を奪って強化して置きながら、『手加減しろ』という矛盾した命令。
動きがぎこちなくなるのは、当たり前かもしれない。
更に『少しだけ本気を出せ』。
どちらも加減の度合いは似たようなもんだ。
・
・
バーサーカーは、戦いの中で迷っていたのかもしれない。」
士郎は、サーヴァントの桁違いの強さを肌身で感じ、人間で太刀打ち出来ない事を考える。
しかし、実際には、何とか生き延びる事が出来た。
「俺が、ジタバタしてなんとかなるのかね?
でも、状況によっては、なんとかなるのか?
サーヴァントに本来の実力を出させないようにして……。
・
・
いや、そんなもん、そうそう転がってないって。
今回だってバーサーカーが、桁違いに強かったから油断したんであって、
サーヴァントなんて相手に出来ないって。
結局、イリヤ自身の実力は見れなかったけど……。」
士郎は、少し頭が、ぼうっとして来た。
「あと、気になる事もあるな。
なんで、セイバーは、怪我したんだろう?
俺が、サーヴァントなら怪我しないのに……。
・
・
アイツ、もしかして、まだ、生身の戦い方なんじゃないかな?」
士郎は、そろそろ限界を迎える。
「浸かり過ぎて逆上せそうだ。」
士郎は、浴槽から出て気付く。
「あっつ!」
士郎は、自分の馬鹿さ加減に呆れながら服を着ると居間に戻り、セイバーと入れ替わった。
「あ~、頭がくらくらする。
でも、明日のために米磨いで、弁当の仕込みをしなきゃ。」
士郎が、米を磨いでいるとセイバーの何とも言えない声がする。
「熱かったかな?」
米を磨ぎ終え、電子ジャーにセットしてスイッチを入れる。
そして、冷蔵庫を確認する。
「明日の職員室の差し入れは、どうしよう?
おかずになりそうなものは……無いな。
仕方ない。
デザートって事でクッキーでも焼くか。
今から仕込むのか……。」
士郎は、バターと卵を出す。
「普通常温でバターを柔らかくしとくんだけど……。
まあ、いいや。なんとかなるだろ。
卵も常温にしとくんだっけ?
まあ、いいや。なんとかなるだろ。」
続いて、薄力粉を振るう。
続いて、ボールにバターを投入。
「ヘラでぶっ潰す!」
バターをこねくり回した後、塩を投入。
「長年の勘を頼りに、適当に……。」
更に泡だて器を用いてクリーム状に。
「砂糖が固まらないように、数回に分けて投入して……。」
よくかき混ぜた後、卵黄投入。
卵黄をかき混ぜてるとセイバーが戻って来る。
「凄い悲鳴だったな。
ここまで聞こえたぞ。」
「尋常ではない温度でしたので……つい。
士郎は、あれに浸かったんですよね?」
「ああ。
さっきまで頭がくらくらしてた。」
(我慢強いのでしょうか?
それとも鈍感なだけか?)
セイバーが、士郎の生態について疑問を浮かべていると士郎が質問をする。
この時、練った生地に少量のココアを投入、オーブンは、180度に設定して加熱。
(生地に匂いさえつけばいい……。
後は、薄力粉を……。)
「ところでさ……。
セイバーは、なんで、バーサーカーの攻撃を喰らったんだ?」
「っ……!
それは、私の実力不足です。」
「違う違う、そうじゃない。」
「は?」
付属の金属板にオーブンシートを乗せ、生地を盛り付け、異様な速さで180度に達したオーブンに投入。
今度は、あと片付けと洗いものに取り掛かる。
(もういいや。
寝るのが、2時になろうが3時になろうが構わん。)
「マスターを守る必要ないんなら、
攻撃は全部躱せばいいじゃないか?」
「シロウ……。
剣で戦う以上、剣で攻撃を受けるのは必然です。」
「マスターを守る必要がないなら、
体に当たる攻撃は、霊体化してしまえばいいんだよ。」
「!」
「いいか?
