== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
それは、2時限目の授業に突然起きた。
辺りは赤い空間に侵食されて、立っている者は次々に倒れていく。
教室のあちらこちらから、呻き声が漏れる。
徐々に意識のある者は居なくなり、気を失った者だけが生気を吸われるためだけに息をしている。
「覚悟か……この苦痛は、気を抜いたら終わりだ。
意識していなかったら気を失っていた。」
士郎は、初めて体験する苦痛の感覚に意識を繋ぎ止めるのに精一杯だった。
「シロウ、行きます。」
「ああ、頼む。
これで未完成の結界だってんだからな。
・
・
悪いが、刀だけ持って来てくれないか?
あれがあると安心するんだ。」
セイバーは、士郎のロッカーから天地神明の理を取り出し、士郎に預ける。
そして、自身は魔力の感じる方へ走り出した。
第36話 学校の戦い②
セイバーは、何も隠さない魔力の方へ駆けて行く。
「この隠さない感覚……。
私達を呼んでいる。
やはり、マスターを安全なところに置くためのライダーの作戦なのだろう。
・
・
上手くやって、マスターを探し出さなければ。」
1階の廊下の奥にライダーが待ち構えていた。
セイバーが、ライダーと対峙して数秒後に凛とアーチャーが現れる。
隊形は、作戦通り。
最前衛にセイバー。
そのやや後ろにアーチャー。
そして、凛が後方に位置を取った。
無駄のない連携にライダーが言葉を発する。
「どうやら、こちらの行動を予想していたようですね。
予想外にサーヴァントを二人も相手にしないといけないとは。」
「聡明な貴女の事です。
不利と分かるなら、直ぐにでも結界を解いてくれませんか?」
「フフ……。
聡明と言って頂けるのは嬉しいですが、主の命令でして。
私は、学校の人間が溶けるまで、あなた達を相手にしないといけないのです。」
会話をするセイバーとライダーの後方で、凛とアーチャーが、ライダーの容姿を見て分析する。
ライダーは、長身の女性で足まで伸びた美しい髪、黒いボディコン風の服に身を包み、武器は、前回使用した通り鎖付きの杭。
そして、異彩を放つのは、両目を覆う眼帯。
「凛、あの眼帯。
あれが石化の要因だろう。」
「石化の魔眼か……やっかいね。」
おしゃべりはここまでとライダーの体が深く沈み、肉食獣が攻撃するような体勢に入る。
凛は、第一段階の慎二が校舎をうろつき出す時間を稼ぐように意識する。
「セイバー! アーチャー!
手筈通りに行くわよ!」
凛の指示にセイバーは不可視の剣を構え、アーチャーは不利を装うため大き目の弓を投影する。
アーチャーの能力を知らないセイバーは、アーチャーの手にした弓を彼の武器として認識する。
(アーチャーの武器は、大型の弓ですか。
あの大きさでは、ここで射るのは至難ですね。
いや、彼の事です。
ライダーに不利を印象付けるため、ワザと見せたと判断すべきですね。)
一方、凛は、セイバーの知らないところで行われたランサーとの戦いを思い出す。
(やっぱり、コイツの投影魔術は段違いだわ。
あの時と、また違う武器を投影した。)
戦闘態勢に入った三人のサーヴァントにより、空気が張り詰めていく。
そして、先に攻撃を仕掛けたのはライダーだった。
…
士郎は、天地神明の理を握り締めながら、意識が飛ぶか飛ばないかのギリギリのところで対峙を始める。
額に汗を流し苦痛に耐えながら、天地神明の理との一体感を強めていく。
命の削られる劣悪な環境での精神集中に、普段より時間が掛かる。
やがて、ある一点を越えて、己と天地神明の理に一本の線が繋がる。
その途端に士郎は、苦痛から解放される。
「っああ! ハアハア……。
生気の吸収が止まった……。
・
・
俺は、今、魔術師の状態なのか?」
士郎は、立ち上がり自分の状態を確認する。
「体力は、1/8ぐらい吸われている……と思う。
いや、最初の接触が大きかったんだ。きっと。
後は、緩やかに吸われていたはずだ。」
状況分析の中でピシピシと何かの弾ける音がする。
「なんだ?」
音は激しくなり、士郎を強力な放電が包み込んだ。
…
ライダーは、廊下の狭い空間を縦横無尽に跳ね回り攻撃を仕掛ける。
セイバーは、攻撃の瞬間を見極め、投擲される杭を弾き返す。
「この戦い方……。
戦いに有利な場所へ誘い込まれたようです。」
「そのようだ。
あのように動かれては、狙いが付けられん。」
(二人とも流石ね。
言葉で揺さぶりを掛けてる。)
凛は、二人が作戦を実行し始めた事を確信する。
「数では、こっちが有利よ!
