== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
夜明け前……。
セイバーは、朝の張り詰めた寒さの中で姿勢を正してゆっくりと目を閉じる。
そして、胸の中で渦巻く戦いの日々を思い返す。
槍を手にした北海道までの道のりと東西の妖との戦い……。
そして、戦いの中から得た絆……。
恋人のためへの勇気ある決断……。
友の出会いと過去と別れと再会……。
両親の愛……。
槍の因縁……。
そして、最後の時……。
「よかった……。
戦い抜いた潮は、最後に一番手に入れたいものを……。
そう、勝ち取ったのだ。
・
・
とらの戦いでの最後の言葉……。
心に響きますね。
妖であるとらが得たものは、心の満腹感に他ならない。
・
・
そして、あの二人は、日常に戻って行ったのでしょう。」
士郎は、呆然としている。
起きて居間に来てみれば、セイバーが干渉に浸って感想を呟いている。
(確かに読ませたのは俺だけど……。
どういう状況だよ!)
第35話 学校の戦い①
セイバーは、士郎に気付くと朝の挨拶をする。
「おはようございます、シロウ。」
「おはよう……。」
「どうされました?」
「…………。」
「感想を呟くセイバーにドン引きしてた。」
「失礼な。」
「慎二の事があるから、早めに家を出るつもりだけど。
気持ちを切り替えられるか?」
「寧ろ、気持ちが高揚している状態です。
今日は、無性に戦いたい。」
(危ないな……。
変なスイッチが入っている。
昨日の作戦とか忘れてなければいいんだけど。)
士郎とセイバーは、早めの朝食を済ますといつもより早く家を後にする。
その際、藤ねえの朝食の作り置きをしておく。
結界が使用されればお弁当どころではないので、本日は、鞄と天地神明の理のみである。
…
誰も登校していない学校に到着すると、士郎とセイバーは、見晴らしのきく屋上に移動する。
「慎二が呪刻を作った形跡とかって感じられるか?」
「私自身、魔力感知が得意ではありませんので断言は出来ませんが、
昨日と変わっていないようです。リンのお陰ですね。」
「そうか。
じゃあ、生徒が登校するまで
ここで警戒しながら待機しよう。」
セイバーは、無言で頷くと校門の見える位置に移動して監視を始める。
やがて、日が昇り気温が少し上がり始め、生徒が少しずつ登校して来るのを確認する。
「シロウ、生徒の登校が始まったようです。」
「そうみたいだな。
・
・
遠坂だ。
赤いから、直ぐ分かる。」
「目立ちますね。」
凛は、屋上の士郎達に気付くと暫らく屋上に視線を向けていた。
「アイツが来たなら、もういいな。
教室に移動しよう。」
士郎は、屋上から教室に行くためドアを開ける。
「うわ!」
「ハアハアハアハア……。」
ドアを開けると凛が肩で息をしていた。
「お前、さっき校門にいただろう?」
「ハアハアハアハア……。」
「いつまで息切らしてんだ?」
「ハアハア……。」
「変質者みたいだぞ?」
「ハア……。」
凛は、一息、大きく息を吸うと士郎にグーを炸裂させる。
「変質者とは、なんだーーーっ!」
「じ、人中に……クリティカルヒット……。」
「今日、戦闘になるかもしれないから、
急いで屋上まで上がって来たんでしょうが!」
「最後の確認ってヤツか?」
「そうよ!」
「じゃあ、早速、確認するか?」
士郎は、何事もなかったように話を進める。
「あんたのそういうマイペースなところが
腹立たしいのよね!」
「そう言われてもな……。
これは、俺の個性だし。」
「ああ~……もう、いいわ!
時間もないんだから、さっさと用件を済まさせて!」
(朝からテンション高いな。)
「あ~……え~と……なんだ?
昨日、ありがとうな。
呪刻に変化ないようだって、セイバーが言ってた。」
凛は、落ち着きを取り戻すと返事を返す。
「ええ、昨日、僅かだけど魔力を感じたわ。
直ぐに消えたから、効果があったと思うわ。」
「と、なると……。」
「間違いなく今日でしょうね。」
(遠坂も同じ考えか……。)
「結界が発動したら頼むな。
セイバーの指揮も一時的に頼む。
セイバーもいいか?」
虚空の空間から、『分かりました』と声が返る。
「わたしをそんなに信用していいの?」
「信用もなにも結界が発動したら、俺は、何も出来ん。
指揮系統がバラバラじゃ、作戦を立てた意味もない。」
「それもそうね。
分かったわ。
指揮は任させて貰うわ。」
「いつ来るかな?」
「授業を受けて直ぐにでもって、
心づもりの方がいいでしょうね。」
「正直、ちょっと怖いな。
溶かされるって思うのは……。」
「自分で作戦立てておいて意外ね。」
「そうだな。
・
・
ただ、慎二を誘き出すためにみんなに苦しんで貰うんだから、
俺も溶かされる同じ条件に身を置くのは仕方ないかなってさ。」
「何それ?」
「罪悪感からの逃走。
一人、安全なところに身を置いて勝ったとしても罪悪感に苛まれるって事。
俺は、一生よりも一時の苦しみを選ぶ。」
「途中までは、いい話だったのに……。
後半、幻滅したわ。」
凛の言葉に同意するように虚空の空間から溜息が二つ漏れる。
「最後にアドバイス。
結界が発動するって覚悟があるのとないのとじゃ、
万一の時に差が出るわよ。」
凛の目は、先ほどと違い真剣みのある鋭いものになっている。
士郎は、少しうろたえて返事を返す。
「わ、分かった。
肝に銘じて置く。」
「じゃあ、話は終わり。
先に行くわ。」
凛は、階段を先に下りて去って行く。
「シロウ、リンの言った事を忘れないで下さい。」
「そうするよ。」
(それにしても嫌な事があるって分かるのは、何かに似ているな。
・
・
子供の時に体験したような……。
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・
あっ。
予防注射だ……。)
士郎は、予防注射と結界を比べて笑いを溢す。
セイバーは、疑問符を顔に浮かべて士郎を伺う。
「さて。
溶かされに教室に行くか!」
「張り切るところではないです。」
士郎とセイバーは、教室に向かった。