剣で攻撃を受けなきゃいけないのは、マスターが居る時だけだ。
そうしないと霊体化して避けた攻撃がマスターにいっちゃうからな。
それ以外は、霊体化して躱せばいいんだよ。」
「確かに……。
全然、気付かなかった。」
「生前の戦いが染み付いているから気にならないかもしれないけど、
サーヴァントらしく戦うなら、この戦い方は習得すべきだ。」
「サーヴァントらしくですか?」
「そう。
多分、他のサーヴァントも召喚されてから、
サーヴァントとして慣れていないから気付かないはずだ。
・
・
ただ……。」
「ただ?」
「戦い方が正々堂々とは、ほど遠い。」
「うっ……。」
「だけど、これを習得して戦うのって聖杯戦争では
当たり前になって来るんじゃないか?」
「そう……ですね。
戦いに勝利するため、仮に私達以外の者が、
そのような戦い方をした時、相手を責められないでしょう。
相手からすれば、寧ろ、
『何故、サーヴァントに普通の戦いをさせているんだ?』
となるかもしれません。」
「どうする?
これって、練習しないと身につかないと思うけど?」
「霊体化して躱す練習ですか……。」
「騎士だからな……。
この戦い方は、気に入らないか?」
「正直に言えば。」
「じゃあ、条件付けでは?」
「と、言うと?」
「野球漫画の緊張しないための条件付けっていうので言ってたんだけど。
人間、酸っぱいって感じると唾液が出る。
梅干は、酸っぱいって認識して食べ続けると
梅干見ただけでも唾液が出るようになるらしい。」
「条件反射の刷り込みとでも言うのですかね?」
「俺からの合図で無意識に
いつでも霊体化出来るように条件付けするんだ。」
「戦っている最中は、考えている余裕が無いから、
シロウの判断で霊体化出来るのはいいかもしれない。」
「それに令呪使って霊体化させたって
錯覚させられるかもしれない。」
「なるほど。」
(H×Hでは、凝を反射的に出来るようにしてたっけ。
待てよ……ゴンとキルアは、習得にかなりの日数を掛けてたぞ?
おお振りでも時間掛かってた!
・
・
ダメかもしれない……。)
「思い付いたけど、やめるか。」
「何故です?」
「条件付けって思ったより時間掛かるはずだ。
1時間、2時間で習得なんて出来ない。」
「言われてみれば……。」
「一瞬で習得させるのにいい方法ってないかな?
・
・
あ。」
「何か、いい案でも?」
「思い付いたには思い付いたけど……。」
「何か嫌な予感がしますね。」
「うん。
トラウマを使えないかと思った。
あれって、出来るの一瞬じゃん?」
「確かにそうですが……。
霊体化するほどのトラウマなど。」
「だよな。」
「しかし、印象強いものを条件にするというのは、
習得短縮の近道かもしれません。」
「印象強いものか……。」
士郎とセイバーが考え事に没頭して数分。
オーブンのタイマーが作動する。
士郎は、出来上がりを確認する。
(ああ、いいんじゃない?
じゃあ、残りの生地も焼いてしまうか。)
士郎は、残りの生地をオーブンに投入する。
「シロウ、貴方は、どの様に合図を送るつもりでしたか?」
「そうだな。
令呪を使った様に見せるから、左手を掲げる仕草なんかかな?」
「ふむ。
そういう感じですか。
ただ、それだと戦闘中に気付かないかもしれません。」
「でも、セイバーが、こっちに気付いてないといけないから、
それやる前にセイバーを呼んで、こっちに気付かせるから大丈夫じゃないかな?