セイバー! あなたが仕掛けて!」
セイバーは、凛の指示通りに動きライダーに仕掛ける。
ライダーは、素早く躱すと後退する。
ライダーの後退を確認したセイバーは、大きく振りかぶり横薙ぎに剣を振るう。
剣は、壁にガリガリと引っ掛かり、速度を緩め追撃をし損なう。
アーチャーは、引っ掛かりのない場合の剣の軌道に矢を放つ。
しかし、そこには、既にライダーの影はなかった。
「攻撃力の高そうな武器ですが、
ここでは威力半減と言ったところですね。」
セイバーは、剣を壁から引き抜き構え直す。
アーチャーは速射を施し、ライダーを狙うが、二射目、三射目の精度は酷い有様だった。
「弓の名手が存分に威力を発揮出来ず、
支援も出来ない状態とは。」
ライダーの唇に余裕の笑みが浮かぶ。
(いい感じだわ。
ライダーに余裕が見えて、こちらは、2対1で苦戦して見える。
慎二も動き出しているはず……あと5分前後で次の段階に移行する。)
手の内の作戦通りに進み、凛は、内心で笑みを浮かべた。
…
慎二は、3階と4階の階段の踊り場で笑いを漏らしていた。
無様に這い蹲った生徒や教師が自分に平伏している様で笑いが止まらなかった。
この結界の中では、自由に動ける自分こそ絶対的な存在だと狂っていた。
そんな中で、彼に懇願する人間が居た。
慎二は、その人間のつたない願いを笑い、蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされ動かなくなった女性に、彼の心は、どす黒い満足感に満たされていく。
慎二は、身動き出来なくなった人間をあざ笑うと階段を上って行った。
…
1階での戦いは一時静まり、余裕の出来たライダーが、凛達に話し掛ける状態になっていた。
凛は、この会話にあえて乗る事にした。
時間的にも、あと数分は、慎二を油断させとく必要があるためだ。
「少しお話をしましょうか。
ちょっとした疑問です。
セイバー……。
あなたのマスターは、何処に居るのです?」
「貴女に答える義務はない。」
「そうですか。
アーチャーの後ろに居る彼女は、
あなたのマスターではないと思ったので。」
「凛は、私のマスターだ。
・
・
ライダー、戦いの最中に会話とは余裕だな。」
「ええ。
私は、勝つ戦いをする必要はありません。
時間を稼げばいいのです。」
セイバーは、凛を見る。
凛は、セイバーの視線に黙って頷く。
時間は、頃合に近づいていた。
派手に暴れて、慎二に恐怖心を刻み付ける段階に。
セイバーとアーチャーは、次にライダーが挑発して来たら仕掛ける準備を内面で行う。
しかし、ライダーの口から出て来たのは予想外の言葉だった。
「では、あなた方でも答えるのに困らない質問をしましょう。
先日、私の武器に蜂蜜を塗りつけたのは、誰ですか?」
「え?」
「は?」
「なに?」
場は、暫し沈黙する。
そして、セイバーも凛もアーチャーも視線を斜め下に背ける。
「何故、視線を合わせようとしないのです!」
今まで余裕の笑みを浮かべていたライダーが怒りを表す。
三人に取っては、完全な不意撃ちで誤算だった。
「た、戦いには、関係ないではないですか!?」
「その通りです。
これは、プライドを傷つけられた私の問題です!」
(セイバー、頑張って言い返しなさい!)
(まさか、ここであの事を問い質されるとは……。)
「確かに、あのような事態に陥った貴女の気持ちも分かります。
しかし……。」
「あなたは、やられた事がないから冷静でいられるのです!
敵を仕留めて返り血が付いているなら、兎も角!
訳の分からない粘々した物がくっ付いているんですよ!
いくら英霊に身を置いているとはいえ、耐えられますか!?」
セイバーの会話を遮って、ライダーの怒りの言葉は続く。
「お陰で私は、主の前で醜態を晒す破目になったのです!
戦いに敗れたのなら納得もいきますが、あのような……。
あのような……。
あのような……。」
「…………。」
「それは……災難でしたね。」
「だから、私は、そのような手段に出た者へ、
一言、言わねば気が済まないのです!」
ライダーの言葉を一心に受けて言葉を返す人身御供のセイバー。
その後ろでゲンナリとする赤い主従。
「っ! この場に存在もしないのに!