でも、紛らわしいんなら右手も左手に添えるとか?」
「なるほど。
では、左手を掲げて右手を添えたら、私は、霊体化しましょう。」
「そうだな。
条件反射出来なくても、それを合図にしよう。
普段からそうするように心掛けて、習慣にしていこう。
聖杯戦争が終わるまでに出来ればいいし、出来なければ出来ないでいいや。」
「中途半端ですね……。」
「いや、他にもやる事あるし、これだけに時間を避けないから。
イリヤみたいに召喚時期を操作出来たなら練習するんだけど。」
「マスターとサーヴァントの連携を強める時間を確保出来るという点では、
イリヤスフィールの行為は有意義でした。」
「まあ、バーサーカーを制御下に置くんなら、
それぐらいしないといけないかもな。」
「ところで……。
昨夜もそうでしたが、
シロウは、睡眠時間を確保しなくて大丈夫なのですか?」
「正直、ヤバイと思う。
明日は、体育とか移動する授業ないから寝てるよ。」
「学びに行って寝るとは……。」
「本当は、休んでもいいんだけどさ。
学校に結界がある以上は、学校を休めない。
サーヴァントに対抗出来るのは、サーヴァントだけだから。」
「バーサーカーとやりあって、よく言います。」
「俺を相手にしてたバーサーカーは、
道場で戦ってたセイバーより、弱いぞ。」
「は?
そんなはずはありません。」
「力とか衝撃の度合いは、バーサーカーが上。
でも、手加減して、ぎこちないバーサーカーの行動が予想出来たとしたら?」
「ぎこちない?」
「そういう風に見えなかった?
セイバーがぶっ飛ばされた時と、俺が戦ってた時を思い出してみてくれ。」
「…………。」
セイバーは、暫し考え込む。
「……言われてみれば。
バーサーカーの強みは、大型の武器を自由自在に振り回せる事にあるのに
大型の武器の特徴のような振り下ろすとか薙ぎ払う攻撃が多かった。」
「理性を奪って強化したバーサーカーに
『手加減しろ』の命令で混乱してたんだよ。」
「なるほど。
道場での私のように手加減出来なかったのですね。」
(あの状態を手加減していたと言うのなら、俺は、何も言うまい。
あれは明らかに小型のバーサーカーの類だった。)
再び、オーブンのタイマーが作動する。
士郎は、出来上がりを確認する。
(問題なしだな。
冷やさないで容器に入れたら湿気るな。
朝に移すか。)
士郎は、台所にクッキーを置き、セイバーの座るテーブルに戻る。
「ここまでだな。
明日、学校行ったら、遠坂と状況擦り合わせて、
学校のマスターをどうするか確認だな。」
「しかし、アーチャーのマスターと
約束もせずに会えますか?」
「なんとかと煙は、高いとこが好きだから、
昼休みに屋上行けば会えるんじゃないの?」
「酷い言い草ですね……。」
「会えなきゃ会えないで奴の教室に行けばいい。
さて、寝るか。」
時間は、2時半を少し回る頃だった。
「セイバーは、離れの部屋でも使ってくれ。
え~と、場所はだな……。」
「シロウ、私は、貴方の部屋で貴方を守ります。」
「え~!」
「何ですか?
そのあからさまに嫌そうな態度は。」
「だって、プライバシーの侵害……。」
「しかし、離れでは遠過ぎる。」
「じゃあ、隣で……。」
「シロウ、アサシンなど、
暗殺に向いたサーヴァントも居るのですよ。」
「…………。」
「セイバーは、自分のプライバシーはないのか?」
「戦いにおいて不必要です。」
「じゃあ、戦利品のライオンを鑑賞する姿を
俺に見られても、なんの羞恥も感じないんだな?」
「え?」
「愛らしいライオンをゆっくり見る事も出来ず、抱く事も出来ない。
騎士のそんな格好を仕える主に堂々と見せる事も出来ない。
まさか、クールなイメージのセイバーさんが、
そんな姿を晒すはずもないですよね?」
「…………。」
「ええ、その通りです。
そんな姿は、晒しません。
しかし、貴方の言う事も分かる。
プライベートを守るため、隣の部屋で手を打ちましょう。」
(絶対、嘘だな……。)
そして、士郎は、天地神明の理を持ち、セイバーは、ライオン7匹を抱えて居間を出た。
長い夜は、ようやく終わろうとしていた。