また、あの小僧に引っ掻き回されるのか!」
「本当、何なの士郎って……。
呪いみたいな存在なんだから……。」
第2段階移行のリミットは過ぎ、ライダーの怒りは、ヒートアップしていった。
…
話題にあがっているとも知らず、バリバリと放電を続けて天地神明の理を杖に士郎は状況を解明中だった。
「なんなんだ、この放電は?
内と外に引っ張られる。
・
・
冷静に考えろ……。
・
・
天地神明の理で線が繋がった。
きっと、これは、セイバーと遠坂が話してた
魔術回路ってヤツが繋がったんだ。
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・
だけど、俺は、魔力の使い方が分からないから、
魔術師だけど魔術師じゃない中途半端な存在だ。
この線に魔力を流さないと、きっと、魔術は使えない。
・
・
で、話を少し戻して結界について。
結界で魔術師が動けるのは生命力の変わりに
魔力を代替しているからだ。
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・
多分……。
・
・
それで魔術回路に繋がった線から結界が
魔力を取ろうとしている。
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・
いいはずだな?
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・
しかし、俺は、魔力の生成方法が分からない。
でも、セイバーには魔力が行っているとか、
セイバーは、言っていた。
・
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と、なると、魔力の欲しい結界とセイバーに送られる魔力で
内面で取り合いが起きる。
俺の魔力の出所は、そこしか考えられん。
・
・
そうか……。
この内と外に引っ張られる放電は、
結界とセイバーの魔力の取り合いだ……。」
士郎は、がっくりと項垂れる。
死なないけど、この放電はやっかいな事、この上ない。
「静電気の永続トラップ。
遊戯王だったら、どんな効果になるのか?
毎ターン-50? 地味だ……。
・
・
そんなアホな事を考えている場合じゃない。
なんで暴れた形跡が、ここに伝わって来ないんだ?
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・
トラブルが起きたのかも?
・
・
俺の勘が、行動を起こせと言っている。
未来は、自分自身で切り開くべし。」
士郎は、バリバリと放電を繰り返して教室を後にした。
…
ライダーの怒りを静めるため、セイバーは、質問をする。
本来は敵なので、なだめる必要は存在しないのだが……。
「ライダー。
貴女の怒りは分かりました。
因みに……もし、当の本人が居たなら、どうしますか?」
「私の結界、この鮮血神殿に放り込み……溶解せしめます!」
ここで、再びセイバーと凛とアーチャーが視線を斜め下に背ける。
「何故、再び目を背けるのです!」
「その、何と言えばいいか……。」
「ああ、そうだな……。」
「今、正に溶解中というか……。」
「あなた達は、何を言っているのです!」
三人は、今、重要な事を言ったが聞き流してしまう。
彼女達は、結界を最優先で止めなければならない。
「つまり……件の相手は、今、溶解中であって、
貴女は知らずに復讐を果たしているのです。」
「は?
それは、おかしいですね。
魔術師であるマスターが、溶解する訳ありませんから。」
「貴女がお探しの私のマスターは、実は、ただの人間なのです。」
「…………。」
「セイバー……。
あなたもそうだったのですか?」
「はい。
実は、私も……。」
セイバーの言葉にライダーが同情の念を見せる。
「お互い不憫なマスターを持ったものです。」
「そう。
この場で真っ当なマスターを持っているのは、アーチャーだけです。」
(何か変な流れになって来たわね……。)
(何故、この場でセイバーとライダーに友情のようなものが
芽生えようとしているのだ?)
セイバーとライダーは、アーチャーをジト目で見る。
「アーチャー、貴方が羨ましい。」
「私も、まともなマスターと思う存分戦いたかった。」
「待て! セイバー!
ライダーは、敵だろう!?」
「話を摩り替えないで下さい!
自分だけ真っ当なマスターを引き当てて置いて!」
「そうです!」
(私か!? 私が、話を摩り替えたのか!?)
(アーチャーが困ってる……。
しかも、セイバー……。
マスターを引き当てるって……。
引き当てるのは、サーヴァントを召喚するマスターでしょう?
・
・
士郎の影響かしら?
どんな呪いより強力ね、まったく……。)
事態は、何故か『セイバー&ライダー VS アーチャー』の展開を催している。
作戦は、消滅していた。
妙な流れに誰も思い出せない。